説明

ヒト腎臓細胞株、形質転換体、及び薬物評価方法

【課題】薬物感受性が高く薬物評価系の構築に好適なヒト腎臓細胞株及び形質転換体、並びにこれらの細胞を用いた薬物評価方法を提供する。
【解決手段】本発明に係るヒト腎臓細胞株は、有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量がヒト近位尿細管由来細胞株HK−2における発現量の10倍以上である。また、本発明に係る形質転換体は、(a)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列からなるDNA、又は(b)OATP1A2をコードする塩基配列と相同的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつOATP1A2の生理学的活性を有するタンパク質をコードするDNAがヒト腎臓細胞株に導入されたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト腎臓細胞株、形質転換体、及び薬物評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疾患の治療には種々の薬物が用いられるが、それらの中には体内の組織・器官に副作用を及ぼすものも少なくない。特に腎臓は薬物代謝の主要臓器であり血液中の高濃度の薬物に曝されるため、薬物療法において大きな問題になっている。このため、創薬段階で腎毒性を評価することが重要である。また、創薬段階では、毒性評価に限らず、薬物に対する感受性評価を行うことも重要である。
【0003】
従来、このような薬物評価は、マウス、ラット等の動物や、イヌ、ブタ等の腎臓細胞株を用いた実験によるところが大きく、ヒトの組織や細胞を用いた薬物評価系は存在しなかった。しかしながら、動物とヒトとでは各部位におけるタンパク質発現が異なるため、動物を用いた実験で得られた結果がヒトにも当てはまるとは限らない。例えばバソプレッシンは、ラットやウサギでは、集合管において水や尿素の透過性を高めるとともに集合管及びヘンレの上行脚においてナトリウムの再吸収を高める働きがあるが、ヒトでは、ヘンレの上行脚におけるナトリウムの再吸収への効果は見られないことが知られている(非特許文献1を参照)。そこで、ヒト細胞を用いた薬物評価系の構築が望まれている。
【0004】
【非特許文献1】Ruggles, B. T. et al., J. Clin. Endocrynol. Metab., 60, p.914−921, 1985
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、現在、複数のヒト腎臓細胞株が入手可能であるが、本件発明者らの研究によると、それらは薬物感受性が不十分であり、必ずしも薬物評価系の構築に適したものではなかった。
【0006】
また、薬物によっては患者毎に感受性のばらつきが大きいものがあるため、テーラーメード医療に向けて投薬段階で薬物感受性評価を行うことも重要となる。患者毎の薬物評価系を構築することができれば、副作用に個人差のある薬物についても、投薬治療が容易になると期待される。
【0007】
そこで本発明は、薬物感受性が高く薬物評価系の構築に好適なヒト腎臓細胞株及び形質転換体、並びにこれらの細胞を用いた薬物評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、有機アニオントランスポーターOATP1A2が薬物感受性に大きく関与しており、このOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子を高発現しているヒト腎臓細胞株や、SLC21A3遺伝子をヒト腎臓細胞株に導入した形質転換体が薬物評価系の構築に好適であることを見出した。また、このようなヒト腎臓細胞株は被験者の尿中に含まれる腎臓細胞から樹立することができ、これにより患者毎の薬物評価系を構築できることを見出した。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものであり、詳細には以下のとおりである。
【0009】
(1) 有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量がヒト近位尿細管由来細胞株HK−2における発現量の10倍以上であるヒト腎臓細胞株。
【0010】
(2) ヒト尿中に含まれる腎臓細胞から樹立された(1)記載のヒト腎臓細胞株。
【0011】
(3) 受領番号FERM AP−21561である(1)又は(2)記載のヒト腎臓細胞株。
【0012】
(4) 有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量を指標として細胞を選別する工程を含むヒト腎臓細胞株の製造方法。
【0013】
(5) 以下の(a)又は(b)のDNAがヒト腎臓細胞株に導入された形質転換体。
(a)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列からなるDNA
