説明

バシラス属細菌、及びその用途

【課題】双翅目害虫、特にイエカに対して強力な毒性を持つ、新規な殺虫剤を提供する。
【解決手段】受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌(Bacillusthuringiensis)、及びそれの有する特定のアミノ酸配列を有する殺虫タンパク質と、それをコードする遺伝子。該細菌は、双翅目害虫、特にイエカに対して強力な毒性を有し、特定のアミノ酸配列からなる殺虫タンパク質を含む封入体を有する。従って、該細菌及びその封入体は、双翅目害虫用、特にイエカ用の殺虫剤として有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規バシラス属細菌及びその封入体、並びにそれらを利用した双翅目害虫の防除方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌バシラス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis・以後BTと略称する)はグラム陽性の桿菌で胞子形成期に殺虫タンパク質を含む封入体を形成する。この封入体を摂食した害虫は腸管破裂等ののち死に至ることが知られている。BTの殺虫活性スペクトルは鱗翅目、鞘翅目、双翅目、膜翅目及びトビゲラ目に及ぶことが知られている。しかし、その殺虫作用は化学合成殺虫剤とは異なり、それぞれの昆虫に特異的であり、動物や植物に対して毒性を示さない。従って、BTを用いた害虫防除剤は化学合成殺虫剤に代わりうる安全性の高い有効な害虫防除剤として期待されている(非特許文献1:Glare and O’Callaghan, Bacillus thuringiensis:Biology, Ecology and Safety. Chichester: John Wiley & Sons (2000))。双翅目昆虫の中では、蚊やブヨなどの衛生害虫及びユスリカやチョウバエ等の不快害虫に対してBTが用いられている。蚊の中でも、イエカは西ナイル熱ウイルスのベクターとして西ナイル熱の伝染に深く関与していることから、この防除が強く求められる。双翅目昆虫の駆除用として一般に使用されているBTの菌株はバシラス・チューリンゲンシス・セロバー・イスラエレンシス(B.thuringiensis serovar israelensis、以後イスラエレンシスと略称する)である。イスラエレンシスは殺虫タンパクとしてCry4A, Cry4B, Cry10A, Cry11A, Cyt1A, Cyt2Bを持っており、その遺伝子は1つのプラスミドに保持されていることが知られている(非特許文献2:C. Berry et al. Appl. Environ. Microbiol. 68:5082-5095 (2002))。
しかし、イスラエレンシスは、最初に単離されてからかなりの年月が経過しているため、これに対する抵抗性を獲得した系統の双翅目害虫の出現が懸念される。そこで、双翅目害虫、特にイエカに対してイスラエレンシスを超える毒性を持つ、新規な細菌の開発が求められている。
【非特許文献1】Glare及びO’Callaghan著、「バシラス・チューリンゲンシス:バイオロジー,エコロジー アンド セイフティ(Bacillus thuringiensis:Biology, Ecology and Safety)」、(米国)、チチェスター(Chichester)、ジョン ウィレイ アンド サンズ(John Wiley & Sons)、2000年
【非特許文献2】C. Berryら、アプライド アンド エンバイロメンタル マイクロバイオロジー(Applied and environmental microbiology)、68巻、p5082-5095、2002年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記事情に鑑み、本発明は、双翅目害虫、特にイエカに対して強力な毒性を持つ、新規な細菌を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討したところ、屋久島の川水中から単離された新規なバシラス属細菌B282が、双翅目害虫、特にチカイエカ等のイエカに対してイスラエレンシスを超える強力な毒性を有し、該細菌及びその細菌中に含まれる封入体が双翅目害虫の殺虫剤として有用であることを見出し、以下の発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下に関する。
[1]受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌。
[2]受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌の封入体。
[3]受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌又はその封入体を含む組成物。
[4]双翅目害虫用殺虫剤である、[3]記載の組成物。
[5]双翅目害虫がイエカである、[4]記載の組成物。
[6]双翅目害虫の幼虫の生息環境中に、受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌又はその封入体を適用することを含む、双翅目害虫の防除方法。
[7]双翅目害虫がイエカである、[6]記載の方法。
[8]以下(a)、(b)又は(c)のポリペプチド又はその部分ペプチド:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列、又は配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド;
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列、又は配列番号4で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド;
(c)配列番号6で表されるアミノ酸配列、又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド。
[9][8]記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[10][9]記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
