説明

パネト細胞群の製造方法、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象のスクリーニング方法およびパネト細胞からの分泌物の製造方法

【課題】 小腸から採取したクリプトから、生きたパネト細胞を高い構成比率で含むパネト細胞群を製造すること、前記パネト細胞群を用いてパネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象を効率よくスクリーニングすること、および前記パネト細胞群を用いてパネト細胞からの分泌物を効率よく製造することを目的としている。
【解決手段】 パネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、前方散乱光(Forward Scatter;FSC)および側方散乱光(Side Scatter;SSC)をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パネト細胞群の製造方法、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象のスクリーニング方法およびパネト細胞からの分泌物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
小腸は消化管において胃と大腸との間をなす部分であり、ほ乳類では、胃に近い方から十二指腸、空腸、回腸に分けられる。小腸の内腔は腸絨毛と呼ばれる指状の突起で覆われており、腸絨毛の間にはクリプト(腸腺、リーベルキューン腺、腸陰窩、腸小窩、intestinal crypt)と呼ばれる窪みが存在している。これらの構造を有する小腸の内腔は一層の腸上皮細胞で覆われている。
【0003】
小腸の内腔は体内に取り込んだ食物を消化・吸収する場であると同時に、外界と接する場である。それ故、小腸の内腔を覆う腸上皮細胞は、栄養素を消化・吸収する機能を有する一方、細菌やウイルスなどの感染を防御する機能を有している。この腸上皮細胞には、4種類の細胞(円柱細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネト細胞)と、これらの起源と考えられている幹細胞とが存在する。
【0004】
このうちパネト細胞はクリプトの基底部にのみ存在している。パネト細胞は大型の分泌顆粒を有しており、細菌に曝されるなどの刺激を受けると、分泌顆粒内の物質を分泌する。この分泌物には抗菌ペプチドであるα−ディフェンシン、リゾチーム、分泌型ホスホリパーゼA2などが含まれており、生体への感染防御に大きな貢献をしていることが知られている(非特許文献1)。
【0005】
したがって、パネト細胞からの分泌物を感染症の予防や治療に利用するための研究開発がなされている。例えば、特許文献1には、パネト細胞からの抗微生物物質の分泌を促す物質としてイソロイシン、ロイシンまたはバリンから選択される少なくとも1種の分岐鎖必須アミノ酸を有効成分として含有する抗菌ペプチド分泌誘発剤が開示されている。また、特許文献2には、本発明者らによるパネト細胞を長期間培養して抗微生物物質を大量に生産させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−95938号公報
【特許文献2】特開2006−246764号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Ouellette A.J.ら、FASEB J.、第10巻、第1280−1289頁、1996年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
このように、抗微生物活性を有するパネト細胞からの分泌物を利用するためには、生きたパネト細胞またはその分泌物を大量に得ることが必要である。しかしながら、分泌物は抗微生物活性を有するが故、大腸菌等の微生物を用いて大量製造することが難しい。また、特許文献2に開示された方法では多数のパネト細胞を得ることができないため、大量の分泌物を得るためには、少数のパネト細胞を長期間培養して得る必要があり、その結果、多くの時間と作業量を必要とする。さらに、特許文献2には、クリプトを構成する細胞群から、セルソーターを用いてパネト細胞を単離する旨が記載されているが、パネト細胞が特異的に分布する領域を選択しておらず、マイクロピペットを用いてパネト細胞を回収しているに過ぎない。
【0009】
本発明は、前記問題点を解決するためになされたものであって、小腸から採取したクリプトから、生きたパネト細胞を高い構成比率で含むパネト細胞群を製造すること、前記パネト細胞群を用いてパネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象を効率よくスクリーニングすること、および前記パネト細胞群を用いてパネト細胞からの分泌物を効率よく製造することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、小腸から採取したクリプトをコラゲナーゼで処理した後、前方散乱光(Forward Scatter;FSC)および側方散乱光(Side Scatter;SSC)または波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとし、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて細胞群を分取することにより、あるいは蛍光標識抗体を用いてパネト細胞を標識し、セルソーターを用いて細胞群を分取することにより、生きたパネト細胞を高い構成比率で含むパネト細胞群が得られること、および得られたパネト細胞群に分泌誘導因子を作用させて得た分泌物が抗微生物活性を有することを見いだし、下記の各発明を完成した。
【0011】
(1)パネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、前方散乱光(Forward Scatter;FSC)および側方散乱光(Side Scatter;SSC)をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程とを有する、前記方法。
【0012】
(2)前方散乱光の強度(Forward Scatter−height;FSC−H)が390≦FSC−H≦930および側方散乱光の強度(Side Scatter−height;SSC−H)が510≦SSC−H≦660である、(1)に記載の方法。
