説明

ノズルプレート、ノズルプレートの製造方法、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置

【課題】耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得るノズルプレート、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置、および、前記ノズルプレートを容易に製造可能なノズルプレートの製造方法を提供すること。
【解決手段】ノズルプレート11は、液滴を吐出する複数のノズル孔111が形成された基板112と、基板112の上面に設けられ、カップリング剤で構成された撥液膜113とを有し、基板112と撥液膜113との間に設けられ、プラズマ重合膜で構成された第1の下地膜114と第2の下地膜115とを有するものである。プラズマ重合膜は、シロキサン結合を含むSi骨格と、Si骨格に結合し有機基からなる脱離基とを含むものであり、エネルギーの付与により接着性を発現するものであり、この接着性によって、基板112と撥液膜113とが強固に密着している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノズルプレート、ノズルプレートの製造方法、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
液滴を吐出するための液滴吐出ヘッドとしては、例えば、インクジェットプリンターに備えられたインクジェット式記録ヘッドが知られている。
インクジェット式記録ヘッドは、一般に、ノズルプレートを有し、このノズルプレートには、インクを吐出するための微細なインク吐出口が微小間隔を隔てて複数形成されている。
【0003】
このノズルプレートの表面(インクを吐出する側の面)にインクが付着すると、その後に吐出されたインクが、付着インクの表面張力や粘性等の影響を受けて吐出軌道が曲げられてしまう。その結果、所定の位置にインクを塗布することができなくなるという問題がある。このため、ノズルプレートの表面にインクの付着を防止する撥液処理を施す必要がある。
このようなノズルプレート表面に撥液性を付与する方法として、この表面に撥液膜を形成する方法が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、カップリング剤を反応させることにより、基材の表面に撥液膜を形成する方法が開示されている。この方法は、基材の表面に二酸化ケイ素等の下地膜を形成した後、この下地膜の表面にカップリング剤を反応させ、撥液膜を形成する方法である。また、特許文献1には、ノズルプレートに撥液膜を形成することも開示されている。
【0005】
ところで、インクジェットプリンターには、記録紙から発生する紙粉等のゴミやインクの付着により、インク吐出口が目詰まりしないように、ゴム製や布製のワイパーによりノズルプレート上を摩擦するワイピング機能が備えられている。
ところが、特許文献1に記載された撥液膜では、基材と下地膜との界面や下地膜と撥液膜との界面が剥離するという問題がある。各界面の剥離は、インクの浸入や度重なるワイピングによって容易に増幅され、撥液膜の欠損に至る。その結果、インクによる基材の腐食や、長期使用時において印字品質が低下するという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2005−281729号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得るノズルプレート、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置、および、前記ノズルプレートを容易に製造可能なノズルプレートの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的は、下記の本発明により達成される。
本発明のノズルプレートは、液滴を吐出する複数のノズル孔が形成された基板と、該基板の前記液滴を吐出する側の面に、少なくとも前記ノズル孔の周囲を囲うように設けられ、カップリング剤で構成された撥液膜とを有し、
前記基板と撥液膜との間に設けられ、プラズマ重合膜で構成された2層以上の下地膜を有することを特徴とする。
これにより、耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得るノズルプレートが得られる。
【0009】
本発明のノズルプレートでは、前記2層以上の下地膜として、第1の下地膜と、これより前記撥液膜側に位置する第2の下地膜とを有しており、
前記第1の下地膜は、その平均厚さが、前記第2の下地膜より厚いものであることが好ましい。
これにより、第1の下地膜は基板に対して強固に密着するとともに、第1の下地膜によって基板の表面の凹凸が吸収されることとなり、第1の下地膜の表面は平滑性の高い面となる。その結果、基板と第1の下地膜との間、および、第1の下地膜と第2の下地膜との間が強固に密着し、結果的には、撥液膜の剥離を確実に防止することができる。
本発明のノズルプレートでは、前記第1の下地膜は、その結晶化度が、前記第2の下地膜より高いものであることが好ましい。
これにより、残留応力を緩和し、撥液膜の剥離を確実に防止し得るノズルプレートが得られる。
【0010】
本発明のノズルプレートでは、前記プラズマ重合膜は、シロキサン結合を含むSi骨格と、該Si骨格に結合し有機基からなる脱離基とを含むものであることが好ましい。
これにより、下地膜は、シロキサン結合を含みランダムな原子構造を有するSi骨格の影響によって、変形し難い強固な膜となる。また、脱離基の脱離によって下地膜に接着性が発現し、これにより撥液膜の剥離防止に寄与する。
本発明のノズルプレートでは、前記プラズマ重合膜は、ポリオルガノシロキサンを主材料とするものであることが好ましい。
これにより、撥液膜との密着性に優れた下地膜が得られる。
【0011】
本発明のノズルプレートの製造方法は、液滴を吐出する複数のノズル孔が形成された基板と、該基板の前記液滴を吐出する側の面に、少なくとも前記ノズル孔の周囲を囲うように設けられた撥液膜とを有するノズルプレートの製造方法であって、
前記基板の前記液滴を吐出する側の面に、プラズマ重合法により2層以上の下地膜を形成する第1の工程と、
前記下地膜の表面に、エネルギーを付与する第2の工程と、
前記下地膜の表面に、カップリング剤を供給し、前記撥液膜を形成する第3の工程と、を有することを特徴とする。
これにより、耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得るノズルプレートを容易に製造することができる。
【0012】
本発明のノズルプレートの製造方法では、前記第1の工程において2層以上の下地膜を成膜する際に、プラズマ重合法による成膜条件を各層で異ならせることが好ましい。
これにより、下地膜の各層の結晶化度を異ならせることができ、下地膜の層間における残留応力緩和機能をより高めることができる。
本発明のノズルプレートの製造方法では、さらに、前記下地膜および前記撥液膜を加熱する第4の工程を有することが好ましい。
