説明

ナシマダラメイガの性フェロモン物質及びこれを含む性誘引剤

【課題】発生予察や交信撹乱に利用が期待されるナシマダラメイガの性フェロモンの化学構造を明らかにし、本種の性誘引剤を提供する。
【解決手段】(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性フェロモン物質及び性誘引剤を提供する。好ましい一つの形態では、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートを含んでなるナシマダラメイガの性フェロモン物質が提供される。また、別の好ましい形態では、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性誘引剤が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ナシの重要害虫であるナシマダラメイガ(学名:Ectomyelois pyrivorella)性フェロモン物質及びこれを含む性誘引剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ナシマダラメイガは、ナシの害虫で幼虫が枝幹及び果実を食害する。本種に加害されると果実の収穫が減少するとともに樹勢が衰弱する。本種は、6月から9月まで連続的に成虫が発生し、防除適期の見極めが難しく殺虫剤による防除が困難とされている。
【0003】
近年、多くの蛾類で性フェロモンの化学構造が明らかにされ、これを化学合成した合成性フェロモンを用いて害虫の発生消長調査が効率的に行われるようになった。性フェロモンとは、一般に、雌成虫が分泌する化学物質で同種の雄成虫に対して種特異的に誘引作用を示す。このような性フェロモンの化学構造を明らかにして、いわゆる性誘引物質として用いることにより、効率的な発生消長を調査することが可能となる。更に、この性誘引物質を用いて、雌雄の交尾行動を撹乱する、いわゆる交信撹乱法により、成虫期を対象とした害虫の防除を行うことも可能である。
【0004】
本種の近縁種としては、イナゴマメマダラメイガ(Ectomyelois ceratoniae)の性フェロモンの化学構造が明らかにされているが(http//nysaes.cornell.edu/pheronet/phlist/euzophera.html)、ナシマダラメイガに関しては未だに解明されていない。
【非特許文献1】「次世代の農薬開発−ニューナノテクノロジーによる探索と創製−」、日本農薬学会編、第II編1.2行動制御剤(安藤哲著)、第105〜118頁、ソフトサイエンス社、2003年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、発生予察や交信撹乱に利用が期待されるナシマダラメイガの性フェロモンの化学構造を明らかにし、本種の性誘引剤を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題の解決のため、ナシマダラメイガの性フェロモンの単離同定に関する研究を進めた。具体的には、羽化後3日を経過した処女雌から性フェロモンを抽出し、得られた抽出液をガスクロマトグラフ装置及びガスクロマトグラフ−質量分析装置を用いて分析し、ペンタデシルアセテートとペンタデセニルアセテートを同定した。また、ナシマダラメイガの処女雌抽出物中に、ガスクロマトグラフによる分析で、(Z)−7−ペンタデセニルアセテートと推定される物質も検出した。
更に、本発明者らは、野外誘引試験を実施したところ、性誘引物質としての活性は、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートだけでも認められたが、ペンタデシルアセテートを加えることによりその活性は強められることが認められ、野外に生息する雄成虫を誘引することを見出し、本発明の完成に至った。これまでに約520種の蛾類昆虫の性フェロモンが同定されている(非特許文献1)が、炭素数が奇数である種はまれである。特に、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートを性フェロモン成分としたものは、ナシマダラメイガが最初の発見である。
【0007】
本発明は、具体的には、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性フェロモン物質(組成物)を提供する。また、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性誘引剤を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ナシマダラメイガの雄成虫を特異的に誘引し、発生状況を知るのに有効な誘引剤を得ることができ、また、交信撹乱への応用により、直接的に本種を防除することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の好ましい一つの形態では、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートを含んでなるナシマダラメイガの性フェロモン物質が提供される。また、別の好ましい形態では、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性誘引剤が提供される。性誘引物質としての活性は、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートだけでも認められたが、ペンタデシルアセテートを加えることによりその活性は強められるためである。
【0010】
ナシマダラメイガの性誘引剤として、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートの合計量(ペンタデシルアセテートが零の場合を含む。)が、好ましくは0.01〜10mgの範囲、さらに好ましくは0.1〜10mgの範囲、特に好ましくは0.32mgの量で徐放性の担体に含まれる。例えば、これらの性フェロモン物質を0.01〜10mgの範囲で徐放性担体に含浸させ、野外に生息する雄成虫を誘引する。
