説明

ディジタルスレショルド化による選択的イオン濾過作用を用いた質量分光測定法

本願は、生体分子などの大型の検体を、分子質量分析によって特徴付けする方法に関する。具体的には、ディジタルスレショルド化プロセスによって実行される選択的イオン濾過によって一価または多価のイオンを分子質量分析することに関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願の相互参照
本出願は、その開示全体を参照により本明細書に組み入れる、2004年5月24日発行の米国仮出願第60/574,042号の優先権の恩典を主張する。
【0002】
発明の分野
本発明は、生体分子などの大型の検体を分子質量分光測定法によって検出及び特長付けする分野に関する。
【背景技術】
【0003】
発明の背景
質量分光測定法は、数十年にわたって小型の有機分子の特性の決定に用いられてきた。この技法では、一般に、サンプル内の分子をイオン化し、このサンプルを非常に低い圧力で電子ビームにさらして分子イオンを形成する。次に、この分子イオンは電場によって、磁場または四極子に焦点合わせされ、加速される。これらのイオンは、イオンzの電荷に対するイオンmの質量の比(m/z)にしたがって磁場または四極子中で分離される。イオンは、磁場を通過すると、検出器に衝突し、この検出器がイオンビームの強度とm/z比を測定し、これらのデータを用いてサンプルの質量スペクトルを作成する。
【0004】
大型の分子、特に核酸やタンパク質などの生体分子に対する関心が増すに連れて、これらの分子の特性を決定するために、質量分光測定法の分野における新しい技法が継続的に開発されている。
【0005】
最近、市販されている質量分光測定器の性能が著しく改善されているが、それは、一部には、イオン光学素子に対するより安定した電源、より高速のディジタイザおよびより洗練された製造方法を含む改良型のコアコンポーネントが入手可能となったからである。特に注目すべきは、最新世代のESI-TOF質量分光測定器であり、これは、様々な構成でいくつかのベンダーから供給されているが、以前にはハイエンドセクターまたはフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴(FTICR)ベースのプラットフォームでしか達成できなかったようなタイプの質量測定精度や質量分解能を恒常的にもたらしているということである。このような次第であるため、広範囲にわたる分析を必要とする科学者や技術者に対してこれらの機器がますます利用可能となるに連れて、生体分析のコミュニティではこのようなベンチトップ機器の使用が引き続き増大している。そのため、ますます洗練されている自動化スキームがいくつも現れているが、その多くが、高スループットのQC操作または薬品スクリーニング操作をサポートするために、オンラインサンプル精製工程としてある形態の液体クロマトグラフィ(LC)を組み込んでいる。ある形態のLCが、非常に複雑な混合物を分析しやすくする必要不可欠な工程とされているような応用形態がいくつか存在するが、これはまた、MS分光測定のために比較的純度の高検体フラクションを準備するための一般的な脱塩/精製プロトコルとしてしばしば用いられている。
【0006】
低分子量のケミカルノイズは、しばしばMSの全体的な性能を制限する要因となるが、それは、ポリマーや緩衝液構成物質などの低分子量成分が高レベル存在するため、スペクトルのダイナミックレンジが劇的に制限され、また、質量の精度に悪影響を与えかねないからである。LCはしばしば、このような背景の悪影響を軽減するために用いられるが、サンプルのスループットに対する制約と溶剤の使用/処理に関連する問題とは研究室での作業フローの一部であると考えなければならない。加えて、LCはしばしば、検体をMS解析で修正可能なものとするため(分離工程と相対するものとしての)精製工程として用いられる。その結果、ケミカルノイズの下限を低下させ、きれいとはいえないサンプルを質量分光測定分析で修正可能なものとする簡単な方法に対する必要性が増大している。
【0007】
本発明は、生体分子などの大型の検体の質量スペクトル信号をあまり変化させることなく、溶液の添加剤やマトリックスの調節剤などの一価の低分子量成分から発する質量スペクトル信号をディジタル濾過するシステムと方法を提供することによってこの必要性や他の必要性を満足するものである。
【発明の開示】
【0008】
発明の概要
本発明の目的は、多価イオンを識別する方法を提供することにある。以下の成分、(i)イオン検出器と;(ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザと;(iii)検出器からのアナログ信号をディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段と;(iv)ディジタイザとディジタルデータ通信しているディジタルスレショルドフィルタとを含む質量分光測定器が提供することにある。ディジタル信号スレショルドは、ディジタルスレショルドフィルタに設定することが可能であり、ディジタイザから入力されたディジタル信号に応答して、ディジタルスレショルドフィルタは、このディジタル信号入力が指定済のディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけ独立してディジタル信号をデータファイルに出力する。次に、本方法のこれに続く工程が、ディジタル信号スレショルドを、多価イオンを質量分光測定器が測定すると、データファイルに出力された濾過されたディジタル信号が多価イオンの検出により発生して、一価イオンから発生するアナログ信号からディジタル信号を排除するように、指定することによって実行される。
【0009】
本発明の目的はまた、混合物中の複数の検体の分子質量を決定する方法を提供することにある。以下の成分、(i)イオン検出器と;(ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザと;(iii)検出器からのアナログ信号をディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段と;(iv)各々がディジタイザとディジタルデータ通信している複数のディジタルスレショルドフィルタとを含む質量分光測定器が提供される。各々がディジタイザとディジタルデータ通信していて、ディジタイザから入力されたディジタル信号に応答して、ディジタル信号入力が指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけ、ディジタル信号を対応するデータファイルに独立して出力する複数のディジタルスレショルドフィルタのどれにでもディジタル信号スレショルドを独立に設定することが可能である。次に、本方法のこれに続く工程は、複数のディジタルスレショルドフィルタの内の一部のものに固有のディジタル信号スレショルドを指定し、混合物を質量分光測定することによって実行されるが、固有のディジタル信号スレショルドは各々が、複数の検体から発生するディジタル信号を区分して濾過し、対応するデータファイルに出力される固有のディジタル信号を発生する。測定の結果、複数のデータファイルが記憶される。最後の工程で、この複数のデータファイルの各々を分析して、複数の検体の内の少なくとも1つの分子質量が、複数のデータファイルの各々に包含される。
