説明

チタン板の酸洗方法

【課題】硝酸とフッ酸との混合溶液を酸洗液とした酸洗槽に対して、チタン板の両面をそれぞれ上下面として通板して酸洗する方法において、前記チタン板の上下面をほぼ均一の速度で酸洗できるチタン板の酸洗方法を提供することを目的とする。
【解決手段】硝酸とフッ酸との混合溶液を酸洗液2とした酸洗槽3に対して、チタン板1の両面をそれぞれ上下面1a、1bとして通板して酸洗する際に、通板中のチタン板1の上方および下方から酸洗液2を供給し、この酸洗液2の層流4、5を、チタン板の上下両面1a、1b側にそれぞれ形成して、酸洗速度を均一化することである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチタン板の酸洗方法に関し、チタン板の上下両面(あるいは表裏面とも言う)の酸洗を均一に行う方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、チタンまたはチタン合金などのチタン板は、チタンストリップとして熱間圧延或いは更に冷間圧延を行うことにより製造される。このうち、特に、建材用などの外観(美観)が要求されるチタン板は、圧延上がりのまま出荷されることは殆どなく、焼鈍や酸洗による脱スケールなどの表面仕上げが施される。
【0003】
即ち、前記圧延後のチタン板は、前記熱間圧延および/または冷間圧延で生じたひずみの除去並びに所望の機械的性質を得るための組織調整を目的に、大気中で焼鈍される。この焼鈍後のチタン板は酸洗され、熱延加工や切削加工時の摩擦熱、あるいは焼鈍により表面に形成された強固な酸化スケールや酸素濃化層が除去される。具体的には、ソルトバスおよびショットブラスト等の前処理を施されて、これらスケールをある程度除去、あるいは除去しやすくした後に、更に硝酸とフッ酸(弗酸、ふっ酸)との混合溶液(以下、硝フッ酸あるいはフッ硝酸とも言う)を含む酸洗液で酸洗される。
【0004】
このような酸洗仕上げは、チタン板表面光沢度を比較的低いレベルにでき、光の反射を抑制できる美観を有するために、前記建材用などの表面仕上げ方法としては、圧延ままの表面肌となる真空焼鈍仕上げよりも汎用されている。
【0005】
このような酸洗仕上げ材のチタン板を工業的に得る場合には、通常、連続焼鈍酸洗ラインが用いられるのが一般的である。このラインでは、大気焼鈍炉、ソルトバスおよびショットブラスト、そして酸洗槽が直列して記載順に配置されており、チタン板(ストリップ)を順次これらの装置に通すことで、建材用冷延純チタン板の焼鈍と脱スケールを連続して行なうことができる。
【0006】
ソルトバスへの浸漬およびショットブラストは、前記スケールを酸洗で除去しやすくするために行なわれる。例えば、水酸化ナトリウムと硝酸ナトリウムを主成分とする約500℃の高温のソルトバスに、前記大気焼鈍後のチタン板を浸漬すると、スケールの一部が溶解されると共に熱衝撃によりスケールに亀裂ができる。これはショットブラストでも同様で、スケールの一部が機械的に剥離されると共に、ショットの衝撃によりスケールに亀裂ができる。
【0007】
この後、チタン板の両面をそれぞれ上下面として、硝フッ酸の酸洗液中(酸洗槽中)を通板させて酸洗を行なうと、亀裂を通して地金まで酸洗液が浸透し、スケールと地金の境界面が溶解される。この結果、完全にスケール除去ができ、金属光沢が得られる。
【0008】
ここで、チタン板の上面とは、チタン板の両面をそれぞれ上下面(上面および下面)として通板の場合の、酸洗槽の上面に対面した面(以下表面とも言う)である。また、チタン板の下面とは、チタン板の両面をそれぞれ上下面(上面および下面)として通板の場合の、酸洗槽の底面に対面した面(以下裏面とも言う)である。したがって、チタン板の両面をそれぞれ上下面として通板して酸洗するとは、チタン板を略水平状態にして酸洗槽中を通板することである。
【0009】
このような連続焼鈍酸洗ラインにおいては、従来から、チタン板間や、あるいは同一のチタン板の同じ面内での光沢度を均一にする課題が一般的であり、このための手法も種々提案されている。
【0010】
例えば、特許文献1では、前記酸洗において、時として生じるチタン板表面の全面的又は局所的な、いわゆる酸焼けと呼ばれる茶色い着色斑防止を目的とした技術が提案されている。そして、このために、前記連続焼鈍酸洗ラインなどにおいて、チタン板表面の付着酸洗液をリンガーロールで絞り、その後、水スプレーによる洗浄を行うチタン板の酸洗方法において、チタン板が酸洗液に入ってから出るまでの領域の酸洗液を、チタン板の走行方向に対して直角方向に流動させることが記載されている。
【0011】
また、特許文献2では、前記酸洗において、チタン板間または同一チタン板内の光沢度を均一にすることを目的とした技術が提案されている。そして、このために、前記連続焼鈍酸洗ラインなどにおいて、チタン板またはチタン合金板の酸洗仕上げを行なう際に、浸漬ロールを有する酸洗槽を複数回通板させると共に、チタン板またはチタン合金板が適宜反転して酸洗槽を通過する様にして操業することが記載されている。
【0012】
