トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤、点眼薬および増殖抑制方法
【課題】 正常細胞に影響を及ぼすことなく病的な新生血管の原因となる血管内皮細胞の増殖を抑制可能かつ安価に提供可能な、血管内皮細胞増殖抑制剤を提供すること。
【解決手段】 トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤とする。特にトレハロース濃度を2.5〜10.0重量%以上とすることができる。トレハロースを有効成分とする血管内皮細胞増殖抑制効果は、トレハロース濃度に依存する。血管内皮細胞増殖抑制剤は、新生血管退縮促進、結膜や角膜における新生血管退縮促進、脈絡膜新生血管退縮促進、硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制などに用いることができる。
【解決手段】 トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤とする。特にトレハロース濃度を2.5〜10.0重量%以上とすることができる。トレハロースを有効成分とする血管内皮細胞増殖抑制効果は、トレハロース濃度に依存する。血管内皮細胞増殖抑制剤は、新生血管退縮促進、結膜や角膜における新生血管退縮促進、脈絡膜新生血管退縮促進、硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制などに用いることができる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法に係り、特に、正常細胞に影響を及ぼすことなく、新規に増殖する血管内皮細胞に対して特異的に増殖抑制作用を発揮でき、しかも安価に提供可能な、血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トレハロースは、生体に無害な二単糖として、広く医薬品や化粧品、さらには食品にも使用されている。トレハロースには、極度に乾燥した状態でも、細胞や他の化学物質を安定した状態に保存するという特性がある。眼科領域においても、ドライアイに対する角膜上皮保護効果や、冷凍羊膜の保存効果が既に知られており、後掲特許文献開示のものなど、トレハロース点眼薬としての技術的提案もなされている。
【0003】
このうち特許文献1は、シェーグレン症候群における眼の臨床症状の治療・予防剤として、トレハロースを有効成分として含有する眼科用医薬組成物を技術開示するものである。また特許文献2は、角膜保護作用を有する安全な眼科用医薬組成物として、トレハロースを用いる医薬組成物を開示するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−161038号公報「眼科用医薬組成物」
【特許文献2】特開平9−235233号公報「トレハロースを含有する眼科用医薬組成物」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし眼科領域では、上述の事例以外の目的でトレハロースが単独に治療薬として使用されることはなく、また、細胞保護以外の効果の存在も知られていない。一方、病的な新生血管の原因となる血管内皮細胞の増殖を抑制するためには、従来、血管内皮細胞増殖因子に対するモノクローナル抗体の使用が臨床応用されている。しかしこれは、高額である点が問題となっている。
【0006】
そこで本発明が解決しようとする課題は、かかる従来技術の状況を踏まえ、正常細胞に影響を及ぼすことなく病的な新生血管の原因となる血管内皮細胞の増殖を抑制することの可能な、しかも安価に提供可能な、血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
さて本願発明者らは、培養条件下でヒト血管内皮細胞を発育・増殖させ、培養液に各濃度のトレハロースを添加して培養細胞の活性度を評価したところ、トレハロースの濃度に依存して血管内皮細胞の増殖が抑制されるという事実を発見した。これにより、結膜や角膜などの眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療や、網膜および脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として、トレハロースを利用可能であることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下のとおりである。
【0008】
〔1〕 トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔2〕 トレハロース濃度が2.5重量%以上であることを特徴とする、〔1〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔3〕 新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔4〕 結膜や角膜における新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔5〕 脈絡膜新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【0009】
〔6〕 硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔7〕 結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療に用いるための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔8〕 網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として用いるための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔9〕 眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
〔10〕 人間以外の動物の眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法は上述のように構成されるため、これによれば、新規に発見されたトレハロースの血管内皮細胞増殖抑制機能を利用して、既存の正常細胞に対する増殖抑制等の影響を何ら引き起こすことなく、新規に増殖する血管内皮細胞に対して特異的に増殖抑制作用を発揮して、病的な血管新生に起因する各種疾患に対する治療を、効果的に行うことが可能となる。また、トレハロースは大量生産技術が確立しているため、本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤を用いることによって、血管内皮細胞の増殖抑制効果を従来よりも安価に提供することができる。
