説明

ネオクリンを用いたイノシン酸の旨味増強食品

【課題】魚節使用量を増やしたり核酸系調味料を多量に添加することなく、魚節由来の旨味成分であるイノシン酸の旨味を増強できる技術を提供する。
【解決手段】イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有する食品(特に、魚節の抽出物を原料に含む液状食品)に対して、ネオクリン(ポリペプチドNASとポリペプチドNBSとから形成されるヘテロ二量体タンパク質)を、0.0003〜10質量%となるように含有させることを特徴とする、イノシン酸の旨味を増強する方法、;当該方法によって得られたイノシン酸の旨味が増強された食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イノシン酸を含む食品に対して所定量のネオクリンを含有させることによって、イノシン酸の旨味を増強する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
食品において‘旨味’は、極めて好まれる味覚であるため、多くの民族の食文化において、旨味を得るために、古くから様々な工夫がなされていた。日本においても、昆布、魚節、椎茸などでダシをとることがよくなされている。
【0003】
旨味の基となる成分として、アミノ酸、核酸などが知られている。例えば、‘昆布のグルタミン酸’、‘魚節のイノシン酸’、‘椎茸のグアニル酸’などが知られている(例えば、非特許文献1,2、参照)。
これらは一口に「旨味」と表現されるが、その感じ方は様々である。つまり、昆布の旨味成分(グルタミン酸)を鰹の旨味成分(イノシン酸)で単純に代替することはできない(異なる風味になってしまう)。
即ち、より好ましい旨味を感じるために、昆布、鰹、椎茸などの異なる旨味原料を適宜組み合わせることも行われている。
【0004】
しかし、一般的な食品において、旨味を強く感じることは好まれることではあるが、旨味成分を含む前記原料には旨味成分以外の成分も多く含むため、前記原料を増やすことは食品全体の風味のバランスを損ねることにもなる。
特に、調味料やスープなどの食品においてイノシン酸の旨味を強めようとする場合、魚節を多く含ませることでイノシン酸の含有量を増やすことができるが、生臭さが強まるという欠点があり好ましくなかった。
また、核酸系調味料を用いてイノシン酸の旨味を増強しようとする場合、核酸系調味料の多くはシイタケの旨味成分であるグアニル酸との混合物であるため、求める風味に調整することが困難であった。また、旨味が強められたと感じるために、多くの量の調味料の添加が必要となる。同様に、イノシン酸の精製物を調味料として添加する場合も、多量の添加が必要となり、コストがかかりすぎて好ましくなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】食品学総論・各論、小田求, 青木正 編著、p109-110(1995年)
【非特許文献2】奈良女子大学家政学シリーズ 調理学、長谷川千鶴, 梶田武俊, 橋本慶子 編著、p6-7(1983年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、魚節使用量を増やしたり核酸系調味料を多量に添加することなく、魚節由来の旨味成分であるイノシン酸の旨味を増強できる技術を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために様々なイノシン酸の旨味増強効果のある素材の探索を行った結果、「ネオクリン」に、極めて微量でイノシン酸の旨味を増強する効果があることを見出した。
さらに、本発明者らは、ネオクリンには、食塩の塩カドを低減して味をまろやかにする効果があることを見出した。
【0008】
なお、ここで‘ネオクリン’とは、クルクリゴ・ラチフォリア(Curculigo latifolia)という植物の実に含まれるタンパク質であり、NAS及びNBSという2種の異なるサブユニットから形成されるヘテロ二量体タンパク質である(Biosci. Biotechnol. Biochem., 68巻, 6号, p1403-1407, 2004年参照)。
ネオクリンには、飲食物の‘酸味’、‘苦味’又は‘えぐ味’を低減する味覚改変機能を有することが報告されている(WO2005/073372号参照)。