更に、特許文献3では、チタン板表面に局部的に酸洗液が滞留して、その部分のチタンイオン濃度が上昇して、隣接する板面局所間での酸洗速度の差が生じ、酸洗ムラが生じることを防止することを目的とした技術が提案されている。そして、このために、前記連続焼鈍酸洗ラインなどにおいて、酸洗液をチタンストリップ表面に噴射することが記載されている。より具体的には、通板中のチタン板へ、このチタン板の両側面側から、このチタン板の下流側からチタン板の上流側に向けて(チタン板の通板方向とは逆方向に)、このチタン板の上流側から下流側に亙る複数箇所から酸洗液を供給することが記載されている。
【特許文献1】特開平8−291397号公報
【特許文献2】特開2000−355781号公報
【特許文献3】特開昭63−227792号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
発明者らは、前記チタン板の連続焼鈍酸洗ラインでは、チタン板の両面をそれぞれ上下面として、硝フッ酸の酸洗液中(酸洗槽中)を通板させて酸洗を行なう場合に、同じチタン板の上下両面間で酸洗速度が異なる問題を生じることが多々あることに気づいた。この酸洗速度の違いとは、同じチタン板の上面側の酸洗速度が遅くなり、一方の下面側の酸洗速度は速くなる現象である。
【0014】
この酸洗速度の違いは、同じチタン板の上下両面間で、それぞれ表面のチタンの溶解量が異なることを意味する。それゆえ、実際の操業で、酸洗速度の遅いチタン板の上面側(表面側)に適した条件にて酸洗を行うと、チタン板下面側(裏面側)は過酸洗になる。つまり、チタン板下面側は、本来は溶解させなくてもよい母材チタンまで溶かしてしまい、チタン板の歩留りが低下するという問題があった。また、これとは逆に、実際の操業で、酸洗速度の速いチタン板の下面側(裏面側)に適した条件にて酸洗を行うと、酸洗速度の遅いチタン板上面側(表面側)では酸洗不足になる問題がやはりある。
【0015】
それゆえに、前記チタン板の連続焼鈍酸洗ラインでは、同じチタン板の上下両面の酸洗を保証するためには、チタン板の歩留りを犠牲にしなければ操業できないという課題があった。この問題は、上述した従来の技術を用いても確実には解決できなかった。
【0016】
したがって、本発明の目的は、硝酸とフッ酸との混合溶液を酸洗液とした酸洗槽に対して、チタン板の両面をそれぞれ上下面として通板して酸洗する方法において、前記チタン板の上下面側の酸洗速度を均一化し、前記チタン板の上下面をほぼ均一に酸洗するチタン板の酸洗方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
発明者らは、鋭意検討の結果、チタン板の上面と下面とにおける酸洗速度の違いは、それぞれの部位における化学反応の違いから来ることを見出し、本発明を完成させるに至った。これにもとづく上記の目的を達成するための本発明チタン板の酸洗方法の要旨は、硝酸とフッ酸とを含む酸洗液に対して、チタン板の両面をそれぞれ上下面として通板して酸洗する方法において、通板中の前記チタン板の上方と下方の双方から前記酸洗液を供給し、この酸洗液の前記チタン板表面近傍の層状の流れであって、前記チタン板の移動方向に対して逆方向に移動する前記酸洗液の層流を、前記チタン板の上下両面側にそれぞれ形成することによって、前記チタン板の上下面の酸洗速度を均一化することである。
【0018】
本発明で言う前記酸洗液の「層状の流れ」=「層流」とは、通常の流体分野における、いわゆる「層流」の定義と同じである。即ち、前記チタン板周囲の静止しているあるいは乱流となっている酸洗液に対して、酸洗液の前記チタン板表面近傍の一定の厚みを持った層状の流れであって、その流線が前記チタン板表面と概ね平行な流れである。本発明では、この層流を前記チタン板の移動方向に対して逆方向に移動させ、かつ、この層流を前記チタン板の上下両面側にそれぞれ形成する。
【0019】
ここで、前記通板中のチタン板の上下両面側にそれぞれ前記酸洗液を供給するに際し、このチタン板の下流側から上流側に向けて、かつ、このチタン板の幅方向に亙って酸洗液を各々供給することが好ましい。
【0020】
また、前記チタン板の酸洗方法が、連続焼鈍酸洗ラインにおける大気焼鈍炉、ソルトバスおよびショットブラストの後段に配置された酸洗槽に適用される酸洗方法であることが好ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、前記フッ硝酸酸洗液の層流を前記チタン板の上下両面側にそれぞれ形成して、前記チタン板の上下面側の酸洗速度を均一化する。
【0022】
先ず、前記フッ硝酸酸洗液の層流を前記チタン板の上面側に形成すれば、前記チタン板の上面側の表面近傍において、後述する通り、より多く消費されて濃度が低下するHNO3 (硝酸)を、新鮮な前記フッ硝酸酸洗液の層流により、更新、補充できる。このため、相対的に遅い、前記チタン板の上面側の酸洗速度を速くすることができる。
【0023】
一方、前記フッ硝酸酸洗液の層流を前記チタン板の下面側に形成すれば、前記チタン板の下面側の表面近傍において、後述する通り、前記フッ硝酸酸洗液の層流により、酸洗速度を速くしている原因となる、3価のTiイオン錯体を前記チタン板の下面側の表面近傍から除去(拡散)できる。このため、酸洗液中のTiイオン錯体の濃度の増加を抑制でき、相対的に速い、前記チタン板の下面側の酸洗速度を遅くすることができる。
