説明

ディスクブレーキパッド及びその製造方法

【課題】裏金と摩擦材とが接合されてなるディスクブレーキパッドにおいて、耐食性及び耐熱接着性に優れ、環境対応や省資源の面でも問題がないディスクブレーキパッド及びその製造方法を提供する。
【解決手段】裏金と摩擦材とが、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなるように構成する。このとき、酸化物皮膜が有機ポリマーを含み、その有機ポリマーが水溶性フェノール樹脂であることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性と耐熱接着性に優れた自動車用ディスクブレーキパッド及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のブレーキはドラムブレーキとディスクブレーキに大別される。小型車に多く使用されているディスクブレーキは、車輪と共に回転するディスクローターを挟むようにディスクブレーキパッドが配置され、そのディスクブレーキパッドがディスクローターを押圧することにより自動車を減速し又は停止している。最近では高馬力の小型車が開発されたりブレーキ装置が軽量化されたりする傾向があるが、ディスクブレーキパッドはその構造上車輪の回転方向に大きな剪断力が加わることから、ますます機械的強度が要求されてきている。
【0003】
ディスクブレーキパッドには、裏金表面に錆が発生して摩擦材との間の接着強度が低下するという問題がある。こうした問題に対しては、裏金を塩酸等の酸に接触してその表面を活性化して錆を除去したり、ショットブラストやバレル等で裏金表面の錆を除去するとともに裏金表面に凹凸を形成し、その後さらにプライマー処理や窒化処理等を施したりする方法が行われている。
【0004】
また、近年は、自動車の燃費向上、車体の軽量化、及び安全性の向上等のニーズがますます高まっており、ディスクブレーキ装置にも高性能化と高耐久化が求められている。そのため、ディスクブレーキパッドに対しても、耐熱性や接着性の向上が要求されている。
【0005】
こうした要求に対し、特許文献1では、ディスクブレーキパッドの裏金の耐食性及び裏金とディスクブレーキパッドとの接着性を改善するため、裏金の表面にリン酸金属塩被膜を形成し、そのリン酸金属塩被膜を介して摩擦材を接合する技術が提案されている。しかし、リン酸塩は結晶水を持つため耐熱性が不十分であり、リン酸金属塩が分解する温度では密着性と耐食性が低下するという問題がある。
【0006】
また、特許文献2には、リン酸塩処理後にセラミックスコーティング層を施すことにより性能の向上を図った技術が提案されている。しかし、上記同様、この場合も下地のリン酸塩の耐熱性の問題を解決することはできていない。
【0007】
一方、リン酸塩処理が抱える耐熱性の問題点を解決しようとした例として、特許文献3には、リン酸塩処理の替わりにSiOセラミックス前駆体を塗布して焼き付ける技術が提案されている。しかし、SiOセラミックスは耐アルカリ性に劣るため、摩擦材を接着した場合の耐食性は十分とはいえない。
【0008】
また、特許文献4には、アルミニウムベースの下地層としてジルコニア層が形成され、その上にライニング材が接着されてなる摩擦材が提案されている。しかし、より耐熱性の高い鉄等の基材に対して接着性を高める具体的方法は提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平5−346129号公報
【特許文献2】特開2007−292288号公報
【特許文献3】特開2007−113698号公報
【特許文献4】特開2006−266407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記した未解決の問題を解決したものであって、その目的は、裏金と摩擦材とが接合されてなるディスクブレーキパッドにおいて、耐食性及び耐熱接着性に優れ、環境対応や省資源の面でも問題がないディスクブレーキパッドを提供することにある。また、本発明の他の目的は、耐食性及び耐熱接着性に優れ、環境対応や省資源の面でも問題がないディスクブレーキパッドを、生産性よく製造できる製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための本発明のディスクブレーキパッドは、裏金と摩擦材とが、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなることを特徴とする。
【0012】
本発明のディスクブレーキパッドの好ましい態様は、前記鉄が、結晶性の鉄酸化物として前記酸化物皮膜に含まれるように構成する。
【0013】
本発明のディスクブレーキパッドの好ましい態様は、前記酸化物皮膜が有機ポリマーを含むように構成する。このとき、前記有機ポリマーが水溶性フェノール樹脂であることが好ましい。
【0014】
上記課題を解決するための本発明のディスクブレーキパッドの製造方法は、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄と酸化剤とを含む酸性水溶液に裏金を接触した後、該裏金を洗浄及び加熱乾燥して該裏金上に酸化物皮膜を形成し、その後、該差酸化物皮膜上にプライマー層を形成した後又は直接、摩擦材を接着剤で接合することを特徴とする。
【0015】
本発明のディスクブレーキパッドの製造方法の好ましい態様は、前記酸性水溶液が有機性ポリマーを含むように構成する。また、前記酸性水溶液がZr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種のアモルファス水酸化物粒子を含むように構成する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のディスクブレーキパッドによれば、裏金と摩擦材とがZr等と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなることにより、従来のリン酸塩処理したものよりも厳しい使用環境下でも耐えうる、高い耐食性と耐熱接着性を実現することができる。さらに、有機性ポリマーを含む酸化物皮膜を適用することにより、耐食性と耐熱接着性をより高めることができる。こうした本発明のディスクブレーキパッドは、処理によるスラッジの発生が少なく且つ高騰しているリン酸塩を使用しないので、環境問題や省資源の面でも利点がある。こうした、高い耐食性と耐熱接着性を実現したディスクブレーキパッドを適用したディスクブレーキ装置は、高性能化と高耐久化の要求に対応することができる。
