説明

ヒト試料中の精巣上皮内がん(CIS)およびCIS由来がんを検出するための新規バイオマーカーの使用

【課題】ヒト試料中の精巣上皮内がん(CIS)およびCIS由来がんを検出するための新規バイオマーカーの提供。
【解決手段】本発明は精巣上皮内がん(CIS)、性腺芽細胞腫(異形成性腺に見られるCIS様の前がん病変)およびCIS由来がんを同定するための、本発明の少なくとも1つのバイオマーカーに基づく方法およびキットに関する。本発明はまた患者の精巣CISおよび由来がんの状態の、1バイオマーカーの相対的な存在度の測定に基づく診断に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、古典型の精巣セミノーマおよび非セミノーマの前駆病変である精巣上皮内がん(CIS)を解析するバイオマーカーを提供する。本発明のバイオマーカーは異形成性腺に見られるCIS様の前がん病変である性腺芽細胞腫の解析に使用してもよい。
【背景技術】
【0002】
精巣上皮内がん(CIS)は若年成人に発症するほぼすべての精巣胚細胞腫瘍(TGCTs)の共通前駆病変である。TGCTsの発生率は過去数十年で著しく上昇しており、またこれらの腫瘍は今日では成人男性の最も一般的ながんとなっている。
【0003】
CIS細胞はセミノーマか非セミノーマのいずれかに転換する可能性がある。セミノーマは胚細胞様表現型を維持するのに対して、非セミノーマまたは奇形腫と呼ばれる腫瘍は胚性幹細胞の特徴すなわち多能性およびほぼすべての体組織に分化する能力を維持する。非セミノーマは胎児性がん(EC)、すなわち分化型奇形腫組織成分および胚対外組織の多様な混合体、たとえば卵黄嚢がんや絨毛がんなどを含む。ある種の卵巣構造をしばしば含む異形成精巣や間性性腺では、CISに加えてCIS様病変である性腺芽細胞腫もまた発生する。
【0004】
CISと性腺芽細胞腫の唯一の差異は周囲性腺内病変部の全体的な構造にある[CISは通常、基底膜沿いに一列に見られ、またCIS細胞と精細管内腔の間に単一層のセルトリ細胞が存在するが、性腺芽細胞腫は小さな顆粒膜様体細胞によって、時には精祖細胞様(spermatogonia-like)細胞によって、囲まれたCIS様細胞の充実巣(凝集塊)を含む]。CIS細胞と性腺芽細胞腫細胞の形態および遺伝子発現パターンは区別できない(Joergensen et al. Histopathology 1997)ので、本願では以下、用語CISを両先駆病変を指すものとして使用する。
【0005】
実際の臨床で最も広く使用されているCISマーカーは胎盤性アルカリホスファターゼ(ALPPまたはPLAP)である(Manivel, JC, et al, Am J Surg Pathol 1987, 11:21-9)。これは既知の始原生殖細胞マーカーでもある。疫学的な証拠やCIS細胞および胎児期生殖細胞で発現するタンパク質の免疫組織染色法による比較研究に基づく証拠によれば、CISは先天性病変であるらしく、胎生初期のゴノサイト(gonocyte)から生じて思春期後に顕性TGCTへと進行すると見られる。ゴノサイトからCIS細胞へのがん化の開始の分子機構の正確な性質は未解明であり、その後の顕性腫瘍への進行もほとんど不明のままである。
【0006】
CIS早期発見のための新マーカーを同定するために、本願発明者は差次的発現(DD)法とヒト全トランスクリプトームを網羅するcDNAマイクロアレイ法の両方を使用して、CIS細胞および腫瘍中の遺伝子発現を系統的に分析した。
【発明の概要】
【0007】
本発明の要約
マイクロアレイ法では、種々の量の上皮内がん精細管を含む精巣組織を使用して(CIS細胞は一般的な組織試料中の細胞のごくわずかな比率を占めるだけなので)CISと無関係の遺伝子発現の変化を検出しないで済むようにし、また試料中のCIS含量に比例して調節を受ける遺伝子を探した。
【0008】
DD法とマイクロアレイ法の両方に由来する特定のCISおよび腫瘍マーカー候補を、半定量的な逆転写PCR(RT-PCR)法で検証し、発現細胞型をin situハイブリダイゼーションで決定した。さらに、若干の有力候補に対する抗体を使用し、また免疫組織染色法を使用して、CIS/性腺芽細胞腫組織中の、またCIS由来腫瘍中の発現細胞型を同定するようにした。
【0009】
本願発明者はまた、精巣セミノーマと胎児性がん(EC、非セミノーマの未分化成分)の遺伝子発現プロファイルを(同じ大規模マイクロアレイを使用して)調べ、それをCISの発現プロファイルと比較した。
【0010】
これはCISの、セミノーマまたは非セミノーマへの進行を特徴付ける遺伝子の同定を容易にした。結果はRT-PCRで確認し、in situハイブリダイゼーションによりマーカーの存在を腫瘍細胞に限局し、また特定マーカーについては免疫組織染色法によりタンパク質発現レベルで限局した。
【0011】
上皮内がん(CIS)は組織学的に不均質の精巣胚細胞腫瘍(TGCTs)の共通前駆病変であるが、TGCTsは近年発生率が著しく上昇しており、今日では若年成人男性の最も一般的な悪性腫瘍となっている。本願発明者はゲノム規模での遺伝子発現プロファイリングを使用して、精巣CISで高発現する200余りの遺伝子を、精巣腫瘍ではかつて報告されたことのない多数の遺伝子を含めて、特定した。発現のさらなる検証には半定量的RT-PCRやin situハイブリダイゼーションを用い、また抗体の使用が可能な若干のタンパク質産物については免疫組織染色法を用いた。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】データのフィルタリングで選別した後の遺伝子の、従って100%の精細管にCISが存在する試料中で4倍以上の発現増加を示す遺伝子と50%および75%の精細管にCISが存在する試料中で2倍の発現増加を示す遺伝子の、階層クラスター分析。階層クラスター分析にはユークリッド距離法と群平均法を使用した。項目間に見られる若干の冗長性は結果の首尾一貫性を示唆する。遺伝子名の前に記したIMAGEクローン番号(アレイ上の一意のID)はさらなる配列情報をGerman Resource Center for Genome Research (http://www.rzpd.de)で検索するときに使用可能である。
【図2】マイクロアレイ法によりCIS中での発現増加が確認された特定遺伝子の詳細な分析。A) 一連の精巣組織試料を対象にした半定量的RT-PCR例。遺伝子名は枠の右側に記載してある。NANOGとPOU5F1のゲルでは、βアクチンマーカーの800bpバンドが見える。どのRT-PCRでも、代表的なDNA断片を切り出し、クローニングして、配列を確認した。129142はIMAGEクローン番号である。B) NANOGとPOU5F1の対応定量化および両者の比。定量化はアガロースゲル画像のデジタル化によって行った。M= 100bpマーカー、SEM=セミノーマ、TER=テセトーマ、EC=胎児性がん、CIS=100%CIS精細管を示す精巣組織、NOR=正常精巣組織、CIS A=マイクロアレイ用に増幅したCIS、H2O=対照。CIS試料(右側)はマイクロアレイ分析に使用したものと同じ試料である。
【図3】NANOG、SLC7A3、TFAP2CおよびALPLの、in situハイブリダイゼーションによるCIS精細管内の細胞発現の分析。発現はCIS細胞(矢印)に限定されていることを示す。CIS細胞は中心に染色された核をもつ染色された環として現れているが、それ以外は組織処理中に多量のグリコーゲンが洗い流されたため空っぽに見える。染色は他にセルトリ細胞の核でも見られたが、それはセンスプローブでも見られたため、おそらく低存在度の転写産物(矢印)を視覚化するために必要となった過剰染色のせいであろう。センス対照はアンチセンスの場合と同じ精細管の隣接切片に由来しており、右下隅に挿入してある。
【図4】ESC中での発現増加が報告された図1由来の遺伝子。マウスESCに関するデータはRamalho-Santos et al. (Ramalho-Santos, M, et al. Science 2002, 298:597-600)から引用し、またヒトMSCに関するデータはSato et al. (Sato, N, et al. Dev Biol 2003, 260: 404-13)およびSperger et al. (Sperger, JM, et al. Proc Natl Acad Sci USA 2003, 100:13350-5)から引用している。これらの研究で報告されている遺伝子とCIS(図1)で特定された遺伝子との重複はおよそ35%にのぼるが、実際は使用されたアノテーションやRNA参照品の違いからもっと大きいという可能性もある。
