説明

ヒト細胞の培養培地および培養方法

【課題】 ヒト血漿を用いたplasma clot法において、コロニーの形成を安定化させるヒト細胞培養用培地および該培地を用いたヒト細胞の培養方法を提供することにある。
【解決手段】 本発明のヒト血漿およびスロンビンを含むヒト細胞培養用培地によれば、コロニーの形成を安定化することが可能となる。また、本発明のヒト細胞培養用培地を用いたヒト細胞の培養方法によれば、コロニーの形成を安定にすることができるため、ヒト細胞の分化あるいは増殖の観察が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療、細胞治療等に用いるためのヒトの組織・細胞を効率的、かつ安全に大量に培養するための培養培地と、これを用いた細胞培養法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
造血システムは、一定の寿命を有する各種血球を絶えず産生する再生能の高い系であり、多能性造血幹細胞の自己複製能と多分化能に支えられている。このシステムは、サイトカインと呼ばれる糖タンパク質によって制御され、特定の血球系へ方向付けられた造血前駆細胞を経て、各種血球が産生される。このうち血液凝固に働き、血管壁の修復を助ける血小板は、造血幹細胞から巨核球前駆細胞(colony-forming unit megakaryocyte, CFU-Meg)を経て産生された巨核球から産生放出される。このとき巨核球は、核の多倍体化を伴いながら成熟し、最終的に自己崩壊した結果、血小板を産生放出する。これまで巨核球・血小板産生の調節には、interleukin-3, interleukin-6, granulocyte-macrophage colony- stimulating
factor, erythropoietin等の関与が報告されている。
in
vitroにおいて種々の造血前駆細胞や造血幹細胞の分化・増殖過程の観察や測定する方法として、コロニーを解析する方法が知られている(例えば、非特許文献1)。この方法は、造血細胞(骨髄細胞・脾細胞等)を各種サイトカイン存在下に、血漿を用いて固形化した培地中で培養し、形成された細胞集団(コロニー)から造血幹細胞の数や性質を推定する方法である。
【非特許文献1】YAKUGAKU ZASSHI 121(9) 691-699 (2001)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
非特許文献1は、ヒト血漿を用いたplasma clot 法により、巨核球前駆細胞のコロニーを形成することにより、巨核球前駆細胞の分化・増殖に対するグリコサミノグリカンの作用について検討している。この検討に使用されている培地は、イスコフ改変ダルベッコ培地を基礎培地とし、サイトカインとしてトロンボポエチンを添加し、ヒト血漿を混合したものである。そして該培地によりCD34陽性細胞を培養し、コロニーを観察している。
しかしながら、細胞培養中に一度コロニーを形成しても、時間の経過とともに、コロニーが崩壊してしまいコロニーの観察ができなくなるという問題があった。
本発明の課題は、上記の問題に鑑み、ヒト血漿を用いたplasma clot法において、コロニーの形成を安定化させるヒト細胞培養用培地および該培地を用いたヒト細胞の培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明は以下の発明に係る。
1.ヒト血漿およびスロンビンを含むことを特徴とするヒト細胞培養用培地。
2.更に、サイトカインを含むことを特徴とする請求項1に記載のヒト細胞培養用培地。
3.ヒト細胞が、ヒト造血幹細胞である請求項1〜2のいずれか1項に記載のヒト細胞培養用培地。
4.請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒト細胞培養用培地を使用したことを特徴とするヒト細胞の培養方法。
【発明の効果】
【0005】
