説明

バイポーラパルススパッタリング成膜装置および同装置を用いて作製される薄膜材料の製造方法

【課題】 耐熱性の低い基体に対しても、金属酸化物、窒化物、炭窒化物等のような高融点材料からなる成膜を形成することができる、バイポーラパルススパッタリング成膜技術を提供する。
【解決手段】 デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置において、マグネトロンと成膜する基体との間であって、二つのデュアルマグネトロンの中間位置に、プラズマ形状制御板を基体表面にできるだけ近づけるとともに、マグネトロン1基あたり投入電力をデューティー比30%以下に調整することによって、プラズマによる高活性領域、及び高プラズマ密度を、基体側に近づけるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリング装置に関する。詳しくは、2基のマグネトロン間に電力を供給して駆動されるバイポーラパルス型スパッタリング装置に関し、さらには2基のマグネトロン間に印加される電力波形の周波数や形状を最適化したスパッタリング装置に関する。さらに詳しくは、2基のマグネトロンの間にプラズマ分布制御用の隔壁等を設け、薄膜形成をもくろむ基体近傍のプラズマの活性粒子密度を上昇させたバイポーラパルス型スパッタリング装置に関する。
【0002】
本発明を説明するに当たり、使用する特有な用語を以下のとおり定義する。
すなわち、本発明においてマグネトロンとは蒸発原料を保持し、スパッタリング法において放電電極として用いられる電極のことを指す。本発明でバイポーラパルススパッタリング法あるいはバイポーラモードとは2基のマグネトロン電極を対にして用い、片方が陽極として働いているときにはもう片方は陰極として働かせるように両電極間に電力を供給してスパッタリングを行うスパッタリング法のことを指す。この電力は1kHz〜100kHz程度の周波数の交流矩形波が多く用いられる。
【0003】
また、この交流矩形波のデューティー比とは交流波形1周期を単位時間として矩形パルスのon状態、すなわち電極にスパッタ成膜駆動用のマイナスの電圧がかかっている時間を百分率で表したものである。周波数50kHz、デューティー比20+20パーセントとは50kHzの1周期20マイクロ秒のうち、2基のマグネトロンのうちの1基が4マイクロ秒駆動され、もう片方のマグネトロンも4マイクロ秒駆動され合計8マイクロ秒駆動されていることになる。
【0004】
また本発明においてプラズマ中の活性粒子とは、気化された原料金属原子、酸素原子分子、スパッタリングガス原子分子等がプラズマの電離作用でイオンやラジカルとして活性化されたものを総称する。これら活性粒子の存在はプラズマプロセスにおいて結晶化温度の低下や膜密度の高密度化等に有効であるとされている(例えば、非特許文献1を参照)。
【背景技術】
【0005】
スパッタリングは、今日のエレクトロニクス産業の隆盛を支える基盤技術である薄膜形成手段の一つとして広く用いられている重要技術の一つである。一般にスパッタリング法において得られる薄膜は真空蒸着、CVD法等の他の成膜手段と比較して緻密で平滑な薄膜が比較的低プロセス温度で得られるという長所があり、広く用いられてきた。また大面積、均一成膜能力において優れ。他手段を大きく凌駕し、スパッタリングの独壇場と言っても過言ではなかった。
【0006】
スパッタリング法の沿革は長く、さまざまな改良、提案がなされてきた。その中でも最近の注目を集めているのがバイポーラパルススパッタリング法と呼ばれる手法であり、代表的にはドイツに本拠地を有するフラウンホーファー研究所の進める方式が挙げられ、その内容についてはウェブ公開されている(http://www.fep.fhg.de/)。このバイポーラパルススパッタリング法は通常のスパッタリング法と比較して成膜速度の置いて速く、また、低プロセス温度にて各種薄膜(酸化物、窒化物、金属等)の成長を可能とするところから注目され、近年急激に普及が進んできた。
【0007】
従来のデュアルマグネトロン装置は、2基のマグネトロン(1)の原料ターゲット(2
)の表面の延長面がほぼ同一の平面上に位置するように設計されている(図1を参照)。バイポーラパルススパッタリング法は、これら2基のマグネトロン(1)の間に1〜100kHz程度の周期で極性が入れ替わる矩形パルスの交流電力を印加する。2基のマグネトロンのうち、負の電位を印加されているマグネトロン(陰極として働いている状態)に取り付けられた原料ターゲット(2)表面には正の電荷を持ったイオンが電界で加速されて衝突し、原料表面の原子がたたき出される(スパッタリング)ことにより原料蒸気が装置空間内に放出され、基体(5)上に所望の薄膜を形成する。
【0008】
