説明

バイオレメディエーションのための浄化シミュレーション方法

【課題】バイオレメディエーションにおける浄化速度を予測することができる浄化シミュレーション方法を提供すること。
【解決手段】汚染土壌に含まれる油および該油の濃度を特定する第1ステップ(S1)と、
前記汚染土壌に投与する微生物および栄養塩を指定する第2ステップ(S2)と、
特定された前記油、指定された前記微生物および栄養塩の組に対応する前記微生物の増殖定数、増殖速度および収率係数を決定する第3ステップ(S3)と、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、および予測時刻を指定する第4ステップ(S5)と、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、前記増殖定数、前記増殖速度および前記収率係数を、前記微生物の増殖に関する第1方程式および前記油の減少に関する第2方程式に適用し、前記第1方程式および第2第2方程式を数値計算によって解き、前記予測時刻における前記微生物の量を計算する第5ステップ(S6、S7)とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、汚染土壌が、バイオレメディエーションによって浄化される状況をシミュレーションするための浄化シミュレーション方法に関する。
【背景技術】
【0002】
石油系炭化水素による汚染土壌の浄化方法として、微生物機能(油を分解する機能)を利用したバイオレメディエーションが知られている。バイオレメディエーションは他の物理・化学的方法と比較して環境負荷(環境への影響)を抑制できる利点がある。
【0003】
バイオレメディエーションは、汚染土壌を採取して別の場所に移動させて浄化を行う方法と、汚染の現場で実施する方法(原位置バイオレメディエーション)とに大別される(下記特許文献1参照)。原位置バイオレメディエーションでは、工期が長期にわたる(1年以上要する場合もある)ことや、高い分解活性の維持には適切な追加処理が重要であることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−220067号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記したように、原位置バイオレメディエーションでは、工期が長期にわたることや、高い分解活性の維持には適切な追加処理が重要であることから、浄化速度を予測することができれば非常に有効である。
【0006】
本発明者は、石油分解菌数と油分分解率との関係を解析し、石油分解菌の最適投与条件や油分分解効率を向上させるための追加処理についての検討を試みた。しかし、適切な浄化シミュレーションモデルおよびそれに基づくシミュレーション方法を確立することはできていなかった。
【0007】
また、本発明者は、原位置バイオレメディエーションに関しては、環境微生物および投与した微生物の挙動解析に基づいて工程管理や追加処理を行うことで、浄化工程の効率を向上させることを試みた。しかし、汚染濃度および微生物挙動の予測ができないために、追加処理を施工するタイミングが遅くなり、結果として工程が長くなっていた。
【0008】
従って、本発明は、汚染土壌がバイオレメディエーションによって浄化される状況、特に浄化速度を予測することができる浄化シミュレーション方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的は、以下の手段によって達成される。
【0010】
即ち、本発明に係る第1の浄化シミュレーション方法は、
汚染土壌に含まれる油および該油の濃度を特定する第1ステップ(S1)と、
前記汚染土壌に投与する微生物および栄養塩を指定する第2ステップ(S2)と、
特定された前記油、指定された前記微生物および栄養塩の組に対応する前記微生物の増殖定数、増殖速度および収率係数を決定する第3ステップ(S3)と、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、および予測時刻を指定する第4ステップ(S5)と、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、前記増殖定数、前記増殖速度および前記収率係数を、前記微生物の増殖に関する第1方程式および前記油の減少に関する第2方程式に適用し、前記第1方程式および第2第2方程式を数値計算によって解き、前記予測時刻における前記微生物の量を計算する第5ステップ(S6、S7)とを含むことを特徴としている。
【0011】
また、本発明に係る第2の浄化シミュレーション方法は、上記の第1の浄化シミュレーション方法において、
前記第5ステップが、
前記第1方程式および前記第2方程式に加えて土壌バクテリアの増殖に関する第3方程式を用い、
前記微生物を投与する前の土壌バクテリアの量、投与する前記微生物の量、前記油の濃度、前記増殖定数、前記増殖速度および前記収率係数を、前記第1〜第3方程式に適用し、前記第1〜第3方程式を数値計算によって解き、前記予測時刻における前記微生物の量および前記土壌バクテリアの量を計算するステップであることを特徴としている。
【0012】
また、本発明に係る第3の浄化シミュレーション方法は、上記の第2の浄化シミュレーション方法において、
前記第1および第3方程式が、
【0013】
【数1】