[11][10]記載の発現ベクターを含む形質転換体。
[12][8]記載のポリペプチドに対する抗体。
[13][12]記載の抗体を産生するハイブリドーマ。
【発明の効果】
【0005】
本発明のバシラス細菌及びその封入体は、双翅目害虫、特にイエカに対して強力な毒性を有しているので、双翅目害虫用の殺虫剤として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
(1.細菌、封入体及びその用途)
本発明は、受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌(以下、B282と呼ぶ場合がある)を提供する。受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌は、茨城県つくば市東1−1−1中央第6、独立行政法人産業技術総合研究所に寄託されている(受領日:平成18年7月5日)。
【0007】
本発明の細菌は、菌中に、双翅目昆虫に対して強力な毒性を有する封入体(インクルージョン)を有しており、該細菌自体が双翅目昆虫に対して強力な毒性を有する。双翅目昆虫の幼虫の生息環境中に本発明の細菌を適用すると、該幼虫が死滅し、双翅目昆虫の繁殖が抑制される。双翅目昆虫としては、双翅目害虫(蚊やブヨなどの衛生害虫、ユスリカやチョウバエ等の不快害虫等)を挙げることが出来る。蚊としては、チカイエカ等のイエカ、ハマダラカ、ネッタイシマカ等のシマカを挙げることが出来る。本発明の細菌は、双翅目昆虫の中でも蚊に対して強力な毒性を有しており、特にチカイエカ等のイエカに対しては、イスラエレンシスと比較して顕著に強力な毒性を有している。
【0008】
本発明の細菌は、屋久島の川水中から分離されたものであり、通常の培養条件下では、以下の様な表現形質を有している:
(1)グラム陽性桿菌であり、液体培養した場合、ほとんどが5連鎖菌以上になる。
(2)運動性は陰性である。
(3)楕円形の胞子形成が起こる。芽胞位置は偏在している。
(4)細胞内封入体は不定形であり、サイズは芽胞と同程度である。
(5)集落形態はバシラス・チューリンゲンシス(BT)に典型的な大集落であり、表面はくすんでいる。
(6)好気性である。
(7)下記表1に示すような炭水化物代謝能を有する。
【0009】
本発明の細菌は、配列番号7で表されるヌクレオチド配列を含む16S rRNA遺伝子を有する。このヌクレオチド配列に基づく分子系統学的解析から、本発明の細菌は、バシラス・セレウス(Bacillus cereus)細菌、又はバシラス・チューリンゲンシス細菌の一種であると考えられる(実施例2.3.参照)。
【0010】
本発明の細菌は、バシラス属細菌全般の培養に用いられる自体公知の方法により培養することができる。例えば、本発明の細菌は、肉エキス10g、ポリペプトン10g、塩化ナトリウム2g、寒天20gを水1リットルに溶解した肉エキス寒天培地(pH7.6)上において、好気性条件下で約28℃にて培養することができる。
【0011】
また、本発明は、上記本発明の細菌の封入体(インクルージョン又はクリスタルともいう)を提供する。封入体は殺虫性タンパク質の結晶であり、双翅目昆虫に対して強力な毒性を有する。双翅目昆虫の幼虫の生息環境中に本発明の封入体を適用すると、該幼虫が死滅し、双翅目昆虫の繁殖が抑制される。本発明の封入体は、双翅目昆虫の中でも蚊に対して強力な毒性を有しており、特にチカイエカ等のイエカに対しては、イスラエレンシスと比較して顕著に強力な毒性を有している。例えば、24時間インキュベーション時のLC50で比較した場合、本発明の封入体のチカイエカ(幼虫)に対する殺虫活性は、イスラエレンシスの封入体の該殺虫活性と比較して、通常2倍以上、好ましくは3倍以上(例えば約4倍)強力である。
【0012】
本発明の封入体は、本発明の細菌から自体公知の方法により採集することができる。例えば、本発明の細菌を上述の培養条件で5日間程培養後、細菌を回収し、硫酸デキストラン−ポリエチレングリコール系による二相分離法(N. S. Goodman, J. Bact., 94: 485 (1967))に付すことにより、本発明の封入体を得ることが出来る。
【0013】
本発明の細菌及びその封入体は、双翅目昆虫、特にチカイエカ等のイエカに対して強力な毒性を有するので、双翅目害虫(例、イエカ)用の殺虫剤として有用である。本発明の殺虫剤は、双翅目害虫の殺虫のための有効量の本発明の細菌又はその封入体を、水や適切な公知の配合剤と混合することにより製造することができる。本発明の殺虫剤中の有効成分の含有量は、特に限定されないが、有効成分が本発明の細菌である場合、通常、1ng(湿重量)/ml〜50μg(湿重量)/ml程度、有効成分が本発明の封入体である場合、通常、0.1ng(タンパク質量)/ml〜5μg(タンパク質量)/ml程度である。
【0014】
また、本発明は、双翅目害虫の幼虫の生息環境中に、本発明の細菌又はその封入体を適用することを含む、双翅目害虫(例、イエカ)の防除方法を提供する。双翅目害虫の幼虫の生息環境中に、本発明の細菌又はその封入体を適用(散布、混入)すると、該幼虫が本発明の細菌又はその封入体と接触し、或いは該成分を摂取する結果、該幼虫が死滅するので、双翅目害虫の繁殖を抑制することができる。双翅目害虫の幼虫の生息環境は、防除対象である双翅目害虫の種類に応じて適宜選択することができる。双翅目害虫の幼虫の生息環境としては、特に限定されないが、水生環境(川、湖、沼、海、ドブ等)、土壌等を挙げることが出来る。ここで、「双翅目害虫の幼虫の生息環境」とは、双翅目害虫の幼虫が生息可能な環境をいい、双翅目害虫の幼虫が実際に生息していることを要しない。即ち、本発明の方法には、以下が包含される:
(1)双翅目害虫の幼虫が実際に生息している環境中に、本発明の細菌又はその封入体を適用することにより、該幼虫を殺虫し、双翅目害虫の繁殖を抑制すること;及び
(2)双翅目害虫の幼虫は生息していないが、将来的に該幼虫が発生するおそれがある環境中に、予め本発明の細菌又はその封入体を適用し、双翅目害虫の繁殖を予防すること。
【0015】