(b)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列と相同的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつOATP1A2の生理学的活性を有するタンパク質をコードするDNA
【0014】
(6) 被検薬物の存在下で、(1)から(3)のいずれか記載のヒト腎臓細胞株、又は(5)記載の形質転換体を培養する工程と、前記ヒト腎臓細胞株又は前記形質転換体に対する前記被検薬物の作用を評価する工程と、を含む薬物評価方法。
【0015】
(7) 被験者の尿中に含まれる腎臓細胞を培養する工程と、前記培養後の腎臓細胞から有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量を指標として特定の腎臓細胞を選別する工程と、被検薬物の存在下で前記特定の腎臓細胞を培養する工程と、前記被験者に対する前記被検薬物の作用を評価する工程と、を含む薬物評価方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、ヒト腎臓細胞株や形質転換体を用いることにより、被検薬物の腎臓に対する毒性や、腎臓に対する作用をより正確に評価することができる。また、被験者の尿中に含まれる腎臓細胞からヒト腎臓細胞株を樹立することにより、患者毎の薬物評価系を構築することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
<ヒト腎臓細胞株>
本発明に係るヒト腎臓細胞株は、有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量がヒト近位尿細管由来細胞株HK−2における発現量の10倍以上である。この発現量は、20倍以上が好ましく、50倍以上がより好ましい。SLC21A3遺伝子の発現量がHK−2細胞の223倍であるヒト腎臓細胞株(後述するHUE233A細胞)は、2008年3月28日付けで、受領番号FERM AP−21561として独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(茨城県つくば市東1丁目1番地1 つくばセンター中央第6)に寄託されている。
【0018】
有機アニオントランスポーターOATP1A2は、小腸、肝臓、腎臓、血液脳関門において発現が知られているが、このOATP1A2がヒト腎臓細胞の薬物感受性に関与していることは、本件発明者らによって明らかになったことである。このような有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子を高発現しているヒト腎臓細胞株を用いることにより、ヒト腎臓に対する被検薬物の作用(毒性、感受性等)をより正確に評価することができる。
【0019】
<ヒト腎臓細胞株の製造方法>
本発明に係るヒト腎臓細胞株の製造方法は、有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現が高い細胞を選別する工程を含むものである。
【0020】
SLC21A3遺伝子の発現量を測定するには、細胞からtotal RNAやmRNAを抽出し、SLC21A3遺伝子に特異的なプライマーを用いてRT−PCR法等によって増幅産物を得ればよい。このようにして発現量を測定した後、発現量が多い細胞を選別することで、薬物感受性の高いヒト腎臓細胞株を得ることができる。
【0021】
<形質転換体>
本発明に係る形質転換体は、以下の(a)又は(b)のDNAがヒト腎臓細胞株に導入されたものである。
(a)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列からなるDNA
(b)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列と相同的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつOATP1A2の生理学的活性を有するタンパク質をコードするDNA
【0022】
上記(a)のDNAは、有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子に相当する。このSLC21A3遺伝子のmRNA配列は公知であり、ジーンバンク(GenBank)に登録番号NM_134431で登録されている。また、上記(b)のDNAは、上記(a)のDNAの変異体やホモログのうち、OATP1A2の生理学的活性を有するタンパク質をコードするものに相当する。
【0023】