2基のマグネトロン間に印加される電力は交流であり、2基のマグネトロンに印加される電位の極性は交流電力の周期に従って交互に入れ替わる。すなわち2基のマグネトロンは常時その役割を入れ替えながら(陰極/陽極/陰極…)陰極として働いている時点で原料蒸気を発生させ、成膜が行われる。
【0009】
また、交流矩形波のデューティー比とは交流波形1周期を単位時間として矩形パルスのon状態、すなわち電極にスパッタ成膜駆動用のマイナスの電圧がかかっている時間を百分率で表したものである。マグネトロンは2基あるためそれぞれのデューティー比を足した形でデューティー比40%+40%等と表記する。デューティー比が大きいほどマグネトロン電極に取り付けた原料ターゲットからの蒸気発生が多く成膜速度が大きく得られるため通常なるべく大きく2基の合計が100%に近い値(たとえば50%+50%)を用いて高速成膜を試みることが多かった。
【0010】
この従来のバイポーラパルススパッタリング法は通常のスパッタリング法と比較して基体表面近傍のプラズマ中の活性粒子の密度が高くなり低温での結晶化や緻密な薄膜が得られるとされ、急速に普及してきた。しかしながらこの従来のデュアルマグネトロンスパッタリング法によっても基体温度を低くして、たとえば無加熱でスパッタリングして結晶性の良い薄膜を得ることは難しく、無加熱の基体上に結晶化した光触媒活性を有する酸化チタン薄膜を得ることができなかった。
【0011】
このため従来のデュアルマグネトロンスパッタリング法においてはポリエチレンテレフタレート樹脂に代表されるようなプラスチック等の耐熱性がガラス等と比較して著しく劣る基体を用いる場合、基体温度を低く抑えて操作する必要があるが、基体温度を低くすると例えば光触媒活性を有する結晶化した酸化チタン薄膜を得るといったことができなくなり、このような組み合わせの成膜を実現することは不可能とされていた。
【非特許文献1】Glow Discharge Processes,Chapman,John Willey & Sons,p.203,1980.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、前記例で示したように、従来は不可能と考えられていた、耐熱性の低い基体に対しても、金属酸化物、窒化物、炭窒化物等のような高融点材料からなる成膜を形成することができる、バイポーラパルススパッタリング成膜技術を開発、提供しようというものである。すなわち、ポリエチレンテレフタレート樹脂のように耐熱性の低い基体材料に対しても、酸化チタンのような高融点金属酸化物をスパッタリング成膜することができれば、それ自体画期的であり、新しい成膜技術の進展が期待できる。本発明は、これを可能とする高速デュアルマグネトロンスパッタリング成膜技術を提供すべく、マグネトロンスパッタリング装置のスパッタリング機構そのものを再検討し、低温でもスパッタリング成膜を可能とする手段につき、鋭意研究をした。
【0013】
そのため、デュアルマグネトロンスパッタリング装置を精査し、プラズマの発生する領域と成膜された品質等につき鋭意探査し、研究を進めた結果、デュアルマグネトロン形式
のスパッタリング成膜装置においては、図1に示すように2基のマグネトロン(1)のほぼ中間の比較的狭い領域にプラズマの活性の高くなる特異な領域(7)が形成されること、この領域内においては、形成されるいわゆるプラズマ粒子は、それ以外の領域よりも極めて密度が高いことを知見した。
この知見から、この領域内に基体を配置すれば、基体の温度は低くても、良質の薄膜を得ることができるのではと考えるに至った。
【0014】
しかしながら、実際のスパッタリング成膜装置は、図1の模式図とは異なり、図1に示されない、シャッターや基板搬送機構等の各種機素が配置され、基体(5)を活性の高いと考えられる領域(7)に設定することができない場合があり、そこから外れた位置に設定せざるを得ず、そのため、デュアル形式のバイポーラパルススパッタリング法といえども二酸化チタン等の薄膜を無加熱で結晶化させ得るに至っていなかった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
そこで本発明者は、2基のマグネトロンの中間に絶縁性板(8)を設定してプラズマの流れを制御してみたところ、2基のマグネトロンの中央位置に絶縁板を立設したところ、プラズマの流れが上方に押し上げられ、その結果、活性が高くなる領域(7)も、基体(5)の設置されている方へ押し上げられ、基体に近づくことを知見するに至った(図2参照)。その理由については、両マグネトロン間に設置された一枚の絶縁板が、両マグネトロンで発生するプラズマ流を基体(5)方向へ押し上げ、その結果として活性が高くなる領域(7)が基体表面に近づき、移動させるように作用したものと思われる。何れにしても絶縁板が、プラズマの流れに影響を与え、その結果、活性な領域(7)が位置的に影響を受け、制御されるものであることが分かった。