【0010】
本発明の目的はまた、検体の質量スペクトルを校正する方法を提供することにある。以下の成分、(i)イオン検出器と;(ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザと;(iii)検出器からのアナログ信号をディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段と;(iv)各々がディジタイザとディジタルデータ通信している複数のディジタルスレショルドフィルタとを含む質量分光測定器が提供される。各々がディジタイザとディジタルデータ通信していて、ディジタイザから入力されたディジタル信号に応答して、ディジタル信号入力が指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけ、ディジタル信号を対応するデータファイルに独立して出力する複数のディジタルスレショルドフィルタのどれにでもディジタル信号スレショルドを独立に設定することが可能である。次に、本方法のこれに続く工程は、第1のデータファイルに対するディジタル信号出力が検体と校正試料イオンの双方からの信号を有するように1つのディジタルスレショルドフィルタに第1の固有のディジタル信号スレショルドを指定し、次に、第2のデータファイルに対するディジタル信号出力が検体からの信号を有するが校正試料イオンからの信号を有しないように別のディジタルスレショルドフィルタに第2の固有のディジタル信号スレショルドを指定することによって実行される。第2のデータファイルを第1のデータファイルから減算して校正ファイルを得て、これを次に用いて、質量スペクトルを校正する。
【0011】
本発明の目的はまた、以下の成分、(i)イオン検出器と;(ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザと;(iii)検出器からのアナログ信号をディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段と;(iv)各々がディジタイザとディジタルデータ通信していて、ディジタイザから入力されたディジタル信号に応答して、ディジタル信号入力が指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけ、ディジタル信号を対応するデータファイルに独立して出力する、ディジタル信号スレショルドを設定する複数のディジタルスレショルドフィルタとを含む質量分光測定器からなるシステムを提供することにある。本システムは、複数のデータファイルと、各々が複数のディジタルスレショルドフィルタの内の1つと、複数のデータファイルの内の対応するデータファイルとディジタルデータ通信している複数の並列ディジタル信号出力伝達手段とを有する。
【0012】
態様の説明
本発明の一部の態様では、質量分光測定器は、以下の成分、(i)イオン検出器と;(ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザと;(iii)検出器からのアナログ信号をディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段と;(iv)各々がディジタイザとディジタルデータ通信していて、ディジタイザから入力されたディジタル信号に応答して、このディジタル信号入力が指定済のディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけ独立してディジタル信号を対応するデータファイルに出力するディジタル信号スレショルドを設定する複数のディジタルスレショルドフィルタを含む。ある態様において、アナログ信号とディジタル信号は電圧信号であり、アナログからディジタルへのコンバータ(ADC)は、アナログ電圧信号をディジタル電圧信号に変換する。ある態様において、複数の質量分光測定器を作製して、結果得られる複数のデータファイルを相互加算する。
【0013】
他の態様において、質量分光測定器が、(iv)複数のディジタルスレショルドフィルタの代わりに単一のディジタルスレショルドフィルタを含む。この単一のディジタルスレショルドフィルタは、ディジタイザおよび対応するデータファイルとディジタルデータ通信している。
【0014】
ある態様において、質量分光測定器が、飛行時間型の質量分光測定器、四極子飛行時間型質量分光測定器、線形四極子質量分光測定器、線形捕獲質量分光測定器、電気/磁気セクター質量分光測定器または四極子イオン捕獲質量分光測定器である。ある態様において、イオンが電気スプレイイオン化(ESI)によって発生される。
【0015】
ある態様において、多価検体が、たとえば、核酸、タンパク質、炭水化物または脂質などの生体分子である。核酸の例としては、それに限定されるわけではないが、薬品の発見のため小分子をスクリーニングするために用いられるRNA構造や、遺伝分析のために用いることが可能なPCR生成物などの増幅生成物が含まれる。ある態様において、多価検体の分子量が5〜500kDaや、25〜250kDaや、50〜100kDaである。
【0016】
ある態様において、本方法が、オンライン分離技法で用いられる生体分子安定剤やマトリックス調整剤の存在下で生体分子をESI-TOF特徴付けを可能とする。安定剤は、それに限定されるわけではないが、たとえばリン酸塩などの緩衝塩、両性電解質、グリセロール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、還元剤、界面活性剤などが含まれる。マトリックス調整剤は、分析分離にとって利点となるように溶液のマトリックス特性を効率化する限りどのようなタイプの添加剤でもよく、これは、それに限定されるわけではないが、両性電解質、界面活性剤、およびたとえばリン酸塩などの緩衝塩が含まれる。
【0017】
