説明

パラオキソナーゼの精製方法

【課題】パラオキソナーゼ(PON)を臨床適用可能とするための精製技術を提供する。
【解決手段】パラオキソナーゼ(PON)含有溶液を疎水性担体処理し、次いで3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート(CHAPS)の存在下に陰イオン交換体処理することを特徴とするPONの精製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はパラオキソナーゼ(以下PONと称することもある)に関するものである。詳細にはPONを含有する製剤、精製方法、安定化方法および新規な医薬用途に関する。
【背景技術】
【0002】
パラオキソナーゼ(ヒト血清パラオキソナーゼあるいはPON1ともいう)は、Ca2+依存性の分子量約45kDaの糖蛋白質であり、血中で高密度リポプロテイン(HDL)を構成する蛋白成分の一つとして存在している。PONはオクソン、有機リン、神経ガスのサリンなどの芳香族カルボン酸を加水分解する血清酵素として知られており、これらの解毒剤として使用することができる。近年、PONの生理活性が明らかになりつつあり、例えば、抗動脈硬化作用、抗酸化作用などが報告されている(非特許文献1、同2、特許文献1)。
【0003】
PONの精製に関しては、ブルーアガロース処理とDEAE型陰イオン交換体処理を組合せる方法が報告されている(非特許文献3、同4)。該報告例によれば、グリセロールとポリオキシエチレン・アルキルフェニルエーテル型の非イオン系界面活性剤(具体的にはEmulgen、Nonidet P−40、共に商品名)の共存下にPONを精製することが報告されているが、それ以外のもの、例えば、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート(以下CHAPSと称することもある)等は開示されていない。また、PONを含む血清検体にCHAPSを添加し、該酵素活性を維持することが報告されている(特許文献2)が、これは精製PONに関するものではない。
【0004】
PONを医薬に応用することを示唆する報告もいくつかなされている。例えば、生体中のPON量と狭心症、心筋梗塞、脳梗塞の関係を示唆する報告例がある(特許文献2)。また、特許文献3は、Apo−A1に関する虚血再灌流障害に関する報告であるが、この中でPONもApo−A1と同様に虚血再灌流障害に有効であることが示唆されている。しかし、具体的にその効果が示されているわけではない。
【0005】
このようにPONは医薬として有用であることが示唆されているにすぎず、またPONを医薬品として安定的に供給する手段についてはほとんど報告例がないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開パンフレットWO00/30425号
【特許文献2】特開2000−333674号公報
【特許文献3】国際公開パンフレットWO03/97696号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ジャーナル・オブ・クリニカル・インベスティゲーション(J.Clin.Invest.)、1998年、101巻、1581−1590頁
【非特許文献2】ネイチャー(Nature)、1998年、394巻、284−287頁
【非特許文献3】ドラッグ・メタボリズム・アンド・ディスポジション(Drug Methabolism and Disposition)、1991年、19巻1号、100−106頁
【非特許文献4】バイオケミストリ(Biochemistry)、1991年、30巻、10133−10140頁
【非特許文献5】プロシーディングズ・オブ・ザ・ナショナル・アカデミ・オブ・サイエンシズ・オブ・ザ・ユーエスエー(Proc.Natl.Acad.Sci.USA)、1995年、92巻、7187−7191頁
【非特許文献6】ジャーナル・オブ・リピド・リサーチ(J.Lipid Reseach)、2001年、42巻、951−958頁
【非特許文献7】ストローク(Stroke)、1989年、20巻、1037−1043頁
【非特許文献8】ジャーナル・オブ・セレブラル・ブラッド・フロー・アンド・メタボリズム(Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism)、2000年、20巻、1311−1319頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の精製法では高純度のPONを効率よく回収することが困難であると予想された。また従来より使用されている界面活性剤、例えば、ポリオキシエチレン・アルキルフェニルエーテル型の非イオン系界面活性剤を用いた場合、PONの安定化効果は必ずしも良好なものではないことが確認された。さらに、これらの界面活性剤のうち、高分子量のものは透析などにより除去できないため、クロマト処理により精製されたPONを動物などに投与するための濃縮操作を行うと、これらの界面活性剤も一緒に濃縮されてしまい、生体への悪影響が懸念された。
