説明

ヒト型Fcレセプター発現酵母、およびそれを用いたヒト型Fcレセプターの製造方法

【課題】 遺伝子工学手法を用いて天然型に近いヒト型FcレセプターFcγRIが発現可能なプラスミド、前記プラスミドを形質転換することで得られる真核生物、および前記真核生物を用いたヒト型FcγRIの製造方法を提供すること。
【解決手段】 可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミド、前記プラスミドを導入することで酵母を形質転換して得られる可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIを発現可能な酵母、および前記酵母を用いたヒト型FcレセプターFcγRIの製造方法により、前記課題を解決することができた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子工学的手法により得られた、ヒト型Fcレセプターを発現する酵母、および前記酵母を用いたヒト型Fcレセプターの製造に関する。
【背景技術】
【0002】
Fcレセプターはイムノグロブリン(以下Igと表記)のFc領域(Fc領域とは、無傷の抗体のパパイン消化で生じ得る免疫グロブリン重鎖のC末端領域をいう)に結合する一群の分子である。Fcレセプターはその結合するIgのクラスによって分類されている。IgGのFc領域であるγ鎖に結合するFcγレセプター、IgEのFc領域であるε鎖に結合するFcεレセプター、IgAのFc領域であるα鎖に結合するFcαレセプターなどがある。
【0003】
FcレセプターのひとつであるFcγレセプターは、その構造の違いによりさらに、サブタイプに分類することができ、FcγRI、FcγRIIa、FcγRIIb、FcγRIIIの存在が報告されている(非特許文献1)。なかでも、FcγRIとIgGの結合親和性は高く、その平衡解離定数(KD)は10−8M以下である(非特許文献2)。また、この分子は単球やマクロファージの細胞表面に存在している。
【0004】
FcγRIはIgGとの結合に直接関わる分子量約42000のα鎖とγ鎖の2種類のサブユニットによって構成されており、γ鎖は細胞膜と細胞外領域の境界にあるアミノ酸、システイン(Cys)を介した共有結合によりホモダイマーを形成している。
【0005】
ヒト型FcγRIのアミノ酸配列および遺伝子配列(配列番号1)(非特許文献3)はJanet等により明らかにされ、ExPASyなどの公的なデータベースにヒト型FcγRIは、エントリーネーム(Entry name)FCGRI_human、アクセション番号(UniProt accession number)P12314として登録されている。また、シグナル配列、細胞外領域、細胞膜貫通領域なども公表されている。図1にヒト型FcγRI構造概略図を示す。なお、図1中のアミノ酸番号は配列番号1に記載したアミノ酸番号に対応する。すなわち1番目のメチオニン(Met)から15番目のグリシン(Gly)までがシグナル配列であり、16番目のグルタミン(Gln)から292番目のヒスチジン(His)までが細胞外領域であり、293番目のバリン(Val)から374番目のスレオニン(Thr)までが細胞膜貫通および細胞内領域とされている。
【0006】
近年になり、Fcレセプターの予想外の免疫抑制的な生物学的な特性は、自己免疫疾患および自己免疫症候群、移植物の拒絶、および悪性リンパ増殖の領域において医薬として注目を浴びつつある(非特許文献2)。また、FcγRIの機能であるIgG結合能はIgG精製用クロマトグラフィーゲルの捕捉機能を担うタンパク質としても利用することができる。
【0007】
遺伝子組み換え技術を用いたFcγRIの発現は、大腸菌(Escherichia coli)(特許文献1)、バチルス(Bacillus)属細菌(特許文献2)および動物細胞(非特許文献4)を用いた発現が報告されている。しかしながら、特許文献1に記載の大腸菌を利用した発現系や特許文献2に記載のバチルス属細菌を用いた発現系では、原核生物を用いているため、真核生物由来のタンパク質でみられる複雑な翻訳後修飾が起こらない。よって、天然に存在するFcγRIとは多少異なったタンパク質が発現される。一方、非特許文献4に記載の動物細胞を用いる方法では、翻訳後修飾が起こるため、天然型のFcγRIに近いタンパク質を得ることができるが、培養コストが高い、という課題が残る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2004−530419号公報
【特許文献2】特開2009−201403号公報
【特許文献3】WO1996/023890号
【特許文献4】特開2000−136199号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Ravetch.J.V. and Kinet.J.P.,Annual Review of Immunology,Vol.9,457−492,1991
【非特許文献2】Toshiyuki Takai,,Japanese Journal of Clinical Immunology.,28,318−326,2005