【0011】
本発明によれば、たとえば、結膜や角膜の新生血管に対してトレハロースを点眼薬として使用すること、病的新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体切除手術前にトレハロースを硝子体内に注射し、これによって病的新生血管を退縮させ、手術時の出血を抑制して手術成功率を高めること、さらに加齢黄斑変性における脈絡膜新生血管に対し、硝子体注射により退縮促進させること等が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例で、無処置の血管内皮細胞(黒く染色された細胞)と線維芽細胞(染色されない細胞)を示す顕微鏡写真。
【図2】VEGF添加により血管内皮細胞の増殖を刺激した増殖刺激群を示す顕微鏡写真。
【図3】VEGFとともにsuraminを添加して血管内皮細胞の増殖を抑制した状態(陰性対照)を示す顕微鏡写真。
【図4】VEGFとともに2.5%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図5】VEGFとともに5.0%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図6】VEGFとともに7.5%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図7】VEGFとともに10.0%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図8】CD31にて染色された領域のうち、管腔面積を比較したグラフ。
【図9】CD31にて染色された領域のうち、管腔ネットワーク総延長を比較したグラフ。
【図10】CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点の数を比較したグラフ。
【図11】CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点から分かれる分枝の数を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明について、さらに詳細に説明する。
本発明のトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤は、トレハロース濃度に限定されないが、実施例に後述するように、特にトレハロース濃度を2.5重量%(以下、単に「2.5%」等とする。)以上としてもよい。トレハロースを有効成分とする血管内皮細胞増殖抑制効果は、トレハロース濃度に依存すると認められるからである。なお実施例に述べるように、特に7.5%を中心とした5.0%以上10.0%以下の濃度範囲とすればさらに良好な結果が得られる。
【0014】
本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤の用途としては、たとえば、新生血管退縮促進、結膜や角膜における新生血管退縮促進、脈絡膜新生血管退縮促進、硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制、結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療、網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射用途などがある。
【0015】
眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給することにより、本発明の血管内皮細胞増殖抑制作用を被検体において実現させる。
【0016】
なお本発明は、主として人間の眼科手術や治療における利用を想定したものであるが、人間以外の動物、たとえば犬・猫といった愛玩動物の眼科手術・治療においても同様に、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給し、これにより本発明の血管内皮細胞増殖抑制作用を被検体において実現させることが可能である。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明がかかる実施例に限定されるものではない。なお実施例は、本願発明者による実験の概要を記すものである。
<1 実験目的>
トレハロース(Trehalose)による血管新生の抑制の有無につき、細胞培養(in vitro)における評価を行う。
【0018】
<2 実験方法>
トレハロースの血管内皮細胞増殖への抑制効果を検証するために、ヒト正常臍帯静脈内皮細胞(Umbilical Vein Endothelial Cells(HUVEC)、KURABO社製、品番KZ−1000)と正常皮膚ヒト線維芽細胞(Normal Human Dermal Fibroblast(NHDF)、KURABO社製、品番KZ−1000)とを共培養して、培養液中に各濃度のトレハロース(ナカライテスク社製、品番34413−92)を添加した。なお、内皮細胞の増殖を促進するために血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor(VEGF)、KURABO社製、品番KZ1000)を添加した群と、陰性対照として血管新生の抑制因子suramin(KURABO社製、品番KZ−1300)を添加した群と設けた。
【0019】
前者すなわち増殖刺激群では、VEGFとしてVEGF−A(KURABO社製、品番KZ1000)を10ng/ml濃度で用いた。これは、血管生成が最も強くなる濃度である。本実験ではすべて、この濃度を用いた。また、後者すなわち増殖抑制対照群では、Suramin50μMを用いた。トレハロース添加の群を、これら二つの群と比較した。
【0020】
培養11日目に血管内皮細胞を染色するためCD31(KURABO社製、品番KZ−1225)による免疫染色を行い、内皮細胞を定性的に観察(黒色に染色されるのが、内皮細胞)した。加えて、血管面積や分岐数などを計測して、定量的に判定した。なお、観察は実体顕微鏡にて行い、100倍と200倍の画像を写真撮影した。
【0021】
<2 実験結果と考察>
図1〜7に、実験結果の顕微鏡写真を示す。各図とも複数の観察写真を挙げるが、いずれも上2段が倍率100倍での観察、下2段が200倍での観察結果である。なお、表1に各図実験結果に係る培養条件を示す。
【0022】
【表1】
【0023】