【0009】
本発明の目的は、PONを臨床適用可能とするための精製および製剤化技術を提供することにある。また、本発明の別の目的はPONの新規な医薬用途を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記の事情を考慮に入れて研究を行った結果、PONの精製時および/または保存時に、CHAPSを添加することにより、純度、活性発現、活性回収率および保存安定性が改善できることを見出した。
【0011】
また、本発明者らは、虚血再灌流動物モデルにおいてPONが有用であることを証明した。
【0012】
すなわち、本発明は下記のとおりである:
(1)PONおよびCHAPSを含むPON含有製剤、
(2)さらにポリオールを含む上記(1)の製剤、
(3)ポリオールがグリセロールである上記(2)の製剤、
(4)PON含有溶液を、疎水性担体処理し、次いでCHAPSの存在下に陰イオン交換体処理することを特徴とするPONの精製方法、
(5)CHAPSおよびポリオールの存在下に陰イオン交換体処理する上記(4)の精製方法、
(6)ポリオールがグリセロールである上記(5)の精製方法、
(7)PONにCHAPSを添加することを特徴とするPONの安定化方法、
(8)さらにポリオールを添加する上記(7)の安定化方法、
(9)ポリオールがグリセロールである上記(8)の安定化方法、
(10)PONを有効成分とする、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の予防及び/又は治療剤、
(11)虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞における予後、神経症状あるいは運動機能を改善するために使用される上記(10)の予防及び/又は治療剤、
(12)PONおよびCHAPSを含む、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の予防及び/又は治療するための薬剤、
(13)虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞における予後、神経症状あるいは運動機能を改善するために使用される上記(12)の薬剤、
(14)さらにポリオールを含む上記(12)または(13)の薬剤、
(15)ポリオールがグリセロールである上記(14)の薬剤、
(16)有効量のPONを投与してなる虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞における予後、神経症状あるいは運動機能を改善する方法、
(17)虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞における予後、神経症状あるいは運動機能を改善するための薬剤を製造するためのPONの使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、精製時・保存時の安定性が改善されたPON含有製剤の供給が可能である。また、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞に有用な新規な医薬品の提供が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本図は虚血再灌流モデルにおいて再灌流直後にPONの初回投与を行ったときの、神経症状の改善度の変化を経時的に示したものである。横軸は観察日、すなわち再灌流後の日数(day)を、縦軸は神経症状スコアーを、各々示す。図中の記号(□、△、○)は各観察日における神経症状スコアーを示す。各々のデータは平均値±SEMで示される。記号と折れ線の組合せのうち、□と点線の組合せはsham群(正常群)を、△と点線の組合せはビークル群(疾患群)を、○と実線の組合せはPON投与群を、各々示す。*はWilcoxon法を用いてビークル群と比較したときに危険率5%未満で有意差があることを示す。
【図2】本図は虚血再灌流モデルにおいて再灌流直後にPONの初回投与を行ったときの、運動機能の改善度の変化を経時的に示したものである。横軸、データ表示、記号と折れ線の組合せの定義は図1の説明に同じである。縦軸はRotarodの歩行時間(秒)を示す。図中の記号(□、△、○)は各観察日におけるRotarodの歩行時間を示す。**はt−test法を用いてビークル群と比較したときに危険率1%未満で有意差があることを示す。
