説明

デオキシリボ核酸の多型検査法

【課題】 デオキシリボ核酸(DNA)上の多数の塩基置換を安価で簡便に検査するために,蛍光標識物質をなるべく用いない新しい検査手法を提供する.
【解決手段】 DNAの変異部位を増幅するプライマーの5’末端に,蛍光色素の種類によって異なる特定の塩基配列を含む非相補的オリゴヌクレオチドを結合させ,各蛍光色素によって異なる特定塩基配列を持つ蛍光標識プライマーを混合してポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い,得られた蛍光標識増幅産物の鎖長の違いと蛍光物質の違いを電気泳動で検出する.あるいは,DNA上の一塩基置換(SNP)に対応したアレル特異的プライマーの5’末端に非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させ,PCRによって得られた鎖長の異なるDNA断片,または,事前に用意した鎖長の異なる複数のプローブとハイブリダイズさせて得られたDNA断片に,インターカーレント剤存在下で徐々に熱を加えて融解させた時の温度の違いによって塩基置換を検出する.

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は,デオキシリボ核酸(DNA)の塩基配列の違いを安価で簡便に検出するための検査手法に関するものである.
【背景技術】
【0002】
近年,遺伝子上の一塩基置換多型(SNP)および繰り返し多型(STR)の重要性が増しており,この塩基置換を検出するための様々な検査方法が開発されている.
【0003】
DNA上のSTRを増幅する多数の蛍光標識プライマーを用いてポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い,得られたPCR増幅産物の蛍光と鎖長の違いを電気泳動によって識別するマルチプレックスSTR検査法は既に利用されている.
【0004】
3’末端を一塩基置換部位に設定したアレル特異的プライマーの5’末端に非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させ,PCRによって得られた増幅産物の鎖長の違いを電気泳動で検出する増幅産物鎖長多型法(APLP)は既に利用されている.
【0005】
5’末端を蛍光標識したアレル特異的プライマーを用いて得られたPCR増幅産物を電気泳動で検出するSNP検査法は既に利用されている.
【0006】
蛍光標識物質の種類や鎖長の違いによって識別される蛍光標識アレル特異的プライマーや蛍光標識プローブを反応させた後,未反応のプライマーやプローブを特定することでSNPを識別する検査法は既に利用されている.
【0007】
SNP部位を含むDNA断片をPCR増幅し,得られた増幅産物に徐々に熱を加えて融解させた時の温度(融解曲線分析)の違いによってSNPを識別する検査法は既に利用されている.
【0008】
蛍光標識プローブをSNP部位に反応させ,ハイブリダイズした部位が完全に相補的かミスマッチ部位を含んでいるかを融解曲線分析によって識別することでSNPを検出する検査法は既に利用されている.
【特許文献1】特許第3057553号公報
【非特許文献1】AmpFL STR Identifiler(アプライド・バイオシステムズ社)検査キットマニュアル
【非特許文献2】Human Genetics Vol.99,34−37(1997)
【非特許文献3】Electrophoresis Vol.22,418−420(2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
デオキシリボ核酸(DNA)上の多数の一塩基置換多型(SNP)および繰り返し多型(STR)を検査するには,検査する座位(ローカス)に対応した蛍光標識プライマーや蛍光標識プローブを多数用意しなくてはならず検査コストが非常に高くなるという問題点がある.
【0010】
融解曲線分析を用いたSNP検査では,SNPの種類によっては融解温度に差がでない場合もあり,必ずしも明瞭にSNPを識別できないという問題点がある.
【0011】
さらに,融解曲線分析を用いたSNP検査では,一度に検査できるローカスは通常1ヶ所であり,多数のSNPを検査するには多数の反応系を用意しなくてはならず,多量の鋳型DNAが必要になると共に検査コストが非常に高くなるという問題点がある.
【0012】
したがって,本発明の課題は,蛍光標識試薬をなるべく用いない検査システムを考案し,DNA上の多数の塩基置換部位を一度に安価で簡便に検出できる検査手法を提供することである.
【課題を解決するための手段】
【0013】
この発明は,DNA上の特定部位を増幅するプライマーの5’末端に,蛍光色素の種類によって異なるように予め決められた,数種類の特定塩基配列のうちの何れかを含む非相補的オリゴヌクレオチドを結合させ,蛍光色素の種類によって予め決められた特定の塩基配列を持つ蛍光標識プライマーと混合してPCRを行い,得られた蛍光標識増幅産物の鎖長の違いと蛍光物質の違いを電気泳動で検出することを特徴とする検査方法である.
【0014】
また,DNA上のSNPに対応したアレル特異的プライマーの5’末端に非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させ,PCRによって得られた鎖長の異なるDNA断片,または,非相補的なオリゴヌクレオチドの一部と共通するように,予め用意された鎖長の異なるプローブとハイブリダイズして得られたDNA断片を,インターカーレント剤存在下で徐々に加温して融解させた時の温度(融解曲線分析)の違いによって塩基置換を検査することを特徴とするものである.
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば,使用する蛍光色素の種類によって異なる,予め決められた特定塩基配列を持つ蛍光標識プライマーと,5’末端に特定塩基配列の何れかと共通する塩基配列を含む非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させた非蛍光プライマーを用意することで,数十ヶ所から数百ヶ所の塩基置換部位を同時に分析することができ,使用する蛍光標識プライマーの数を大幅に削減することができるので,非常に安価なマルチプレックス多型検査法を提供できる.
【0016】