ある態様において、生体分子安定剤またはマトリックス調整剤は、質量分光測定器で検出される際には一価である。他の態様において、また、生体分子安定剤またはマトリックス調整剤が一価または二価を有する。
【0018】
ある態様において、複数のディジタル信号スレショルドフィルタを質量分光測定システムで用いる場合に、対応するデータファイルに記憶される並行差分濾過されたデータストリームを得るために、複数の固有のディジタル信号スレショルドを指定する。ある態様において、データファイルの内のいずれかを他のデータファイルの内のいずれかから減算して、所与の検体信号をより正確に表示する。これらの態様は、校正試料イオンまたは、他のより低い分子量の汚染イオンのより正確な質量スペクトルを、類似のm/zを有するがより大きい分子質量を持つイオンからオーバーラップ信号を減算することによって得るために用いられる。
【0019】
ある態様において、差分スレショルド化された複数のデータストリームを用いる本明細書において記載する方法を、タンパク質や核酸の化学的なプロテアーゼの消化や制限の消化から得られるような複数のイオンの多重データの獲得で用いられる。
【0020】
ある態様において、本明細書において記載する方法を、たとえば、安定剤やマトリックス調整剤からの生体分子などの大きい分子量または多価の検体の精製レベルという重荷を軽減するために用いる。
【0021】
実施例
実施例1:ESI-TOF質量分光測定条件
Bruker Daltonics(マサチューセッツ州ビレリカ市)のMicro TOF ESI飛行時間型(TOF)質量分光測定器をこの作業に用いた。ESIソースからのイオンは、直交イオン抽出され、検出に先立ってリフレクトロン中でフォーカスされる。イオンは、軸外スプレーとガラス毛細管を備えた標準のMicroTOF ESIソースで形成される。陰イオンモードで動作するために、このガラス毛細管の大気圧端部を、データを獲得する間にESI針を基準として6000Vにバイアスする。N2型乾電池の逆電流を用いて、脱溶媒プロセスの支援とする。外部イオン蓄積によって、データ獲得中にイオン化のデューティサイクルを改善する。ESI-TOFスペクトルは各々が、75μsにわたってディジタル化された75,000個のデータポイントからなる。データ獲得の全ての局面は、Bruker MicroTOFのソフトウエアパッケージで制御された。データの後処理もまた、標準のBrukerソフトウエアで実行された。
【0022】
実施例2:PCR条件および増幅生成物の精製
全てのPCR反応は、Packard社のMPII液体処理ロボット利用プラットフォームとM.J.Dyadのサーモサイクラー(マサチューセッツ州ウォルサム市、M.J.研究所)を用いて96ウェルのマイクロタイタープレートフォーマットで50μLという反応体積にアセンブルされた。PCR反応混合物は、4単位のAmplitaq Goldと、1×緩衝液II(カリフォルニア州、フォスター市、応用生体システムズ社)と、1.5mMのMgCl2と、0.4Mのベタインと、800μMのdNTP混合物と、250nMのプライマーからなる。次のPCR条件を用いた:95℃を10分間続けたあとで、95℃で30秒間と、50℃で30秒間と72℃で30秒間のサイクルを50回繰り返した。
【0023】
PCR生成物は、米国特許出願第10/943,344号に開示かつ主張されているプロトコルによって精製された。同出願は共同所有され、その全体は参照により本明細書に組み入れられる。
【0024】
実施例3:大型オリゴヌクレオチドイオンの検出効果の調査
大型オリゴヌクレオチドイオンの検出効果を最適化しようとして、また、イオン到達統計値と質量精度間の関係をよりよく理解するために、詳細で体系的な研究を企画して、分子量、m/z、および個々のイオンレベルにおける電荷状態の関数として検出器の応答を調査した。
【0025】
飛行時間型質量分光測定においては、イオンは、飛行チューブを横断する際のその速度の差に基づいて分離される。イオンが検出器に衝突するに連れて、その到達時間を記録し、続いて、分光測定器の特定的な構成(飛行経路の長さ、加速電圧、形状など)に基づいて、m/zに変換される。一価の種の場合、検出器の応答は分子量(速度)と反比例し、たとえば、MALDIの場合、分子量の高い種は、分子量の低い種より小さい検出信号を誘発すると一般的に認められている。同じ加速電圧下では、電荷状態が低い場合(すなわち、種の速度が低い場合)、電荷状態が高い場合(すなわち、種の速度が高い場合)より小さい信号を誘発すると思われた。高分子量の「遅い」イオンの減少した反応は、イオンを検出直前に非常に高い機械的エネルギによって加速する加速後方法によって部分的には改善可能である。
【0026】
この調査の経過中に、m/zの標準値は同じであるが分子量の異なるイオンはかなり異なった検出器応答を誘発することが直ちに明らかになった。その動作は、より多価のイオンは、同じm/z値の一価イオンの場合より数倍の検出応答を一貫して示した。したがって、TOF質量分析器では、同じm/z値のイオンは同じ速度であるが、分子量の異なったイオンは、同じモーメントも機械的エネルギも持たず、したがって検出器に対して同じ信号を誘発することもない。
【0027】
この現象は、ある範囲の分子量にわたる種の質量スペクトルを獲得するために用いられたディジタルスレショルドの関数としてスペクトル応答を検査することによって容易に解説される。
【0028】
大型の生体分子のMALDIとは違って、ESIプロセスに固有の多価現象で生成される質量スペクトルでは、一般的に、大部分の信号は同じm/zの範囲内にある。中規模から大規模の生体分子(1kDa〜100kDa)の分子イオンは、一般的に、500〜2000m/zの範囲で検出され、したがって、複雑な混合物が、互いに異なった多くの質量のピーク値が同じm/z値で検出されるスペクトルを生じることはまったく異例なことではない。検出器の応答を分子量(電荷)の関数として特徴付けるために、分子量比が1.0、3.7、11.8、21.5および43である検体を含む溶液がある範囲のディジタルスレショルドで分析された。シリーズ毎に、m/z比が1233にあるまたはこれに近い値の一価のイオンを用いて、検出応答を測定した。その結果として得られた分子量の等値線を図1にプロットする。重要なことは、実施例4(下を参照)にしたがって設定された低いディジタル信号スレショルドでは、一価のPPGイオンは、より高い分子量(電荷)の種よりもかなり低い遮断電圧でその強度が落ちることである。たとえば、9mVというディジタル信号スレショルド遮断電圧では、m/zが1233のPPGイオンの信号は、m/zが1233の43kDaのPCR生成物が初期応答の約90%に保たれている状態でも、検出不可能レベルにまで減衰する。分子量(電荷状態)の関数としての遮断電圧には、ディジタル信号をスレショルドの選択によって、対象となる種を選択的に検出する(または検出しない)ようにすることが可能であることを示唆する明確な傾向がある。