【図3】本図は虚血再灌流モデルにおいて再灌流3時間後にPONの初回投与を行ったときの、神経症状の改善度の変化を経時的に示したものである。横軸、縦軸、記号、データ表示、記号と折れ線の組合せの定義は図1の説明に同じである。*はt−test法を用いてビークル群と比較したときに危険率5%未満で有意差があることを示す。
【図4】本図は虚血再灌流モデルにおいて再灌流3時間後にPONの初回投与を行ったときの、運動機能の改善度の変化を経時的に示したものである。横軸、データ表示、記号と折れ線の組合せの定義は図1の説明に同じである。縦軸と記号の定義は図2の説明に同じである。*の定義は図3の説明に同じである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
出発原料
本発明で用いられる出発原料はPON含有溶液であれば特に限定されない。例えば、血液、血漿、血清、血漿からフィブリンを除去したもの、血漿からコーンの低温エタノール分画法により得られる上清画分Eff.Iなどが例示される。また、遺伝子組換え技術を利用して調製されたものであってもよい。具体的には、組換え技術を用いてCHO細胞、昆虫細胞等に発現させた組換えPONを含む溶液(例えば、培養液、培養上清など)を用いることができる(非特許文献5、同6を参照)。
【0016】
精製
本発明の精製方法は、PON含有溶液を疎水性担体処理し、次いでポリオールおよびCHAPSの存在下に陰イオン交換体処理することを特徴とするものである。あるいは本発明の精製方法は、PON含有溶液を疎水性担体処理し、次いでCHAPSの存在下に陰イオン交換体処理することを特徴とするものである。
【0017】
疎水性担体処理
疎水性担体は不溶性担体に疎水性基を結合したものである。不溶性担体としてはアガロース(商品名セファロースなど)、架橋デキストラン(商品名セファデックスなど)、親水性ビニルポリマー(商品名トヨパールなど)等が例示される。また疎水性基としては、アルキル基、好ましくは炭素数4〜18のアルキル基(例えば、ブチル基、オクチル基、オクタデシル基など)、またはフェニル基等が例示される。不溶性担体に疎水性基を結合する方法は公知の方法に準じて行うことができる。また市販品を入手することもできる。
【0018】
疎水性担体処理の方法としては、具体的には、PON含有溶液を疎水性担体に接触させてPONを疎水性担体に吸着させた後に、特定の溶媒を用いてPONを溶出することにより回収する。吸着条件としては、pH6〜8程度、塩濃度は0.01〜0.2M程度が挙げられる。また、0.1〜2mM程度のカルシウム塩を添加してもよい。具体的には、1mM塩化カルシウムを含む生理食塩水(0.15M塩化ナトリウム)等が例示される。吸着後に洗浄を行う場合は、吸着と同様の条件により行うことができる。
【0019】
溶出時には、30〜70w/v%、好ましくは40〜60w/v%程度の炭素数1〜4のアルキレングリコール類(例えば、エチレングリコールなど)を用いる。また、0.1〜2mM程度のカルシウム塩を添加してもよい。具体的には、50w/v%エチレングリコール、1mM塩化カルシウムを含む水溶液などが例示される。
【0020】
陰イオン交換体処理
陰イオン交換体は不溶性担体に陰イオン交換基を結合したものである。不溶性担体としてはアガロース(商品名セファロースなど)、架橋デキストラン(商品名セファデックスなど)、親水性ビニルポリマー(商品名トヨパールなど)等が例示される。また陰イオン交換基としては、ジエチルアミノエチル基(DEAE型)、四級アンモニウム基(Q型)、四級アミノエチル基(QAE型)等が例示される。好ましくは、四級アンモミウム基、四級アミノエチル基などの強塩基性のものを用いる。不溶性担体に陰イオン交換基を結合する方法は公知の方法に準じて行うことができる。また市販品を入手することもできる。
【0021】
陰イオン交換体処理はポリオール(例えば、グリセロールなど)およびCHAPS(N,N−ジメチル−N−(3−スルホプロピル)−3−[[(3α,5β,7α,12α)−3,7,12−トリヒドロキシ−24−オキソコラン−24−イル]−アミノ]−1−プロパナミニウム、または、3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート)の共存下に行う。ポリオールの添加量としては10〜40w/v%、好ましくは20〜30w/v%程度が例示される。CHAPSの添加量としては0.01〜1w/v%程度が例示される。なお、本処理以降も精製を行う場合は全て、ポリオールおよびCHAPSの共存下に行う。
【0022】
また陰イオン交換体処理は、CHAPSの存在下に行うこともできる。この場合、本処理以降も精製を行うときは全て、CHAPSの存在下に行うこともできる。
【0023】
