説明

ドラッグ・デリバリー・システム

【課題】 本発明は、生体に有用なペプチドやタンパク質や生理活性物質を継続的に産生し続け、かつ体内に長期間定着する必要がある長期間維持可能な新規DDSを提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明者らは、このような状況に鑑み鋭意研究の結果、本来宿主に共生あるいは寄生する能力を持つ生物種に、宿主に対して有用な外来遺伝子を導入した遺伝子組み換え体を作製し、これを宿主に共生あるいは寄生させることによって、宿主細胞内において遺伝子産物を長期間発現させることができることに想到し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、外来遺伝子を含む遺伝子組み換え寄生性生物であって、前記外来遺伝子は、該遺伝子の遺伝子産物を宿主生物において発現可能に組み込まれている共生または寄生性生物を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ドラッグ・デリバリー・システムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な有用な医薬品が開発されている。しかし、こうした医薬品を製造しても、体内へ、いかに高効率にこうした医薬品が運搬され、長時間薬物濃度を維持できるかが、効果に大きく影響する。そのため、こうした医薬品を目的の生体内まで届けるための様々なドラッグ・デリバリー・システム(DDS)が開発されている。特開平5-255119では、生体内あるいは生体の管腔内において薬物濃度を長時間維持しうるドラッグキャリアーとして、温度感受性のゲル化高分子化合物が用いられている。
【0003】
一方、近年では、遺伝子操作技術の確立により、過去には得られなかった稀少なヒトタンパク質を組換え微生物や組換え動物細胞で生産した医薬品(バイオ医薬品)が開発され、その優れた有効性が医療の場で認められている。こうした、バイオ医薬品は、生理活性物質や、特定の抗原に結合させるための抗体などがあり、従来の医薬品と同様に、目的の生体内まで届けるためのドラッグ・デリバリー・システム(DDS)が必要となる。
【0004】
しかし、こうしたDDSは、一度の投薬で維持できる時間は、せいぜい数十時間程度だけであるため、数週間から数ヶ月、場合によっては数年程度維持できるDDSが望まれる。
【0005】
一方、乳酸菌類など人体に有用な生理活性物質を産生する細菌類を腸内に定着させることが、健康志向の広がりにより、一般的に試みられている。細菌による腸内環境の変更は、特に腸内の菌そうが定着した成人の場合、容易ではなく、乳酸菌を含むヨーグルトを経口摂取する場合、毎日500g程度摂取しつづける必要がある。したがって、一回の経口摂取で長期間体内に定着し、かつ人体に有用な生理活性物質を供給し続けるシステムが望まれる。
【0006】
長期間維持可能なDDSを可能にするには、生体に有用なペプチドやタンパク質や生理活性物質を継続的に産生し続け、かつ体内に長期間定着する必要がある。
【0007】
また、長期間定着しても、体への悪影響が少なく、いつでも体内から排出できるものが望ましい。
【0008】
一方、現代人にとって、花粉アレルギー、アトピー性皮膚炎、喘息、シックハウス症候群などの過剰アレルギー反応は重要な問題となっている。こうした、アレルギーが現代人に多く見られるようになった原因の一つとして、寄生虫の感染率低下が報告されており、寄生虫の一種である回虫の感染がアレルギーの軽減に関連性があるという報告がなされている(非特許文献1および2)。
【特許文献1】特開平5-255119号公報
【非特許文献1】藤田紘一郎、「体にいい寄生虫」、東京医科歯科大学
【非特許文献2】Hagel Iら、Parasite Immunol. 1993 Jun;15(6):311-5
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、生体に有用なペプチドやタンパク質や生理活性物質を継続的に産生し続け、かつ体内に長期間定着する必要がある長期間維持可能な新規DDSを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、このような状況に鑑み鋭意研究の結果、本来宿主に共生あるいは寄生する能力を持つ生物種に、宿主に対して有用な外来遺伝子を導入した遺伝子組み換え体を作製し、これを宿主に共生あるいは寄生させることによって、宿主細胞内において遺伝子産物を長期間発現させることができることに想到し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、外来遺伝子を含む遺伝子組み換え寄生性生物であって、前記外来遺伝子は、該遺伝子の遺伝子産物を宿主生物において発現可能に組み込まれている共生または寄生性生物を提供する。