【0014】
で表され、前記第2方程式が、
【0015】
【数2】

【0016】
で表され、
μijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する増殖速度であり、
iが、石油分解菌の数または土壌バクテリアの数であり、
sjが、各油の濃度であり、
λiが、石油分解菌の死滅定数または土壌バクテリアの死滅定数であり、
ijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する収率定数であることを特徴としている。
【0017】
また、本発明に係る第4の浄化シミュレーション方法は、上記の第3の浄化シミュレーション方法において、
iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する前記増殖速度μijを、
【0018】
【数3】

【0019】
として、前記第1および第3方程式が、
【0020】
【数4】

【0021】
で表され、前記第2方程式が、
【0022】
【数5】

【0023】
で表され、
κijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する増殖定数であることを特徴としている。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、微生物や栄養塩の最適投入量や投入時期を正確に決定することができる。また、浄化処理の工期を正確に予想することが可能となり、工程管理やコスト試算に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の実施の形態に係る土壌汚染の浄化シミュレーション方法を示すフローチャートである。
【図2】従来のシミュレーション方法を適用するための実験で得られた油分濃度、油分分解率、土壌バクテリア数、および石油分解菌数の経時変化を示すグラフである。
【図3】従来のシミュレーション結果を示す図である。
【図4】図3とは別の従来のシミュレーション結果を示す図である。
【図5】本発明の適用対象とした実験で得られた分解率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る実施の形態を、添付した図面に基づいて説明する。図1は、本発明の実施の形態に係る浄化シミュレーション方法を示すフローチャートである。
【0027】
以下において、本浄化シミュレーション方法は、主としてコンピュータを用いて実施されることとする。コンピュータが行う処理は、実際には、コンピュータが備える演算処理手段(以下、CPUと記す)が行う。CPUは、コンピュータが備えるメモリをワーク領域として使用して、演算などの処理を行う。CPUが処理を行う前提条件は、コンピュータが備える操作手段(コンピュータ用キーボード、マウスなど)が、外部から人によって操作されて、データとして入力される。入力されたデータは、メモリの所定領域に一時記憶され、演算処理に使用される。入力されたデータや演算処理の結果は、コンピュータが備える記録部(ハードディスクなど)に適宜記録される。
【0028】
なお、微生物の「属」(分類上の属性)を示す名称は斜体で表記されるが、本明細書では、斜体で表記せず通常の書体で表記する。
【0029】
ステップS1において、浄化対象とする汚染土壌を分析し、土壌を汚染している油の種類および各油の濃度の情報を得る。得られた情報は、コンピュータに入力され、記録部に記録される。ここで、油は、石油分解菌で分解可能な油である。例えば、エンジンオイルのベースオイル(基油)である場合、実施例として後述する表14に示した基質の中から特定される。汚染土壌に複数種類の油が含まれている場合には、それらが全て特定される。
【0030】
ステップS2において、コンピュータが、投与する石油分解菌および栄養塩の指定を受け付けて、記録部に記録する。ここで、指定される石油分解菌は、ステップS1で特定された各油を分解可能な菌である。投与する石油分解菌および栄養塩は、それぞれ1種類に限定されず、複数種類であってもよい。なお、石油分解菌が油を分解する能力は、油に応じて異なる。
【0031】
ステップS3において、コンピュータが、ステップS1で特定された油O、ステップS2で指定された石油分解菌Fおよび栄養塩Mswの組{O,F,Msw}毎に、増殖定数、増殖速度および収率係数を、記録部から読み出す。記録部には、石油分解菌i、油j、栄養塩kに対応させて、増殖定数κijk、増殖速度μijk、収率係数Yijkが記録されている(i、j、kはそれぞれ、石油分解菌、油、栄養塩を区別するためのものである)。記録部への記録形式は、例えば{i,j,k,κijk,μijk,Yijk}を一組とするテーブルである。
【0032】
ここでは、増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yは、石油分解菌、油、栄養塩の種類に依存し、それらの投与量には依存しないと仮定した。栄養塩の中に石油と競合するような物質が含まれている場合には、増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yの値が変わる可能性がある。例えば、微生物は石油を炭素源として資化するが、4×MSW培地中にも炭素成分(ポリペプトン、乾燥酵母エキス)が含まれているので、投入する栄養塩の量が変われば増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yの値に影響すると考えられる。しかし、本発明者はこれまでの研究により、油分分解に最適な栄養塩の投入濃度を決定しているので、栄養塩については問題ない。即ち、これまでの研究で決定した栄養塩の量を採用し、その量に対して、実験的に増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yを決定すればよい。
【0033】
また、石油分解菌の量と、増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yの値との関係に関しては、石油分解菌が著しく過剰に存在するような土壌状態でなければ、基本的に増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yは基質の種類に依存し、石油分解菌の量には依存しない。石油分解菌が著しく過剰に存在する土壌状態では、石油分解菌が限られた基質(油)を取り合うことになり、石油分解菌の死滅量が増殖量を上回ってしまう。そのため、基質(油)の消費量と石油分解菌の増殖量の関係が分からなくなり、正確な増殖定数κ、増殖速度μ、収率係数Yの値を算出できない可能性がある。
【0034】
ステップS4において、ステップS3で読み出した増殖定数κijk、増殖速度μijk、収率係数Yijkを用いて、分解式を作成する。ここで、分解式のうち、微生物(土壌バクテリア、石油分解菌)が石油を分解して増殖することを表す式として次の式1を用い、油が微生物によって分解されて減少すること(基質濃度の低下)を表す式として次の式2を用いる。なお、本明細書において、「微生物」とは、投与される石油分解菌、土壌バクテリア、または、これらの両方を意味する。従って、例えば「微生物の数」とは、石油分解菌の数、土壌バクテリアの数、または、石油分解菌の数および土壌バクテリアの数(加算された値ではない)を意味する。
【0035】
【数6】