しかし、これらの機能はいわゆるネガティブな風味をマスキングする効果があることを見出したに過ぎず、‘イノシン酸の旨味を増強する’効果があることは、本発明者らも全く予想すらしていない新規な知見である。
【0009】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
即ち、〔請求項1〕に係る本発明は、イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有する食品において、以下(A)又は(B)の特徴を有するタンパク質であるネオクリンを0.0003〜10質量%含有することを特徴とする食品、に関するものである。
(A):配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドNASと、;配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドNBSと、;から形成されるヘテロ二量体タンパク質。
(B):配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドNASと、;配列番号3に記載のアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドNBSと、;から形成されるヘテロ二量体タンパク質であって、且つ、以下(a)の特徴を有するタンパク質。
(a):イノシン酸を含む食品に含有させた場合においてイノシン酸の旨味を増強する味覚改変能を有し、且つ、食塩を含む食品に含有させた場合において塩カドを低減する味覚改変能を有するタンパク質。
また、〔請求項2〕に係る本発明は、前記食品が、さらに食塩を含有するものである、請求項1に記載の食品、に関するものである。
また、〔請求項3〕に係る本発明は、前記食品が、魚節の抽出物を原料に含む食品である、請求項1又は2のいずれかに記載の食品、に関するものである。
また、〔請求項4〕に係る本発明は、前記食品が、麺つゆ、だし調味料、ドレッシング、ぽん酢醤油、ごまだれ、粉末だし、スープ、又は固形スープである、請求項1〜3のいずれかに記載の食品、に関するものである。
また、〔請求項5〕に係る本発明は、前記イノシン酸またはその塩を、イノシン酸ナトリウムとして含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の食品、に関するものである。
また、〔請求項6〕に係る本発明は、イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有する食品に対して、請求項1に記載の(A)又は(B)の特徴を有するネオクリンを0.0003〜10質量%となるように含有させることを特徴とする、イノシン酸の旨味を増強する方法、に関するものである。
また、〔請求項7〕に係る本発明は、イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有し且つ食塩を含有する食品に対して、請求項1に記載の(A)又は(B)の特徴を有するネオクリンを0.0003〜10質量%となるように含有させることを特徴とする、イノシン酸の旨味を増強し且つ食塩の塩カドを低減する方法、に関するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、イノシン酸を含有する食品(例えばつゆ、だしなどの調味料やスープなど)において、魚節使用量を増やすことなく、イノシン酸の旨味を増強することを可能とする。さらに本発明は、食塩を含有する食品において、塩カドを低減して味をまろやかにすることを可能とする。
また、本発明においてこれらの効果を得るためには、ネオクリンを極微量用いればよいため、食品に好ましくない風味(ネオクリン本来の特徴である甘味等)を付与するおそれがないものである。
なお、前記のように、従来の核酸系調味料を添加して旨味増強効果を得るためには、多くの量の調味料の添加が必要であり、さらに不自然な味になるおそれがあった。また、この場合、塩カド低減によって味がまろやかになる効果も全く発揮されないものであった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】製造例1において、ネオクリン精製粉末を還元下又は非還元下でSDS-PAGEに供し、CBB染色した際の写真像図である。