【0013】
(3)生きたパネト細胞の構成比率が30%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程とを有する、前記方法。
【0014】
(4)波長が512〜558nmの蛍光の強度(512〜558nm Fluorescence 1−height;FH512〜558)がFH512〜558≧300である、(3)に記載の方法。
【0015】
(5)生きたパネト細胞の構成比率が90%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、界面活性剤を用いて腸上皮細胞群に含まれるパネト細胞の細胞膜を処理し、パネト細胞内のパネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体が到達し得る状態にする工程と、パネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体を結合させてパネト細胞を標識する工程と、結合させた蛍光標識抗体の蛍光をパラメーターとして、セルソーターを用いて標識したパネト細胞を含むパネト細胞群を得る工程とを有する、前記方法。
【0016】
(6)パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、(1)から(5)のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、製造したパネト細胞群と対象とを作用させる工程と、対象を作用させたパネト細胞群の分泌物を定量する工程と、定量した結果に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程とを有する、前記方法。
【0017】
(7)パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、(1)から(5)のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、対象を添加した培地で、製造したパネト細胞群を培養する工程と、培養後の培地成分に微生物を作用させる工程と、作用させた微生物の状態を確認する工程と、確認した状態に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程とを有する、前記方法。
【0018】
(8)パネト細胞からの分泌物を製造する方法であって、(1)から(5)のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、製造したパネト細胞群とパネト細胞からの分泌を促進する物質および/またはパネト細胞からの分泌を促進する微生物とを作用させてパネト細胞の分泌物を得る工程とを有する、前記方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、生きたパネト細胞を高い構成比率で含むパネト細胞群を得ることができる。また、前記パネト細胞群を用いて、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象を効率よくスクリーニングすることができる。さらに、前記パネト細胞群を用いてパネト細胞群からの分泌物を効率よく得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】クリプトを含む懸濁液を位相差顕微鏡で観察した結果を示す図である。図中、クリプトを矢印で示す。
【図2】前方散乱光および側方散乱光をパラメーターとして、懸濁液中に含まれる全細胞を解析した結果において、分取する範囲を示した図である。図中、縦軸の値は側方散乱光の強度(Side Scatter−height;SSC−H)を示し、横軸の値は前方散乱光の強度(Forward Scatter−height;FSC−H)を示す。
【図3】C群、E群およびF群のパネト細胞群を位相差顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【図4】波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして、懸濁液中に含まれる全細胞を解析した結果およびF群に含まれる全細胞を解析した結果である。図中、縦軸の値は細胞数を示し、横軸の値は波長が512〜558nmの蛍光の強度(512〜558nm Fluorescence 1−height;FH512〜558)を示す。
【図5】波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして、懸濁液中に含まれる全細胞を解析した結果において、分取する範囲を示した図である。図中、縦軸の値は細胞数を示し、横軸の値はFH512〜558を示す。
【図6】セルソーターを用いて分取したG群のパネト細胞群を位相差顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【図7】Alexa Fluor 488の蛍光をパラメーターとして、懸濁液中に含まれる全細胞を解析した結果において、分取する細胞群の範囲を示した図である。図中、縦軸の値は細胞数を示し、横軸の値はAlexa Fluor 488の蛍光の強度(Alexa Fluor 488 Fluorescence 1−height;FHAF488)を示す。
【図8】セルソーターを用いて分取したI群のパネト細胞群を位相差顕微鏡で観察した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明に係るパネト細胞群の製造方法、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象のスクリーニング方法およびパネト細胞からの分泌物の製造方法について詳細に説明する。
【0022】
本発明に係るパネト細胞群の製造方法は、生きたパネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造可能な方法であって、
(i)小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程(腸上皮細胞群調製工程)
(ii)前方散乱光(Forward Scatter;FSC)および側方散乱光(Side Scatter;SSC)をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程(FSパネト細胞群調製工程)