【0012】
また、本発明は、寄生性生物が回虫である、上記共生または寄生性生物を提供する。
【0013】
さらに、上記宿主生物がヒトである、上記共生または寄生性生物を提供する。
【0014】
また、ヒトを除く宿主生物において、上記共生または寄生性生物による生体コントロールをモニタリングする方法であって、上記共生または寄生性生物を前記宿主生物に導入して、定着させることと、上記共生または寄生性生物に含まれる外来遺伝子の遺伝子産物を観察することとを含む方法を提供する。
【0015】
さらに、本発明は、上記方法であって、上記共生または宿主生物への寄生性生物の導入は、内視鏡によって行われることを特徴とする方法を提供する。
【0016】
さらに、本発明は、上記方法であって、上記遺伝子産物の観察は、内視鏡観察によって行われることを特徴とする方法を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の外来遺伝子を含む遺伝子組み換え共生または寄生性生物は、外来遺伝子が、該遺伝子の遺伝子産物を宿主生物において発現可能に組み込まれている。
【0018】
ここで、共生または寄生性生物とは、宿主生物と共生する能力または宿主生物に寄生する能力を持つ生物種をいう。共生または寄生性生物としては、宿主に対して、共生あるいは寄生する生物種であれば何でも良いが、寄生虫が想定される。特に、回虫が好ましい。奇生虫には、ヒトとの共生関係を進化の過程で獲得してきたものがある。特に、ヒトに寄生してもほとんど症状の現れない寄生虫として、回虫(Ascaris lumbricoides)等がある。この回虫は、基本的にヒトの体内では増殖せず、卵は土壌上で一週間程度、おかれなければ孵化しない。したがって、現代の水洗トイレを使用する環境では、生活環が阻害され、通常は増えることが不可能である。したがって、回虫の共生または寄生は、ヒトによる制御を容易に行うことができるという利点がある。
【0019】
また、本発明の共生または寄生性生物に所望の外来遺伝子を導入するためには、当業者に既知のいずれの方法を使用して行ってもよい。たとえば、回虫は、系統学上、遺伝子の組換え法が確立している線虫(Caenorhabditis elegans)に近いことが知られている(Okimoto R, et. al. Genetics. 1992 Mar;130(3):471-98, Hugall A, et. al. Mol Biol Evol. 1997 Jan;14(1):40-8.)。したがって、回虫に遺伝子を導入するためには、線虫に使用されるものと同様の方法を使用すればよい。実際に、回虫(Ascaris lumbricoides)胚に対して、プラスミドベクターを用いたパーティクル・ボンバードメントによる遺伝子導入を行うと胚に遺伝子が導入され、in vivoで遺伝子発現の上昇が見られたという報告がなされている(Davis R.E. et. al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 1999. vol.96: 8687-92)。
【0020】
また、本発明の共生または寄生性生物に導入する所望の外来遺伝子としては、従来の遺伝子治療において導入することが望まれていた任意の遺伝子が挙げられる。宿主において発現が望ましいタンパク質をコードする遺伝子が好ましいであろう。たとえば、理想的には、その活性を阻害したいヒトの抗原に対するヒト抗体を本発明の共生または寄生性生物に作らせることが望ましい。具体的には、遺伝子組換えを行う際に導入する形質として、ウシラクトフェリンの産生、乳酸の産生、ビタミン類の産生、蛍光タンパクを融合させた抗ガン抗原抗体の産生が考えられる。また、当該技術分野において既知の方法に従って、所望の外来遺伝子を分泌シグナル配列との融合タンパク質をコードする外来遺伝子を導入し、分泌タンパク質として発現されることなどすることも想定される。この場合、本発明の共生または寄生性生物中に導入された遺伝子により産生されたタンパク質が宿主生物に分泌されることとなり、より効率的に導入した外来遺伝子を宿主に作用させることができる。
【0021】