ここで「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、対象とするDNAをプローブとして使用し、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、サザンブロットハイブリダイゼーション法等を採用することにより取得できるDNAを意味する。例えば、コロニーやプラーク由来のDNAを固定化したフィルタを使用し、0.7〜1.0M塩化ナトリウム存在下、65℃でハイブリダイゼーションを行った後、0.1〜2×SSC溶液(1×SSCの組成:150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)を使用し、65℃の条件下でフィルタを洗浄することにより同定できるDNA等が挙げられる(Molecular Cloning: A Laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY., 1989等を参照)。ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAの塩基配列の、プローブとして使用するDNAの塩基配列との相同性は、90%以上が好ましく、95%以上がより好ましい。
【0024】
上記(a)又は(b)のDNAを取得する方法としては、特に限定されないが、mRNAから逆転写することでcDNAを得る方法(例えば、RT−PCR法)、ゲノムDNAから調製する方法、化学合成により合成する方法、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーから単離する方法等の公知の方法が挙げられる。
【0025】
本発明に係る形質転換体を得るには、上記(a)又は(b)のDNAを適当な発現ベクター(例えば、アデノウイルス系ベクター、レトロウイルス系ベクター、パピローマウイルスベクター、ワクシニアウイルスベクター、SV40系ベクター等)中の適当なプロモーター(例えば、サイトメガロウイルスプロモーター、SV40プロモーター等)の下流に挿入して発現ベクターを構築し、この発現ベクターでヒト腎臓細胞株を形質転換すればよい。
【0026】
有機アニオントランスポーターOATP1A2はヒト腎臓細胞の薬物感受性に関与していることが本件発明者らによって明らかになっているため、このような形質転換体を用いることにより、ヒト腎臓に対する被検薬物の作用(毒性、感受性等)をより正確に評価することができる。
【0027】
<第1の薬物評価方法>
本発明に係る第1の薬物評価方法は、被検薬物の存在下で、本発明に係るヒト腎臓細胞株、又は本発明に係る形質転換体を培養する工程と、上記ヒト腎臓細胞株又は上記形質転換体に対する前記被検薬物の作用を評価する工程と、を含むものである。
【0028】
上記のように、有機アニオントランスポーターOATP1A2はヒト腎臓細胞の薬物感受性に関与していることが本件発明者らによって明らかになっているため、被検薬物を本発明に係るヒト腎臓細胞株、又は本発明に係る形質転換体に接触させることにより、被検薬物の腎臓に対する毒性や、腎臓に対する作用を評価することができる。また、有機アニオントランスポーターOATP1A2を介した薬物動態や細胞内シグナル伝達の研究を行うこともできる。
【0029】
<第2の薬物評価方法>
本発明に係る第2の薬物評価方法は、被験者の尿中に含まれる腎臓細胞を培養する工程と、培養後の腎臓細胞から有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現が高い特定の腎臓細胞を選別する工程と、被検薬物の存在下で上記特定の腎臓細胞を培養する工程と、被験者に対する上記被検薬物の作用を評価する工程と、を含むものである。
【0030】
被験者の尿中に含まれる腎臓細胞を培養する際には、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに国際寄託されている受領番号FERM ABP−10865のマウス間葉系細胞、又はその細胞を血清含有培地中で培養して得られる培養上清を培地に加えておくことが好ましい。これにより、増殖能に優れた前駆的な腎臓細胞を効率よく得ることができる。さらに、培養後の腎臓細胞から有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現が高い特定の腎臓細胞を選別することにより薬物感受性に優れた腎臓細胞を得ることができるため、この細胞を用いることで、被験者個々人に対する薬物感受性評価や副作用評価をより正確に行うことができる。特に、この薬物評価方法では被験者の尿中から腎臓細胞を得ているため、侵襲性が低く好ましい。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0032】
<ヒト尿中落下細胞の初代培養>
生体腎移植患者の尿を4℃、1000rpmの条件で5分間遠心分離し、上清を除去した後、10%胎児牛血清(FBS)を含むDMEMで懸濁し、再度遠心分離して上清を除去した。この懸濁、遠心分離、上清除去による細胞洗浄の操作を3回繰り返した。得られた細胞を所定の培地で懸濁し、ゼラチンコーティングした細胞培養皿にて37℃、5%COの条件下で培養した。培地としては、1×10−8M デキサメタゾン、5μg/ml インスリン、5μg/ml トランスフェリン、5ng/ml セレン酸ナトリウム、及び2.5mM ニコチンアミドを含むDMEM/F−12(1:1)培地と、受領番号FERM ABP−10865であるマウス間葉系細胞株を10%FBSを含むDMEMで約24時間培養した際の培養上清(Kitamura,S. et al., Faseb J., 19, p.1789−1797, 2005.を参照)とを1:1で混合し、さらに100U/ml ペニシリン、100mg/ml ストレプトマイシン、100mg/ml カナマイシン硫酸を加えたものを用いた。