以上(i)〜(ii)の工程を有する。
【0023】
本発明における、「パネト細胞」は、「Paneth cell」あるいは「パネート細胞」と表記される場合がある。また、本発明において、「パネト細胞群」とは、パネト細胞を分取することを目的として、セルソーターを用いて分取した結果、得られた細胞群をいう。したがってパネト細胞群は、必ずしもパネト細胞のみからなる細胞群に限られず、例えば、パネト細胞を含む腸上皮細胞群や、本発明に係るスクリーニング法の特徴を損なわない範囲で任意の細胞を含む細胞群であってもよい。
【0024】
ここで、本発明における「腸上皮細胞群」とは、クリプトを構成する円柱細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネト細胞、幹細胞を含む腸上皮細胞などが分離された状態で含まれる細胞群のことをいう。この分離された状態は、完全に各細胞が分離された状態はもとより、パネト細胞が単一の細胞としてある程度得られる程度に分離された状態も包含する。
【0025】
本発明において、「パネト細胞の構成比率」とは、1つの細胞群において、細胞総数に対するパネト細胞数の割合を指す。この割合は適宜、定法に従って求めることができるが、例えば、位相差顕微鏡を用いて強拡大視野で細胞の懸濁液を観察することによって求めることができる。なお、位相差顕微鏡での観察の際、パネト細胞の有する大型の分泌顆粒は特徴的なコントラストを発生することから、パネト細胞とパネト細胞以外の細胞とは容易に識別することができる。
【0026】
(i)の腸上皮細胞群調製工程におけるクリプトの採取は、例えば、{Ayabe Tら、Nature Immunol.第1巻、第113−118頁、2000年}に従って行うことができるが、特にこれに限定されず、クリプトがある程度の割合で含まれる組織が得られればよい。クリプトが含まれる割合は適宜、定法に従って求めることができるが、例えば、位相差顕微鏡を用いて弱拡大視野で組織を観察することによって求めることができる。なお、図1に示すとおり、クリプト基底部に存在するパネト細胞は大型の分泌顆粒を多数有しており、位相差顕微鏡での観察の際、この分泌顆粒の構造は特徴的なコントラストを発生することから、このコントラストを目印とすることにより、クリプトを容易に識別することができる。
【0027】
(i)の腸上皮細胞群調製工程において、用いるコラゲナーゼの種類、コラゲナーゼの使用量、反応温度、反応時間などは特に限定されず、パネト細胞が単一の細胞としてある程度得られる程度に、クリプトを構成する各細胞が分離されればよい。
【0028】
本発明において用いるセルソーターは特に限定されず、例えばJSAN(ベイバイオサイエンス社)、FACSAria II(日本BD社)、MoFlo XDP(ベックマン・コールター社)などが用いることができるが、JSAN(ベイバイオサイエンス社)を用いるのが好ましい。また、セルソーターの操作は添付の使用書に従って行うことができる。
【0029】
セルソーターで細胞を分取する際に用いるパラメーターの前方散乱光(Forward Scatter;FSC)は、レーザー光の軸に対して前方約20度未満の小さい角度で散乱する光であり、細胞の大きさに関連して変化する。また、側方散乱光(Side Scatter;SSC)は、レーザー光の軸に対して約90度で散乱する光であり、サンプルの内部構造に応じて変化する。すなわち、サンプルの細胞が大きいほど、前方散乱光の強度(Forward Scatter−height;FSC−H)の値は大きくなり、サンプルの細胞の内部密度が高いほど、側方散乱光の強度(Side Scatter−height;SSC−H)は大きくなる。パネト細胞は比較的大型の細胞であり、細胞内部密度が高いという特徴を有することから、(ii)のFSパネト細胞群調製工程において、これらをパラメーターとして細胞を分取することにより、高い構成比率でパネト細胞を含むパネト細胞群を製造することができる。
【0030】
すなわち本発明において、パネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造する場合、パネト細胞を蛍光物質により標識する必要はなく、FSC−Hを390≦FSC−H≦930とし、かつ、SSC−Hを510≦SSC−H≦660に設定して、セルソーターにより細胞を分取することによって、パネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造することができる。
【0031】
次に、本発明に係るパネト細胞群の製造方法の異なる態様の一つは、生きたパネト細胞の構成比率が30%以上であるパネト細胞群を製造可能な方法であって、
(i)小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程(腸上皮細胞群調製工程)
(ii)波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程(FLパネト細胞群調製工程)
以上(i)〜(ii)の工程を有する。
【0032】
セルソーターで細胞を分取する際に用いるパラメーターの蛍光は、サンプルに励起光を照射してサンプルが発する特定の波長の光であり、サンプルが蛍光色素を有するか否かや、サンプルが有する場合のその蛍光色素の種類によって決まる。パネト細胞は大型の分泌顆粒を細胞質中に多数有しており、その分泌顆粒は波長が512〜558nmの蛍光を発することから、(ii)のFLパネト細胞群調製工程において、波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして細胞を分取することにより、高い構成比率でパネト細胞を含むパネト細胞群を製造することができる。
【0033】
すなわち本発明において、パネト細胞の構成比率が30%以上であるパネト細胞群を製造する場合、パネト細胞を蛍光物質により標識する必要はなく、波長が512〜558nmの蛍光の強度(512〜558nm Fluorescence 1−height;FH512〜558)をFH512〜558≧300に設定して、セルソーターにより細胞を分取することによって、パネト細胞の構成比率が30%以上であるパネト細胞群を製造することができる。また、分取する範囲の上限値を設定することにより、さらに高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群を得ることができる。この場合の上限値としては、2000以下とすることが好ましく、1500以下とすることがより好ましく、1000以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