本発明の方法において、本発明の細菌又はその封入体の用量は、双翅目害虫を防除し得る限り特に限定されず、対象となる双翅目害虫や生息環境の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば水生環境に本発明の細菌を適用する場合、通常、該環境中の濃度が1ng(湿重量)/ml〜10μg(湿重量)/ml程度となるように該細菌が適用される。また、例えば、水生環境に本発明の封入体を適用する場合、通常、環境中の濃度が1ng(タンパク質量)/ml〜1μg(タンパク質量)/ml程度となるように、該封入体が適用される。
【0016】
(2.新規殺虫性ポリペプチド及びその関連発明)
本発明は、本発明の細菌に由来する新規殺虫性ポリペプチドを提供する。本発明のポリペプチドは、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチドであり得る。本発明のポリペプチドは、例えば、双翅目害虫の殺虫、本発明の抗体の作製などに有用であり得る。
【0017】
一実施形態では、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列は、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されると所定のアミノ酸配列同一性を有するアミノ酸配列であり得る。アミノ酸配列同一性の程度は、例えば約95%、好ましくは約96%、より好ましくは約97%、さらにより好ましくは約98%、最も好ましくは約99%又は約99.5%以上であり得る。アミノ酸配列同一性は自体公知の方法により決定できる。例えば、アミノ酸配列同一性(%)は、当該分野で慣用のプログラム(例えば、BLAST、FASTA等)を初期設定で用いて決定することができる。また、別の局面では、同一性(%)は、当該分野で公知の任意のアルゴリズム、例えば、Needlemanら(1970) (J. Mol. Biol. 48: 444-453)、Myers及びMiller (CABIOS, 1988, 4: 11-17)のアルゴリズム等を使用して決定することができる。Needlemanらのアルゴリズムは、GCGソフトウェアパッケージ(www.gcg.comで入手可能)のGAPプログラムに組み込まれており、同一性(%)は、例えば、BLOSUM 62 matrix又はPAM250 matrix、並びにgap weight: 16、14、12、10、8、6若しくは4、及びlength weight: 1、2、3、4、5若しくは6のいずれかを使用することによって決定することができる。また、Myers及びMillerのアルゴリズムは、GCG配列アラインメントソフトウェアパッケージの一部であるALIGNプログラムに組み込まれている。アミノ酸配列を比較するためにALIGNプログラムを利用する場合、例えば、PAM120 weight residue table、gap length penalty 12、gap penalty 4を用いることができる。
【0018】
別の実施形態では、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列は、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列において1以上のアミノ酸が置換、付加、欠失および/または挿入されたアミノ酸配列であり得る。置換、付加、欠失および/または挿入されるアミノ酸の数は、1以上であれば特に限定されないが、例えば1〜約100個、好ましくは1〜約50個、より好ましくは1〜約30個、さらにより好ましくは1〜約20個、最も好ましくは1〜約10個、1〜約5個あるいは1または2個であり得る。
【0019】
本発明のポリペプチドは、双翅目害虫(例、イエカ)に対する殺虫活性を有し得る。本発明のポリペプチドが配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチドである場合、殺虫活性の程度は、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一のアミノ酸配列を含むポリペプチドと定量的に同等であり得るが、許容し得る範囲(例えば約0.1〜約5倍、好ましくは約0.5〜約2倍)で異なっていてもよい。
【0020】
本発明の部分ペプチドは、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列からなるポリペプチドの部分ペプチドであり得る。本発明の部分ペプチドは、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列から選ばれる少なくとも約8個、好ましくは少なくとも10個、より好ましくは少なくとも12個、さらにより好ましくは少なくとも15個、最も好ましくは20個以上の連続したアミノ酸からなるペプチドであり得る。
【0021】
本発明はまた、本発明のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドあるいはその部分ヌクレオチドを提供する。本発明のポリヌクレオチドは、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と同一または実質的に同一のヌクレオチド配列を含み得る。本発明のポリヌクレオチドあるいはその部分ヌクレオチドは、例えば、本発明のポリペプチド又はその部分ペプチドの作製に有用であり得る。
【0022】
一実施形態では、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と95%以上の配列同一性を有するヌクレオチド配列であり得る。ヌクレオチド配列同一性の程度は、例えば約95%、好ましくは約96%、より好ましくは約97%、さらにより好ましくは約98%、最も好ましくは約99%又は99.5%以上であり得る。ヌクレオチド配列同一性は自体公知の方法により決定できる。例えば、ヌクレオチド配列同一性(%)は、上述したアミノ酸配列同一性(%)と同様の方法により決定できる。
【0023】
別の実施形態では、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列は、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列において1以上のヌクレオチドが置換、付加、欠失および/または挿入されたヌクレオチド配列であり得る。置換、付加、欠失および/または挿入されるヌクレオチドの数は、1以上であれば特に限定されないが、例えば1〜約300個、好ましくは1〜約150個、より好ましくは1〜約100個、さらにより好ましくは1〜約50個、最も好ましくは1〜約30個、1〜約20個、1〜約10個または1〜約5個であり得る。