【0033】
<ヒト尿中落下細胞由来細胞株の作製>
初代培養のヒト尿中落下細胞にEGFP発現レトロウイルス(pGCDNsam−IRES−EGFP)を添加し、24時間培養を行って感染させた。このウイルス感染は、後の解析を行いやすくするためのものである。10%FBSを含むDMEMで細胞を洗浄した後、同培地を加えてさらに11日間培養を行った。その後、トリプシン−EDTA溶液を用いて細胞を剥がし、0.5%FBS、10ng/ml 上皮細胞増殖因子(EGF)、5×10−9M デキサメタゾン、2.5μg/ml インスリン、2.5μg/ml トランスフェリン、2.5ng/ml セレン酸ナトリウム、1.25mM ニコチンアミド、 100U/ml ペニシリン、及び100mg/ml ストレプトマイシンを含むDMEM/F−12(3:1)培地(以下、増殖培地ともいう。)に懸濁し、新たな細胞培養皿に移して培養を続けた。
【0034】
継代培養を繰り返してほぼ均一になった細胞株の1つ(HUE233A)は、敷石状形態の細胞からなる上皮様シートを形成し(図1)、また、コンフルエントになった後も培養を継続することによって細胞ドームの形成も確認された(図2)。図中のスケールバーは200μmである。これらのことから、この細胞株は初代培養のヒト尿中落下細胞と同様に腎臓尿細管細胞としての性質を有した細胞株であると考えられた。
【0035】
一方、他の細胞株の1つ(HUE241B)は、細胞間境界が不明瞭で、細胞同士の一部が重なり合っている部分も見られ、線維芽細胞様の形態(図示せず)であった。
【0036】
<ホルモン応答による細胞内cAMP量上昇の測定>
細胞ドームの形成が観察されたことから、得られたHUE233A細胞は生理機能を有した細胞であることが予想されたが、さらに詳しく調べるために、ネフロンの上皮細胞に特異的に働くホルモンに対する応答性を評価した。
【0037】
HUE233A細胞をEGF含有の増殖培地でコンフルエントになるまで培養した後、EGF不含有の増殖培地又はMCSを含む培地に交換し、さらに2日間培養を続けた。1×10−4M 3−イソブチル−1−メチル−キサンチン(シグマ)を含むDMEMに交換した後、1×10−7M パラチロイドホルモン(PTH;シグマ)又は1×10−7M アルギニンバソプレッシン(AVP;シグマ)を添加してさらに10分間、37℃で静置した後、cAMP EIAシステム(GEヘルスケア バイオサイエンス)を用いて細胞内のcAMP濃度を測定した。結果を図3に示す。
【0038】
図3から分かるように、EGFを含まない培地で培養した場合にはPTH添加によりその細胞内cAMP濃度が有意に上昇していたが、EGFを含む培地で培養した場合にはcAMPの上昇が見られなかった。これは、このHUE233A細胞がその培地からEGFを抜くことにより近位尿細管細胞様に分化したためと考えられる。一方、MCSを含む培地で培養した場合にはAVP添加に応答したcAMP上昇が見られた。これは、このHUE233A細胞が培地中のMCSに反応して、集合管細胞様に分化したためと考えられる。このように、このHUE233A細胞は培養条件を変えることにより、異なった種類の細胞へと分化誘導可能であった。
【0039】
<細胞傷害に応答したNAG分泌量の測定>
EGFを含まない培地で培養したHUE233A細胞において近位尿細管細胞様の細胞へと分化が見られたことから、この細胞を用いた薬物評価系モデルの構築を試みた。
【0040】
HUE233A細胞を増殖培地(EGF含有)でコンフルエントになるまで培養した後、EGF不含有の増殖培地に交換してさらに2日間培養した。その後、シスプラチン、FK506(いずれもシグマ)、又はアクチノマイシンD(カルビオケム)を添加してさらに36時間培養を行った後、L−タイプ ワコー(和光純薬工業)を用いて上清中のN−アセチル−β−D−グルコサミニダーゼ(NAG)活性を測定した。ここで、シスプラチン及びFK506はそれぞれ臨床現場で一般的に用いられる抗癌剤及び免疫抑制剤である。アクチノマイシンDは一般的なアポトーシス誘導剤である。さらに、ヒト近位尿細管由来細胞株HK−2及びブタ近位尿細管由来細胞株LLC−PK1についても同様の操作を行い、NAG活性を比較する対照として用いた。シスプラチン、FK506、アクチノマイシンDを用いた結果をそれぞれ図4(A)〜(C)に示す。
【0041】
図4から分かるように、HUE233A細胞では、シスプラチン、FK506、又はアクチノマイシンDの添加によりNAGの培養上清中への分泌が見られた。また、NAGの分泌量は添加した各試薬に対して濃度依存性が見られた。一方、HK−2細胞及びLLC−PK1細胞では、NAG分泌量の有意な上昇は見られなかった。この結果から、HUE233A細胞は、種々の薬物の尿細管細胞への細胞毒性を試験するための薬物評価系として応用可能であると考えられた。
【0042】
<マイクロアレイを用いた発現解析>