また、本発明に係るパネト細胞群の製造方法においては、前方散乱光、側方散乱光および波長が512〜558nmの蛍光の3つのパラメーターを合わせて用いてもよい。その場合、例えば、前方散乱光および側方散乱光をパラメーターとして腸上皮細胞群からパネト細胞群を製造した後、波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとしてそのパネト細胞群から細胞を分取することにより行うことができる。また、その逆に、波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして腸上皮細胞群からパネト細胞群を製造した後、前方散乱光および側方散乱光をパラメーターとしてそのパネト細胞群から細胞を分取することにより行うことができる。さらにまた、前方散乱光、側方散乱光および波長が512〜558nmの蛍光の3つを同時にパラメーターとして、腸上皮細胞群からパネト細胞群を製造してもよい。
【0035】
次に、本発明に係るパネト細胞群の製造方法の異なる態様のもう一つは、生きたパネト細胞の構成比率が90%以上であるパネト細胞群を製造可能な方法であって、
(i)小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程(腸上皮細胞群調製工程)
(ii)界面活性剤を用いて腸上皮細胞群に含まれるパネト細胞の細胞膜を処理し、パネト細胞内のパネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体が到達し得る状態にする工程(界面活性剤処理工程)
(iii)パネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体を結合させてパネト細胞を標識する工程(パネト細胞標識工程)
(iv)結合させた蛍光標識抗体の蛍光をパラメーターとして、セルソーターを用いて標識したパネト細胞を含むパネト細胞群を得る工程(標識パネト細胞群調製工程)
以上(i)〜(iv)の工程を有する。
【0036】
(ii)の界面活性剤処理工程において用いる界面活性剤は特に限定されないが、パネト細胞の活性消失を抑え、かつパネト細胞内部に存在するパネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体が到達し得る程度に、陽イオン性界面活性剤、陰イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、非イオン界面活性剤から適宜選択して用いることができる。
【0037】
本発明におけるパネト細胞特異的タンパク質には、例えば、α−ディフェンシン、リゾチーム、分泌型ホスホリパーゼA2などを挙げることができる。
【0038】
(iii)のパネト細胞標識工程において用いることができる蛍光標識抗体は特に限定されないが、パネト細胞特異的タンパク質に結合してパネト細胞を標識する程度に、当業者が適宜選択可能な公知の蛍光標識抗体を用いることができる。例えば、フルオレセインイソチアネート(FITC)を結合した抗リゾチーム抗体や、抗リゾチーム抗体とAlexa Fluor 488を結合した抗リゾチーム抗体に対する抗体(二次抗体)とを組み合わすなどして用いることができる。
【0039】
(iv)の標識パネト細胞群調製工程において用いるパラメーターは、パネト細胞特異的タンパク質に結合させた蛍光標識抗体の蛍光に応じて、適宜設定することができる。
【0040】
次に、本発明に係るスクリーニング方法は、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、
(i)本発明に係るパネト細胞群の製造方法を用いてパネト細胞群を製造する工程(パネト細胞群製造工程)、
(ii)製造したパネト細胞群と対象とを作用させる工程(対象作用工程)、
(iii)対象を作用させたパネト細胞群の分泌物を定量する工程(分泌物定量工程)、
(iv)定量した結果に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程(定量評価工程)、
を有する。
【0041】
(ii)の対象作用工程において、製造したパネト細胞群と対象とを作用させる方法は特に限定されず、適宜、定法に従って行うことができるが、例えば、対象をパネト細胞群を浸漬した培養液に添加する方法や、対象を溶解した生理食塩水をマイクロインジェクション法により細胞内に注入する方法などにより行うことができる。
【0042】
(iii)の分泌物定量工程において、定量する方法は特に限定されず、適宜、定法に従って行うことができるが、例えば、分泌物に含まれるタンパク質の総量を定量する方法、分泌物に含まれる特定のタンパク質を定量する方法などを挙げることができる。前者の方法としては、例えば、紫外吸収法、BCA法、ブラッドフォード法、ローリー法、ビューレット法などを挙げることができ、後者の方法としては、例えば、酵素結合免疫吸着定量法(ELISA)、ウエスタンブロット法などを挙げることができる。
【0043】
パネト細胞群の分泌物に含まれる特定のタンパク質には、例えば、α−ディフェンシン、リゾチーム、分泌型ホスホリパーゼA2などを挙げることができる。
【0044】
次に、本発明に係るスクリーニング方法の異なる態様は、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、
(i)本発明に係るパネト細胞群の製造方法を用いてパネト細胞群を製造する工程(パネト細胞群製造工程)、
(ii)対象を添加した培地で、製造したパネト細胞群を培養する工程(対象添加培養工程)、
(iii)培養後の培地成分に微生物を作用させる工程(微生物作用工程)、
(iv)作用させた微生物の状態を確認する工程(状態確認工程)、
(v)確認した状態に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程(状態評価工程)
を有する。
【0045】