陰イオン交換体処理の方法としては、具体的には、PON含有溶液を陰イオン交換体に接触させてPONを陰イオン交換体に吸着させた後に、高塩濃度の溶媒を用いてPONを溶出することにより回収する。吸着条件としては、pH6〜9程度、塩濃度は0.001〜0.1M程度が挙げられる。また、0.1〜2mM程度のカルシウム塩を添加してもよい。具体的には、1mM塩化カルシウム、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)等が例示される。吸着後に洗浄を行う場合は、吸着と同様の条件により行うことができる。さらに溶出条件としては、pH6〜9、塩濃度0.1〜2M程度が挙げられる。また、0.1〜2mM程度のカルシウム塩を添加してもよい。具体的には、0.1〜1Mの塩化ナトリウム、1mM塩化カルシウム、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)等が例示される。また、溶出に際しては、塩濃度をステップワイズに上げる方法、連続的に上げる方法(濃度勾配法)のいずれで行ってもよい。
【0024】
濃縮(限外濾過)
陰イオン交換体処理後にPON含有溶液を、分画分子量10〜30kDa程度の限外濾過膜を用いて濃縮することができる。
【0025】
固定化コンカナバリンA(以下ConAと称することもある)処理
固定化ConAは不溶性担体にConAを結合したものである。不溶性担体としてはアガロース(商品名セファロースなど)、架橋デキストラン(商品名セファデックスなど)、親水性ビニルポリマー(商品名トヨパールなど)等が例示される。不溶性担体にConAを結合する方法は公知の方法に準じて行うことができる。また市販品を入手することもできる。
【0026】
固定化ConA処理の方法としては、具体的には、PON含有溶液を固定化ConAに接触させてPONを固定化ConAに吸着させた後に、高塩濃度または特定の溶媒を用いてPONを溶出することにより回収する。吸着条件としては、pH6〜9程度、塩濃度は0.1〜0.5M程度が挙げられる。また、1〜20mM程度のカルシウム塩、1〜10μM程度のEDTA塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ土類金属塩等)を添加してもよい。具体的には、10mM塩化カルシウム、0.2M塩化ナトリウム、5μM EDTA3ナトリウム塩、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)等が例示される。吸着後に洗浄を行う場合は、吸着と同様の条件により行うことができる。
【0027】
また溶出条件としては、pH6〜9、塩濃度1〜5M程度が挙げられる。あるいは、pH、塩濃度は吸着条件のままで、0.1〜0.5M程度のα−メチルマンノシドを用いる。また、1〜20mM程度のカルシウム塩、1〜10μM程度のEDTA塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ土類金属塩等)を添加してもよい。具体的には、10mM塩化カルシウム、1〜4M塩化ナトリウム、5μM EDTA3ナトリウム塩、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)あるいは0.1〜0.5M α−メチルマンノシド、10mM塩化カルシウム、0.2M塩化ナトリウム、5μM EDTA3ナトリウム塩、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)等が例示される。また、溶出に際しては、塩濃度あるいはα−メチルマンノシド濃度をステップワイズに上げる方法、連続的に上げる方法(濃度勾配法)のいずれで行ってもよい。固定化ConA処理は必要に応じて行えばよく、また場合により省略することもできる。
【0028】
陰イオン交換体処理(2回目)
本処理は最初の陰イオン交換体処理に準じて繰り返すことができる。
【0029】
さらにPONの精製度を上げるために公知の手法としてブルーアガロース処理を併用することもできる。その処理条件は公知の方法に準じて行うことができる。ただし、上述のとおり、ポリオールおよびCHAPSの共存下に行う。あるいは本処理はCHAPSの存在下に行うこともできる。
【0030】
本発明の精製法として具体的には以下の方法が例示される。
疎水性担体処理→陰イオン交換体処理→固定化ConA処理→陰イオン交換体処理(2回目)
疎水性担体処理→陰イオン交換体処理→陰イオン交換体処理(2回目)
本精製法により、100〜2000U/A280、好ましくは500〜1800U/A280程度に高度精製されたPONを調製することができる。なおPON活性の1Uとは1分間当たり1nmolのパラオキソンから同モル量の4−アミノフェノールを生成できることを意味する。詳細は参考例1に記載のとおりである。
【0031】
製剤化
精製されたPONを用いて製剤化を行う。精製されたPONとしては上記の精製法により調製されたものを用いることができる。また、公知の精製法により調製されたものを用いてよい。例えば、ブルーアガロース処理と陰イオン交換体処理を組合せた態様(特許文献2、非特許文献3、同4)などが例示される。
