説明

ディスクブレーキロータ

【課題】市中の安価なブレーキパッドを利用でき、軽量なディスクロータを提供することを課題とする。
【解決手段】
市販の安価なブレーキパッドと良好な摩擦面を得るため、実績のある鉄または鉄合金製の摺動面プレートと、軽量化を実現するため、軽合金またはカーボン/カーボンコンポジット等を材料とした本体から構成する。本体と摺動面プレートは、それぞれの凹凸を噛み合わせる構造から空回りを防止する。摺動面プレートが磨耗限界に達した場合、本体のすべてを交換するのでなく、安価な摺動面プレートのみを交換する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
自動車の制動に用いるブレーキに用いる
【背景技術】
【0001】
自動車の制動を行うブレーキは、タイヤと一緒に回るブレーキロータにブレーキパッドを押し付け、その摩擦力によって制動を行う。これをディスクブレーキと言う。ディスクブレーキでは、回転するディスクロータの運動エネルギーを熱エネルギーに変えるため、ディスクロータには耐熱性と放熱性が要求され、ブレーキパッドには高温でも変化しない摩擦力が要求される。
【0002】
一般的なディスクブレーキのロータは、鉄製の一枚の円盤であるが、前輪は後輪に比べて負荷がかかるため、前輪にベンチレーティッドディスクブレーキと呼ぶ、放熱性に優れたディスクロータが使用されることがある(図1)。このベンチレーテッドディスクは、二枚の円盤を張り合わせた構造になっており、その内部には、放熱性を高めるための冷却フィンがあり、空気が流れるようになっている(図2)。
【0003】
ベンチレーティッドディスクブレーキの断面図を図3に示す。ドライバーは右足でブレーキペダルを踏み、その踏力をマスターシリンダーで油圧に変えて、ブレーキパッドを押し出すブレーキキャリパーに伝える。ブレーキキャリパーは、踏力に応じて、ピストンを押し出し、ブレーキパッドをブレーキロータに押し付ける。人間の踏力だけでは、油圧が不足するため、エンジン負圧を利用したブレーキブースターで油圧を助勢し、よく効くブレーキを実現するのが一般的である。
【0004】
ブレーキは利用する走行距離に応じて、ブレーキパッドもブレーキロータも磨耗する。ブレーキロータの磨耗限界は、片側約1mmと言われている。
【0005】
一般的なディスクロータの材質は、耐熱性に優れ、ブレーキパッドと相性の良い鉄が使われることが多い。鉄製のディスクロータは、「真綿で首を絞める」と表現されるように、踏力に比例して制動力を得ることができる。一方、雨や洗車の水分によって、ディスクロータは錆びてしまう。この錆びは、発進直後に数回のブレーキングで削り取ることができるため、問題とはならない。バイクでは、むき出しのディスクロータが錆びると概観上好ましくないため、鉄よりもバッドとの相性で性能が劣るもののステンレスのディスクを使うことが多い。
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
自動車の高性能化にともなって、タイヤが大型化すると、ディスクロータも大きくなり、ブレーキパッドと接する摺動面の面積が増えることから、ブレーキの性能は高くなる。一方、ディスクロータの大型化は重量の増加も招いてしまう。特にベンチレーテッドディスクロータは、通常のディスクロータに比べて構造も複雑で、体積も大きいことから、ロータ直径の拡大による重量増加が問題であった。
【0007】
F1などのモータースポーツや航空機では、軽量性に優れたカーボン/カーボンコンポジットを原料としたブレーキロータを使用し、ロータの大型化と軽量化の両方を実現している。
【0008】
このブレーキを一般車に採用するには、2つの課題がある。一つ目は、非常に高価なことである。ブレーキロータは走行距離に応じて磨耗し、交換が必要となる。高額であっても、消耗品でなければ高級車に限って搭載の可能性はあるが、高額な消耗品では一般車に採用することは難しい。二つ目の課題は、カーボン/カーボンコンポジットを原料としたブレーキロータは、一般の鉄製のディスクロータを対象にした安価なブレーキパッドではなく、特殊な材料を使用した高額な専用パッドを使用することである。ディスクロータと同様に、ブレーキパッドは走行距離に応じて磨耗し、交換が必要となる。数万km毎に、高価な特殊ブレーキパッドを交換するのでは、一般車に採用することは難しい。
