説明

ニンニク抽出物又はその分画・画分を有効成分とする心筋リモデリング抑制剤

【課題】心筋梗塞後の再開通時に発生する心筋リモデリングに対する新規な抑制の提供。
【解決手段】ニンニクの有機溶媒抽出物、例えば酢酸エチル抽出物、を有効成分とする、心筋梗塞発生後の再開通における心筋リモデリング抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋梗塞発生後の再開通における心筋リモデリング、当該リモデリングの原因となる心筋アポトーシス、当該アポトーシスの引き金になる心筋細胞からのチトクロームcの遊離に対する抑制剤、及び当該アポトーシスの原因となる心筋ミトコンドリアの膨潤に対する抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋梗塞発症後の再開通による炎症が惹き起こすアポトーシスにより、心筋細胞が脱落・死滅して心筋リモデリングが起こり、やがて心不全に至る。このアポトーシスは心筋ミトコンドリアへのカルシウムの流入によるミトコンドリアの膨潤が原因となり、ミトコンドリアからのチトクロームcの遊離が引き金になって生ずる。
【0003】
特表2001−526658号公報には、ニンニクに由来するフラボノイド類に一つあるルチンや、ニンニク−ルトシドが心筋梗塞の虚血時において心筋を保護することが記載されている。そのメカニズムは、ミトコンドリアの内膜に存在する細胞の生存エネルギー(ATP)の産生に重要な蛋白複合体(電子伝達系)を活性化することで、エネルギー生産虚血中でも継続し、その結果として虚血により心筋が受けるダメージを抑制するものである。
しかしながら、上記の心筋の保護は心筋梗塞虚血時のものであり、心筋梗塞後の再開通時における心筋の保護を対象とするものではない。
【0004】
【特許文献1】特表2001−526658号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、心筋梗塞後の再開通時における心筋細胞を保護するための新規な薬剤を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本件発明者は、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、ニンニクの鱗片の溶媒抽出物が、心筋梗塞後の再開通時における心筋細胞のアポトーシスを抑制作用有することを見出す本発明を完成した。
従って本発明は、ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、心筋梗塞発生後の再開通における心筋リモデリング抑制剤を提供する。
本発明はまた、ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、心筋梗塞発生後の再開通における心筋アポトーシス抑制剤を提供する。
本発明はまた、ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、カルシウムによる心筋ミトコンドリアからのチトクロームcの遊離に対する抑制剤を提供する。
【0007】
本発明はまた、ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、カルシウムの流入による心筋心ミトコンドリアの膨潤に対する抑制剤を提供する。
本発明はさらに、前記有機溶媒抽出物が、酢酸エチル抽出物である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の抑制剤を提供する。
上記の前記有機溶媒抽出物は、例えば、ニンニクの鱗片を酢酸エチルで抽出し、当該抽出物をシリカゲルを用いるフラッシュ・カラムクロマトグラフィーにより分画し、活性画分をシリカゲルを用いる中圧フラッシュ・カラムクロマトグラフィーにより分画して得られる活性画分である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の活性成分であるニンニクの有機溶媒抽出物を得るには、ニンニクの鱗片をミキサーなどで破砕し、これを有機溶媒により抽出する事により得られる。有効溶媒としては、ある程度水と混和する有機溶媒、例えば酢酸エチル、エチルエーテル、エチルアルコールなどを使用することが出来、特に酢酸エチルが好ましい。ニンニクの鱗片の破砕物と有機溶媒とを充分に混合した後、混合溶液を濾過し、遠心分離などの方法により分離し、抽出液を真空蒸発などにより乾燥し抽出乾燥物を得る。