【図5】100%の精細管にCISが存在する試料中で2倍以上の発現増加を示す遺伝子の染色体上の分布。A) 染色体ごとの分布状況。染色体サイズにより標準化(青色の棒)するか、または各染色体上のUniGeneクラスター数で標準化(赤色の棒)している。染色体サイズはEnsembl (http://www.ensembl.org/)から、またUniGeneクラスター数(Build 34 version 3)はNCBI (http://www.ncbi.nlm. nih.gov/)から、それぞれ入手した。B) 各染色体バンド内の発現増加遺伝子数の詳しい分布状況。囲みはカラーコードの凡例。
【図6】CISのない正常精細管とCIS病変のある精細管の両方を含む精巣組織の断面切片の転写因子AP-2γ (TFAP2C)の免疫染色。CIS細胞は濃く染まり、シグナルはCIS細胞の核に局在化する。
【図7】A. AP-2γで強く染まるCIS細胞を混ぜた対照患者由来の精液試料。 B1. この検定でCISが発見された精子欠乏症の23歳対照患者のAP-2γ陽性CIS細胞。 B2, B3. この検定でCISが発見された精子欠乏症の23歳対照患者のAP-2γ染色細胞の例、高倍率。 C1, C2. 事前に精巣腫瘍が判明していた患者のAP-2γ染色細胞の例。 D. 精子欠乏症の23歳対照患者の左精巣のAP-2γ染色生検試料の組織学的特徴。 E. 管膜に近接するCIS細胞と内腔内のCIS細胞の両方を示す胎盤性アルカリホスファターゼ(PLAP)染色。 F. AP-2γ陽性細胞を欠く対照患者に由来する精液試料。 Scale bar = 25μm.
【図8】CIS病変のある精細管を含む精巣組織の断面切片のTCL1Aの免疫染色。CIS細胞は濃い赤に染まり、シグナルはCIS細胞の核に局在化する。
【図9】CISのない正常精細管とCIS病変のある精細管の両方を含む精巣組織の断面切片のホメオボックスタンパク質NANOGの免疫染色。CIS細胞は濃く染まり、シグナルはCIS細胞の核に局在化する。
【図10】CIS病変のある精細管を含む精巣組織の断面切片のEカドヘリンの免疫染色。CIS細胞は濃い赤に染まり、シグナルはCIS細胞の細胞質または細胞膜に局在化する。
【図11】CIS病変のある精細管を含む精巣組織の断面切片のPIM-2の免疫染色。CIS細胞は濃い赤に染まり、シグナルはCIS細胞の核に局在化する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の説明
ここで開示するバイオマーカーはCISおよび性腺芽細胞種の発見に使用することができるが、CISに由来するセミノーマおよび非セミノーマを発見するための、従ってCISの進行に対応するバイオマーカーもまた本発明に包含される。
【0014】
開示のバイオマーカーは差次的発現法やゲノム規模のcDNAマイクロアレイ分析を用いて特定し、その後の検証には、該CISマーカーがCIS細胞で発現したことを示す他の方法を、in situハイブリダイゼーションなどを含めて、用いた。
【0015】
いくつかのバイオマーカーについては、CIS細胞および若干のCIS由来顕性腫瘍への限局化を、免疫組織染色法でタンパク質レベルでも行った。
【0016】
こうして、本発明はヒト試料たとえば精液、血液、精巣生検試料、および他の任意のヒト組織生検試料中のCISおよびCIS由来がんの状態を検出するための、同定バイオマーカーの使用に関する。
【0017】
本発明は一態様で、個体中の胚細胞腫瘍の前駆病変の存在を判定する方法に関する。そうした診断方法は、ある試料中の一群のマーカーの発現プロファイルを決定し、該発現プロファイルから、該試料が胚細胞腫瘍の前駆病変を含むかどうかを判定するステップであって、該マーカー群がTable 1記載のマーカーより独立に選択されるマーカーからなり群内のマーカー数が1ないしTable 1記載の全マーカー数であることを特徴とするステップを含む。
【0018】
該方法は特に、次のステップを含む:
a)Table 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなる試料中のマーカー群の発現プロファイルを決定するステップ;
b)該発現プロファイルを参照発現プロファイルと比較するステップ;
c)該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なるかどうかを確認するステップ、および
該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なる場合には該試料が胚細胞腫瘍の前駆病変を含むかどうかを評価するステップ。
【0019】
本明細書中、用語「胚細胞腫瘍の前駆病変」は、青少年および若年成人の諸々の胚細胞腫瘍の共通前駆病変であるという一般に受け入れられている事実に関する。CISは未分類型の精細管内胚細胞腫瘍、精巣上皮内腫瘍およびgonocytoma in situ (GIS)とも呼ばれるが、生物学的見地からは最後の用語がおそらく最も正確である。
【0020】
本明細書中、用語「発現プロファイル」はmRNAなどのような転写産物の、参照値と比べた、または別の転写産物または試料の値および/または絶対値と比べた、相対的なレベルの検定に関する。たとえば、cDNAマイクロアレイでは2種類の試料中の転写産物の相対的な存在量を測定するが、リアルタイムPCRでは試料中の転写産物の絶対的なコピー数を測定する。相対的測定、絶対的測定のどちらであっても、当業者は提示されるデータを基に診断を下すことができる。
【0021】
当業者には自明であろうが、転写産物の発現プロファイルはたとえば増幅RNA (aRNA)および/または相補的DNA (cDNA)から、種々の技法により獲得してもよい。こうして、本発明はまた、そうした操作を使用する任意の方法に関する。Table 1記載の遺伝子は順不同であり、従って記載の分子鎖もその相補鎖も共に本発明の目的である。
【0022】
Table 1記載の配列は記載した遺伝子配列の部分たとえばEST配列や配列断片などにすぎない場合もある。しかし、全ゲノム配列すなわちコード配列、非翻訳領域およびプロモーター領域が本発明の目的である。
【0023】
一般に、転写産物のレベルの検定とそれに基づく一群のマーカーの発現プロファイルの決定は、マイクロアレイ、フィルターアレイ、DNAチップ、遺伝子チップ、差次的発現、SAGE、ノーザンブロット、RT-PCR、定量的PCR、PCR、リアルタイムPCR、または技術上周知の他の任意の技法を非限定的な例とするいくつかの技術的なアプローチによって行うことができる。
【0024】
Table 1記載の配列の発現レベルの検定では、レベルは任意の核酸の測定可能な発現レベルをいう。核酸発現レベルは技術上周知の方法で求める。「差次的に発現した」または「発現レベルの変化」は任意の核酸の測定可能な発現レベルの上昇または低下をいい、また「差次的に発現した」はマイクロアレイ分析に関しては、ある試料中の任意の核酸の発現レベルの、別の試料中の該核酸の発現レベルに対する比が1.0に等しくないことを意味する。「差次的に発現した」はまた、本発明によるマイクロアレイ分析に関しては、ある試料中の任意の核酸の発現レベルの、別の試料中の該核酸の発現レベルに対する比が1.0を超えるか1.0未満であることを意味し、また1.2超と0.7未満、および1.5超と0.5未満を包含する。2試料のうちの一方の試料が検出可能な核酸を含まない場合にもまた、核酸は2試料中で差次的に発現したと言う。
【0025】
核酸発現レベルの絶対的定量は、既知濃度の1つまたは複数の対照核酸化学種を含めて、該対照核酸の量を基にした標準曲線を生成し、「未知」核酸化学種の発現レベルを、該標準曲線との関連で見た未知核酸のハイブリダイゼーション強度から外挿することにより、実現することができる。発現レベルの計測は、技術上周知の方法に従って標識標的核酸を使用するハイブリダイゼーション分析により行う。標的核酸への標識には発光性標識、酵素標識、放射性標識、化学標識または物理的標識などがある。標的核酸は蛍光分子で標識するのが好ましい。好ましい蛍光標識の非限定的な例はフルオレセイン、アミノクマリン酢酸、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)、Texas Red、Cy3およびCy5である。
【0026】
試料が胚細胞腫瘍の前駆病変を含むかどうかの結論は該発現プロファイルから、該発現プロファイルを検定し、マーカーが存在するおよび/または発現が増加しているおよび/または発現が減少しているかを判定することで得られる。実験セットアップ次第で、マーカー遺伝子は発現が増加しているように見えようが、発現が減少しているように見える場合もあろう。すなわち、たとえば比が切り替わる場合である。本願でのセッティングは発現増加マーカーに焦点を合わせている。
【0027】
検定方法およびセットアップ次第で、マーカー遺伝子の計測は別の転写産物、試料を参照基準にして行ってもよいし、直接行ってもよい。
【0028】