【0009】
安価に軽量なディスクロータを実現する方法として、アルミを主成分とする軽合金を使う方法が考えられる。自動車用のホイールには、既に軽合金製が広く普及しており、ディスクロータをホイールと同じ軽合金で作成するというアイディアである。
【0010】
軽合金は、鉄より軽量であり、放熱性も期待できるにもかかわらず、一般化されていない。なぜならば、プレーキパッドと接する摺動面の温度は一時的に500℃程度に達するため、600℃程度の融点を有する軽合金では耐えられないためである。
【0011】
以上、カーボン/カーボンコンポジットまたはアルミまたはアルミ合金を原料としたブレーキロータでは、安価で軽量なディスクロータを実現することはできない。この課題を解決する発明がいくつかある。以下、代表的な先行例を2つ説明する。
【0012】
特許公開2010−101487のディスクブレーキ用ディスクロータ(先行例1)は、摺動面となる鉄製の2つの円形板部材の間に、アルミを鋳込んでベンチレーティッド部を構成する。この先行例1のディスロータは、本体をアルミで構成しているため、軽量であり、放熱性が高い。一方、摺動面は鉄製であり、市販のブレーキパッドを利用することができる。
【0013】
しかしながら、鉄の円形部材と鋳物であるアルミは、通常では合金化しないため、接着強度に問題がある。先行例1では、円形板部材の内側に、溶融アルミめっき処理を行い、そのアルミ層と鋳込むアルミの密着性を特徴としている。先行例1の材料は、安価な鉄とアルミではあるが、溶融めっき処理を行って、アルミを鋳込む特殊な製造方法を必要としており、コスト増をまねく欠点がある。
【0014】
特許公開2004−308777の車両用ディスクブレーキのディスクロータ(先行例2)は、ディスクロータ本体をアルミニウム合金又はマグネシウム合金より構成し、摺動面は高速フレーム溶射法とよぶ高度な技術により、鉄成分を含む皮膜を施す。この先行例2のディスロータは、本体をアルミで構成しているため、軽量であり、放熱性が高い。
【0015】
一方、摺動面は鉄成分を含む皮膜であるものの、厚さは非常に薄い。粉末の成分を調整し、磨耗しない硬度の高い皮膜とすることもできるが、摩擦係数を高くすることとは相反する。高度な製造方法を必要とするばかりでなく、耐磨耗性を高めると一般の安価な鉄製ロータと同様の制動力を得ることができない欠点がある。
【0016】
以上、安価な市中製品のブレーキパッドを利用でき、安価で軽量なディスクロータは未だ実現されていない。
【先行技術文献】
【0017】
【特許文献1】特許公開2010−101487
【0018】
【特許文献2】特許公開2004−308777
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明は、安価な市中製品のブレーキパッドを利用でき、安価で軽量なディスクロータを実現する構成に関する。
【0020】
課題を解決するために、注目すべき事実が3つある。
【0021】
一つ目の事実は、鉄製のブレーキロータの磨耗限界は両側の摺動面のみであり、それぞれ1mm程度ということである。逆に言えば、両側の摺動面に約1mm以上の鉄が存在すれば、よいのであって、本体すべてを同じ材質である鉄で作る必要はない。
【0022】
二つ目の事実は、ディスクロータの温度は、摺動面が最も高く、500℃近くまで上昇することがあるが、ロータ全体が500℃まで上昇するわけではないことである。市販のディスクロータには、ハット部に融点の低い軽合金を用いて軽量化を狙ったツーピースディスクロータが存在する。このブレーキロータの摺動面が一時的に500℃近くまで上昇しても、ブレーキロータのハット部やハット部と接触しているアルミホイールが溶融することはない。
【0023】
三つ目の事実を説明する。摺動面に適する鉄と本体に適する軽合金やカーボン/カーボンコンポジットを用いて、軽量化ディスクロータを構成する場場合、異なる材料を一体化するための合金化や接着が難しい。しかしながら、温度上昇が著しいブレーキ使用時には、本体と摺動面プレートはブレーキバッドで両側から押し付けられることになり、原理的に密着性は得られることである。