また,鎖長の異なるDNA断片,あるいは鎖長の異なるプローブとハイブリダイズさせたDNA断片を,インターカーレント剤存在下で融解曲線分析することで,蛍光物質を用いずに安価に塩基置換を検査することができ,アレル特異的プライマーの5’末端に付加する非相補的なオリゴヌクレオチドの数と塩基配列によって,PCR増幅されるDNA断片の鎖長や,プローブとハイブリダイズする相補部位の鎖長を自由に設計することができるため,複数のDNA断片を同時に確実に識別できるように各DNA断片の融解温度を自由に調節することができる.
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下,本発明を実施するための最良の形態について説明する.
【0018】
まず,4種類〜6種類の蛍光色素を用意し,それぞれ別の蛍光色素で5’末端を標識した蛍光標識プライマー(A〜F)を作製する.各蛍光標識プライマーの塩基配列は任意に決めてよいが,それぞれの塩基配列は特徴的で互いに大きく異なり,ミスマッチしないようにし,且つアニーリング温度がほぼ同じになるように設計する.
【0019】
次に,DNA上の多数のSTR部位を選択し,それぞれの部位をPCR増幅するためのプライマーセットを作製する.この時,フォワードプライマーかリバースプライマーの何れか一方の5’末端に,使用する蛍光色素に対応する蛍光標識プライマー(A〜Fのうちの何れか)と同じ塩基配列を持つ非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させる.ただし,同じ蛍光色素で標識されたPCR増幅産物の鎖長が重ならないように各STR部位を振り分けるか,PCR増幅産物の鎖長が同じにならないように非相補的なオリゴヌクレオチドを追加してプライマーの鎖長を調節する.
【0020】
また,DNA上の多数のSNP部位を検出するために,それぞれの部位を特異的にPCR増幅するアレル特異的プライマーを作製する.この時,対立する2つのアレルに対応するアレル特異的プライマーの5’末端に,別々の蛍光標識プライマー(A〜Fのうちの何れか)と同じ塩基配列を持つ非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させる.同じ蛍光色素を使用したい場合には,標識されたPCR増幅産物の鎖長が重ならないように,一方のアレル特異的プライマーの5’側に非相補的オリゴヌクレオチドを追加することでプライマーの鎖長を調節する.
【0021】
これらの非蛍光プライマーと,予め用意された蛍光標識プライマーを混合し,PCRを行った後,増幅産物を電気泳動で分離し,蛍光標識されたPCR増幅産物を検出することで,DNA上の多数の多型部位を同時に検出する.
【0022】
あるいは,DNA上の複数のSNPに対応したアレル特異的プライマーの5’末端に非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させ,インターカーレント剤存在下でPCR増幅する.蛍光発光する鎖長の異なる2本鎖DNA断片が多数増幅される.これを融解曲線分析すると,塩基配列と鎖長によって決定される固有の融解温度において蛍光の消失が観察される.
【0023】
または,鎖長の異なる複数のプローブを予め用意する.プローブの塩基配列は任意に決めてよいが,それぞれの塩基配列は特徴的で互いに大きく異なり,各プローブのハイブリダイズ温度が十分(最低でも5℃以上)離れるようにプローブの長さや塩基配列(特にGC含有量)を調整する.
【0024】
DNA上の多数のSNP部位を検出するために,それぞれの部位を特異的にPCR増幅するアレル特異的プライマーを作製する,この時,対立する2つのアレルに対応するアレル特異的プライマーの5’末端に,それぞれ別のプローブと同じ塩基配列を持つ非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させる.これらのアレル特異的プライマーに共通プライマーを加えてPCR増幅すると,各アレルごとに,異なるプローブ配列を5’末端に持つDNA断片が増幅される.
【0025】
こうして得られたPCR増幅産物の一部に,予め用意した複数のプローブを大量に加え,インターカーレント剤存在下95℃以上で熱変性したあと徐々に温度を下げていくと,プローブの塩基配列と鎖長の違いによって決定される固有の温度で,PCR増幅産物と対応するプローブとのハイブリダイズが起こる.これを融解曲線分析すると固有の融解温度において蛍光の消失が観察される.
【実施例】
【0026】
以下に,いくつかの実施例について説明する.
【実施例1】
【0027】
4種類の蛍光色素(6−FAM,VIC,NET,ROX)で標識した,互いに配列の異なる蛍光標識プライマー(アニーリング温度は,いずれも56℃になるように調整した)を用意した.
【0028】
次に,ヒトのABO式血液型遺伝子座のエクソン6と7にある点変異部位,グライコフォリンA遺伝子座にある点変異部位,アメロゲニン遺伝子座にある点変異部位を含む合計24ヶ所の変異部位を増幅するために,それぞれに対応した2つのアレル特異的プライマーとリバースプライマーを設計し,合計72種類の非蛍光プライマーを合成した.
【0029】
この時,PCR増幅産物の鎖長が重ならないように各変異部位を4つのグループに分け,それぞれのグループごとに4種類の蛍光色素のうちの一つを割り振り,4種類の蛍光標識プライマーの何れか一つと共通する塩基配列を含む非相補的なオリゴヌクレオチドをアレル特異的プライマーの5’末端に結合させた.
【0030】
4種類の蛍光標識プライマーと72種類の非蛍光プライマーを混合したものに,鋳型DNAを加えてPCRを行い,キャピラリー電気泳動装置で分析したところ,4種類の蛍光色素で標識されたPCR増幅産物が鎖長の違いによって分離され,24ヶ所の変異部位を一度に判定することができた.
【実施例2】
【0031】
ヒトの第8染色体上にあるA/Tトランスバージョン変異(Ny95座位)に対応した2つのアレル特異的プライマーとリバースプライマーを合成した.この時,アデニン(A)に対応したアレル特異的プライマーの5’末端に非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させることで,PCR増幅産物の鎖長が42塩基対(Tアレル)と100塩基対(Aアレル)になるように調整した.このプライマーセットにインターカーレント剤を加えてPCR増幅すると,蛍光発光する鎖長の異なる2本鎖DNA断片(42塩基対と100塩基対)が増幅された.これを融解曲線分析すると,鎖長の違いによって融解温度77.6℃(42塩基対)と84.9℃(100塩基対)で蛍光の消失が観察され,その温度の違いからNy95座位の型を容易に判定することができた.