マーカー群はTable 1記載マーカーより独立に選択されるマーカーからなるが、群内のマーカー数は1ないしTable 1記載マーカーの総数であり、たとえば1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、13、14、15、16、17、18、19、20、21、22、23、24、25、30、40、50、60、70、80、90、100、120、140、150、170、200、220、240、255マーカーである。
【0029】
用語「試料」は精液試料、血液試料、血清試料、尿試料、精巣生検試料、または他の任意のヒト組織生検試料などでよい。開示のマーカー遺伝子は、精巣および精液試料に関連するもの以外の他の臨床試料中の、たとえば進行性セミノーマ患者に由来する性腺外脳腫瘍または血液試料中の、CISまたはセミノーマまたは非セミノーマの検出に使用してもよい。
【0030】
現在好ましい実施形態では、試料は精液試料である。
本発明の一般的な範囲は前述のような様々な試料中の胚細胞腫瘍の前駆病変の検出に関する。当業者には自明であるが、開示の方法は、たとえごく少量であれ、特定試料中の胚細胞腫瘍の前駆病変の存在および/または形成の、当業者による検出を可能にする。現在好ましい実施形態では、開示の方法は胚細胞腫瘍の前駆病変である少なくとも1つの細胞の検出を可能にする。
【0031】
発現プロファイルと後述のような強度値は胚細胞腫瘍の前駆病変を示唆する。というのは、これらのデータが見られる頻度は胚細胞腫瘍の前駆病変をもつ患者のほうがそれをもたない患者よりも有意に高いからである。
【0032】
用語「発現パターン」または「発現プロファイル」は本願では、集合内の1つまたは複数のメンバーが差次的に発現する場合の、1つまたは複数の発現核酸の(定性的および/または定量的)発現パターンを含む。
【0033】
当業者には自明であろうが、本発明は、当業者がTable 1記載の1つまたは複数の遺伝子の発現レベルの検出により、患者の胚細胞腫瘍を診断および/または監視することを共に可能にする。
【0034】
本発明はまた、患者または健常者の精液、血液、組織、尿等の試料を含めた任意のヒト試料中のmRNAレベルの産物を検出しうる任意の方法(PCR法、ハイブリダイゼーション法、マイクロアレイ法など)またはタンパク質レベルの産物を検出しうる任意の方法(免疫法、ウェスタン法、タンパク質マイクロアレイ法など)を用いた精巣または他の諸々の部位に位置する胚細胞腫瘍の前駆病変の診断への、本願記載の任意の配列/遺伝子/mRNAの使用に関するが、配列番号1〜255からなる群より選択される配列が特に重要である。
【0035】
言い換えると、本発明は胚細胞腫瘍の前駆病変の診断方法であって、試料中の胚細胞腫瘍の前駆病変に関する所定数のマーカーのそれぞれについて発現レベル検定を行う、および該発現レベルのうちの少なくとも1つが参照発現レベルを超える場合には該胚細胞腫瘍前駆病変を特定する、の各ステップを含む診断方法に関する。
【0036】
あるいは、試料中の胚細胞腫瘍前駆病変の存在を判定する方法は、配列番号1〜255の群より選択されるマーカーを含むヌクレオチド配列により発現されるポリペプチドの計測に基づくものでもよい。
【0037】
こうして、本発明の別態様は個体中の胚細胞腫瘍前駆病変の存在を判定するための、患者試料中のマーカー群の強度シグナルを決定するステップおよび該強度シグナルから該患者試料が胚細胞腫瘍前駆病変を含むかどうかの結論を下すステップを含む方法であって、該マーカー群はTable 1記載のマーカーより独立に選択されるマーカーからなり、該群内のマーカー数は1ないしTable 1記載マーカーの総数であることを特徴とする方法に関する。
【0038】
そうした方法は次のステップを含む:
a)試料中のマーカー群の各メンバーによってコードされるタンパク質の強度シグナルを決定するステップであって、該マーカー群はTable 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなることを特徴とするステップ;
b)個別強度シグナルを対応する参照強度シグナルと比較するステップ;
c)各個別強度シグナルが対応する参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ、および
強度シグナルが対応する参照強度シグナルと異なる場合に、該試料が胚細胞腫瘍前駆病変を含むかどうかを評価するステップ。
【0039】
用語「強度シグナル」はTable 1由来の転写産物によりコードされるタンパク質のタンパク質レベル検定に関する。そうした検定には任意の免疫法たとえばELISA法、RIA法、ウェスタン法またはドットブロット法などを用いることができる。タンパク質の量を定量的または相対的に計測しうる他の方法を用いてもよい。そうした方法の非限定的な例は質量分析応用法、タンパク質マイクロアレイ法、ProteinChip(登録商標)法(Ciphergen)、および派生法である。
【0040】
後述のように、本願発明者は本発明の遺伝子産物に対する抗体の作製に取り組んでいる。図6はCIS細胞を含む組織切片の免疫染色法で使用するそうした抗体の例である。
【0041】
本発明の遺伝子産物に対する抗体は胚細胞腫瘍の転移と浸潤の監視を可能にしよう。
Table 1に示すように、いくつかのマーカーはCIS細胞中で著しく豊富な場合には発現が増加する。従って一実施形態では、本発明はそうした発現増加マーカーで実行することができる。そうした特定のマーカーは配列番号1〜157からなる群より選択される。
【0042】
本発明の現在好ましい実施形態はさらに、マーカー群が、精細管の100%にCISが存在する試料中で、参照試料と比較して7倍以上の、たとえば7.1倍、7.2倍、7.5倍、8倍、9倍、10倍、11倍、12倍、13倍、14倍、15倍、16倍、17倍、18倍、19倍、20倍、25倍、30倍、35倍、40倍、45倍、50倍、55倍、60倍、65倍、70倍、75倍、80倍、85倍、90倍、95倍、100倍の、発現増加を示す少なくとも1つマーカーからなることを特徴とする本発明の方法に関する。
【0043】
本発明の別の実施形態では、いくつかのマーカーは、精細管の100%にCISが存在する試料中で、4.3倍以上7倍未満の発現増加を示す。そうしたマーカーは目下、中程度の可能性を秘めたマーカーとみなされており、従ってこれらのマーカーの適用性はCIS細胞中でより豊富なマーカーよりも低いと考えられる。
【0044】
本発明のさらに別の実施形態では、精細管の100%にCISが存在する試料中で、3倍以上4.3倍未満の発現増加を示す。そうしたマーカーは目下、可能性がさらに小さいマーカーとみなされており、従ってこれらのマーカーの診断への適用性はCIS細胞中でより豊富な、ただし本発明の目的のために貴重な情報をなお追加しうるような、マーカーよりも低いと考えられる。
【0045】
別の現在好ましい実施形態は、発現プロファイルが性腺または性腺外の古典型精巣セミノーマと精巣非セミノーマを区別することを特徴とする本発明の方法に関する。
本願発明者が非セミノーマ(EC)細胞を含む組織試料とCIS細胞およびセミノーマ細胞を含む組織試料を比較すると、配列番号158〜202のマーカーは5倍超の発現増加を示したのに対し、CIS細胞とセミノーマ細胞が示した発現増加は2倍未満であった。
【0046】
こうして、配列番号158〜202のマーカーは当業者が非セミノーマをCISおよびセミノーマから区別することを可能にする。というのは、これらのマーカーはいずれも、Table 1や後の実施例で開示するように、セミノーマではCISおよび/または非セミノーマを含む試料の場合と比べて発現増加を示すからである。
【0047】
本願発明者がセミノーマ細胞を含む組織試料とCIS細胞および非セミノーマ細胞を含む組織試料を比較すると、配列番号203〜255のマーカーは3倍超の発現増加を示したのに対し、CIS細胞とセミノーマ細胞が示した発現増加は2倍未満であった。
【0048】
こうして、配列番号203〜255のマーカーは当業者が古典型セミノーマをCISおよび/または非セミノーマから区別することを可能にする。というのは、これらのマーカーはいずれも、Table 1や後の実施例で開示するように、セミノーマではCISおよび/または非セミノーマを含む試料の場合と比べて発現増加を示すからである。
【0049】
現在好ましい一実施形態はセミノーマを非セミノーマから区別しうる方法に関する。
別の現在好ましい実施形態はセミノーマをCISから区別しうる方法に関する。
さらに別の現在好ましい実施形態は非セミノーマをCISから区別しうる方法に関する。
【0050】
