説明

バチルス・コアギュランスを検出する方法および検出用オリゴヌクレオチド

【課題】16S−23S rDNA-ITS領域を利用したバチルス・コアギュランスの検出方法および検出用オリゴヌクレオチドを提供する。
【解決手段】有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域の核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、を含むオリゴヌクレオチドを使用するバチルス・コアギュランスの検出方法、および、ITSである配列番号5,7,9の何れかに記載された核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、に基づいて設計されたバチルス・コアギュランス検出用オリゴヌクレオチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスを特異的に検出する方法および検出用オリゴヌクレオチドに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば食品・飲料などの対象物を収容容器に収容したレトルト食品・缶詰・PETボトル飲料等の容器入り食品に対して、当該対象物を収容容器に充填して密封したのち、加熱および加圧することで殺菌処理が行われている。当該殺菌処理は、容器入り食品に対して十分な殺菌が行なえる条件(例えば110〜132℃の温度で数分〜数十分程度のスチーム処理)を選択する必要がある。
【0003】
殺菌処理後の容器入り食品において、人体に有害な微生物の有無を検査する微生物検査を行なう場合、迅速かつ正確に当該微生物を特定できることが望まれる。
【0004】
被検体試料中の特定の微生物の有無や量を遺伝子レベルで判定する方法としては、当該特定の微生物に特異的な配列を有する核酸をポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法により増幅する方法、および、当該特定の微生物に由来する核酸をプローブにより検出する方法等が知られている。これらの方法では、例えば検出対象となる微生物およびその類縁株に共通する特異的な核酸配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマー又はプローブとして用いることが重要である。
【0005】
有胞子好気性細菌であるバチルス(Bacillus)属の細菌は、土壌・水・空気中など広く自然界に分布しており、有害性のものが多く知られている。例えばバチルス属の中でヒトに病原性を示すものとしては、炭疽病菌(Bacillusanthracis)や、食中毒の起因菌となるセレウス菌(Bacillus cereus)などが知られている。
【0006】
有胞子好気性細菌に属する細菌を同定する技術として、例えば特許文献1には、有胞子好気性細菌に属する細菌の16S rRNA遺伝子(16S rDNA)に存在する特異的な配列を有するオリゴヌクレオチドをプライマーとし、被検体試料中に含まれる細菌から抽出した核酸を鋳型としてPCR法を適用し、特定のサイズのPCR増幅産物が得られたことを指標として細菌の同定を行うことが記載してある。特許文献1の技術では、ブレビバチルス(Brevibacillus)属、アネウリニバチルス(Aneurinibacillus)属、パエニバチルス(Paenibacillus)属等の細菌を同定できるとされている。
【0007】
有胞子性乳酸菌の一種であるバチルス・コアギュランス(Bacillus coagulans)は耐熱性の高い芽胞細胞を形成する。バチルス・コアギュランスは、前記容器入り食品の殺菌処理後も生存して食品の腐敗又は変敗の原因となる細菌の一種である。従って、当該容器入り食品では、バチルス・コアギュランスの死滅を目的とした殺菌処理を行なう場合が多い。
【0008】
【特許文献1】特開平9−94100号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1では、細菌の16S rDNAを利用して標的となる細菌の検出を行っている。一方、16S rDNAと23S rDNAとの間に存在する16S−23S rDNA内部転写スペーサー領域(ITS:Internal Transcribed Spacer)も標的となる細菌の検出に利用することができる。
【0010】