これにより、下地膜と撥液膜との間で加水分解が促進され、撥液膜がより強固に固定される。
【0013】
本発明の液滴吐出ヘッドは、本発明のノズルプレートを備えることを特徴とする。
これにより、耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得る液滴吐出ヘッドが得られる。
本発明の液滴吐出装置は、本発明の液滴吐出ヘッドを備えることを特徴とする。
これにより、耐久性に優れ、高品位な印字を長期にわたって行い得る液滴吐出装置が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】インクジェットプリンターの実施形態を示す概略図である。
【図2】インクジェット式記録ヘッドの実施形態を示す分解斜視図である。
【図3】図2に示すノズルプレートのA−A線断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明のノズルプレート、ノズルプレートの製造方法、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置を、添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。なお、以下では、液滴吐出装置としてインクジェットプリンターを一例にして説明する。
(インクジェットプリンター)
図1は、インクジェットプリンターの実施形態を示す概略図である。
図1に示すインクジェットプリンター9は、装置本体92を備えており、上部後方に記録用紙Pを設置するトレイ921と、下部前方に記録用紙Pを排出する排紙口922と、上部面に操作パネル97とが設けられている。
【0016】
操作パネル97は、例えば、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ、LEDランプ等で構成され、エラーメッセージ等を表示する表示部(図示せず)と、各種スイッチ等で構成される操作部(図示せず)とを備えている。
また、装置本体92の内部には、主に、往復動するヘッドユニット93を備える印刷装置(印刷手段)94と、記録用紙Pを1枚ずつ印刷装置94に送り込む給紙装置(給紙手段)95と、印刷装置94および給紙装置95を制御する制御部(制御手段)96とを有している。
【0017】
制御部96の制御により、給紙装置95は、記録用紙Pを一枚ずつ間欠送りする。この記録用紙Pは、ヘッドユニット93の下部近傍を通過する。このとき、ヘッドユニット93が記録用紙Pの送り方向とほぼ直交する方向に往復移動して、記録用紙Pへの印刷が行なわれる。すなわち、ヘッドユニット93の往復動と記録用紙Pの間欠送りとが、印刷における主走査および副走査となって、インクジェット方式の印刷が行なわれる。
【0018】
印刷装置94は、ヘッドユニット93と、ヘッドユニット93の駆動源となるキャリッジモーター941と、キャリッジモーター941の回転を受けて、ヘッドユニット93を往復動させる往復動機構942とを備えている。
ヘッドユニット93は、その下部に、多数のノズル孔111を備えるインクジェット式記録ヘッド1(本発明の液滴吐出ヘッド)と、インクジェット式記録ヘッド1にインクを供給するインクカートリッジ931と、インクジェット式記録ヘッド1およびインクカートリッジ931を搭載したキャリッジ932とを有している。
【0019】
なお、インクカートリッジ931として、イエロー、シアン、マゼンタ、ブラック(黒)の4色のインクを充填したものを用いることにより、フルカラー印刷が可能となる。
往復動機構942は、その両端をフレーム(図示せず)に支持されたキャリッジガイド軸943と、キャリッジガイド軸943と平行に延在するタイミングベルト944とを有している。
【0020】
キャリッジ932は、キャリッジガイド軸943に往復動自在に支持されるとともに、タイミングベルト944の一部に固定されている。
キャリッジモーター941の作動により、プーリーを介してタイミングベルト944を正逆走行させると、キャリッジガイド軸943に案内されて、ヘッドユニット93が往復動する。そして、この往復動の際に、インクジェット式記録ヘッド1から適宜インクが吐出され、記録用紙Pへの印刷が行われる。
【0021】
給紙装置95は、その駆動源となる給紙モーター951と、給紙モーター951の作動により回転する給紙ローラー952とを有している。
給紙ローラー952は、記録用紙Pの送り経路(記録用紙P)を挟んで上下に対向する従動ローラー952aと駆動ローラー952bとで構成され、駆動ローラー952bは給紙モーター951に連結されている。これにより、給紙ローラー952は、トレイ921に設置した多数枚の記録用紙Pを、印刷装置94に向かって1枚ずつ送り込めるようになっている。なお、トレイ921に代えて、記録用紙Pを収容する給紙カセットを着脱自在に装着し得るような構成であってもよい。
【0022】
制御部96は、例えばパーソナルコンピューターやディジタルカメラ等のホストコンピューターから入力された印刷データに基づいて、印刷装置94や給紙装置95等を制御することにより印刷を行うものである。
制御部96は、いずれも図示しないが、主に、各部を制御する制御プログラム等を記憶するメモリー、圧電素子(振動源)14を駆動して、インクの吐出タイミングを制御する圧電素子駆動回路、印刷装置94(キャリッジモーター941)を駆動する駆動回路、給紙装置95(給紙モーター951)を駆動する駆動回路、および、ホストコンピューターからの印刷データを入手する通信回路と、これらに電気的に接続され、各部での各種制御を行うCPUとを備えている。
また、CPUには、例えば、インクカートリッジ931のインク残量、ヘッドユニット93の位置等を検出可能な各種センサー等が、それぞれ電気的に接続されている。
【0023】
制御部96は、通信回路を介して、印刷データを入手してメモリーに格納する。CPUは、この印刷データを処理して、この処理データおよび各種センサーからの入力データに基づいて、各駆動回路に駆動信号を出力する。この駆動信号により圧電素子14、印刷装置94および給紙装置95は、それぞれ作動する。これにより、記録用紙Pに印刷が行われる。
【0024】
(インクジェット式記録ヘッド)
次に、本発明の液滴吐出ヘッドを適用したインクジェット式記録ヘッドの実施形態について説明する。
図2は、インクジェット式記録ヘッドの実施形態を示す分解斜視図である。なお、図2は、通常使用される状態とは、上下逆に示されている。
【0025】
以下、インクジェット式記録ヘッド(以下、単に「ヘッド」という。)1について、図2を参照しつつ詳述する。
図2に示すヘッド1は、ノズルプレート(本発明のノズルプレート)11と、インク室基板12と、振動板13と、振動板13に接合された圧電素子(振動源)14とを備えている。なお、このヘッド1は、オンデマンド型のピエゾジェット式ヘッドを構成する。
【0026】
<ノズルプレート>
ノズルプレート11は、基板112と、基板112のインク滴を吐出する側の面に設けられた撥液膜113とで構成されている。