まず図1は、培養液中にVEGFやsuraminを添加せずに培養された無処置の血管内皮細胞(黒く染色された細胞)と、線維芽細胞(染色されない細胞)を示す写真である。また図2は、培養液中にVEGF添加して血管内皮細胞の増殖を刺激した増殖刺激群、図3は、VEGFとともにsuraminを添加して血管内皮細胞の増殖を抑制した増殖抑制対照群(陰性対照)を、それぞれ示す写真である。
【0024】
図4以降の各図は、培養液中にVEGFとともに2.5%以上のトレハロースを添加した状態を示す写真である。各図に示した状態は、順に、トレハロース濃度2.5%、5.0%、7.5%、10.0%である。これらに示されるように、トレハロースを添加した群ではいずれも、図2に示した増殖刺激群と比較して血管内皮細胞の増殖が抑制された。そして、トレハロース濃度が高くなるにしたがい、増殖抑制作用は強くなる傾向がうかがえた。
【0025】
7.5%トレハロース添加群では、それより低濃度の添加群と比べ、増殖刺激群と比較した血管内皮細胞の増殖抑制効果が一層高かった。また、図3に示したSuraminを用いた増殖抑制対照群と同等以上の増殖抑制効果の可能性がうかがえた。さらに10.0%トレハロース添加群では、増殖刺激群と比較して血管内皮細胞の増殖が顕著に抑制されたのみならず、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い増殖抑制効果の可能性がうかがえた。また、線維芽細胞もその大半が死滅していることが観察された。
【0026】
図8〜11に、定量解析結果のグラフを示す。各図中の表示については、下記のとおりである。
V(+):VEGF添加、V(−):VEGF非添加、
S(+):Suramin添加、S(−):Suramin非添加、
2.5%T:2.5%トレハロース添加、
5.0%T:5.0%トレハロース添加、
7.5%T:7.5%トレハロース添加。
したがって各図の棒グラフは、左から順に、図1〜6に顕微鏡写真で示した各群と符合する。
【0027】
まず図8は、CD31にて染色された領域のうち、管腔面積(area)を比較したグラフである。図中、管腔面積はピクセルにて表示している。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず管腔面積が抑制された。特に7.5%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い管腔面積抑制効果が示された。
【0028】
図9は、CD31にて染色された領域のうち、管腔ネットワーク総延長(length)を比較したグラフである。図中、管腔ネットワーク総延長はピクセルにて表示している。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず管腔ネットワークが抑制された。特に5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群と同等の、また7.5%添加群ではそれよりも顕著に高い管腔ネットワーク形成抑制効果が示された。
【0029】
図10は、CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点(joint)の数を比較したグラフである。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず血管分岐点の発生が抑制された。特に、5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い血管分岐点発生抑制効果、また7.5%添加群では顕著に高い同効果が示された。
【0030】
図11は、CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点から分かれる分枝(path)の数を比較したグラフである。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず分枝の発生が抑制された。特に5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群と同等の、また7.5%添加群ではそれよりも顕著に高い分枝発生抑制効果が示された。
【0031】
本実験の結果、細胞培養(in vitro)における評価により、トレハロースが血管新生を抑制する作用を有すること、またそれは濃度に依存すること、そして、濃度によってはSuraminを用いた増殖抑制対照群を超える増殖抑制効果を得られることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、従来まったく知られていなかったトレハロースの新しい機能として、血管内皮細胞の増殖抑制作用を発見したことに基づくものである。本発明により、病的な血管新生に起因する諸疾患に対する新たな治療薬・治療法を提供できることとなった。たとえば、点眼薬としての継続投与使用、増殖糖尿病網膜症に対する硝子体切除手術用の安全かつ効果的な補助剤としての利用、あるいは、脈絡膜新生血管に対して従来行われている抗血管内皮細胞増殖因子抗体や光線力学的治療の補助治療用途などに、本発明は臨床応用可能である。またトレハロースは安価であることも相まって、本発明は関連産業上の利用性が高い発明である。
【技術分野】
【0001】
本発明は血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法に係り、特に、正常細胞に影響を及ぼすことなく、新規に増殖する血管内皮細胞に対して特異的に増殖抑制作用を発揮でき、しかも安価に提供可能な、血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
トレハロースは、生体に無害な二単糖として、広く医薬品や化粧品、さらには食品にも使用されている。トレハロースには、極度に乾燥した状態でも、細胞や他の化学物質を安定した状態に保存するという特性がある。眼科領域においても、ドライアイに対する角膜上皮保護効果や、冷凍羊膜の保存効果が既に知られており、後掲特許文献開示のものなど、トレハロース点眼薬としての技術的提案もなされている。
【0003】
このうち特許文献1は、シェーグレン症候群における眼の臨床症状の治療・予防剤として、トレハロースを有効成分として含有する眼科用医薬組成物を技術開示するものである。また特許文献2は、角膜保護作用を有する安全な眼科用医薬組成物として、トレハロースを用いる医薬組成物を開示するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−161038号公報「眼科用医薬組成物」