【非特許文献3】Janet.M.Allen. and Seed.B.,Science,243,378−381,1989
【非特許文献4】Paetz.A. et al.,Biochemical and Biophysical Research Communications.,338,1811−1817,2005
【非特許文献5】Chappell.T.G. and Warren,G.,The Journal of Cell Biology,109,2693−2702,1989
【非特許文献6】柳澤修一、生化学、70(4)、280−284、1998
【非特許文献7】Kjaerulff.S and Jensenm.R.,Biochemical and Biophysical Research Communications,336,974−982,2005
【非特許文献8】David M.Hoover and Jacek Lubkowski,Nucleic Acids Research,30(10),e43,2002
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、遺伝子工学手法を用いて天然型に近いヒト型FcレセプターFcγRIが発現可能なプラスミド、前記プラスミドを形質転換することで得られる真核生物、および前記真核生物を用いたヒト型FcγRIの製造方法を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、前記課題に関し鋭意検討を行なった結果、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドを用いて形質転換することで得られた酵母を用いて、ヒト型FcγRIを発現させることで、翻訳後修飾(非特許文献5)がある、天然型に近いヒト型FcγRIを、可溶化した状態で得られることを見出した。
【0012】
すなわち本発明は、以下の発明を包含する:
(1)可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドを導入することで酵母を形質転換して得られる、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIを発現可能な酵母。
【0013】
(2)可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドが、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち1番目のメチオニン(Met)から289番目のバリン(Val)までのアミノ酸をコードするポリヌクレオチドである、(1)に記載の酵母。
【0014】
(3)発現プラスミドが、配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドをさらに含んでいる、(1)または(2)に記載の酵母。
【0015】
(4)酵母がSchizosaccharomyces pombeである、(1)から(3)のいずれかに記載の酵母。
【0016】
(5)(1)から(4)のいずれかに記載の酵母を用いた、ヒト型FcレセプターFcγRIの製造方法。
【0017】
(6)可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチド、および配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドを含んだ、ヒト型FcレセプターFcγRIを酵母で発現させるためのプラスミド。
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0019】
本発明の酵母を取得する際に用いる、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドは、報告されているヒト型FcγRIをコードするポリヌクレオチドに適当な修飾を加えることで、本来なら膜タンパク質であるFcγRIを細胞外に分泌させることが可能なポリヌクレオチドである。前記適当な修飾法としては、終止コドンを細胞外領域あるいは膜貫通領域に挿入する方法、膜貫通領域を除去する方法が例示できるが、膜貫通領域を除去する方法が好ましい。前述したように配列番号1にはヒト型FcγRIの全アミノ酸配列およびそれをコードするポリヌクレオチド配列が示されており、前記アミノ酸中、細胞外領域はアミノ酸番号16から292番目のアミノ酸配列に相当し、膜貫通領域は293から314番目のアミノ酸配列に相当する。前記細胞外領域または膜貫通領域に終止コドンを挿入することは、遺伝子工学的に可能である。また、適当な合成オリゴヌクレオチドを作製しPCR法により連結することで、ヒト型FcγRIの細胞外領域もしくは膜貫通領域に終止コドンを挿入したもの、または前記膜貫通領域を除去したポリヌクレオチドを調製してもよい。この際、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドにおけるコドン使用頻度(codon usage)に関しては必ずしもヒトに合わせなくてもよく、例えば、酵母におけるレアコドン(rare codon、当該宿主におけるコドンの使用頻度が少ないもの)の全部または一部を、コードするアミノ酸を同一のまま、酵母の翻訳機構において利用頻度が高いコドン(codon)に変換したポリヌクレオチドであってもよい。
