説明

パン類改良剤及びこれを添加したパン類

本発明は、発酵風味と食感を向上させ、かつ短時間での製造を可能にするパン類改良剤およびこれを用いたパン類の製造法を提供することを目的とした。
豆乳などの大豆蛋白を乳酸菌及び酵母で予め発酵させた発酵大豆蛋白をパン生地に添加することにより、発酵に長時間かけることなく、焼成後のパンの発酵風味が極めて良好に引き出され、さらに食感もよりソフトで持続性が高くなる効果があることを見いだし、本発明を完成するに到った。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンの製造工程を簡略化しながらも発酵風味を向上でき、かつソフトな食感を持続することのできるパン改良剤およびパン類の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来のパン類は、通常原料として小麦粉、酵母、食塩、水に、砂糖、乳製品、油脂、その他の副原料を配合し、または食品添加物を加えて混捏(ミキシング)した生地を発酵させ、仕上げ工程(分割・丸目・ねかし・成形・型詰め・ほいろ)を経て焼成して得られる。パン類の従来から知られている製造方法としては、直捏法、中種法、液種法、速成法などがある。
【0003】
直捏法(ストレート法ともいう。)は上記工程を一連の操作で行う方法であり、小麦粉の全量が十分に熟成されるため発酵風味に優れるが、混捏時の生地の温度や硬さなどの条件の修正が難しく、工程作業に融通性がない。このため仕込み間の製品の振れが大きくなりやすい。この傾向は発酵時間の長い酵母種を使用するときにより顕著である。またパンは膨張性が低く硬めの食感となる上、老化も早い欠点がある。
【0004】
中種法は上記工程において小麦粉の一部を先に発酵させ、中種を作ってから残りの原料を加える2段階の発酵工程を経るものであり、中種の状態によって生地の混捏を調節できるため、工程作業に融通性がある。そしてパンは膨張性が高く柔らかい食感となる。しかし、発酵時間が長くなるため過発酵により風味を損ねやすい。そして生地の熟成を十分行わないため直捏法に比べて発酵風味に欠ける欠点がある。
【0005】
液種法は生地の発酵を大幅に短縮する方法であり、予め酵母を糖などで液状に発酵させた「液種」を生地と混捏し、短時間の発酵を行い製品とする方法である。この方法だと予め液種を用意しておけば短時間で迅速にパンを製造でき、製品の振れが非常に少ない点で、パンの大量生産には有利である。一方、液種の製造管理には直捏法と同様の工程管理の難しさがあり、安定した品質の液種を得るには非常に高度な技術を要する。また小麦粉自体の発酵時間が短いため、発酵風味に欠ける欠点を有する。
【0006】
速成法は一般に直捏法から一次発酵工程を省略する製パン方法で、原材料を混捏した後すぐに成型し、ホイロで発酵させ焼成する方法である。製パン工程としては、一次発酵が省略されているため、短時間でパンを製造でき、冷凍パン生地の製造によく用いられている。しかし発酵時間が極めて短いため、この方法も発酵風味に欠ける。
【0007】
このように従来のパン類の製造方法はいずれを採用しても一長一短であり、パンの発酵風味と作業性のいずれかを犠牲にせざるを得なかった。特にかかる問題は生育が遅く発酵時間を長くとる必要がある酵母種を用いる場合には、上記欠点がさらに顕著になる傾向であった。
【0008】
我々は先の出願(特許文献1)にて、乳酸発酵した大豆蛋白含有液及び水溶性多糖類を組み合わせたパン改良剤を開示した。本発明により、乳化剤を添加しなくとも食感がソフトでかつソフトな食感が長く保持されたパンを得ることが可能となり、パンの食感面や作業性の面においては改良が図られた。
しかしさらにソフトな食感を求めるニーズは高く、また上記方法によってはパン本来の発酵風味を向上させることはできなかった。逆に入れすぎるとパンの発酵風味とそぐわないヨーグルト的風味が出ることがあった。したがって短時間発酵でかつ発酵風味の向上と食感の向上のいずれをも満足するパンは依然として得られていなかった。
【0009】
ちなみに特許文献2では、製パン用改良剤として、麦芽、米発酵物又は麦発酵物の何れかとビオチンを必須成分として含むことにより、生地性がよく、焼き上がりの形状や食感や発酵風味に優れたパンが得られること、さらに大豆の乳酸菌/酵母発酵物を加えることが開示されている。しかしかかる大豆発酵物は極めて添加量が微量で、対粉0.01〜0.2%程度(実施例では0.012%)であり、本発明が求める良好な酵母由来の発酵風味やソフトな食感改良効果は実質的に開示されていない。さらにオカラ分を含む脱脂大豆粉末を発酵したものであるため、大豆蛋白をメインとする発酵物がパンにいかなる効果を及ぼすのか不明である。