【特許文献2】特開平9−235233号公報「トレハロースを含有する眼科用医薬組成物」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし眼科領域では、上述の事例以外の目的でトレハロースが単独に治療薬として使用されることはなく、また、細胞保護以外の効果の存在も知られていない。一方、病的な新生血管の原因となる血管内皮細胞の増殖を抑制するためには、従来、血管内皮細胞増殖因子に対するモノクローナル抗体の使用が臨床応用されている。しかしこれは、高額である点が問題となっている。
【0006】
そこで本発明が解決しようとする課題は、かかる従来技術の状況を踏まえ、正常細胞に影響を及ぼすことなく病的な新生血管の原因となる血管内皮細胞の増殖を抑制することの可能な、しかも安価に提供可能な、血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
さて本願発明者らは、培養条件下でヒト血管内皮細胞を発育・増殖させ、培養液に各濃度のトレハロースを添加して培養細胞の活性度を評価したところ、トレハロースの濃度に依存して血管内皮細胞の増殖が抑制されるという事実を発見した。これにより、結膜や角膜などの眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療や、網膜および脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として、トレハロースを利用可能であることを見出し、本発明の完成に至った。すなわち、上記課題を解決するための手段として本願で特許請求される発明、もしくは少なくとも開示される発明は、以下のとおりである。
【0008】
〔1〕 トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔2〕 トレハロース濃度が2.5重量%以上であることを特徴とする、〔1〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔3〕 新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔4〕 結膜や角膜における新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔5〕 脈絡膜新生血管退縮促進のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【0009】
〔6〕 硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制のための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔7〕 結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療に用いるための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔8〕 網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として用いるための、〔1〕または〔2〕に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
〔9〕 眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
〔10〕 人間以外の動物の眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤および増殖抑制方法は上述のように構成されるため、これによれば、新規に発見されたトレハロースの血管内皮細胞増殖抑制機能を利用して、既存の正常細胞に対する増殖抑制等の影響を何ら引き起こすことなく、新規に増殖する血管内皮細胞に対して特異的に増殖抑制作用を発揮して、病的な血管新生に起因する各種疾患に対する治療を、効果的に行うことが可能となる。また、トレハロースは大量生産技術が確立しているため、本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤を用いることによって、血管内皮細胞の増殖抑制効果を従来よりも安価に提供することができる。
【0011】
本発明によれば、たとえば、結膜や角膜の新生血管に対してトレハロースを点眼薬として使用すること、病的新生血管を伴う増殖糖尿病網膜症に対する硝子体切除手術前にトレハロースを硝子体内に注射し、これによって病的新生血管を退縮させ、手術時の出血を抑制して手術成功率を高めること、さらに加齢黄斑変性における脈絡膜新生血管に対し、硝子体注射により退縮促進させること等が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例で、無処置の血管内皮細胞(黒く染色された細胞)と線維芽細胞(染色されない細胞)を示す顕微鏡写真。
【図2】VEGF添加により血管内皮細胞の増殖を刺激した増殖刺激群を示す顕微鏡写真。
【図3】VEGFとともにsuraminを添加して血管内皮細胞の増殖を抑制した状態(陰性対照)を示す顕微鏡写真。
【図4】VEGFとともに2.5%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図5】VEGFとともに5.0%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図6】VEGFとともに7.5%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図7】VEGFとともに10.0%トレハロースを添加した状態を示す顕微鏡写真。
【図8】CD31にて染色された領域のうち、管腔面積を比較したグラフ。
【図9】CD31にて染色された領域のうち、管腔ネットワーク総延長を比較したグラフ。
【図10】CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点の数を比較したグラフ。
【図11】CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点から分かれる分枝の数を比較したグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明について、さらに詳細に説明する。
本発明のトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤は、トレハロース濃度に限定されないが、実施例に後述するように、特にトレハロース濃度を2.5重量%(以下、単に「2.5%」等とする。)以上としてもよい。トレハロースを有効成分とする血管内皮細胞増殖抑制効果は、トレハロース濃度に依存すると認められるからである。なお実施例に述べるように、特に7.5%を中心とした5.0%以上10.0%以下の濃度範囲とすればさらに良好な結果が得られる。