【0029】
実施例4:ディジタル信号スレショルドの原理
PCR生成物を特徴付けるために通常的に用いられる獲得条件下では、個々のスキャンを75kHzという速度で獲得して相互加算する。したがって、一般的な45秒獲得の場合、各々のスペクトルは660,000個の相互加算された個々のスキャンからなる。相互加算されたスペクトル中の散弾ノイズ/ホワイトノイズを減少させるために、MicroTOFの電子系によって、1ビットまたは低ビット数のADCカウントにおける検出器からのホワイトノイズが各々のスキャンから消去され、イオン検出事象と整合した検出器応答だけが過渡的な加算用ディジタイザデータシステムに渡されて相互加算されるようにディジタルフィルタスレショルド(電圧遮断)に設定することを可能とするようにしている。この概念の略図を図2に示す。図2aに、一価のイオン(イオン1)がT1で検出器に衝突し、T2で大型の多価イオン(イオン2)が検出器に衝突する理論的な単一スキャンから出力された生のADCを示す。イオン1もイオン2も検出器に衝突しない時間間隔の間では、ADCは、一般的には1〜5ビットに相当する検出器ノイズをピックアップしてディジタル化している。TOFの獲得速度が早く、また、ソースのイオン容量が有限であるため、スキャンは各々が一般に、任意の所与のイオンチャネルに対して比較的少数のイオン検出事象からなり、イオンが全てのスキャンで検出される可能性は非常に低い。したがって、図2dに示すような濾過されていないスキャンを多数相互加算すると、その結果、ノイズレベルがスキャンの数と共に増大し、究極のダイナミックレンジが比較的高い電子ノイズレベルによって制限されるような質量スペクトルとなる。
【0030】
低ビットの検出器ノイズの相互加算による有害な効果を最小化するため、MicroTOFの電子系では、ユーザが、検出器ノイズだけによる低レベル信号を消去する正味の効果を有する遮断電圧を設定することを可能としている。図2cに示すように、この方式は理想的には、一価イオンと適合する信号に対するADCカウントには影響しないが、相互加算に先立って各々のスキャンをディジタル式に濾過するため、検出器のホワイトノイズは、検出器のイオン応答と同じ効率で相互加算されることはない。図2bに示すように、この概念は、検出器ノイズから引き出されたADCカウントと検出器に衝突する一価イオンとが相互加算に先立って消去されるようにディジタルフィルタスレショルドを設定することによってさらに処置をとることは不可能である。したがって、ディジタルスレショルドを図2bに示すレベルに設定した状態では、検出器に衝突する一価イオンは、濾過後のADCカウント中では「不可視」であり、正味の結果として、「広域通過」の分子量(電荷)フィルタでは、低分子量(電荷)種は検出されないが、高分子量(電荷)種は、多価化する傾向があるため、それでも検出されることになる。
【0031】
実施例5:広域通過ディジタルスレショルド濾過によるケミカルノイズ除去
ESI-MSによる大型バイオポリマーの分析における重要な挑戦は、サンプルの精製である。バイオポリマー溶液における低分子量汚染は、ESI-MSスペクトルの品質に悪影響を及ぼしかねず、また、ダイナミックレンジと測定の精度をかなり制限しかねない。低分子量「汚染」が、オンライン分離の成分として実際に必要とされる添加剤となる場合もある。このような添加剤には、毛細管等電点電気泳動法で用いられる両性電解質、毛細管ゾーン電気泳動法で用いられる緩衝液の成分として一般的に用いられるリン酸塩およびミセル動電学的クロマトグラフィにおけるミセル形成を促進するために用いられる溶液マトリックス調整剤が含まれる。同様に、グリセロールやポリマー(ポリエチレングリコール、PPG)などの電気スプレイインコンパティブル添加剤はしばしば、生体化学プロセスで用いられる酵素を安定化するために用いられる。これらの化合物は、しばしば、生体化学プロセス全体にわたって普及して最終的には質量分光測定器で用いられることになる。後者のタイプの「汚染」の重要な例は、PCRで用いられるTaqポリメラーゼ中に高レベルのポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールポリマーが存在する状態である。一般的にはTaqをたった1〜2μLだけ各々の50μL PCR反応では用いられないが、比較的低い濃度のPCR生成物(一般的には10〜100nM)が存在する状態で比較的高い濃度のポリマーが存在すると、このようなポリマーは高い効率でイオン化されるという事実とあいまって、著しいケミカルノイズを抑圧するという問題が発生する。
【0032】
図3aに、ある汚染分量のPPGが比較的高レベルの一価ペプチド(内部質量基準として働く)とともにスパイクされる140-merのPCR生成物のESI-TOFスペクトルの例を示す。PCRアンプリコンの多価ストランドの電荷状態エンベロープから得られた信号は、低分子量の種から生じる激しい信号が存在するため混乱する。このスペクトルは、ディジタイザから出力された検出器のホワイトノイズは濾過されるが、スレショルドを十分低く設定し、これで、一価イオインからの信号が捕獲されるような「標準の」ディジタルスレショルド設定値を用いて獲得された。このスペクトルは、低分子量汚染から生じる著しいケミカルノイズ背景の存在下で大型のバイオポリマーが解析されるような一般的な状況の例である。図示するように、このような干渉のため、測定の質量精度が悪影響されて、スペクトルのダイナミックレンジが減少する結果となる恐れがある。
【0033】
それとは対照的に、図3bのESI-TOFスペクトルは、図3aのスペクトルは3mVという遮断電圧でほんのわずかの間で獲得されたのに対して、図3bのスペクトルは15mVという遮断電圧で獲得されたという重要な事実以外は同じESIソースパラメータと獲得条件を用いて同じ溶液から同じ分光測定器上で獲得されたものである。これらのスペクトルと図2に提示するデータとから明らかなように、遮断電圧を15mVに設定することによって、溶液中の一価種が検出されるだけでも、大型でより高い価数を持つPCRアンプリコンが検出されやすくなるということが不可能となる。図3のスペクトルと図2の遮断電圧のプロフィールから明らかなように、アンプリコンのピーク値の強度は約30%減少するが、重要なことは、一価ポリマーと校正試料から得られたピーク値は、より高い遮断電圧で獲得されたスペクトルには存在せず、また、図3bのスペクトルの信号対ケミカルノイズ特徴はかなり改善していることである。図3aと図3bでのスペクトルの収集では、単に、ディジタル信号スレショルドの設定値以外は、測定機器、溶液、データ処理パラメータは何も変更されていないことは強調する価値がある。