【0024】
そして、これらチタン板の上面側と下面側の層流を、チタン板の上方と下方から、それぞれ独立して酸洗液を供給して形成することにより、双方の層流を確実なものとすることができる。
【0025】
その結果、前記チタン板の上下両面側の酸洗速度を均一化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明の実施の形態について、以下に詳細に説明する。図1は、チタン板1の両面をそれぞれ上下面1a、1bとして通板して酸洗する酸洗槽3の正面図、図2は図1の平面図である。
【0027】
酸洗方法:
図1、2において、チタン板1は各図の右側から酸洗槽3に入り、矢印で示すように、各図の右側から左側に通板されて、各図の左側から酸洗槽3を出る。2は硝酸とフッ酸との混合溶液である酸洗液、2aは酸洗液2の液面、9、10はチタン板1の送りローラである。
【0028】
図1、2では、全てのラインの図示はしていないが、通常の連続焼鈍酸洗ラインにおける酸洗槽3を示している。即ち、前記した通りに各図の右側から酸洗槽3に入るチタン板1は、大気焼鈍炉、ソルトバスおよびショットブラストの処理を予め連続して受けている。そして、各図の左側から酸洗槽3を出たチタン板1は、図示はしないが、通常、液切りや水洗などの後処理を施されて、酸洗を終える。
【0029】
このようなチタン板の酸洗においては、前記した従来技術のような酸洗液2の攪拌を行わなくても、十分な酸洗量は得られる。ただし、攪拌を行わなくても、あるいは前記従来技術の目的の攪拌を行っても、チタン板1の上面(表面)1aと下面(裏面)1bとでは、酸洗速度や酸洗量とが必然的に異なる。この理由は、前記した通り、前記チタン板の上面1aと下面1bとで支配する化学反応が各々異なるからである。
【0030】
酸洗の機構:
この酸洗の機構を以下に説明する。本発明者らは模擬試験を行い、酸洗中のチタン板1の表面近傍の反応の様子を子細に検討および観察した。すると、チタン板1の上面1a表面の酸洗液は茶褐色、下面1b表面の酸洗液は緑色と、互いの酸洗液の色が明らかに異なることを本発明者らは知見した。そして、この酸洗液の茶褐色は、元々茶褐色を呈するNO2 が多いことにより生じ、この酸洗液の緑色は元々緑色を呈する3価のTiイオンが多いことにより生じることを知見した。
【0031】
このことから、本発明者らは、チタン板1の上面1aと下面1bとでは、勿論共通する化学反応があるものの、支配する(支配的な)化学反応は各々異なることを知見した。即ち、酸洗中のチタン板1近傍では、以下に示す化学反応が起こっており、上面1a側では反応式(1)、(2)のNO2 生成反応、下面1b側では反応式(3)、(4)の3価のTiイオン錯体が関与する反応が優位に起こっていると推考される。
【0032】
チタン板上面1a側の化学反応:
Ti+8HNO3 →Ti(NO3 )4 +4NO2 +4H2 O・・・(1)
Ti+4HNO3 →TiO2 +2NO2 +2H2 O ・・・・・・(2)
チタン板下面1b側の化学反応:
2Ti+12HF→3H2 +2H3 [TiF6 ] ・・・・・・(3)
2H3 [TiF6 ]+2TiO2 +6H+ →2H2 [TiF6 ]+2Ti3 + +H2 O・・・(4)
【0033】
チタン板1の下面1b側でも、勿論、反応式(1)、(2)の化学反応は生じる。しかし、連続焼鈍酸洗ラインだけでなく、チタン板の酸洗は、通常、チタン板1の両面をそれぞれ上下面1a、1bとして(チタン板1を略水平に)通板して酸洗を行う。このため、チタン板1の上面1aの上方側は、図1のように開放されており、前記反応式(1)、(2)にて生成した気体NO2 は逐次上方側に拡散される。これによって、この反応式(1)、(2)のNO2 生成反応はより促進されることとなる。
【0034】
これに対して、チタン板1の下面1bの上方側は、図1のようにチタン板1自身によって閉塞されており、前記反応式(1)、(2)にて生成した気体NO2 は拡散されにくくなる。このため、気体NO2 がチタン板1の下面1bの表面近傍に留まるために、反応式(1)、(2)のNO2 生成反応は促進されなくなる。
【0035】
チタン板1の上面1a側では前記反応式(1)、(2)のNO2 生成反応の促進によって、HNO3 の消費、即ち硝酸の消費が多くなり、強制的な攪拌などによって新鮮な酸洗液2が供給されなければ、結果として、上面1a側表面近傍の酸洗液2中の硝酸の濃度が下がることとなる。本発明者らが調査した結果では、酸洗中のチタン板1の上面1a側のHNO3 の濃度は、強制的な攪拌などをしない場合、元の酸洗液(バルク溶液)のHNO3 濃度に比して、86%程度にまで低下している。これに対して、酸洗中のチタン板1の下面1b側のHNO3 の濃度は、強制的な攪拌などをしない場合でも、元の酸洗液(バルク溶液)のHNO3 濃度と殆ど変わらない。
【0036】