【0009】
次に、この抽出乾燥物をカラムクロマトグラフィー、例えばフラッシュ・カラムクロマトグラフィー等により分画し、活性画分を得る。活性画分は、アポトーシス抑制活性を指標として各画分の活性を調べることにより行なうことができる。この活性画分をさらに、カラムクロマトグラフィーなどの方法により更に分画する事により、活性成分を濃縮することができる。活性な抽出物としての分画・画分を得るための具体的な方法は実施例1に例示する。
この活性画分は、ルチンなどのフラボノイド類やポリフェノール類が含まれていない点において、特表2001−526658号公報に記載のニンニク由来の活性成分とは異なる。
【0010】
本発明の活性成分の生理活性は、心筋細胞のミトコンドリアにおける、カルシウムにより誘導されるチトクロームcの遊離に対する抑制作用、カルシウムにより誘導されるミトコンドリアの膨潤に対する抑制作用、カルシウムにより誘導される心筋ミトコンドリア膜電位低下に対する抑制作用、などにより検出・測定することができる。具体的な実験結果の一例を実施例2〜4に記載する。
【0011】
本発明の活性抽出物は、ATPの産生に対して作用するのではなく、心筋梗塞後の虚血再灌流によるカルシウムオーバーロードに伴って起こる心筋細胞ミトコンドリアへのカルシウムの流入を抑制し、チトクロームcの遊離及びミトコンドリアの膨潤を抑制する点で、特表2001−526658号公報に記載されているニンニク由来の活性成分と異なる。
【実施例】
【0012】
次に、本発明を実施例により更に具体的に説明する。
実施例1. 活性抽出物の調製
ニンニクの鱗片300.8gをミキサーでタール状にした後、ナス形フラスコに入れ、これに酢酸エチル400mLを加えて、室温で24時間かきまぜた。得られた溶液を減圧濾過し、濾液(抽出液)出物と不溶物とに分けた。抽出液中に含まれる溶媒をエバポレーターで留去し、真空ポンプで乾燥して、酢酸エチル抽出物(A)を1.4425g得た。上記の不溶物に400mLの酢酸エチルを加え、混合物を24時間かきまぜて再抽出し、減圧濾過、溶媒留去、および乾燥の操作を経て抽出物(B)を0.4761gを得た。上記抽出物(A)および(B)を合せて、酢酸エチル抽出物1.9186gを得た。
【0013】
上記の酢酸エチル抽出物1.9186gをフラッシュ・カラムクロマトグラフィー(カラム:長さ65cm×外径3.5cm、シリカゲル60N・40〜100μm・関東化学製 175.2g)を用いて文画した。溶出液として、(a)n−へキサン:酢酸エチル(2:1)、(b)n−へキサン:酢酸エチル(1:1)、(c)酢酸エチル単独、及び(d)メタノール単独それぞれ600mL、600mL、500mL及び500mLをこの順序に流し、画分I(58.5mg)、II(747mg)、III (529.1mg)、IV(22.1mg)、V(249.1mg)、及びVI(184mg)を得た。アポトーシス抑制活性を調べたところ、画分III に活性が認められた。
【0014】
次に、上記の活性画分III (54.6mg)を中圧フラッシュ・カラムクロマトグラフィー(ポンプ:Eyela VSP-3050;カラム:長さ30cm×外径2.5cm、シリカゲル60、0.040〜0.063mm、流速1mL/分)により更に分画した。溶出液として、(イ)n−へキサン(50mL)、(ロ)n−へキサン:酢酸エチル(5:1)(120mL)、(ハ)n−へキサン:酢酸エチル(1:1)(100mL)、(二)n−へキサン:酢酸エチル(1:5)(120mL)、及び(ホ)酢酸エチル単独(100mL)をこの順序の流した。紫外線吸収(検出機:RI-200UV、254nm)を観察しながら、画分III −A(0〜11分、4.9mg)、画分III −B(11〜24分、5.1mg)、画分III −C(24〜30分、10mg)及び画分III −D(30〜52分、4.8mg)を得た。アポトーシス抑制活性を調べたところ、画分III −Cに活性が認められた。
【0015】
実施例2. ミトコンドリア膨潤試験
心筋ミトコンドリアの調製
ラットをエーテル吸入麻酔し、頸動脈切断後、胸骨突起から胸部切開し、心臓が完全に露出するまで肋骨を取り除いた。この心臓を摘出し、左心室を切り取った。MIB液(250mM スクロース、10mM HEPES、1M トリス(pH7.4))中で細切れにし、液が無色透明になるまで洗浄した。湿重量の10倍容のMIB液を加えて10mL容のホモジナイズ管に移し、ボッターエルベジェム型ホモジナイザーでホモジナイズした。テフロン(登録商標)棒は700rpmで5往復する。最終濃度が1mMになるようにKOHでpH7.4に調製した0.2M EGTA液を穏やかに振りながらゆっくり加え、氷冷下で5分インキュベートした。600g、4℃で10分間遠心した。上清をパスツールピペットで別の遠心管に移した。8000g、4℃で20分間遠心を3回行い、得られた沈殿をミトコンドリア画分とした。