【0020】
また、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドが、ヒト型FcγRIの全塩基配列のうち膜貫通領域を除去した配列中の少なくとも1塩基が他のヌクレオチドに置換、および/または欠失、および/または付加されているポリヌクレオチドであっても、宿主細胞から分泌され、かつ、ヒト型FcγRIの活性を保持するものは前記ポリヌクレオチドを有しているものとみなすことができる。ヌクレオチドの置換としては、あるアミノ酸をコードするヌクレオチドから別のアミノ酸をコードするヌクレオチドへの変換を例示することができる。なお、前記ポリヌクレオチドはヒト型FcγRIのcDNAなどを出発材料として作製してもよいし、人工的に合成してもよい。
【0021】
さらに、前記ポリヌクレオチドには、発現した可溶性ヒト型FcγRIの簡便な精製を目的としたタグ配列を付加させてもよい。タグ配列とはヒト型FcγRIに限らず、遺伝子工学に多用されるオリゴペプチドをコードするポリヌクレオチド配列であり、ポリヒスチジンタグ、C−mycタグ、FLAGタグ、GSTタグを例示することができる。タグ配列の付加は、発現させるヒト型FcγRI活性を損なわなければ、前記ポリヌクレオチドの5’末端側、3’末端側いずれに付加してもよい。
【0022】
本発明においては、宿主として工業生産で通常用いられている真核生物である、酵母を使用する。酵母には、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)、メタノール資化酵母(Pichia pastoris、Hansenula polymorpha)、分裂酵母(Schizosaccharomyces japonicus、Schizosaccharomyces octosporus、Schizosaccharomyces pombe)などを例示できるが、中でもポンベ(Schizosaccharomyces pombe)が宿主として好ましい。また、前記酵母を変異処理することにより誘導される酵母変異株も本発明における宿主として使用可能である。変異処理はニトロソグアニジンやメタンスルホン酸エチルといった変異処理剤、紫外線、放射線など、当業者で通常用いられる方法で行なえばよい。
【0023】
本発明の酵母を取得する際に用いる可溶性ヒト型FcγRIをコードするポリヌクレオチドを発現させる、すなわち可溶性ヒト型FcγRIを発現し得る複製可能な発現プラスミドは、前述した可溶性ヒト型FcγRIをコードするポリヌクレオチド、前記ポリヌクレオチドを発現させるためのポリヌクレオチドおよび酵母中でプラスミドDNAを複製するための複製起点または染色体に組み込まれるためのポリヌクレオチドを含み、かつ、選定された宿主を形質転換できるものであればよい。
【0024】
前記FcγRIをコードするポリヌクレオチドを発現させるためのポリヌクレオチドとしては、グリセルアルデヒド−3−リン酸デビドロゲナーゼプロモーター(GAPDH)、ホスホグリセリン酸キナーゼプロモーター(PGK)、カラクドキナーゼプロモーター(GAL1)、アルコールデヒドロゲナーゼプロモーター(ADH)、translation elongation factor1プロモーター(TEF1)、細胞壁タンパク質遺伝子プロモーター(SED1)、インベルターゼプロモーター、SV40プロモーター、ヒトサイトメガロウイルス(CMV)由来プロモーターなどが例示でき、宿主である酵母との関係において適宜選定すればよい。
【0025】
また必要に応じ、分泌シグナルをコードするポリヌクレオチドが発現プラスミドに含まれていてもよい。分泌シグナルとしては、α−factor、P−factor(特許文献3)、α−アグルチニン、酸性フォスファターゼ(PHO5タンパク質)、β−グルカナーゼ、ヒトアンチトロンビンIII、ヒト胎盤アルカリホスファターゼ、セルラーゼ、P3(非特許文献6)、カルボキシぺプチターゼY(非特許文献7)、インベルターゼ(特許文献4)のシグナル配列が例示でき、宿主との関係において適宜選定すればよい。特に、配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドが発現プラスミドに含まれていると、発現した可溶性ヒト型FcγRIが酵母細胞外に分泌されるため、その後のヒト型FcγRIの分離精製操作を容易に行なえる点で好ましい。
【0026】
さらに、前記発現プラスミドを導入することで酵母を形質転換する操作にあたり、前記発現プラスミドが導入された酵母と導入されなかった酵母との選別を可能にするために、発現プラスミドには、ウラシル、アデニン、ロイシンなどの栄養要求性に対する耐性を酵母に付与するためのポリヌクレオチドや、シクロヘキシミド耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、クロラムフェニコール耐性遺伝子、ブレオマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、G418耐性遺伝子、Aureobasidin A耐性遺伝子などの薬剤に対する耐性を宿主に付与するためのポリヌクレオチドを含んでいるのが好ましい。