【0017】
本発明のディスクブレーキパッドの製造方法によれば、従来のリン酸塩処理したものよりも厳しい使用環境下でも耐えうる、高い耐食性と耐熱接着性を持つディスクブレーキパッドを生産性よく製造することができる。また、酸性水溶液に有機性ポリマーを含ませることにより、得られる酸化物皮膜の耐食性と耐熱接着性をより高めることができ、また、酸性水溶液にZr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種のアモルファス水酸化物粒子を含ませることにより、得られる酸化皮膜の成膜状態や析出量を安定化させることができる。また、処理によるスラッジの発生が少なく且つ高騰しているリン酸塩を使用しないので、環境問題や省資源の面でも有利な製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明のディスクブレーキパッド及びその製造方法について説明する。なお、本発明は以下の形態に限定されず、その要旨を有する範囲で種々の変形することも可能である。
【0019】
[ディスクブレーキパッド]
本発明のディスクブレーキパッド(以下、「ブレーキパッド」と略す。)は、裏金と摩擦材とが、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなるものである。なお、本発明のブレーキパッドの一対を、ディスクブレーキに対して押圧可能となるように対向配置することにより、ディスクブレーキ装置が構成される。以下、本発明のブレーキパッドの構成要素について詳しく説明する。
【0020】
(裏金)
裏金はプレッシャープレートとも呼ばれ、ディスクブレーキパッドのベース基材である。裏金の材質としては、金属材料であれば特に限定されないが、通常、鉄やアルミニウム又はその合金に代表される強度に優れた金属材料が用いられ、特に鋳鉄やアルミダイカスト材が好ましく用いられる。
【0021】
裏金の表面は、予めサンドブラスト、ウエットブラスト、ケミカルエッチング等により粗面化処理されていることが好ましい。粗面化処理する面は、少なくとも酸化物皮膜を介して摩擦材が接合される側の表面であるが、両面に粗面化処理しても構わない。粗面化処理後の裏金の表面粗さは、5μm以上50μm以下であることが好ましい。なお、このときの表面粗さは触針式表面粗さ計で測定した値で評価し、具体的には、JIS B 0601(1994)の算術平均粗さRaで評価する。
【0022】
(摩擦材)
摩擦材は、裏金表面に酸化物皮膜を介して接着剤で直接接合されるもの、或いは、プライマー層が形成された酸化物皮膜上に接着剤で接合されるもの、或いは、裏金表面の酸化物皮膜上に直接圧接するものであり、ディスクブレーキ装置においては、ディスクブレーキに押し当てられる構成部材である。摩擦材の材料としては、スチール繊維、ステンレス鋼繊維等の金属繊維、アラミド繊維、カーボン繊維、セルロース繊維等の炭素系繊維、チタン酸カリウム、ガラス繊維等のセラミック繊維等から選ばれる補強繊維を1種又は2種以上含み、さらに、黒鉛、二硫化モリブデン、消石灰等の潤滑材、ジルコニア、チタニア、マグネシア、アルミナ等の研削材、カシューダスト、ゴム等の有機摩擦調整材、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の充填材を添加したフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を摩擦材用原料として用いる。摩擦材は、そうした摩擦材原料を混練し、その後に熱硬化させて形成される。
【0023】
(酸化物皮膜)
酸化物皮膜は、裏金表面に形成されている。その酸化物皮膜上には摩擦材が接合されるが、摩擦材は、その酸化物皮膜上に直接、又は接着剤を介して、又はプライマー層と接着剤を介して接合されている。
【0024】
酸化物皮膜は、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種又は2種以上の金属(元素)と、鉄とを含んでいる。Zr、Ti、Hfは、酸化物皮膜中に水酸化物、酸化物、複合酸化物(以下、これらを「酸化物等」と総称することがある。)のいずれが1種又は2種以上の状態で存在するが、それらの酸化物等は脱水されたものであることが好ましい。一方、鉄は、酸化物皮膜中にγ−Fe、(FeO)・(Fe等の結晶性酸化物として存在していることが好ましい。なお、酸化物皮膜中でのZr、Ti、Hf乃至鉄の構造や結晶性は、酸化物皮膜断面の透過型電子顕微鏡観察(TEM)、薄膜X線回折法、グロー放電分光分析によって確認することができる。
【0025】
各金属成分は、複合酸化物、酸化物乃至水酸化物として酸化物皮膜内に共存していてもよいし、組成傾斜していてもよいし、多層化していてもよいが、裏金近傍に鉄酸化物(すなわち鉄酸化物を構成する鉄成分)が濃化している場合には、裏金との間で良好な密着性を示すのでより好ましい。そうした鉄酸化物の濃化態様としては、裏金表面上の面内方向に、酸化物皮膜の最下層として鉄酸化物層が形成されていることが好ましい。そうした鉄酸化物層は、裏金表面の面内方向に、厚さが不均一若しくは島状の断続層、又は厚さが均一若しくは連続する連続層として形成されている。この場合の鉄酸化物層の平均厚さは、厚さ割合としては酸化物皮膜の総厚の3%以上50%以下、好ましくは5%以上30%以下であり、絶対値としては5nm以上50nm以下、好ましくは10nm以上40nm以下である。このときの厚さは、酸化物皮膜断面の透過型電子顕微鏡観察(TEM)によって確認でき、平均厚さは、酸化物皮膜断面の各部(n=5箇所以上)での厚さの平均である。
【0026】
裏金表面に形成された酸化物皮膜に含まれる各金属の量を付着量(なお、括弧内は「相当厚さ」を表す。)として表せば、Zr、Ti及びHfの各酸化物等から選ばれる1種又は2種以上の合計の酸化物等については、10mg/m以上1000mg/m以下(0.01μm以上1μm以下)であり、好ましくは20mg/m以上500mg/m以下(0.02μm以上0.5μm以下)である。他方、鉄酸化物については、10mg/m以上300mg/m以下(0.015μm以上0.3μm以下)であり、好ましくは15mg/m以上200mg/m以下(0.02μm以上0.2μm以下)である。
【0027】