【0010】
したがって発酵風味と食感を共に向上させ、かつ短時間で安定的に製造することができ、製造者に負担をかけずに美味しいパン類を製造できるパン類改良剤の開発が切望されていた。
【0011】
(参考文献)
【特許文献1】特開2001−299194号公報
【特許文献2】特開2000−300156号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、発酵風味と食感を向上させ、かつ短時間での製造を可能にするパン類改良剤およびこれを用いたパン類の製造法を提供することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は上記課題を解決すべく鋭意研究するなかで、豆乳などの大豆蛋白を乳酸菌と酵母で予め発酵させた発酵大豆蛋白をパン生地に添加することにより、発酵に長時間かけることなく、焼成後のパンの発酵風味が極めて良好に引き出され、さらに食感もよりソフトで持続性が高く、乳酸発酵豆乳を添加したパンを超える予想外の効果があることを見いだし、本発明を完成するに到った。
【0014】
即ち本発明は、
(1)乳酸菌及び酵母で発酵させた発酵大豆蛋白を含むパン類改良剤、
(2)乳酸発酵が実質的に酵母発酵と同時ないしそれ以前に行われたものである前記(1)記載のパン類改良剤、
(3)乳酸発酵に使用される乳酸菌がサワー種由来である前記(1)記載のパン類改良剤、
(4)発酵大豆蛋白が、酵母発酵の開始前において予めプロテアーゼを作用させて得たものである前記(1)記載のパン類改良剤。
(5)pHが4.0〜4.8である前記(1)記載のパン類改良剤、
(6)殺菌されている前記(1)記載のパン類改良剤、
(7)前記(1)記載のパン類改良剤を含むことを特徴とするパン類、
(8)パン類改良剤の添加量が製パン用穀粉100重量部に対して大豆固形分換算で0.35〜3.5重量部である前記(7)記載のパン類、
(9)乳酸菌及び酵母で発酵させた発酵大豆蛋白を製パン用穀粉と共に混捏し、生地を調製することを特徴とするパン類の製造法、に関するものである。
【発明の効果】
【0015】
この発明により、長時間のパン生地の発酵を要せずとも、短時間の発酵で発酵風味に優れ、かつソフトな食感およびその持続性が極めて優れたパン類を、製パン作業性に影響を与えることなく製造することが可能となる。かかる優れた発酵風味とソフトな食感を有しながらもパン製造工程に要する時間を大幅に短縮することができるものである。さらに該改良剤を用いれば日持ちの延長効果も得られる。さらに揚げパンやドーナツなどのフライ工程を経るパン類に該改良剤を用いた場合にはパン類への吸油防止効果も得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を具体的に説明する。本発明のパン類改良剤は、乳酸菌及び酵母で発酵させた発酵大豆蛋白を含むものである。
【0017】
本発明の発酵原料である大豆蛋白には大豆蛋白を含有する大豆由来の原料であれば良く、丸大豆、脱脂大豆、豆乳、分離大豆蛋白、濃縮大豆蛋白等が含まれる。特に全脂又は脱脂大豆から抽出され、大豆蛋白の含有量が高められた分離大豆蛋白や豆乳などが適当である。特に豆乳はホエー成分を含み発酵に必要なオリゴ糖などの栄養源にも富むので好ましい。豆乳は、全脂豆乳や脱脂豆乳又はそれらの乾燥粉末など特に限定するものではないが、風味などの観点から全脂豆乳が好ましい。また分離大豆蛋白は、油脂及び水を均質化して水中油型エマルジョンとしても利用することも出来る。
【0018】
全脂豆乳は、一般に大豆を水、温水、熱湯等に浸漬して水分約50%に膨潤させ、磨砕し、加熱し、おからを分離したものであるが、好ましくは、膨潤大豆を回転刃型剪断力を作用させて平均粒子径20〜100ミクロンに微細化した後、さらに所望によりホモゲナイザーなどにより微細化して、遠心分離やろ過などの通常の方法で分離した豆乳を用いることが風味的により好適である。また後述するようにオカラと豆乳を分離しないスラリーとして利用する場合でも上記方法によれば粒度が細かいため食感的にも問題がない。脱脂豆乳は脱脂大豆を原料として同様に製造したものである。この脱脂豆乳と油脂を均質化して水中油型エマルジョンとすることも出来る。油脂は動植物由来の油脂、それらの加工油脂など公知の油脂を使用することが出来る。