従って本発明の一態様は、試料中の一群のマーカーの発現プロファイルおよび/または強度シグナルを決定するステップおよび該発現プロファイルおよび/または強度シグナルから該試料が胚細胞腫瘍の前駆病変を含むかどうかの結論を下すステップを含む個体中の胚細胞腫瘍の前駆病変から顕性がんへの進行を監視する方法であって、該マーカー群がTable 1記載のマーカーより独立に選択されるマーカーからなり群内のマーカー数が1ないしTable 1記載の全マーカー数であることを特徴とする方法に関する。
【0051】
詳細な一実施形態では、該方法は次のステップを含む:
a)試料中の一群のマーカーの発現プロファイルを決定するステップであって、該マーカー群はTable 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなることを特徴とするステップ;
b)該発現プロファイルを参照発現プロファイルと比較するステップ;
c)該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なるかどうかを確認するステップ、および
該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なる場合に、胚細胞腫瘍の前駆病変の顕性がん細胞に至る発生段階を評価するステップ。
【0052】
あるいは、該方法は次のステップを含む:
a)試料中のマーカー群の各メンバーによってコードされるタンパク質の強度シグナルを決定するステップであって、該マーカー群はTable 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなることを特徴とするステップ;
b)個別強度シグナルを対応する参照強度シグナルと比較するステップ;
c)各個別強度シグナルが対応する参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ、および
強度シグナルが対応する参照強度シグナルと異なる場合に、胚細胞腫瘍の前駆病変の顕性がん細胞に至る発生段階を評価するステップ。
【0053】
さらに別の態様では、本発明は哺乳動物由来の試料中の胚細胞腫瘍の前駆病変を検出する方法であって、
定量的検出法で該試料を検定し、配列番号1〜配列番号255からなる群より選択される少なくとも1つのマーカーの発現プロファイルおよび/または強度シグナルを決定するステップ;
該発現プロファイルおよび/または強度シグナルを参照値と比較するステップ;
該試料中の少なくとも1つのマーカーの発現プロファイルおよび/または強度シグナルが該参照値と有意に異なるかどうかを確認するステップ、および
該発現プロファイルおよび/または強度シグナルが該参照値と有意に異なる場合に該試料が胚細胞腫瘍の前駆病変を含むかどうかを評価するステップ
を含む方法に関する。
【0054】
当業者には自明であろうが、本発明は少なくとも1つの発現産物の存否を検出するステップを含む個体中の胚細胞腫瘍前駆病変の存在を判定する方法であって、該少なくとも1つの発現産物は該個体から分離された試料中に配列番号1〜255からなる群より選択されるヌクレオチド配列を含むことを特徴とする方法として有用である。
【0055】
別の態様では、本発明はまた、患者の胚細胞腫瘍前駆病変を抑止するための治療法の有効性を評価するための、
該患者に該治療法を少なくとも部分的に施す前に該患者から獲得した第1試料中の一群のマーカーの発現プロファイルと該治療法を少なくとも部分的に施した後で該患者から獲得した第2試料中の一群のマーカーの発現プロファイルとを比較するステップであって、第2試料中のマーカーの発現プロファイルが第1試料のそれと比較して有意に異なれば、それは該治療法が患者の胚細胞腫瘍前駆病変の抑止に有効であることを示唆することを特徴とするステップを含む
方法であって、該マーカー群がTable 1記載のマーカーより独立に選択されるマーカーからなり群内のマーカー数が1ないしTable 1記載の全マーカー数であることを特徴とする方法に関する。
【0056】
あるいは、前記の方法態様は発現プロファイルを比較する代わりにマーカー群の各メンバーによりコードされるタンパク質の強度シグナルを比較することによって評価してもよい。
【0057】
本発明の、治療法の有効性を評価する方法はまた、胚細胞腫瘍前駆病変の、またもちろんもっと後の病期の任意の腫瘍の治療薬候補を特定し、評価し、モニターするための方法に関する。本発明によれば、治療薬候補または治療法は、胚細胞腫瘍前駆病変の1つまたは複数のマーカーの発現を減少させる能力について検定を受ける。一実施形態では、特定の薬剤または治療法はここで開示する特定のタイプまたはサブクラスの胚細胞腫瘍前駆病変に対応する1つまたは複数のマーカーの発現を低下させてもよい。あるいは、好ましい薬剤は胚細胞腫瘍前駆病変に全般的な作用を及ぼし、種々のタイプまたはクラスの胚細胞腫瘍前駆病変に特有の種々のマーカーの発現を減少させてもよい。一実施形態では、好ましい薬剤は胚細胞腫瘍前駆病変マーカーの発現を、胚細胞腫瘍細胞の前駆細胞を死滅させるかまたはその複製を妨げることによって、減少させる。
【0058】
現在の幹細胞研究の趨勢を背景に、当業者はたとえば胎児性幹細胞(embryonal stem cells)の使用による組織の移植または再生を含む様々な治療を実施することができる。
本願では、本願発明者はCIS細胞が胎児性幹細胞様である数多くの特徴を有することを確認した。図4および5、それに実施例を参照。
【0059】
従ってCIS細胞は胎児性幹細胞様であり、がん前駆病変様であもある。従って、本発明のマーカーを使用することにより、当業者には、たとえば胎児性幹細胞に由来する組織が、がん前駆細胞になりそうな、従ってたとえば胎児性幹細胞を移植する前に検討するための貴重な情報をもたらしそうな細胞を含むかどうかの判断が可能になろう。
別の態様では、本細胞はまた、個体中の、胚細胞腫瘍および/またはがんの前駆病変へと進行する見込みの強い未分化幹細胞の存在を分析する方法に関する。
【0060】
そうした方法は一実施形態では次のステップを含む:
a)Table 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなる試料中のマーカー群の発現プロファイルを決定するステップ;
b)該発現プロファイルを参照発現プロファイルと比較するステップ;
c)該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なるかどうかを確認するステップ、および
該発現プロファイルが参照発現プロファイルと異なる場合には該試料が該個体中の、胚細胞腫瘍および/またはがんの前駆病変へと進行する見込みの強い未分化幹細胞を含むかどうかを評価するステップ。
【0061】
あるいは、そうした方法は第2の実施形態では次のステップを含む:
a)Table 1記載のマーカーより独立に選択される少なくとも1つのマーカーからなる試料中のマーカー群の各メンバーによりコードされるタンパク質の強度シグナルを決定するステップ;
b)各個別強度シグナルを対応する参照強度シグナルと比較するステップ;
c) 各個別強度シグナルが対応する参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ、および
該強度シグナルが参照発現プロファイルと異なる場合には該試料が該個体中の、胚細胞腫瘍および/またはがんの前駆病変へと進行する見込みの強い未分化幹細胞を含むかどうかを評価するステップ。
【0062】
精巣上皮内がん(CIS)は若年成人に発症するほぼすべての精巣胚細胞腫瘍(TGCTs)の共通前駆病変である。TGCTsの発生率は過去数十年で著しく上昇しており、またこれらの腫瘍は今日では成人男性の最も一般的ながんとなるに至り、ますます大きな健康問題となっている。たとえば治療戦略という目的から早期非浸潤期の患者を発見するための潜在的な検診方法が目下求められている。
【0063】
従って別の態様では、本発明はまた、集団内の個体の胚細胞腫瘍前駆病変を検診するための、該個体から獲得した試料中の一群のマーカーの発現プロファイルおよび/または強度シグナルを決定するステップと該発現プロファイルおよび/または強度シグナルから、該試料が少なくとも1つの胚細胞腫瘍前駆病変を含むかどうかの結論を下すステップを含む方法であって、該マーカー群はTable 1記載のマーカーより独立に選択されるマーカーからなり、該群内のマーカー数は1ないしTable 1記載マーカーの総数であることを特徴とする方法に関する。
【0064】
試験した個別マーカー
Table 1記載の一連の遺伝子をタンパク質レベルでさらに調べた。まず、RNAレベルで高発現する図1由来の遺伝子について、CISを含む組織切片を対象にタンパク質レベルで、免疫組織染色法を用いて調べた。精巣組織切片のCISまたは腫瘍細胞だけを染色した抗体を、顕微鏡スライドガラス上の(サイトスピン)塗抹精液試料の染色にも使用した。
本発明の一実施形態は、マーカーがAP-2γ、NANOG、TCL1A、PIM-2およびEカドヘリンからなる群より選択されることを特徴とする本発明の方法に関する。
