説明

テトラヒドロビオプテリン産生促進剤

【課題】テトラヒドロビオプテリン産生促進剤の提供。
【解決手段】クロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするテトラヒドロビオプテリン産生促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高フェニルアラニン血症等のテトラヒドロビオプテリン量低下に起因する疾患の予防治療剤として有用なテトラヒドロビオプテリン産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
テトラヒドロビオプテリン(BH4)は、フェニルアラニン水酸化酵素、チロシン水酸化酵素、トリプトファン水酸化酵素など芳香族アミノ酸モノオキゲナーゼの補酵素であり、カテコールアミンやセロトニン合成に重要な役割を果たしている。BH4の生体内濃度が低下すると、高フェニルアラニン血症、パーキンソン病、うつ病等の疾患が生じることが知られている。実際に、テトラヒドロビオプテリン自体は、先天性代謝異常の一つである高フェニルアラニン血症の治療薬として広く用いられている。
【0003】
BH4自体を投与するのでなく、生体内でBH4の産生を促進させてBH4の低下に起因する疾患を治療しようとする試みもされている(特許文献1及び2)。
【特許文献1】特公平6−92302号公報
【特許文献2】特開昭61−1688号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしこれらのBH4産生促進剤は、いずれもBH4誘導体又はその類縁化合物であり、合成が極めて困難であるとともに安全性の点でも十分満足できるものではない。
従って、本発明の目的は、容易に入手可能であって、安全性も高い、BH4産生促進剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
そこで本発明者は、植物由来の成分からBH4産生促進剤を見出すべく種々検索した結果、コーヒー等に含まれるクロロゲン酸類に有意なBH4産生促進作用があることを見出した。
【0006】
すなわち、本発明はクロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするBH4産生促進剤及びBH4低下に基づく疾患の予防治療剤を提供するものである。
【0007】
また、本発明は、クロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、テトラヒドロビオプテリンを産生促進する効果を有することを特徴とし、テトラヒドロビオプテリンの低下に伴う疾患の予防または改善をする為に用いるものである旨の表示をした食品又は飲料を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
クロロゲン酸類は、優れたBH4産生促進作用を有し、安全性も高く、入手も容易である。従って、本発明のBH4産生促進剤は、長期摂取可能であり、BH4低下に基づく疾患、例えば高フェニルアラニン血症、パーキンソン病、うつ病、うつ状態等の症状の改善、治療に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明で用いるクロロゲン酸類は、これを含有する天然物、特に植物から抽出することもでき、化学合成により工業的に製造することもできる。
【0010】
本発明におけるクロロゲン酸類には、立体異性体が存在し、本発明では、純粋な立体異性体又はそれらの混合物を用いることができる。本発明におけるクロロゲン酸類には、具体的には、3−カフェイルキナ酸、4−カフェイルキナ酸、5−カフェイルキナ酸、3,4−ジカフェイルキナ酸、3,5−ジカフェイルキナ酸、4,5−ジカフェイルキナ酸、3−フェルリルキナ酸、4−フェルリルキナ酸、5−フェルリルキナ酸及び3−フェルリル−4−カフェイルキナ酸等が含まれる(中林ら,コーヒー焙煎の化学と技術,弘学出版株式会社,p166−167)。
【0011】
クロロゲン酸類は、塩にすることにより水溶性を向上させ、生理学的有効性を増大させることができる。これらの塩としては、薬学的に許容される塩であればよい。このような塩形成用の塩基物質としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物;水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属の水酸化物;水酸化アンモニウム等の無機塩基、アルギニン、リジン、ヒスチジン、オルニチン等の塩基性アミノ酸;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基が用いられるが、特にアルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物が好ましい。本発明においては、これらの塩を調製してから、その他の成分からなる組成物中に添加したものでもよいし、クロロゲン酸類等と塩形成成分とを別々に該組成物中に添加して、この中で塩を形成せしめたものでもよい。
【0012】
クロロゲン酸類を含有する天然物抽出物としては、例えば、コーヒー、キャベツ、レタス、アーチチョーク、トマト、ナス、ジャガイモ、ニンジン、リンゴ、ナシ、プラム、モモ、アプリコット、チェリー、ヒマワリ、モロヘイヤ、カンショ、南天の葉、ブルーベリー、小麦などの植物から抽出したものが好ましい。
【0013】