【0016】
さらにまた、デューティー比についても検討した結果、2基のマグネトロンのデューティー比の和が60パーセント以下(たとえば30%+30%=60%)に調製したところ、スパッタリングプラズマの放電電流の著しい上昇に伴うプラズマ中の活性粒子の密度向上が実現されうることを見出した。従来のバイポーラスパッタリング法においてはデューティー比が大きいほどマグネトロン電極に取り付けた原料ターゲットからの蒸気発生が多く成膜速度が大きく得られるため通常なるべく大きく2基の合計が100%に近い値(たとえば50%+50%)を用いて高速成膜を行うことがなかば常識とされてきたが、この条件では、活性粒子の密度向上が実現せず、良好な成膜を得られなかった。
【0017】
なお、前記絶縁性板(7)の設置位置については、両マグネトロンの中間でなくても、プラズマが形成される位置が移動し、同様の現象が生じることが確認されたが、プラズマが安定に維持されるには、両マグネトロンの中間位置に設置することが好ましいことが分かった。また、絶縁性板の高さは、基板に近づくようにするほど、活性領域(7)も基板近傍に近づくが、過度に接近した場合、プラズマの安定が著しく損なわれ、一定に維持することが困難になり、成膜操作が不安定になることから、基体と、絶縁性板との離間距離は最適化することが必要である。使用する材料、装置設計によってこの最適距離は変動し、一概には規定することができないが、一般的には、適正な離間距離としては、通常1〜20センチ離間した距離に設定することが望ましいことが分かった。
【0018】
以上に記載した二つの条件のうち、プラズマ形状制御板(8)は、これを設置することによって、形成されるスパッタリングプラズマ中の活性が高い領域(7)は、基体(5)表面側へと移動させる格別な作用があり、また、通常より小さいデューティー比を持ったパルス電力の投入は、スパッタリングプラズマ中の活性粒子の密度を向上させる格別な作用を有することから、各条件は、単独でもこれを適用した場合、特に、基体を加熱しなくても室温で二酸化チタン結晶薄膜を形成することができ、低プロセス温度における結晶化に対して有効に作用しうる格別な作用効果が奏せられるが、同時に適用することによって
、一層顕著な相乗効果が発現し、好ましいことが分かった。
【0019】
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものであり、その構成は以下(1)〜(12)に記載の通りである。
(1) デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置において、マグネトロンと成膜する基体との間であって、二つのデュアルマグネトロンの中間位置に、プラズマ形状制御板を基体表面にできるだけ近づけ、ただし、プラズマが不安定にならない適正な離間距離をおいて立設し、これによりプラズマ活性領域を基体表面に近づけるようにしたことを特徴とする、バイポーラパルススパッタリング成膜装置。
(2) 前記適正な離間距離を、1〜20センチメートルとした、(1)記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。
(3) 前記マグネトロン1基あたりへの印加電力のデューティー比を30%以下とした、(1)または(2)記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。
(4) 前記成膜装置に印加する印加電力の周波数を1kHzから150kHzとした、(1)ないし(3)記載の何れか1項記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。(5) デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置による成膜方法において、マグネトロンと成膜する基体との間であって、二つのデュアルマグネトロンの中間位置に、プラズマ形状制御板を基体表面にできるだけ近づけ、ただし、プラズマが不安定にならない適正な離間距離をおいて立設し、これによりプラズマ活性領域を基体表面に近づけるようにし、基体の温度を低い加熱温度で、高速で成膜しうるようにした、高機能性材料薄膜体の製造方法。
(6) 前記適正な離間距離を、1〜20センチメートルとした、(5)記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
(7) 前記マグネトロン1基あたりへの印加電力のデューティー比を30%以下とした、(5)または(6)記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
(8) 前記成膜装置に印加する印加電力の周波数を1kHzから150kHzとした、(5)ないし(7)記載の何れか1項記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