また、更に、前記反応式(1)のTiの溶解反応の一方で、これとともに、チタンを溶解させないようなTiの酸化反応である前記反応式(2)による反応が上面1a側表面近傍では盛んになる。したがって、これら反応式(1)、(2)の相乗効果によって、チタン板1の上面1a側の酸洗速度は、時間の経過とともに低下していく。
【0037】
一方、チタン板1の下面1b側では、前記した通り、反応式(1)、(2)のNO2 生成反応は促進されず、前記反応式(3)のHFによるTiの溶解反応と、前記反応式(4)の3価のTiイオン錯体による酸化物の溶解が促進される。そして、このTiイオン錯体量が増して、これによる酸化物の溶解が促進され、チタン板1の下面1b側の酸洗速度は、時間の経過とともに増加していく。
【0038】
以上の通り、チタン板1の上面1aと下面1bとで支配する化学反応が各々異なる結果、チタン板1の下面1b側の酸洗速度は、上面1a側よりも著しく速くなる。これも本発明者らが調査した結果では、酸洗速度は、チタン板1の下面1b側が、上面1a側の、最大で3倍近くなる。しかも、これは、チタン板1の両面をそれぞれ上下面1a、1bとして通板して、フッ硝酸を用いて酸洗する際に生じる特有の現象である。
【0039】
それゆえ、チタン板1の酸洗の際の姿勢、向きが異なる場合や、フッ硝酸以外の酸で酸洗する場合、鋼板やステンレス鋼などを酸洗する場合には起こり得ない問題である。
【0040】
酸洗液の層流:
このようなチタン板1のフッ硝酸を用いた酸洗特有の現象に対して、本発明では、酸洗槽3を通板中のチタン板1の上面1aと下面1bとの両面側にそれぞれ酸洗液2を強制的に供給する。具体的には、図1、2のように、通板中のチタン板1の上面1a側にはノズル7によって、下面1b側にはノズル6a〜6fによって、それぞれ酸洗液2を強制的に供給する。
【0041】
これによって、この酸洗液2のチタン板1表面近傍の層状の流れ4、5であって、チタン板1の移動方向(図1、2の左方向)に対して逆方向(図1、2の右方向)に移動する、酸洗液2の層流4、5を、チタン板1の上面1aと下面1bとの上下両面側にそれぞれ形成して、チタン板の上下面側の酸洗速度を均一化する。
【0042】
この酸洗液2の層流4、5とは、酸洗液2のチタン板1の上面1aと下面1bとの表面近傍の層状の流れであって、その流線がチタン板1の(上面1aと下面1bの)表面と概ね平行な流れである。この層流4、5の存在は、実際の目視や、目視が不可能であれば、酸洗液に代わる水などによる再現(模擬)試験によって、あるいは流体計算や、後述する模擬試験によっても確認できる。したがって、この層流4、5は、チタン板1周囲の酸洗槽3中の、静止している、あるいは乱流となっている酸洗液や酸洗液の流れとは明確に区別することが可能である。
【0043】
層流の作用効果:
チタン板1の上面1a側では、層流4によって新鮮な酸洗液2が供給され、前記反応式(1)、(2)のNO2 生成反応促進で消費量が多くなり、濃度が低下しがちな硝酸が補充され、硝酸濃度が一定範囲に保持される。これによって、チタン板1の上面1a側の酸洗速度を速めることができる。言い換えると、前記反応による酸洗速度の低下を抑制できる。
【0044】
一方、チタン板1の下面1b側では、強制的に供給される酸洗液2の層流5によって、3価のTiイオン錯体がこの下面1b側から拡散され、このTiイオン錯体量の増加が抑制される。このため、前記反応式(4)の3価のTiイオン錯体による酸化物の溶解反応や、前記反応式(3)のHFによるTiの溶解反応が抑制され、結果として、チタン板1の下面1b側の酸洗速度が遅くなる。言い換えると、前記反応による酸洗速度の増加を抑制できる。
【0045】
ここで重要なのは、チタン板に層流が形成されない場合、上面1aでは酸洗速度が低下し、下面1bでは酸洗速度が増加するため、どちらか一方でも新鮮な酸洗液の供給が滞れば、上面1aと下面1bとの間で酸洗速度に差が生じる点である。本実施形態では、チタン板1の上方および下方にそれぞれノズル7、ノズル6a〜6fをそれぞれ設けることにより、チタン板の上面1aおよび下面1bの双方に安定した層流を形成し、上面1aと下面1bの酸洗速度に差が生じるのを確実に抑制している。
【0046】
このような効果を発揮するためには、通板中のチタン板1の上面1a側へ強制的に供給される酸洗液2の供給量が、この通板中のチタン板1の上面側の酸洗液2中の硝酸濃度を、チタン板1の下面1b側の酸洗液2中の硝酸濃度の範囲内とするに足る量であることが好ましい。なお、この酸洗液2の供給量は、その量が適正か否か、その量を直接測定せずとも、チタン板1の上下両面側の酸洗速度の均一化による、酸洗されたチタン板1の歩留りの向上効果によって推し量ることが可能である。
【0047】
さらに、通板中のチタン板1の下面1b側へ強制的に供給される酸洗液2の供給量が、チタン板1の下面1b側の酸洗液中のTiイオン錯体の濃度の増加を抑制するに足る量であることが好ましい。なお、この酸洗液2の供給量も、その量が適正か否か、前記チタン板1の上面1a側への酸洗液2の供給量と同様に、その量を直接測定せずとも、チタン板1の上下両面側の酸洗速度の均一化による、酸洗されたチタン板1の歩留りの向上効果によって推し量ることが可能である。