クロロゲン酸類は、コーヒー生豆、南天の葉、リンゴ未熟果等の植物体から抽出したものが好ましく、さらにアカネ科コーヒー(Coffee arabica LINNE)の種子より、温時アスコルビン酸、クエン酸酸性水溶液又は熱水で抽出して得たものがより好ましい。具体的には、生コーヒー豆抽出物としては、長谷川香料(株)「フレーバーフォールダー」、リンゴ抽出物としては、ニッカウヰスキー(株)「アップルフェノン」、ヒマワリ種抽出物としては、大日本インキ化学工業(株)「ヘリアント」などが挙げられる。
【0014】
後記実施例に示すように、クロロゲン酸類は、血中ビオプテリン濃度が低下した状態を回復させる効果を有し、かつBH4の産生に関与する酵素の発現を増強させる効果を有することから、BH4産生促進剤として有用である。従って、クロロゲン酸類は、BH4低下に基づく疾患、例えば高フェニルアラニン血症、パーキンソン病、うつ病、うつ状態等の予防及び治療用医薬、食品および飲料として使用することができる。また、本発明のBH4産生促進剤は高フェニルアラニン血症、パーキンソン病、うつ病、うつ状態等の予防及び治療用医薬、食品および飲料の製造のために使用することができる。
【0015】
本発明のBH4産生促進剤の有効成分であるクロロゲン酸類等は、そのまま服用してもよいが、好ましくは薬学的に許容されうる塩、例えば塩酸塩の形で、賦形剤、担体等の薬品及び食品分野で慣用の補助成分、例えば乳糖、ショ糖、液糖、蜂蜜、ステアリン酸マグネシウム、ヒドロキシプロピルセルロース、各種ビタミン類、クエン酸、リンゴ酸、香料、無機塩などとともに、カプセル剤、錠剤、粉末剤、顆粒剤、ドリンク剤、注射剤、点滴剤等にすることができる。
【0016】
ドリンク剤及び食品の場合、必要に応じ、他の生理活性成分、ミネラル、ビタミン、ホルモン、栄養成分、香味剤等を混合することも可能である。また、緑茶系飲料、烏龍茶系飲料、紅茶系飲料、コーヒー系飲料、アイソトニック系飲料とすることもできる。
【0017】
本発明の食品及び飲料は、BH4が低下している方へ、BH4の低下に伴う疾患をお持ちの方へ、BH4の低下に伴う疾患を予防又は改善したい方へ等と表示して使用することができる。
【0018】
本発明のBH4産生促進剤の服用量は成人1日あたりクロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩として30〜14000mg、より好ましくは50〜10000mg、さらに好ましくは200〜7600mg、特に250〜3000mgが好ましい。効果をより有効に発現させるためには、毎日継続して服用することが好ましいと考えられる。
【実施例】
【0019】
実施例1(クロロゲン酸(CQA)摂取時における血漿中総ビオプテリン(BP)量の比較)
Wister系ラット(SHR:12週齢、♂;日本SLCより購入)を用いた。ラットは、室温23±2℃、湿度55±10%、12時間の明暗サイクル(明期;AM7:00〜PM7:00)下で飼育した。
食餌として標準粉末飼料(CE−2)、及び、1%CQA(Cayman社)含有標準粉末飼料(CE−2)を10週間、自由摂食させ、飲料は、水道水を自動給水により自由飲水させた。摂取終了後、ラットにペントバルビタール注射液(40mg/kg)を腹腔投与し、深麻酔状態を確認後、腹部大動脈から全採血した。全血は抗凝固剤(終濃度2mM EDTA)を含む採血管に採取し、4℃で、2000xgで20分遠心して得られた上清を血漿とした。採血後、ラットから、腎臓組織を摘出し、RNA later(QIAGEN社)に浸漬した。血漿及び組織は、使用時まで−80℃に保存した。
【0020】
(1)血漿中総BP量の測定
BH4濃度の測定は、Fukushima & Nixonの方法(1)に準じて行った。
詳しくは、200μLの採取した血漿に、40μL 1N HCl、及び、100μLヨウ素酸化液(1% I2、2% KI)を添加後、混合し、室温、暗所にて1時間静置した。静置後、20μL 5%アスコルビン酸、及び、40μL蒸留水を加え、攪拌し、限外ろ過(Microcon 10NMWLミリポア社使用)後、ヨウ素酸化物を含むろ液を、HPLCを用い解析した。得られた解析結果は、全て平均値(Ave)±標準誤差(SE)を用いてグラフにし、student’s t−testにより有意差検定を行った。
【0021】
(2)HPLC分析条件
分析機器はHPLC(SHIMADZU SCL−10Avp)を使用した。
装置の構成ユニットは、次の通りである。
ディテクター:分光蛍光検出器(RF−10AxL)
カラムオーブン:CTO−10ACvp
ポンプ:LC10ADvp
オートサンプラー:SIL−10ADvp
カラム:Hypersil ODS(C18)内径4.6mm×長さ250mm、粒径5μm(カラム温度;35℃)
【0022】
分析条件は次の通りである。サンプル注入量:50μL、流量:0.8mL/min、溶離は15mmol/Lリン酸カリウム緩衝液(pH6.0):methanol(92%:8%)で行い、検出は蛍光検出器(蛍光波長:450nm、励起波長:350nm)を用いた。
【0023】
(3)total RNAの採取
凍結した組織を、室温にて溶解後、ISOGEN(NIPPON GENE社)中で、ホモジナイザーを用い破砕した。破砕液にクロロホルムを添加し、混合後、4℃、20000xgで15分間遠心分離を行い、上清を回収した。次に、上清に含まれるtotal RNAをイソプロパノールを用い沈殿させ(4℃、20000xgで15分間遠心分離)、沈殿物を70%エタノールを用い洗浄後、滅菌蒸留水に溶解させ、RNAサンプルとした。
【0024】
(4)cDNAの合成
熱変性(65℃、10分間)させた1μgのRNAサンプルを用い、OmniscriptTM Reverse Transcriptase(QIAGEN社)により、以下の条件で逆転写反応を行いcDNAサンプルを合成した。
反応は37℃で60分間行い、その後93℃で5分間処理し、酵素反応を停止した。そ
の後、4℃で急冷した。
【0025】
【表1】