【0027】
プラスミドを酵母に導入する方法としては、当業者が通常用いられる方法が使用でき、具体的には、プロトプラスト法、エレクトロポーレーション法、酢酸リチウム法などが例示できる。前記導入方法により得られた形質転換体を培養するための培地は、YPD培地などの栄養培地やMM培地などの最少培地といった酵母を培養するための公知の培地や、前記培地にグルコースやカザミノ酸などを添加した培地を例示することができる。形質転換体の培養は、通常16から42℃、好ましくは25から37℃で、8から168時間、好ましくは48から96時間行なう。また、振盪培養と静置培養のいずれも可能であり、必要に応じて撹拌や通気を加えてもよい。
【0028】
本発明の酵母の培養液から、ヒト型FcγRIを取得するには、発現の形態によって適宜抽出方法を選択すればよい。ヒト型FcγRIが酵母細胞外に分泌する場合は、培養液を遠心分離などによって酵母と分離することでヒト型FcγRIを含んだ溶液を得ることができる。ヒト型FcγRIが酵母内に発現する場合には、遠心分離などで集菌して得られた酵母を酵素処理剤やガラスビーズなどにより菌体破砕することでヒト型FcγRIを含んだ溶液を得ることができる。
【0029】
前記ヒト型FcγRIを含んだ溶液中からヒト型FcγRIを分離精製するためには通常の生理活性タンパク回収法によって分離精製することができる。前記タンパク質回収方法としては、液体クロマトグラフィーやカラムクロマトグラフィーを例示することができる。クロマトグラフィーの種類にも特に制限はなく、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどの中から、適宜選択して使用すればよい。一例として、前記発現したヒト型FcγRIのN末端側またはC末端側にポリヒスチジンタグが付加されている場合、金属キレートカラムを用いて簡便にヒト型FcγRIを精製することができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明で提供される、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドを用いて形質転換して得られた、ヒト型FcγRIを発現可能な酵母を用いて、ヒト型FcγRIの生産を行ない、当該タンパク質を分離回収することにより、翻訳後修飾がある、天然型に近いヒト型FcγRIを、可溶化した状態で大量に製造することが可能である。
【0031】
さらに、発現プラスミドとして配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドをさらに含んでいると、発現したヒト型FcγRIが酵母細胞外へ分泌されるため、その後のヒト型FcγRIの分離精製操作が容易となる。
【0032】
本発明の酵母を用いて製造したヒト型FcγRIは、個体発生および免疫機構の研究、さらにはそれらの成果に基づく治療診断薬などの開発に大きな意義を持つ。また、抗FcγRI抗体を作製するための免疫源、さらにはFcγRIの免疫化学測定方法の標準物質として用いることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】ヒトFcγRI構造の概略を示した図。
【図2】pAUR224−hFcRのプラスミドマップを示した図。
【図3】pAUR−hFcRを導入した形質転換ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)の細胞内発現を確認したELISAの結果を示した図。縦軸は吸光度(O.D.450nm)を示している。横軸のAPはアプライした試料(この場合培養上清)を、FTはカラム通過画分を、Fr1からFr4は各溶出画分を、それぞれ示している。図中のY−PER、超音波およびビーズ、Y−PERは細胞破砕の方法を示している。
【図4】本発明の酵母で得られたヒト型FcγRIがヒトIgG濃度依存的に結合することを確認したELISAの結果を示した図。縦軸は吸光度(O.D.450nm)を、横軸はヒトIgGの希釈系列を、それぞれ示している。図中のPombeは実施例3で得られたヒト型FcγRIを、CHOは組換えCHO細胞で得られたヒト型FcγRIを、それぞれ示している。
【図5】本発明の酵母で得られたヒト型FcγRIのヒトIgGサブクラスへの結合性を確認したELISAの結果を示した図。縦軸は吸光度(O.D.450nm)を、横軸はヒトIgGのサブクラスを、それぞれ示している。図中のPombeは実施例3で得られたヒト型FcγRIを、CHOは組換えCHO細胞で得られたヒト型FcγRIを、それぞれ示している。
【図6】pAUR224−P−hFcRのプラスミドマップを示した図。
【図7】pAUR224−I−hFcRのプラスミドマップを示した図。