【0014】
本発明の血管内皮細胞増殖抑制剤の用途としては、たとえば、新生血管退縮促進、結膜や角膜における新生血管退縮促進、脈絡膜新生血管退縮促進、硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制、結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療、網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射用途などがある。
【0015】
眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給することにより、本発明の血管内皮細胞増殖抑制作用を被検体において実現させる。
【0016】
なお本発明は、主として人間の眼科手術や治療における利用を想定したものであるが、人間以外の動物、たとえば犬・猫といった愛玩動物の眼科手術・治療においても同様に、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給し、これにより本発明の血管内皮細胞増殖抑制作用を被検体において実現させることが可能である。
【実施例】
【0017】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明がかかる実施例に限定されるものではない。なお実施例は、本願発明者による実験の概要を記すものである。
<1 実験目的>
トレハロース(Trehalose)による血管新生の抑制の有無につき、細胞培養(in vitro)における評価を行う。
【0018】
<2 実験方法>
トレハロースの血管内皮細胞増殖への抑制効果を検証するために、ヒト正常臍帯静脈内皮細胞(Umbilical Vein Endothelial Cells(HUVEC)、KURABO社製、品番KZ−1000)と正常皮膚ヒト線維芽細胞(Normal Human Dermal Fibroblast(NHDF)、KURABO社製、品番KZ−1000)とを共培養して、培養液中に各濃度のトレハロース(ナカライテスク社製、品番34413−92)を添加した。なお、内皮細胞の増殖を促進するために血管内皮増殖因子(vascular endothelial growth factor(VEGF)、KURABO社製、品番KZ1000)を添加した群と、陰性対照として血管新生の抑制因子suramin(KURABO社製、品番KZ−1300)を添加した群と設けた。
【0019】
前者すなわち増殖刺激群では、VEGFとしてVEGF−A(KURABO社製、品番KZ1000)を10ng/ml濃度で用いた。これは、血管生成が最も強くなる濃度である。本実験ではすべて、この濃度を用いた。また、後者すなわち増殖抑制対照群では、Suramin50μMを用いた。トレハロース添加の群を、これら二つの群と比較した。
【0020】
培養11日目に血管内皮細胞を染色するためCD31(KURABO社製、品番KZ−1225)による免疫染色を行い、内皮細胞を定性的に観察(黒色に染色されるのが、内皮細胞)した。加えて、血管面積や分岐数などを計測して、定量的に判定した。なお、観察は実体顕微鏡にて行い、100倍と200倍の画像を写真撮影した。
【0021】
<2 実験結果と考察>
図1〜7に、実験結果の顕微鏡写真を示す。各図とも複数の観察写真を挙げるが、いずれも上2段が倍率100倍での観察、下2段が200倍での観察結果である。なお、表1に各図実験結果に係る培養条件を示す。
【0022】
【表1】
【0023】
まず図1は、培養液中にVEGFやsuraminを添加せずに培養された無処置の血管内皮細胞(黒く染色された細胞)と、線維芽細胞(染色されない細胞)を示す写真である。また図2は、培養液中にVEGF添加して血管内皮細胞の増殖を刺激した増殖刺激群、図3は、VEGFとともにsuraminを添加して血管内皮細胞の増殖を抑制した増殖抑制対照群(陰性対照)を、それぞれ示す写真である。
【0024】
図4以降の各図は、培養液中にVEGFとともに2.5%以上のトレハロースを添加した状態を示す写真である。各図に示した状態は、順に、トレハロース濃度2.5%、5.0%、7.5%、10.0%である。これらに示されるように、トレハロースを添加した群ではいずれも、図2に示した増殖刺激群と比較して血管内皮細胞の増殖が抑制された。そして、トレハロース濃度が高くなるにしたがい、増殖抑制作用は強くなる傾向がうかがえた。
【0025】
7.5%トレハロース添加群では、それより低濃度の添加群と比べ、増殖刺激群と比較した血管内皮細胞の増殖抑制効果が一層高かった。また、図3に示したSuraminを用いた増殖抑制対照群と同等以上の増殖抑制効果の可能性がうかがえた。さらに10.0%トレハロース添加群では、増殖刺激群と比較して血管内皮細胞の増殖が顕著に抑制されたのみならず、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い増殖抑制効果の可能性がうかがえた。また、線維芽細胞もその大半が死滅していることが観察された。
【0026】
図8〜11に、定量解析結果のグラフを示す。各図中の表示については、下記のとおりである。
V(+):VEGF添加、V(−):VEGF非添加、
S(+):Suramin添加、S(−):Suramin非添加、
2.5%T:2.5%トレハロース添加、
5.0%T:5.0%トレハロース添加、
7.5%T:7.5%トレハロース添加。
したがって各図の棒グラフは、左から順に、図1〜6に顕微鏡写真で示した各群と符合する。
【0027】
まず図8は、CD31にて染色された領域のうち、管腔面積(area)を比較したグラフである。図中、管腔面積はピクセルにて表示している。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず管腔面積が抑制された。特に7.5%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い管腔面積抑制効果が示された。
【0028】
図9は、CD31にて染色された領域のうち、管腔ネットワーク総延長(length)を比較したグラフである。図中、管腔ネットワーク総延長はピクセルにて表示している。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず管腔ネットワークが抑制された。特に5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群と同等の、また7.5%添加群ではそれよりも顕著に高い管腔ネットワーク形成抑制効果が示された。