また、このノズルプレート11には、インク滴を吐出するための多数のノズル孔111が形成されている。これらのノズル孔111間のピッチは、印刷精度に応じて適宜設定される。
【0027】
さらに、ノズルプレート11の所定位置には、ノズルプレート11の厚さ方向に貫通して連通孔131が形成されている。この連通孔131を介して、前述したインクカートリッジ931からリザーバー室123に、インクが供給可能となっている。
基板112を構成する材料としては、例えば、Si、SiO、SiN、石英ガラスのようなシリコン系材料、Ti、Co、Au、Al、Fe、Ni、Cr、Cu、Sn、Znまたはこれらを含む、ステンレス鋼(SUS)、Sn−Cu−P合金(リン青銅)、Cu−Zn合金等の合金のような金属系材料、アルミナ、酸化鉄、酸化スズ、インジウムティンオキサイド(ITO)、アンチモンティンオキサイド(ATO)、インジウムジンクオキサイド(IZO)のような酸化物系材料、ポリエチレンテレフタレート、ポリイミド、ポリスチレン、アクリロニトリルブタジエンスチレン共重合体(ABS樹脂)、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリサルフォンのようなプラスチック系材料、カーボンブラック、グラファイトのような炭素系材料等が挙げられる。
【0028】
図3には、図2に示すノズルプレート11のA−A線断面図を示す。
ノズルプレート11は、図3に示すように、前述した基板112および撥液膜113と、その間に設けられた2層の下地膜114、115とで構成されている。なお、以下の説明では、図3の上側を「上」、下側を「下」という。なお、図2では、2層の下地層114、115を省略している。
2層の下地膜114、115のうち、基板112側の下地膜は第1の下地膜114であり、撥液膜113側の下地膜が第2の下地膜115である。これらの下地膜114、115は、いずれもプラズマ重合膜で構成されている。
【0029】
以下、第1の下地膜114について説明する。なお、第2の下地膜115についても、第1の下地膜114と同様の構成である。
第1の下地膜114は、プラズマ重合膜で構成されたものである。プラズマ重合膜としては、シラン系プラズマ重合膜、アルキル系プラズマ重合膜等が挙げられる。ここでは、シラン系プラズマ重合膜について説明するが、下記の事項については、その他のプラズマ重合膜についても同様である。
【0030】
シラン系プラズマ重合膜は、後述するシラン系材料を原料にしてプラズマ重合法により形成される。その構造は、シロキサン結合を含み、ランダムな原子構造(アモルファス構造)を有するSi骨格と、このSi骨格に結合し有機基からなる脱離基とを有する。このようなプラズマ重合膜は、シロキサン結合を含みランダムな原子構造を有するSi骨格の影響によって、変形し難い強固な膜となる。これは、Si骨格の結晶性が低くなる(非晶質化する)ため、結晶粒界における転位やズレ等の欠陥が生じ難いためであると考えられる。このため、プラズマ重合膜で構成された第1の下地膜114は、耐薬品性、耐候性等の化学的特性に優れたものとなる。
【0031】
また、プラズマ重合膜は、エネルギーが付与されることにより、Si骨格に結合した脱離基が脱離し、活性手を生じるという性質を有する。この活性手は、他の部材に対する接着性を発現する。このため、プラズマ重合膜で構成された第1の下地膜114は、隣接する基板112や第2の下地膜115に対して優れた密着性を有する。
また、有機基からなる脱離基とSi骨格との結合エネルギーは、Si骨格を構築するシロキサン結合の結合エネルギーよりも小さい。このため、プラズマ重合膜は、エネルギーの付与により、Si骨格が破壊することなく、脱離基とSi骨格との結合を選択的に切断し、脱離基を脱離させることができる。
【0032】
なお、シラン系プラズマ重合膜では、全原子からH原子を除いた原子のうち、Si原子の含有率とO原子の含有率の合計が、10原子%以上90原子%以下程度であるのが好ましく、20原子%以上80原子%以下程度であるのがより好ましい。Si原子とO原子とが、前記範囲の含有率で含まれていれば、プラズマ重合膜はSi原子とO原子とが強固なネットワークを形成し、より化学的特性に優れたものとなる。
【0033】
また、プラズマ重合膜中のSi原子とO原子の存在比は、3:7以上7:3以下程度であるのが好ましく、4:6以上6:4以下程度であるのがより好ましい。Si原子とO原子の存在比を前記範囲内になるよう設定することにより、プラズマ重合膜の安定性がより高くなる。
ここで、プラズマ重合膜は、その結晶化度が45%以下であるのが好ましく、40%以下であるのがより好ましい。これにより、プラズマ重合膜は、より非晶質的な特性を示す。
【0034】
なお、プラズマ重合膜の結晶化度は、一般的な結晶化度測定方法により測定することができ、具体的には、結晶部分における散乱X線の強度に基づいて測定する方法(X線法)、赤外線吸収の結晶化バンドの強度から求める方法(赤外線法)、核磁気共鳴吸収の微分曲線の下の面積に基づいて求める方法(核磁気共鳴吸収法)、結晶部分には化学試薬が浸透し難いことを利用した化学的方法等により測定することができる。
このうち、簡便性等の観点からX線法が好ましく用いられる。
【0035】
また、プラズマ重合膜は、その構造中にSi−H結合を含んでいるのが好ましい。このSi−H結合は、プラズマ重合法によってシランが重合反応する際に重合物中に生じるものであるが、このとき、Si−H結合がシロキサン結合の生成が規則的に行われるのを阻害すると考えられる。このため、シロキサン結合は、Si−H結合を避けるように形成されることとなり、Si骨格の規則性が低下する。このようにして、プラズマ重合法によれば、結晶化度の低い膜が得られる。
【0036】
一方、Si−H結合の含有率が多ければ多いほど結晶化度が低くなるわけではなく、プラズマ重合膜の赤外光吸収スペクトルにおいて、シロキサン結合に帰属するピークの強度を1としたとき、Si−H結合に帰属するピークの強度は、0.001以上0.2以下程度であるのが好ましく、0.002以上0.05以下程度であるのがより好ましく、0.005以上0.02以下程度であるのがさらに好ましい。Si−H結合のシロキサン結合に対する割合が前記範囲内であることにより、プラズマ重合膜は、相対的に最もランダムなものとなる。このため、Si−H結合のピーク強度がシロキサン結合のピーク強度に対して前記範囲内にある場合、プラズマ重合膜は、化学的特性において特に優れたものとなる。
【0037】
脱離基は、前述したように、Si骨格から脱離することによって活性手を生じさせるよう振る舞うものである。したがって、脱離基には、エネルギーを付与されることによって、比較的簡単にかつ均一に脱離するものの、エネルギーが付与されないときには、脱離しないようSi骨格に確実に結合しているものである必要がある。
なお、プラズマ重合法による成膜の際には、原料ガスの成分が重合して、シロキサン結合を含むSi骨格と、それに結合した残基とを生成するが、例えばこの残基が脱離基となり得る。
【0038】
脱離基となり得る原子団(基)としては、例えば、メチル基、エチル基のようなアルキル基、ビニル基、アリル基のようなアルケニル基、アルデヒド基、ケトン基、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、ニトロ基、ハロゲン化アルキル基、メルカプト基、スルホン酸基、シアノ基、イソシアネート基等が挙げられる。