PCR法等の分子生物学的手法は細菌の遺伝的多様性を分析する手法として用いられる。rDNAは保存性が高い遺伝子と多様性が高い非遺伝子領域を含むため、生物の系統・分類に利用される。一方、スペーサー領域であるrDNA-ITS領域は生物の種間で遺伝子の多様性があり、生物種の識別に利用される。前記16S−23S rDNA-ITS領域を利用すれば、高い精度で標的となる細菌の検出を行なうことができるとされる。
【0011】
上述したバチルス・コアギュランスにおいては、16S−23S rDNA-ITS領域に関する研究は殆ど為されておらず、そのため、16S−23S rDNA-ITS領域を利用したバチルス・コアギュランスの検出方法は皆無である。さらに、高い精度でバチルス・コアギュランスを検出するオリゴヌクレオチドの塩基配列も知られていない。
【0012】
従って、本発明の目的は、16S−23S rDNA-ITS領域を利用したバチルス・コアギュランスの検出方法および検出用オリゴヌクレオチドを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係るバチルス・コアギュランスを検出する方法の特徴構成は、有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域の核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、を含むオリゴヌクレオチドを使用する点にある。
【0014】
16S−23S rDNAは、生物の種間で遺伝子の多様性が認められる。従って、本構成のように、バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域を利用すれば、特異的にバチルス・コアギュランスを検出することができる。
【0015】
本発明に係るバチルス・コアギュランスを検出する方法の特徴構成は、前記オリゴヌクレオチドがポリメラーゼ存在下で核酸増幅のために使用されるプライマー対であり、前記プライマー対は、少なくとも何れか一方が前記ITS領域の配列番号5に記載された配列に基づいて設計されており、被検体試料中に含まれる細菌から抽出した核酸を鋳型として前記プライマー対を使用して前記核酸の増幅を行なう核酸増幅工程を含む点にある。
【0016】
本構成によれば、バチルス・コアギュランスの検出をPCRで簡便に行なうことができる。特に、プライマー対の少なくとも何れか一方を、ITS領域においてバチルス・コアギュランスに特徴的な配列である配列番号5に記載された配列に基づいて設計したため、当該プライマー対を使用して増幅したPCR増幅産物は、バチルス・コアギュランス由来のものとなる。従って、本構成の核酸増幅工程を行なって得られたPCR増幅産物を検出することで、確実にバチルス・コアギュランスの検出を行なうことができる。
【0017】
本発明に係るバチルス・コアギュランスを検出する方法の特徴構成は、前記プライマー対が、配列番号10に記載された配列からなるフォワードプライマーと、配列番号11に記載された配列からなるリバースプライマーとの組み合わせとした点にある。
【0018】
本構成では、配列番号10に記載された配列からなるフォワードプライマーを配列番号5に記載された配列のうち上流側の配列に基づいて設計し、配列番号11に記載された配列からなるリバースプライマーを配列番号7に記載された配列に基づいて設計してある。
ITS領域において、配列番号7に記載された配列からなる領域は、配列番号5に記載された配列からなる領域の下流側に位置する。従って、本構成のプライマー対を使用して増幅したPCR増幅産物は、配列番号5に記載された配列を全て含ませることができるため、バチルス・コアギュランスの検出特異性は向上する。
【0019】
本発明に係るバチルス・コアギュランスを検出する方法の特徴構成は、前記オリゴヌクレオチドが、前記ITS領域の配列番号7又は9に記載された配列に基づいて設計されたプローブであり、前記プローブと、被検体試料中に含まれる細菌から抽出された核酸とのハイブリダイゼーションを行うハイブリダイゼーション工程を含む点にある。
【0020】
本構成によれば、バチルス・コアギュランスの検出をハイブリダイゼーションによって簡便に行なうことができる。特に、ハイブリダイゼーションで使用するプローブを、ITS領域においてバチルス・コアギュランスに特徴的な配列である配列番号7又は9に記載された配列に基づいて設計したため、当該プローブとハイブリダイゼーション複合体を形成する核酸断片は、バチルス・コアギュランス由来のものとなる。従って、本構成のハイブリダイゼーション工程を行なって得られたハイブリダイゼーション複合体に付してある標識からのシグナルを検出することで、確実にバチルス・コアギュランスの検出を行なうことができる。