【0032】
本製剤におけるPONの濃度としては1〜100mg/mL(1800〜180000U/mL)程度が例示される。pHとしては6〜9程度、塩濃度としては1〜100mM程度が例示される。添加剤としては、ポリオール、CHAPSが挙げられる。ポリオールとしてはグリセロールなどが例示される。その添加濃度としては、ポリオールが1〜5w/v%程度、CHAPSが0.001〜0.1w/v%程度、が例示される。さらに、塩化カルシウムなどのカルシウム塩、EDTAなどのキレート化剤、トリスなどの緩衝液を用いてもよい。その添加濃度として、カルシウム塩が0.01〜1mM程度、キレート化剤が0.1〜1μM程度、緩衝液が1〜10mM程度、が各々例示される。
【0033】
PON含有溶液に必要に応じて各種添加剤を添加し、濾過滅菌、小分け分注、凍結乾燥などの方法を用いてPONを製剤化することができる。
【0034】
用法用量
本発明で得られたPON含有製剤は公知の医薬用途に用いることができる。例えば、解毒剤、動脈硬化への適用などである。また新規な医薬用途としては虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の予防及び/又は治療等に適用可能である。投与方法としては経口投与・非経口投与のいずれでもよい。非経口投与の場合は静脈内投与などの注射などの態様が挙げられる。その投与量は患者の症状、性別、年齢、体重などに応じて適宜増減すればよい。具体的には0.1〜1000mg/kg体重程度が例示される。
【0035】
特にPONを虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の予防及び/又は治療に適用する場合は、具体的には、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞における予後、神経症状あるいは運動機能の改善などに適用することができる。また、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の意識障害、該疾患に伴う神経症候、動作障害、特に日常生活動作障害、機能障害などの予防及び/又は治療に適用することができる。
【0036】
PONを虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の予防及び/又は治療に用いる際の投与方法としては、具体的には、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞の発症後48時間以内、好ましくは24時間以内、より好ましくは12時間以内、特に好ましくは3時間以内に投与を開始し、1日1回、単回投与あるいは1〜14日間、好ましくは1〜7日間程度の連日投与が例示される。
【実施例】
【0037】
本発明をより詳細に説明するために、以下に実施例および実験例を挙げるが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0038】
参考例1
A.PON活性の測定
1)基質の調製
基質原液(パラオキソン、ジエチルp−ニトロ−フェニルホスフェートともいう、シグマ社)7μLを52μLのDMSOで溶解後、0.1Mトリス塩酸、2mM塩化カルシウム(pH8、25℃)で100倍希釈した。但し、必要に応じて本測定系には上記の緩衝液にヘパリンを添加(0.5mg/mL)した緩衝液を用いた。
2)測定(室温で行う)
96ウエルマイクロプレートに試料(PONを含む)20μLおよび、1)で調製した基質溶液200μLを添加、混和した(パラオキソンの終濃度は5mMとなる)。30分間動力学的モードで波長405nmの吸光度を測定し、その結果をSoftmax Version 2.35で計算した。なお試料の希釈には基質調製用と同じ緩衝液を用いた。
3)活性算出法
2)で得られたVmax in mOD/minを用いて以下の式より算出した。但し、当該値は、Vmax相関係数が0.95以上の値を採用した。
【0039】
【数1】

【0040】
B.PON抗原量はサンドイッチELISA法により測定した。
【0041】
実施例1
ヒトプール血漿から調製された血清を用いてPONを精製した。ヒト血清を、1mM塩化カルシウムを含む生理食塩水で平衡化したフェニル−アガロースカラム(フェニル−セファロース、アマシャムファルマシア)にアプライした。同溶媒で洗浄した後に、50w/v%エチレングリコール、1mM塩化ナトリウムを含む水溶液で吸着したPONを溶出した。当該溶液を限外濾過膜(30kDa)を用いて1mM塩化カルシウム、25w/v%グルセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で脱塩濃縮し、同溶媒で平衡化した四級アンモニウム型−アガロースカラム(Q−セファロース、ファルマシア)にアプライした。同溶媒で洗浄した後に、塩化ナトリウム濃度を、0.1M→0.15M→0.2M→0.25M→1Mの順にステップワイズに上げて溶出させた。0.2M〜0.25Mの塩化ナトリウムの溶出画分を回収して、限外濾過膜(10kDa)で濃縮した。
