説明

ヒカリゴケ培養方法

【課題】環境の変化に弱いヒカリゴケの原糸体を効率良く大量に増殖できる、簡便なヒカリゴケ培養方法を提供する。
【解決手段】水洗したヒカリゴケ茎葉体を貧栄養な培地で培養することにより、該茎葉体から生じるヒカリゴケ原糸体を増殖させる原糸体増殖工程が含まれている。静置された貧栄養の無機塩寒天培地の前記培地で前記培養することにより、生じた前記ヒカリゴケ原糸体を裁断して、貧栄養の無機塩液体の別な培地に加え、光照射下、15〜22℃で、前記増殖させるものであってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒカリゴケの茎葉体から、原糸体を増殖させて、ヒカリゴケを人工的に培養する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒカリゴケは、その原糸体が光を反射して黄緑色に光るヒカリゴケ科の蘚類であり、環境省の絶滅危惧種に指定されている希少生物である。天然のヒカリゴケは、暗く湿った山岳洞穴や岩隙の環境で生育する。その産地として、国の天然記念物である長野県佐久市岩村田ヒカリゴケ産地等が知られている。
【0003】
ヒカリゴケの原糸体が光るのは、その原糸体細胞がレンズの役割をして、弱い入射光をその細胞の奥に偏在する葉緑体上に集光させる際、鮮やかな黄緑糸の光を反射することに起因している。
【0004】
天然のヒカリゴケは、胞子のうから放出された胞子が発芽して原糸体となり、それが生長して茎葉体となった後、胞子のうを形成するという生活環をとる。このことを利用したヒカリゴケの栽培方法が、特許文献1に記載されている。しかし、ヒカリゴケの茎葉体から、原糸体を培養する方法は知られていない。
【0005】
一方、特許文献2に、ヒカリゴケ胞子のうを用いたコケ類の栽培方法が記載されている。
【0006】
ヒカリゴケの胞子形成時期は諸説あり、また、生息地によっても違うようでありはっきりしておらず、実際に希少生物であるヒカリゴケの胞子形成を確認し、利用することは容易ではない。
【0007】
茎葉体は、冬季を除けば自生地において常時観察されるため、その利用が比較的容易である。
【0008】
【特許文献1】特開昭55−114232号公報
【特許文献2】特許第2700741号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は前記の課題を解決するためになされたもので、環境の変化に弱いヒカリゴケの原糸体を効率良く大量に増殖できる、簡便なヒカリゴケ培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記の目的を達成するためになされた、特許請求の範囲の請求項1に記載のヒカリゴケ培養方法は、水洗したヒカリゴケ茎葉体を貧栄養な培地で培養することにより、該茎葉体から生じるヒカリゴケ原糸体を増殖させる原糸体増殖工程が含まれていることを特徴とする。天然から得られるヒカリゴケ茎葉体は、通常の消毒条件で洗浄すると死滅するが、殺菌剤等を含まない水で洗浄し、わずかに混入するカビ等が生育できないような有機栄養分を含まない培地条件で培養されると、ヒカリゴケ原糸体を選択的に増殖させることができる。
【0011】
請求項2に記載のヒカリゴケ培養方法は、前記培地が、静置された貧栄養の無機塩寒天培地であることを特徴とする。寒天上に静置することで、茎葉体から発生するヒカリゴケ原糸体を効率的に選抜することができる。しかも、カビ等の発生が抑えられるので、ヒカリゴケ原糸体が、効率的に得られる。
【0012】
請求項3に記載のヒカリゴケ培養方法は、前記原糸体増殖工程が、光照射下、15〜22℃で行なわれることを特徴とする。ヒカリゴケは、光照射下例えば1000〜5000lx下、15〜22℃で、カビよりも増殖し易いため、これにより、ヒカリゴケ原糸体が、効率的に得られる。
【0013】
請求項4に記載のヒカリゴケ培養方法は、静置された貧栄養の無機塩寒天培地の前記培地で前記培養することにより、生じた前記ヒカリゴケ原糸体を裁断して、貧栄養の無機塩液体の別な培地に加え、光照射下、15〜22℃で、前記増殖させることを特徴とする。無機塩液体培地に増殖したヒカリゴケ原糸体を、例えばホモジナイザーで裁断して、無機塩液体培地に加えることにより、ヒカリゴケ原糸体の密集による腐敗を抑え、またカビの発生を最小限に抑えて効率的にヒカリゴケ原糸体を増殖させることができる。
【0014】
請求項5に記載のヒカリゴケ培養方法は、静置された貧栄養の無機塩寒天培地の前記培地で前記培養することにより、生じた前記ヒカリゴケ原糸体を裁断して、滅菌消毒した貧栄養の培養土に散布し、一定方向からの光照射下、15〜22℃で、前記増殖させることを特徴とする。赤玉土、より好ましくは焼成した赤玉土で例示される有機栄養分の少ない培養土の上に、ホモジナイザーで裁断したヒカリゴケ原糸体をばらまき、その後、一定方向から光を照射して栽培することで、ヒカリゴケ原糸体が同方向の光に対して効率よく黄緑色の鮮やかな光を反射するように増殖させることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明のヒカリゴケ培養方法によれば、胞子が得られない場合でも、大量かつ簡便に黄緑色の光を反射するヒカリゴケ原糸体を増殖させることができる。