裏金表面に形成された酸化物皮膜を構成する各金属酸化物等の量を総付着量(括弧内は「相当の総厚さ」を表す。)として表せば、20mg/m以上1300mg/m以下(0.025μm以上1.3μm以下)であり、好ましくは30mg/m以上600mg/m以下(0.03μm以上0.6μm以下)である。酸化物皮膜中の金属酸化物の総付着量(相当の総厚さ)が20mg/m(0.025μm)未満では、耐食性も耐熱性もやや不十分となり、その総付着量(相当の総厚さ)が1300mg/m(1.3μm)を超えると、酸化物皮膜に亀裂が入り易くなるため好ましくない。なお、酸化物皮膜中の鉄酸化物が上記範囲で存在することにより、鉄酸化物が含まれていない酸化物皮膜に比べて、耐熱性と密着性がさらに向上する。
【0028】
また、酸化物皮膜を構成する、Zr、Ti及びHfから選ばれる1種又は2種以上の酸化物等の総質量Aと、鉄酸化物の質量Bとの比は、A:B=20:1〜1:1の範囲内であることが好ましく、10:1〜3:1の範囲内であることがより好ましい。A:Bが20:1未満では、鉄含有量が相対的に少なすぎて密着性が不十分となることがある。一方、A:Bが1:1を超えると、鉄含有量が相対的に多くなりすぎて耐食性が不十分となることがある。
【0029】
酸化物皮膜には、上記した酸化物等の他に、有機ポリマーが含まれていてもよい。有機ポリマーを含む酸化物皮膜は、摩擦材とより強く密着することができ、さらに優れた耐食性を得ることができるので、好ましく適用できる。
【0030】
有機ポリマーの種類は特に限定されないが、水溶性の有機ポリマーであることが好ましく、金属の表面処理に常用される高分子化合物であることが好ましい。例えば、ポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリル酸、アクリル酸とメタクリル酸との共重合体、エチレンと(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリルレート等のアクリル系単量体との共重合体、エチレンと酢酸ビニルとの共重合体、ポリウレタン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポリスルホン酸、アミノ変性フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、キトサン及びその誘導体、タンニン、タンニン酸及びその塩、フィチン酸等が挙げられる。
【0031】
これらの中でも、分子構造中にアミノ基、水酸基、及びカルボキシル基の中から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する高分子化合物が好ましい。そうした官能基は高分子化合物に水溶性を付与するとともに、酸化物皮膜の成分であるZr、Ti乃至Hfが架橋剤となって反応し、高分子化合物を不溶化又は固定化する。そのため、酸化物皮膜上に摩擦材を接合するための接着剤との間や、酸化物皮膜上に任意に設けられるプライマー層との間で強固な密着力を発揮することができる。
【0032】
また、酸化物皮膜上に形成するプライマー層、摩擦材を構成する熱硬化性樹脂、さらには酸化物皮膜上に摩擦材を接合する際の接着剤は、フェノール樹脂を主成分とするものが多いことから、有機ポリマーの中でも水溶性フェノール樹脂を特に好ましく用いることができ、優れた密着力を得ることができる。本発明で用いる有機ポリマーの分子量は特に限定されないが、質量平均分子量で300以上30000以下の範囲が好ましい。
【0033】
酸化物皮膜中の有機ポリマーの含有量は、0.2質量%以上20質量%以下であることが好ましい。有機ポリマーの含有量が0.2質量%未満では、密着性を向上させる効果が明確でなく、一方、有機ポリマーの含有量が20質量%を超えると、酸化物皮膜の耐熱性が低下する。
【0034】
(接着剤、プライマー層)
酸化物皮膜上への摩擦材の接合を接着剤を介して行う場合、そうした接着剤としては、熱硬化性樹脂接着剤やエラストマー系接着剤等が用いられる。熱硬化性樹脂接着剤としては、フェノール樹脂接着剤やシリコーン系接着剤が好ましい。また、エラストマー系接着剤としては、ニトリルゴム、NBR、シリコーンゴム等のエラストマーを含むものが好ましい。こうした接着剤は、酸化物皮膜を形成した裏金又は摩擦材のいずれかの接合面に前記の接着剤、前記の接着剤の前駆体溶液又は前記の接着剤の分散液を塗布することによって形成することができる。接着剤の塗布量(又は厚さ)は、1000mg/m以上30000mg/m以下(又は厚さ1μm以上30μm以下)程度とすることができる。
【0035】
なお、酸化物皮膜上に必要に応じてプライマー層を形成し、その後に上記接着剤を介して摩擦材を接合してもよい。酸化物皮膜上に形成したプライマー層は、酸化物皮膜に接着剤を介して接合する摩擦材の接着をさらに向上させることができるので、好ましく用いられる。プライマー層としては、フェノール樹脂、ポリイミド樹脂、エラストマー等を挙げることができ、その厚さは、1μm以上30μm以下程度とすることができる。
【0036】
以上説明したように、本発明のブレーキパッドは、裏金と摩擦材とがZr等と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなることにより、従来のリン酸塩処理したものよりも厳しい使用環境下でも耐えうる、高い耐食性と耐熱接着性を実現することができる。さらに、有機性ポリマーを含む酸化物皮膜を適用することにより、耐食性と耐熱接着性をより高めることができる。こうした本発明のブレーキパッドは、処理によるスラッジの発生が少なく且つ高騰しているリン酸塩を使用しないので、環境問題や省資源の面でも利点がある。また、こうしたブレーキパッドを構成部材として有するディスクブレーキ装置は、高い耐食性と耐熱接着性を実現したブレーキパッドを用いているので、高性能化と高耐久化の要求に対応できるディスクブレーキ装置となる。
【0037】
実際の腐食環境では、金属の溶出が起こるアノード部ではpHの低下が起こり、他方、還元反応が起こるカソード部ではpHの上昇が起こる。したがって、耐酸性及び耐アルカリ性に劣る表面処理皮膜は、腐食環境下で溶解してしまいその効果が失われていく。これに対して、本発明のブレーキパッドを構成する酸化物皮膜は、酸やアルカリに侵され難く、化学的に安定な性質を有しているので、腐食環境下においても錆が進行し難く、優れた密着性(接着性)を持続させることができる。その結果、従来よりも厳しいブレーキ使用環境下でも耐熱接着性と耐食性を維持することが可能であり、しかも新たな工程や加工装置を必要としないことから、その経済的、実用的価値は高い。