【0026】
(5)遺伝子量の定量(Taqman PCR)
TaqManTM 1000 RXN Gold with Buffer A Pack(アプライドバイオシステムズ社)を用い、cDNAサンプルにおける、BH4合成酵素遺伝子の定量的PCRを行った。詳細を以下に記す。
解析にはABI PRISM 7000 Sequence Detector及びABI PRISM 7700 Sequence Detector(アプライドバイオシステムズ社)を用いた。
定量的PCRに使用したプライマー・プローブは表1に示した。反応液組成は下に記す。
【0027】
【表2】

【0028】
今回、解析を行った遺伝子は、36B4、GTP cyclohydrolase 1(GCH 1:BH4の産生に作用する酵素)、quinoid dihydropteridine reductase(QDPR:Q−BH2からBH4を産生する酵素)である。
尚、今回のPCRに用いたPCRプライマーとプローブは、Primer Express Software Version 2.00を用いて設計した。また、PCRプライマーとプローブの塩基配列の遺伝子特異性は、Website のNCBI Blastで確認した。なお、蛍光標識プローブは、表3のプローブの5’側にFAM(レポーター色素)を、3’側にTAMRA(クエンチャー色素)を結合させて用いた。
【0029】
得られた解析結果は内部標準として36B4の発現量を用い補正し、相対的mRNA発現量として表した。得られた解析結果は、全て平均値(Ave)±標準誤差(SE)を用いてグラフにし、student’s t−testにより有意差検定を行った。
【0030】
【表3】

【0031】
(6)結果1
CQA摂取群及び対照群の血漿中総BP量を測定した結果、CQA摂取群の血漿中総BP量(24.2±1.5ng)は、対照群の血漿中総BP量(18.7±1.2ng)に比較し、統計学的有意(p<0.05)に多かった(図1)。
【0032】
(7)結果2
CQA摂取群及び対照群のGCH1遺伝子発現量を測定した結果、CQA摂取群のGCH1遺伝子発現量(121±9.2%)は、対照群(100±8.8%)のGCH1遺伝子発現量と比較し、統計学的有意(p<0.05)に増加していた(図2)。
また、CQA摂取群及び対照群のQDPR遺伝子発現量を測定した結果、CQA摂取群のQDPR遺伝子発現量(155±8.7%)は、対照群のQDPR遺伝子発現量(100±12%)と比較し、統計学的有意(p<0.05)に増加していた(図2)。
配合例
製剤例
(1)果汁飲料
クロロゲン酸 300mg
ビタミンC 300mg
葡萄果汁 300mL
水 200mL
香料 若干量
ブドウ糖 2g
(2)錠剤
クロロゲン酸 10(質量%)
乳糖 10
麦芽糖 10
ブドウ糖 20
グルタミン 10
ビタミンC 15
セルロース 10
カフェイン 4
キシリトール 9
ビタミンE 1
香料 1
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】クロロゲン酸(CQA)摂取時における血漿中総BP量を示す図である。
【図2】クロロゲン酸(CQA)摂取時における、BH4産生酵素(GCH1及びQDPR)遺伝子発現量を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするテトラヒドロビオプテリン産生促進剤。
【請求項2】
クロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするテトラヒドロビオプテリン低下に基づく疾患の予防治療剤。
【請求項3】
クロロゲン酸類又はその薬学的に許容される塩を有効成分として含有し、テトラヒドロビオプテリンを産生促進する効果を有することを特徴とし、テトラヒドロビオプテリンの低下に伴う疾患の予防または改善をする為に用いるものである旨の表示をした食品又は飲料。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−308417(P2007−308417A)
【公開日】平成19年11月29日(2007.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−138628(P2006−138628)
【出願日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】