【0036】
ここで、Mは時刻tにおける微生物(土壌バクテリア、石油分解菌)の数、Csは時刻tにおける油の濃度、κは増殖定数(石油分解菌が油を分解して増殖する程度を表す)、Yは収率係数(油分1mgから土壌バクテリアバイオマス(土壌微生物菌体)への変換率)、λは微生物の死滅定数である。ここで、式1、式2において、石油分解菌の増殖速度μは式3で表せると仮定している。
【0037】
式1は、微生物の数だけ作成され、式2は、ステップS1で特定された油の数だけ作成される。通常、土壌バクテリアおよび1種類の石油分解菌を対象とするので、2つの式1が作成される。複数種類の石油分解菌を投与する場合には、各石油分解菌に関して式1が作成される。
【0038】
例えば、土壌バクテリア、1種類の石油分解菌、3種類の基質(油)を対象とする場合、次のような式4〜8が作成される。
【0039】
【数7】

【0040】
式4は土壌バクテリアに関する式、式5は石油分解菌に関する式、式6〜8は各油に関する式である。ここで、各変数の意味は次の通りである。
1:土壌バクテリアの数
2:石油分解菌の数
s1:第1の油の濃度
s2:第2の油の濃度
s3:第3の油の濃度
λ1:土壌バクテリアの死滅定数
λ2:石油分解菌の死滅定数
κ11:土壌バクテリアの第1の油に対する増殖定数
κ12:土壌バクテリアの第2の油に対する増殖定数
κ13:土壌バクテリアの第3の油に対する増殖定数
κ21:石油分解菌の第1の油に対する増殖定数
κ22:石油分解菌の第2の油に対する増殖定数
κ23:石油分解菌の第3の油に対する増殖定数
11:土壌バクテリアの第1の油に対する収率定数
12:土壌バクテリアの第2の油に対する収率定数
13:土壌バクテリアの第3の油に対する収率定数
21:石油分解菌の第1の油に対する収率定数
22:石油分解菌の第2の油に対する収率定数
23:石油分解菌の第3の油に対する収率定数
石油分解菌は、例えばGordoniaであり、第1〜第3の油は、例えばn-Decane、n-Hexylcyclohexane、n-Hexylbenzeneである。
【0041】
より一般的には、式1、式2は、それぞれ次の式9、式10のように表される。
【0042】
【数8】