【0042】
実施例2
実施例1で調製されたPON含有溶液を、10mM塩化カルシウム、0.2M塩化ナトリウム、5μM EDTA3ナトリウム、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化したConAアガロースカラム(ConAセファロース、アマシャムファルマシア)にアプライした。同溶媒で洗浄した後に、3M塩化ナトリウムを含む同溶媒でPONを溶出した。限外濾過膜(10kDa)を用いて濃縮した。当該溶液を実施例1の方法に準じて四級アンモニウム型アガロースカラム(前述)を用いて処理し、0.25Mの塩化ナトリウムの溶出画分を回収した。当該四級アンモニウム型アガロース処理(2回目)における活性回収率は95%であった。また精製PONをSDS−PAGE(還元条件下)で分析したところ、ほぼ1バンド(分子量45kDa)として検出された。
【0043】
実施例3
四級アンモニウム型アガロース(Q−セファロース)処理における溶出時の塩化ナトリウム濃度を、0.15M→0.2M→0.25M→1Mの順でステップワイズに上げて行う以外は全て実施例1に準じて行った。0.25Mの塩化ナトリウムの溶出画分を回収して、限外濾過膜(10kDa)で濃縮した。
【0044】
実施例4
実施例3で調製されたPON含有溶液を実施例1の方法に準じて再度、四級アンモニウム型アガロースカラムを用いて処理し、0.2Mの塩化ナトリウムの溶出画分を回収した。精製PONをSDS−PAGE(還元条件下)で分析したところ、ほぼ1バンド(分子量45kDa)として検出された。
【0045】
各実施例で調製されたPONの精製挙動を以下の表に示す。実施例1が表1と2、実施例2が表3、実施例3が表4、実施例4が表5に対応する。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
【表3】

【0049】
【表4】

【0050】
【表5】

【0051】
実施例5
10mg/mLの精製PON(実施例4により調製)、2.5w/v%グリセロール、0.05w/v%CHAPS、0.1mM塩化カルシウム、20mM塩化ナトリウム、0.5μM EDTA・3Naを含む2.5mMトリスの緩衝液(pH7.5)の組成からなるPON製剤を調製した。
【0052】
実験例1
実施例1の疎水性担体(フェニル−アガロース、以下の実験例および参考例2も全て同様)処理により得られた溶出液について、各界面活性剤[ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(商品名トリトンX−100)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(商品名トウイーン80)、オクチルチオグリコシド、CHAPS]と活性残存率の関係を検討した。溶媒は1mM塩化カルシウム、25w/v%グリセロールを含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)とした。室温で30分間放置後にPON活性を測定した。結果を表6に示す。
【0053】
【表6】

【0054】
トリトンX−100、トウイーン80、オクチルチオグルコシドに比較して、CHAPSの方が高い活性残存率を示し、安定化効果に優れていることが判明した。
【0055】
参考例2
疎水性担体処理により得られた溶出液を、1mM塩化カルシウム、25w/v%エチレングリコール、各種界面活性剤[ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(商品名トリトンX−100)、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル(商品名トウイーン80)、オクチルグリコシド]を含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.4)で平衡化した陰イオン交換体(DEAE型アガロース)カラムにアプライし、0.15M塩化ナトリウムで溶出した場合のPONの溶出挙動を確認した。トリトンX−100とトウイーン80の添加濃度は0.1w/v%、オクチルグルコシドの添加濃度は0.5w/v%とした。結果を表7に示す。
【0056】
【表7】

【0057】
トウイーン80について、精製度(比活性)はトリトンX−100と同等になったものの活性回収率は半減した。オクチルグルコシドでは精製度・回収率ともトリトンX−100、トウイーン80よりやや劣った。オクチルチオグルコシドを用いた場合、精製度・回収率ともオクチルグルコシドと同等であった(データを示さず)。