【0024】
さらに別の実施形態では、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列は、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列の相補配列に対してハイストリンジェント条件下でハイブリダイズし得るポリヌクレオチドであり得る。ハイストリンジェント条件下でのハイブリダイゼーションの条件は、既報の条件を参考に設定することができる(Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, 6.3.1-6.3.6, 1999)。例えば、ハイストリンジェント条件下でのハイブリダイゼーションの条件としては、6×SSC(sodium chloride/sodium citrate)/45℃でのハイブリダイゼーション、次いで0.2×SSC/0.1%SDS/50〜65℃での一回以上の洗浄が挙げられる。
【0025】
本発明のポリヌクレオチドは、上記殺虫活性を有するポリペプチドをコードし得る。本発明のポリヌクレオチドが配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドである場合、当該ポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチドの殺虫活性の程度は、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるポリペプチドと定量的に同等であり得るが、許容し得る範囲(例えば約0.1〜約5倍、好ましくは約0.5〜約2倍)で異なっていてもよい。
【0026】
本発明の部分ヌクレオチドは、本発明の部分ペプチドをコードするヌクレオチドであり得る。詳細には、本発明の部分ヌクレオチドは、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と同一または実質的に同一のヌクレオチド配列からなるポリヌクレオチドの部分ヌクレオチドであり得る。
【0027】
本発明のポリヌクレオチドは、自体公知の方法により作製できる。例えば、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドは、本発明の細菌からDNAを抽出した後、適切なプライマーを用いてPCRを行うことによりクローニングできる。また、配列番号1、配列番号3又は配列番号5で表されるヌクレオチド配列と実質的に同一のヌクレオチド配列を含むポリヌクレオチドは、上記の通りクローニングしたポリヌクレオチドに変異を導入することにより作製できる。変異導入法としては、例えば、合成オリゴヌクレオチド指定突然変異導入法(gapped duplex)法、ランダムに点突然変異を導入する方法(例えば、亜硝酸若しくは亜硫酸での処理)、カセット変異法、リンカースキャニング法、ミスマッチプライマー法などの方法が挙げられる。
【0028】
また、本発明のポリペプチドについても自体公知の方法により作製できる。例えば、上記のように作製した本発明のポリヌクレオチドを発現ベクターに組み込み、得られた組換えベクターを適切な宿主細胞に導入して形質転換体を得た後、形質転換体を培養し、本発明のポリペプチドを産生させ、次いで回収すればよい。本発明はまた、このような組換えベクター、及び当該ベクターが導入された形質転換体をも提供する。
【0029】
発現ベクターとしては、任意の宿主細胞中で本発明のポリペプチドをコードする遺伝子を発現し、これらポリペプチドを産生できるものであれば特に制限されない。例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター等を挙げることができる。
【0030】
宿主細胞として細菌、特に大腸菌を用いる場合、一般に発現ベクターは少なくともプロモーター−オペレーター領域、開始コドン、本発明のポリペプチドをコードするDNA、終止コドン、ターミネーター領域および複製可能単位から構成され得る。
【0031】
細菌中で本発明のポリペプチドを発現させるためのプロモーター−オペレーター領域は、プロモーター、オペレーター及びShine-Dalgarno(SD) 配列(例えば、AAGGなど)を含むものである。例えば宿主が大腸菌の場合、好適にはTrpプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、tacプロモーターなどを含むものが例示される。ターミネーター領域、複製可能単位については、自体公知のものを用いることができる。
【0032】
本発明の形質転換体は、上述の発現ベクターを宿主細胞に導入することにより調製することができる。
【0033】
形質転換体の作製に用いられる宿主細胞としては、前記の発現ベクターに適合し、形質転換されうるものであれば特に限定されず、本発明の技術分野において通常使用される天然細胞あるいは人工的に樹立された組換細胞など種々の細胞(例えば、大腸菌、バシラス属菌、放線菌等の細菌、酵母などの真核生物細胞)が例示される。
【0034】
本発明のポリペプチドは、上記の如く調製される発現ベクターを含む形質転換体を栄養培地で培養することによって製造することができる。
【0035】
栄養培地は、形質転換体の生育に必要な炭素源、無機窒素源もしくは有機窒素源を含んでいることが好ましい。炭素源としては、例えばグルコース、デキストラン、可溶性デンプン、ショ糖などが、無機窒素源もしくは有機窒素源としては、例えばアンモニウム塩類、硝酸塩類、アミノ酸、コーンスチープ・リカー、ペプトン、カゼイン、肉エキス、大豆粕、バレイショ抽出液などが例示される。また所望により他の栄養素(例えば、無機塩(例えば塩化カルシウム、リン酸二水素ナトリウム、塩化マグネシウム)、ビタミン類)を含んでいてもよい。
【0036】
形質転換体の培養は自体公知の方法により行われる。培養条件、例えば温度、培地のpHおよび培養時間は、本発明のポリペプチドが大量に生産されるように適宜選択される。例えば、宿主が細菌である場合、上記栄養源を含有する液体培地が適当である。好ましくは、pHが5〜8である培地である。宿主が大腸菌の場合、好ましい培地としてLB培地、M9培地等が例示される。かかる場合、培養は、例えば、通気、撹拌しながら、約30〜40℃にて約5〜30時間行うことができる。宿主がバシラス属菌の場合、例えば、通気、撹拌をしながら、約25〜40℃にて約15〜100時間行うことができる。