【0021】
本発明に係るバチルス・コアギュランス検出用オリゴヌクレオチドの特徴構成は、有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスの16S−23S rDNAのITS領域である配列番号5,7,9の何れかに記載された核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、に基づいて設計された点にある。
【0022】
本構成のオリゴヌクレオチドは、ITS領域においてバチルス・コアギュランスに特徴的な配列である配列番号5,7,9の何れかに記載された核酸配列を有する。そのため、本構成のオリゴヌクレオチドを、特異的にバチルス・コアギュランスを検出できるプライマー又はプローブと成り得る。
【0023】
本発明に係るバチルス・コアギュランス検出用プライマー対の特徴構成は、配列番号10に記載された配列を含むフォワードプライマーと、配列番号11に記載された配列を含むリバースプライマーとの組み合わせとした点にある。
【0024】
配列番号10に記載された配列からなるフォワードプライマーを配列番号5に記載された上流側の配列に基づいて設計し、配列番号11に記載された配列からなるリバースプライマーを配列番号7に記載された配列に基づいて設計してある。
ITS領域において、配列番号7に記載された配列からなる領域は、配列番号5に記載された配列からなる領域の下流側に位置する。従って、本構成のプライマー対を使用して増幅したPCR増幅産物は、配列番号5に記載された配列を全て含ませることができる。
よって、本構成のプライマー対を使用することで、特異的にバチルス・コアギュランス由来の核酸を増幅することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明の実施例を図面に基づいて説明する。
本発明は、食品・飲料などの対象物を収容容器に収容したレトルト食品等の容器入り食品の殺菌処理後も生存し、当該対象物の腐敗又は変敗の原因となる細菌の一種であるバチルス・コアギュランスを特異的に検出する方法および検出用オリゴヌクレオチドである。
【0026】
本発明のバチルス・コアギュランスの検出方法では、容器入り食品中から採取した食品サンプルを被検体試料とし、当該被検体試料にバチルス・コアギュランスが含まれるか否かを判断する。本方法は、バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNAの内部転写スペーサー領域(ITS)の核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、を含むオリゴヌクレオチドを使用する。
【0027】
「被検体試料」は、食品・飲料などの対象物を収容容器に収容したレトルト食品・缶詰・PETボトル飲料等の容器入り食品からその一部又は全部を採取した食品サンプルである。しかし、これに限定されるものではなく、バチルス・コアギュランスを含有する可能性のあるサンプルであればよい。
「核酸配列の一部若くは全部」とは、ある特定の核酸配列領域に対して、その一部分若くは全長の配列を有する核酸のことである。
「16S−23S rDNA−ITS領域」は、16S rDNAと23S rDNAとの間に存在する内部転写スペーサー領域である。当該ITS領域は、スペーサー領域であるため比較的変異の頻度が高く、生物の種間で遺伝子の多様性があり、生物種の識別に利用される。
「オリゴヌクレオチド」は、数塩基〜数十塩基からなる核酸断片をいい、天然の核酸分子、遺伝子組換えによって得られた核酸分子、化学合成によって得られた核酸分子などが該当する。尚、本方法で使用されるオリゴヌクレオチドは、1または数個の塩基が欠損、置換もしくは付加されたオリゴヌクレオチドをも含むものとする。
【0028】
本発明の方法は、具体的には、バチルス・コアギュランスが有する特異的な核酸配列を有する16S−23S rDNA−ITS領域を、特定のオリゴヌクレオチド(プライマー)を使用して核酸増幅法(PCR)により増幅し、特定サイズの増幅産物(PCR増幅産物)が得られたことを指標としてバチルス・コアギュランスの同定を行う。或いは、バチルス・コアギュランスが有する16S−23S rDNA−ITS領域にハイブリダイズする特定のオリゴヌクレオチド(プローブ)を使用してバチルス・コアギュランスの同定を行う。
即ち、前記プライマーおよび前記プローブは、バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域が有する核酸配列に基づいて設計する。