【0058】
実験例2
疎水性担体処理により得られた溶出液を、1mM塩化カルシウム、25w/v%グリセロール、0.5w/v%CHAPSを含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化した陰イオン交換体(四級アンモニウム型アガロース)カラムにアプライし、0.2〜0.25M塩化ナトリウムで溶出した場合のPONの溶出挙動を確認した。結果を表8に示す。
【0059】
【表8】

【0060】
CHAPSを用いた場合の精製度および活性回収率は参考例2のトリトンX−100とほぼ同等の結果であった。またこの組成物は4℃で1ヶ月間保存しても活性は維持されていた。
【0061】
実験例3
疎水性担体処理により得られた溶出液を、1mM塩化カルシウム、5μM EDTA・3Na、0.5w/v%CHAPS、25w/v%グリセロールを含む25mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)で平衡化した陰イオン交換体(四級アンモニウム−アガロース)カラムにアプライし、0.2〜0.25M塩化ナトリウムで溶出した場合のPONの溶出挙動を確認した。対照としてグリセロールを添加しないものを用いた。結果を表9に示す。
【0062】
【表9】

【0063】
グリセロール無添加の場合は、活性回収率はより低い値を示した。またアプライサンプル、得られた画分の安定性についても、1週間保存後で約50%の活性低下が観察された。
【0064】
実験例4
精製したPONのラット脳梗塞(虚血再灌流)モデルに対する作用を、梗塞巣の体積を指標に評価した。
【0065】
実験方法
1.被験物質および調製法
PONは実施例5に準じて10mg/mLの濃度で溶媒に溶解したものを用いた。溶媒は被験物質に用いたもののみを用いた。
2.動物は、CD(SD)系雄性ラット(体重300g前後、8週齢)を用いた。
3.評価項目は、梗塞巣の体積とした。
4.群構成および投与量
対照群は虚血直後に溶媒をラットに尾静脈内投与した(例数は6)。PON投与群は虚血直後に10mg/kg体重をラットに尾静脈内投与した(例数は5)。
5.方法
虚血再灌流モデルの作製
脳虚血再灌流は、非特許文献7で開示された方法に従い作製した。すなわち、動物をハロタン麻酔下で背位に固定し、頚部を除毛後、頚部皮膚を正中切開した。総頚動脈を周囲組織より剥離し、右外頚動脈及び総頚動脈を絹糸にて結紮して、内頚動脈に糸をかけた後、内頚動脈と外頚動脈の分岐部より、先端約2cmを直径0.45mmにシリコンコーティングした栓子(4−0ナイロン糸、協和時計工業)を18mm挿入し、絹糸にて内頚動脈とともに結紮、固定することにより右中大脳動脈(MCA)灌流領域を虚血にした。切開部を縫合し麻酔より覚醒させた。虚血負荷2時間後に再び切開部を開けて、栓子を約1cm引き抜くことにより、右MCA灌流領域の再灌流を行い、再び切開部を縫合した。
【0066】
梗塞巣体積の測定
再灌流24時間後に動物を断頭し、頭蓋骨の縫合に沿って開頭し、脳組織を摘出して、ブレインスライサー(RBM−4000C、Brain Matrix)を用いて、脳組織をbregmaより前方(+)3mm、1mm及び後方(−)1mm、3mm、5mmで輪切りにして冠状切片を作製した。引き続き2% 2,3,5−triphenyltetrazolium chloride(TTC;ナカライ)を含む0.1Mリン酸緩衝液中で脳切片を約10分間インキュベートした。脳切片を取り出し、水分を軽く除いた後、写真撮影し、TTC染色陽性領域と陰性領域を区別した。これより画像解析装置(Simple PCI、C−IMAGING systems)を用いて梗塞巣面積を測定し、梗塞巣体積を算出した。
6.結果を表10に示す。
【0067】
【表10】

【0068】
*は危険率5%未満で有意差が認められることを示す。
【0069】
PONの投与により、動物実験において虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞を有意に抑制することが今回、初めて確認された。
【0070】
実験例5
1)神経症状
中大脳動脈(MCA)虚血再灌流モデルの作製
動物をセボフルレンにより呼気麻酔した後、保温マット(SMS−2000J,Medical System Inc.、37℃設定)上に背位固定した。頸部中央を切開後、右外頚動脈および右総頚動脈を結紮した。内頚動脈と外頚動脈の分岐部より、先端約2cmを直径0.19〜0.20mmにシリコンコーティングした栓子(0.2号渓流用釣り糸、OWNER CO.,LTD)を右内頚動脈に沿って約0.9cm挿入することによりMCAを虚血状態とした。頸部切開部を縫合し麻酔より覚醒させ、虚血1時間後に上記同様に麻酔し、栓子を抜去してMCAを再灌流させた。モデル作製の可否は、再灌流直前の神経症状により判断した。即ち、動物の尻尾をもって吊るすとき、左前肢を屈曲し、胴を左に屈曲するか否かで判定した。また、右外頚動脈および右総頚動脈を結紮するのみで、栓子を挿入しない個体を作製し、sham−operation群とした。