(ii)の対象添加培養工程において用いることのできる培地は、特に限定されず、ブレットキットCGM(三光純薬社)などの市販の培地や、個々の成分の正確な組成に従った既知の培地を使用してもよく、そのような培地としては、例えば、PBS(−)、MEM(Eagle’s Minimum Essential Medium)、DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)、IMDM (Iscove’s Modified Dulbecco’s Medium)、RPMI1640 、AIM−V、ADC、LPM、Ham’s F10、Ham’sF12、DCCM1、DCCM2、BGJ、BME(Basal Medium Eagle)、GMEM(Glasgow’s Modified Eagle’s Medium)、L−15(Leibovitz−15)、McCoy5A、M199、Fisher、Schneiderなどを挙げることができる。さらに、必要に応じて、公知の構成の培地成分や、アール平衡塩溶液、ハンクス平衡塩溶液、スピナー塩溶液などの公知の平衡塩類組成成分、抗生物質やビタミン類、ホルモン類、pH調整剤、血清、その他生物由来成分などを加えることができる。
【0046】
(iii)の微生物作用工程において、培地成分に微生物を作用させる方法は特に限定されず、例えば、培養後の培地の上清にウイルスを浸漬する方法や、培養後の培地の上清を透析後、凍結乾燥したものを添加した培養液で細菌を培養する方法などを用いることができる。
【0047】
(iv)の状態確認工程において、微生物の状態を確認する方法は特に限定されず、適宜、定法に従って行うことができるが、例えば、細菌であれば、その培養液を栄養アガープレートに播いてコロニーを計測することにより細菌の生存率を求める方法や、ウイルスであれば適当な細菌に感染させた後、プラークアッセイを行ってウイルスの感染率を求める方法などを挙げることができる。
【0048】
次に、本発明に係る分泌物の製造方法は、パネト細胞からの分泌物を製造する方法であって、
(i)本発明に係るパネト細胞群の製造方法を用いてパネト細胞群を製造する工程(パネト細胞群製造工程)
(ii)製造したパネト細胞群とパネト細胞からの分泌を促進する物質および/またはパネト細胞からの分泌を促進する微生物とを作用させてパネト細胞の分泌物を得る工程(分泌物製造工程)
を有する。
【0049】
(ii)の分泌物製造工程で用いることのできるパネト細胞からの分泌を促進する物質および/またはパネト細胞からの分泌を促進する微生物は特に限定されず、例えば、本発明に係るパネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象のスクリーニング方法により得られた対象や、各種のグラム陰性菌やグラム陽性菌、ネズミチフス菌、細菌成分としてのリポ多糖やムラミルジペプチド、カルバコールなどを用いることができる。
【0050】
以下、パネト細胞群の製造方法、パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象のスクリーニング方法およびパネト細胞からの分泌物の製造方法について、実施例に基づいて説明する。なお、本発明の技術的範囲は、これらの実施例によって示される特徴に限定されない。
【実施例】
【0051】
<実施例1>パネト細胞群の調製
(1)クリプトを含む懸濁液の調製
ICRマウス(日本チャールズ・リバー社)から、従来法に従ってクリプトを含む小腸の組織を採取し、1mLのPBS(−)に懸濁して、クリプトを含む懸濁液を調製した{Ayabe Tら、Nature Immunol.第1巻、第113−118頁、2000年}。この懸濁液に含まれるクリプト数を血球計算盤(Burker−Turk;サンリード硝子社)を用いて数えたところ、5〜8×10個であった。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いて弱拡大視野で観察して、この懸濁液に含まれる組織のうちクリプトが占める割合を求めたところ、その割合は70%以上であった。
【0052】
(2)腸上皮細胞群の懸濁液の調製
本実施例(1)で調製したクリプトを含む懸濁液に、300U/mLとなるようコラゲナーゼ(シグマ社)を添加し、37℃、15分間インキュベートした後、PBS(−)で2回洗浄した。その後、これを1〜3mLのPBS(−)に懸濁してクリプトを構成する個々の細胞からなる腸上皮細胞群の懸濁液を調製した。この懸濁液に含まれる細胞総数を血球計算盤(Burker−Turk;サンリード硝子社)を用いて数えたところ、2×10〜1×10個であった。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いて強拡大視野で観察して、この懸濁液に含まれる細胞総数に対するパネト細胞数の割合(以下、パネト細胞の構成比率)を求めたところ、その割合は約1〜4%、平均約1.5%であった。
【0053】
(3)前方散乱光および側方散乱光を用いた無標識パネト細胞群の調製
蛍光物質などで標識されていない、生きたパネト細胞を高い構成比率で含む細胞群を得るため、パネト細胞が比較的大型の細胞であり、細胞内部密度が高いという特徴を利用して、セルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いてその調製を試みた。
【0054】
まず、前方散乱光および側方散乱光をパラメーターとし、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いて、本実施例(2)で調製した腸上皮細胞群の懸濁液を解析した。その結果を図2に示す。
【0055】
続いて、細胞を分取する際のパラメーターとして前方散乱光の強度(Forward scatter−height;FSC−H)の範囲および側方散乱光の強度(Side scatter−height;SSC−H)の範囲を変化させ、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いて、本実施例(2)で調製した腸上皮細胞群の懸濁液1〜3mLから細胞群を分取した。設定したパラメーターの範囲の組み合わせを以下および図2に示す。
【0056】
設定したパラメーターの範囲の組み合わせ
A群;240≦FSC−H≦440、110≦SSC−H≦360
B群;540≦FSC−H≦745、110≦SSC−H≦360
C群;390≦FSC−H≦930、260≦SSC−H≦390
D群;390≦FSC−H≦930、260≦SSC−H≦660
E群;390≦FSC−H≦930、390≦SSC−H≦510
F群;390≦FSC−H≦930、510≦SSC−H≦660
【0057】