【0029】
「プライマー」は、例えばPCRなどの核酸増幅法などにおける酵素的重合の開始のための決められた条件下で、1本鎖の核酸又は核酸断片とハイブリダイズし、重合酵素であるポリメラーゼによる塩基伸長反応を誘導し得る数塩基〜数十塩基のオリゴヌクレオチドである。
【0030】
「プローブ」とは、決められた条件下で1本鎖の核酸又は核酸断片とハイブリダイズし得る数塩基〜数十塩基のオリゴヌクレオチドである。本発明の場合は、rDNA−ITS領域に含まれる標的の核酸配列とハイブリダイゼーション複合体を形成する。
プローブは、例えば、放射性同位体、酵素、色素、蛍光性または発光性基質に作用し得る酵素(特にペルオキシダーゼ又はアルカリホスファターゼ)・色素産生化学化合物等によって標識され、特定物質の検出・同定・定量目的に使用することができる。
【0031】
「ハイブリダイゼーション」とは、適切な条件下で、十分に相補的な配列を有するヌクレオチド断片同士が、安定かつ特異的な水素結合によって結合して二本鎖を形成することをいう。ハイブリダイゼーションの条件は反応条件の厳しさによって決定される。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。ハイブリダイゼーションを行うときのストリンジェンシーが高いほど、特異性は高い。
【0032】
<核酸増幅法を利用したバチルス・コアギュランスの検出方法>
バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域を特定のプライマーを使用してPCR法により増幅し、特定のサイズのPCR増幅産物が得られたことを指標としてバチルス・コアギュランスの同定を行う場合について、以下に詳述する。
【0033】
前記プライマーは、重合酵素であるポリメラーゼ存在下で核酸増幅のために使用される。
通常、PCRでは、16S−23S rDNA−ITS領域の所望領域を特異的に増幅するため、一対のプライマー(フォワードプライマーおよびリバースプライマー)を使用する。これらプライマー対は、事前に決定したITS領域の核酸配列に基づき、少なくとも当該所望領域が増幅できるように、公知のプライマー設計プログラム等により設計するとよい(プライマー設計工程)。プライマー対によって少なくとも当該所望領域を増幅するには、プライマー対の少なくとも一方が、当該所望領域に対応する配列を含むように設計する。一対のプライマーは、数塩基〜数十塩基の断片長を有するように設計し、化学合成等の手法により合成する。当該化学合成は、公知のDNA合成手法により行なうことができる。
【0034】
仮に、プライマー対を前記所望領域の両端を含む領域を増幅するように設計した場合、被検体試料に当該両端領域を有し且つ前記所望領域を欠損した細菌(欠損株)が存在すれば、前記両端領域のみが増幅されてしまう虞がある。そのため、異なった長さのPCR増幅産物が形成されてしまい、プライマー対の所望領域に対する特異性が低下する。
本発明の方法では、プライマー対の少なくとも一方が、当該所望領域に対応する配列を含むように設計する。これにより、被検体試料に上記の欠損株が存在した場合には、欠損株由来の前記両端領域のみが増幅したPCR増幅産物は形成されない。よって、本構成では、プライマー対の所望領域に対する特異性を向上させ、バチルス・コアギュランスの検出精度を高めることができる。
【0035】
PCRを行なう前に、被検体試料中に含まれる細菌から核酸を抽出する。当該核酸の抽出は、バクテリアからのトータルDNAを精製する方法において、公知の核酸抽出方法により行なえばよい(核酸抽出工程)。
【0036】
このようにして抽出した核酸を鋳型として前記プライマー対を使用して前記核酸の増幅を行なう(核酸増幅工程)。
核酸増幅の条件(変性温度、アニール温度およびアニール時間、サイクル数、伸延温度および伸延時間)は、設計したプライマーの長さやGC含有量等によって適宜決定する。PCRに使用するポリメラーゼは、DNAポリメラ−ゼ・Taqポリメラ−ゼのようなDNA依存型DNAポリメラ−ゼ等、公知の重合酵素を使用すればよい。
【0037】
PCR反応が終了した後、増幅したPCR増幅産物を確認するため、反応液を採取して電気泳動を行なう(電気泳動工程)。電気泳動工程では、適切な緩衝液およびゲルを使用して行なう。電気泳動時間・電圧は適宜設定する。電気泳動工程の後、所定濃度のエチジウムブロマイド等の染色剤によりPCR増幅産物を所定時間染色して紫外線の照射等によって可視化することでPCR増幅産物を検出する(PCR検出工程)。