【図2】(A): N-acetyl glucosamine/fucose/xyloseの比が、3/2/1/1で構成されるN結合型糖鎖の推定構造を示す図である。(B): mannose/N-acetyl glucosamineの比が、9/2で構成されるN結合型糖鎖の推定構造を示す図である。
【図3】解析例1において、NAS(配列番号1)とNBS(配列番号3)のアミノ酸配列を比較した図である。
【図4】解析例1において、各種NASとNBSに属するポリペプチド間のアミノ酸配列に基づく相対的な距離を示した図である。
【図5】製造例2において作製された発現ベクターの構造を示した図である。(A):NAS発現用ベクター。(B):NBS variant発現用ベクター。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明は、イノシン酸を含む食品に対して所定量のネオクリンを含有させることによって、イノシン酸の旨味を増強する技術に関する。
【0013】
〔ネオクリン〕
本発明に用いる‘ネオクリン’とは、NAS(Neoculin Acidic Subunit:ネオクリン酸性サブユニット)、及び、NBS(Neoculin Basic Subunit:ネオクリン塩基性サブユニット)という2種の異なるサブユニットから形成されるヘテロ二量体タンパク質を指すものである。
ネオクリンは、クルクリゴ・ラチフォリア(Curculigo latifolia:西マレーシアやタイ南部などに自生するユリ科に分類される植物)の実から抽出精製して得ることができる。また、WO2005/073372号に記載の方法のように、ネオクリンの構成サブユニットであるNASとNBSの遺伝子をクローニングした発現ベクターを大腸菌や麹菌などでタンパク質を発現させて、人工的にネオクリンを生成する方法によっても得ることができる。
【0014】
・サブユニットの構造
ここで‘NAS’としては、配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して95%以上、特には98%以上、さらには99%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドを指すものであり、NBSとヘテロ二量体を形成する能力を有するものである。
なお、ここで相同性を有するアミノ酸配列とは、アミノ酸配列の置換、欠失、付加によって、変異を有するアミノ酸配列を指すものである。
例えば、後述する表1に示す配列番号1(NAS: WO2005/073372号参照)、配列番号2(NAS variant: 特開2008-228690号公報参照)に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを挙げることができる。
【0015】
なお、NASとしては、安定したヘテロ二量体を形成する上で、N結合型糖鎖(アスパラギン酸残基に結合したN-acetyl glucosamineを基点として伸張する糖鎖構造)が付加されたものであることが好ましい。
当該糖鎖として具体的には、N-acetyl glucosamine/fucose/xyloseの比が、3/2/1/1で構成されるN結合型糖鎖(具体的には、図2(A)に示された糖鎖)、mannose/N-acetyl glucosamineの比が、9/2で構成されるN結合型糖鎖(具体的には、図2(B)に示された糖鎖)を挙げることができる。
また、糖鎖が付加する位置としては、配列番号1の81番目のアスパラギン酸(Asn)のアミノ酸残基に相当する部位を挙げることができる。
【0016】
また、ここで‘NBS’とは、配列番号3に記載のアミノ酸配列に対して95%以上、特には98%以上、さらには99%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドを指すものであり、NASとヘテロ二量体を形成する能力を有するものである。
例えば、後述する表1に示す配列番号3(curculin B: 特開平6-189771号公報、NBS: WO2005/073372号参照)、配列番号4(curculin A: 特開平3-190899号公報参照)、配列番号5(NBS: 特開2008-228690号公報参照)、配列番号6(NBS variant: 特開2008-228690号公報参照)、配列番号7(NBS variant)に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドを挙げることができる。なお、NBSは、通常、糖鎖が付加されていない構造のポリペプチドである。