【0065】
AP-2γ
AP-2γは染色体20q13.2領域にマップされるTFAP2C遺伝子によりコードされ、またAP-2α、AP-2β、AP-2γ、TFAP-2δおよびTFAP-2εを含むDNA結合性転写因子ファミリーに属する。これらのタンパク質は脊椎動物の胚発生期に神経管、神経堤派生物、皮膚、心および尿生殖組織の発生と分化で重要な役目を果たし、またこれらの組織内で重複した、ただし別個の発現パターンを示す。
【0066】
AP-2γは胚体外系列内で着床後初期発生のために必要とされるが、胚そのものの内部では自立的な役割を果たしていない模様である。AP-2γを欠くマウスは交尾後7.5〜8.5日で、胚体外組織奇形のために死ぬ。
【0067】
CIS細胞に関する前記のゲノム規模での遺伝子発現プロファイル研究で、本願発明者は胚性幹細胞や胎児性ゴノサイトでも発現するが成人胚細胞では発現しない多数の遺伝子を特定し、以って新CISマーカー候補を多数提供してきた。そうした遺伝子の1つは、転写因子アクチベータープロテイン-2 (AP-2γ)をコードするTFAP2Cであった(染色体20q13.2領域にマップされる)。
【0068】
本願発明者は、免疫組織染色法でAP-2γタンパク質を検出することにより胎児組織や悪性腫瘍組織を含む広範囲の組織中で該タンパク質の発現を調べた。その結果、AP-2γタンパク質は発現がごく限られ、初期ゴノサイトや他の完全には分化し切っていない細胞にしか見られないことが判明した。また、精巣CIS細胞およびCIS由来腫瘍細胞の非常に強固な核マーカーであることも判明した(図6)。
【0069】
本願発明者はAP-2γを胎児性ゴノサイトおよび腫瘍胚細胞たとえば精巣CISなどの新規マーカーとして開示するが、それは細胞分化の調節経路に関わっているし、またおそらく発がんにも関与していると思われる。
【0070】
AP-2γが正常な成人生殖器官では発現しないが、細胞質よりも構造的に丈夫なために精液の分解から手厚く保護されるCISや腫瘍細胞の核には豊富に存在したという事実から、一連の患者および対照の射精液中のCISおよび/または腫瘍細胞の検出へのAP-2γの有用性を分析を急いだ。
【0071】
実施例10に示した104人の男性病患者の検査では、AP-2γ陽性細胞は事前診断で精巣腫瘍が判明した患者に由来する精液試料にだけ、また意外にも乏精子症の、ただし胚細胞腫瘍の症状はない、23歳の対照患者にも、見られた(図7)。
【0072】
該23歳の対照患者のフォローアップ時に実施した精巣生検から片方の精巣中の広範囲CISが明らかとなり、新検定法の診断的有用性が証明された。該方法は目下至適化が図られているが、予備的な評価では該方法はリスクのある患者の胚細胞腫瘍の検診に有用かもしれないとされる。AP-2γ発現研究は地元の地域倫理委員会の承認を得ており、参加者から書面によるインフォームドコンセントを得ている。
【0073】
本願発明者が免疫活性AP-2γ検査を実施した患者数は、外来患者を初診時に検査しているため、増え続けている。これまでに(前述の104人を含めて)347人の男性病患者を検査し、前述の最初の症例(精巣生検で広範囲のCISが確認された精子欠乏症の23歳の対照患者)を含めて3人の患者の精液試料でAP-2γ陽性CIS様細胞を発見した。他の2患者は目下臨床フォローアップを受けており、精巣生検が検討されている。
こうして、本発明は特定の好ましい実施形態ではマーカーがAP-2γである本発明の方法に関する。
【0074】
TCL-1A
TCL1Aは強力な発がん遺伝子であり、B細胞、T細胞の両方で過剰発現すると、主に成熟B細胞性リンパ腫を引き起こす。TCL1Aはin vitro、in vivoのいずれでもAKTキナーゼ活性を高め、その結果として基質のリン酸化を促進する。TCL1Aはin vivoではミトコンドリアの膜電位を安定させ、細胞増殖および生存を促進する。TCL1はin vivoでAKTと結合するトリマーを形成し、AKTキナーゼコアクチベーターとしてAKTが誘導する細胞増殖および生存を促進する。
精巣CIS中でのTCL1Aタンパク質の発現を免疫組織染色法で検出したものが図8である。
別の特定の好ましい実施形態では、本発明はマーカーがTCL-1Aである本発明の方法に関する。
【0075】
NANOG
Nanog欠損マウスの内細胞塊(ICM)は胚盤葉上層を生成することができず、壁側内胚葉様(parietal endoderm-like)細胞だけをもたらす。マウスNanog欠損胚性幹(ES)細胞は多能性を失い、胚体外内胚葉系列へと分化する。NanogはこのようにICMとES細胞の両方で多能性を維持する際の決定的な因子である。ES細胞のクローン増殖には導入遺伝子コンストラクトからの高Nanog発現で十分であり、Stat3への依存が解消され、またPOU5F1(Oct4)レベルが維持される。
NANOGはCISで、RNA、タンパク質の両レベルで高発現することが判明した。免疫組織染色法で検出したNANOGを図9に、また図1、2および3にはRNAレベルで、示す。
別の特定の好ましい実施形態では、本発明はマーカーがNANOGである本発明の方法に関する。
【0076】
PIM-2およびEカドヘリン
Eカドヘリン遺伝子とPIM-2発がん遺伝子によりコードされるタンパク質もまたAP-2γ、TCL1AおよびNANOGと同様に、CIS細胞で高発現することが判明した。図10と図11はそれぞれ、免疫組織染色法で検出したEカドヘリントPIM-2である。
別の特定の好ましい実施形態では、本発明はマーカーがPIM-2および/またはEカドヘリンである本発明の方法に関する。
【0077】
Table 1記載の遺伝子によりコードされるタンパク質に対する抗体を使用して、精巣CISを含む種々の組織の切片を免疫組織染色法で検査した。
本願はさらに、強度シグナルを免疫細胞学的検出(免疫染色)法で決定する本発明の方法に関する。
【0078】
当業者には自明であろうが、集団内の個体の胚細胞腫瘍前駆病変の検診には、本発明の方法のうちいずれを、単独でまたは組み合わせて、使用してもよい。
別の態様では、本発明は開示の検定法または方法用のキットにも関連する。
【0079】
一実施形態では、そうしたキットは固相担体と該固相担体に結合させた複数の診断試薬とを含む診断用アレイであって、該試薬は各々、Table 1記載マーカーのうちの少なくとも1つの発現レベルの検定に使用されるが、該試薬は各々、胚細胞腫瘍前駆病変のマーカーからの転写産物と特異的にハイブリダイズするPNA、DNAおよびRNA分子からなる群より選択されるか、または胚細胞腫瘍前駆病変のマーカーのタンパク質発現産物と特異的にハイブリダイズする抗体であることを特徴とする診断用アレイでもよい。
別の実施形態では、本発明はさらにマーカー遺伝子データベースおよびマーカー遺伝子情報を、胚細胞腫瘍前駆病変に特有の発現レベルなどを含めて、提供する。本発明のマーカー遺伝子情報はコンピューターシステムのメモリーに保存するのが好ましいが、磁気ディスク、CDROM、テープまたは光ディスクなどのような着脱式データ媒体に保存してもよい。さらなる実施形態では、コンピューターシステムの入出力装置をネットワークに付加してマーカー遺伝子情報が該ネットワークを介して伝送されるようにしてもよい。
【0080】
好ましい情報は、特定タイプの胚細胞腫瘍前駆病変と相関するような発現を示す所定数のマーカー遺伝子の識別情報を含む。加えて、1つまたは複数のマーカー遺伝子の発現レベル閾値をメモリーまたは着脱式データ媒体に保存してもよい。発現レベル閾値は本発明では、特定タイプまたはクラスの胚細胞腫瘍前駆病変の存在を指示するマーカー遺伝子発現レベルである。
【0081】
好ましい実施形態では、コンピューターシステムまたは着脱式データ媒体は開示の数タイプまたはクラスの胚細胞腫瘍前駆病変に対応する複数のマーカー遺伝子に関する識別情報と発現情報を含む。加えて、正常精巣組織に対応するマーカー遺伝子の情報を含めてもよい。前述のようなコンピューターシステムまたは着脱式データ媒体に保存される情報は病状不明の精巣組織の検定で得られた発現データとの比較のための参照基準として有用である。
【0082】
本発明の方法に関連して前述した任意の特徴および/または態様は当然、本発明の使用にも類推適用される。
本願で引用した諸々の特許、非特許文献はここに参照によりその全体が開示される。
言うまでもなく、本発明のある態様の好ましい特徴および性質は本発明の他の態様にも当てはまる場合がある。
【0083】
用語「含む」を意味する語はすべて、表記の要素、整数またはステップ、または要素群、整数群またはステップ群の包含を意味するが、それ以外要素、整数またはステップ、または要素群、整数群またはステップ群の排除を示唆するものではない。
以下、非限定的な図および実施例をもって本発明をさらに説明する。
【0084】
【表1】