【0038】
<ハイブリダイゼーションを利用したバチルス・コアギュランスの検出方法>
バチルス・コアギュランスが有する16S−23S rDNA−ITS領域にハイブリダイズする特定のプローブを使用してバチルス・コアギュランスの同定を行う場合について、以下に詳述する。
【0039】
前記プローブは、バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域が有する核酸配列の所望領域と特異的にハイブリダイズするように設計する(プローブ設計工程)。
当該プローブは、前記所望領域の配列に基づいて化学合成したもの、或いは、天然のITS領域由来の核酸断片の何れを使用してもよい。当該化学合成は、公知のDNA合成手法により行なう。この場合、標的核酸とのハイブリッドの安定性および取り扱いの簡便性などを考慮してプローブの長さを決定することができる。天然のITS領域由来の核酸断片を使用する場合には、例えば当該ITS領域を所望の制限酵素等で切断した核酸断片を回収してプローブとして使用する。
当該プローブは、公知の蛍光標識・酵素標識・放射性標識等によって標識化を行なう(標識化工程)。
【0040】
ハイブリダイゼーションを行なうにあたり、被検体試料中に含まれる細菌から核酸を抽出する。当該核酸の抽出は、バクテリアからのトータルDNAを精製する方法において、公知の核酸抽出方法により行なえばよい(核酸抽出工程)。抽出された核酸を後述のハイブリダイゼーション工程に供するため、当該核酸を適切なフィルター等の担体に固定する(固相化工程)。固定に用いる担体としては、マイクロウェル・ビーズ・スライドガラス・メンブラン等の公知の担体の何れもが利用できる。
【0041】
尚、本実施形態では抽出された核酸を担体に固定したが、これに限られるものではなく、プローブを担体に固定してもよい。この場合、プローブ側を固相化して標識した標的核酸を接触させ、ハイブリダイズさせることとなる。仮に、多数の被検体試料を処理する必要がある場合には、それぞれの被検体試料において共通の固相化したプローブを使用することができる。これらプローブを固相化したキットを大量に生産しておくことにより、迅速かつ簡便に検査を行なうことができる。
【0042】
上述のようにして得られたプローブと、被検体試料中に含まれる細菌から抽出された核酸とのハイブリダイゼーションを行う(ハイブリダイゼーション工程)。
ハイブリダイゼーションの条件(ハイブリダイゼーション温度および時間)は、プローブの長さやGC含有量等に応じて適宜設定する。「ストリンジェントな条件下」でハイブリダイズさせるには、例えば、6×SSC、0.5%SDSおよび50%ホルムアミドの溶液中で42℃にて加温した後、0.1×SSC、0.5%SDSの溶液中で68℃にて洗浄する条件でハイブリダイゼーション工程を行う。
【0043】
ハイブリダイゼーション工程の後、未反応プローブを除去するため、適切なバッファーで洗浄する(洗浄工程)。洗浄工程における洗浄条件(洗浄温度および時間)は適宜設定する。洗浄工程後、プローブにハイブリダイズした核酸の検出を行なう(ハイブリダイゼーション検出工程)。検出工程では、プローブに付した標識の蛍光・発色・放射線等を測定する。
【実施例】
【0044】
以下に、PCR法を利用したバチルス・コアギュランスの検出方法の実施例について説明する。
(1)使用したバチルス・コアギュランス(13株)
バチルス・コアギュランスは、ATCC8038、ATCC11014、ATCC11369、ATCC12245、ATCC15949、ATCC23498、ATCC31284、ATCC BAA−738、NBRC3557、NBRC3886、NBRC3887、NBRC12583、NBRC12714の13菌株を用いた。
【0045】
(2)擬陽性検証用に使用した細菌(11菌株)
擬陽性検証用として、大腸菌Escherichia coli NBRC 102203T、黄色ブドウ球菌Staphylococcusaureus NBRC 100910T、セレウス菌Bacilluscereus NBRC 15305T、バチルス・リチェニフォルミスBacillus licheniformis NBRC 12200T、巨大菌Bacillusmegaterium NBRC 15308T、バチルス・スポロサーモデュランスBacillussporothermodurans DSM 1599T、枯草菌Bacillus subtilis NBRC 13719T、バチルス・チューリンゲンシスBacillus thuringiensis NBRC 101235T、パエニバチルス・ポリミキサPaenibacillus polymyxa NBRC 15309T、ブレビバチルス・ブレビスBrevibacillus brevis NBRC 15304T、スポロラクトバチルス・イヌリナスSporolactobacillus inulinus NBRC 13503Tの11菌株を用いた。