【図8】pAUR224−P−hFcRまたはpAUR224−I−hFcRを導入した形質転換ポンベの培養上清のELISAの結果を示した図。縦軸は吸光度(O.D.450nm)を示している。横軸のAPはアプライ試料(この場合培養上清)、FTはカラム通過画分、Fr1から4は各溶出画分を、それぞれ示している。図中のcontrolはpAUR224−hFcR形質転換ポンベの培養上清を、P1−1およびP7−2はpAUR224−P−hFcR形質転換ポンベの培養上清を、Inve4はpAUR224−I−hFcR形質転換ポンベの培養上清を、それぞれ示している。
【実施例】
【0034】
以下に実施例をあげて本発明を説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【0035】
実施例1 発現プラスミドの調製
(1)ヒト型FcレセプターFcγRIの細胞外領域(配列番号1の1番目のアミノ酸であるメチオニン(Met)から289番目のバリン(Val))のC末端側に6個のヒスチジン(以下6Hisと表記)を付加したFcγRIをコードするDNAをPCR(Polymerase Chain Reaction)法で増幅し取得した。なお、ヒト型FcγRIをコードするDNAの鋳型としてHuman cDNA clone TC119841プラスミドベクター(Origene社製)を用い、増幅用オリゴヌクレオチドとして配列番号2(3’末端側19塩基は配列番号1の1から19番目の塩基に相当)および配列番号3(3’末端側20塩基は配列番号1の848から867番目の塩基の相補鎖に相当)のオリゴヌクレオチドを用いた。また、PCR反応液の組成は表1に示す組成からなり、PCR反応は98℃・10秒、55℃・10秒、72℃・45秒を30サイクルで行なった。本実施例で増幅したポリヌクレオチドを以下hFcR−6Hisとする。
【0036】
【表1】

(2)(1)で得られたPCR産物(hFcR−6His)をCloning Enhancer(Clontech社製)で精製後、In−Fusion PCRクローニングキット(Clontech社製)を用いてポンベ用プラスミドベクターであるpAUR224(タカラバイオ社製)に組み込み、ヒートショック法で大腸菌JM109株(タカラバイオ社製)を形質転換した。
(3)50μg/mLの抗生物質(カルベシニリン)を添加したLBプレート培地(0.5% Yeast Extract、1% NaCl、1% Bacto Tryptone、2% アガロース)を用いて大腸菌JM109株の形質転換体を選択し、選択したうちの任意の形質転換体を50μg/mLの抗生物質(カルベシニリン)を含むLB液体培地(0.5% Yeast Extract、1% NaCl、1% Bacto Tryptone)を用いて37℃で一晩培養した。
(4)(3)の培養液をQIAprep Spin Miniprep Kit(QIAGEN社製)を用いてプラスミドを抽出した。本実施例で取得した、ヒトFcγRIの細胞外領域をクローニングしたプラスミドを以下pAUR224−hFcRとする(図2)。
【0037】
実施例2 pAUR224−hFcRの塩基配列解析
pAUR224プラスミドに挿入したhFcR−6Hisの塩基配列をチェーンターミネータ法に基づくBig Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing kit(PEアプライドバイオシステム社製)を用いてサイクルシークエンス反応に供し、全自動DNAシークエンサーABI Prism 310 DNA analyzer(PEアプライドバイオシステム社製)で解析した。なお、シークエンス用プライマーとして配列番号4および5に示すオリゴヌクレオチドを使用した。解析の結果、pAUR224プラスミドに挿入したhFcR−6Hisの塩基配列は設計通りであることを確認した。
【0038】
実施例3 pAUR224−hFcR形質転換ポンベを用いたヒト型FcγRI発現
(1)図2に示したpAUR224−hFcRを用いてFrozen−EZ Yeast Transformation II Kit(ZYMO Research社製)を用いた酢酸リチウム法でポンベ(Schizosaccharomyces pombe JY−745株)を形質転換後、0.5μg/mLのAureobasidin A(タカラバイオ社製)を含んだYPDプレート選択培地(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone、2% アガロース)で選択した(30℃、3日)。
(2)(1)で選択した形質転換ポンベのうち、任意の4クローンを0.5μg/mLのAureobasidin A(タカラバイオ社製)を含んだYPD液体培地(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone)にて30℃で振とうすることで前培養した。
(3)500mLのバッフルフラスコに1μg/mLのAureobasidin Aを含んだ200mLのYPD液体培地(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone)にて30℃で振とうすることで本培養を行ない、増殖した形質転換ポンベを遠心分離により回収した。