【0034】
図8に、0.001%のSDSと25mMのピペリジン/イミジゾールの緩衝液の存在下における炭酸脱水酵素の質量スペクトルを示すが、これで、核酸以外の生体分子に対して本方法が応用可能であることが示されている。ディジタル信号のスレショルドが、1mVに設定して得られたスペクトルのタンパク質誘導された信号を、界面活性剤と緩衝液の成分によるかなりの干渉を受ける。これと対照的に、図8bは、干渉成分は、ディジタルスレショルドを11mVに設定するように指定することによって「不可視」とされる。
【0035】
これらのデータは、一部の高スループットスクリーニングとQC応用分野では、あまり厳密でないサンプル精製プロトコルを用いても、上述のディジタル濾過方式によってケミカルノイズを除去可能であることを示している。重要なことは、この方式によって、あまりに大きいケミカルノイズを含む溶液から得られる生体分子(または非共有錯体)をESI-MS分析して、解釈可能なスペクトルを発生することが可能となる、ということである。
【0036】
実施例6:ディジタルスレショルドを濾過することによるダイナミックレンジの向上
電子ノイズレベルを減少させるだけではなくケミカルノイズレベルも軽減または解消することによって、ダイナミックレンジとスペクトル品質がかなり改善される。この概念を図4と図5に示す。図4には、比較的少量の高価状態のPCRアンプリコンが検出される図3のESI-TOFスペクトルの領域を拡大したものが示されている。ここで、(M-43H+)43-、(M-42H+)42-および(M-41H+)41-という電荷状態からの信号は未濾過状態のスペクトル(図4a)ではほとんど不可視であるが、濾過状態のスペクトル(図4b)では明瞭に可視である。図4aのスペクトルの効果的な信号対ノイズ比は信号対ケミカルノイズ比で定義されるが、図4bのスペクトルの効果的な信号対ノイズ比は信号対電子ノイズ比で定義される。たとえば、アンプリコンが(M-41H+)41-という電荷状態にある場合、低遮断スレショルドで獲得されたスペクトルの信号対(化学)ノイズは約2であり、一方、高遮断スレショルドで獲得されたスペクトルの信号対(電子)ノイズは約12である。加えて、(M-40H+)40-および(M-39H+)39-という電荷状態からの信号は、図4aのケミカルノイズと容易には見分けられないが、図4bでは明瞭に可視である。
【0037】
本発明によって得られる効果的なダイナミックレンジの改善をさらに図5に示すが、図中、500nM PPGの存在下で約0.5nMのPCR生成物を含む溶液が高いスレショルド設定値と低いスレショルド設定値において特徴付けられている。通常のスレショルド設定値では、スペクトルでは、多量の一価ポリマーイオンが圧倒的であり、非常に低いレベルのPCR生成物は観察されない。挿入図に示すように、上側のスペクトルもまた他のケミカルノイズ成分で充満しており、全ての質量背景にピーク値が存在するため、低レベルのPCR生成物の検出が不可能となっている。ディジタル信号スレショルドを、一価種からの信号が検出されないように設定すると、低レベルのアンプリコンが存在するという判明は痕跡が検出される。この属性によって、溶液中の低濃度生体分子の検出がかなり改善される可能性があるが、それは、緩衝不純物や、プラスチック製品やサンプルの取り扱いによって導入された低レベルで行き渡った汚染物質が存在するため、質量スペクトルのケミカルノイズレベルが定められ、また、ESI-MSの応用分野が複雑な生物学的システムに限られてしまうことがしばしばあるからである。
【0038】
質量スペクトルの有用なダイナミックレンジが減少することに加えて、ケミカルノイズと低分子量汚染が、質量測定の精度に悪影響を与えかねない。上述したように、ESI-MSスペクトルでは、種の分子量は異なるがm/zが同じであるため、しばしばピーク値がオーバーラップする。これは、複数の電荷状態が500〜2000というm/z範囲で観察される幾分混雑したスペクトルを一般的に発生する大型のバイオポリマーイオンにとっては特に問題となる。低分子量種は同位的に分解されるが約10kDaの種はそうではないため、通常、低分子量汚染ピーク値がオーバーラップして、これによって、分析上有用な検体のピーク値が歪んでしまう。この例を図6に示すが、同図では、12-merのオリゴククレオチドが(M-3H+)3-という電荷状態にあるため得られる信号が、はるかに大きい140-merのPCR生成物の(M-35H+)35-という電荷状態と同じm/z値で観察される。この場合、より小型のオリゴククレオチドに内部質量基準として動作させるつもりであるが、図6と表1の質量精度のデータに示すように、これらの信号を同じ位置に置くと、双方の信号にとって有害である。第一に、スレショルドが7mVでは、m/zが1233では2つの種が存在することが即座には明瞭でないが、それは、同位的に分解された12-merから得られるピーク値のため、大型の未分解のアンプリコンのピーク値の存在が覆い隠されてしまうからである。加えて、未分解のアンプリコンのピーク値が存在するため、ピークの形状と、同位的に分解された12-merのピークの中心軌跡が歪んでしまい、このため、質量精度が犠牲になる。ディジタルスレショルドを11mVに設定すると、三価の12-merのピークに対する影響が実質的に減少しまた、高分子量の未分解ピークの存在が明らかになる。重要なことは、集合信号(すなわち、12-merと140-merの集合信号)が7mVというディジタルスレショルドレベルで捕獲され、また、140-merの信号に対する影響がより高いディジタルスレショルドレベル(この例では11mV)で測定可能であるため、12-merから得られる信号を、7mVで獲得されたスペクトルから11mVで獲得されたスペクトルを減算することによって誘導することが可能である、ということである。その結果得られるスペクトルは、分布(5つのピークが含まれる)の著しい改善が見られ、また、たぶんより重要なことは、中心軌跡のピークでは、分布全体にわたって質量測定誤差が減少することである。この例では、分布全体にわたるこの5つのピークでの質量測定誤差は、上記のスペクトル減算後では、5.9ppmから1.5ppmに減少した。
【0039】