【0037】
本発明のポリペプチドは、上述のような形質転換体を培養し、該形質転換体から回収、好ましくは単離、精製することができる。
【0038】
単離、精製方法としては、例えば塩析、溶媒沈澱法等の溶解度を利用する方法、透析、限外濾過、ゲル濾過、ドデシル硫酸ナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動など分子量の差を利用する方法、イオン交換クロマトグラフィーやヒドロキシルアパタイトクロマトグラフィーなどの荷電を利用する方法、アフィニティークロマトグラフィーなどの特異的親和性を利用する方法、逆相高速液体クロマトグラフィーなどの疎水性の差を利用する方法、等電点電気泳動などの等電点の差を利用する方法などが挙げられる。
【0039】
また、タグ(例えば、ヒスチジンタグ、Flagタグ)などを付加したポリペプチドを形質転換体に産生させ、当該タグに親和性を有する物質(例えば、Ni2+レジン、タグに特異的な抗体)を用いることにより、より簡便に、本発明のポリペプチドを単離、精製することもできる。
【0040】
さらに、本発明のポリペプチドは、無細胞系にて合成可能である。無細胞系による本発明のポリペプチドの合成では、例えば、大腸菌、ウサギ網状赤血球、コムギ胚芽からの抽出液などを使用できる。また、本発明のポリペプチドは、固相合成法、液相合成法等の自体公知の有機化学的方法によって作製できる。
【0041】
或いは、本発明のポリペプチドは、上記本発明の封入体から、上述の単離、精製方法を用いて精製することもできる。
【0042】
本発明の抗体の作製に用いられる抗原としては、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチド、あるいはそれらの部分ペプチドを用いることができる。部分ペプチドとしては、免疫原性を有する限り特に限定されないが、例えば、配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列と同一または実質的に同一のアミノ酸配列から選ばれる少なくとも約8個、好ましくは少なくとも10個、より好ましくは少なくとも12個、さらにより好ましくは少なくとも15個、最も好ましくは20個以上の連続したアミノ酸からなるペプチドであり得る。
【0043】
本発明の抗体は、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体のいずれであってもよく、周知の免疫学的手法により作製することができる。この抗体は、完全な抗体分子だけでなく、本発明のポリペプチドに対する抗原結合部位(CDR)を有する限りいかなるフラグメントであってもよく、例えば、Fab、F(ab')2、ScFv、minibody等が挙げられる。
【0044】
例えば、ポリクローナル抗体は、上記抗原(必要に応じて、ウシ血清アルブミン、KLH(Keyhole Limpet Hemocyanin)等のキャリア蛋白質に架橋した複合体とすることもできる)を、市販のアジュバント(例えば、完全または不完全フロイントアジュバント)とともに、動物の皮下あるいは腹腔内に2〜3週間おきに2〜4回程度投与し(部分採血した血清の抗体価を公知の抗原抗体反応により測定し、その上昇を確認しておく)、最終免疫から約3〜10日後に全血を採取して抗血清を精製することにより取得できる。抗原を投与する動物としては、ラット、マウス、ウサギ、ヤギ、モルモット、ハムスターなどの哺乳動物が挙げられる。
【0045】
また、モノクローナル抗体は、細胞融合法により作成することができる。例えば、マウスに上記抗原を市販のアジュバントと共に2〜4回皮下あるいは腹腔内に投与し、最終投与の3日後に脾臓あるいはリンパ節を採取し、白血球を採取する。この白血球と骨髄腫細胞(例えば、NS-1, P3X63Ag8など)を細胞融合して該因子に対するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを得る。細胞融合はPEG法でも電圧パルス法であってもよい。所望のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、周知のEIAまたはRIA法等を用いて抗原と特異的に結合する抗体を、培養上清中から検出することにより選択できる。モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマの培養は、インビトロ、またはマウスもしくはラット、好ましくはマウス腹水中等のインビボで行うことができ、抗体はそれぞれハイブリドーマの培養上清および動物の腹水から取得することができる。
【0046】
本明細書中で挙げられた特許および特許出願明細書を含む全ての刊行物に記載された内容は、本明細書での引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0047】
以下に実施例を挙げ、本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記実施例等に何ら制約されるものではない。
【実施例】
【0048】
実施例1:新規バシラス属細菌の選抜
1996年7月12日に、屋久島にて採取された川水より、以下の方法で新規バシラス属細菌B282を選抜した。
即ち、サンプル(川水)を65℃で30分間低温殺菌した。適度に希釈したサンプルを肉エキス寒天平板に塗布し、28℃で5日間培養した。培養されたコロニーを光学顕微鏡で観察し、芽胞と封入体を形成しているコロニーを単離し、スラントに保存したものをBTライブラリーとした。BTライブラリー中の各菌を28℃で5日間、肉エキス寒天培地上で培養後、回収した。
菌体湿重量が250mg/mlになるように滅菌水で懸濁した菌体懸濁液を選抜用サンプルとして用いた。蒸留水3mlとチカイエカ3齢幼虫5匹を入れた12穴プレートに選抜用サンプルを5μl投与した。この結果、強い殺虫活性を示す菌株として、B282を選抜した。
【0049】
実施例2:新規バシラス属細菌の解析
2.1.表現形質の解析
実施例1により得られたB282の表現形質の解析を行った。炭水化物代謝能は、アピ50CHとアピ50CHB/CHE培地のキット(日本ビオメリュー株式会社)を使用し、マニュアルに従い濁度を調整した菌体懸濁液をそれぞれのウエルに接種することにより判定を行った。結果を以下に示す。