初代培養の尿中落下細胞より樹立した上記細胞株(HUE233A、HUE241B)、正常ヒト近位尿細管上皮細胞(hRPTEC;クロンテック)、腎癌由来細胞株(TUHR14TKB;理研BRC)、大腸癌由来細胞株(Caco2;ATCC)、ヒト近位尿細管由来細胞株(HK−2;ATCC)の各細胞をそれぞれ細胞培養皿で培養し、Trizol(インビトロジェン)及びRNeasy(キアゲン)を用いてtotal RNAの単離を行った。得られたtotal RNAについて、Human Genome U133 Plus 2.0 Array(アフィメトリクス)を用いて遺伝子発現量の解析・比較を行った。腎臓の各セグメントにおけるマーカー分子の遺伝子、トランスポーター遺伝子、コントロール遺伝子について発現量を測定した結果をそれぞれ表1〜表3に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【0046】
表1〜3から分かるように、HUE233A細胞の遺伝子発現パターンは、腎臓の各セグメントのマーカー遺伝子についてはHUE241B細胞やhRPTEC細胞と類似していたが、細胞接着に重要な働きをするE−カドヘリンの発現量が優位に高く、上皮細胞としての機能が高さを裏付けていた。また、薬物輸送に関連するトランスポーター群については、ABCB1遺伝子(MDR1)、ABCC1遺伝子(MRP1)、ABCC3遺伝子(MRP3)、ABCC4遺伝子(MRP4)、SLC21A3遺伝子(OATP1A2)、SLC22A4遺伝子(OCTN1)、SLC22A5遺伝子(OCTN2)等を高発現しており、中でもSLC21A3遺伝子の発現量はHK−2細胞の233倍と極めて高いことが分かった。この結果から、SLC21A3遺伝子の高発現がHUE233A細胞の高い薬物感受性に関わっていると考えられた。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】ヒト尿中落下細胞を培養することにより形成される上皮様シートを示す図である。
【図2】ヒト尿中落下細胞を培養することにより形成される細胞ドームを示す図である。
【図3】HUE233A細胞をEGF含有、EGF不含有、MCS含有の各培地で培養し、PTH又はAVPを添加したときの細胞中のcAMP量を測定した結果を示す図である。
【図4】シスプラチン、FK506、又はアクチノマイシンDの存在下で、HUE233A細胞、HK−2細胞、LLC−PK1細胞を培養したときのNAG活性を測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現量がヒト近位尿細管由来細胞株HK−2における発現量の10倍以上であるヒト腎臓細胞株。
【請求項2】
ヒト尿中に含まれる腎臓細胞から樹立された請求項1記載のヒト腎臓細胞株。
【請求項3】
受領番号FERM AP−21561である請求項1又は2記載のヒト腎臓細胞株。
【請求項4】
有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現が高い細胞を選別する工程を含むヒト腎臓細胞株の製造方法。
【請求項5】
以下の(a)又は(b)のDNAがヒト腎臓細胞株に導入された形質転換体。
(a)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列からなるDNA
(b)有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードする塩基配列と相同的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつOATP1A2の生理学的活性を有するタンパク質をコードするDNA
【請求項6】
被検薬物の存在下で、請求項1から3のいずれか記載のヒト腎臓細胞株、又は請求項5記載の形質転換体を培養する工程と、
前記ヒト腎臓細胞株又は前記形質転換体に対する前記被検薬物の作用を評価する工程と、を含む薬物評価方法。
【請求項7】
被験者の尿中に含まれる腎臓細胞を培養する工程と、
前記培養後の腎臓細胞から有機アニオントランスポーターOATP1A2をコードするSLC21A3遺伝子の発現が高い特定の腎臓細胞を選別する工程と、
被検薬物の存在下で前記特定の腎臓細胞を培養する工程と、
前記被験者に対する前記被検薬物の作用を評価する工程と、を含む薬物評価方法。

【図3】
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【図4】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−261315(P2009−261315A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114495(P2008−114495)
【出願日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、文部科学省、科学技術試験研究「再生医療の実現化プロジェクト」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】