【0043】
ここで、iは、各石油分解菌(複数の場合もある)および土壌バクテリアを区別する(即ち特定する)添え字であり、jは各油を区別する(即ち特定する)添え字である。Σi、Σjはそれぞれi、jについて総和を計算することを意味する。
【0044】
ステップS5において、コンピュータは、数値計算の初期条件の指定を受け付ける。初期条件は、初期(即ち投与前)の土壌バクテリア数、石油分解菌の投与量、各油の濃度、および、微生物の数を計算すべき予測時刻tである。ここで予測時刻tは1つ以上指定される。初期条件は、操作部から指定されても、ステップS1、S2などで記録部に記録されたものを記録部から読み出してもよい。
【0045】
ステップS6において、コンピュータは、ステップS5で設定された予測時刻tを1つ設定する。
【0046】
ステップS7において、ステップS4で作成された式1および式2を、ステップS5で指定された数値計算の初期条件を用いて解き、ステップS6で指定された予測時刻tにおける微生物の数を求める。式1および式2を解くには、公知の数値解析方法を使用すればよい。種々の数値解析方法が公知であるので、ここでは説明を省略する。
【0047】
ステップS8において、ステップS5で指定された予測時刻tのうち、まだ計算対象とされていない予測時刻tがあるか否かを判断し、残っていればステップS6に戻り、既に計算対象とされた予測時刻tと重複しないように、新に予測時刻tを設定し、ステップS7を実行する。この繰り返し処理は、ステップS5で複数の時刻tが指定された場合に必要な処理であり、ステップS5で予測時刻tが1つだけしか指定されなかった場合には、行われない。
【0048】
ステップS9において、ステップS7で得られた微生物(土壌バクテリア、石油分解菌)の数Mを、予測時刻tと対応させて記録部に記録する。
【0049】
以上の処理によって、複数種類の油(基質)で汚染された土壌に、指定された石油分解菌および栄養塩を投与する場合の、微生物の数の時間的変化を得ることができる。微生物の数の増加は汚染土壌の浄化が進んだ(油が分解された)ことを意味し、微生物の数の増加速度は浄化速度に対応する。従って、本発明のシミュレーションによって、石油分解菌が死滅し、その数が減少すると予測される時刻に、石油分解菌を再度投入すれば浄化により有効であると言える。
【0050】
上記のように本発明の特徴は、石油分解菌が油を分解する性能は、油の種類(基質)毎に異なる点に着目し、石油分解菌、栄養塩および油の組毎に、増殖定数、増殖速度および収率係数を設定して、上記の分解式(式1、式2)を解く点にある。よって、予め、石油分解菌、栄養塩および油の組毎に、増殖定数、増殖速度および収率係数を精度よく決定し、データベース化しておくことが望ましい。増殖定数、増殖速度および収率係数は、例えば、実施例として後述するように、上記の分解式(式1、式2)を用いて実験的に決定することができる。
【0051】
なお、投与する予定の石油分解菌に関する既存のデータ(増殖定数、増殖速度および収率係数)が無くても、模擬的に汚染土壌(土壌を油で汚染した状態)を作製して実験することによって、投与予定の石油分解菌に関する、油毎の増殖定数、増殖速度および収率係数を求めることができる。例えば、実験室で1種類の油(特定の1種類の基質)を用いて作製した汚染土壌に、石油分解菌および栄養塩をそれぞれ所定量投与する。その後、石油分解菌の数、土壌バクテリアの数を、時間経過に応じて測定する。得られた測定値(石油分解菌の数、土壌バクテリアの数)を再現できるように、パラメータフィッティングによって増殖定数、増殖速度および収率係数を決定する。そして、汚染土壌の作製に使用する油の種類(基質)を変更して、実験およびパラメータフィッティングを繰り返し、増殖定数、増殖速度および収率係数を決定する。得られた増殖定数、増殖速度および収率係数を用いて、実際の汚染土壌に含まれる各油の初期の量(石油分解菌を投与する前の量)を初期値として与えて、シミュレーションを行えばよい。
【0052】
以上、本発明の特定の実施の形態について説明したが、上記の説明は、本発明が上記した実施の形態に限定されることを意図したものではない。上記の実施の形態は種々変更、拡張されて実施されることができ、それらも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0053】
例えば、図1に示したフローチャートにおいて、各処理の順序を変更することも、一部の処理を削除することも、新たな処理を追加することも可能である。
【0054】
また、上記では、増殖速度μを式3で表す場合を説明したが、増殖速度μを表す式は式3に限定されない。例えば、次の式11(Monod式)、式12(Teissier式)などを使用してもよい。
【0055】
【数9】