これらの各基の中でも、脱離基は特に有機基であるのが好ましく、アルキル基であるのがより好ましい。有機基およびアルキル基は化学的な安定性が高いため、有機基およびアルキル基を含むプラズマ重合膜は、耐薬品性および耐久性に優れたものとなる。
ここで、脱離基が特にメチル基(−CH)である場合、その好ましい含有率は、赤外光吸収スペクトルにおけるピーク強度から以下のように規定される。
【0039】
すなわち、プラズマ重合膜の赤外光吸収スペクトルにおいて、シロキサン結合に帰属するピークの強度を1としたとき、メチル基に帰属するピークの強度は、0.05以上0.45以下程度であるのが好ましく、0.1以上0.4以下程度であるのがより好ましく、0.2以上0.3以下程度であるのがさらに好ましい。メチル基のピーク強度がシロキサン結合のピーク強度に対する割合が前記範囲内であることにより、メチル基がシロキサン結合の生成を必要以上に阻害するのを防止しつつ、プラズマ重合膜中に必要かつ十分な数の活性手が生じるため、プラズマ重合膜に十分な接着性が生じる。また、プラズマ重合膜には、メチル基に起因する十分な耐薬品性および耐久性が発現する。
シラン系のプラズマ重合膜は、例えば、ポリオルガノシロキサン等のシラン系重合物で構成されている。
【0040】
また、第1の下地膜114には、ポリオルガノシロキサンの中でも、特に、オクタメチルトリシロキサンの重合物を主成分とするプラズマ重合膜が好ましく用いられる。オクタメチルトリシロキサンの重合物を主成分とするプラズマ重合膜は、接着性に特に優れるものである。また、オクタメチルトリシロキサンを主成分とする原料は、常温で液状をなし、適度な粘度を有するため、取り扱いが容易であるという利点もある。
以上のような第1の下地膜114と第2の下地膜115により、基板112と撥液膜113との密着性を高めている。
【0041】
ところが、従来のノズルプレートでは、基板と撥液膜との剥離が問題になっていた。従来のノズルプレートでも、基板と撥液膜との密着性を高めるために下地膜を介在させることは行われていたが、基板と下地膜との界面や下地膜と撥液膜との界面に剥離が生じ、撥液膜の欠損に至る場合があった。
本発明者は、かかる問題点に鑑み、撥液膜の剥離の原因を見出すとともに、剥離を抑制するノズルプレートの構造について鋭意検討を重ねた。そして、2層以上の下地膜を設けるとともに、下地膜をプラズマ重合膜で構成することにより上記問題点を解決し得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0042】
すなわち、撥液膜の剥離は、基板と撥液膜との間に生じる残留応力に起因すると考えられる。この残留応力は、基板、下地膜および撥液膜の熱膨張差に伴うものであり、インクジェットプリンターの動作に応じて増大することが考えられる。その結果、残留応力の増大に伴って界面剥離が生じ、さらには剥離箇所にインクが浸入したり、度重なるワイピングによって剥離箇所が増幅され、撥液膜が欠損すると考えられる。
【0043】
これに対し、本実施形態では、2層の下地膜114、115を介在させることによって、この残留応力を緩和することができる。その詳細なメカニズムは不明であるが、2層の下地膜114、115のそれぞれが比較的ヤング率の低いプラズマ重合膜で構成されていることや、2層の下地膜114、115の界面において、破壊しない程度の原子配列の微小なズレ等が生じ、これによって残留応力が吸収されるためであると考えられる。これにより、インクジェットプリンターを長期にわたって使用しても、残留応力の増大が防止され、界面剥離の発生を防止することができる。その結果、ノズルプレート11の長期にわたる耐薬品性、耐久性等の向上を図ることができる。
【0044】
また、下地膜を2層以上にすることにより、仮に一層にピンホール等の孔が発生したとしても、他の層がこの孔を塞ぐことにより、下地膜の欠損を確実に解消することができる。すなわち、下地膜はプラズマ重合膜で形成されるため、比較的均一に成膜されるものの、マイクロメートル単位の孔ができるのは避けられない。特に、下地膜の厚さが薄くなればなるほど、孔の発生確率は上昇する。
【0045】
しかしながら、プラズマ重合膜に生じる孔の位置は一定ではなく、規則性もないと考えられる。よって、下地膜を2層以上形成することにより、確率的には、一層に生じた孔を他の層で確実にカバーすることができる。以上のような理由から、本発明によれば、2層の下地膜114、115において、これらを完全に貫通するような孔の発生を確実に防止することができる。その結果、インクによる基板112の腐食や、撥液膜113の剥離を確実に防止することができる。
【0046】
しかも、本発明における2層の下地膜114、115は、それぞれ接着性を発現するプラズマ重合膜で構成されているため、両者の界面は強固に密着している。このため、仮に1層の下地膜に孔が発生したとしても、この孔の周辺の界面にインク等が浸入するおそれはなく、結果的に撥液膜113の剥離が確実に防止される。
また、撥液膜113は、第2の下地膜115の上面にカップリング剤を結合してなるものである。このカップリング剤については、後に詳述する。
撥液膜113の平均厚さは、1μm以上1000μm以下程度であるのが好ましく、5μm以上500μm以下程度であるのがより好ましい。
【0047】
<インク室基板>
ノズルプレート11の下方には、インク室基板12が接合されている。
インク室基板12には、ノズルプレート11、側壁(隔壁)122および後述する振動板13により、複数のインク室(キャビティー、圧力室)121と、インクカートリッジ931から供給されるインクを一時的に貯留するリザーバー室123と、リザーバー室123から各インク室121に、それぞれインクを供給する供給口124とが区画形成されている。
【0048】
各インク室121は、それぞれ短冊状(直方体状)に形成され、各ノズル孔111に対応して配設されている。各インク室121は、後述する振動板13の振動により容積可変であり、この容積変化により、ヘッド1は、インクを吐出するよう構成されている。
インク室基板12を得るための母材としては、例えば、シリコン単結晶基板、各種ガラス基板、各種プラスチック基板等を用いることができる。これらの基板は、いずれも汎用的な基板であるので、これらの基板を用いることにより、ヘッド1の製造コストを低減することができる。
インク室基板12の平均厚さは、特に限定されないが、10μm以上1000μm以下程度とするのが好ましく、100μm以上500μm以下程度とするのがより好ましい。
また、インク室121の容積も、特に限定されないが、0.1nL以上100nL以下程度とするのが好ましく、0.1nL以上10nL以下程度とするのがより好ましい。
【0049】
<振動板>
一方、インク室基板12のノズルプレート11と反対側には、振動板13が接合されている。
振動板13を構成する材料としては、例えば、各種金属材料、各種樹脂材料、各種ガラス材料、各種セラミックス材料、シリコン材料等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせた複合材料も用いられる。