【0085】
【表2】

【0086】
【表3】

【0087】
【表4】

【0088】
【表5】

【0089】
【表6】

【0090】
【表7】

【0091】
【表8】

【0092】
【表9】

【0093】
【表10】

【0094】
【表11】

【0095】
【表12】

【0096】
【表13】

【0097】
【表14】

【0098】
【表15】

【0099】
【表16】

【0100】
【表17】

【0101】
【表18】

【0102】
【表19】

【0103】
Table I
この表では各配列の部分構造を説明する。ほとんどの場合、RZPD(German Resource Center for Genome Research)およびIMAGEクローン番号を記す。加えて、部分構造に関する最適の説明、遺伝子名、染色体上の位置も記す。最後の6列には、マイクロアレイ分析の結果を記す。50%CIS、75%CISおよび100%CISは50%、75%、100%の精細管にCISがある試料の分析結果である。セミノーマは古典型セミノーマを含む試料であり、ECは胎児性がんを含む試料である。セミノーマ/ECはセミノーマ対ECの個別試験を反映する。
【0104】
Table II
種々の患者群に由来する精液試料のAP-2γ染色結果の要約と評価。診断結果を事前に知らせていない2評価者(CHHとERM)による系統的な、独立した評価の後で、任意スコア0〜5を使用して染色結果を分類した。精巣腫瘍群の患者の内訳は次のとおりであった: セミノーマ×5、非セミノーマ×4、混合GCT×1、片側性CIS×2(まだ浸潤がんに進行していない)、それにこの検査でCISと診断された低生殖能患者×1。他疾患の患者群の内訳は次のとおりであった: 良性精巣腫瘍(ライディッヒ細胞腺腫)1、悪性リンパ腫1、ホジキン病2、膠芽腫1、ウェゲナー肉芽腫症1、骨腫瘍1、精巣捻転症1、下垂体腫瘍1、クラインフェルター症候群1、YXX男性1。健常対照は他のプロジェクトに参加している健康そうに見える若年男性から募り、また低生殖能の男性59人のうち16人は正常精液、43人は乏精子症であった。データの統計分析にはD.G. Altman, D.Machin, T.N. Bryant and M.J. Gardnerが開発したConfidence Interval Analysis(信頼区間分析)プログラムversion 2.0を使用した。
【0105】
【表20】