【0038】
[ディスクブレーキパッドの製造方法]
次に、本発明に係るディスクブレーキパッド(以下、ブレーキパッドと略す。)の製造方法について説明する。本発明のブレーキパッドの製造方法は、上記した本発明のブレーキパッドを製造する方法であって、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄と酸化剤とを含む酸性水溶液に裏金を接触した後、該裏金を洗浄及び加熱乾燥して該裏金上に酸化物皮膜を形成し、その後、該酸化物皮膜上にプライマー層を形成した後又は直接、摩擦材を接着剤で接合することを特徴とする。この製造方法は、酸性水溶液の準備工程と、酸化物皮膜の形成工程と、摩擦体の接合工程とに大別できる。以下、順に説明する。
【0039】
(酸性水溶液の準備工程)
酸性水溶液は、Zr、Ti及びHfから選ばれる1種又は2種以上の金属成分と、鉄成分と、酸化剤とを含む。本発明では、酸性水溶液が20ppm以上の鉄成分をイオン種として含んでいることが好ましい。鉄成分は、裏金が鋳鉄等の鉄含有金属である場合においてその酸性水溶液によって裏金が溶解して多少供給される場合があるが、その供給量は酸性水溶液の酸の強さや裏金の種類に基づいた鉄成分の溶解のし易さ等が影響するので一概には言えないことから、ここでは、酸性水溶液が少なくとも20ppm以上の鉄成分をイオン種として含むようにしている。なお、鉄成分の上限は、本願では1000ppm程度とした。
【0040】
Zr成分は、可溶性のジルコニウム化合物、又は、何らかの酸成分(例えば、フッ化水素酸、塩酸、臭素酸等。以下同じ。)を加えることによって水溶化が可能なジルコニウム化合物を酸性水溶液に配合することによって供給される。そうしたジルコニウム化合物としては、例えば、ZrCl、ZrOCl、Zr(SO、ZrOSO、Zr(NO、ZrO(NO、HZrF、HZrFの塩、ZrO、ZrOBr、ZrF等が挙げられる。また、Ti成分は、可溶性のチタン化合物、又は、何らかの酸成分を加えることによって水溶化が可能なチタン化合物を酸性水溶液に配合することによって供給される。そうしたチタン化合物としては、例えば、TiCl、Ti(SO、TiOSO、Ti(NO)、TiO(NO、TiOOC、HTiF、HTiFの塩、TiO、TiF等が挙げられる。また、Hf成分は、可溶性のハフニウム化合物、又は、何らかの酸成分を加えることによって水溶化が可能なハフニウム化合物を酸性水溶液に配合することによって供給される。そうしたハフニウム化合物としては、例えば、HfCl、Hf(SO、Hf(NO)、HfOOC、HHfF、HHfFの塩、HfO、HfF等が挙げられる。これらZr、Ti及びHfから選ばれる各金属成分の合計濃度は、5ppm以上5000ppm以下、好ましくは10ppm以上3000ppm以下である。
【0041】
酸性水溶液に含まれるZr、Ti及びHfについては、その酸性水溶液中に、アモルファス水酸化物粒子として含まれていることが好ましい。各金属元素がアモルファス水酸化物粒子(以下、「水酸化物粒子」という。)として酸性水溶液中に存在することにより、酸性水溶液中では常に水酸化物粒子が飽和に近い状態に保たれ、酸化物皮膜を最も効率良く安定して形成できる状態に保つことができる。なお、各金属成分の合計濃度は上述したとおりであるので、水酸化物粒子を配合した場合における金属成分濃度の総量も、上記合計濃度の範囲内、すなわち、5ppm以上5000ppm以下、好ましくは10ppm以上3000ppm以下である。
【0042】
水酸化物粒子は、pHや温度の変動、後述するフッ素成分濃度の変動に対し、溶解と析出を可逆的に繰り返すことができるため、酸性水溶液を安定に管理することができる。水酸化物粒子が酸性水溶液中に全く存在しない状態で化成処理を行うと、酸化物皮膜の成膜状態や析出量が不安定となり、酸化物皮膜が全く形成されないという不具合が起こりえるため好ましくない。酸性水溶液中に存在する水酸化物粒子の粒子径や配合量は特に限定されないが、上記のように酸性水溶液に少なくとも5ppm以上含まれていることが望ましく、また、その粒子径は0.02μm以上10μm以下程度であることが好ましく、配合量は100個/mL以上であることが好ましい。なお、配合量の個数の上限は特にないが、酸性水溶液に含まれるZr、Ti及びHfのうちの水酸化物粒子として存在している割合が約20質量%以内であることが好ましい。水酸化物粒子が裏金にそのまま付着する場合もあるが、水酸化物粒子は酸化物皮膜と一体化し、密着性も良好なため、性能に悪影響を及ぼすことはない。
【0043】
鉄成分についても、可溶性の鉄化合物、又は、何らかの酸成分を加えることによって水溶化が可能な鉄化合物を酸性水溶液に配合することによって供給される。そうした鉄化合物としては、例えば、硫酸第一鉄、塩化第一鉄、塩化第二鉄、クエン酸鉄、グルコン酸鉄等が挙げられる。なお、鉄成分の濃度は上記したように20ppm以上である。
【0044】
酸化剤は、酸化物皮膜の形成に必要であり、例えば、HClO、HBrO、HNO、HNO、HMnO、HVO、H、HWO、HMoO、過酸化物、ペルオキソ化合物等、酸性水溶液に配合されるZr、Ti及びHfから選ばれる各金属成分と鉄成分とを酸化して酸化物等にする作用のあるものであればその種類は特に限定されない。また、前記したような硝酸ジルコニウム等の硝酸塩を構成する硝酸イオンも酸化剤として作用することができる。これらの酸化剤は、各金属成分や鉄成分に対する酸化剤として作用すると同時に、裏金近傍のpHを上昇させ、酸化物皮膜の析出を促進する。酸性水溶液中の酸化剤濃度は、10ppm以上80000ppm以下程度であることが好ましい。これらの中で、硝酸や亜硝酸は、高い酸化力を有するため酸化物皮膜の析出を促進することができるので好ましく用いられる。
【0045】
酸性水溶液には、さらに、フッ素をイオン又は錯イオンとして配合することが好ましい。それらフッ素のイオン種としては、例えば、フッ化水素酸(HF)、HZrF、HZrFの塩、HTiF、HTiFの塩、HSiF、HSiFの塩、HBF、HBFの塩、NaHF、KHF、NHHF、NaF、KF、NHF等を挙げることができる。また、Zr、Ti及びHfの酸化物を析出しやすくするため、アルミニウム、亜鉛、マグネシウムなどの金属イオンをさらに添加することが好ましい。