分取したA〜Fの各パネト細胞群における、パネト細胞の構成比率P(%)を本実施例(2)と同様の手法により求めた。その結果を以下に示す。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いた、C群、E群およびF群の観察結果を図3に示す。
【0058】
パネト細胞の構成比率P(%)
A群;P=9.3
B群;P=7.7
C群;10≦P<15
D群;P=26.5
E群;P=29.1
F群;50≦P≦80(平均64)
【0059】
上記のパネト細胞の構成比率および図3に示すように、A〜C群におけるパネト細胞の構成比率P(%)の値はP<15であり、D、E群のパネト細胞の構成比率P(%)の値は、それぞれP=26.5、P=29.1であった。これに対し、F群のパネト細胞の構成比率P(%)の値は、50≦P≦80、平均P=64と高い値であった。
【0060】
これらの結果より、390≦FSC−H≦930かつ510≦SSC−H≦660としてセルソーターを用いて細胞群を分取することにより、50%以上の高い構成比率でパネト細胞を含むパネト細胞群が得られることが明らかになった。また、腸上皮細胞群におけるパネト細胞の構成比率は平均で約1.5%であることから、セルソーターを用いてこれらのパラメーターで細胞群を分取することにより、得られるパネト細胞群のパネト細胞の構成比率を、例えば初期の構成比率が1.5%である場合にはこれを数十倍にまで高められることが明らかになった。
【0061】
(4)蛍光を用いた無標識パネト細胞群の調製
蛍光物質などで標識されていない、生きたパネト細胞をより高い構成比率で含む細胞群を得るため、本実施例(3)に記載のパネト細胞の特徴に加えて、パネト細胞が大型の分泌顆粒を細胞質中に多数有しており、その分泌顆粒が自家蛍光を発するという特徴を利用して、セルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いてその調製を試みた。
【0062】
[4−1]波長が512〜558nmの蛍光を用いた無標識パネト細胞群の調製
まず、波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとし、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いて、本実施例(2)で調製した腸上皮細胞群の懸濁液を解析した。続いて、本実施例(3)で得たF群のパネト細胞群を同じパラメーターを用いて、同様に解析した。これらの結果を図4に示す。
【0063】
図4に示すように、波長が512〜558nmの蛍光により腸上皮細胞群を解析した結果においてF群のパネト細胞群は、波長が512〜558nmの蛍光の強度(512〜558nm Fluorescence 1−height;FH512〜558)が最も高値となる部分に集積していることが明らかになった。
【0064】
この結果を受けて、細胞を分取する際のパラメーターFH512〜558をFH512〜558≧300として、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用い、本実施例(2)で調製した腸上皮細胞群の懸濁液1〜3mLから細胞群を分取した。以下、この分取したパネト細胞群をG群とする。分取の際に設定したパラメーターの範囲を図5に示す。
【0065】
分取したG群のパネト細胞群における、パネト細胞の構成比率P(%)を本実施例(2)と同様の手法により求めたところ、P=30〜70であった。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いてG群を観察したところ、多くのパネト細胞が確認された。その結果を図6に示す。
【0066】
これらの結果より、FH512〜558≧300として、セルソーターを用いて細胞群を分取することにより、30〜70%の高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群が得られることが明らかになった。また、分取する範囲の上限値を1000〜2000とすることによって、さらに高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群が得られることが明らかになった。また、腸上皮細胞群におけるパネト細胞の構成比率は平均で約1.5%であることから、セルソーターを用いてこのパラメーターで細胞群を分取することにより、得られるパネト細胞群のパネト細胞の構成比率を、例えば初期の構成比率が1.5%である場合にはこれを数十倍にまで高められることが明らかになった。
【0067】
[4−2]波長が565〜595nmの蛍光を用いた無標識パネト細胞群の調製
次に、波長が565〜595nmの蛍光をパラメーターとし、本実施例[4−1]と同様の手法により、腸上皮細胞群を解析して蛍光の強度が高い範囲で細胞群を分取し、パネト細胞の構成比率を求めたところ、高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群が得られることが明らかになった。
【0068】
[4−3]波長が665〜695nmの蛍光を用いた無標識パネト細胞群の調製
続いて、波長が665〜695nmの蛍光をパラメーターとし、本実施例[4−1]と同様の手法により、腸上皮細胞群を解析して蛍光の強度が高い範囲で細胞群を分取し、パネト細胞の構成比率を求めたところ、高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群が得られることが明らかになった。
【0069】
(5)標識パネト細胞群の調製
生きたパネト細胞をさらに高い構成比率で含む細胞群を得るため、パネト細胞特異的タンパク質に対する蛍光標識抗体でパネト細胞を標識し、蛍光(Fluorescence;FL)をパラメーターとして、セルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いてその調製を試みた。
【0070】
[5−1]細胞膜の透過処理
ます、本実施例(2)で調製した腸上皮細胞群の懸濁液1mLに、0.1%となるようTriton−X(SIGMA社)を添加して室温で5分間反応させた後、PBS(−)ですばやく洗浄した。その後、1mLのPBS(−)に懸濁することにより腸上皮細胞群に含まれるパネト細胞の細胞膜の透過処理を行った。
【0071】
[5−2]パネト細胞の標識
続いて、5μLの抗リゾチーム抗体(DAKO社)と25μLのZenon Alexa Fluor 488(Invitrogen社)とを合わせて室温で5分間反応させた後、1%(W/W)のBSAを含むPBS(−)を加えて200μLにメスアップした。これを本実施例[4−1]で細胞膜の透過処理を行った腸上皮細胞群の懸濁液1mLに添加し、室温で30分間反応させた後、PBS(−)で洗浄して腸上皮細胞群の懸濁液に含まれるパネト細胞を標識した。