また、金属材料としては特にステンレス鋼、樹脂材料としては特にポリフェニレンサルファイド(PPS)、アラミド樹脂が好ましく用いられ、これらを積層したものがより好ましく用いられる。
【0050】
<圧電素子>
振動板13のインク室基板12と反対側には、複数の圧電素子14が設けられている。
各圧電素子14は、それぞれ、一対の電極間に圧電体層を介挿してなり、各インク室121のほぼ中央部に対応して配設されている。各圧電素子14は、圧電素子駆動回路に電気的に接続され、圧電素子駆動回路の信号に基づいて作動(振動、変形)するよう構成されている。
各圧電素子14は、それぞれ、振動源として機能し、振動板13は、圧電素子14の振動により振動し、インク室121の内部圧力を瞬間的に高めるよう機能する。
【0051】
(インクジェット式記録ヘッドの動作)
ヘッド1は、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力されていない状態、すなわち、圧電素子14の一対の電極間に電圧が印加されていない状態では、圧電体層に変形が生じない。このため、振動板13にも変形が生じず、インク室121には容積変化が生じない。したがって、ノズル孔111からインク滴は吐出されない。
【0052】
一方、圧電素子駆動回路を介して所定の吐出信号が入力された状態、すなわち、圧電素子14の一対の電極間に一定電圧が印加された状態では、圧電体層に変形が生じる。これにより、振動板13が大きくたわみ、インク室121の容積変化が生じる。このとき、インク室121内の圧力が瞬間的に高まり、ノズル孔111からインク滴が吐出される。
1回のインクの吐出が終了すると、圧電素子駆動回路は、一対の電極間への電圧の印加を停止する。これにより、圧電素子14は、ほぼ元の形状に戻り、インク室121の容積が増大する。なお、このとき、インクには、前述したインクカートリッジ931からノズル孔111へ向かう圧力(正方向への圧力)が作用している。このため、空気がノズル孔111からインク室121へ入り込むことが防止され、インクの吐出量に見合った量のインクがインクカートリッジ931(リザーバー室123)からインク室121へ供給される。
【0053】
このようにして、ヘッド1において、印刷させたい位置の圧電素子14に、圧電素子駆動回路を介して吐出信号を順次入力することにより、所望の文字や図形等を印刷することができる。
なお、本実施形態では、撥液膜113が、基板112のインク滴を吐出する側の面の全面に形成されている構成について示したが、これに限定されず、撥液膜113は、基板112のインク滴を吐出する側の面に、少なくともノズル孔111の周囲を囲む領域に形成されていればよい。このような構成においても、前述したような効果が、好適に発揮される。
【0054】
(ノズルプレートの製造方法)
次に、ノズルプレート11の製造方法(本発明のノズルプレートの製造方法)について説明する。
ノズルプレート11の製造方法は、基板112の上面(インク滴を吐出する側の面)に、プラズマ重合法により2層の下地膜114、115を形成する第1の工程と、第2の下地膜115の上面にエネルギーを付与する第2の工程と、第2の下地膜115の上面に撥液膜113を形成する第3の工程、第2の下地膜115および撥液膜113を加熱する第4の工程と、を有する。以下、各工程について説明する。
【0055】
[1]まず、2層の下地膜114、115の成膜に先立って、基板112の上面に下地処理を施す。
かかる下地処理としては、例えば、スパッタリング処理、ブラスト処理のような物理的表面処理、酸素プラズマ、窒素プラズマ等を用いたプラズマ処理、コロナ放電処理、エッチング処理、電子線照射処理、紫外線照射処理、オゾン暴露処理のような化学的表面処理、または、これらを組み合わせた処理等が挙げられる。
【0056】
次いで、基板112の上面に第1の下地膜114と第2の下地膜115をこの順で成膜する(第1の工程)。
第1の下地膜114および第2の下地膜115は、プラズマ重合法により形成される。
プラズマ重合法は、強電界中に、原料ガスとキャリアガスとの混合ガスを供給することにより、原料ガス中の分子を重合させ、重合物を基板112の上面に堆積させて成膜する方法である。この方法によれば、非常に緻密な下地膜を形成することができるので、例えば水分等が下地膜を貫通するのを防止することができる。
原料ガスとしては、例えば、メチルシロキサン、オクタメチルトリシロキサン、デカメチルテトラシロキサン、デカメチルシクロペンタシロキサン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、メチルフェニルシロキサンのようなオルガノシロキサン等が挙げられる。
【0057】
一方、キャリアガスには、例えば、ヘリウムガス、アルゴンガス、窒素ガス等が用いられる。
また、強電界は、電極に高周波電圧を印加することにより形成されるが、この高周波電圧の出力密度は、0.01W/cm以上100W/cm以下程度であるのが好ましい。
【0058】
また、成膜は減圧下で行われ、その圧力は、133.3×10−5Pa以上1333Pa以下(1×10−5Torr以上10Torr以下)程度であるのが好ましく、133.3×10−4Pa以上133.3Pa以下(1×10−4Torr以上1Torr以下)程度であるのがより好ましい。
ここで、第1の下地膜114と第2の下地膜115は、同じ組成、構造のプラズマ重合膜で構成されているものでもよいが、異なっていてもよい。
【0059】
例えば、第1の下地膜114の平均厚さは、第2の下地膜115の平均厚さより厚いのが好ましい。これにより、2層の下地膜114、115の応力緩和機能をより高めることができる。
具体的には、第1の下地膜114の厚さを厚くすることにより、第1の下地膜114は基板112に対して強固に密着するとともに、第1の下地膜114によって基板112の上面の凹凸が吸収されることとなり、第1の下地膜114の上面は平滑性の高い面となる。その結果、基板112と第1の下地膜114との間、および、第1の下地膜114と第2の下地膜115との間が強固に密着し、結果的には、撥液膜113の剥離を確実に防止することができる。
【0060】
なお、第1の下地膜114の平均厚さは、特に限定されないものの、1nm以上1000nm以下であるのが好ましく、2nm以上800nm以下であるのがより好ましい。
また、第1の下地膜114の平均厚さと第2の下地膜115の平均厚さとの差は、特に限定されないものの、第1の下地膜114の平均厚さをAとし、第2の下地膜115の平均厚さをBとしたとき、Bは0.1A以上0.8A以下であるのが好ましく、0.2A以上0.6A以下であるのがより好ましい。
【0061】
一方、第1の下地膜114の結晶化度は、第2の下地膜115の結晶化度より高いのが好ましい。これにより、第1の下地膜114は比較的剛性の高いものとなり、基板112に対して強固に密着し得るものとなる。また、第2の下地膜115は比較的剛性の低いものとなり、その剛性は、カップリング剤で構成された撥液膜113に近くなる。