・細胞形態:
桿菌(液体培養した場合、ほとんど5連鎖菌以上になる)
運動性:陰性
胞子形成(楕円形:芽胞位置 偏在)
細胞内封入体:不定形 サイズは芽胞と同程度
集落形態:バシラス・チューリンゲンシス(BT)に典型的な大集落で、表面はくすんでいる。
グラム染色:陽性
・生理的性質:
好気性
炭水化物代謝能:下記表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
2.2.芽胞及び封入体の観察
分離株B282を普通寒天培地(肉エキス10g、ポリペプトン10g、塩化ナトリウム2g、寒天20g、水1リットル、pH7.6)で27℃、5日間培養した。培養後生育してきたコロニーを位相差顕微鏡下で観察した。結果を図1に示す。
楕円形の胞子形成が認められた。芽胞位置は偏在していた。細胞内封入体は不定形であり、そのサイズは芽胞と同程度だった。
【0052】
2.3.16S rRNA遺伝子の塩基配列解析
B282を3時間本培養し、QIAGEN Genomic-tip(キアゲン)を用いて、製造者によるプロトコールに従い、B282からゲノムDNAを抽出・精製した。
16S rRNA遺伝子のほぼ全領域をカバーできるプライマーセットを用い、以下の条件で、該遺伝子をPCRにより増幅した。
・プライマーセット:
27f:5’-AGAGTTTGATCCTGGCTCAG-3’(配列番号8)
1492r:5’-GGCTACCTTGTTACGACTT-3’(配列番号9)
・反応液組成(50μl中): Premix Taq(EX Taq Version) 25μl、プライマー 0.5 μM、ゲノムDNA 10ng
・反応条件: 予熱 94℃ 3分、30サイクル(熱変性 94℃ 30秒、アニーリング 60℃ 30秒、伸長 72℃ 60秒)、冷却 4℃
増幅産物のヌクレオチド配列を、自動DNAシーケンサー(Model 373S、Perkin-Elmer)で、Big Dye terminator(Applied Biosystems)を用いて決定し、得られたヌクレオチド配列に基づき、データベース(GenBank、EMBL、DDBJ)を使用したホモロジー検索を行った。ClustalWでマルチプルアライメントを行い、近隣結合法により系統樹を作成した。
得られたヌクレオチド配列を配列番号7に示す。また、系統樹を図2に示す。
このヌクレオチド配列に基づく解析から、B282は、バシラス・セレウス(Bacillus cereus)細菌、又はバシラス・チューリンゲンシス細菌の一種である、新種のバチルス属細菌と判断された。
【0053】
2.4.B282の双翅目昆虫に対する殺虫活性の評価
B282を、普通寒天培地(肉エキス10g、ポリペプトン10g、塩化ナトリウム2g、寒天20g、水1リットル、pH7.6)上で、28℃、5日間培養し、集菌した。その菌体重量を測定し、濃度が250mg/mlになるように蒸留水により調製した菌体懸濁液をサンプルとし、殺虫活性評価をおこなった。即ち、チカイエカ幼虫20匹を5mlの脱イオン水の入った6穴プレートに入れた。各種濃度に希釈したB282を各穴に投与した。25℃、24時間のインキュベーション後、各穴中の幼虫の生存数を測定し、プロビット法(Finney, Probit Analysis, 2nd edn. London: Cambridge University Press.(1952))にてLC50を計算した。
その結果、B282のチカイエカに対する強力な殺虫活性が観察され、そのLC50は18.4ng(湿重量)/mlだった。
【0054】
2.5.B282の封入体の精製
菌体からの封入体(結晶性毒素タンパク)の精製は、硫酸デキストラン−ポリエチレングリコール系による二相分離法(N. S. Goodman, J. Bact., 94: 485 (1967))により行った。
即ち、B282を、普通寒天培地(肉エキス10g、ポリペプトン10g、塩化ナトリウム2g、寒天20g、水1リットル、pH7.6)上で、28℃で、5日間培養し、集菌した。菌体を1M塩化ナトリウム溶液で洗浄し、遠心分離により該菌体を再度回収した(洗浄操作)。洗浄操作は計3回行った。遠心分離した菌体2〜4gを33mlの蒸留水に懸濁し、懸濁液を超音波処理した。該懸濁液を下層液(20%(w/v)硫酸デキストラン500(シグマ)34ml、20%(w/v)ポリエチレングリコール6000(和光)23ml、3M 食塩 10ml)に添加した後、この混合液に上層液(硫酸デキストラン500 0.15g、ポリエチレングリコール6000 35.15g、食塩 8.75g、蒸留水500ml)を100ml添加し、5分間混合後、混合液を40分静置した。上層を除去し、新しい上層液を100ml添加し、混合/静置/上層の除去の操作を5回繰り返すことにより、封入体を精製した。下層を回収し、硫安沈殿を行い、遠心分離により沈殿物(封入体)を回収した。封入体を4回蒸留水で洗浄し、回収された封入体を蒸留水で懸濁し、使用するまで−20℃で保存した。
【0055】
2.6.B282の封入体の双翅目昆虫に対する殺虫活性の評価
チカイエカ(Culex pipiens molestus)、ハマダラカ(Anopheles stephensi)、ネッタイシマカ(Aedes aegypti)の2齢幼虫に対する殺虫活性を、B282及びイスラエレンシス株に由来する封入体について決定した。
即ち、各上記幼虫20匹を5mlの脱イオン水の入った6穴プレートに入れた。各種タンパク質濃度に希釈した精製封入体を各穴に投与した。25℃、24時間のインキュベーション後、各穴中の幼虫の生存数を測定し、プロビット法(Finney, Probit Analysis, 2nd edn. London: Cambridge University Press.(1952))にてLC50を計算した。
結果を表2に示す。
【0056】
【表2】

【0057】
試験をした全ての双翅目昆虫に対して、B282の封入体はイスラエレンシスの封入体を上回る殺虫活性を示した。特に、B282の封入体のチカイエカに対する殺虫活性は極めて強力であり、イスラエレンシスの封入体のそれの4倍であった(LC50の比較)。
【0058】
実施例3:新規殺虫タンパク質の解析
3.1.B282の封入体中に含まれるタンパク質組成の検討
B282の封入体中に含まれるタンパク質組成を明らかにするため、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。対照としてイスラエレンシスを用いた。