【0019】
また、物性改善、栄養強化などの目的で大豆蛋白にはトランスグルタミナーゼ、プロテアーゼ、アミラーゼ、β−グルコシダーゼ、キシラナーゼなどの所望の酵素を作用させることもできる。作用させるタイミングは特に限定されず、大豆蛋白の調製時から乳酸菌と酵母による発酵後までのいずれのタイミングで作用させても良い。
【0020】
本発明においては上記酵素の中でも特にプロテアーゼを大豆蛋白に作用させることが好ましい。大豆蛋白を加水分解して適度にペプチドを生成させることによって、旨味成分を発酵大豆蛋白に付与すると共に、酵母の発酵を促進し酵母の良好な風味をさらに増強することが可能である。したがってプロテアーゼは、酵母が発酵の栄養源としてペプチドを利用できる状態となるようなタイミングで作用させることが特に好ましい。すなわち、例えば大豆蛋白の調製時、大豆蛋白の調製後酵母発酵前、又は酵母発酵と同時に作用させることが好ましい。
プロテアーゼを作用させる場合、その種類はエンド型プロテアーゼ及びエキソ型プロテアーゼのいずれをも使用できるが、加水分解による旨味を増強するためには特にエキソ型プロテアーゼを使用することがより好ましい。
大豆蛋白の加水分解の程度はTCA(トリクロロ酢酸)可溶化率が10〜30%であるのが好ましく、15〜30%がさらに好ましい。かかる範囲となるように適宜プロテアーゼの量、力価、作用条件等を調製すればよい。なお、TCA可溶化率は、蛋白質の分解率の尺度であり、蛋白粉末を蛋白質分が1.0重量%になるように水に分散させ十分撹拌した溶液に対し、全蛋白質に対する15%TCA可溶性蛋白質の割合をケルダール法やローリー法等の蛋白質定量法により測定した値である。かかる範囲未満であるとプロテアーゼの添加効果に乏しい。また係る範囲を超えてもプロテアーゼの添加効果は増強されにくくなり、逆にアミノ酸やペプチドの生成量が多すぎてパン生地の物性・風味に影響を与えやすくなる。
【0021】
パン類改良剤中に含まれる大豆固形分の割合は、パン生地への本改良剤の添加量によっても効果は多少変化するが、乾燥固形分中、通常15重量%以上、より好ましくは40重量%以上、さらに好ましくは50重量%以上、最も好ましくは55重量%以上が適当である。また大豆固形分の上限値は大豆蛋白以外に必要な原料や乳酸菌と酵母の添加量を除した量以下となるが、通常は乾燥固形分中98重量%以下である。パン改良剤中の大豆固形分が低すぎると、発酵時に大豆蛋白に接種した酵母の生育が低下傾向となり、所望の発酵風味を得難く、風味と食感改良効果が少なくなる。また大豆固形分が低ければ低いほどパン生地への添加量を増やさないと効果が出にくくなり、生地の物性への影響が出やすくなる。
【0022】
なお、大豆蛋白の代わりに発酵原料として牛乳などの乳原料を用いた場合は、パン生地に添加した場合に生地が軟化してしまい、成型がしにくくなるなど、良好な作業性が得られない。また風味もパンの良好な発酵風味でなく、ヨーグルト的風味になる傾向が強いため好ましくない。
【0023】
本発明は大豆蛋白に乳酸菌と酵母をどちらも作用させることが必須である。乳酸発酵だけ行った発酵大豆蛋白ではパン類に旨味のある良好な発酵風味を十分に付与することができない。また酵母発酵のみでも酵母に乳酸発酵による代謝物が必須なためか酵母の生育が十分でなくその結果発酵風味の向上が十分でなく、またソフトな食感のパン類が得られない。
【0024】
発酵大豆蛋白の調製に使用する乳酸菌としては、通常の発酵乳に使用する一般的な乳酸菌(ラクトバチルス・ブルガリクス、ラクトバチルス・アシドフィルス、ラクトバチルス・ヘルベチカス、ラクトバチルス・ラクチス、ラクトバチルス・プランタラム、ストレプトコッカス・サーモフィルス、ストレプトコッカス・ラクチス、ストレプトコッカス・クレモリス、ストレプトコッカス・ジアセチルラクチス、ロイコノストック・クレモリスなど)や、パン種の一種であるサワー種(ライサワー種、サンフランシスコサワー種、パネトーネサワー種など)由来の乳酸菌を使用することが適当である。サワー種由来の乳酸菌としては、ラクトバチルス・サンフランシスエンシス、ラクトバチルス・パネックス、ラクトバチルス・コモエンシス、ラクトバチルス・イタリカス、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブロイキイ、ラクトバチルス・ライキマニ、ラクトバチルス・カルバタス、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ヒルガルディ、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・ルテリ、ラクトバチルス・パストリアヌス、ラクトバチルス・ブクネリ、ラクトバチルス・セロビオサス、ラクトバチルス・フルクティボランスなどが挙げられる。