すなわち、各膜の結晶化度を上記のようにすれば、基板112、第1の下地膜114、第2の下地膜115および撥液膜113の各部の剛性が、基板112側から撥液膜113側に徐々に低下するよう、連続的に変化する構成となる。これは、基板112の剛性は、一般に高く、撥液膜113の剛性は、一般に低いからである。このような剛性が徐々に変化する構成は、残留応力の緩和に適したものであり、撥液膜113の剥離を確実に防止することができる。
【0062】
なお、第1の下地膜114の結晶化度と、第2の下地膜115の結晶化度との差は、5%以上50%以下であるのが好ましく、10%以上40%以下であるのがより好ましい。これにより、前述した効果がより顕著なものとなる。
また、第1の下地膜114と第2の下地膜115の結晶化度を異ならせるためには、プラズマ重合膜を形成する際の形成条件を異ならせるようにすればよい。
【0063】
この形成条件としては、例えばプラズマ重合の際の高周波の出力密度、高周波電圧を印加する一対の電極間距離等が挙げられる。
このうち、出力密度を高めることによりプラズマ重合膜の結晶化度を高めることができ、出力密度を低くすることによりプラズマ重合膜の結晶化度を低くすることができる。
また、電極間距離を小さくすることによりプラズマ重合膜の結晶化度を高めることができ、電極間距離を大きくすることによりプラズマ重合膜の結晶化度を低くすることができる。
【0064】
なお、第1の下地膜114を形成した後、第2の下地膜115を形成する際には、成膜を一旦止めて、一定の時間を空けるようにするのが好ましい。これにより、発生していたプラズマが一度リセットされることになるので、仮に第1の下地膜114にピンホールが発生したとしても、第2の下地膜115によりカバーされる確率が高くなる。
また、第1の下地膜114を形成した後、以下の[2]と同様に、第1の下地膜114の上面にエネルギーを付与するようにしてもよい。これにより、第1の下地膜114と第2の下地膜115との密着性がさらに向上する。
【0065】
なお、この場合、第1の下地膜114を形成した後、第2の下地膜115を形成する前に、原料ガスを供給せず、キャリアガスのみを供給してプラズマを発生させることにより、第1の下地膜114の上面にエネルギーを付与することができる。この方法によれば、別途エネルギー付与手段を設けることなく、プラズマ重合装置を利用してエネルギーの付与を行うことができるので、各下地膜114、115間の密着性を簡単に高めることができる。
【0066】
また、プラズマ重合法は、通常、真空チャンバー内で行われるため、上記の方法によれば、第1の下地膜114の上面が外気に触れるおそれがない。このため、汚染や水分の付着などから第1の下地膜114の上面を保護することができ、第1の下地膜114と第2の下地膜115の密着性を高めることができる。
さらに、第1の下地膜114および第2の下地膜115の少なくとも一方を形成する際には、成膜中にプラズマ重合の条件を経時変化させるようにしてもよい。これにより、プラズマ重合膜の特性が連続的に変化したものとなる。
【0067】
例えば、成膜開始時から高周波の出力密度を経時的に低下させるようにすれば、プラズマ重合膜の剛性が徐々に低下することとなり、下地に対する密着性と、残留応力の緩和とを、高度に両立し得る下地膜が得られる。
同様に、成膜開始時から高周波電圧の電極間距離を経時的に大きくするようにすれば、プラズマ重合膜の剛性が徐々に低下することとなる。
【0068】
[2]次に、第2の下地膜115の上面にエネルギーを付与する(第2の工程)。エネルギーを付与すると、第2の下地膜115の上面に接着性が発現し、撥液膜113との密着性が向上する。
第2の下地膜115にエネルギーを付与する方法としては、例えば、エネルギー線を照射する方法、加熱する方法、圧縮力(物理的エネルギー)を付与する方法、プラズマに曝す(プラズマエネルギーを付与する)方法、オゾンガスに曝す(化学的エネルギーを付与する)方法等が挙げられる。
【0069】
なお、エネルギー線としては、紫外線、X線のような電磁波、電子ビーム、イオンビームのような粒子線等が挙げられる。
このうち、波長126nm以上300nm以下の紫外線を照射するのが好ましい。かかる紫外線によれば、第2の下地膜115の特性の著しい低下を防止しつつ、より短時間に接着性を発現させることができる。
【0070】
また、紫外線を照射する時間は、特に限定されないが、0.5分以上30分以下であるのが好ましく、1分以上10分以下であるのがより好ましい。
このようにしてエネルギーが付与され、活性化された第2の下地膜115の上面には、水酸基(OH基)が導入される。なお、前述の「活性化させる」とは、このように第2の下地膜115の上面に水酸基が結合した状態のことをいう。
【0071】
[3]次に、第2の下地膜115の上面にカップリング剤を供給する。これにより、撥液膜を形成する(第3の工程)。
カップリング剤は、いかなる方法で供給されてもよいが、カップリング剤を含む処理溶液を第2の下地膜115の上面に接触させる方法が好ましく用いられる。この接触は、第2の下地膜115の上面に処理溶液を塗布する方法、処理溶液に第2の下地膜115を成膜した基板112を浸漬する方法、第2の下地膜115の上面に処理溶液を噴霧する方法等により行うことができる。
【0072】
カップリング剤としては、例えば、Ti、Li、Si、Na、K、Mg、Ca、St、Ba、Al、In、Ge、Bi、Fe、Cu、Y、Zr、Ta等を有する各種金属アルコキシドを用いることができるが、これらの中でも、一般的に、Si、Ti、Al、Zr等を有する金属アルコキシドが用いられ、特に、Siを有するシラン系カップリング剤(金属アルコキシド)が好ましく用いられる。シラン系カップリング剤は、安価であり入手が容易である。
【0073】
ここで、シラン系カップリング剤は、一般式RfSiX(4−n)(但し、Xは、加水分解によりシラノール基を生成する加水分解基、Rfは各種の特性を有する官能基である。また、nは1以上3以下の整数である。)で表される。
この第1のカップリング剤が有する官能基の重量平均分子量は、200以上4000以下程度であるのが好ましく、1000以上2000以下程度であるのがより好ましい。
【0074】
第1のカップリング剤を溶解する溶媒としては、各種のものが用いられるが、例えば、トルエン、キシレン、トリメチルベンゼン、テトラメチルベンゼン、シクロヘキシルベンゼンのような芳香族炭化水素系溶媒を用いることができる。
この処理溶液におけるカップリング剤の濃度は、0.01重量%以上0.5重量%以下程度であるのが好ましく、0.1重量%以上0.3重量%以下程度であるのがより好ましい。
【0075】
このようにしてカップリング剤が供給されると、カップリング剤の加水分解基が加水分解されてシラール基が生成される。そして、このシラール基と、第2の下地膜115の上面に露出した水酸基とが水素結合により結合し、この上面にカップリング剤が導入される。その結果、カップリング剤で構成された撥液膜113が形成される。
このような方法によれば、カップリング剤が自発的に整列して膜を形成することから、非常に緻密な撥液膜113が得られる。緻密な撥液膜113は、当然に撥液性が高く、インクジェット式記録ヘッド1の性能の向上に寄与する。