即ち、上記2.5.に記載の方法により、B282及びイスラエレンシスより封入体を精製し、それをLaemmli法(U. K. Laemmli, Nature 227:680-685 (1970))により、10%分離ゲルと4%濃縮ゲルを用いて還元条件下(βメルカプトエタノール)電気泳動に付した。分子量はSDS-PAGE分子量スタンダード(バイオ・ラッド)と比較することにより決定した。染色にはクイック-CBB(和光純薬工業(株))を用いた。
【0059】
結果を図3に示す。
B282は封入体中にイスラエレンシスの殺虫タンパク質であるCry11A(68 kDa)、Cyt1A(28 kDa)に相当する大きさのタンパク質を有していたが、Cry4A(125 kDa)、Cry4B(135 kDa)に相当する大きさのタンパク質は有していなかった。また、B282の封入体はイスラエレンシスの封入体が有していない約75 kDaのタンパク質を有していた。以上より、B282の封入体は、イスラエレンシスの封入体とは異なる組成のタンパク質を有していることが示された。
【0060】
3.2.B282のプラスミド組成の検討
QIAGEN Plasmid Kit(QIAGEN)を用いて、B282及びイスラエレンシスから全プラスミドを抽出・精製し、0.7%アガロース電気泳動に付した。
結果を図4に示す。
B282が保持している構成プラスミドの組成はイスラエレンシスのものとは大きく異なることが示された。
【0061】
3.3.B282の殺虫タンパク質遺伝子に関する検討(PCR法による)
イスラエレンシスが保持している殺虫タンパクの遺伝子をB282が保持しているかどうか検討するため、各遺伝子を特異的に増幅するプライマーを用いてPCRを行った。PCR及び電気泳動の条件は以下の通りである。
・プライマー: イスラエレンシスが保持している殺虫タンパクの遺伝子(cry4Acry4Bcry10Acry11Acyt1Acyt2B)を特異的に増幅するプライマー( J. E. Ibarra et al. Appl. Environ. Microbiol. 69:5269-5274 (2003))を用いた。
・反応液組成(50μl中): Premix Taq(EX Taq Version)(タカラバイオ) 25μl、プライマー 0.5 μM、鋳型プラスミド(前述のB282又はイスラエレンシス由来) 10ng
・反応条件: 予熱 94℃ 3分、30サイクル(熱変性 94℃ 30秒、アニーリング 60℃ 30秒、伸長 72℃ 60秒)、冷却 4℃
・3%アガロース電気泳動
結果を図5に示す。
B282由来のプラスミドを鋳型とした場合、cry11Acyt1Acyt2Bを特異的に増幅するプライマーでは増幅産物が得られたが、cry4Acry4Bcry10A用のプライマーでは増幅産物が得られなかった。
【0062】
3.4.B282の殺虫タンパク遺伝子に関する検討(サザンブロッテング法による)
イスラエレンシスが保持している殺虫タンパクの遺伝子をB282が保持しているかどうか検討し、プラスミドの構造を解析するため、各遺伝子に特異的にハイブリダイズするプローブを用いてサザンブロッテングを行った。
即ち、B282及びイスラエレンシスに由来する全プラスミドを、制限酵素APaL I又はNco Iで処理し、0.7%アガロース電気泳動で分離した。分離されたプラスミドDNAを、0.4M NaOH 転写バッファーを用いてHybond-N+ ナイロンメンブランに転写した。上記3.3.のPCR産物をプローブとして使用した。プローブ標識、ハイブリダイゼーション及び検出はECL Labelling and Detection System(GEヘルスケアバイオサイエンス)の試薬及び方法を用いて行った。
結果を図6に示す。
cry4Acry4Bcry10AのPCR産物をプローブとした場合、B282からバンドは検出されなかった。一方、cry11Acyt1Acyt2BのPCR産物をプローブとした場合、B282からバンドが検出された。しかし、検出されたバンドの大きさはイスラエレンシスのものとは大きく異なっていた。
【0063】
以上より、イスラエレンシスが1つのプラスミドpBtoxis中に6種の殺虫タンパク質遺伝子(cry4Acry4Bcry10Acry11Acyt1Acyt2B)を保持しているのに対して、B282は、イスラエレンシスのcry11Acyt1Acyt2B様の殺虫タンパク質遺伝子を保持していること、該遺伝子をコードするB282プラスミドの構造がイスラエレンシスとは大きく異なることが示唆された。
【0064】
3.5.B282由来cry11A、cyt1A又はcyt2B様殺虫タンパク質遺伝子のヌクレオチド配列の解析
QIAGEN Plasmid Kit(QIAGEN)を用いてB282の全プラスミドを抽出・精製した。該プラスミドを鋳型とし、PCRにより各遺伝子を増幅し、増幅産物のヌクレオチド配列を決定した。使用したプライマーは以下の通りである。
cry11A様遺伝子のためのプライマーセット:
5’-ATGGAAGATAGTTCTTTAGAT-3’(配列番号10)
5’-CTACTTTAGTAACGGATT-3’(配列番号11)
cyt1A様遺伝子のためのプライマーセット:
5’-CCTCAATCAACAGCAAGGGTTATT-3’(配列番号12)
5’-TGCAAACAGGACATTGTATGTGTAATT-3’(配列番号13)
cyt2B様遺伝子のためのプライマーセット:
5’-ATTACAAATTGCAAATGGTATTCC-3’(配列番号14)
5’-TTTCAACATCCACAGTAATTTCAAATGC-3’(配列番号15)
PCRの反応液組成、反応条件及び塩基配列決定法に関しては16S rRNA遺伝子のヌクレオチド配列解析に準じた。
【0065】
cry11A様遺伝子、cyt1A様遺伝子及びcyt2B様遺伝子のPCR増幅産物のヌクレオチド配列を配列番号1、3及び5に、該ヌクレオチド配列から導き出された推定アミノ酸配列を配列番号2、4及び6にそれぞれ示す。また、各ヌクレオチド配列とイスラエレンシス由来の配列との比較を表3〜5に示す。
B282のcry11A様遺伝子の増幅断片は、イスラエレンシスのcry11A遺伝子と、ヌクレオチド配列レベルで99.3%、アミノ酸配列レベルで99.0%のホモロジーを有していた。