【0016】
ミトコンドリア膨潤の測定
上記のようにして単離した心筋ミトコンドリア(10mg/mL)を高カリウム緩衝液(150mM KCl、5mM KH2PO4、10mM HEPES、1M トリス(pH7.4))に懸濁し、測定時のミトコンドリア濃度を0.05mg/mLになるよう調製した。エネルギー基質として1M コハク酸(KOH、pH7.4)を加え、5mMとしたのち、ニンニクより得た抽出画分を所定の濃度になるように加えた。最後に20mM Caを30μMになるように加えて30度でインキュベートしながら540nmにおける吸光度の変化を経時的に測定した。
結果を図1に示す。図1から明らかなとおり、カルシウムによる心筋細胞ミトコンドリアの膨潤が、ニンニクの有機溶媒抽出物の画分III −Cにより抑制された。
【0017】
実施例3. ミトコンドリア膜電位測定試験
上記のようにして単離した心筋ミトコンドリア(10mg/mL)を高カリウム緩衝液(150mM KCl、5mM KH2PO4、10mM HEPES、1M トリス(pH7.4))に懸濁し、測定時のミトコンドリア濃度を0.1mg/mLになるよう調製した。次に、0.2mg/mL diS/C3(5)(2.0mg in 10mLエタノール)を加えて0.5μg/mLとし、さらにエネルギー基質として1M コハク酸(KOH、pH7.4)を加え、5mMとしたのち、ニンニクより得た抽出画分を所定の濃度になるように加えた。最後に20mM Caを30μMになるように加えて30度でインキュベートしながら励起光625nmに対する蛍光強度(670nm)の変化を経時的に測定した。
結果を図2に示す。この図において、コントロールはカルシウムを添加しなかった場合の結果を示す。カルシウムイオン(30μM)を加えることによりミトコンドリア膜電位が低下する、画分VIII−Cを、0.5μg/mL、1.5μg/mL、又は5μg/mL加えた場合、添加量依存的に、ミトコンドリア膜電位の低下が抑制された。
【0018】
実施例4. ミトコンドリアからのチトクロームc遊離試験
上記のようにして単離した心筋ミトコンドリア(10mg/mL)を高カリウム緩衝液(150mM KCl、5mM KH2PO4、10mM HEPES、1M トリス(pH7.4))に懸濁し、測定時のミトコンドリア濃度を0.05mg/mLになるよう調製した。次にエネルギー基質として1M コハク酸(KOH、pH7.4)を加え、5mMとしたのち、ニンニクより得た抽出画分を所定の濃度になるように加えた。最後に20mM Caを30μMになるように加えて30度で10分間インキュベートする。反応液を4℃、10,000gで10分間遠心し、得られた上清中に含まれるチトクロームc量をWestern blotting法により測定した。
【0019】
結果を図3にしめす。この図において、コントロールはカルシウムを添加しなかった場合の結果を示す。カルシウムイオン(30μM)を加えることによりチトクロームcの遊離が増加するが、画分VIII−Cを、0.5μg/mL、1.5μg/mL、又は5μg/mL加えた場合、添加量依存的にチトクロームcの遊離が抑制された。
【0020】
実施例5. アポトーシス細胞の検出
初代培養心筋細胞
ペントバルビタールで麻酔した成熟Wistar雄性ラットより、心臓を摘出してLangendorff灌流装置に取り付けた。Tyrode液(136.9mM NaCl、0.2mM KCl、0.2nM CaCl2、0.53 mM MgCl2、0.53m NaH2PO4、0.5mM glucose、0.6mM HEPES、5N(NaOH、pH7.4))で洗浄したのち、Ca-free Tyrode液(136.9mM NaCl、0.2mM KCl、0.53 mM MgCl2、0.53m NaH2PO4、0.5mM glucose、0.6mM HEPES、5N(NaOH、pH7.4))に切り替え、心臓の拍動を停止させた。
【0021】