【0071】
神経症状スコアー(Modified Neurologic severity score;NSS)
非特許文献8に記載された方法に従い、スコアー付けを行った。即ち以下に示す症状が観察される時、項目毎に1ポイントとして加算し、合計ポイントをスコアーとした。
【0072】
観察は、再灌流1、3、5、7、9、14、19および23日後に実施した。
【0073】
1ポイントとなる症状:
尻尾をもって吊るすとき、左前肢を屈曲する。
尻尾をもって吊るすとき、左後肢を屈曲する。
尻尾をもって吊るすとき、胴を左に屈曲する。
床に置いた時、真直ぐ歩けない。
床に置いた時、左に回る。
床に置いた時、左に傾く。
動かない。
震える。
発作を起こす。
【0074】
薬剤の投与
PON(実施例5により調製)は、再灌流直後及び再灌流1、2、3、4、5、6日後に1日1回投与した。1回の投与量は10mg/10mL/kg体重とした。対照として、PONを含有しない溶媒のみを同投与液量投与した(ビークル群)。
【0075】
例数はSham群5、ビークル群3、PON投与群4とした。結果を図1に示す。
2)運動機能
市販のRota−rod tredmill for mice(MK−600、室町機械株式会社)を用いて測定した。すなわち、再灌流1、3、5、7、9、14、19、23日後に、一定スピード(設定1)で回転する棒上を回転方向とは逆向きに歩かせ、歩き始めた時間から棒から落下するまでの時間を測定した。歩行時間は、上限200秒とした。マウスは予め試験前5日間歩行練習させ、試験前日に200秒間を歩けた個体のみを、中大脳動脈(MCA)虚血再灌流モデルの作製に供した。その他は1)と同様である。結果を図2に示す。
【0076】
これらの結果より、MCA虚血再灌流モデルにおいてPONを再灌流直後に投与することにより神経症状および運動機能が改善されることが判明した。すなわち、PONのMCA虚血再灌流モデルにおける予後改善効果が確認された。
【0077】
実験例6
再灌流3時間後にPONを初回投与する以外は全て実験例5に準じて実験を行い、神経症状を観察した。例数はSham群5、ビークル群3、PON投与群4とした。結果を図3に示す。
【0078】
また同様に運動機能も観察した。例数はSham群4、ビークル群5、PON投与群4とした。結果を図4に示す。
【0079】
これらの結果より、MCA虚血再灌流モデルにおいてPONを再灌流3時間後に投与することによっても神経症状および運動機能が改善されることが判明した。すなわち、PONのMCA虚血再灌流モデルにおける予後改善効果は、PONの初期投与が再灌流3時間後の場合においても確認された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によると、精製時・保存時の安定性が改善されたPON含有製剤の供給が可能である。また、虚血再灌流に伴う障害および/または脳梗塞に有用な新規な医薬品の提供が可能である。
【0081】
本発明を特定の態様を用いて詳細に説明したが、本発明の意図と範囲を離れることなく、様々な変更及び変形が可能であることは、当業者にとって明らかである。
【0082】
なお、本出願は、日本で出願された特願2004−27727号(出願日:2004年2月4日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パラオキソナーゼ(PON)含有溶液を疎水性担体処理し、次いで3−[(3−コラミドプロピル)ジメチルアンモニオ]−1−プロパンスルホネート(CHAPS)の存在下に陰イオン交換体処理することを特徴とするPONの精製方法。
【請求項2】
CHAPSおよびポリオールの存在下に陰イオン交換体処理する請求項1に記載の精製方法。
【請求項3】
ポリオールがグリセロールである請求項2に記載の精製方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−87595(P2011−87595A)
【公開日】平成23年5月6日(2011.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−272225(P2010−272225)
【出願日】平成22年12月7日(2010.12.7)
【分割の表示】特願2005−517739(P2005−517739)の分割
【原出願日】平成17年2月4日(2005.2.4)
【出願人】(000002956)田辺三菱製薬株式会社 (225)
【Fターム(参考)】