B282のcyt1A様遺伝子の増幅断片は、イスラエレンシスのcyt1A遺伝子と、ヌクレオチド配列レベルで98.6%、アミノ酸配列レベルで95.7%のホモロジーを有していた。
B282のcyt2B様遺伝子の増幅断片は、イスラエレンシスのcyt2B遺伝子と、ヌクレオチド配列レベルで99.7%、アミノ酸配列レベルで99.0%のホモロジーを有していた。
【0066】
【表3−1】

【0067】
【表3−2】

【0068】
【表3−3】

【0069】
【表4】

【0070】
【表5】

【0071】
表3において、(1)はB282プラスミドを鋳型として用い、cry11A特異的プライマーで増幅されたPCR断片のヌクレオチド配列を、(2)はイスラエレンシスcry11Aの対応するヌクレオチド配列を、それぞれ示す。
表4において、(1)はB282プラスミドを鋳型として用い、cyt1A特異的プライマーで増幅されたPCR断片のヌクレオチド配列を、(2)はイスラエレンシスcyt1Aの対応するヌクレオチド配列を、それぞれ示す。
表5において、(1)はB282プラスミドを鋳型として用い、cyt2B特異的プライマーで増幅されたPCR断片のヌクレオチド配列を、(2)はイスラエレンシスcyt2Bの対応するヌクレオチド配列を、それぞれ示す。なお、表5中のB282由来のヌクレオチド配列は、配列番号5で表されるヌクレオチド配列の相補鎖の配列に該当する。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明のバシラス属細菌及びその封入体は、双翅目昆虫、特にイエカに対して強力な毒性を有しているので、双翅目昆虫用の殺虫剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】芽胞形成後のB282の位相差顕微鏡写真である。
【図2】16S rRNA遺伝子配列に基づく、B282の系統樹を示す。
【図3】封入体のタンパク質構成をSDS−PAGEにて解析した結果を示す。(M)分子量スタンダード;(1)イスラエレンシス;(2)B282。
【図4】プラスミド組成の検討結果を示す。(M)分子量マーカー;(1)イスラエレンシス;(2)B282。
【図5】各殺虫タンパク質遺伝子に特異的なプライマーによるPCR産物のアガロースゲル電気泳動の結果を示す。(M)分子量マーカー;(1)イスラエレンシス;(2)B282。
【図6】プラスミド上での各殺虫タンパク質遺伝子の位置の解析結果を示す。(A)0.7%アガロースゲルでの制限酵素で切断されたプラスミド断片構成。 (B),(C),(D),(E),(F)及び(G)はそれぞれcry4Acry4Bcry10Acry11Acyt1A及びcyt2B特異的プローブでのサザンハイブリダイゼーションの結果を示す。レーンM:分子量マーカーレーン1:APaL Iで処理されたイスラエレンシス由来プラスミド断片レーン2:APaL Iで処理されたB282由来プラスミド断片レーン3:Nco Iで処理されたイスラエレンシス由来プラスミド断片レーン4:Nco Iで処理されたB282由来プラスミド断片
【配列表フリーテキスト】
【0074】
配列番号8:16S rRNA遺伝子のためのプライマー
配列番号9:16S rRNA遺伝子のためのプライマー
配列番号10:cry11Aのためのプライマー
配列番号11:cry11Aのためのプライマー
配列番号12:cyt1Aのためのプライマー
配列番号13:cyt1Aのためのプライマー
配列番号14:cyt2Bのためのプライマー
配列番号15:cyt2Bのためのプライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌。
【請求項2】
受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌の封入体。
【請求項3】
受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌又はその封入体を含む組成物。
【請求項4】
双翅目害虫用殺虫剤である、請求項3記載の組成物。
【請求項5】
双翅目害虫がイエカである、請求項4記載の組成物。
【請求項6】
双翅目害虫の幼虫の生息環境中に、受託番号FERM P−20949で表されるバシラス属細菌又はその封入体を適用することを含む、双翅目害虫の防除方法。
【請求項7】
双翅目害虫がイエカである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
以下(a)、(b)又は(c)のポリペプチド又はその部分ペプチド:
(a)配列番号2で表されるアミノ酸配列、又は配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド;
(b)配列番号4で表されるアミノ酸配列、又は配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド;
(c)配列番号6で表されるアミノ酸配列、又は配列番号2で表されるアミノ酸配列と95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、ポリペプチド。
【請求項9】
請求項8記載のポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項10】
請求項9記載のポリヌクレオチドを含む発現ベクター。
【請求項11】
請求項10記載の発現ベクターを含む形質転換体。
【請求項12】
請求項8記載のポリペプチドに対する抗体。
【請求項13】
請求項12記載の抗体を産生するハイブリドーマ。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−48682(P2008−48682A)
【公開日】平成20年3月6日(2008.3.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−229619(P2006−229619)
【出願日】平成18年8月25日(2006.8.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月26日 社団法人 日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会2006年度(平成18年度)大会」において文書をもって発表
【出願人】(591065549)福岡県 (121)
【Fターム(参考)】