【0046】
酸性水溶液には、さらに、ノニオン系界面活性剤、アニオン系界面活性剤、カチオン系界面活性剤から選ばれる1種又は2種以上の界面活性剤を配合することもできる。この場合、これらの界面活性剤を含む酸性水溶液と、予め脱脂処理を行わず油分が付着した状態の裏金とを接触させることによって、脱脂処理と酸化物皮膜の析出とを同時に行うことも可能である。
【0047】
酸性水溶液は、さらに、有機ポリマーを含むことが好ましい。有機ポリマーを含む酸性水溶液を裏金に接触させて得られた酸化物皮膜は、裏金に対する耐食性と、裏金及び摩擦材に対するより強い密着力を得ることができる。
【0048】
有機ポリマーの種類は特に限定されないが、水溶性であることが好ましく、金属の表面処理に常用されている高分子化合物を用いることができる。例えば、ポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリル酸、アクリル酸とメタクリル酸との共重合体、エチレンと(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリルレート等のアクリル系単量体との共重合体、エチレンと酢酸ビニルとの共重合体、ポリウレタン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリエチレンイミン、ポリスルホン酸、アミノ変性フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、キトサン及びその誘導体、タンニン、タンニン酸及びその塩、フィチン酸等を挙げることができる。
【0049】
これらの中でも、分子構造中にアミノ基、水酸基、及びカルボキシル基の中から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する高分子化合物が好ましい。これらの官能基は高分子化合物に水溶性を付与するとともに、酸化物皮膜の成分であるZr、Ti乃至Hfが架橋剤となって反応し、高分子化合物を不溶化又は固定化する。そのため、摩擦材やプライマー層との間で強固な密着力を発揮することができる。また、本発明を構成する摩擦材、接着剤、必要に応じて設けられるプライマー層は、フェノール樹脂を主成分とするものが多いことから、上記した有機ポリマーの中でも水溶性フェノール樹脂を用いれば、優れた密着力を得ることができるので特に好ましい。
【0050】
有機ポリマーの分子量は特に限定されないが、質量平均分子量で300以上30000以下の範囲が好ましい。また、有機ポリマーの含有量は、酸化物皮膜中に0.2質量%以上20質量%以下であることが好ましい。含有量が0.2質量%未満では、密着力の向上効果が明確でなく、含有量が20質量%を超えると、酸化物皮膜の耐熱性が低下する。
【0051】
酸性水溶液は、pH2〜6であることが好ましく、pH3〜5であることがより好ましい。酸性水溶液のpHをアルカリ側へ調整する場合には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属の水酸化物、アルカリ土類金属の水酸化物や酸化物、アンモニア、アミン化合物等のアルカリ成分を用いることができる。酸性水溶液のpHを酸側へ調整する場合には、硝酸、硫酸、塩酸等の無機酸の1種以上及び/又は酢酸、シュウ酸、酒石酸、クエン酸、コハク酸、グルコン酸、フタル酸等の有機酸の1種以上を用いることができる。
【0052】
(酸化物皮膜の形成工程)
酸化物皮膜の形成は、上記のようにして調整された酸性水溶液に裏金を接触させて酸化物皮膜を析出する反応法(化成処理法)で行う。酸性水溶液に裏金を接触させる方法は特に限定されず、例えば、酸性水溶液を裏金の表面に噴霧するスプレー処理、裏金を酸性水溶液に浸漬する浸漬処理、酸性水溶液を裏金の表面に流し掛ける流し掛け処理等を挙げることができる。多量の裏金を浸漬処理で処理する場合は、裏金同士が重ならないように揺動やバレル攪拌することが好ましい。いずれの処理を用いても、酸性水溶液と裏金とを接触させることによって、裏金の表面にZr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種の金属元素と鉄とを含む酸化物皮膜を形成することができる。
【0053】
裏金を酸性水溶液中に接触させて化成皮膜を形成した後においては、錆の発生防止と耐食性の低下防止のための水洗を行い、その水洗後に加熱乾燥する。水洗は、一般的な水洗が適用できるが、水洗工程の少なくとも一部に温水による湯洗工程を入れることが好ましい。そうした湯洗工程を入れることにより、その後の加熱乾燥において、酸化物皮膜中の鉄酸化物の含有率と結晶性を高めることができ、耐食性と密着性をより向上させることができる。
【0054】
加熱乾燥により、酸化物皮膜中にγ−Fe、(FeO)・(Fe等のいずれか1種又は2種以上の結晶性鉄酸化物を形成することができ、その結果、裏金に対する密着性に優れ、また耐熱性にも優れた酸化物皮膜を形成できる。加熱乾燥は、好ましくは80℃以上、さらに好ましくは120℃以上の温度であることが好ましい。こうした温度で加熱乾燥することにより、Zr、Ti、Hfの水酸化物、酸化物乃至複合酸化物を脱水することができ、さらに結晶性鉄酸化物を形成することができる。上述したように、結晶性鉄酸化物を裏金近傍に酸化物皮膜の最下層として形成することにより、耐食性と裏金に対する密着性をさらに向上させることができる。なお、加熱乾燥の上限は特に限定されず、基材の耐熱温度等を考慮して設定されるが、通常80℃以上200℃以下程度、好ましくは100℃以上180℃以下程度である。
【0055】
なお、酸化物皮膜上には、必要に応じてプライマー層を形成してもよい。酸化物皮膜上に形成したプライマー層は、酸化物皮膜に接着剤を介して接合する摩擦材の接着性をさらに向上させることができる。
【0056】
(摩擦体の接合工程)
摩擦材は、上記したように、スチール繊維、ステンレス鋼繊維等の金属繊維、アラミド繊維、カーボン繊維、セルロース繊維等の炭素系繊維、チタン酸カリウム、ガラス繊維等のセラミック繊維等から選ばれる補強繊維を1種又は2種以上含み、さらに、黒鉛、二硫化モリブデン等の潤滑材、ジルコニア、チタニア、マグネシア、アルミナ等の研削材、カシューダスト、ゴム等の有機摩擦調整材、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の充填材を添加したフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を摩擦材原料として用い、その摩擦材原料を混練し、その後に熱硬化させたものが好ましく用いられる。