本発明のヒト血漿およびスロンビンを含むヒト細胞培養用培地によれば、コロニーの形成を安定化することが可能となる。また、本発明のヒト細胞培養用培地を用いたヒト細胞の培養方法によれば、コロニーの形成を安定にすることができるため、ヒト細胞の分化あるいは増殖の観察が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明で使用する基礎培地としては、例えば、イスコフ改変ダルベッコ培地、イスコフ培地、RPMI培地、ダルベッコMEM培地、MEM培地、F12培地等の血清を含まない培地を挙げることができる。
【0007】
本発明で使用するヒト血漿としては、ヒトから採取した血漿であればよい。好ましくは、培養する細胞と同じ人物から採取したヒト血漿がよい。例えば、末梢血、骨髄液、臍帯血等から採取した血液から分離した血漿を挙げることができる。
【0008】
血漿の添加量としては、培養する細胞の種類や目的に応じて適宜調製すればよいが、例えば、培地全体に対して、血漿を10〜15容量%を添加する。10容量%未満の場合、凝固不全という虞がある。また、15容量%を超えると基本培地組成の変化に伴う培養条件の低下や細胞増殖不全という虞がある。
【0009】
本発明で使用するスロンビンとしては、ヒトスロンビン、ヒト組み換えスロンビン等を挙げることができる。
【0010】
スロンビンの添加量としては、培地全体に対して、スロンビンを0.05〜0.1U/mlを添加する。0.05U/ml未満の場合、培養過程における凝固フィブリンの溶解という虞がある。また、0.1U/mlを超えると基本培地組成の変化に伴う培養条件の低下や細胞増殖不全という虞がある。
【0011】
また、本発明では、培養する細胞の種類や目的に応じて、栄養成分を添加することができる。栄養成分としては、例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン、ピルビン酸ナトリウム、ビタミン、アミノ酸、チオグリセロール、塩化カルシウム、血清アルブミン等を挙げることができる。
【0012】
本発明では、培養する細胞の種類や目的に応じて、サイトカイン(増殖因子)を添加することができる。サイトカインとしては、例えば、塩基性線維芽細胞成長因子、表皮成長因子、血小板由来成長因子、トランスフェリン、インターロイキン−1、インターロイキン−2、インターロイキン−3、インターロイキン−4、インターロイキン−5、インターロイキン−6、インターロイキン−7、インターロイキン−8、インターロイキン−9、インターロイキン−10、インターロイキン−11、インターロイキン−12、インターロイキン−13、これらインターロイキンの受容体、顆粒球−コロニー刺激因子、顆粒球−コロニー刺激因子受容体、エリスロポエチン、エリスロポエチン受容体、コロニー刺激因子−1、マクロファージコロニー刺激因子、コロニー刺激因子−1受容体、幹細胞因子、幹細胞因子受容体、Flt−3リガンド、トロンボポエチン、トロンボポエチン受容体、上皮増殖因子、上皮増殖因子受容体、トランスフォーミング増殖因子、トランスフォーミング増殖因子受容体、ジフテリア毒素受容体、エピレグリン、ニューレグリン−1、ニューレグリン−2、ニューレグリン−3、血小板由来増殖因子受容体、酸性線維芽細胞成長因子、線維芽細胞成長因子受容体、インシュリン様増殖因子、インシュリン様増殖因子受容体、細胞分散因子、幹細胞増殖因子、幹細胞増殖因子受容体、血管内皮増殖因子、血管内皮増殖因子受容体、神経成長因子、神経成長因子受容体、グリア細胞株由来神経栄養因子、グリア細胞株由来神経栄養因子受容体、ミッドカイン、プレイオトロフィン、アンジオポエチン、ベータグリカン、エンドグリン、アクチビン、アクチビン受容体、インヒビン、骨形成因子、骨形成因子受容体、フォリスタチン、ノギン、コーディン、スマッド、腫瘍壊死因子、腫瘍壊死因子受容体、リンホトキシン、Fas、Fasリガンド、CD40、CD40リガンド、CD30、CD30リガンド、CD27、CD27リガンド、インターフェロン−α、インターフェロン−α受容体、インターフェロン−β、インターフェロン−β受容体、インターフェロン−γ、インターフェロン−γ受容体、血清アルブミンおよびインシュリン並びにコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン等の細胞外マトリックス成分を挙げることができる。
【0013】
サイトカインの添加量としては、培地全体に対して、サイトカインを1〜100ng/mlと添加する。1ng/ml未満の場合、細胞増殖不全という虞がある。また、100ng/mlを超えると基本培地組成の変化に伴う培養条件の低下や培養コストの増加という虞がある。