【0046】
尚、上記(1)(2)で使用した菌株において、ATCCと付してある菌株については、国際寄託機関であるAmerican Type Culture Collection(ATCC)より入手でき、NBRCと付してある菌株については、独立行政法人製品評価技術基盤機構生物遺伝資源部門(NBRC)より入手でき、DSMと付してある菌株については、国際寄託機関であるDeutsche Sammlung von Mikroorganismen und ZellkulturenGmbH(DSM)より入手できる。
【0047】
(3)DNAの調製
バチルス・コアギュランスおよび擬陽性検証用に使用した細菌については、標準寒天培地で45℃48時間培養後、集菌してDNeasy(登録商標) Blood and Tissue Kit(キアゲン社製)、または、核酸抽出試薬であるCellEase(登録商標)(バイオコズム株式会社)を用いて、製造業者の指示に従ってDNAを調製した。
【0048】
(4)ITS−PCR
16S−23S rDNA−ITS領域をPCRによって増幅した。このITS−PCRは、”Nature of Polymorphisms in 16S-23S rRNA Gene Intergenic Transcribed Spacer Fingerprinting of Bacillusand Related Genera”(Appl Environ Microbiol. 2003 September; 69(9): 5128-5137)に記載の方法に準じて行なった。
使用したプライマーは、以下の通りである。
S-D-Bact-1494-a-S-20 5′-GTC GTA ACA AGG TAG CCG TA-3′(配列番号1)
L-D-Bact-0035-a-A-15 5′-CAA GGC ATC CAC CGT-3′(配列番号2)
【0049】
PCR反応液は、ホットスタート用のキットExTaq ホットスタートバージョン(タカラバイオ株式会社)を用い、1反応あたり以下の反応液組成とし、滅菌脱イオン水で反応液を50μlのスケールとした。
【0050】
【表1】

【0051】
PCR反応は、94℃で5分間の変性を行なった後、94℃1分−55℃1分−72℃1分の反応サイクルを30サイクル繰り返し、さらに72℃で2分間の伸延反応を行なった。
PCR反応後、反応液1μlをTAEバッファー(40mM トリス、20mM酢酸、1mM EDTA、pH8.3)中で3.0%のNuSieve(登録商標)3:1 アガロース(Lonza社製)を使用したアガロースゲルで120V、40分間の電気泳動を行なった。
【0052】
電気泳動後、アガロースゲルを0.5μg/mlのエチジウムブロマイド(バイオラッド株式会社製)溶液に浸漬して15分間の染色を行なった後、360nmの紫外線を照射してPCR増幅産物を検出した。
【0053】
電気泳動の結果を図1及び表2に示した。レーン1,10は100bpラダーである。
【0054】
【表2】

【0055】
PCRの結果、バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITS領域からは、253、364、407、443、597塩基の少なくとも5種類のPCR増幅産物(分子量の小さい方から順にPCRプロダクト1〜5と称する)が得られ、5種類のアレルが存在することが明らかになった。
これらPCR増幅産物のうち、13菌株の全てに共通して存在するのはPCRプロダクト3(407塩基)だけであった。従って、ITS領域を標的としてPCR(あるいはハイブリダイゼーション)技術を用い、バチルス・コアギュランスを同定ないしは検出する場合、PCRプロダクト3に含まれるITSアレルを標的として検出することで、バチルス・コアギュランスの核酸を確実に増幅し、検出できることが示唆された。
【0056】
(5)ITS−PCR増幅産物の塩基配列解析
それぞれのPCR増幅産物を以下のように回収・精製した。