(9) 前記基体が有機重合体フィルムである、(5)ないし(8)の何れか1項に記載する高機能性材料薄膜体の製造方法。
(10)前記有機重合体フィルムが、ポリエチレンテレフタレート重合体フィルムである、(9)に記載する高機能性材料薄膜体の製造方法。
(11)前記機能性材料が、酸化物、窒化物、炭化物、ホウ化物から選ばれる1種または2種以上からなる無機化合物を含んでいる、(5)ないし(10)の何れか1項に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
(12)前記高機能性材料が、光触媒機能を有する二酸化チタンを主成分とした薄膜体である、(11)に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置において、プラズマ形状制御板を設け、且つマグネトロン1基あたりのデューテイー比を30%以下に設定したものであり、これによって、成膜操作において重要なプラズマの流れが、基体側に押し上げられ、活性領域の高い、高密度領域が、基体近傍に生成し、これによって、基体温度を高くしなくても、高速で成膜することができるようになった。これによって、従来は困難であった建築用大型ガラス基板やポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂等のプラスチックをはじめとする低耐熱性フィルム等の表面に光触媒活性を有するに酸化チタン膜や高融点酸化物皮膜を刑することが可能とするもので、今後、このスパッタリング成膜技術は、新しい展開を迎え、発展するものと考えられ、その意義は極めて大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下本発明を、図面及び実施例に基づいて具体的に説明する。ただしこれらの例は、あくまでも本発明を説明するための一助として開示するものであって、本発明は、これによって限定されない。
【0022】
図1は、従来のバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置を示す模式図である。また、図2は、本発明を適用したバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置を示す模式態様図であり、図3は、本発明の別の実施態様によるバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置の模式態様図である。
さらに、図4(a)は、従来のバイポーラマグネトロンスパッタリング装置により無過熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターンであり、(b)は、本発明を適用し、従来よりも小さいデューティー比(20%+20%=40%)を適用したバイポーラマグネトロンスパッタリング装置により無加熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターンであり、(c)は、本発明を適用し、従来よりも小さいデューティー比(20%+20%=40%)を適用し、かつプラズマ形状制御板(8)を設置したバイポーラマグネトロンスパッタリング装置により無加熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターンである。
【実施例1】
【0023】
本実施例においては、デュアルマグネトロンスパッタリング装置としてはドイツフラウンホーファー研究所設計・製作によるRMS−200型マグネトロンを2基備えたMLC−200型デュアルマグネトロンスパッタリング装置を使用し、これを図3に示したように2基のマグネトロン(1)をお互いに内側に各原料保持面の延長線の成す角度が90°となるように傾斜させて設計変更して使用した。基体(5)としては石英ガラス板を用いた。また基体(5)の加熱は実施せず、基体加熱用に設置されているヒーター(図示外)は動作させなかった。
【0024】
装置内にスパッタリングガスとして導入する希ガスにはアルゴンガスを総流量が毎分80cc、装置内の圧力が0.5パスカル程度となるように導入した。酸素原料はガスとして各マグネトロン(1)の原料ターゲット表面近傍にそれぞれ毎分7cc程度の流量となるよう調節して導入した。各マグネトロン(1)にはチタン金属を原料ターゲット(2)として設置し、5キロワットのパルス電力を50kHzの周波数で各マグネトロン電極(1)に印加することでスパッタリングプラズマ(図示外)をチタン金属原料ターゲット表面近傍に発生させることによりスパッタリングを行った。
【0025】