従来技術において、人工的に抗体を作製する場合に、抗体医薬の開発研究分野において開発されているヒト抗体ライブラリを用いたファージディスプレイを応用し、目的の抗体遺伝子の単離を行うことが報告されている(R. Gejima, K. Tanaka, T. Nakashima et al., Human Antibodies, 11, 121 (2002)。このような方法によって作製され、単離された抗体遺伝子をGFP遺伝子と融合させることによって、GFPを抗体化した光る抗体「Fluorobody」を作製した報告がある( I. S. Kim, J. H. Shim, Y. T. Suh, et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 66, 1148 (2002))。
【0022】
たとえば、上記の方法などによってヒト抗ガン抗原抗体の遺伝子を得て、これにGFPの遺伝子を連結し、GFP付加ヒト抗ガン抗原抗体遺伝子を作製することができる。該遺伝子を回虫の発現ベクターに導入し、この遺伝子を回虫にて発現させるのが望ましい。
【0023】
また、アレルギーを抑えるためには、花粉やダニなどに対して特異的なIgEよりも優先的に肥満細胞に結合する非特異的IgEを効率的に産生し、かつヒトへの害が少ない寄生虫を体内に持つことによって解消される可能性がある。したがって、このような抗体をコードする遺伝子を含む遺伝子組み換え回虫をヒトに寄生させることにより、アレルギーを効率的に抑制できる可能性がある。
【0024】
本発明の遺伝子組み換え寄生性生物は、たとえば以下に示す方法などによって宿主細胞に寄生させることができる。たとえば、所望の遺伝子が組み込まれた本発明のベクターをパーティクル・ボンバードメントなどによって共生あるいは寄生性生物に注入することができる。また、以下の実施例に示したように、内視鏡によって寄生生物を肛門などから腸などへ運ぶことによって寄生させることもできる。このようにして、導入された寄生生物は、宿主体内または体外へ一定期間定着させることができるであろう。これにより、宿主生物内において外来遺伝子を発現させ、たとえば有用物質を産生する遺伝子組換え寄生性生物を作成し、宿主に対して直接的あるいは間接的に効果のある物質の生産させて利用することができる。
【0025】
また、宿主生物に導入された寄生性生物に由来する遺伝子産物を観察することによって、当該遺伝子産物による宿主の生体コントロールをモニタリングすることができる。たとえば、寄生性生物に導入する外来遺伝子をGFPなどの蛍光タンパク質と融合させておくことによって、その蛍光を介して外来遺伝子の発現をモニタリングすることができる。このような蛍光の観察は、たとえば内視鏡LIFE-GI (Light induced autofluorescence endoscopy:オリンパス)にGFPの観察フィルターを搭載した改良機を使用して行うことができる。また、生体モニタリングは、内視鏡以外にも、CT、PET、レントゲン、超音波等の当該技術分野において既知の医療用機器によって行うこともできるであろう。
【0026】
このような観察により、容易に外来遺伝子産物の発現を観察することができ、必要であればさらに寄生性生物を寄生させることなどによって遺伝子産物による宿主の生体コントロールを行うことができる。
【0027】
また、宿主に寄生させた寄生性生物は、導入した外来遺伝子が不要となった場合に容易に宿主から排出させることができる生物が好ましい。たとえば、ヒトなどの哺乳類を宿主とした場合には、寄生性生物として回虫を使用することにより、虫下しを経口投与することにより、容易に排出させることができる。
【実施例】
【0028】
以下、遺伝子組換え回虫を利用した生体内の観察モデルについて、GFPを外来遺伝子として使用する場合を例に説明する。
【0029】
<導入核酸の調製方法>
回虫内で有用遺伝子の代わりにGFP遺伝子を組み込んだ発現ベクターを作製する。即ち、137bpのヒト回虫Ascaris lumbricoides PolIの上流にあるプロモーター領域(PolI promoter)を含み、ピューロマイシン耐性遺伝子と産生タンパクを分泌させる機能であるα因子を持つpUC19をもとにしたFireらの発現ベクターを改変することによって作製する。このベクターに蛍光タンパク質であるGFP遺伝子のcDNAを組み込み、プラスミドを作製する(図1)。遺伝子をGENECLEAN II (BIO 101 社)を用いて精製したのち、5μg/mlとなるように注入用バッファー(0.1mM EDTAを含む 10mM Tris-HCl, pH7.5)で希釈する。尚、注入操作するまで期間(保存時間)のある場合は、−20℃で保存する。