【0106】
【表21】

【0107】
【表22】

【0108】
【表23】

【0109】
【表24】

【実施例】
【0110】
材料と方法
組織サンプル
精巣組織試料は精巣摘除と肉眼による病理学的評価の後、すぐ入手した。精巣摘除試料の使用はデンマーク地域医学研究倫理委員会(Regional Committee for Medical Reserch Ethics)の承認を得た。均質顕性腫瘍(セミノーマまたはEC)および腫瘍近傍に温存されていた精巣実質の各試料を切り出した。各精巣試料を数個の組織片に分割した。2〜3個は核酸抽出用に-80℃でスナップフリーズし、数個の隣接断片はStieve液またはパラホルムアルデヒド(PFA)に4℃で終夜浸して固定し、パラフィンに包埋した。次に固定した切片を組織学的評価のためにヘマトキシリン+エオシン(HE)で、またはPLAP抗体で、染色した。ほとんどの精巣実質試料はCIS細胞のある精細管を可変量含んでいた。精細管にCIS細胞が見られず、正常な精子形成能をもつ試料は正常な参照基準として用いた。同一患者に由来する切片間の細胞差に関する不確実性を少なくするために、本願発明者はもっぱらRNA抽出に使用した凍結切片の直接プリントも作製した。PRAP抗体で染色後、本願発明者はCIS細胞のある精細管の近似的な百分率をほぼ、近傍組織切片の組織像で明らかにとおりに、確認することができた。CIS細胞のある精細管が全体の50%、75%および100%程度になる組織試料を選んで、前記の顕性腫瘍試料および正常精巣組織試料(共通の参照基準)と共に、マイクロアレイ分析に使用した。DDスクリーニングやRT-PCRには追加の奇形腫および胎児性がん試料もまた使用した。
【0111】
精巣RNAの標識とマイクロアレイへのハイブリダイゼーション
全RNAをMacherey & Nagelキットで精製し、DNaseで消化し、Agilent Bioanalyzer 2100 (Agilent Technologies Inc., CA, USA)によりRNA品質を評価した。RiboAmp RNA増幅キット(Arcturus GmbH, Germany)を用いて5μgの全RNAを線形増幅し、400〜700倍のmRNAを生み出した。増幅したmRNAの品質を前と同様にして評価し、次いで5μgのmRNAに、Atlas Glass Fluorescent標識キット(BD Biosciences Clontech, CA, USA)を使用してCy3とCy5 (Amersham Biosciences)で間接標識した。
標識RNAプローブを連結し、完全Unigeneデータベースに相当する52,000エレメントのcDNAマイクロアレイに42℃で終夜ハイブリダイズした。このマイクロアレイは2枚のスライドからなり、標識プローブを間に挟んで互いの上にハイブリダイズされる。マイクロアレイの作製と取り扱いにはほかで開示されている(http://embl-h3r.emble.de/)。ハイブリダイズしたスライドは42℃で2×SSC、0.1%SDSにより5分間、0.2×SSC、0.1%SDSにより10分間、それぞれ洗浄し、すすぎ洗いし、イソプロパノールに浸し、乾燥させた。
【0112】
スライドは、GenePix 4000Bスキャナー(Axon Instruments Inc., Union City, CA, USA)を使用して、各チャンネルの全般的な強度が等しくなるように設定して、スキャンした。次いで、生成した画像をChipSkipper (http://chipskipper.embl.de/)で解析し、ヒストグラムセグメンテーション法で定量化した。フラグ付きのスポットと対照を取り出し、framed median ratio centering (frame=200遺伝子)を使用して定量化スポットを正規化した。dye-swap(色素交換)実験の平均値を使用し、また色素交換(dye-swap)しないまたは標準偏差が大きいスポットははじき出した。次いでデータをソフトウェアGenesisに取り込み、群平均法とユークリッド距離法とを使用して階層クラスター分析を行った。
【0113】
差次的発現(DD)競合PCRスクリーニング
QiagenのRNaseキットを使用しメーカー(Qiagen, Hilden, Germany)の説明書に従って、全RNAを調製した。RNA試料はDNAseで二重に(「オンカラム」およびRNA精製後)消化した。1塩基固定化AAGCT11V (V=A、CまたはG)下流プライマーを使用してcDNAを調製した。次いで1塩基または2塩基固定化AAGCT11VN (N=A、C、GまたはT)プライマーを種々の上流プライマーと組み合わせて使用して、DDRT-PCR (Liang and Pardee, 1992)を行った。DDRT-PCRゲルから関心バンドを切り出し、バンドを示した上流および下流プライマーを使用して増幅したが、下流プライマーは5'末端でT7プロモーター配列(taatacgactcactatagggAAGCT11V; 小文字がT7プロモーター配列)により伸長させ、Cy5標識T7プロモーター相補プライマーを使用したALFexpressシーケンサー(Amersham-Pharmacia Biotech, Uppsala, Sweden)での直接配列決定が可能となるようにした。DDRT-PCRはすでに詳しく開示されている(Jorgensen, M, et al. Electrophoresis 1999, 230-40)。
【0114】
RT-PCRによる検証
マイクロアレイ分析で同定された調節発現遺伝子群の発現をRT-PCRにより前述の要領で検証した。要するに、dT24プライマーを使用してcDNAを合成した。各mRNAを標的とする特異的プライマーを、ゲノムDNAの増幅を防ぐためにイントロン-エクソン領域にまたがるよう設計した。下記を含む(終濃度)30μL反応系でPCRを行った: 12mM Tris-HCl(pH 8.3); 50mM KCl; 1.9mM MgCl2; 0.1% Triton X-100; 0.005%ゼラチン; 250μM dNTP; および各プライマー30pmol。どのPCR反応でも陰性対照としてH2Oを使用し、内部対照としてβアクチンを使用したため、約800bpのアクチン断片が残った。サイクル条件: 1サイクル(2分@95℃); バンド強度次第で30〜40サイクル(30秒@95℃、1分@62℃、1分@72℃); 最後に1サイクル(5分@72℃)。PCR産物を0.15%アガロースゲル上で分離し、臭化エチジウム染色で視覚化した。アガロースゲルのデジタル画像をSTORM Phosphorimagerソフトウェア(ImageQuant, Amersham Biosciences)で定量化した。低存在度の転写産物に関する少数のRT-PCRでは、PCR後もバンドが検出できなかったので、ネスト型プライマーを設計した。最初のPCR反応系から1μLを、ネスト型プライマーを含む新反応系に移し、前記の要領で分析した。
【0115】
ビオチン標識プローブの調製とin situハイブリダイゼーション