【0056】
ここで、Csは基質濃度、μMaxは最大比増殖速度定数、κは増殖定数、Ksは飽和定数である。
【0057】
これらの式で、増殖速度μを表す場合、式9及び式10は、次の式13及び式14のように表される。
【0058】
【数10】

【0059】
ここで、i、j、Σi、Σjの意味は、式9及び式10に関して上記した意味と同じである。
【0060】
また、汚染原因である油の分類方法は、上記に限定されない。投入予定の石油分解菌が、異なる増殖定数、増殖速度および収率係数を有するように、汚染原因である油を分類すればよい。
【0061】
また、増殖定数、増殖速度および収率係数は、石油分解菌、栄養塩および油にのみ依存するとの前提が成り立たず、投与される石油分解菌の量、投与される栄養塩の量にも依存する場合も在り得る。従って、より正確な予測を行うには、これらをも考慮して、石油分解菌、栄養塩、油、投与する石油分解菌の量、および、投与する栄養塩の量の組毎に、増殖定数、増殖速度および収率係数を記録したデータベースを作成しておくことが望ましい。そして、データベースから、石油分解菌、栄養塩、油、投与する石油分解菌の量、および投与する栄養塩の量の組に対応する増殖定数、増殖速度および収率係数を読み出して、数値計算に適用することが望ましい。データベースに、投与する石油分解菌の量および投与する栄養塩の量に対応する増殖定数、増殖速度および収率係数が無かった場合、投与する石油分解菌の量および投与する栄養塩の量に近い値に対応する増殖定数、増殖速度および収率係数を数値解析に使用すればよい。また、投与する石油分解菌の量、および投与する栄養塩の量に近い値に対応する複数組の増殖定数、増殖速度および収率係数から、数値解析に使用する増殖定数、増殖速度および収率係数を、例えば補間によって決定してもよい。
【0062】
以下に、実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【実施例1】
【0063】
まず、比較実験として、本発明を適用せずに、増殖定数、増殖速度および収率係数を求め、それらの値を用いて土壌バクテリア数、油分濃度を求めた。即ち、模擬汚染土壌(ベースオイル)の浄化モデルを想定し、自動車用エンジンオイルのベースオイルで作製した模擬汚染土壌のバイオレメディエーションのデータに基づいて、石油分解菌の増殖速度や油分の浄化速度を推定した。そして、これらの推定値を用いて石油汚染土壌バイオレメディエーションの浄化速度をシミュレーションした。
【0064】
具体的な実験条件は、次の(1)〜(6)に示す通りである。
(1)実験スケール
500ml容量のガラス製サンプル瓶に土壌100gを投入
(2)摸擬汚染土壌の作製
真砂土とシルトとを、真砂土:シルト=3:1の比率で混合した土壌を使用
(3)処理条件
投与菌株:Rhodococcus sp. NDKK6株(以下、Rhod.とも記す)
菌体投与量:105〜109cells/g-soil
栄養成分(栄養塩):4倍濃縮改変SW(以下、4×MSWとも記す)培地
培養条件:遮光し、室温で静置培養
(4)モニタリング
解析日:培養開始から0、3、7、および14日目
解析項目:油分濃度(抽出溶媒としてH-997を使用した赤外吸光法を使用)、土壌バクテリア数(環境DNA(eDNA)解析法を使用)、Rhodococcus属石油分解菌数(Real-time PCR法を使用)
(5)水分調節
適宜滅菌水を添加し、含水率を16〜18%の範囲で一定に調節した。
(6)実験系列
次の表1に示す通り。
【0065】
【表1】