ナシマダラメイガの性フェロモン物質又は性誘引剤として、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートとの混合割合は、好ましくは50:50〜99:1(質量%)、更に好ましくは80:20〜95:5(質量%)である。
【0011】
本発明の誘引剤に含まれる(Z)−9−ペンタデセニルアセテート、ペンタデシルアセテートは、公知の方法により製造することができる。例えば、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートは、公知のアルケニルクロリドであるZ−3−ノネニルクロリドをテトラヒドロフラン中で金属マグネシウムと反応させたグリニヤール試薬と、α−ブロモ−ω−クロロアルカンである1−ブロモ−6−クロロヘキサンとのグリニヤールクロスカップリング反応で、(Z)−9−ペンタデセニルクロリドを生成させる。次いで、酢酸溶媒中で酢酸ナトリウムと置換反応行い、反応後蒸留、精製して(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを得ることができる。
また、ペンタデシルアセテートは、例えば、一般試薬として販売されているペンタデセノールから、触媒としてピリジンを加え無水酢酸によるアセチル化により得ることができる。
【0012】
本発明のナシマダラメイガの性フェロモン物質を含む性誘引剤には、ブチルヒドロキシトルエン、ブチルヒドロキシアニソール、ハイドロキノン、ビタミンE等の抗酸化剤や2−ヒドロキシー4−オクトキシベンゾフェノン等の紫外線吸収剤を適量加えても良い。
例えば、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテートとの合計量(ペンタデシルアセテートが零の場合を含む。)に対して、抗酸化剤は、好ましくは0.1〜10.0質量%であり、紫外線吸収剤は、好ましくは0.1〜10.0質量%である。
【0013】
本発明の誘引剤は、有効成分の一定量の放出を長期間にわたり持続させるために、徐放性の担体として、好ましくは、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリ塩化ビニル等の放出量制御機能を有する物資からなるキャップ、細管、ラミネート製の袋、カプセル等の容器を用い、これらに充填して用いられる。
容器内に担持される性フェロモン物質量は、0.01〜10mgが好ましく、特に0.1〜1.0mg範囲が好ましい。
【実施例】
【0014】
以下、本発明の具体的態様を実施例及び比較例によって説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。
<性フェロモンの抽出及び同定>
実際には、羽化後3日を経過した処女雌を二酸化炭素で麻酔をした後、腹部を軽く圧迫して腹部を露出させ、性フェロモン腺を含む腹部末端を切離した。切離した組織はヘキサンに浸け、性フェロモンを抽出した。抽出液はDB−23カラム(J&Wサイエンティフィック、(50%−Cyanopropyl)−methylpolysiloxane)を用いたガスクロマトグラフ装置(アジレント社製)により分析をした。ガスクロマトグラフ装置には、FID検出器と性フェロモン成分を検出できるナシマダラノメイガの雄成虫の触角を利用した電気生理的検出器を設置した。カラムオーブン内の温度を、初期温度60℃(1分間保持)から毎分7℃ずつ220℃まで昇温する分析条件で、性フェロモン活性は17.7分(成分A)、18.1分(成分B)に溶出される部分に認められた。また、抽出液をHP−INNOWAXカラム(アジレント社製、Polyethylene glycol)を用いたガスクロマトグラフ−質量分析装置(アジレント社製)により分析した。成分Aは、ペンタデシルアセテートと推定され、合成した標準物質と保持時間、マススペクトルを比較し、それを確認した。成分Bはペンタデセニルアセテートと推定された。合成したペンタデセニルアセテートと保持時間を比較した結果、成分Bは(Z)−9−ペンタデセニルアセテートと確認された。
成分Aのスペクトル(EI, m/z)は以下の通りである:55(72), 61(63), 69(79), 83(100), 97(91), 111(51), 125(24), 182(14), 210(9)。
成分Bのマススペクトル(EI, m/z)は、以下の通りである:55(74), 61(11), 67(80), 82(100), 96(82), 110(39), 124(21), 137(10), 152(7), 166(4), 180(5), 208(29)。
また、ナシマダラメイガの処女雌抽出物中にはガスクロマトグラフによる分析で、(Z)−7−ペンタデセニルアセテートと推定される物質も検出された。
【0015】
実施例1〜3、比較例1〜2
表1に誘引剤として使用した誘引剤の組成比及びその使用量を示した。マイクロシリンジで0.1〜10mg/100μLの濃度のヘキサン溶液を100μL採取し、底のある円筒状のイソプレンより成るゴムキャップ(WEST社製Sleeve stopper)の内側の空隙に注ぎ込み担持させ、白色粘着型トラップ(サンケイ化学社製SEトラップ、9cm×20cm)に取り付けた。
各性誘引剤がセットされた各トラップを、ナシマダラメイガの発生が認められるナシ圃場に10m間隔で、約150cmの高さに吊した。6月21日から7月9日まで、1日〜3日の間隔でそれぞれのトラップに捕獲された雄成虫の数を調べた。なお、設置場所の違いによる誘殺虫数の片寄りを相殺するため、調査の都度トラップの位置をローテーションで変更した。3反復の結果の合計値を表1に示す。
【0016】
【表1】