【0057】
こうした摩擦材と酸化物皮膜との接合は、加熱乾燥して酸化物皮膜を形成した後、熱硬化性樹脂接着剤やエラストマー系接着剤等の接着剤を介して酸化物皮膜と摩擦材とを接着して行う。接着剤を構成する熱硬化性樹脂接着剤としては、フェノール樹脂接着剤やシリコーン系接着剤が好ましい。また、エラストマー系接着剤としてはニトリルゴム、NBR、シリコーンゴム等のエラストマーを含むものが好ましい。こうした接着剤は、酸化物皮膜を形成した裏金又は摩擦材のいずれかの接合面に前記の接着剤、前記の接着剤の前駆体溶液又は前記の接着剤の分散液を塗布することによって形成することができる。なお、酸化物皮膜と摩擦材とは、接着剤を介して接合することが好ましいが、接着剤を介することなく両者を一体成型して接合することも可能である。
【0058】
(その他の工程)
酸性水溶液への接触に供する裏金は、金属加工により所定の形状や大きさで作製されたものであり、通常、接触前に洗浄や脱脂処理等の前処理(前処理工程)が施される。また、密着性を高めるため、物理的又は化学的方法によって表面を粗化(表面粗化工程)してもよい。表面粗化工程において、物理的方法としては、サンドブラスト、ショットブラスト、ウエットブラスト、電磁バレル研磨、WPC処理等があり、いずれの手段も適用可能である。
【実施例】
【0059】
次に、実施例と比較例により本発明について具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限られるものではない。
【0060】
(準備)
鋳鉄製の裏金(110mm×40mm、厚さ5mm)とアルミダイカスト製の裏金(100mm×30mm、厚さ5mm)を準備した。それらの裏金を水系アルカリ脱脂剤(商品名:ファインクリーナー4360、日本パーカライジング株式会社製)で脱脂した後、ショットブラスト処理により錆や汚れを除去し、下記実施例1〜9及び比較例1〜4の酸化物皮膜の形成工程と摩擦材への接合工程に供した。
【0061】
摩擦材は、フェノール樹脂:20質量部、スチール繊維:8質量部、セラミック繊維:5質量部、アラミド繊維:5質量部、黒鉛:3質量部、二硫化モリブデン:2質量部、カシューダスト:15質量部、炭酸カルシウム:20質量部、消石灰:2質量部、硫酸バリウム:20質量部(合計100質量部)からなる組成のガラス・アラミド系摩擦材を成型したものを用いた。
【0062】
なお、下記の実施例1〜9及び比較例1〜4において、酸化物皮膜を形成した裏金には、すなわち酸化物皮膜上には、必要に応じてフェノール樹脂を主成分とするプライマー層を塗布形成した。このプライマー層の乾燥硬化は200℃・10分で行った。プライマー層はフェノール系樹脂液を塗布して形成した。また、裏金上の酸化物皮膜と摩擦材との接合する接着剤もフェノール系熱硬化性接着剤を用いた。
【0063】
(実施例1)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸アルミニウム溶液と、硝酸と、フッ化水素酸とを用いて、Zr濃度が1500ppm、Fe濃度が40ppm、Al濃度が300ppmの酸性水溶液(pH=2.5)を調製した。pH調整は、酸性水溶液を55℃に加温した後にアンモニア水で行った。予め塩化第二鉄エッチング液に浸漬した後の鋳鉄製の裏金を、得られた酸性水溶液に浸漬して90秒間反応処理した。水洗した後、120℃・10分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ120mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ80mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例1のブレーキパッドを作製した。
【0064】
(実施例2)
ヘキサフルオロチタン酸(IV)水溶液と、20%硝酸ジルコニウム溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸アルミニウムと、前記硝酸ジルコニウムの硝酸イオン(酸化剤)と、フッ化水素酸とを用いて、Ti濃度が500ppm、Zr濃度が300ppm、Fe濃度が25ppm、Al濃度が300ppmの酸性水溶液(pH=2.8)を調製した。pH調整は、酸性水溶液を45℃に加温した後にアンモニア水で行った。予め塩化第二鉄エッチング液に浸漬した後の鋳鉄製の裏金を、得られた酸性水溶液に浸漬して120秒間反応処理した。水洗した後、80℃・30分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でTiOの付着量を測定したところ80mg/mであり、ZrOの付着量は40mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ50mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例2のブレーキパッドを作製した。
【0065】
(実施例3)
20%硝酸ジルコニウム溶液と、硝酸ハフニウムと、硝酸第二鉄と、過酸化水素と、塩酸とを用いて、Zr濃度が300ppm、Hf濃度が30ppm、Fe濃度が80ppm、過酸化水素が100ppmの酸性水溶液(pH=4.2)を調製した。pH調整は、酸性水溶液を45℃に加温した後にアンモニア水で行った。鋳鉄製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して120秒間反応処理した。水洗した後、180℃・3分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ120mg/mであり、HfOの付着量は30mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ80mg/mであった。その後、裏金をそのまま摩擦材を圧接し、実施例3のブレーキパッドを作製した。
【0066】
(実施例4)