【0066】
系列No.1は水のみを加えた系であり、系列No.2は4×MSW培地を加えたバイオスティミュレーションの系であり、系列No.3〜7は4×MSW培地と共にRhodococcus sp. NDKK6株を加えたバイオオーグメンテーションの系である。なお、系列毎に2つのサンプルを作製して実験した。従って、以下に示す実験値は2回の実験の平均値である。
【0067】
これらの系に関する実験結果として得られた油分濃度、油分分解率、土壌バクテリア数、および石油分解菌数の経時変化を次の表2〜5および図2に示す。図2において、系列No.1〜7の値を、黒正方形、黒丸、米印、白正方形、三角形、菱形、白丸で表す。
【0068】
【表2】

【0069】
【表3】

【0070】
【表4】

【0071】
【表5】

【0072】
表中、「−」は検出しなかったことを意味する。
【0073】
以上のデータに基づいて、石油分解菌の増殖速度や油分の分解速度を推定した。時間(Time)、時間の変化量(dt)、基質濃度(Cs)、基質濃度の変化量(dCs)、土壌バクテリア数(M)、土壌バクテリア数の変化量(dM)、石油分解菌数(MRhod)、石油分解菌数の変化量(dMRhod)を系列毎に算出した。その結果を、次の表6〜12に示す。
【0074】
【表6】

【0075】
【表7】

【0076】
【表8】

【0077】
【表9】

【0078】
【表10】

【0079】
【表11】

【0080】
【表12】

【0081】
以上の表6〜12に示したデータセットを1次分解式の基本式(上記の式1、式2)に代入し、実測値との差が最小となるようにパラメータフィッティングを行い、土壌バクテリアの増殖定数κ、増殖速度μ、および収率係数Yを算出した。結果を表13に示す。
【0082】
また、real-time PCR法により定量した石油分解菌数に基づいて、Rhodococcus sp. NDKK6の増殖定数κRhod、増殖速度μRhod、および収率係数YRhodについても求めた。結果は表13の右側3列に示されている。なお、NDKK6株の死滅速度を測定しなかったので、ここでは、土壌バクテリアおよび石油分解菌の死滅定数λはいずれも0.025day-1(即ち1日あたり2.5%が死滅する)と仮定した。
【0083】
【表13】