【0024】
本発明は、上記3つの事実を考慮し、本体と摺動面プレートで異なる材質によりディスクロータを実現する。
【0025】
本発明の構成を図4に示す。市販の安価なブレーキパッドと良好な摩擦面を得るため、実績のある鉄または鉄合金製の摺動面プレートと、軽量化を実現するため、軽合金を材料として本体から構成する。摺動面プレートは、厚さ数mmの簡単な構造の鉄または鉄合金製プレートであり、コストは非常に安価に実現できる。図5に、本発明によるディスクロータの断面図を示す。設計により、磨耗限界を設定し、それに比べて厚みのある摺動面プレートを組み合わせることになる。
【0026】
本発明では、摺動面プレートが磨耗限界に達した場合、本体のすべてを交換するのでなく、安価な摺動面プレートのみを交換すればよく、ランニングコストを抑えることができる。また、ブレーキディスク本体を車体から外すことなく、ブレーキパッドの交換と動揺に、摺動面プレートを交換することも可能になるため、メンテナンス性の向上も得られる。本発明によれば、市販車向けに非常に軽量で放熱性に優れ、ランニングコストの低いディスクロータを実現することができる。
【0027】
ブレーキの原理上、制動が強ければ強いほど、摺動面プレートの温度は高くなるが、厚さ方向の密着力も高くなるため、摺動面プレートから放熱性の高い本体へ熱を移動させることができる。
【0028】
一方、摺動面プレートと本体が一体となって回転するように、回転方向の空回り防止機構が必要となる。摺動面プレートと本体を合金化または堅牢な接着をする必要はなく、回転方向の構造的な空回り防止機構があればよい。
【0029】
本発明では、本体と摺動面プレートの噛み合わせ構造から実現する。空回り防止機構があれば、厚さ方向の密着は、簡易な方法で十分であるため、軽合金と鉄製の摺動面プレートを特殊な製造方法で一体化する必要はなく、コストを下げることが可能である。
【0030】
高性能車やモータースポーツでは、摺動面プレートの温度上昇が激しく、本体に伝わる熱が高くなる。この場合は、軽合金に変えてカーボン/カーボンコンポジット等を材料として本体を形成すればよい。カーボン/カーボンコンポジットに代わる、軽量で放熱性の優れた素材はすべて、ディスクロータ本体の材質となりうる。これら新素材による本体は非常に高価となるが、磨耗による交換は鉄製の摺動面プレートのみであり、特殊なブレーキパッドを使用することなく、一般的なブレーキパッドを使用することができるため、ランニングコストの低いディスクブレーキを実現できる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、市中の安価なブレーキパッドを利用でき、軽量なディスクロータを実現することができる。また、磨耗によってディスクロータ本体の全てを交換することなく、安価な鉄製の摺動面プレートのみを交換するため、ランニングコストの低いディスクロータを実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、自動車の制動に用いるブレーキ部品に関すものである。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】従来のベンチレーティッドディスクブレーキロータ
【図2】従来のベンチレーティッドディスクブレーキロータ(内部構造)
【図3】従来のベンチレーティッドディスクブレーキロータ(断面)
【図4】本発明によるベンチレーティッドディスクブレーキロータ
【図5】本発明のベンチレーティッドディスクブレーキローター(断面)
【図6】摺動面プレートとブレークローター本体の空回り防止機構1
【図7】摺動面プレートとブレークローター本体の密着機構1
【図8】摺動面プレートとブレークローター本体の空回り防止機構2
【図9】摺動面プレートとブレークローター本体の密着機構2
【実施例1】
【0033】
純正のベンチレーティッドディスクロータの厚みを20mm、磨耗限界を1mmとし、その純正品と互換性のあるベンチレーティッドディスクロータを本発明で構成する場合の実施例を説明する。
【0034】