紫外線照射下において、PCR増幅産物のバンドを含むようにアガロースゲルをゲル切り出しキットX-tracta II(LabGadget社)、或いは、フナ(登録商標)ゲルチップ(フナコシ株式会社)を用いて切り出し、DNA精製キットであるIllustaTM FX PCR DNA and Gel Band Purification Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス社)を用いてDNAを回収・精製した。
【0057】
シークエンシング反応に用いる鋳型DNAを調製するため、鋳型調製試薬であるExoSAP-IT(GEヘルスケア バイオサイエンス)を用いて回収したDNAを調製した。その後、シークエンシング反応キットであるGenomlab CEQTM DTCS-Quick Start Kit(ベックマン コールター社)を用いてシークエンシング反応を行い、反応液を精製キットであるIllusta AutoSeq G-50 Dye Terminator Removal Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス)により精製した後、塩基配列解析システムであるCEQTM 8000 Genetic Analysis System(ベックマンコールター社)を使用して塩基配列を解析した。
【0058】
尚、PCR増幅産物は、以下のようにして鋳型DNAの調製を行なってもよい。
クローニングキットであるInvitrogenTM TA Cloning(R) Kit(インビトロジェン株式会社)を用いてPCR増幅産物をpCR 2.1ベクターに組み込んだ後、形質転換体を選抜した。DNA抽出キットであるillusta plasmidPrep Mini Spin Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス)で抽出した組換えプラスミドを鋳型DNAとした。シークエンシング反応〜精製〜塩基配列解析は、上述した方法で行えばよい。
【0059】
塩基配列の解析結果を図2に示した。
鎖長の異なるITS−PCR増幅産物の塩基配列を相同性に基づき、アライメントソフトウェアであるBioEdit(Version 7.0.9)(http://www.mbio.ncsu.edu/BioEdit/BioEdit.html)を使用してアライメントしたところ、図2(a)の領域A〜GのITSアレルにより構成されていることが明らかになった。
領域A〜Gの各配列(配列番号3〜9)は、13菌株の配列から共通配列を国際表記してある(図2(b))。
【0060】
PCRプロダクト1〜5は何れも領域A、領域E、領域Gを共通して含んでいた。領域Aは16S rDNA 3’末端部を除くとわずか6塩基しかないため検出時の利用に適さないが、領域Eおよび23S rDNA 部分を除くG領域を標的として利用すると高感度にバチルス・コアギュランスのITS領域を検出できることが示唆された。
【0061】
PCRプロダクト3(407塩基)は6つの領域(領域A,B,C,D,E,G)を有していた。PCRプロダクト2(364塩基)の増幅産物は5つの領域(領域A,B,D,E,G)を有しており、PCRプロダクト3に対して領域Cを欠失していた。
【0062】
上述した(4)で示唆された「バチルス・コアギュランスを検出するため、PCRプロダクト3に含まれるITSアレルを標的として検出する」という知見に基づき、バチルス・コアギュランスのITS領域を標的としてPCR反応による検出を行なう場合、PCR増幅産物に領域Cを含むようにプライマーを設計すると、当該領域Cを含む増幅産物(PCRプロダクト3,5)および当該領域Cを欠いた増幅産物(PCRプロダクト2)の両方が増幅される。そのため、複数の増幅バンドを含んだ不明瞭な結果を生じることとなる。これを解消するため、以下の実験を行なった。
【0063】
(6)バチルス・コアギュランスの16S−23S rDNA−ITSの特定領域を標的とした特異的PCR
上記(5)にて得られたITS−PCR増幅産物の塩基配列を用いて、同一の鎖長のDNA同士、および鎖長の異なるPCR増幅産物同士の塩基配列についてDDBJ(DNA Data Bank of Japan)のCLUSTALWサービス(http://clustalw.ddbj.nig.ac.jp/top-j.html)を利用して多重整列して比較し、相同的な部分を見出した。
【0064】
ITS−PCR増幅産物の塩基配列に基づきその一部(特定領域)を増幅するためのプライマーを、プライマー設計支援ソフトウェアであるPrimer3プログラム(開発元:ホワイトヘッド研究所およびハワード・ヒューズ医学研究所)を用いて設計した。
設計したプライマーペアの一例を以下に示す。