【0017】
・味覚改変機能
本発明で用いることができるネオクリンとしては、イノシン酸を含む食品に含有させた場合において、「イノシン酸の旨味を増強する味覚改変機能」を有するタンパク質を指すものである。
さらに、本発明におけるネオクリンとしては、旨味増強機能に加えて、食塩を含む食品において、塩カドを低減する(まろやかな味にする)味覚改変機能を有するタンパク質を指すものである。
即ち、前記所定範囲に含まれるアミノ酸配列からなるNASおよびNBSから形成される二量体タンパク質であっても、これらの機能を有さないものは、本発明に用いることはできない。
【0018】
なお、これまでクルクリゴ・ラチフォリアの味覚改変タンパク質としては、水や酸味を有する飲食品を飲食した際に、甘味を感じさせる味覚改変活性を有する‘クルクリン’が知られていた。
しかし、クルクリンは、2個のNBSサブユニット(curculin A, curculin B等)どうしからなるホモ二量体タンパク質であり、ネオクリンとは全く構造が異なるタンパク質である。さらに、クルクリンは、ネオクリンとは味覚改変機能が全く異なるタンパク質であった(例えば、特開平3-190899号公報、特開平6-189771号公報参照)。さらにこれらの味覚改変機能は食品に添加するには充分とは言えなかった(WO2005/073372号参照)。
【0019】
〔イノシン酸含有食品〕
・イノシン酸の含有量
本発明によって旨味の増強が可能な食品としては、イノシン酸を5ppm以上含有するものであれば、如何なるものも該当する。特には、イノシン酸またはその塩を50ppm以上、特には100ppm以上、さらには200ppm以上、の濃度で含有する食品を挙げることができる。
なお、イノシン酸が前記所定量より少ない食品の場合、もともと旨味が弱すぎるため、後述した所定量のネオクリンを用いた場合でも、旨味を増強することができない。
【0020】
ここで‘イノシン酸’とは、ヌクレオチド構造を持つ有機化合物の一種であり、ヒトが好適な味覚として感じる旨味成分の一つである。イノシン酸の代表的な塩としてはナトリウム塩があり、イノシン酸ナトリウムは、代表的な旨味原料の一つ「鰹節」の旨味成分である。なお、本発明におけるイノシン酸又はその塩は、鰹節由来のものに限るものではなく、例えば微生物由来の精製物などを利用することもできる。
食品の性状(液体、粉末など)によって、イノシン酸の状態で存在するか、塩の状態で存在するかが変わることになる。
【0021】
・食品の例
イノシン酸を含む食品としては、魚節の抽出物を原料に含む食品を挙げることができる。魚節には多くのイノシン酸が含まれているからである。
ここで、‘魚節の抽出物’としては、魚節(特に鰹節が好適であるが、鯖節、宗田鰹節、あご節、鮪節、煮干等も含まれる)を、溶媒(水、湯、アルコール等)で抽出しただし(エキス)を挙げることができる。
【0022】
また、具体的な食品の例としては、前記魚節抽出物とその他の原料を混合して製造した、だし調味料、麺つゆ、ドレッシング、ぽん酢醤油、ごまだれ等の調味料、;スープ(味噌汁、吸い物、中華風スープ、シチュー等)などの食品、;を挙げることができる。
特に、麺つゆは、魚節(多くは鰹節)のだしを比較的多く用いることが一般的であってイノシン酸の風味が好まれる食品であるため、特に本発明では好適である。
なお、これらの食品の多くは、通常は液状の食品であるが、粉末状や固形状の形状であって、湯戻しが可能な形状(例えば粉末だし、固形スープなど)であっても適用可能である。
【0023】
・食塩
また、本発明において、さらに好適な味覚改変機能が発揮される食品としては、さらに食塩を含有するイノシン酸含有食品を挙げることができる。
前記のように、本発明で用いるネオクリンには、塩カドを低減して味をまろやかにする味覚改変機能があるためである。
食品に含まれる食塩の含有量としては、具体的には、1質量%以上、好ましくは2質量%以上、さらには5質量%以上を挙げることができる。
【0024】
・ネオクリンの含有量