以下の数字は、車種によって異なるため、一例である。ディスクロータ本体は、鉄に比べて比重が小さく、放熱性の高いアルミ軽合金で構成する。摺動面プレートは鉄または鉄合金とする。
【0035】
鉄または鉄合金の摺動面プレートの厚さを1.5mmとする場合、軽合金のディスクロータ本体の厚みは17mmとすればよい。本体と摺動面プレートに必要な空回り防止機構は、図6のように、本体のハット部周囲円の凹凸と摺動面プレートの内円の凹凸が噛み合わさるようにする。本体と摺動面プレートは、ブレーキ使用時には、厚さ方向にブレーキバッドで両側から押し付けられるため、密着性は問題ない。
【0036】
ブレーキパッドと摺動面プレートの引きずりによる駆動ロスを軽減するためには、摺動面プレートと本体をビスで接続する密着構造とすればよい(図7)。回転方向の空回り防止機構があるため、厚さ方向の接続は簡易な方法で十分である。
【0037】
図6及び図7の断面図では、ベンチレーティッドディスクロータの放熱フィン構造を省略してある。
【実施例2】
【0038】
ブレーキに負荷のかかるスポーツカーの純正のベンチレーティッドディスクロータの厚みを20mm、磨耗限界を1mmとし、その純正品と互換性のあるベンチレーティッドディスクロータを本発明で構成する場合の実施例を説明する。
【0039】
以下の数字は、車種によって異なるため、一例である。ディスクロータ本体は、鉄に比べて比重が小さく、耐熱性の高いカーボン/カーボンコンポジットを利用する。摺動面プレートは鉄または鉄合金とする。
【0040】
鉄または鉄合金の摺動面プレートの厚さを1.5mmとし、カーボン/カーボンコンポジットのディスクロータ本体の厚みは17mmとすればよい。本体と摺動面プレートに必要な空回り防止機構は、図8のように、摺動面プレートの内側に凹凸を設け、本体側の凹凸と噛み合わさるようにする。本体と摺動面プレートは、ブレーキ使用時には、厚さ方向にブレーキバッドで両側から押し付けられるため、密着性は問題ない。
【0041】
ブレーキパッドと摺動面プレートの引きずりによる駆動ロスを軽減するためには、摺動面プレートと本体をクリップで挟みこむ密着構造とすればよい(図9)。回転方向の空回り防止機構があるため、厚さ方向の接続は簡易な方法で十分である。
【0042】
図8及び図9の断面図では、ベンチレーティッドディスクロータの放熱フィン構造を省略してある。
【符号の説明】
【0043】
1 ベンチレーティッドディスクブレーキロータ本体
2 スタッドボルト穴
3 車軸穴
4 冷却フィン
5 ハット部
6 ベントホール
7 冷却風の流れ
8 ブレーキパッド
9 ブレーキキャリパーのピストン
10 圧力
11 片側磨耗限界
12 ローター本体の厚さ
13 摺動面プレート
14 摺動面プレートの厚さ
15 本体のハット部周囲円の凹凸
16 摺動面プレート内円の凹凸
17 ブレーキパッドと接する摺動面幅
18 穴
19 ネジ穴
20 本体の摺動面側にある凹部
21 摺動面プレートの本体側にある凸部
22 クリップ穴
23 クリップ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車の制動を行うディスクブレーキにおいて、ブレーキパッドと接する摺動面に交換可能な円形の摺動面プレートを装着でき、ディスクロータ本体と当該摺動面プレートが常に一体として回転するための空回り防止機構を有していることを特徴とするブレーキロータ。
【請求項2】
請求項1において、本体を軽合金またはカーボン/カーボンコンポジットで構成し、鉄または鉄合金の摺動面プレートを組み合わせることを特徴とするブレーキロータ。
【請求項3】
請求項1または2において、本体のハット部周囲円の凹凸と摺動面プレートの内円の凹凸が噛み合わさる空回り防止機構を有していることを特徴とするブレーキロータ。
【請求項4】
請求項1または2において、摺動面プレート密着する本体側の面に凹または凸があり、それと噛み合わさるように、本体と密着する摺動面プレートに凸または凹がある空回り防止機構を有していることを特徴とするブレーキロータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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