オキシ硝酸ジルコニウムと、硫酸第二鉄と、硝酸マグネシウム溶液と、硝酸と、フッ化水素酸とを用いて、Zr濃度が5ppm、Fe濃度が25ppm、Mg濃度が300ppmで、さらに有機ポリマーとして水溶性フェノール樹脂(住友ベークライト株式会社製)を200ppm添加した酸性水溶液(pH=3.5)を調整した。pH調整は、酸性水溶液を45℃に加温した後にアンモニア水で行った。鋳鉄製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して120秒間反応処理した。水洗した後、180℃・10分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ210mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ100mg/mであった。また、表面炭素分析装置による水溶性ポリマーの析出量は22mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例4のブレーキパッドを作製した。
【0067】
(実施例5)
オキシ硝酸ジルコニウム溶液と、硫酸第二鉄と、硝酸マグネシウム溶液と、フッ化水素酸とを用いて、Zr濃度が5ppm、Fe濃度が120ppm、Mg濃度が300ppmで、さらにポリアリルアミン水溶液(商品名:PAA−05、日東紡績株式会社製)を50ppm添加した酸性水溶液(pH=4.5)を調整した。pH調整は、酸性水溶液を50℃に加温した後にアンモニア水で行った。鋳鉄製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して120秒間反応処理した。水洗した後、180℃・20分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ180mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ120mg/mであった。また、表面炭素分析装置による水溶性ポリマーの析出量は30mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例5のブレーキパッドを作製した。
【0068】
(実施例6)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、ヘキサフルオロチタン酸(IV)水溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸マグネシウム溶液と、硝酸とを用いて、Zr濃度が200ppm、Ti濃度が50ppm、Fe濃度が50ppm、Mg濃度が14000ppmで、さらにポリエチレンイミン水溶液(商品名:SP−012、日本触媒株式会社製)を50ppm添加した酸性水溶液(pH=4.5)を調整した。pH調整は、酸性水溶液を50℃に加温した後にアンモニア水で行った。鋳鉄製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して120秒間反応処理した。水洗した後、140℃・20分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ170mg/mであり、TiOの付着量は130mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ150mg/mであった。また、表面炭素分析装置による水溶性ポリマーの析出量は18mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例6のブレーキパッドを作製した。
【0069】
(実施例7)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸アルミニウム溶液と、硝酸と、フッ化水素酸とを用いて、Zr濃度が1500ppm、Fe濃度が45ppm、Al濃度が300ppmで、さらに水溶性フェノール樹脂(商品名:BKL−125S、昭和高分子株式会社製)を80ppm添加した酸性水溶液(pH=3.1)を調整した。pH調整は、酸性水溶液を55℃に加温した後にアンモニア水で行った。予め塩化第二鉄エッチング液に浸漬した後の鋳鉄製の裏金を、得られた酸性水溶液に浸漬して90秒間反応処理した。水洗した後、120℃・10分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ100mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ80mg/mであった。また、表面炭素分析装置による水溶性ポリマーの析出量は15mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例7のブレーキパッドを作製した。
【0070】
(実施例8)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸アルミニウム溶液と、フッ化水素酸とを用いて、Zr濃度が1500ppm、Fe濃度が40ppm、Al濃度が300ppmの酸性水溶液(pH=2.5)を調製した。pH調整は、酸性水溶液を55℃に加温した後にアンモニア水で行った。アルミダイカスト製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して60秒間反応処理した。水洗した後、120℃・10分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ80mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ30mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例8のブレーキパッドを作製した。
【0071】
(実施例9)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、硝酸第二鉄と、硝酸マグネシウム溶液とを用いて、Zr濃度が200ppm、Fe濃度が50ppm、Mg濃度が14000ppmで、さらにポリエチレンイミン水溶液(商品名:SP−012、日本触媒株式会社製)を50ppm添加した酸性水溶液(pH=4.5)を調整した。pH調整は、酸性水溶液を50℃に加温した後にアンモニア水で行った。アルミダイカスト製の裏金を得られた酸性水溶液に浸漬して90秒間反応処理した。水洗した後、140℃・20分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ110mg/mであった。また、薄膜X線回折により結晶性のγ−Feが検出されたため、XPSにより酸化物皮膜中の鉄酸化物付着量を求めたところ45mg/mであった。また、表面炭素分析装置による水溶性ポリマーの析出量は10mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、実施例9のブレーキパッドを作製した。