本発明において、食品に対するネオクリンの含有量としては、食品の質量当たりネオクリンを0.0003質量%以上の含有量で含有させることが必要である。これより少量の場合、旨味増強および塩カド低減の効果を十分に知覚することができず好ましくない。特に、0.0005質量%以上が好ましく、さらには0.001質量%以上が好ましい。
また食品の種類や組成にもよるが、例えばネオクリンを10質量%より多く含有させた場合、ネオクリン自身が本来持っている甘味を強く感じるようになり、食品の風味全体のバランスが崩れるため好ましくない。従って、10質量%以下、特に1質量%以下、さらには0.1質量%以下が、風味バランスが崩れないという点で好ましい。
【0025】
・濃縮品
本発明においては、食品が濃縮品や湯戻しが必要な固形品である場合、食する時の希釈や湯戻した状態におけるイノシン酸含有量およびネオクリン含有量が、前記所定範囲になるように調製することが必要である。イノシン酸の旨味を実際に感じるのは、消費者が口にする段階だからである。
例えば、n倍濃縮品であればn倍に希釈したときにおいて、イノシン酸およびネオクリンを前記所定範囲の含有量になるように調製することで、本発明の旨味増強効果が奏される。
また、食塩の含有量についても同様に、喫食時の状態の含有量が前記所定範囲になるように調製することで、本発明の塩カド低減効果が奏される。
【実施例】
【0026】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0027】
〔製造例1〕 ネオクリン精製粉末の調製
本実施例1〜3に用いたネオクリン(配列番号1のNASと配列番号3のNBSとから形成されるnativeのネオクリン)は、WO2005/073372号に記載の方法に従ってクルクリゴ・ラチフォリアの果実から抽出精製することにより調製した。
・硫酸抽出
まず、クルクリゴ・ラチフォリアの果実の凍結乾燥粉末(約1kg)に、純水(40L)を加えてホモジェナイズして上清を取り除く操作(洗浄操作)を2回繰り返した。
洗浄後の粉末(水を遠心分離で除いた後の沈殿)に、0.05N硫酸(20L)を加えて10分間ホモジェナイズすることで、硫酸抽出を行った。そこに、1N NaOH(2L)を加えて中和することで、粗抽出液を得た。
【0028】
・精製
得られた粗抽出液を、Amberlite IRC-50カラム(オルガノ社製)に吸着させ、1M NaClを含む50mMリン酸緩衝液で溶出することで、ネオクリンを高濃度で含む画分を得た。
この画分に、60%飽和となるよう硫酸アンモニウムを添加し、含有物質を析出させて沈殿を得た。
当該沈殿を0.2N酢酸(100ml)に溶解して、Sephadex G-25カラム(Amersham Biosciences社製)によって脱塩処理を行い、凍結乾燥を行って粉末(ネオクリン精製粉末)を得た。
【0029】
なお、当該粉末について、SDS-PAGEを行ってCBB染色を行ったところ、非還元下で約20kDaの位置に単一バンドが見られ、還元下では約13kDa及び11kDaの位置に2本のバンドが確認された(図1参照)。また、得られた二量体タンパク質は、配列表の配列番号1のアミノ酸配列からなるNeoculin Acidic Subunit(NAS)、および、配列番号3のアミノ酸配列からなるNeoculin Basic Subunit(NBS)(=curculin B)であることが確認された。
また、精製したNASについて、キモトリプシン消化を行って糖鎖付加コンセンサス配列を含む画分を回収し、ABEE糖組成分析キットプラスS(ホーネンコーポレーション社製)を用いて糖鎖の糖組成を分析した。その結果、NASに付加された糖鎖は、N-acetyl glucosamine/fucose/xyloseが3/2/1/1の比のN結合型糖鎖であった。また、推定される糖鎖構造は、図2(A)に示すものであった。
【0030】
〔解析例1〕 ネオクリン構成サブユニット
・NAS及びNBSのアミノ酸配列の比較
上記製造例1で得られた配列番号1のNAS、配列番号3のNBS(curculin B)について、clustal W(1.81)を用いてアライメントを行いお互いのアミノ酸配列の相違を比較した。結果を図3に示す。なお、図中の「*」印は、対応するアミノ酸が異なる部位を示す。
その結果、配列番号1のNASと配列番号3のNBSとは、27個ものアミノ酸に相違が認められ、配列的にお互いに異なるサブユニットであることが示された。