【0084】
上記で得られたκ、μ、およびYを、上記の式1及び式2に代入し、石油汚染土壌の浄化シミュレーションを行った。投与する石油分解菌をRhodococcus sp. NDKK6株と仮定した場合のシミュレーション結果を図3に示す。図3において、油分濃度を正方形で、土壌バクテリア数を菱形で表す。なお、初期の汚染濃度は5,000mg/kg-soilとした。また、石油系炭化水素による実汚染土壌では多くが5.0×108cells/g-soil以下であるという知見が得られていることから、初期の土壌バクテリア数は5.0×108cells/g-soilと仮定して計算した。
【0085】
図3から、本モデルでは、比較的短期間で浄化率が100%(油分濃度が0)に達してしまうことが分かる。実際には、ベースオイル中にRhodococcus sp. NDKK6では分解が難しい成分が含まれていることから、油分濃度は0にはならない。このことから、本モデルでは浄化速度を適切に評価できない(浄化速度を過大評価している)ことが分かった。
【実施例2】
【0086】
次に、上記した実施例1の結果を改善するために、本発明を適用せずに、浄化可能な炭化水素成分の割合(石油分解菌が分解可能な炭化水素成分の割合)を考慮して浄化率を求めた。具体的には、上記の実施例1で使用した自動車用エンジンオイルのベースオイルをイアトロスキャンで成分分析し、得られた結果(飽和分=59.4%)を使用して、実施例1と同様に再度シミュレーションを行った。即ち、Rhodococcus sp. NDKK6は全油の59.4%を分解できると仮定した。図4は、得られた結果をグラフ化したものである。図4において、油分濃度を正方形で、土壌バクテリア数を菱形で表す。図4から分かるように、油分濃度は0にはならず、実測データ(表2及び表4に示す)をある程度再現できており、シミュレーションの精度が向上したことが分かる。しかし、原位置バイオレメディエーションに実際に適用するには、さらにシミュレーションの精度を向上させることが望ましい。
【実施例3】
【0087】
そこで、本発明を適応した実験を行った。即ち、汚染土壌中に含まれる炭化水素の成分と含有量を分析した結果を用いて、浄化予測を行うことを想定した。本実施例3では、単一の炭化水素を基質として、各成分に対する石油分解菌の分解活性を解析した。
【0088】
具体的な実験条件は、次の(1)〜(6)に示す通りである。
(1)実験スケール
500m容量のガラス製サンプル瓶に土壌100gを投入
(2)摸擬汚染土壌の作製
5号珪砂に市販の炭化水素を0.50g添加(油分濃度=5,000mg/kg-soil)し、滅菌した土壌を使用
(3)処理条件
投与菌株:Gordonia sp. NDKY76A(以下、Gor.とも記す)
投与菌体量:9.7×107cfu/g-soil
栄養成分(栄養塩):4×MSW培地
培養条件:遮光し、室温で静置培養
(4)モニタリング
解析日:0、3、7、14、21、および28日目
解析項目:油分濃度(クロロホルム・メタノール抽出してGC(ガスクロマトグラフィー)分析した)、土壌バクテリア数(環境DNA(eDNA)解析法を使用)、Gordonia属石油分解菌数(Real-time PCR法を使用)
(5)水分調節
適宜滅菌水を添加し、含水率を一定(4%)に調節した(珪砂は保水力が非常に弱いため低い値に調節した)。
(6)実験系列
対象とした基質を、表14に示す通り。
【0089】
なお、系列No.1の実験は、死滅定数λを算出するために行った。珪砂には石油分解菌の生育基質となる栄養分がほとんどないので、系列No.1のような条件では増殖せずにすぐに死滅ので、その減少量から死滅定数λを決定した。
【0090】
【表14】

【0091】
※1 c−アルカンおよび芳香族の炭素数は「環の炭素数 + 側鎖の炭素数」で示す。
※2 GC分析の条件はInjector:250℃、Oven:75℃、1分→6℃/分→300℃、20分、Detector:300℃(FID)、試料注入量:1μl、キャリアガス:He(40ml/分)である。石油中には多種の炭化水素成分が含まれているため、一定の温度条件で分析すると多成分をうまく分離できず、定量性が低下する。そこで、分離用カラムとの親和性に加えて、沸点によっても(カラム内での)保持時間に差が出るように、カラムが設置されているオーブンの温度を徐々に高めていく条件に設定した。上記のOvenに関する表記は、75℃で1分間保持して土壌から油分を抽出する溶媒を除去した後、6℃/分で温度を上げていき、最終的に300℃まで到達させ、300℃で20分間保持したことを意味する。これは、カラム内に高沸点成分が残留し難くするため処理であり、上記の分析条件で75〜250℃の炭化水素成分を分析・定量することができた。)
汚染土壌中に残存している炭化水素をクロロホルム・メタノール(3:1)混合溶液を用いて抽出し、GC分析した。微生物数を表15に示し、得られたクロマトグラムのピーク面積から算出した分解率を図5に示す。なお、実験初期に油分分解が顕著に進んでいることから、初期の増殖量を用いて比増殖速度を算出することにしたので、表15には、算出に使用した0〜3日目の実験値のみを示し、その後の実験値は省略している。
【0092】
【表15】