【0014】
本発明の培地で培養するヒト細胞としては、特に限定されるものではないが、例えば、外胚葉系細胞、中胚葉系細胞、内胚葉系細胞、受精卵からこれらの細胞へ分化する過程に含まれる細胞、胚性幹細胞および体性幹細胞等を挙げることができる。
【0015】
外胚葉系細胞としては、ニューロン細胞、アストロサイト細胞、オリゴデンドロサイト細胞およびこれらの幹細胞である神経幹細胞等を挙げることができる。
【0016】
中胚葉系細胞としては、血管細胞、造血系細胞、間葉系細胞およびこれらの幹細胞等を挙げることができる。
【0017】
造血系細胞としては、造血幹細胞、造血前駆細胞、赤血球細胞、リンパ球細胞、顆粒球細胞および血小板細胞等を挙げることができる。
【0018】
間葉系細胞としては、骨細胞、軟骨細胞、筋細胞、心筋細胞、腱細胞、脂肪細胞、毛乳頭細胞、歯髄細胞およびこれらの幹細胞である間葉系幹細胞等を挙げることができる。
【0019】
内胚葉系細胞としては、肝細胞、膵外分泌細胞、膵内分泌細胞、胆のう細胞およびこれらの幹細胞等を挙げることができる。
【0020】
本発明のヒト細胞の培養方法としては、まず、基礎培地に血漿を添加する。必要に応じて、栄養成分、サイトカインを添加する。この液に目的とするヒト細胞を添加し、細胞懸濁液とする。プレートにスロンビンを添加し、該細胞懸濁液を播き培養する。培養条件としては、35〜37℃、好ましくは、37℃が良い。また、5%COガス存在下で行うのが好ましい。
【0021】
以下、具体的に本発明の培地を使用したヒト造血幹細胞の培養方法について説明する。
【0022】
下記の基礎培地としてイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、栄養成分としてペニシリン、ストレプトマイシン、MEMピルビン酸ナトリウム、MEMビタミン混液、MEM non-essentialアミノ酸、チオグリセロール、L-アスパラギン、塩化カルシウム、ウシ血清アルブミン、サイトカインとしてトロンボポエチン(TPO)、その他成分としてアプロチニンおよび血漿としてヒト血漿を添加した培地を調整する。
【0023】
次いで、ヒト細胞としてCD34陽性細胞を懸濁した。この細胞懸濁液を、ヒトスロンビンを添加したプレートに播き、37℃で、5%CO存在下、11〜12日間培養する。
【0024】
本発明の培地は、基礎培地に、血漿およびスロンビンを添加し、固形培地とすることにより、細胞を培養し、安定なコロニーを形成させることができる。
【0025】
実施例1
(臍帯血採取)
試験細胞:ヒト臍帯血由来CD34陽性造血前駆細胞
弘前大学医学部倫理委員会の承認を受け採取した臍帯血より磁気ビーズ法によって分離した。
【0026】
母親からインフォームド・コンセントが得られた正期産、正常妊娠分娩を対象とした。東京臍帯血バンクにて採取した移植対象外サンプル(採取量40ml未満)、抗凝固剤citrate-phosphate-dextrose液入りの採血バッグ(CBC-20,ニッショー、大阪)を用いて採取した。
【0027】
(CD34陽性細胞)
採取後48時間以内の臍帯血を5mM EDTA-PBSを用いて約2倍に希釈後、Ficoll-Paque(Amersham Pharmacia Biotech
AB, Uppsala, Sweden)15ml上に希釈試料20mlを積層し、遠心分離(300g,30min)した。Buffy coatを回収し、5mM EDTA-PBSを用いて2回洗浄遠心(4℃,250g,10min)し、血小板を除去した。得られたLight-density細胞より、MACS磁気ビーズカラム法(Miltenyi Biotec, Germany)によりCD34陽性細胞を分離・精製した。Light-density細胞懸濁液にブロッキング試薬、抗CD34抗体を添加し、4℃、 15分間インキュベートした。0.5%BSA-5mM
EDTA-PBSを用いて洗浄遠心(4℃、250g,10min)、再懸濁後、マイクロビーズを添加し4℃、15分間インキュベートした。終了後、同様に洗浄、再懸濁し磁気ビーズカラムにかけ非吸着細胞を溶出した。プランジャーを用いて吸着細胞を回収し、別のカラムを用いて同様の操作を繰り返し、CD34陽性細胞とした。生細胞数は、トリパンブルーを用い血球算定盤にて計数した。CD34細胞陽性率は、フローサイトメーターを用いて測定した。陽性率は、85−95%であった。