【0025】
上記乳酸菌は単独又は2種以上の混合菌として接種され、乳酸菌とこれに併存させる場合の酵母の菌種に応じた発酵温度と時間が選択される。例えば、温度は概ね15〜50℃、発酵時間は1時間〜1.5日程度であるが、特にこの数値は乳酸菌や酵母の種類によって変化するのでかかる範囲に限定されるものではなく、実施する者が発酵風味の傾向や作業性などを勘案して決定すればよい。発酵開始時のpHも接種する乳酸菌や酵母の生育できるpHに合わせて調整すればよく、通常は5.5〜8.5、より好ましくは5.5〜7の範囲内に調整して発酵を開始すればよい。
また、発酵後のpHについては4.0〜4.8、より好ましくは4.3〜4.6まで発酵することが望ましい。pHがかかる範囲よりも低いと過発酵により異味が生じやすく、また多量の乳酸によって生地が軟化しやすくなり、作業性が低下する。またpHが高すぎると発酵風味およびソフトな食感の向上効果が不足し、保存性も低下する。
【0026】
発酵大豆蛋白の調製に使用する酵母は、通常パン種として用いられているものを使用することができ、特に限定されない。酵母は単独又は2種以上の混合菌として使用され、酵母とこれに併存させる乳酸菌の菌種に応じた発酵温度と時間が選択される。
【0027】
酵母の菌種については特に限定されないが、通常使用されるイースト菌(サッカロミセス・セレビジエ)の他、例えばパン種として使用されるサワー種(サンフランシスコサワー種、ライサワー種、パネトーネ種など)、ホップス種、ビール種、酒種、果実種(ブドウ果実種、リンゴ果実種など)由来の酵母を使用することができる。酵母と乳酸菌を共に含むサワー種等を用いると、別途乳酸菌を添加することなく発酵を完了することができ、作業工程上好ましい。サワー種由来の酵母としては、サッカロミセス・イグジキュース(S. exiguus)、カンディダ・ミレリ(C. milleri)、ピヒア・サイトイ(Pichia saitoi)、カンディダ・クルセイ(Candida krusei)などが挙げられる。
【0028】
本発明は酵母や乳酸菌を直接パン生地に添加する従来の製造法を用いると十分な発酵風味を出すためにかなりの長時間の熟成が必要となるパン種を使用する場合にも有益である。
例えばパネトーネ種などを直接生地に添加した場合、約20℃で20時間程度の長時間発酵を行わなければパネトーネ種独特の発酵風味を十分に出すことができない。従来からもパネトーネ種を予め小麦粉を主成分とする培養液で長時間熟成させた液種をパンに練り込むことにより発酵風味を付与する試みはなされているが、液種自体を調製する際のコントロールが難しく高度な技術を要するものであった。また液種による発酵風味付与効果自体も十分ではなく、本発明が目的とするに十分な発酵風味を得るためには結局その液種をパン生地で長時間発酵させることが必須であった。
一方、本発明の発酵大豆蛋白によれば、パン生地の発酵を短時間で終え、あるいはパン生地を発酵させなくとも、長時間発酵させたのと同等の良好な発酵風味とソフトな食感を付与することが可能である。さらに殺菌して流通させることができるので、長期間の保存も可能である。
【0029】
本発明において、大豆蛋白に乳酸菌と酵母を作用させる順序は、乳酸発酵が実質的に酵母発酵と同時ないしはそれ以前に行われるようにすることが好ましい。すなわち、乳酸菌と酵母を接種する順序は特に限定されないが、少なくとも乳酸発酵が酵母発酵よりも同時かそれ以前に進行するように発酵原料の温度、pHや糖類などの他原料の種類を調整する。
その理由は明確ではないが、おそらくかかる順番で作用することにより、大豆蛋白原料に第1発酵として乳酸菌が作用することにより乳酸、ペプチド、アミノ酸等の種々の発酵産物を生成し、これを酵母が栄養源とすることにより酵母の生育が促進され、従来にない良好な発酵風味を付与できるのではないかと考えられる。したがって乳酸菌による発酵が実質的に不十分となる条件で酵母を発酵させると良好な発酵風味が十分得られない。