【0048】
層流の流速:
ここで、酸洗液2の層流4、5の流速は、酸洗条件によっても当然違うが、通常の連続焼鈍酸洗ラインにおける酸洗槽3であることを前提とすると、10cm/sec以上とすることが好ましい。層流4、5の流速が小さ過ぎると、当然ながら、通常、通板速度(走行速度):5〜20cm/sec程度で移動するチタン板1に対して、このチタン板1の走行の影響を受けて、層流4、5とならず、層流4、5となっても、前記した層流4、5の各作用効果が弱くなる。
【0049】
以上の層流4、5の相乗効果によって、チタン板1の上面1aと下面1bとの酸洗速度を均一化することができる。
【0050】
層流の形成方法:
以上の層流4、5の相乗効果を達成するためには、本発明のように、この層流4、5の流れを、チタン板1の移動方向(図1、2の左方向)に対して逆方向(図1、2の右方向)に移動するように形成させる必要がある。この層流4、5の流れをチタン板1の移動方向(図1、2の左方向)と同じ方向(図1、2の左方向)に移動するように形成させた場合には、層流4、5自体が形成できなくなる。即ち、供給される酸洗液の流速とチタン板1の移動速度とに、相対的な速度差が小さくなくなり、移動するチタン板1に対して、相対的には静止している状態となって、前記層流4、5の相乗効果が発揮できない。
【0051】
ただ、層流4、5の流れの方向は、必ずしも、図1、2に示すように、チタン板1の移動方向に対して、厳密な意味で平行にする必要はない。また、その流線もチタン板1の(上面1aと下面1bの)表面と厳密な意味で平行にする必要はない。前記層流4、5の相乗効果が発揮できる範囲で、層流4、5の流れの方向はチタン板1の移動方向に対して、各々角度をつけても良く、層流4、5の流線もチタン板1の(上面1aと下面1bの)表面に対して、各々角度をつけても良い。但し、後述する通り、前記特許文献1のように、酸洗液をチタン板の走行方向に対して直角方向に流動させても、本発明のような、チタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5とはならないため、前記層流4、5の流れの方向のつける角度は、このようなチタン板の走行方向に対して直角方向のような大きな角度を除く。
【0052】
酸洗液の供給方法:
また、酸洗液2の供給量や供給の仕方によっては、層流4、5とならない、あるいは層流4、5となっても、層流4、5の相乗効果の発揮が弱くなる可能性もある。このため、酸洗液2の層流4、5を、移動するチタン板1の上下両面側にそれぞれ確実に形成するためには、通板中のチタン板1の上面1aと下面1bの上下両面側に、このチタン板1の下流側から上流側に向けて、かつ、このチタン板1の幅方向に亙って、酸洗液噴射ノズルなどによって酸洗液を各々強制的に供給することが好ましい。
【0053】
図1、2では、このための具体的な好ましい態様を示している。即ち、図1、2において、チタン板1の上面1a側へは、縦方向の酸洗液供給管8と、フラットなノズルヘッダーとを有する、酸洗液噴射ノズル7によって、このチタン板1の下流側(図1、2の左側)から上流側(図1、2の右側)に向けて酸洗液を供給している。また、ノズル7は、チタン板1の下流側から上流側に向かって開口するノズル口(吐出口)7aを、チタン板1の幅方向に亙って、間隔をあけて多数有しており、これらのノズル口から、チタン板1の幅方向に亙って、酸洗液を供給している。
【0054】
このような態様とすることで、チタン板1の上面1a側に対して、下流側から上流側に向けて、かつ、このチタン板1の幅方向に亙って酸洗液2を各々供給でき、チタン板1の上面1aの幅方向全域に亘り十分な層流4を形成することができる。なお、図1、2において、ノズル7はチタン板1の下流側一箇所しか設けていないが、必要に応じて、チタン板1の下流側から上流側に亙って、複数箇所設けても良い。
【0055】
一方、チタン板1の下面1b側に対しては、このチタン板1の両方の側面側から各々、酸洗液噴射ノズル6a〜6fによって、このチタン板1の下流側(図1、2の左側)から上流側(図1、2の右側)に向けて、このチタン板1の上流側から下流側に亙る複数箇所(例示は片側3箇所ずつ)から、酸洗液2を供給している。酸洗槽3の両側方に間隔をおいて取り付けられたノズル6a、6b、6cおよびノズル6d、6e、6fは、チタン板1の下流側(図1、2の左側)から上流側(図1、2の右側)に向けて、そしてチタン板1の下面1b側へ向けて、酸洗液2を供給するように開口している。
【0056】
このような態様とすることで、チタン板1の下面1b側へ、下流側から上流側に向けて、かつ、このチタン板1の幅方向に亙って酸洗液2を各々供給でき、層流5を形成することができる。なお、図1、2において、ノズル6a〜6fの個数は適宜選択され、条件によってはチタン板1の両側面側に各1箇所でも良い。更に、チタン板1の上面1a側を、この下面1b側のようなノズルの態様としても良く、逆に、チタン板1の下面1b側を、前記上面1a側のようなノズルの態様としても良い。
【0057】