【0028】
(ヒト細胞の培養)
CFU-Megの測定は、human AB platelet poor
plasma(ヒト血漿)を用いたplasma clot法により行った。
【0029】
イスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM,Gibco BRL)に100U/mlペニシリン(GibcoERL,NY)、100μg/mlストレプトマイシン(Gibco BRL)、1mM MEMピルビン酸ナトリウム(Gibco BRL)、1% MEMビタミン混液(Gibco BRL)、1% MEM non-essentialアミノ酸(Sigma,MO)、1×10−3Mチオグリセロール(Sigma)、0.2g/ml L-アスパラギン(和光純薬,東京)、7.4mg/ml塩化カルシウム(和光純薬)、0.2%ウシ血清アルブミン(bovin serum albumin,BSA,Sigma)を加えたIMDM混液に、造血因子として50ng/ml TPOを加え、さらに2%アプロチニン(Trasylol,バイエル薬品,大阪)及び10%ヒト血漿を含む培地を調製し、CD34陽性細胞を1×10個/mlになるように懸濁した。この混合液を、ヒトスロンビン(5U/ml)を5μl/wellとなるように添加した24ウエルのプレート(Falcon,Becton Dickinson Labware,NJ)に300μl/wellになるように播き、37℃、5%CO存在下11〜12日間培養した。培養後アセトン・メタノール混液(2:1)で固定、乾燥後、コロニー数測定まで−20℃で保存した。
【0030】
(評価方法:コロニー染色法)
固定処理後の各ウエルに、0.5%BSA-PBS 400μl/wellを加え、室温で10分間インキュベートした。溶液を捨て、0.5%BSA-PBSにて100〜150倍に希釈調製したFITC-CD41抗体溶液200μl/wellを添加し、室温遮光下で60分間インキュベートした。処理後抗体溶液を捨て、PBSで2回洗浄後、0.1%クエン酸ナトリウム溶液で希釈調製したpropidium iodide(PI,Sigma)溶液(0.3μg/ml)200μl/wellを添加し、2分間インキュベートした。PI溶液を捨て、超純水で2回洗浄後、室温遮光下にて乾燥させた。処理後、蛍光顕微鏡(Olympus,東京)下、FITC陽性細胞3個以上50個未満の小型コロニーと50個以上の大型コロニーをそれぞれ計数した。結果を図1に示す。
【0031】
比較例1
ヒトスロンビンを添加しない以外は実施例1と同様にして培養を行った。結果を図2に示す。
【0032】
実施例1および比較例1から明らかなように、本発明のヒト血漿およびスロンビンを含むヒト細胞培養用培地により培養した細胞は、コロニーを形成しているのに対し、スロンビンを含まないヒト細胞培養用培地により培養した細胞は、5回中2回コロニーを形成することができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】本発明のヒト血漿およびスロンビンを添加したヒト細胞培養用培地で培養したコロニー数を示す。
【図2】比較発明のスロンビンを添加していないヒト細胞培養用培地で培養したコロニー数を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒト血漿およびスロンビンを含むことを特徴とするヒト細胞培養用培地。
【請求項2】
更に、サイトカインを含むことを特徴とする請求項1に記載のヒト細胞培養用培地。
【請求項3】
ヒト細胞が、ヒト造血幹細胞である請求項1〜2のいずれか1項に記載のヒト細胞培養用培地。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載のヒト細胞培養用培地を使用したことを特徴とするヒト細胞の培養方法。


【図1】
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【図2】
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