101-22F 5′-CGA CTG AGA TAA AGG AAA CAC G-3′(配列番号10)
264-21R 5′-AAA CTG AAC AAA ACG GAA ACG-3′(配列番号11)
【0065】
このプライマー対は、プライマー対の少なくとも一方が、特定領域(領域C)に対応する配列を含むように設計してある。具体的には、領域Bから領域Cに跨る位置にフォワードプライマー101-22Fを設定し、領域E内にリバースプライマー264-21Rを設定した。このようにプライマー対の何れかが領域Cの全て或いは一部を含むように設定すれば、得られるPCR増幅産物は特定領域(領域C)を確実に含んだ核酸断片となる。
【0066】
このプライマー対を用いてバチルス・コアギュランスの13菌株および検証用細菌11菌種の検証を行った。PCR反応条件および検出条件は既述の条件とした。
【0067】
PCR増幅産物の電気泳動の結果を図3及び表3に示した。レーン1,14は100bpラダーである。
【0068】
【表3】

【0069】
バチルス・コアギュランスでは13菌株全てにおいて予想された約150塩基のPCR増幅産物がシングルバンドとして得られたが(レーン2〜13,15)、検証用細菌11菌種ではPCR増幅産物は認めらなかった(レーン16〜26)。従って、配列番号10,11に記載されたプライマー対を使用すれば、バチルス・コアギュランスのみを特異的に検出できることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】ITS−PCRを行なって増幅したPCR増幅産物を電気泳動した結果を示した図
【図2】塩基配列解析の結果を示した図
【図3】16S−23S rDNA−ITSの特定領域(領域C)を標的とした特異的PCRを行なって増幅したPCR増幅産物を電気泳動した結果を示した図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスの16S−23S rDNAの内部転写スペーサー領域の核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、を含むオリゴヌクレオチドを使用してバチルス・コアギュランスを検出する方法。
【請求項2】
前記オリゴヌクレオチドがポリメラーゼ存在下で核酸増幅のために使用されるプライマー対であり、前記プライマー対は、少なくとも何れか一方が前記ITS領域の配列番号5に記載された配列に基づいて設計されており、
被検体試料中に含まれる細菌から抽出した核酸を鋳型として前記プライマー対を使用して前記核酸の増幅を行なう核酸増幅工程を含む請求項1に記載のバチルス・コアギュランスを検出する方法。
【請求項3】
前記プライマー対は、配列番号10に記載された配列からなるフォワードプライマーと、配列番号11に記載された配列からなるリバースプライマーとの組み合わせである請求項2に記載のバチルス・コアギュランスを検出する方法。
【請求項4】
前記オリゴヌクレオチドが、前記ITS領域の配列番号7又は9に記載された配列に基づいて設計されたプローブであり、
前記プローブと、被検体試料中に含まれる細菌から抽出された核酸とのハイブリダイゼーションを行うハイブリダイゼーション工程を含む請求項1に記載のバチルス・コアギュランスを検出する方法。
【請求項5】
有胞子性乳酸菌のバチルス・コアギュランスの16S−23S rDNAの内部転写スペーサー領域である配列番号5,7,9の何れかに記載された核酸配列の一部若くは全部、又はその相補鎖の一部若しくは全部、に基づいて設計されたバチルス・コアギュランス検出用オリゴヌクレオチド。
【請求項6】
配列番号10に記載された配列を含むフォワードプライマーと、配列番号11に記載された配列を含むリバースプライマーとの組み合わせからなるバチルス・コアギュランス検出用プライマー対。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−148402(P2010−148402A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328548(P2008−328548)
【出願日】平成20年12月24日(2008.12.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 日本防菌防黴学会 刊行物名 日本防菌防黴学会第35回年次大会要旨集 発行年月日 平成20年9月10日
【出願人】(507152970)財団法人東洋食品研究所 (14)
【Fターム(参考)】