【0076】
また、プラズマ重合膜は、前述したように緻密な膜であるため、その表面にはシラール基と結合し得る水酸基が高密度に露出している。この点からしても、撥液膜113は非常に緻密な膜になるといえる。
なお、第2の下地膜115の上面に処理溶液を接触させる時間は、0.1秒以上180秒以下程度であるのが好ましく、10秒以上60秒以下程度であるのがより好ましい。
【0077】
また、処理溶液の温度は、10℃以上200℃以下程度であるのが好ましく、20℃以上100℃以下程度であるのがより好ましい。
また、前記工程では、プラズマ重合法により形成された第1の下地膜114および第2の下地膜115は、基板112の上面のみならず、ノズル孔111の内面にも回り込んで成膜される。その結果、ノズル孔111の内面にも、第1の下地膜114、第2の下地膜115および撥液膜113が成膜される。
【0078】
このようなノズルプレート11は、ノズル孔111内におけるインクの流動性を高めるため、正常な位置へのインク滴の吐出を可能にする。その結果、印字品質のさらなる向上が図られる。
なお、ノズル孔111の内面と基板112の上面とが交わる箇所は、角部に撥液膜113を形成する必要があり、形状的に剥離し易い箇所であるが、2層の下地膜114、115を介在させることにより、角部における撥液膜113の密着性も高めることができる。
【0079】
[4]次に、必要に応じて、第2の下地膜115および撥液膜113を加熱する(第4の工程)。これにより、第2の下地膜115と撥液膜113との間で加水分解が促進され、撥液膜113がより強固に固定される。
この加熱の条件は、好ましくは50℃以上450℃以下程度×10秒以上150秒以下程度とされ、より好ましくは100℃以上250℃以下程度×50秒以上100秒以下程度とされる。
【0080】
また、この加熱は、加湿された雰囲気下で行われるのが好ましい。これにより、加水分解のさらなる促進が図られる。
さらに、必要に応じて、上記加熱条件よりも高温または長時間の加熱処理(ベーク)を行う。これにより、シラール基と水酸基とが脱水縮合し、共有結合による極めて強固な結合が実現される。
この場合、加熱の雰囲気は、比較的乾燥した、窒素雰囲気等の不活性ガス雰囲気とされる。
以上のようにしてノズルプレート11が製造される。
【0081】
このようにして製造されたノズルプレート11は、前述したように、2層の下地膜114、115の界面において残留応力が効果的に吸収されるため、基板112、2層の下地膜114、115および撥液膜113の各部の界面における剥離を確実に防止することができる。
特に、各下地膜114、115は、緻密なプラズマ重合膜で構成されているため、水分の浸入を確実に防止するとともに、高密度に露出した水酸基を介して、緻密な撥液膜113の形成を可能にする。しかも、プラズマ重合膜は、エネルギーの付与によって接着性を発現するものであるため、各界面における剥離をより確実に防止することができる。
【0082】
また、2層の下地膜114、115を設けたことにより、これらを貫通する孔の発生を防止し、インクによる基板112の腐食や撥液膜113の剥離を確実に防止することができる。
以上のような効果を奏するノズルプレート11は、長期にわたる耐薬品性、耐久性の向上が図られ、インク滴を正常に吐出可能なものとなる。
【0083】
また、このようなノズルプレート11を備えるインクジェット式記録ヘッド1およびインクジェットプリンター9は、高品位な印字を長期にわたって行い得るものとなる。
以上、本発明のノズルプレート、ノズルプレートの製造方法、液滴吐出ヘッドおよび液滴吐出装置を、図示の実施形態に基づいて説明したが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0084】
例えば、本発明のノズルプレートの製造方法では、前記実施形態の構成に限定されず、任意の目的の工程が1または2以上追加されていてもよい。
また、前記実施形態では、圧電方式のインクジェット式記録ヘッドを例に説明したが、液滴吐出ヘッドはかかる構成に限定されず、サーマル方式、静電アクチュエーター方式等のヘッドであってもよい。
【実施例】
【0085】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.インクジェット記録ヘッドの製造
(実施例1)
<1>まず、ノズルプレートの母材となるシリコン製の基板を用意し、その表面に酸素プラズマによる表面処理を施した。
次いで、基板を、プラズマ重合装置の真空チャンバー内に配置し、平均厚さ150nmのプラズマ重合膜を成膜した。なお、成膜条件は以下に示す通りである。
【0086】
<成膜条件>
・原料ガスの組成 :オクタメチルトリシロキサン
・原料ガスの流量 :50sccm
・キャリアガスの組成:アルゴン
・キャリアガスの流量:100sccm
・高周波電力の出力 :100W
・高周波出力密度 :25W/cm
・チャンバー内圧力 :1Pa(低真空)
・処理時間 :15分
・基板温度 :20℃
これにより、第1の下地膜を形成した。
【0087】
<2>次いで、1分程度、プラズマの発生を停止した後、第1の下地膜上に、処理時間以外は上記と同様の成膜条件で、平均厚さ150μmのプラズマ重合膜を成膜した。これにより、第2の下地膜を形成した。
<3>次に、得られた第2の下地膜の上面に、以下に示す条件で紫外線を照射した。
<紫外線照射条件>
・雰囲気ガスの組成 :大気(空気)
・雰囲気ガスの温度 :20℃
・雰囲気ガスの圧力 :大気圧(100kPa)
・紫外線の波長 :172nm
・紫外線の照射時間 :5分
【0088】
<4>一方、基板の下面には、ガラス基板を貼り付けた。
そして、撥液性を有するシラン系カップリング剤(信越シリコーン社製「KY−130」)を、0.1重量%となるようにFRシンナー(信越シリコーン社製)に溶解して、処理溶液を調製した。
次いで、処理溶液内に、ガラス基板を貼り付けたシリコン製の基板を浸漬した後、一定の速度で引き上げた。これにより、シラン系カップリング剤を第2の下地膜の上面に導入した。なお、処理溶液の条件は、以下に示す通りである。
【0089】
<処理溶液の条件>
・処理溶液の温度:25℃
・浸漬時間 :60秒
・引き上げ速度 :60mm/秒
これにより、撥液膜を形成した。
【0090】
<5>次に、撥液膜を形成したシリコン製の基板に対して、以下に示す条件で加熱処理を施した。
<加熱処理の条件>
・加熱雰囲気 :加湿空気
・加熱温度 :100℃
・加熱時間 :60秒
【0091】
<6>続いて、<5>の加熱処理よりも高温で、ベーク処理を施した。
<ベーク処理の条件>
・加熱雰囲気 :窒素ガス
・加熱温度 :200℃
・加熱時間 :90秒
以上のようにして、シリコン製の基板の表面に、2層の下地膜と撥液膜とを形成し、ノズルプレートを得た。
【0092】
(実施例2)
第2の下地膜の平均厚さを50μmに変更した以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
(実施例3)