【0030】
本発明の発酵原料には、使用する乳酸菌と酵母の種類や組み合わせに応じ、発酵に適した所望の原料を大豆蛋白に適宜組み合わせて添加することができる。例えばペプチド類、穀粉類、資化性糖類、油脂類、増粘多糖類、乳原料、食物繊類、ビタミン類、ミネラル類、その他公知の発酵促進剤等を添加できる。
【0031】
ペプチド類としては、大豆ペプチド、小麦ペプチドなどの植物由来ペプチドや動物由来ペプチドを使用でき、これらは乳酸菌と酵母の発酵促進剤として使用できる。添加量はパン類改良剤中、乾燥固形分あたり0.01〜0.5重量%、より好ましくは0.03〜0.3重量%が適当である。
【0032】
穀粉類としては、全粒粉、強力粉、薄力粉、米粉、トウモロコシ粉などを使用でき、添加量はパン類改良剤中、乾燥固形分あたり0.2〜3重量%、より好ましくは0.3〜2重量%が適当である。特にパネトーネ種を使用する場合は、発酵促進及び良好な発酵風味の発現のために用いることが好適である。
【0033】
資化性糖類としては、グルコース、マルトース、マルトオリゴ糖、スクロース、ガラクトース、ガラクトオリゴ等、キシロース、キシロオリゴ糖、ラクトース、ラクトオリゴ糖、マンノース、マンノオリゴ糖、ラフィノースやスタキオースなどの大豆オリゴ糖、トレハロースなどを使用する乳酸菌と酵母の糖利用性に合わせて適宜用いることができる。例えばパネトーネ種であればグルコース又はマルトースを用いることがより好ましい。添加量はパン類改良剤中、乾燥固形分あたり0.5〜5重量%、より好ましくは1〜3重量%が適当である。
【0034】
増粘多糖類としては、発酵大豆蛋白の安定性を付与するため、例えばネイティブジェランガム、ローカストビーンガム、キサンタンガム、水溶性大豆多糖類、ペクチン、グァーガムなどを使用することができる。添加量はパン類改良剤中、乾燥固形分あたり0.01〜2重量%、より好ましくは0.03〜1.5重量%が適当である。
【0035】
乳原料としては、脱脂粉乳、全脂粉乳、乳ホエー、WPCなどを用いることができ、添加量はパン類改良剤中、乾燥固形分あたり0.1〜3重量%、より好ましくは0.2〜2.5重量%が適当である。
【0036】
以上のようにして調製された発酵大豆蛋白は、必要に応じてpH調整やさらに他原料を混合し、パン類改良剤として使用できる。パン類の製造者は製造時に本パン類改良剤を直捏法や中種法などの公知のパン製造法にて製パン用穀粉と共に混和してパン類を製造することができる。もちろん製造者自身で発酵大豆蛋白を調製してパン類を製造することも可能である。
【0037】
本発明のパン類改良剤は、乳酸発酵によるpH低下と酵母発酵による炭酸ガスとエタノールの発生に伴い凝集し、カード状となる場合があるが、パン製造時の作業性や下記の加熱殺菌をする時を考慮すれば、ホモゲナイザーなどの均質化手段により均質化し、液状としておくことが好ましい。
【0038】
また本発明のパン類改良剤は殺菌されていることがより好ましい。殺菌手段は特に限定しないが、加熱殺菌が生産上好適である。乳酸菌とが生存していると、パン生地の発酵時に乳酸発酵が進み過ぎて、酸度が上昇し易くなる場合があり、酸度が上昇して、乳酸が生成し過ぎるとパン生地混入時のpHが低下しすぎることになりグルテンが軟化し過ぎて、パンの作業性が極端に悪くなるからである。またパン類改良在中の酵母が生存していると、パン生地の発酵時にも炭酸ガスを発生するため、酸度が上昇しやすくなるだけでなくパン生地が過度に膨張する場合があり、パンの作業性が悪くなるからである。従って、パン類改良剤が殺菌されていると乳酸菌や酵母がパン生地の発酵時に増殖することがなく、パン生地への作用を安定化することができる。加熱殺菌には、概ね70℃以上の低温殺菌や、100℃以上の高温殺菌法があり、装置としてはプレート熱交換機を利用した間接殺菌や直接蒸気を吹き込む直接殺菌装置又は容器包装詰め加圧加熱殺菌装置などが挙げられる。
加熱殺菌には、概ね70℃以上の低温殺菌や、100℃以上の高温殺菌法があり、装置としてはプレート熱交換機を利用した間接殺菌や直接蒸気を吹き込む直接殺菌装置又は容器包装詰め加圧加熱殺菌装置などが挙げられる。
【0039】
本発明のパン類改良剤は液体として供することもできるし、さらにスプレードライやフリーズドライなどにより粉末としても供することができる。
【0040】