【0072】
[5−3]セルソーターを用いた標識パネト細胞群の調製
Alexa Fluor 488の蛍光をパラメーターとし、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いて、本実施例[5−2]で標識したパネト細胞を含む腸上皮細胞群の懸濁液を解析した。その結果を図7に示す。
【0073】
続いて、細胞を分取する際のパラメーターとしてAlexa Fluor 488の蛍光の強度(Alexa Fluor 488 Fluorescence 1−height;FHAF488)が低い範囲と高い範囲とを設定し、添付のプロトコールに従ってセルソーター(JSAN;ベイバイオサイエンス社)を用いて、本実施例[5−2]で標識したパネト細胞を含む腸上皮細胞群の懸濁液1〜3mLから細胞群を分取した。以下、FHAF488が低い範囲で分取したパネト細胞群をH群とし、FHAF488が高い範囲で分取したパネト細胞群をI群とする。設定したパラメーターの範囲を以下および図7に示す。
【0074】
設定したパラメーターの範囲
H群;0.1≦FHAF488≦6.1
I群;28≦FHAF488≦2600
【0075】
分取した各パネト細胞群における、パネト細胞の構成比率P(%)を本実施例(2)と同様の手法により求めた。その結果、H群でP=98以上と高い値が確認された。また、位相差顕微鏡(オリンパス社)を用いてH群を観察したところ、多くのパネト細胞が確認された。その結果を図8に示す。
【0076】
これらの結果より、細胞膜の透過処理を短時間行った後、パネト細胞特異的に発現するタンパク質であるリゾチームに対する蛍光抗体でパネト細胞を標識し、28≦FHAF488≦2600としてセルソーターを用いて細胞群を分取することにより、98%以上の高い構成比率でパネト細胞を含む細胞群が得られることが明らかになった。また、腸上皮細胞群におけるパネト細胞の構成比率は平均で約1.5%であることから、蛍光標識抗体およびセルソーターを用いて細胞群を分取することにより、得られるパネト細胞群のパネト細胞の構成比率を、例えば初期の構成比率が1.5%である場合にはこれを数十倍にまで高められることが明らかになった。
【0077】
<実施例2>パネト細胞からの抗微生物物質の分泌誘導および抗微生物活性の確認
(1)カルバコールによる分泌誘導および分泌物の殺菌活性の確認
[1−1]カルバコールによる分泌誘導
実施例1(3)で得たF群のパネト細胞群から、5×10個の細胞を1つの細胞群として計2つの細胞群を採取し、それぞれをPBS(−)1mLに浸漬した。続いて、一方の細胞群に10μg/mL、他方の細胞群に100μg/mLとなるよう、パネト細胞に抗微生物物質を分泌させる誘導因子であるカルバコール(SIGMA社){Ayabeら、Nature Immunology、第1巻、第2号、第113−118頁、2000年}を添加し、30分間培養した。その後、培養上清をそれぞれ1mL回収してメンブレンフィルター(Spectra/Por Membrane;Spectrum Laboratories社)により透析した後、凍結乾燥機(Freeezone;Labconco社)により凍結乾燥した。
【0078】
[1−2]パネト細胞分泌物の殺菌率の測定
本実施例(1)[1−1]で調製した凍結乾燥物を、従来法に従って、ディフェンシン感受性のネズミチフス菌(Salmonella Typhimurium){Guo L.ら、Cell、第95巻、第189−198頁、1998年}の培地に加えて、37℃、1時間培養した{Ayabe Tら、Nature Immunol.第1巻、第113−118頁、2000年}。コントロールとして、本実施例(1)[1−1]で調製した凍結乾燥物を添加しない培地にて同様にネズミチフス菌を培養した。続いて、これらの培地50μLを、Triptic soy agar(Difco社)を用いて作成した栄養アガープレート上にそれぞれ塗布し、37℃にて一晩培養した。その後、従来法に従って、それぞれの栄養アガープレート上の生存コロニー数を計測し{Ayabe Tら、Nature Immunol.第1巻、第113−118頁、2000年}、コントロールの生存コロニー数に対する培養上清の凍結乾燥物添加群の生存コロニー数の割合から殺菌率を求めた。
【0079】
その結果、10μg/mLのカルバコールにより分泌誘導した培養上清の凍結乾燥物を添加した培地で培養したネズミチフス菌の殺菌率は平均40%であり、カルバコール100μg/mLの場合では、平均60%であった。
【0080】
以上の結果より、10μg/mLのカルバコールまたは100μg/mLのカルバコールにより分泌誘導した細胞群の培養上清の凍結乾燥物は、ネズミチフス菌に対する殺菌活性を有することが確認された。すなわち、実施例1(3)で得たF群のパネト細胞群は、カルバコールの刺激により殺菌活性を有する分泌物を分泌することが明らかになった。
【0081】
(2)カルバコールおよびネズミチフス菌による分泌誘導および分泌物中のリゾチーム濃度の測定
[2−1]カルバコールおよびネズミチフス菌による分泌誘導
実施例1(3)で得たF群のパネト細胞群から、5×10個の細胞を1つの細胞群として計3つのパネト細胞群を採取し、それぞれをPBS(−)1mLに浸漬した。続いて、そのうち1つの細胞群には10μg/mLとなるようカルバコール(SIGMA社)を添加し、もう1つの細胞群には10CFU/cellとなるようネズミチフス菌を添加し、残りの1つのパネト細胞群には何も添加せずに、それぞれ培養した。カルバコール添加群では培養開始から5分後および15分後に、ネズミチフス菌添加群では培養開始から15分後に、コントロールでは培養開始から5分後および15分後に、培養上清を1mLずつ回収した。
【0082】
[2−2]パネト細胞分泌物中のリゾチーム濃度の測定
本実施例[2−1]で回収した培養上清中に含まれるリゾチームの濃度を、酵素結合免疫吸着定量法(ELISA)により測定した。ELISAはAssayMax Human Lysozyme ELISA kit(ASSAYPRO社)を用いて、定法に従って行った。
【0083】
その結果、カルバコールにより分泌誘導した培養上清中のリゾチーム濃度は5分間培養で630ng/mL、15分間培養で720ng/mLであり、ネズミチフス菌により分泌誘導した培養上清中のリゾチーム濃度は15分間培養で880ng/mLであった。これに対し、コントロールの培養上清中のリゾチーム濃度は5分間培養および15分間培養で、いずれも350ng/mL以下であった。