一方で、チタン板1が酸洗液2中で静止している、あるいはチタン板1の通板速度が著しく遅い場合には、このような酸洗液噴射ノズルなどを用いずとも、チタン板1の上下両面1a、1b側の酸洗液を、それぞれ単に回転羽根やスターラーなどで機械的に攪拌するだけでも、酸洗液2の層流4、5をそれぞれ形成することは可能である。後述する実施例の通り、チタン板1が酸洗液2中で静止している模擬的な酸洗試験の場合には、単に攪拌するだけでも、チタン板1の上下両面1a、1b側の、酸洗液2の層流のそれぞれの形成を確認できている。
【0058】
しかし、実際の連続焼鈍酸洗ラインにおける酸洗槽3での、通板速度(走行速度):5〜20cm/sec程度で移動するチタン板1に対して、単に、前記のような攪拌するだけでは、酸洗液2の層流4、5を、チタン板1の上面1aと下面1bとの上下両面側にそれぞれ形成することは難しい。単に、前記のような攪拌だけでは、その流線がチタン板1の表面と概ね平行な層流4、5の形成も難しい。また、チタン板1の幅方向亙って、しかもチタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5を、チタン板1の上下両面側に、それぞれ効果的に形成することも難しい。
【0059】
対象とするチタン板:
本発明において、酸洗されるチタン板1は、純チタンであっても、チタン合金であっても良い。即ち、本発明で酸洗するチタン板は、純チタンやチタン合金を含めて対象とする。
【0060】
従来技術と本発明の層流との関係:
以下に、従来技術の酸洗液供給や攪拌方法では、本発明と同等の効果が得られない理由を説明する。
【0061】
先ず、前記した特許文献を含めた従来技術で、本発明の課題である、同じチタン板の上下両面間で酸洗速度が異なる課題を開示したものを、本発明者らは知見し得ていない。この課題や対策がこれまであまり知られていないのは、前記チタン板の歩留りの低下を必然あるいは当然と是認すれば、実際の酸洗操業自体は支障なく行えるからではないかと推察される。
【0062】
前記従来技術では、それぞれの目的である、チタン板間または同一チタン板面内の光沢度の均一化や、隣接する板面局所間での酸洗速度の差により生じる酸洗ムラの防止はできるかもしれない。しかし、前記従来技術は、この課題を何ら意図しておらず、個別にその理由を後述する通り、この課題を結果的にも解決できない。
【0063】
これは、酸洗液をノズルなどから噴流にして帯鋼に吹き付ける、鋼板の酸洗方法でも同様である。この理由は、同じチタン板の上下両面間で酸洗速度が異なる現象が、後述するように、チタン材をフッ硝酸で酸洗する際に生じる特有の現象であることによる。チタン材をフッ硝酸以外の酸で酸洗する場合や、鋼板やステンレス鋼などを酸洗する通常の場合や、例えフッ硝酸で酸洗する場合には、決して起こり得ない問題である。
【0064】
また、前記した現象が、後述するように、チタン板の表面と裏面とで支配する化学反応が各々異なるという、同様の従来の常識を覆すに足る、特異な機構で生じることにもよる。同じ酸洗液によって同時に、しかも同じように処理されるチタン板の表面と裏面で、仮に酸洗速度が異なることを知見した場合には、その原因を、酸洗液や酸洗反応の側ではなく、酸洗される素材チタン板の側に求めがちである。具体的には、当業者であれば、酸洗される素材チタン板の表面と裏面とのスケールの組成や性状の違い、あるいはチタン板の表面粗度や表面組成や性状の違いなどの方に、どうしても注目することとなる。
【0065】
したがって、この課題は、かなり意識的に酸洗液や酸洗反応の側の現象として追求しない限り、前記した現象が、チタン板の表面と裏面とで支配する化学反応が各々異なるという機構で生じることは知見できない。しかも、この課題には、前記したチタン板の連続焼鈍酸洗ラインでは、酸洗処理の条件と、チタン板の酸洗のされ方との関係が、これまで十分に明確にされている訳ではないという背景もある。
【0066】
前記した、チタン板の表面と裏面とで支配する化学反応が各々異なるという機構自体は、前記した通り、本発明者らの知見によるものである。言い換えると、これまでチタン材をフッ硝酸で酸洗する分野において、同じチタン板の上下両面間で酸洗速度が異なる現象は、結果として操業上認識されていたかもしれないが、何が原因で起こるのかは知られていなかった。したがって、少なくとも、前記チタン板の表面と裏面とで支配する化学反応が各々異なることから生じるという機構までは知られていなかった。それゆえ、同じチタン板の上下両面間で酸洗速度が異なる現象に対する対策も、存在しないか、例え存在したとしても、必然的に、その効果は不十分なものとならざるを得なかった。
【0067】
特許文献1:
特許文献1では、通板中のチタン板の上方および下方から酸洗液を供給する構成ではなく、チタン板と同じ高さに設けられたノズルによって、横側からチタン板の表面に酸洗液を供給する構成となっている。そのため、一方の面には十分に酸洗液が供給されても、他方の面には酸洗液が十分に供給されないことがある。特許文献1では、同一面内における酸洗を均一化することを目的としているため、このようなことは問題にはならないと推測されるが、チタン板の上面と下面との酸洗速度を均一にするうえでは問題となる。
【0068】