本発明のパン類改良剤はそのままパン生地に添加することはもちろん、これを水相に含有させて油相と乳化するか、油相に含有させて水相と乳化することにより、マーガリン等の油中水型エマルジョンやクリーム等の水中油型エマルジョンとしてパン生地に添加することもできる。またショートニング等に添加し乳化油脂組成物としてパン生地に添加することもできる。
【0041】
次に、上記パン類改良剤を用いて製造されるパン類について説明する。
本発明のパン類は製造時に前記パン類改良剤が添加されることが特徴である。パン生地に用いる製パン用穀粉は、小麦粉、全粒粉、米粉など通常使用されているものを使用できる。小麦粉は強力粉、中力粉等の種別を限定するものではない。
本発明のパン類改良剤のパン類への添加量は、通常製パン用穀粉100重量部に対して大豆固形分換算で0.35〜3.5重量部、より好ましくは0.7〜2.2重量部が適当である。大豆固形分換算で0.35重量部未満では発酵風味およびソフトな食感の向上効果に乏しく、また3.5重量部を超えると、改良剤に含まれる大豆蛋白によってパン生地のグルテンネットワークの形成が妨害されてパンのボリュームが出にくくなり、パン生地が軟化してしまう傾向にある。
【0042】
パン類の製造は、通常用いられる直捏法、中種法、液種法、速成法等の方法を用いれば良く、パン類改良剤を製パン用穀粉と共に混捏してパン類生地を調製し、発酵膨化させ又はさせずに、焼成もしくは蒸し、フライ等の加熱をして製造することが出来る。
パン類の生地には、本パン類改良剤と製パン用穀粉にパン用酵母、食塩、水等の主原料を加えて通常の方法により得ることが出来るが、他に食塩、水、イーストフード、その他必要に応じて油脂類(ショートニング、ラード、マーガリン、バター、液状油等)、乳製品、糖類、調味料(グルタミン酸類、核酸等)、化学膨張剤、フレーバー等の副原料を添加・混捏して得ることが出来る。
この生地を、発酵工程を経て焼成等してパン類を得ることが出来る。また生地は予め冷凍して冷凍パン生地とし、後日パン類の製造に供することもできる。
【0043】
以上のようにして得られるパン類は、食パン、特殊パン(グリッシーニ、マフィン、ラスク等)、フライパン(揚げパン、ドーナツ等)、菓子パン、蒸しパン(肉まん、あんまん等)、ホットケーキなどを含むものである。なおフライパンに本発明のパン類改良剤を用いた場合、吸油防止効果により脂質の摂取過多も抑制できる。
【0044】
このようにして得られたパン類は、パン類改良剤の乳酸菌と酵母の発酵に由来する極めて良好な発酵風味が付与されたものであり、長時間熟成して得られたパン類と同等以上の発酵風味を有する。そして通常のパン類では得られないソフトな食感と良好な保存性を有する。しかも、かかる発酵風味を有するにもかかわらず、パン生地の発酵時間を短時間で完了してもよく、パン生地自体を発酵させずに膨化させただけでもよいため、極めて効率よく発酵風味に優れたパン類を製造できるものである。また食感がソフトとなり、かつそのソフト感がより長く保持されるので、従来から食感のソフト化のために用いられることがある乳化剤、酵素剤などの食品添加物を使用せず、全て天然由来の原料であっても本発明の方法ではソフト化の効果が発現される効果がある。
【0045】
以下に、実施例を掲げこの発明の効果をより一層明確にするが、これらは例示であってこの発明の技術的思想がこれらの例示によって、限定されるものではないことは無論である。なお、以下に例示の部、%は何れも重量基準を意味する。
【実施例】
【0046】
[実施例1] パネトーネ種を使用したパン類改良剤
市販豆乳(固形分9重量%)を142℃、5秒加熱殺菌後、30℃まで冷却し、この豆乳80部に対してパネトーネ種液((株)パネックス製)(ラクトバチルス・パネックス、ラクトバチルス・サンフランシスコ、サッカロミセス・イグジキュース含有、固形分30重量%)を2部、グルコース2部、小麦粉1部、水溶性大豆多糖類「ソヤファイブ」(不二製油(株)製)0.5部、脱脂粉乳0.5部、大豆ペプチド「ハイニュート」(不二製油(株)製)0.1部を添加し、水を添加して全量を100部とし、タンク内において30℃でpH4.4になるまで発酵を行った。発酵時間は約24時間であった。次いで、プレート式熱交換機で7℃まで冷却し、発酵大豆蛋白を調製した。これを100kgの圧力で均質化し、90℃で60秒間加熱殺菌したものをパン類改良剤〔A〕(乾燥固形分11.9重量%、大豆固形分7.2重量%)とした。