【0072】
(比較例1)
鋳鉄製の裏金に酸化物皮膜を形成せず、そのままプライマー樹脂、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、比較例1のブレーキパッドを作製した。
【0073】
(比較例2)
リン酸鉄系表面処理剤(商品名:パルホス2557、日本パーカライジング株式会社製)を水で希釈し、全酸度、酸比(全酸度/遊離酸度)を調整した化成処理液を用いた。50℃の化成処理液に鋳鉄製の裏金を2分間浸漬して処理し、水洗した後、80℃で加熱乾燥し、リン酸鉄系皮膜を形成した。裏金のリン酸鉄系皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、比較例2のブレーキパッドを作製した。
【0074】
(比較例3)
リン酸亜鉛系表面処理剤(商品名:パルボンドL3020、日本パーカライジング株式会社製)を水で標準濃度に希釈し、全酸度、酸比(全酸度/遊離酸度)を調整した化成処理液を用いた。処理の直前に表面調整剤(商品名:プレパレンX、日本パーカライジング株式会社製)に浸漬した鋳鉄製の裏金を、43℃の化成処理液に2分間浸漬して処理し、水洗した後、80℃で加熱乾燥し、リン酸亜鉛系皮膜を形成した。裏金のリン酸亜鉛系皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、比較例3のブレーキパッドを作製した。
【0075】
(比較例4)
ヘキサフルオロジルコン酸(IV)水溶液と、硝酸亜鉛とを用いて、Zr濃度が300ppm、亜鉛濃度が150ppmの化成処理液(pH=4.5)を調製した。pH調整はアンモニア水で行った。アルミダイカスト製の裏金を得られた化成処理液に浸漬して90秒間反応処理した。水洗した後、140℃・20分間の加熱乾燥を行い、酸化物皮膜を形成した。得られた酸化物皮膜について、蛍光X線分析装置でZrOの付着量を測定したところ80mg/mであり、Zn付着量は30mg/mであった。その後、裏金の酸化物皮膜上にプライマー層を形成し、さらに接着剤を介して摩擦材を接合し、比較例4のブレーキパッドを作製した。
【0076】
(Zr、Ti、Hfの各酸化物の付着量測定)
酸化物皮膜中のZrO、TiO、HfOの各酸化物の付着量は、蛍光X線分析装置(商品名:システム3270、理学電気工業株式会社製)で測定した。なお、ZrとTiとHfは、それぞれZrO、TiO、HfOの二酸化物として存在していることが構造解析によって確認されている。
【0077】
(鉄酸化物の構造解析と付着量の測定)
酸化物皮膜中の鉄酸化物の結晶構造は、X線回折分析装置(商品名:X’PERT−MRD、フィリップス社製)を用い、薄膜分析法(入射角0.5°)で測定した。
【0078】
(有機ポリマーの析出量の測定)
酸化物皮膜中に析出した有機ポリマーの析出量は、表面炭素分析装置(商品名:RC−412型、LECO社製)を用い、酸化物皮膜中のカーボン量から析出量を換算して算出した。
【0079】
(耐食性試験)
実施例1〜9及び比較例1〜4のブレーキパッドについて、塩水噴霧→恒温恒湿→加熱乾燥からなるサイクル腐食試験を15サイクル行った。試験後のブレーキパッドはアルカリ洗浄して摩擦材及びプライマー層を除去し、端部から内部へ進行した錆幅の平均値(mm)を測定して評価した。表1中、「5」は錆幅3mm以下、「4」」は錆幅3〜5mm、「3」は錆幅5〜7mm、「2」は錆幅7〜9mm、「1」は錆幅9mm以上、でランク分けした。
【0080】
(耐熱接着性試験)
耐熱接着性は、300℃で24時間大気中で加熱したのち、裏金と摩擦材との間のせん断強度(kN)を測定した。表1中、「5」は15kN以上、「4」は13〜15kN、「3」は11〜13kN、「2」は9〜11kN、「1」は9kN以下、でランク分けした。
【0081】
【表1】

【0082】
表1に示すように、実施例1〜9は、耐食性と耐熱密着性ともに従来技術である比較例1〜3よりも優れており、本発明の効果が明らかであることがわかる。以上のように、本発明のディスクブレーキパッドは、自動車用のディスクブレーキパッドとして、その耐熱接着性と耐食性を従来よりも向上させることができるので、リン酸塩等を使用しない化成処理を実現でき、環境面からも省資源の面からも価値がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金と摩擦材とが、Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄とを含む酸化物皮膜を介して接合されてなることを特徴とするディスクブレーキパッド。
【請求項2】
前記鉄が、結晶性の鉄酸化物として前記酸化物皮膜に含まれる、請求項1に記載のディスクブレーキパッド。
【請求項3】
前記酸化物皮膜が有機ポリマーを含む、請求項1又は2に記載のディスクブレーキパッド。
【請求項4】
前記有機ポリマーが水溶性フェノール樹脂である、請求項3に記載のディスクブレーキパッド。
【請求項5】
Zr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種と鉄と酸化剤とを含む酸性水溶液に裏金を接触した後、該裏金を洗浄及び加熱乾燥して該裏金上に酸化物皮膜を形成し、その後、該酸化物皮膜上にプライマー層を形成した後又は直接、摩擦材を接着剤で接合することを特徴とするディスクブレーキパッドの製造方法。
【請求項6】
前記酸性水溶液が有機性ポリマーを含む、請求項5に記載のディスクブレーキパッドの製造方法。
【請求項7】
前記酸性水溶液がZr、Ti及びHfから選ばれる少なくとも1種のアモルファス水酸化物粒子を含む、請求項5又は6に記載のディスクブレーキパッドの製造方法。

【公開番号】特開2010−164169(P2010−164169A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−8541(P2009−8541)
【出願日】平成21年1月19日(2009.1.19)
【出願人】(000229597)日本パーカライジング株式会社 (198)
【Fターム(参考)】