【0084】
これらの結果より、カルバコールおよびネズミチフス菌により分泌誘導した細胞群の培養上清中には、コントロールに比べて有意に高濃度のリゾチームが含まれることが確認された。すなわち、実施例1(3)で得たF群のパネト細胞群は、カルバコールまたはネズミチフス菌の刺激により、リゾチームを含む分泌物を分泌することが明らかになった。
【0085】
(3)カルバコールおよびネズミチフス菌による分泌誘導および分泌物中のα−ディフェンシンの確認
[3−1]カルバコールおよびネズミチフス菌による分泌誘導
本実施例[2−1]と同様の手法により3つのパネト細胞群を採取し、カルバコール添加群、ネズミチフス菌添加群およびコントロールとしてそれぞれ培養した。培養開始から15分後に、それぞれの培養上清を1mLずつ回収した。
【0086】
[3−2]パネト細胞分泌物中のα−ディフェンシンの確認
本実施例[3−1]で回収した培養上清中にα−ディフェンシンが含まれるか否かを、ウエスタンブロット法を定法に従って行うことにより確認した。
【0087】
その結果、カルバコールおよびネズミチフス菌により分泌誘導した細胞群の培養上清中には、コントロールに比べて有意に高濃度のα−ディフェンシンが含まれることが確認された。すなわち、実施例1(3)で得たF群のパネト細胞群は、カルバコールまたはネズミチフス菌の刺激によりα−ディフェンシンを含む分泌物を分泌することが明らかになった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パネト細胞の構成比率が50%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、
小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、
前方散乱光(Forward Scatter;FSC)および側方散乱光(Side Scatter;SSC)をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程と
を有する、前記方法。
【請求項2】
前方散乱光の強度(Forward Scatter−height;FSC−H)が390≦FSC−H≦930および側方散乱光の強度(Side Scatter−height;SSC−H)が510≦SSC−H≦660である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
パネト細胞の構成比率が30%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、
小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、
波長が512〜558nmの蛍光をパラメーターとして、パネト細胞を蛍光物質により標識せずにセルソーターを用いて腸上皮細胞群からパネト細胞群を得る工程と
を有する、前記方法。
【請求項4】
波長が512〜558nmの蛍光の強度(512〜558nm Fluorescence 1−height;FH512〜558)がFH512〜558≧300である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
パネト細胞の構成比率が90%以上であるパネト細胞群を製造する方法であって、
小腸から採取されたクリプトからコラゲナーゼを用いてパネト細胞を含む腸上皮細胞群を調製する工程と、
界面活性剤を用いて腸上皮細胞群に含まれるパネト細胞の細胞膜を処理し、パネト細胞内のパネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体が到達し得る状態にする工程と、
パネト細胞特異的タンパク質に蛍光標識抗体を結合させてパネト細胞を標識する工程と、
結合させた蛍光標識抗体の蛍光をパラメーターとして、セルソーターを用いて標識したパネト細胞を含むパネト細胞群を得る工程と
を有する、前記方法。
【請求項6】
パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、
請求項1から請求項5のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、
製造したパネト細胞群と対象とを作用させる工程と、
対象を作用させたパネト細胞群の分泌物を定量する工程と、
定量した結果に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程と
を有する、前記方法。
【請求項7】
パネト細胞の抗微生物物質の分泌を促進する対象をスクリーニングする方法であって、
請求項1から請求項5のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、
対象を添加した培地で、製造したパネト細胞群を培養する工程と、
培養後の培地成分に微生物を作用させる工程と、
作用させた微生物の状態を確認する工程と、
確認した状態に基づき対象がパネト細胞の抗微生物物質の分泌促進能を有するか否かを評価する工程と
を有する、前記方法。
【請求項8】
パネト細胞からの分泌物を製造する方法であって、
請求項1から請求項5のいずれかに記載の方法を用いてパネト細胞群を製造する工程と、
製造したパネト細胞群とパネト細胞からの分泌を促進する物質および/またはパネト細胞からの分泌を促進する微生物とを作用させてパネト細胞の分泌物を得る工程と
を有する、前記方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−78318(P2011−78318A)
【公開日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−230904(P2009−230904)
【出願日】平成21年10月2日(2009.10.2)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度、文部科学省、地域科学技術振興事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504173471)国立大学法人北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】