両マグネトロンの間には、隔壁のように絶縁体であるソーダライムガラス板からなるプラズマ形状制御板(8)を設置した。この際、プラズマ形状制御板(8)と基体(5)表面との距離は5センチ離間して設定した。
3種類の試料を作成して比較した。
まず通常のバイポーラスパッタリングにおいて採用されるデューティー比であるところの(45%+45%=90%)を採用し、プラズマ形状制御板(8)を用いずに成膜した。この条件においては、成膜速度は40ナノメートル/毎分という極めて高速成膜速度が達成されたことを示した。成膜された試料をX線回折により分析した。そのX線回折パターンを図4(a)に示した。その結果は、基体(5)として採用した石英ガラスに起因する大きくブロードなパターンのみが観測され、このチタンと酸素を原料として形成された薄膜は、非晶質状態を呈し、光触媒機能を有する二酸化チタン結晶として結晶化していないことが確認された。この例は、要するに従来法による成膜合成に外ならない、従来技術による例を示すものであった。
【0026】
これに対して、デューティー比を通常より小さい値であるところの(20%+20%=40%)とした試料のX線回折パターンを図4(b)に示す。この場合もまだプラズマ形
状制御板(8)は用いておらず、デューティー比の効果であるが、図4(b)には基体(5)として採用した石英ガラスに起因する大きくブロードなパターンに加えて二酸化チタン結晶に帰属される回折線が観測され、基体(5)を無加熱に保っているにもかかわらず、通常300℃以上の基体温度が必要とされる二酸化チタンの結晶薄膜が得られていることが確認された。
【0027】
さらに本発明の要件事項とする、2つの手段を併用して適用した、すなわち、デューティー比を通常より小さい値であるところの(20%+20%=40%)とし、かつプラズマ形状制御板(8)を前述の幾何学的条件で設置した場合の試料のX線回折パターンを図4(c)に示す。
図4(b)と比較すると、二酸化チタンの結晶に起因するピークが強く観測され、より結晶性の良い二酸化チタン結晶膜が無過熱の基体上に得られたことが確認された。従来よりも小さいデューティー比に調整し、この電力を採用し、投入したしたため、成膜速度は従来のバイポーラスパッタリング法の40ナノメートル/毎分と比較して、25ナノメートル/毎分と下がるものの、通常のスパッタリング法と比較して一桁程度早い十分な高速成膜性能が維持されていた。
【0028】
以上の結果、本発明の適用によって従来全く不可能であった無加熱基体上への光触媒結晶アナターゼ高配向薄膜を得ることが可能になった。この薄膜の光触媒活性は従来の手法で300℃程度の加熱を実施して形成した薄膜をも凌駕するものであった。すなわち、結晶化・高活性化に対して不利な低プロセス温度(無加熱)であるにも関わらず、本発明によって、従来よりも高性能な光触媒活性の高い結晶膜を得ることが可能となった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明によるデュアルマグネトロンスパッタリング成膜装置によって、これまでは実現不可能であった無加熱の基体上へ例えば結晶化した二酸化チタン薄膜を得ることが可能になったことにより、今後、スパッタリング成膜技術は、基体材料によって制限されることはなくなり、自由度が高くなったことを意味し、これによって、成膜操作は新たな展開に入り、新しい組み合わせの製品設計が可能となり、大いに利用されるものと期待される。また、特筆すべきは成膜速度であり、25ナノメートル/毎分という大量生産に適応可能な高速成膜を、無加熱基体に対して結晶化二酸化チタン薄膜の成長を実現しているところも大きな意義がある。本発明は、総じて、加熱することが事実上不可能であった建築用大型ガラス基板やポリエチレンテレフタレート(PET)樹脂等のプラスチックをはじめとする低耐熱性フィルム等の表面に二酸化チタン結晶のような光触媒活性を付与し、その表面に防曇・防汚表面、超親水表面等に代表される光触媒材料の物性を自在に付与することを実用的な生産性をもって初めて実現した技術である。今後、これらの用途分野も含め、大いに利用されるものと期待される。
さらに本発明は実施例で示したように酸化チタン材料の薄膜形成に顕著な効果を示したが、酸化チタン材料に限らず、低いプロセス温度でより良い結晶性・膜物性が求められており、スパッタリングにおいて薄膜形成可能な広範な薄膜材料に関して効果が期待できる。具体的には1000℃以上のプロセス温度が必須なアルファアルミナや低温高速形成に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】従来のバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置の模式図。
【図2】本発明を適用したバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置の模式図。