また市販豆乳の量を80部から6部、20部及び40部に変更して不足分を水で補充し、それぞれ同様にしてパン類改良剤〔B〕、〔C〕及び〔D〕とした。それぞれの乾燥固形分は5.2重量%、6.5重量%、及び8.3重量%であり、大豆固形分は0.54重量%、1.8重量%、及び3.6重量%であった。
【0047】
[実施例2] 未殺菌の発酵大豆蛋白の場合
実施例1の改良剤〔A〕と同様の方法で得た発酵大豆蛋白を殺菌しないでパン類改良剤〔E〕とした。
【0048】
[実施例3] 乳酸菌・酵母の菌種の検討
実施例1の改良剤〔A〕と同様の方法により、パネトーネ種液の代わりに乳酸菌としてサワー種のラクトバチルス・サンフランシスコ菌末1部、酵母としてイースト菌1部を同時に添加して発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔F〕とした。
【0049】
[実施例4] 乳酸菌・酵母の発酵順序の検討(1)
実施例3において、乳酸菌を最初に作用させ、豆乳のpHが4.4に低下してから酵母を12時間作用させる以外は実施例3と同様の方法により発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔G〕とした。
【0050】
[比較例1] 乳酸菌・酵母の発酵順序の検討(2)
実施例3において、酵母を最初に16時間作用させ、次いで乳酸菌を作用させる以外は実施例3と同様の方法により発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔H〕とした。
【0051】
[比較例2] 乳酸菌発酵のみの発酵大豆蛋白の場合
実施例3において、酵母を添加せずに乳酸菌のみ添加する以外は同様にして発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔I〕とした。
【0052】
[比較例3] 酵母発酵のみの発酵大豆蛋白の場合
実施例3において、乳酸菌を添加せずに酵母のみ添加する以外は同様にして発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔J〕とした。
【0053】
[比較例4] 発酵乳の場合
実施例3において、豆乳の代わりに牛乳を使用する以外は同様にして発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔K〕とした。
【0054】
[実施例5] 乳酸菌の菌種の検討
実施例1の改良剤〔A〕と同様の方法により、パネトーネ種液の代わりに乳酸菌としてラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・ブルガリカス及びストレプトコッカス・サーモフィラスの3種混合菌末1部、酵母としてイースト菌を1部添加して発酵大豆蛋白を調製し、同様に加熱殺菌してパン類改良剤〔L〕とした。
【0055】
[実施例6] プロテアーゼ添加の検討
市販豆乳(固形分9重量%)を142℃、5秒加熱殺菌後、30℃まで冷却し、この豆乳80部に対して乳酸菌(ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・ブルガリカス及びストレプトコッカス・サーモフィラスの3種混合菌末)1部、グルコース2部、小麦粉1部、水溶性大豆多糖類「ソヤファイブ」(不二製油(株)製)0.5部、脱脂粉乳0.5部、大豆ペプチド「ハイニュート」(不二製油(株)製)0.1部を添加し、水を添加して全量を100部とし、タンク内において30℃でpH4.4になるまで発酵を行い、90℃で2分間殺菌し、30℃まで冷却して乳酸発酵豆乳を得た。
次いで、乳酸発酵豆乳100部に対し、酵母としてイースト菌0.1部およびエキソ型プロテアーゼ「ウマミザイム」(アマノエンザイム(株)製)0.02部を添加し、30℃で12時間発酵を行った。得られた発酵液をプレート式熱交換機で7℃まで冷却し、発酵大豆蛋白を調製した。これを100kgの圧力で均質化し、90℃で60秒間加熱殺菌したものをパン類改良剤〔M〕とした。また品質比較のため、同様の条件でプロテアーゼを作用させずに調製したパン類改良剤を〔N〕とした。
改良剤〔M〕プロテアーゼによる発酵大豆蛋白の加水分解の程度を把握するため、15%TCA可溶率を測定したところ、25%であった。ちなみにプロテアーゼを作用させていない改良剤〔N〕の15%TCA可溶率は6%であった。
【0056】
[実験例] 各種パン類改良剤のパン類への添加効果