次いで酵素液(0.4mg/mL コラゲナーゼ in Ca-free Tyrode液)を約30分灌流した。回復液(25mM KCl、10mM KH2PO4、80mM グルタミン酸、10mM タウリン、0.5mM EGTA、11mM glucose、5mM HEPES、(KOHによりpH 7,5))に切り替えて灌流した後、回復液を満たしたシャーレ中で心臓を切り刻むことで心筋細胞を単離した。静置後、1M Caを含む回復液をCa濃度が0.5mMになるよう徐々に加え、再び静置した。
【0022】
単離した心筋細胞を4枚重ねのガーゼに通して濾過した後、Tyrode液で洗浄した。細胞液を30gで2分遠心し、上澄みを除いてM-199培地(9.84g/L M-199、5mM クレアチン、5mM タウリン、10g/L ストレプトマイシン+ペニシリン、0.2% BSA、10μM シトシンアラビノシド、1.2g/L NaHCO3)に置き換える。適当な枚数のディッシュに薄く蒔き、顕微鏡を使い、ロッド細胞の集団を吸引してガラスベースディッシュに移し、培養した。数時間後に培地を交換し、死細胞を除いた。
【0023】
アポトーシス細胞の検出
初代培養心筋細胞にニンニクより得た抽出画分を所定の濃度になるように加え、1時間培養した後、心臓の虚血再灌流状態を模倣した低酸素−再酸素化反応に附した。すなわち、培養心筋細胞を 2% の低酸素状態に3時間曝したのち、通常の酸素状態(20%)に戻し、さらに2時間37℃で培養した。培養後、PBS液(154 mM NaCl、10 mM NaH2PO4 (pH 7.2 with HCl))で洗浄し、アポトーシス細胞の検出にアネキシンV−FITC 蛍光色素、ネクローシス細胞の検出にヨウ化プロピディウムを用い、二重蛍光染色法により蛍光顕微鏡で検出した。図4ではアポトーシス細胞が緑色(左から2番目の蛍光像)に染まり、ネクローシス細胞も緑色に染まる(最右の蛍光像)ほか、ヨウ化プロピディウムにより核が赤色に染まる(最右の蛍光像の左上の小さい丸)。しかし、正常細胞ではいずれの色素にも反応しない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、カルシウムによる心筋細胞ミトコンドリアの膨潤が、ニンニクの有機溶媒抽出物の分画・画分III −Cにより抑制されることを示すグラフである。
【図2】図2は、カルシウムによる心筋細胞ミトコンドリア膜電位の低下が、ニンニクの有機溶媒抽出物の分画・画分III −Cにより抑制される事を示すグラフである。
【図3】図3は、カルシウムによる心筋細胞ミトコンドリアからのチトクロームcの遊離が、ニンニクの有機溶媒抽出物の分画・画分III −Cにより抑制される事を示すグラフである。
【図4】図4は、実施例5の結果を示し、心臓の虚血再灌流状態を模倣した成熟ラット初代培養心筋細胞の低酸素−再酸素化処理で誘導されるアポトーシスに対するFIII−C(5mg/mL)画分の抑制作用を示した蛍光顕微鏡像(典型例)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、心筋梗塞発生後の再開通における心筋リモデリング抑制剤。
【請求項2】
ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、心筋梗塞発生後の再開通における心筋アポトーシス抑制剤。
【請求項3】
ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、カルシウムによる心筋ミトコンドリアからのチトクロームcの遊離に対する抑制剤。
【請求項4】
ニンニクの有機溶媒抽出物又はその分画・画分を有効成分とする、カルシウムの流入による心筋心ミトコンドリアの膨潤に対する抑制剤。
【請求項5】
前記有機溶媒抽出物は、酢酸エチル抽出物である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の抑制剤。
【請求項6】
前記有機溶媒抽出物が、ニンニクを酢酸エチルで抽出し、当該抽出物をシリカゲルを用いるフラッシュ・カラムクロマトグラフィーにより分画し、活性画分をシリカゲルを用いる中圧フラッシュ・カラムクロマトグラフィーにより分画して得られる活性画分である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−230981(P2007−230981A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−58368(P2006−58368)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】