【0093】
表15の結果より、シミュレーションモデルに必要なパラメータとして、Gordoniasp. NDKY76Aの増殖定数κGor、増殖速度μGor、および収率係数YGorを算出した。即ち、実験を再現できるように、パラメータフィッティングによって、それらの値を求めた。その結果を表16に示す。
【0094】
【表16】

【0095】
Rhodococcus sp. NDKK6などの別の石油分解菌について、また、別の基質を含む油について、同様に実験を行うことによって、増殖定数、増殖速度、および収率係数を算出することができる。
【0096】
従って、これらの値をデータベースとして記録しておけば、汚染土壌を分析し、汚染原因である油に含まれる炭化水素成分の構成比を調べ、使用する石油分解菌および検出された炭化水素成分の組毎に増殖定数、増殖速度、および収率係数をデータベースから読み出して、シミュレーションすることができる。そして、石油分解菌を投与した後の所定の時刻における油分解率および分解速度を推定することができる。
【0097】
なお、表16の値は限定的な実験から得られた結果であり、必ずしもこれらの値が適切で無い場合もあり得る。従って、種々の実験を繰り返して同様に得られた値から決定することが望ましい。
【0098】
また、同じ石油分解菌および同じ基質に関して、別の要因を考慮し、その要因にも対応させて増殖定数、増殖速度、および収率係数を記録しておいてもよい。その場合、実際の汚染現場、汚染土壌に応じて、より適切なシミュレーションを行うことができる。考慮すべき要因(増殖定数、増殖速度、収率係数に影響する要因)には、例えば、土壌中の含水率、pH、溶存酸素濃度などの土壌特性が挙げられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
汚染土壌に含まれる油および該油の濃度を特定する第1ステップと、
前記汚染土壌に投与する微生物および栄養塩を指定する第2ステップと、
特定された前記油、指定された前記微生物および栄養塩の組に対応する前記微生物の増殖定数、増殖速度および収率係数を決定する第3ステップと、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、および予測時刻を指定する第4ステップと、
投与する前記微生物の量、前記油の濃度、前記増殖定数、前記増殖速度および前記収率係数を、前記微生物の増殖に関する第1方程式および前記油の減少に関する第2方程式に適用し、前記第1方程式および第2第2方程式を数値計算によって解き、前記予測時刻における前記微生物の量を計算する第5ステップとを含むことを特徴とする汚染土壌の浄化シミュレーション方法。
【請求項2】
前記第5ステップが、
前記第1方程式および前記第2方程式に加えて土壌バクテリアの増殖に関する第3方程式を用い、
前記微生物を投与する前の土壌バクテリアの量、投与する前記微生物の量、前記油の濃度、前記増殖定数、前記増殖速度および前記収率係数を、前記第1〜第3方程式に適用し、前記第1〜第3方程式を数値計算によって解き、前記予測時刻における前記微生物の量および前記土壌バクテリアの量を計算するステップであることを特徴とする請求項1に記載の汚染土壌の浄化シミュレーション方法。
【請求項3】
前記第1および第3方程式が、
【数1】

で表され、前記第2方程式が、
【数2】

で表され、
μijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する増殖速度であり、
iが、石油分解菌の数または土壌バクテリアの数であり、
sjが、各油の濃度であり、
λiが、石油分解菌の死滅定数または土壌バクテリアの死滅定数であり、
ijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する収率定数であることを特徴とする請求項2に記載の汚染土壌の浄化シミュレーション方法。
【請求項4】
iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する前記増殖速度μijを、
【数3】

として、前記第1および第3方程式が、
【数4】

で表され、前記第2方程式が、
【数5】

で表され、
κijが、iで特定される石油分解菌または土壌バクテリアの、jで特定される油に対する増殖定数であることを特徴とする請求項3に記載の汚染土壌の浄化シミュレーション方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−214274(P2010−214274A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62515(P2009−62515)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【出願人】(593006630)学校法人立命館 (359)
【Fターム(参考)】