表1の配合と表2の作業工程で約5kg規模により、上記パン類改良剤〔A〕〜〔N〕を添加して直捏法にて食パンを調製した。またパン類改良剤〔A〕については、表1の配合量(10部)(A1)を3部、7部、30部、40部及び55部に代えて同様に食パンを調製した(A2〜A6)。なお、コントロールとして上記パン類改良剤を添加しない食パンも調製した。小麦粉としては強力粉「イーグル」(日本製粉株式会社製)を、イーストとしては生イースト「オリエンタルイースト」(オリエンタル酵母工業株式会社製)を、油脂としてはシヨートニング「パンパスピュアレ」(不二製油株式会社製)を用いた。焼成したパンは、室温(10〜20℃)で一晩静置後、なたね置換法により容積を測定した。
【0057】
(表1) 食パン配合表

【0058】
(表2) 作業工程

【0059】
パン類改良剤(A)〜(M)の添加によるパンの品質評価は、熟練したパネラー10名により発酵風味、パン生地の軟化の度合い、食感のソフトさ、老化防止効果(ソフト感の持続性)、抗菌効果(日持ち)について評価してもらった。結果は表3及び表4のようになった。
【0060】
(表3) 品質評価(1)

【0061】
(表4) 品質評価(2)

【0062】
パン類改良剤(A)〜(G)、(L)〜(N)を添加した食パンは、発酵風味に優れ、パン生地の軟化も少なく、食感がソフトでかつそのソフト感が持続し、抗菌効果も高く、非常に優れた品質を有していた。パネトーネ種を用いた改良剤(A)はパネトーネ独特の旨味とコクのある発酵風味が付与されており、極めて良好な品質を有していた。またプロテアーゼを作用させた改良剤(M)も改良剤(A)と同等で、プロテアーゼを作用させない改良剤(N)よりもさらに強い発酵風味が付与されていた。改良剤(E)は殺菌をしなかったためやや生地が軟化傾向となり、やや作業性が低下したが風味は極めて良好であり、十分許容できる範囲であった。
一方、酵母発酵後に乳酸発酵させた(H)や酵母発酵だけ行った(J)を添加しても、良い品質の食パンは得られなかった。また乳酸発酵のみ行った(I)はソフト感を付与・持続する効果や抗菌効果はかなり見られたが、本発明の求める良好な発酵風味を有するパンは得られなかった。また牛乳を発酵させた(K)はソフト感は多少付与されたものの、ヨーグルト的な風味となってしまった。さらにパンの生地の軟化傾向が強く、極めて作業性に劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0063】
製パン産業ではコスト的な問題から効率的に大量製造が可能なパン類の製法を採用しつつも、反面、より美味しく、かつ流通の問題からより保存性の高い品質のパン類が切望されている。本発明のパン類改良剤のパン類への利用はかかる要求を全て満たすのに非常に有効な方法である。したがって、本発明は製パン産業の発達のために極めて貢献できるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳酸菌及び酵母で発酵させた発酵大豆蛋白を含むパン類改良剤。
【請求項2】
乳酸発酵が実質的に酵母発酵と同時ないしそれ以前に行われたものである請求項1記載のパン類改良剤。
【請求項3】
乳酸発酵に使用される乳酸菌がサワー種由来である請求項1記載のパン類改良剤。
【請求項4】
発酵大豆蛋白がプロテアーゼをさらに作用させて得たものである請求項1記載のパン類改良剤。
【請求項5】
pHが4.0〜4.8である請求項1記載のパン類改良剤。
【請求項6】
殺菌されている請求項1記載のパン類改良剤。
【請求項7】
請求項1記載のパン類改良剤を含むことを特徴とするパン類。
【請求項8】
パン類改良剤の添加量が製パン用穀粉100重量部に対して大豆固形分換算で0.35〜3.5重量部である請求項7記載のパン類。
【請求項9】
乳酸菌及び酵母で発酵させた発酵大豆蛋白を製パン用穀粉と共に混捏し、生地を調製することを特徴とするパン類の製造法。

【国際公開番号】WO2005/053410
【国際公開日】平成17年6月16日(2005.6.16)
【発行日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516015(P2005−516015)
【国際出願番号】PCT/JP2004/018117
【国際出願日】平成16年12月6日(2004.12.6)
【出願人】(000236768)不二製油株式会社 (386)
【Fターム(参考)】