【図3】本発明の実施例で使用したバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置の模式図。
【図4】(a)従来のバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置により無過熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターン。(b)デューティー比(20%+20%=40%)を適用したバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置により無加熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターン。(c)デューティー比(20%+20%=40%)を適用し、かつプラズマ形状制御板(8)を設置したバイポーラマグネトロンスパッタリング成膜装置により無過熱の石英ガラス板上に形成した二酸化チタン薄膜のX線回折パターン。
【符号の説明】
【0031】
1.マグネトロン
2.原料ターゲット
3.磁束線
4.シールド
5.基体
6.原料蒸気の主たる流れ
7.活性が高くなる領域
8.プラズマ形状制御板
9.パルス電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置において、マグネトロンと成膜する基体との間であって、二つのデュアルマグネトロンの中間位置に、プラズマ形状制御板を基体表面にできるだけ近づけ、ただし、プラズマが不安定にならない適正な離間距離をおいて立設し、これによりプラズマ活性領域を基体表面に近づけるようにしたことを特徴とする、バイポーラパルススパッタリング成膜装置。
【請求項2】
前記適正な離間距離を、1〜20センチメートルとした、請求項1記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。
【請求項3】
前記マグネトロン1基あたりへの印加電力のデューティー比を30%以下とした、請求項1または2に記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。
【請求項4】
前記成膜装置に印加する印加電力の周波数を1kHzから150kHzとした、請求項1ないし3の何れか1項に記載のバイポーラパルススパッタリング成膜装置。
【請求項5】
デュアルマグネトロン形式のバイポーラパルススパッタリング成膜装置による成膜方法において、マグネトロンと成膜する基体との間であって、二つのデュアルマグネトロンの中間位置に、プラズマ形状制御板を基体表面にできるだけ近づけ、ただし、プラズマが不安定にならない適正な離間距離をおいて立設し、これによりプラズマ活性領域を基体表面に近づけるようにし、基体の温度を低い加熱温度で、高速で成膜しうるようにした、高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項6】
前記適正な離間距離を、1〜20センチメートルとした、請求項5に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項7】
前記マグネトロン1基あたりへの印加電力のデューティー比を30%以下とした、請求項5または6に記載する高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項8】
前記成膜装置に印加する印加電力の周波数を1kHzから150kHzとした、請求項5ないし7の何れか1項に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項9】
前記基体が有機重合体フィルムである、請求項5ないし8の何れか1項に記載する高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項10】
前記有機重合体フィルムが、ポリエチレンテレフタレート重合体フィルムである、請求項9に記載する高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項11】
前記機能性材料が、酸化物、窒化物、炭化物、ホウ化物から選ばれる1種または2種以上からなる無機化合物を含んでいる、請求項5ないし10記載の何れか1項に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。
【請求項12】
前記高機能性材料が、光触媒機能を有する二酸化チタンを主成分とした薄膜体である、請求項11に記載の高機能性材料薄膜体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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