【実施例】
【0016】
以下、本発明の実施例を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0017】
(実施例1)
ヒカリゴケ茎葉体をとり、水道水及びオートクレーブ殺菌した水で洗浄する。その後のすべての操作は植物組織培養で通常行われる程度の無菌操作条件で行う。オートクレーブした1/10コケ用培地(培地組成は下記)等の無機塩寒天培地上に洗浄した茎葉体を置き、その後、ふたをして、14時間明期、10時間暗期の光条件下、20℃で培養する。
【0018】
1週間程度で白いヒカリゴケ原糸体が、その後1〜2週間ほどで緑化したヒカリゴケ糸状体並びに原糸体が発生する。カビが生えていない原糸体を確認し、ピンセットでつまみ取り、新しい無機塩寒天培地に継代し、同条件で培養する。その後3〜4週間ほどで増殖する原糸体をピンセットでつまみ取って滅菌水に入れ、ホモジナイザー(ポリトロン)で10秒ほど処理し、ヒカリゴケ原糸体の細胞塊を裁断する。裁断したヒカリゴケ原糸体を1/10コケ培養用液体培地に加え、1ヶ月〜2ヶ月程度同条件で静置培養すると、増殖したヒカリゴケ原糸体のストックができる。
【0019】
このストックをホモジナイザーで細断し、ガラス容器等に入れてオートクレーブ滅菌した赤玉土などの貧栄養培養土に均一に散布し、光の方向を一定方向のみにした上記条件(14時間明期、10時間暗期の光条件下、20℃)で培養すると、1〜2ヶ月で黄緑色の光を反射する状態になった観賞用のヒカリゴケ原糸体が得られる。
【0020】
ストックの維持は、新しい液体培地に裁断したヒカリゴケ原糸体を加えて上記条件で静置培養を繰り返すことで行う。
【0021】
1/10コケ用培地としては、以下に示す溶液1〜3および微量元素溶液(溶媒は蒸留水)の塩化カルシウムと蒸留水を組み合わせてなるものを使用する。寒天培地としては、上記の液体培地に寒天を加えて固めたものを使用する。
【0022】
溶液1
硫酸マグネシウム・7水和物 2,500 mg/リットル
【0023】
溶液2
リン酸2水素1カリウム 2,500 mg/リットル
pH 約6.5
【0024】
溶液3
硝酸カリウム 10,100 mg/リットル
硫酸鉄・7水和物 125 mg/リットル
【0025】
微量元素溶液
硫酸銅・5水和物
55 mg/リットル
ホウ酸 614 mg/リットル
塩化コバルト・6水和物 55 mg/リットル
モリブデン酸ナトリウム・2水和物 25 mg/リットル
硫酸亜鉛・7水和物 55 mg/リットル
塩化マンガン・4水和物 389 mg/リットル
ヨウ化カリウム 28 mg/リットル
【0026】
1/10コケ用培地
溶液1 1 ml /リットル
溶液2
1 ml /リットル
溶液3 1 ml /リットル
微量元素溶液
1 ml /リットル
塩化カルシウム 1 mM
寒天培地の場合は8 g/リットルの寒天を加える
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明のヒカリゴケ培養方法により得られたヒカリゴケは、鑑賞植物として、天然産地近郊での土産物や地域特産品として、また絶滅危惧種の天然ヒカリゴケの保護・育成のために、有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水洗したヒカリゴケ茎葉体を貧栄養な培地で培養することにより、該茎葉体から生じるヒカリゴケ原糸体を増殖させる原糸体増殖工程が含まれていることを特徴とするヒカリゴケ培養方法。
【請求項2】
前記培地が、静置された貧栄養の無機塩寒天培地であることを特徴とする請求項1に記載のヒカリゴケ培養方法。
【請求項3】
前記原糸体増殖工程が、光照射下、15〜22℃で行なわれることを特徴とする請求項1に記載のヒカリゴケ培養方法。
【請求項4】
静置された貧栄養の無機塩寒天培地の前記培地で前記培養することにより、生じた前記ヒカリゴケ原糸体を裁断して、貧栄養の無機塩液体の別な培地に加え、光照射下、15〜22℃で、前記増殖させることを特徴とする請求項1に記載のヒカリゴケ培養方法。
【請求項5】
静置された貧栄養の無機塩寒天培地の前記培地で前記培養することにより、生じた前記ヒカリゴケ原糸体を裁断して、滅菌消毒した貧栄養の培養土に散布し、一定方向からの光照射下、15〜22℃で、前記増殖させることを特徴とする請求項1に記載のヒカリゴケ培養方法。

【公開番号】特開2007−143440(P2007−143440A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−339823(P2005−339823)
【出願日】平成17年11月25日(2005.11.25)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】