なお、前記特許文献1でも、チタン板の連続焼鈍酸洗方法において、チタン板が酸洗液に入ってから出るまでの領域の酸洗液を、チタン板の走行方向に対して直角方向に、10cm/sec以上の流速で流動させることが記載されている。これは、チタン板表面近傍に存在するチタンイオン及びフッ化チタンイオンを前記「横方向の酸洗液の流動」によってできるだけ早く除去し、酸焼け発生を防止するためである。
【0069】
しかし、特許文献1のように、酸洗液を、チタン板の走行方向に対して直角方向に流動させても、本発明のような、チタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5とはならない。このため、酸焼け発生は防止できても、必然的に、前記層流4、5の相乗効果を得られず、チタン板1の上面1aと下面1bとの酸洗速度を均一化することができない。特許文献1のような、酸洗液のチタン板走行方向に対して直角方向の流れは、このチタン板1の走行の影響を受けて、チタン板1の移動に連れもつ形で、チタン板の走行方向に向けて大きく傾くためである。即ち、本発明のような、チタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5とするためには、前記した通り、通板中のチタン板1の上面1aと下面1bの上下両面側に、それぞれこのチタン板1の通板方向とは逆方向に(下流側から上流側に)向けて、かつ、このチタン板1の幅方向に亙って供給する必要がある。
【0070】
特許文献3:
更に、特許文献3では、通板中のチタン板へ、両側面側から、下流側から上流側に向けて(チタン板の通板方向とは逆方向に)、このチタン板の上流側から下流側に亙る複数箇所から酸洗液をチタンストリップ表面に噴射、供給することが記載されている。チタン板表面に局部的に酸洗液が滞留して、その部分のチタンイオン濃度が上昇して、隣接する板面局所間での酸洗速度の差が生じ、酸洗ムラが生じることを防止するためである。この特許文献3でも、通板中のチタン板の上方および下方から酸洗液を供給する構成ではなく、チタン板と略同じ高さに設けられたノズルによって、横側からチタン板の表面に酸洗液を供給する構成となっているので、特許文献1と同様の問題を生じる。
【0071】
すなわち、特許文献3のように、両側面側から通板中のチタン板表面へ向けて、酸洗液を噴射しても、特許文献1と同様に、本発明のような、チタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5とはならない。このため、酸洗ムラ発生は防止できても、必然的に、前記層流4、5の相乗効果を得られず、チタン板1の上面1aと下面1bとの酸洗速度を均一化することができない。特許文献3のように、通板中のチタン板表面へ向けて、両側面側から酸洗液を噴射しても、酸洗液の流れは、このチタン板1の走行の影響を受けて、チタン板1の移動に連れもつ形で、チタン板の走行方向に向けて大きく傾くためである。
【0072】
即ち、本発明のような、チタン板1の移動方向に対して逆方向に移動する層流4、5とするためには、両側面側から通板中のチタン板表面へ向けてではなく、やはり前記した通り、チタン板1の上面1aと下面1bの上下両面側にそれぞれ酸洗液を供給する必要がある。また、更に、このチタン板1の通板方向とは逆方向に(下流側から上流側に)向けて、かつ、このチタン板1の幅方向に亙って供給する必要がある。
【0073】
(参考実験)
実際の連続焼鈍酸洗ラインでの操業の裏付けのために、本発明の酸洗液2の層流4、5の形成と、その層流4、5の効果とを、実施例に替わるあるいは実施例に相当する、模擬試験によって確認した。
【0074】
連続焼鈍酸洗ラインにおける実際の純チタン板(ストリップ)から、酸洗前に試験片を採取した。この純チタン板は、前記連続焼鈍酸洗ラインにおいて、750℃で大気雰囲気下で5分焼鈍後、ソルトバス浸漬および鉄グリッドで表面をショットブラストされたものである。純チタン試験片は、60mm長さ×60mm幅×3mm厚みとした。そして、この試験片2枚を、連続焼鈍酸洗ラインにおけるチタン板1の上面1aと下面1bの上下両面側に見立てて、互いに貼り合わせ、その貼り合わせた全側面をシールしたものを、酸洗試験した。
【0075】
酸洗試験は、2%HF−10%HNO3 のフッ硝酸組成からなる酸洗液250ml中に、前記貼り合わせ試験片を、連続焼鈍酸洗ラインにおけるチタン板の通板姿勢を模擬して、その両面をそれぞれ上下面として、水平に静置して、室温で5分間浸漬する条件で行った。
【0076】
この際、酸洗液の強制的な供給を模擬して、チタン試験片上方からのチタン試験片の上面側の酸洗液の攪拌と、チタン試験片下方からの試験片の下面側の酸洗液の攪拌とを、行う、行わないと各々変えて酸洗試験した。チタン試験片上方からの攪拌は、チタン試験片の真上から、先端(下端)に十字の羽根を設けた攪拌子(500rpm)により、チタン試験片の上面側の酸洗液を攪拌した。また、チタン試験片下方からの攪拌は、チタン試験片の真下の酸洗槽底面に載置したスターラー(200rpm)により、チタン試験片の下面側の酸洗液の攪拌を行った。
【0077】