【0031】
・NAS及びNBSに属するポリペプチド間のアミノ酸配列に基づく距離
また、NAS又はNBSに属する配列番号1〜7のアミノ酸配列(表1に具体的な特徴を示す)について、clustal W(1.81)を用いてアライメントを行い、各配列の距離行列に基づく各配列間の相対的な距離を計算した。結果を図4に示す。
その結果、配列番号1,2のNAS(ネオクリン特有のサブユニット)と、配列番号3〜7のNBS(クルクリンの構成ユニットにもなるサブユニット)とは、配列的にお互いに異なるグループのポリペプチドであることが示された。
【0032】
【表1】

【0033】
〔実施例1〕 麺つゆへのネオクリン添加実験
・麺つゆの調製
市販の2倍濃縮の麺つゆ(ミツカン追いがつおつゆ)を用い、表2の配合割合の「麺つゆ」(対照1と試料1〜7)を調製した。
なお、当該2倍濃縮麺つゆは、イノシン酸を1000〜2000ppm程度含み、食塩も含むものである。また、ネオクリンは製造例1にて調製した粉末を用いた。
【0034】
調製した各麺つゆについて、熟練した官能検査員によって官能試験を行なった。官能試験は、各麺つゆ少量(数ml)の‘舐め比べ’と、‘そうめんをつけての食べ比べ’により行った。
そして、「イノシン酸の旨味の増強程度」及び「塩カドの抑制程度」について、対照と比較した際の相対評価を判定した。また「麺つゆとしての味全体のバランス」については、絶対的な味の印象についての評価を行った。
なお、評価結果は、以下の記号によって表した。結果を表2に示す。
【0035】
「イノシン酸の旨味の増強程度」
++: 対照と比較して強く旨味を感じる
+: 対照と比較して若干旨味を強く感じる
−: 対照と同等程度しか旨味を感じない
【0036】
「塩カドの抑制程度」
++: 対照と比較して塩カドが抑えられている
+: 対照と比較して若干塩カドが抑えられている
−: 対照と同等程度の塩カドを感じる
【0037】
「麺つゆとしての味全体のバランス」
++: 麺つゆとして好ましい味である
+: 若干ネオクリン特有の風味を感じるが許容範囲
−: ネオクリン特有の風味を感じ、麺つゆとして違和感を感じる。
【0038】
【表2】

【0039】
・官能試験の結果
その結果、麺つゆにネオクリンを0.0003質量%(試料2)以上含有させることによって、イノシン酸の旨味を増強する効果が得られることが明らかになった。また、同時に、塩カドについても抑制されることが明らかになった。
特に、0.0005質量%(試料3)以上含有させることより、さらに強い旨味増強効果と塩カド抑制効果が得られることが示された。
【0040】
なお、表2では掲載を省略したが、ネオクリンを15質量%含有させた場合、ネオクリン特有の風味を強く感じ、麺つゆとしての味全体のバランスとして違和感を感じさせてしまうことが確認された。
このことから、ネオクリンは15質量%を下回る割合(例えば10質量%)で含有させることが好ましいことが示唆された。特には、表2に記載のように、1重量%以下であると、味全体のバランスの点で好ましいことが示された。
【0041】
〔比較例1〕 ネオクリン以外の甘味素材による旨味増強効果の有無
・麺つゆの調製
ネオクリン以外の甘味を有する素材として、蔗糖、果糖ぶどう糖液糖、スクラロースを用いて、旨味増強の効果の有無を確認した。
実施例1と同様に2倍濃縮の麺つゆ(ミツカン追いがつおつゆ)を用い、表3の配合割合で麺つゆ(対照2と試料8〜13)を調製した。なお、表3に記載した甘味素材として、‘ショ’は「蔗糖」を、‘糖液’は「果糖ぶどう糖液糖」を、‘スク’は「スクラロース」を、表す。また、各甘味素材の含有量は、‘甘味を感じる閾値より若干少ない量’と‘その10倍量’を含有させた。
調製した各麺つゆについて、実施例1と同様に官能試験を行った。結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

【0043】
・官能試験の結果
その結果、麺つゆに蔗糖、果糖ぶどう糖液糖、スクラロースを含有させても、イノシン酸の旨味を増強させる効果を得ることができないことが示された。
具体的には、甘味素材を閾値より若干少ない量含有させた場合(試料8,10,12)、味全体のバランスは許容範囲であるが、旨味増強効果も塩カド低減効果は見られないことが示された。