(4)形質転換ポンベを50mM Tris−HCl緩衝液に懸濁後、ガラスビーズおよび/またはY−PER Plus(タカラバイオ社製)で破砕し内容物を抽出した。
(5)あらかじめ150mM NaClと10% グリセリンを含んだ20mM Tris−HCl緩衝液(以下、Buffer Aと表記)で平衡化したHis−Tagカラム(His−Bind Resin、Novagen社製)に、20mMとなるようにイミダゾールを加えた(4)の抽出物をアプライし、Buffer Aで洗浄を行なった。その後、500mM イミダゾールを含んだBuffer Aで溶出した。
(6)以下に示す方法で、ELISA(Enzyme−Linked ImmunoSorbent Assay)法による検出を行なった。
(6−1)ヒトイムノグロブリン(以下ヒトIgGと表記)(化血研ガンマグロブリン、化学及血清療法研究所社製)を10μg/mLとなるよう、50mM Tris−HCl緩衝液で希釈後、96穴イムノプレート(マキシソープ、Nunc社製)に100μL/ウェルで添加し、4℃で一晩放置した。
(6−2)プレートウォッシャー(AMW−192、BioTec社製)を用いて、350μL/ウェルの洗浄液(150mM NaClを含んだ10mM Tris−HCl緩衝液)で4回洗浄後、Starting block(Thermo社製)を200μL/wellで添加し、30℃で2時間反応した。
(6−3)プレートウォッシャー(AMW−192、BioTec社製)を用いて、350μL/ウェルの洗浄液(150mM NaClと0.05% Tween 20を含んだ10mM Tris−HCl緩衝液(以下TBSTバッファーと表記))で4回洗浄後、(5)で精製したポンベ抽出物を100μL/ウェルで添加し、30℃で1時間インキュベートした。
(6−4)プレートウォッシャー(AMW−192、BioTec社製)を用いて、350μL/ウェルのTBSTバッファーで4回洗浄後、50mM Tris−HCl緩衝液に10倍希釈のAnti−6His−HRP抗体(BETHYL社製)を100μL/ウェルで添加し、30℃で1時間反応した。
(6−5)再度プレートウォッシャー(AMW−192、BioTec社製)を用いて、350μL/ウェルのTBSTバッファーで4回洗浄し、TMB Microwell Peroxidase Substrate(KPL社製)を50μL/ウェルで加え室温で数分放置後、1M リン酸溶液を50μL/ウェルで加え、吸光度(O.D.450nm)をプレートリーダー(Infinite M200、TECAN社製)で測定した。
【0039】
結果を図3に示す。図3の結果、pAUR224−hFcR形質転換ポンベ抽出物をHis−Tag精製した試料が抗体と反応していることが確認された。よって、形質転換ポンベ内で可溶性ヒト型FcγRIを発現していることがわかる。
【0040】
実施例4 形質転換ポンベで発現させたヒト型FcγRIの機能評価(その1)
図3に示したヒト型FcγRI活性が、ヒト型FcγRIとヒトIgGとの結合によるものであることを確認するために、前述したELISA法にてヒトIgGの希釈によるヒトIgGへの濃度依存的な結合を調べた。
【0041】
実施例3の(6−1)で添加するヒトIgGの濃度を100μg/mLから0.001μg/mLへと段階的に低くしたほかは実施例3の(6)と同様な方法でELISAを行なった。結果を図4に示す。なお、図4ではCHO細胞で発現させたヒト型FcγRIをコントロールとして使用している。ヒトIgG濃度の減少とともにELISA法での検出値が減少していることから、形質転換ポンベにより得られたヒト型FcγRIが抗体濃度依存的すなわちヒトIgGと特異的に結合していることが確認できた。
【0042】
実施例5 形質転換ポンベで発現させたヒトFcγRIの機能評価(その2)
実施例3で得られた形質転換ポンベにより得られたヒト型FcγRIのヒトIgGサブクラスに対する反応性を確認した。
【0043】
実施例3の(6−1)で添加するヒトIgGを4つのサブクラス(IgG1、IgG2、IgG3、IgG4)に変更したほかは実施例3の(6)と同様な方法でELISAを行なった。結果を図5に示す。なお、図5では図4と同様CHO細胞で発現させたヒト型FcγRIをコントロールとして使用している。形質転換ポンベにより得られたヒト型FcγRIはIgG1とIgG3には強く結合し、IgG2とIgG4には弱く結合していることを確認した。以上より、実施例3で得られた形質転換ポンベ抽出物を精製した試料が確かにヒト型FcγRIであることが確認された。
【0044】
実施例6 pAUR224−hFcRへのシグナル遺伝子の挿入
ポンベ内で機能し、かつ異種タンパク発現の実績のあるP−factor前躯体、およびインベルターゼのシグナル配列をpAUR224−hFcRに組み込み、ヒト型FcγRIの発現量が向上するか検討した。
(1)配列番号6(GenBank No.NP_588038の1から57番目のアミノ酸に相当)に示すアミノ酸配列からなるP−factor前躯体シグナルをコードするDNAを、DNAWorks法(非特許文献8)により作製した。当該方法は、ポリペプチドをコードするアミノ酸配列を基にして、数十塩基からなるオリゴヌクレオチド群を合成し、PCR(Polymerase Chain Reaction)法により合成オリゴヌクレオチドをアッセンブリーさせることによって完全長の遺伝子を作製することができる。