【0017】
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを含まないものに、ナシマダラメイガ雄は全く誘引されなかったが(比較例1、比較例2)、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを0.3mg以上含浸させると誘引が認められた(実施例1〜3)。そのなかでも、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテート混合物には、55頭と最も多くの誘引が認められた(実施例1)。それは、(Z)−9−ペンタデセニルアセテート単独(実施例2)や、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートと(E)−9−ペンタデセニルアセテートを混合したもの(実施例3)より明らかに多かった。
以上のことから、ナシマダラメイガ雄の誘引には、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートが必須であり、ペンタデシルアセテートには、(Z)−9−ペンタデセニルアセテートの誘引活性を強める活性があることがわかる。
【0018】
実施例4〜6、比較例3〜5
処女雌抽出物中に検出された(Z)−9−ペンタデセニルアセテートの異性体である(Z)−7−ペンタデセニルアセテートと(E)−7−ペンタサデセニルアセテートの添加の効果を8月11日から9月2日の間調べた結果を表2に示す。各性誘引剤がセットされた各トラップを、ナシマダラメイガの発生が認められるナシ圃場に10m間隔で、約150cmの高さに吊した。1日〜3日の間隔でそれぞれのトラップに捕獲された雄成虫の数を約1ヶ月間調べた。なお、設置場所の違いによる誘殺虫数の片寄りを相殺するため、調査の都度トラップの位置をローテーションで変更した。3反復の結果の合計値を表2に示す。
【0019】
【表2】

【0020】
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテート混合物の誘引剤には70頭の誘引が認められ(実施例4)、(Z)−9−ペンタデセニルアセテート単独(実施例5)や(Z)−9−ペンタデセニルアセテートと(Z)−7−ペンタデセニルアセテートの混合物(実施例6)より明らかに誘引力が強い。しかし、(E)−7−ペンタデセニルアセテートを添加した比較例3の誘引数は12頭と、表中の実施例に比べ明らかに少ない。従って、(E)−7−ペンタデセニルアセテートには誘引性を阻害する活性があることがわかる。
また、(Z)−7−ペンタデセニルアセテート単独(比較例4)と(E)−7−ペンタデセニルアセテート単独(比較例5)には誘引活性はなかった。
【0021】
実施例7、比較例6
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテート混合物の誘引剤の強さを確認するためにナシマダラメイガの処女雌を誘引源とする処女雌トラップとの誘引力比較を行った。処女雌トラップは、10質量%ハチミツ水を入れた網カゴ内に、羽化後1〜3日齢の未交尾雌成虫2頭を入れて誘引源とした。2日後の調査時点で2頭が生きていた場合にだけ有効な誘引数とした。各誘引源がセットされたトラップを、ナシマダラメイガの発生が認められるナシ圃場に10m間隔で、約150cmの高さに吊した。1日〜3日の間隔でそれぞれのトラップに捕獲された雄成虫の数を8月17日から31日の間調べた。なお、設置場所の違いによる誘殺虫数の片寄りを相殺するため、調査の都度トラップの位置をローテーションで変更した。2反復の結果の合計値を表3に示す。
【0022】
【表3】

【0023】
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートとペンタデシルアセテート混合物の誘引剤には26頭の誘引が認められた(実施例7)。一方、処女雌トラップの誘殺数2頭(比較例6)であり、この誘引剤は十分な誘引力を持つことが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性フェロモン物質。
【請求項2】
さらに、ペンタデシルアセテートを含んでなる請求項1に記載のナシマダラメイガの性フェロモン物質。
【請求項3】
(Z)−9−ペンタデセニルアセテートを少なくとも含んでなるナシマダラメイガの性誘引剤。
【請求項4】
さらに、ペンタデシルアセテートを含んでなる請求項3に記載のナシマダラメイガの性誘引剤。
【請求項5】
請求項1又は請求項2に記載の性フェロモン物質が、0.01〜10mgの範囲で徐放性の担体に含まれているナシマダラメイガの性誘引剤。

【公開番号】特開2010−37310(P2010−37310A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−205253(P2008−205253)
【出願日】平成20年8月8日(2008.8.8)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【出願人】(000002060)信越化学工業株式会社 (3,361)
【Fターム(参考)】