【0030】
<回虫の調製方法>
本発明で使用した回虫の調製は、下記の要領で行う。卵から滅菌土壌上で孵化したAscaris suum(ブタ回虫)の初期ステージ幼虫、約1000匹をPBSで洗浄後、86mmペトリ皿におき、これをパーティクルボンバードメント用のシステムBio-Rad Biolistic PDS-100/HE Particle Delivery System(バイオラッド社)にセットする。パーティクルボンバードメントは、Davisらの方法に従って(チャンバーバキューム;15-in Hg、ターゲットディスタンス8cm、particle acceleration pressure:1,350psi、gold microcarriers:1.6μm)のパラメーターで操作する。
【0031】
金粒子上への作製した発現ベクター接着は、バイオラッドの推奨する方法を改変したDavisらの方法で行う。すなわち、5〜7μgのプラスミドDNAに対して、1〜1.25mgの金粒子を使用する。パーティクルボンバードメント後、2〜4mlのnematode blastomere mediaを添加して、エアーインキュベーターにて30℃で振盪培養する。
【0032】
次いで、遺伝子導入を行った回虫を選別するためにピューロマイシン0.5μg/mlの入ったnematode blastomere mediaで、2時間培養する。生き残った回虫を回収し、再びPBSで3回洗浄する。
【0033】
<回虫の腸内への運搬と蛍光観察>
回虫をブタの肛門から腸へ内視鏡によって運び、2時間後、蛍光観察できる内視鏡LIFE-GI (Light induced autofluorescence endoscopy:オリンパス)にGFPの観察フィルターを搭載した改良機を使用してブタ腸内に挿入すると、腸内における蛍光が目視で確認され、GFPを産生すると考えられる。
【0034】
また、一回目の観察後、一週間連続して蛍光内視鏡で観察を行い、連続して蛍光を確認する。
【0035】
さらに、4日の観察のあと、ピぺラジン、サントニン及びカイニン酸が配合された虫下しをブタに経口投与する。6時間後、糞便の排泄とともに遺伝子組換えブタ回虫を回収する。その後、ブタ腸内を蛍光内視鏡で観察を行っても、蛍光は観察できないと考えられる。(図2)
今回の実施例は、導入物質としてGFPを使用し、ブタ回虫を遺伝子組換えし、宿主生物としてブタを使用することを想定したが、宿主生物としてブタ以外の哺乳類、特にヒトに応用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】回虫内にGFP遺伝子を組み込むための発現ベクターの一態様を示す図。
【図2】本発明の一態様にかかる寄生性生物によって観察されると予測される生体コントロールのモニタリング結果を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来遺伝子を含む遺伝子組み換え共生または寄生性生物であって、前記外来遺伝子は、該遺伝子の遺伝子産物を宿主生物において発現可能に組み込まれている寄生性生物。
【請求項2】
前記寄生性生物が回虫である、請求項1に記載の共生または寄生性生物。
【請求項3】
前記宿主生物がヒトである、請求項1に記載の共生または寄生性生物。
【請求項4】
ヒトを除く宿主生物において、請求項1に記載の共生または寄生性生物による生体コントロールをモニタリングする方法であって、
請求項1に記載の共生または寄生性生物を前記宿主生物に導入して、定着させることと、
前記共生または寄生性生物に含まれる外来遺伝子の遺伝子産物を観察することと、
を含む方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法であって、前記共生または寄生性生物を前記宿主生物への導入は、内視鏡によって行われることを特徴とする方法。
【請求項6】
請求項4に記載の方法であって、前記遺伝子産物の観察は、内視鏡観察によって行われることを特徴とする方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−141343(P2006−141343A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−339091(P2004−339091)
【出願日】平成16年11月24日(2004.11.24)
【出願人】(000000376)オリンパス株式会社 (11,466)
【Fターム(参考)】