また、閾値の10倍量の甘味素材を含有させた場合(試料9,11,13)、甘味の影響により塩カドは低減されるが、旨味増強効果は全く感じられなかった。そして、多すぎる甘味のせいで味全体のバランスが悪くなり、麺つゆとして許容できないものとなってしまうことが示された。
【0044】
〔実施例1と比較例1からの考察〕
実施例1と比較例1の結果から、ネオクリンによるイノシン酸の旨味増強効果は、甘味素材による単なる甘味に起因したものでなく、ネオクリンによって発揮される特別な効果であることが証明された。
【0045】
〔実施例2〕 ぽん酢醤油へのネオクリン添加実験
・だし汁の調製
まず、次のようにしてだし汁を調製した。鍋に水120質量部を入れて中火にかけて、沸騰したら鰹節2質量部を加えた。その後、弱火で1〜2分煮て火を止め、そのまま鰹節が沈むまで放置し、鰹節を漉して調製した。このだし汁は、イノシン酸を約50〜100ppmを含有するものであった。
【0046】
・ぽん酢醤油の調製
当該だし汁と製造例1で調製したネオクリン粉末を用いて、表4に記載の配合割合の「ぽん酢醤油」(対照3と試料14)を調製した。調製したぽん酢醤油は、イノシン酸を15〜30ppm程度含み、食塩も含むものであった。
そして、調製したぽん酢醤油について、実施例1と同様に官能試験を行った。結果を表4に示す。
【0047】
【表4】

【0048】
・官能試験の結果
その結果、ぽん酢醤油においても、麺つゆと同様にネオクリンによるイノシン酸の旨味増強効果、塩カド低減効果が得られることができることが確認できた。
【0049】
〔実施例3〕 ごまだれへのネオクリン添加実験
・ごまだれの調製
実施例2で調製しただし汁と製造例1で調製したネオクリン粉末を用いて、表5に記載の配合割合の「ごまだれ」(対照4と試料15)を調製した。調製したごまだれは、イノシン酸を5〜10ppm程度含み、食塩も含むものであった。
そして、調製したごまだれについて、実施例1と同様に官能試験を行った。結果を表5に示す。
【0050】
【表5】

【0051】
・官能試験の結果
その結果、ごまだれにおいても、麺つゆと同様にネオクリンによるイノシン酸の旨味増強効果、塩カド低減効果が得られることができることが確認できた。
【0052】
〔製造例2〕 ネオクリン精製粉末の調製
本実施例4に用いたネオクリン(配列番号1のNASと配列番号7のNBS variantとから形成される組換えネオクリン)は、WO2005/073372号の実施例11に記載の方法に従って調製した。
【0053】
・発現ベクターの作製
配列番号1に記載のNAS(成熟ポリペプチド領域)をコードするDNA(配列番号8)について、ベクター構築キット(Multisite Gateway Three-Fragment Vector Construction Kit (Invitrogen社製))を用いて、麹菌においてNASを発現するように機能する発現ベクターを作製した。発現ベクターの模式構造を図5(A)に示す。
また、配列番号7に記載のNBS variant(成熟ポリペプチド領域)をコードするDNA(配列番号9)についても同様にして、麹菌においてNBSを発現するように機能する発現ベクターを作製した。発現ベクターの模式構造を図5(B)に示す。
【0054】
・組換えネオクリンの調製
前記NASの発現ベクターと、NBS variantの発現ベクターとを、プロトプラスト化したAspergillus oryzae NS4株に形質転換し、ネオクリン生産能を有する株を選抜した。
得られた選抜株から分生子を採取し、DPY液体培地中で振盪培養することで、組換えネオクリンを含む培養液を得た。
得られた培養液からミラクロスで菌体を除去した後、飽和硫安濃度が60%になるようにして硫安分画を行った。
そして、フェニル疎水カラム(HIC PH-814(Shodex社製))を用いて、Buffer A(3M NaCl, 20mM Acetate-Na, pH5.0)に対してBuffer B(20mM Acetate-Na, pH5.0)を用いたグラジュエント溶出を行い、ネオクリンを含む画分(ウエスタンブロットにより確認)を得た。
当該画分について、ゲル濾過カラム(TSK-GEL G3000SW(TOSOH社製))を用いて分画を行い、SDS-PAGEを行った際に非還元下で約20kDa、還元下で約13kDa及び11kDaの位置に2本のバンドが得られる精製画分を得た。得られた画分は凍結乾燥を行うことで粉末(ネオクリン精製粉末)を得た。