(表1)7mVディジタル信号スレショルドと(7mV)〜(11mV)というディジタル信号スレショルド間のm/z測定値の誤差計算値

【0040】
表1で、7〜11は、11mVというディジタル信号スレショルド設定値で得られたスペクトルが7mVというディジタル信号スレショルド設定値で得られたスペクトルから減算されたことを示している。
【0041】
実施例7:スペクトルの減算とイオン区分化:「イオンのスライス」の獲得
本発明によれば、図3〜5に示す実験は、上述のディジタルスレショルド化方法によって、低分子量種を(ディジタルスレショルド化に基づいて)「不可視」とするように大型の多価の生体分子イオンを検出することが可能となることを示しているが、その一方で、図6に提示するデータは、低分子量の種を、大型の多価生体分子イオンを(ディジタルスレショルド化とスペクトル減算によって)「不可視」とするように分析することが可能であるような方法を示している。実施例6で記載した比較的単純な減算から得られる結果によって、複雑なイオン母集団から得られた複数の「スライス」を同時に分析して、その効果的な結果として、イオンが同時に測定される多次元検出構成とするより洗練されたディジタルスレショルド化スキームの基礎が与えられる。
【0042】
本研究では、高スレショルド/低スレショルド比較は全て、ディジタルスレショルドを変更したことを除いて同じ測定機器条件下で獲得された同じ検体溶液を複数回測定することによって実施された。これは必要であったため実行されたが、それは、図7aに示すように、Bruker MicroTOFの基本的なシステムアーキテクチャは、スキャンを相互加算する以前にデータストリームに対して1つのスレショルドレベルが適用される検出器からディジタイザへの1つのデータストリームからなるからである。サンプルのスループットは多くの研究所では重要な要因であるため、各々のサンプルを互いに異なったディジタルスレショルドで2回(以上)分析するように要求するのは非現実的である。
【0043】
本発明にしたがって、また、上記の問題を回避するための手段として、図7bに示す代替のディジタル化スキームに、ADCの出力を、各々が互いに異なったディジタルスレショルドを受ける複数の並行データストリームに分割することが可能であることを示す。互いに異なったディジタルスレショルドで獲得されたスペクトルを減算することによって、イオンの母集団の内のどの「スライス」に対する質量スペクトルでも得ることが可能である。これによって、あらゆる複雑な質量スペクトルに対してディジタルスレショルド化を実行して、互いに独立している分子量(電荷)の範囲、すなわち、たとえば、核酸の制限の消化やタンパク質のプロテアーゼの消化などの潜在的に干渉するイオン母集団を評価することが可能である。別の例としては、非共有結合の小分子を有する核酸やタンパク質などの生体分子があり得る。
【0044】
同じディジタル化事象から誘導された可変スレショルド化された複数の質量スペクトルを有することによって、スペクトルの特徴が完全に減算されることが保証され、また、複数のスペクトルを獲得する過程でスペクトルがドリフトすることから生じることが潜在的な人為的影響が解消される。重要なことは、これはまた、低分子量内部質量基準(校正試料)を導入して、m/z軸(たとえば、図3aのPPGシリーズ)を非常に正確に校正することは可能であるが、低分子量の種(たとえば、図3bのディジタルスレショルド化されたスペクトル)によって「踏みつけられる(stepped on)」ことが決してないピーク値からの生体分子検体の正確な質量測定値を誘導することは不可能であることを意味することである。
【0045】
本明細書において記載するものに加えて本発明の様々な修正例が、以上の説明から当業者には明らかであろう。一部の修正例はまた、添付の特許請求の範囲に入るように意図されている。本願中で引用される参照文献の各々(それに限定されるわけではないが、雑誌記事、米国または米国外の特許、特許出願刊行物、国際特許出願刊行物、ジーン・バンク加盟メンバーなどを含む)を、その全体を参照により本明細書に組み入れる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】類似のm/z比を有するが、分子量が異なる検体イオンのディジタル信号スレショルド値(この場合、遮断電圧で示す)の関数としての検出器の応答強度を示す。丸は140-merのオリゴヌクレオチド(m/z=1232.9)を示し、四角は70-merのオリゴヌクレオチド(m/z=1199)を示し、ひし形は38-merのオリゴヌクレオチド(m/z=1174.7)を示し、十字形は12-merのオリゴヌクレオチド(m/z=1233)を示し、三角形はポリプロピレングリコール(PPG-m/z=1236)を示す。
【図2】質量スペクトル上でディジタル信号スレショルドを指定する効果を示す略図である。図2aは、T1で検出器に衝突する一価のイオン(イオン1)およびT2で検出器に衝突する大型の多価イオン(イオン2)を含む理論的な単一スキャンからの生のディジタイザ(ADC、アナログディジタルコンバータ)の出力を示す。図2bおよび2cは、それぞれ高いディジタル信号スレショルドと低いディジタル信号スレショルドを持つスペクトルを示す。図2dは、ディジタル信号スレショルドなしのスペクトルを示しており、検出器の「ホワイトノイズ」がこのスペクトル中に見える。
【図3】PCR生成物の質量スペクトルを表示しており、図3aは通常(3mV)のディジタルスレショルド設定値で獲得された140-merのPCR生成物のESI-TOF質量スペクトルである。このサンプルは、比較的高レベルの一価ペプチド(内部質量基準として機能する)のある汚染分量のポリプロピレングリコール(PPG)を含む。「x」印で示すピーク値はPPGからの信号を示し、「c」はペプチド質量基準からの信号を表している。図3bは、15mVというディジタルスレショルド設定値で得られるPCR生成物の同じサンプルのESI-TOFスペクトルである。汚染基準と質量基準はスペクトルから除去されている。
【図4】比較的少量の高電荷状態のPCRアンプリコンが検出される図3から得られたESI-TOFスペクトルを拡大した領域である。図4aのスペクトルの効果的な信号対ノイズ比は、ケミカルノイズに対する信号の比で定義されるが、図4bのスペクトルの効果的な信号対ノイズ比は、電子ノイズに対する信号の比で定義される。