【特許請求の範囲】
【請求項1】
あらかじめ,蛍光色素の種類によって異なる,任意の塩基配列を持つ蛍光標識プライマーを用意し,デオキシリボ核酸(DNA)の特定部位を増幅する非蛍光プライマーの5’末端に,使用したい蛍光色素に相当する特定の塩基配列を含む非相補的オリゴヌクレオチドを結合させる.これらの非蛍光プライマーと蛍光標識プライマーを混合してポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い,得られた蛍光標識増幅産物の鎖長の違いと蛍光物質の違いを電気泳動で検出することで塩基配列の違いを検査する方法.
【請求項2】
デオキシリボ核酸(DNA)の一塩基置換(SNP)に対応したアレル特異的プライマーの5’末端に鎖長の異なる非相補的なオリゴヌクレオチドを結合させ,ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)によって得られた鎖長の異なるDNA断片,または,アレル特異的プライマーの5’側に付けた非相補的オリゴヌクレオチドの一部と共通する塩基配列を持つ鎖長の異なるプローブをあらかじめ用意し,対応するPCR増幅産物とハイブリダイズさせて得られたDNA断片に,徐々に熱を加えて融解させた時の温度(融解曲線分析)の違いによって塩基置換を検査する方法.

【公開番号】特開2009−45048(P2009−45048A)
【公開日】平成21年3月5日(2009.3.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−234719(P2007−234719)
【出願日】平成19年8月14日(2007.8.14)
【出願人】(596077776)
【Fターム(参考)】