【0055】
〔実施例4〕 麺つゆへのネオクリン添加実験
・麺つゆの調製
製造例2で調製したネオクリン(配列番号1のNASと配列番号7のNBS variantとから形成される組換えネオクリン)を用いたことを除いては、実施例1に記載の方法と同様にして、表6の配合割合の「麺つゆ」(対照5と試料16)を調製した。
そして、調製した麺つゆについて、実施例1と同様に官能試験を行った。結果を表6に示す。
【0056】
【表6】

【0057】
・官能試験の結果
その結果、サブユニットであるNBSに変異を有するネオクリンを用いた場合であっても、イノシン酸の旨味増強効果、塩カド低減効果が得られることができることが確認できた。
また、組み替えタンパク質として麹菌によって人工的に調製したネオクリンであっても、天然のネオクリンと同様の効果が得られることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、つゆ、だしなどの調味料やスープなどのイノシン酸を含有する食品において、魚節使用量を増やすことなく、イノシン酸の旨味を増強することを可能とする。また、さらに本発明は、食品に含まれる食塩の塩カドを低減して味をまろやかにすることを可能とする。
これにより本発明は、特に調味料や加工食品の分野での応用が期待される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有する食品において、以下(A)又は(B)の特徴を有するタンパク質であるネオクリンを0.0003〜10質量%含有することを特徴とする食品。
(A):配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドNASと、;配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドNBSと、;から形成されるヘテロ二量体タンパク質。
(B):配列番号1に記載のアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドNASと、;配列番号3に記載のアミノ酸配列に対して95%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドNBSと、;から形成されるヘテロ二量体タンパク質であって、且つ、以下(a)の特徴を有するタンパク質。
(a):イノシン酸を含む食品に含有させた場合においてイノシン酸の旨味を増強する味覚改変能を有し、且つ、食塩を含む食品に含有させた場合において塩カドを低減する味覚改変能を有するタンパク質。
【請求項2】
前記食品が、さらに食塩を含有するものである、請求項1に記載の食品。
【請求項3】
前記食品が、魚節の抽出物を原料に含む食品である、請求項1又は2のいずれかに記載の食品。
【請求項4】
前記食品が、麺つゆ、だし調味料、ドレッシング、ぽん酢醤油、ごまだれ、粉末だし、スープ、又は固形スープである、請求項1〜3のいずれかに記載の食品。
【請求項5】
前記イノシン酸またはその塩を、イノシン酸ナトリウムとして含有する、請求項1〜4のいずれかに記載の食品。
【請求項6】
イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有する食品に対して、請求項1に記載の(A)又は(B)の特徴を有するネオクリンを0.0003〜10質量%となるように含有させることを特徴とする、イノシン酸の旨味を増強する方法。
【請求項7】
イノシン酸またはその塩を5ppm以上含有し且つ食塩を含有する食品に対して、請求項1に記載の(A)又は(B)の特徴を有するネオクリンを0.0003〜10質量%となるように含有させることを特徴とする、イノシン酸の旨味を増強し且つ食塩の塩カドを低減する方法。

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2012−175929(P2012−175929A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−40595(P2011−40595)
【出願日】平成23年2月25日(2011.2.25)
【出願人】(398065531)株式会社ミツカングループ本社 (157)
【Fターム(参考)】