【図5】スレショルド設定値が低い(図5a)ことと高い(図5b)ことを特徴とする500nM PPGの存在下での約0.5nM PCR生成物を含む溶液のESI-TOFスペクトルを示す。挿入部に示すように、上部のスペクトルもまた他のケミカルノイズ成分で充満しており、全ての質量背景にピーク値が存在するため、低レベルのPCR生成物の検出を不可能としている。ディジタル信号スレショルドを、一価の種からの信号が検出されないように設定すると、低レベルのアンプリコンが存在するという明らかな形跡が検出される。
【図6】ディジタル信号スレショルドの異なるデータを獲得することによって分解することが可能な140-merのオリゴヌクレオチドと12-merのオリゴヌクレオチドの2つのオーバーラップしているピーク値を示す。上部のスペクトルは7mVというディジタル信号スレショルド設定値でられたものである。中部のスペクトルは11mVというディジタル信号スレショルド設定値でられたものである。下部のスペクトルは、上部のスペクトルから中部のスペクトルを減算して、12-merのオリゴククレオチドの明瞭で等方に分解されたスペクトルを得ることによって得られたものである。
【図7】TOFディジタイザ(図7b)から生じるデータストリームに対して複数のスレショルド設定値を同時に適用することを可能とするディジタイザと比較した単一のスレショルド設定値での一般的なディジタイザの構成(図7a)を示す。
【図8】0.001%SDSとP/I緩衝液の存在下での炭酸脱水酵素の質量スペクトルを示す。1mVというディジタル信号スレショルド設定値(図8a)で得られたスペクトルのタンパク質から誘導された信号は、界面活性剤と緩衝液の成分による干渉をかなり受ける。これとは対照的に、図8bには、これら干渉成分が、11mVというディジタルスレショルド設定値を指定することによって「目に見えない」ようになる様子を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)i)イオン検出器;
ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザ;
iii)該検出器からのアナログ信号を該ディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段;及び
iv)該ディジタイザとディジタルデータ通信していて、該ディジタイザからのディジタル信号入力に応答して、ディジタル信号スレショルドを設定し、該ディジタル信号入力が該指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけディジタル信号をデータファイルに対して独立して出力するディジタルスレショルドフィルタ;
を含み、
多価イオンを質量分光測定器が測定すると、データファイルに出力された濾過されたディジタル信号が多価イオンの検出により発生して、一価イオンから発生するアナログ信号からディジタル信号を排除する質量分光測定器上で、ディジタル信号スレショルドを指定する工程
を含む、多価イオンを識別する方法。
【請求項2】
工程a)に従って質量分光測定器による測定を複数回実行し、得られた複数のデータファイルを相互加算する工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
多価イオンが生体分子である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
生体分子が核酸、ペプチド、タンパク質、脂質または炭水化物である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
生体分子が非共有結合の小分子を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
一価イオンが生体分子安定添加剤またはマトリックス調整剤である、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
安定添加剤が、ポリエチレングリコール、グリセロール、還元剤、界面活性剤または緩衝塩の内の一つまたは複数、またはこれらのいずれかの組み合わせである、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
マトリックス調整添加剤が、両性電解質、界面活性剤または緩衝塩の一つまたは複数、またはこれらのいずれかの組み合わせである、請求項6に記載の方法。
【請求項9】
アナログ信号がアナログ電圧信号であり、ディジタル信号がディジタル電圧信号である、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
質量分光測定器が、飛行時間型の質量分光測定器、四極子飛行時間型質量分光測定器、線形四極子質量分光測定器、線形捕獲質量分光測定器、電気/磁気セクター質量分光測定器、または四極子イオン捕獲質量分光測定器である、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
a)i)イオン検出器;
ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザ;
iii)該検出器からのアナログ信号を該ディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段;および
iv)該ディジタイザとディジタルデータ通信していて、該ディジタイザからのディジタル信号入力に応答して、ディジタル信号スレショルドを設定し、該ディジタル信号入力が該指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけディジタル信号を対応するデータファイルに対して独立して出力する複数のディジタルスレショルドフィルタ;
を含む質量分光測定器上で、複数のディジタルスレショルドフィルタの少なくとも一部に対して固有のディジタル信号スレショルドを指定する工程;
b)混合物について質量分光測定機器による測定を実行する工程であって、各々の固有のディジタル信号スレショルドが、複数の検体から生じるディジタル信号を差分的に濾過し、各々の対応するデータファイルに対して出力される固有のディジタル信号を発生し、該測定の結果、複数のデータファイルが記憶される工程;および
c)該複数のデータファイルの各々を分析する工程であって、該複数の検体の少なくとも1つの分子質量がそこに含まれる、該工程;
を含む、混合物中の該複数の検体の分子質量を決定する方法。
【請求項12】
工程b)に従って、質量分光測定器による測定を複数回実行し、該複数の質量分光測定器による測定から得られた結果としての複数のデータファイルを相互加算する工程をさらに含む、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