第2の下地膜の形成条件を、以下のように変更した以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
・高周波出力密度 :15W/cm
なお、得られた第2の下地膜の結晶化度は、第1の下地膜の結晶化度より10%程度低いものであった。
【0093】
(実施例4)
第2の下地膜の形成条件を、以下のように変更した以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
・高周波出力密度 :15W/cm
・処理時間 :10分
・平均厚さ :50nm
なお、得られた第2の下地膜の結晶化度は、第1の下地膜の結晶化度より10%程度低いものであった。
【0094】
(実施例5)
工程<2>において、原料ガスを供給せず、キャリアガスのみを供給してプラズマを発生させ、1分間プラズマ処理するようにして以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
(比較例1)
2層の下地膜に代えて、以下のような方法で形成した1層の下地膜を用いるようにした以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
シリコン製の基板の上面に、CVD装置を用いて、以下に示す条件でSiO膜を形成した。
【0095】
・原料ガス :ジクロロシラン+酸素
・基板の加熱温度 :650℃
・基板の加熱時間 :40分
・平均厚さ :200μm
これにより、基板上にSiO膜の下地膜を得た。
(比較例2)
第2の下地膜の形成を省略した以外は、実施例1と同様にしてノズルプレートを得た。
【0096】
2.ノズルプレートの評価
2.1 アルカリ浸漬試験
各実施例および各比較例で得られたノズルプレートに対して、以下に示す浸漬試験を行った。
浸漬試験では、ノズルプレートをアルカリ溶液中に浸漬した後、この基板をアルカリ溶液から取り出し、このとき、膜状に付着していたアルカリ溶液が弾かれて、接触角90°以上の液滴が形成されるまでの時間を測定した。
なお、基板をアルカリ溶液中に浸漬した際の各条件は、以下に示す通りである。
【0097】
・アルカリ溶液 :0.01NのNaOH水溶液(pH:12)
・アルカリ溶液の温度:80℃
・浸漬時間 :1秒間、20分間、3時間
そして、前述のようにして測定された時間を、それぞれ、浸漬時間毎に、以下の4段階の基準に従って評価した。
◎:20秒以内に液滴が形成された。
○:21〜60秒間に液滴が形成された。
△:61〜180秒間に液滴が形成された。
×:接触角90°以上の液滴が形成されない。
【0098】
2.2 ワイピング試験
次に、各実施例および各比較例で得られたノズルプレートに対して、以下に示すワイピング試験を行った。
まず、ノズルプレートの撥液膜形成面に対して、布製ワイパーによるワイピング操作(摩擦操作)を繰り返し行った。そして、ワイピング操作を20000回、40000回、60000回行うたびに、それぞれ前述したアルカリ溶液に1秒間浸漬し、その後、液滴形成時間を測定し、上述した基準に従って評価した。
以上、2.1および2.2の評価結果を、以下の表1に示す。
【0099】
【表1】

【0100】
表1から明らかなように、各実施例で得られたノズルプレートでは、アルカリ浸漬試験において長時間アルカリ溶液に浸漬した場合でも、優れた撥液性を維持していた。また、長時間のワイピング操作によっても、撥液性は維持されていた。
【符号の説明】
【0101】
1……インクジェット式記録ヘッド 11……ノズルプレート 111……ノズル孔 112……基板 113……撥液膜 114……第1の下地膜 115……第2の下地膜 12……インク室基板 121……インク室 122……側壁 123……リザーバー室 124……供給口 13……振動板 131……連通孔 14……圧電素子 21……プレート 9……インクジェットプリンター 92……装置本体 921……トレイ 922……排紙口 93……ヘッドユニット 931……インクカートリッジ 932……キャリッジ 94……印刷装置 941……キャリッジモーター 942……往復動機構 943……キャリッジガイド軸 944……タイミングベルト 95……給紙装置 951……給紙モーター 952……給紙ローラー 952a……従動ローラー 952b……駆動ローラー 96……制御部 97……操作パネル P……記録用紙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液滴を吐出する複数のノズル孔が形成された基板と、該基板の前記液滴を吐出する側の面に、少なくとも前記ノズル孔の周囲を囲うように設けられ、カップリング剤で構成された撥液膜とを有し、
前記基板と撥液膜との間に設けられ、プラズマ重合膜で構成された2層以上の下地膜を有することを特徴とするノズルプレート。
【請求項2】
前記2層以上の下地膜として、第1の下地膜と、これより前記撥液膜側に位置する第2の下地膜とを有しており、
前記第1の下地膜は、その平均厚さが、前記第2の下地膜より厚いものである請求項1に記載のノズルプレート。
【請求項3】
前記第1の下地膜は、その結晶化度が、前記第2の下地膜より高いものである請求項2に記載のノズルプレート。
【請求項4】
前記プラズマ重合膜は、シロキサン結合を含むSi骨格と、該Si骨格に結合し有機基からなる脱離基とを含むものである請求項1ないし3のいずれかに記載のノズルプレート。
【請求項5】
前記プラズマ重合膜は、ポリオルガノシロキサンを主材料とするものである請求項4に記載のノズルプレート。
【請求項6】
液滴を吐出する複数のノズル孔が形成された基板と、該基板の前記液滴を吐出する側の面に、少なくとも前記ノズル孔の周囲を囲うように設けられた撥液膜とを有するノズルプレートの製造方法であって、
前記基板の前記液滴を吐出する側の面に、プラズマ重合法により2層以上の下地膜を形成する第1の工程と、
前記下地膜の表面に、エネルギーを付与する第2の工程と、
前記下地膜の表面に、カップリング剤を供給し、前記撥液膜を形成する第3の工程と、を有することを特徴とするノズルプレートの製造方法。
【請求項7】
前記第1の工程において2層以上の下地膜を成膜する際に、プラズマ重合法による成膜条件を各層で異ならせる請求項6に記載のノズルプレートの製造方法。
【請求項8】
さらに、前記下地膜および前記撥液膜を加熱する第4の工程を有する請求項6または7に記載のノズルプレートの製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれかに記載のノズルプレートを備えることを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項10】
請求項9に記載の液滴吐出ヘッドを備えることを特徴とする液滴吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−161903(P2011−161903A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−30733(P2010−30733)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】