(1−1)下記に示すオリゴヌクレオチド(配列番号14から21)を用いて表2の組成からなる反応液を調製し、PCR法(95℃・30秒、62℃・30秒、72℃・30秒を25サイクル)によりポリヌクレオチドを増幅した。
【0045】
(使用したオリゴヌクレオチド)
配列番号14:GenBank No.NM_001023030の1から38番
目の塩基に相当
配列番号15:GenBank No.NM_001023030の18から53
番目の塩基の相補鎖に相当
配列番号16:GenBank No.NM_001023030の39から77
番目の塩基に相当
配列番号17:GenBank No.NM_001023030の62から98
番目の塩基の相補鎖に相当
配列番号18:GenBank No.NM_001023030の78から11
6番目の塩基に相当
配列番号19:GenBank No.NM_001023030の99から13
7番目の塩基の相補鎖に相当
配列番号20:GenBank No.NM_001023030の117から1
56番目の塩基に相当
配列番号21:GenBank No.NM_001023030の138から1
71番目の塩基の相補鎖に相当
【0046】
【表2】

(1−2)(1−1)のPCR産物を鋳型として表3の組成からなる反応液を調製し、PCR法(95℃・30秒、62℃・30秒、72℃・30秒を25サイクル)によりP−factor前躯体シグナルをコードするポリヌクレオチドを調製した。
【0047】
(使用したオリゴヌクレオチド)
配列番号22:3’末端側14塩基がGenBank No.NM_001023
030の1から14番目の配列に相当
配列番号23:3’末端側20塩基がGenBank No.NM_001023
030の152から171番目の配列の相補鎖に相当
【0048】
【表3】

(2)配列番号7(GenBank No.NP_588300の1から22番目のアミノ酸のうち、5番目のチロシンがスレオニンとなった配列)に示すアミノ酸配列からなるインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドを、(1)と同様、DNAWorks法(非特許文献8)により作製した。
(2−1)配列番号8から11からなるオリゴヌクレオチドを用いて表4の組成からなる反応液を調製し、PCR法(95℃・30秒、62℃・30秒、72℃・30秒を25サイクル)によりポリヌクレオチドを増幅した。
【0049】
【表4】

(2−2)(2−1)のPCR産物を鋳型として表5の組成からなる反応液を調製し、PCR法(95℃・30秒、62℃・30秒、72℃・30秒を25サイクル)によりインベルターゼシグナルをコードするポリヌクレオチドを調製した。
【0050】
【表5】

(3)(1)および(2)で作製したポリヌクレオチドを、アガロースゲル電気泳動を用いた切出し精製(QIAquick Gel Extraction Kit、QIAGEN社製)を行ない、制限酵素(XhoI/SalI、タカラバイオ社製)で消化後、PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製して、インサートを調製した。
(4)pAUR224−hFcR(図2)を制限酵素(XhoI/SalI、タカラバイオ社製)で消化し、PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製した。制限消化したプラスミドベクターはAlkaline Phosphatase(Calf intestine、タカラバイオ社製)で脱リン酸化処理(37℃で1時間)後、PCR Purification Kit(QIAGEN社製)で精製した。
(5)(3)で調製したP−factor前躯体シグナル配列をコードするポリヌクレオチドまたはインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドと、(4)で調製したpAUR224−hFcRとをDNA Ligation kit Mighty mix(タカラバイオ社製)を用いてそれぞれライゲーションを行ない、ヒートショック法で大腸菌JM109株(ECOS Competent E.coli JM109、ニッポンジーン社製)を形質転換後、50μg/mLの抗生物質(カルベシニリン)を添加したLB寒天培地により大腸菌JM109株の形質転換体を選択した。
【0051】
本実施例で得られた、P−factor前躯体シグナル配列をコードするポリヌクレオチドを挿入したプラスミドを以下pAUR224−P−hFcR(図6)、インベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドを挿入したプラスミドを以下pAUR224−I−hFcR(図7)とそれぞれ命名する。
【0052】
実施例7 pAUR224−P−hFcR、pAUR224−I−hFcRの塩基配列解析