工程c)の分析が、複数のデータファイルの少なくとも1つのデータファイルを該複数のデータファイルの少なくとも1つの他のデータファイルから数学的に減算する工程を含む、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
複数の検体が、一価イオンと多価イオンを含む、請求項11に記載の方法。
【請求項15】
多価イオンが生体分子である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
生体分子が、非共有結合の小分子を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
生体分子が核酸、ペプチド、タンパク質、脂質または炭水化物である、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
一価イオンが生体分子安定添加剤またはマトリックス調整剤である、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
安定添加剤が、ポリエチレングリコール、グリセロール、還元剤、界面活性剤または緩衝塩の一つまたは複数、またはこれらのいずれかの組み合わせである、請求項18に記載の方法。
【請求項20】
マトリックス調整添加剤が、両性電解質、界面活性剤または緩衝塩の一つまたは複数、またはこれらのいずれかの組み合わせである、請求項18に記載の方法。
【請求項21】
アナログ信号がアナログ電圧信号であり、ディジタル信号がディジタル電圧信号である、請求項11に記載の方法。
【請求項22】
質量分光測定器が、飛行時間型の質量分光測定器、四極子飛行時間型質量分光測定器、線形四極子質量分光測定器、線形捕獲質量分光測定器、電気/磁気セクター質量分光測定器または四極子イオン捕獲質量分光測定器である、請求項11に記載の方法。
【請求項23】
a)i)イオン検出器;
ii)アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザ;
iii)該検出器からのアナログ信号を該ディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段;および
iv)該ディジタイザとディジタルデータ通信していて、該ディジタイザからのディジタル信号入力に応答して、ディジタル信号スレショルドを設定し、該ディジタル信号入力が該指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にだけディジタル信号を対応するデータファイルに対して独立して出力する複数のディジタルスレショルドフィルタ;
を含む質量分光測定器上で、複数のディジタルスレショルドフィルタの内の第1のフィルタに対して第1のディジタル信号スレショルドを指定する工程であって、該ディジタル信号スレショルドが、第1のデータファイルに対するディジタル信号出力が検体および校正試料イオンからの信号を含むように指定される工程;
b)該複数のディジタルスレショルドフィルタの第2のフィルタに第2のディジタル信号スレショルドを指定する工程であって、該第2のディジタル信号スレショルドが、第2のデータファイルに対するディジタル信号出力が該検体からの信号を含むが該校正試料イオンからの信号は含まないように指定される、工程;
c)該第1のデータファイルから該第2のデータファイルを減算して、該校正試料イオンからの信号を含むが該検体からの信号は含まない校正データファイルを得る工程;および
d)該校正データファイルを用いて、該検体の質量スペクトルを校正する工程;
を含む、検体の質量スペクトルを校正する方法。
【請求項24】
校正試料イオインが核酸、ペプチド、小分子である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
検体が生体分子である、請求項23に記載の方法。
【請求項26】
生体分子が核酸、ペプチド、タンパク質、脂質または炭水化物である、請求項25に記載の方法。
【請求項27】
生体分子が非共有結合の小分子を含む、請求項26に記載の方法。
【請求項28】
アナログ信号がアナログ電圧信号であり、また、ディジタル信号がディジタル電圧信号である、請求項23に記載の方法。
【請求項29】
質量分光測定器が、飛行時間型の質量分光測定器、四極子飛行時間型質量分光測定器、線形四極子質量分光測定器、線形捕獲質量分光測定器、電気/磁気セクター質量分光測定器または四極子イオン捕獲質量分光測定器である、請求項23に記載の方法。
【請求項30】
イオン検出器;
アナログ信号をディジタル信号に変換するディジタイザ;
該検出器からのアナログ信号を該ディジタイザに伝達するアナログ信号伝達手段;
各々が該ディジタイザと並列電子通信している、互いに独立したディジタル信号スレショルドを設定する複数のディジタルスレショルドフィルタであって、各々のディジタルスレショルドフィルタが、該ディジタイザからのディジタル電圧入力に応答して、該ディジタル電圧入力が該指定されたディジタル信号スレショルドより大きい場合にのみ、ディジタル電圧を独立して出力する、複数のディジタルスレショルドフィルタ;
複数のデータファイル;および
各々が該ディジタルスレショルドフィルタの内の1つおよび該複数のデータファイルの内の対応するデータファイルとディジタルデータ通信している複数の並列ディジタル信号出力伝達手段;
を含む質量分光測定器を含むシステム。
【請求項31】
アナログ信号がアナログ電圧信号であり、ディジタル信号がディジタル電圧信号である、請求項30に記載のシステム。
【請求項32】
質量分光測定器が、飛行時間型の質量分光測定器、四極子飛行時間型質量分光測定器、線形四極子質量分光測定器、線形捕獲質量分光測定器、電気/磁気セクター質量分光測定器または四極子イオン捕獲質量分光測定器である、請求項30に記載のシステム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公表番号】特表2008−500539(P2008−500539A)
【公表日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−515292(P2007−515292)
【出願日】平成17年5月24日(2005.5.24)
【国際出願番号】PCT/US2005/018337
【国際公開番号】WO2005/117270
【国際公開日】平成17年12月8日(2005.12.8)
【出願人】(505422028)アイシス ファーマシューティカルズ インコーポレイティッド (16)
【Fターム(参考)】