【0029】
図10は、CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点(joint)の数を比較したグラフである。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず血管分岐点の発生が抑制された。特に、5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群よりも高い血管分岐点発生抑制効果、また7.5%添加群では顕著に高い同効果が示された。
【0030】
図11は、CD31にて染色された領域のうち、血管分岐点から分かれる分枝(path)の数を比較したグラフである。図示するようにトレハロース添加により、濃度に関わらず分枝の発生が抑制された。特に5.0%添加群では、Suraminを用いた増殖抑制対照群と同等の、また7.5%添加群ではそれよりも顕著に高い分枝発生抑制効果が示された。
【0031】
本実験の結果、細胞培養(in vitro)における評価により、トレハロースが血管新生を抑制する作用を有すること、またそれは濃度に依存すること、そして、濃度によってはSuraminを用いた増殖抑制対照群を超える増殖抑制効果を得られることが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、従来まったく知られていなかったトレハロースの新しい機能として、血管内皮細胞の増殖抑制作用を発見したことに基づくものである。本発明により、病的な血管新生に起因する諸疾患に対する新たな治療薬・治療法を提供できることとなった。たとえば、点眼薬としての継続投与使用、増殖糖尿病網膜症に対する硝子体切除手術用の安全かつ効果的な補助剤としての利用、あるいは、脈絡膜新生血管に対して従来行われている抗血管内皮細胞増殖因子抗体や光線力学的治療の補助治療用途などに、本発明は臨床応用可能である。またトレハロースは安価であることも相まって、本発明は関連産業上の利用性が高い発明である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
トレハロース濃度が2.5重量%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項3】
新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
結膜や角膜における新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項5】
脈絡膜新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項6】
硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項7】
結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療に用いるための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項8】
網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として用いるための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項9】
眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【請求項10】
人間以外の動物の眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【請求項1】
トレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項2】
トレハロース濃度が2.5重量%以上であることを特徴とする、請求項1に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項3】
新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項4】
結膜や角膜における新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項5】
脈絡膜新生血管退縮促進のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項6】
硝子体切除手術時またはその他の場合における出血抑制のための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項7】
結膜や角膜その他の眼球表面に発生する病的新生血管に対する点眼治療に用いるための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項8】
網膜または脈絡膜に発生する病的新生血管に対する局所注射薬として用いるための、請求項1または2に記載の血管内皮細胞増殖抑制剤。
【請求項9】
眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【請求項10】
人間以外の動物の眼科手術または治療において、被検体と連続する空間に対してトレハロースを用いた血管内皮細胞増殖抑制剤を供給する、血管内皮細胞増殖抑制剤方法。
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【公開番号】特開2011−201814(P2011−201814A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−71135(P2010−71135)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月15日 財団法人 日本眼科学会発行の「日本眼科学会雑誌第114回臨時増刊号 第114回日本眼科学会総会講演抄録」に発表
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年3月15日 財団法人 日本眼科学会発行の「日本眼科学会雑誌第114回臨時増刊号 第114回日本眼科学会総会講演抄録」に発表
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】
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