pAUR224−hFcRプラスミドに挿入したシグナル配列をコードするポリヌクレオチドの配列を、実施例2と同様な方法で解析した。解析の結果、pAUR224−hFcRプラスミドベクターに挿入したP−factor前躯体シグナルをコードするDNAおよびインベルターゼシグナル遺伝子をコードするポリヌクレオチドの配列は設計通りであることを確認した。
【0053】
実施例8 pAUR224−P−hFcR形質転換ポンベおよびpAUR224−I−hFcR形質転換ポンベを用いたヒト型FcγRI発現
(1)pAUR224−P−hFcR(図6)またはpAUR224−I−hFcR(図7)を用いてFrozen−EZ Yeast Transformation II Kit(ZYMO Research社製)を用いた酢酸リチウム法でポンベ(JY−745株)を形質転換後、0.2μg/mLのAureobasidin A(タカラバイオ社製)を含んだYPDプレート選択培地(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone、2%アガロース)で選択した。
(2)コロニーを形成した形質転換ポンベの任意のクローンを選択して、0.5μg/mLのAureobasidin Aを含んだ2mLのYPD液体培地(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone)で前培養を行なった。
(3)100mLのバッフルフラスコに0.5μg/mLのAureobasidin Aを含んだYPD(1% Yeast Extract、2% D−Glucose、2% Bacto Peptone)液体培地20mLに植菌し、30℃で培養した。
(4)培養後、遠心分離により得た培養上清に20mMとなるようにイミダゾールを加え、あらかじめBuffer Aで平衡化しておいたHisTagカラム(His−Bind Resin、Novagen社製)に培養上清をアプライした。Buffer Aで洗浄後、500mM イミダゾールを含んだBuffer Aで溶出した。
【0054】
溶出液をELISA法にて活性を測定したところ、インベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドを挿入したプラスミド(pAUR224−I−hFcR、図7)を用いて形質転換したポンベの培養上清にて、ヒト型FcγRIの活性が測定された(図8)。なお、コントロールとしてpAUR224−hFcRを用いて形質転換したポンベも同時に測定したが活性は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0055】
可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドを導入することで酵母を形質転換して得られる、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIを発現可能な酵母により、天然型に近いヒト型FcγRIを可溶化した状態で得ることが可能となった。なお、酵母は工業生産にも用いられている宿主であるため、可溶性ヒト型FcγRIを大量生産するのに有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドを含む発現プラスミドを導入することで酵母を形質転換して得られる、可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIを発現可能な酵母。
【請求項2】
可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチドが、配列番号1に記載のアミノ酸配列のうち1番目のメチオニン(Met)から289番目のバリン(Val)までのアミノ酸をコードするポリヌクレオチドである、請求項1に記載の酵母。
【請求項3】
発現プラスミドが、配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドをさらに含んでいる、請求項1または2に記載の酵母。
【請求項4】
酵母がSchizosaccharomyces pombeである、請求項1から3のいずれかに記載の酵母。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の酵母を用いた、ヒト型FcレセプターFcγRIの製造方法。
【請求項6】
可溶性ヒト型FcレセプターFcγRIをコードするポリヌクレオチド、および配列番号7に記載のインベルターゼのシグナル配列をコードするポリヌクレオチドを含んだ、ヒト型FcレセプターFcγRIを酵母で発現させるためのプラスミド。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−72246(P2011−72246A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−226613(P2009−226613)
【出願日】平成21年9月30日(2009.9.30)
【出願人】(000003300)東ソー株式会社 (1,901)
【Fターム(参考)】