そして、これら酸洗前後の前記貼り合わせた試験片の、上側、下側の純チタン試験片各々の重量変化から、上面および下面の溶解速度を算出した。また、酸洗中のチタン試験片の上面側表面近傍の酸洗液および下面側表面近傍の酸洗液を目視観察して、層流の有無を判別するとともに、その層流の厚みを測定した。
【0078】
この層流の層流厚は、純チタン試験片の上面では、前記したNO2 を含む茶褐色で、その流線が純チタン試験片表面と概ね平行な上面側表面近傍の流れを層流と見なして、その層流厚を計測した。また、純チタン試験片の下面では、前記した3価のTi錯体を含む緑色で、その流線が純チタン試験片表面と概ね平行な下面側表面近傍の流れを層流と見なして、その層流厚を計測した。
【0079】
これらの結果を表1に示す。番号1の例では、純チタン試験片の両面(上下面)とも攪拌を行っていないため、両面ともに、0.5mm程度の薄い層流が確認されるものの、下面の酸洗速度は、上面の2.8倍になっている。因みに、この薄い層流は、酸洗の前記した化学反応による酸洗液の部位による組成変化のみにより生じた液の流れとみられる。
【0080】
番号2の例では、純チタン試験片の下面のみスターラーで攪拌しており、この攪拌効果によって、酸洗液が強制的に試験片下面に供給(循環供給)されたために、純チタン試験片の下面の酸洗速度が遅くなり、上下面の酸洗速度比は、番号1の例よりも縮まっている。この結果から、前記した酸洗液の強制的な供給効果が裏付けられる。ただ、依然、下面の酸洗速度は、上面の1.5倍と大きい。
【0081】
これに対して、番号3の例では、実施例2の下面からの攪拌に加え、上面からの攪拌を行っており、この攪拌効果によって、酸洗液が強制的に試験片の上下面ともに、それぞれ供給(循環供給)されている。このために、純チタン試験片の下面の酸洗速度が遅くなるとともに、純チタン試験片の上面の酸洗速度が速くなって、酸洗速度比は上面1に対し、下面1.1であり、試験片の上下面(表裏面)をほぼ均一に酸洗することができている。
【0082】
これらの結果から、チタン板の上下両面(表裏面)の酸洗速度を均一にし、酸洗を均一に行うためには、チタン板の上方および下方の双方からチタン板の上下両面へ酸洗液を強制的に供給することが有効であることが分かる。
【0083】
因みに、番号2、3の例では、強制的な攪拌(酸洗液の供給)があった場合には、上面、下面ともに50mm程度の層流の厚みが確認された。これに対して、強制的な攪拌(酸洗液の供給)が無い場合には、上面、下面ともに層流の厚みは0.5〜1mm程度でしかない。番号2の例で、強制的な攪拌(酸洗液の供給)が無い試験片上面の層流の厚みが1mm程度で、番号1の例の、同じく試験片上面の層流の厚みよりも厚いのは、試験片の下面のみの攪拌による酸洗液の流れ(循環)が試験片上面にも多少波及したためである。
【0084】
【表1】

【0085】
以上述べたように、本発明によれば、酸洗槽中のチタン板の上面と下面から酸洗液を強制的に供給することによって、チタン板の表裏面を均一に酸洗することができる。したがって、本発明は、酸洗槽を、大気焼鈍炉、ソルトバスおよびショットブラストからなる工程の後段に配置した、連続焼鈍酸洗ラインにおけるチタン板の酸洗方法に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明酸洗方法の一実施態様を示す、酸洗槽の正面断面図である。
【図2】図1の平面図である。
【符号の説明】
【0087】
1:チタン板、2:酸洗液、3:酸洗槽、4 、5:層流、6、7:ノズル、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硝酸とフッ酸とを含む酸洗液に対して、チタン板の両面をそれぞれ上下面として通板して酸洗する方法において、通板中の前記チタン板の上方と下方の双方から前記酸洗液を供給し、この酸洗液の前記チタン板表面近傍の層状の流れであって、前記チタン板の移動方向に対して逆方向に移動する前記酸洗液の層流を、前記チタン板の上下両面側にそれぞれ形成することによって、前記チタン板の上下面の酸洗速度を均一化することを特徴とするチタン板の酸洗方法。
【請求項2】
前記通板中のチタン板の上下両面側にそれぞれ前記酸洗液を供給するに際し、このチタン板の通板方向下流側から上流側に向けて、かつ、このチタン板の幅方向に亙って酸洗液を各々供給する請求項1に記載のチタン板の酸洗方法。
【請求項3】
前記チタン板の酸洗方法が、連続焼鈍酸洗ラインにおける大気焼鈍炉、ソルトバスおよびショットブラストの後段に配置された酸洗槽に適用される酸洗方法である請求項1または2に記載のチタン板の酸洗方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−90426(P2010−90426A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−260724(P2008−260724)
【出願日】平成20年10月7日(2008.10.7)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】