同定された転写産物が実際にCIS細胞内で発現したことを確認するために、in situハイブリダイゼーションを行った。in situハイブリダイゼーション用のプローブは、個別産物に対して特異的でありかつT7またはT3プロモーター配列を追加的に含むネスト型プライマーを使用してPCR産物を再増幅して調製した。PCR条件は次のとおりであった: 1サイクル(5分@95℃); 5サイクル(30秒@95℃、1分@45℃、1分@72℃); 20サイクル(30秒@95℃、1分@65℃、1分@72℃); 最後に1サイクル(5分@72℃)。得られたPCR産物を2%低融点アガロースゲル上で精製し、追加のT3およびT7タグに対して相補的なCy5標識プライマーを使用して両末端から配列を決定した。約200ngの分量をin vitro転写標識に使用した。これにはMEGAscript-T3(センス)またはMEGAscript-T7(アンチセンス)キットをメーカー(Ambion, Houston, TX, USA)の説明書どおりに使用した。10×ヌクレオチドミックスの組成は7.5mMのATP、GTPおよびCTP、3.75mMのUTP、1.5mMのビオチン標識UTPであった。数量および標識効率を評価するために、一定分量の標識RNA産物をアガロースゲル電気泳動で分析し、ニトロセルロースフィルター上にドットブロットし、後述の要領で発色させた。
【0116】
in situハイブリダイゼーションは、すでに開示されている要領にほぼ沿って(Nielson, JE, et al. Eur J Histochem 2003, 47:215-22)、ただしStieve固定液で固定した切片から水銀を除去するために必要な1ステップを追加して、行った。脱パラフィン後、ヨウ化カリウム(KI/I比2/1)で15分処理して水銀を除去し、次いでDEPC処理水で3回洗浄した。次いでチオ硫酸ナトリウム五水和物(5% w/v)中で5分間インキュベートした後に洗浄(4×DEPC処理水)して、ヨウ素を除去した。その後の手順はほぼ次のとおりであった: 切片を4%PFAで再固定し、プロテイナーゼK (Sigma. St. Luis, MO, USA)(1.0〜1.5 μg/mL)で処理し、PFAで後固定し、ビオチン標識アンチセンスおよびセンス対照プローブと50℃で1時間プレハイブリダイゼーションし、次いで50℃で終夜ハイブリダイゼーションする。過剰プローブは0.1×SSC(60℃)で3回33分ずつ洗浄して除去した。視覚化は、ストレプトアビジン-アルカリホスファターゼ(1:1000)(Roche Diagnostics GmbH, Mannheim, Germany)を加え、次いでBCIP/NBTによる発色で行った(Nielson, JE, et al. Eur J Histochem 2003, 47:215-22)。
【0117】
実施例1
マイクロアレイ法で同定した遺伝子
逓増量のCIS+精細管を含む精巣試料の分析により、本願発明者は、精子形成能を有しCIS細胞を欠く正常な参照基準と比較して発現差を示す遺伝子を同定した。
CIS+組織対CIS-精巣組織での遺伝子発現の正規化散布図から、本願発明者は約200〜300遺伝子がCIS+組織で有意に発現増加することに気付いた。データをフィルターして、CIS+試料で発現増加する低標準偏差の遺伝子だけを、さらに分析した。発現増加遺伝子は異種群をなし、転写因子たとえばTFAP2C(ERF-1)、LBP-9、TEAD4(RTEF-1)、NFE2L3(NRF3)およびPOU5F1、溶質輸送体たとえばSLC25A16やSLC7A3、発がん遺伝子たとえばRAB-15、TCL1B(TML1)、MYBL2(B-MYB)およびPIM2、それにTable X記載の数多くの遺伝子を含んだ。そのうちのいくつかはKIT(c-KIT)、POV1(PB39)、MYCN(N-MYC)、POU5F1(OCT-3/4)などのように過去にCISマーカーとして開示されていたが、大多数は新規の未解析遺伝子であった。
【0118】
最も際立った発現増加を(CIS+精細管100%の試料中で4倍超の発現増加を、また他の試料中で2倍超の発現増加を)示す遺伝子の群平均法による階層クラスター分析を図1に示す。ほとんどの遺伝子では、CIS+精細管%の上昇に伴い発現の漸増が見られた。これは、これらの遺伝子の発現がCIS表現型に、さらには精巣中の実際のCIS+精細管の量に結び付いていることを強く示唆する。この点を検証するために、本願発明者は幅広い、種々の精巣腫瘍および正常精巣組織を網羅する一連の試料で、特定遺伝子の発現をRT-PCRで分析した(図2A)。また同時に、非組織特異的アルカリホスファターゼ(ALPL)の発現も公知CISマーカーPLAPで調べ、それらも同様に発現することを発見した(図2A)。
【0119】
マイクロアレイ分析とRT-PCR分析はどちらも、CIS+試料中で観測される発現増加がCIS表現型に、従ってCIS細胞に、結び付いていることを示唆した。しかし、いくつかの遺伝子(SIAT1、TCL1A、TCL1Bなど)の高発現は、CIS患者で普通に見られるが正常精巣には存在しない浸潤リンパ球の存在に起因するとの可能性も排除できない(Jahnukainen, K, et al. Int J Androl 1995, 18:313-20)。加えて、CIS+組織中で発現増加するいくつかの転写産物はCIS+精巣に存在する場合もある未熟セルトリ細胞に由来する可能性もあるが、そうした異形成的な変化は比較的まれであるため、この可能性はもっと低い。
【0120】
細胞局在を確認するために、本願発明者は同定された遺伝質のうちのいくつかについてCIS+組織切片上でin situハイブリダイゼーションを行った。試験したすべての転写産物(NANOG、ALPL、TFAP2C、SLC7A3)はCIS細胞に局在した。本願発明者はまた、セルトリ細胞核の染色を(類似の、ただしもっと軽度の染色が対照センスプローブでも観測されたたため、非特異的である可能性が強い染色を)観測した場合ある。しかし、いずれの場合にも最強のシグナルはCIS細胞に由来した。
【0121】
実施例2
差次的発現(DD)法で同定した遺伝子
良性精巣組織からCISを経て悪性段階の胚細胞がんに至る種々の発展段階の間の遺伝子発現変化について知見を得るために、本願発明者はDDRT-PCR法(Jorgensen, M, et al. Electrophoresis 1999, 20:230-40)で系統的比較を行った。当初のスクリーニングでは、6つの精巣生検試料を分析した。その内訳は古典型の均質セミノーマ×2、CIS+精細管ほぼ100%の試料×2(うち1つは腹腔内CISに由来)、正常精子形成試料×2であった。精巣異形成症候群(TDS)という考え方によればCISと停留精巣は外性器発育不全の症状であるため、CISを伴う停留精巣は本願発明者には興味深かった。
【0122】
402件のプライマー組み合わせを試みたが、各競合PCR反応がDDRTゲル上でおよそ100のバンドを生じさせ、また各バンドが1つのmRNAに対応するもと仮定すると、この試験では約40,000 mRNAの比較が可能になったことになる。CIS試料のうちの少なくとも1つで発現増加(1〜10倍)を示した56バンドを切り出し配列を決定した。数個のmRNAは複数のプライマー組み合わせで検出された。たとえばCCND2の発現増加は3種類のプライマー組み合わせで検出された。RT-PCR分析では24個の既知遺伝子、ESTに対応する4個の転写産物、および遺伝子として注釈が付いていない1個の配列が確認された。
【0123】
実施例3
遺伝子に対する抗体
精巣CIS中で高発現する同定された遺伝子によりコードされるタンパク質に対する抗体の製造元を求めて、市販抗体の供給元数社を調べた。また、新たに同定されたCISマーカーのタンパク質産物に対する新抗体が生成されることになろう。
【0124】
実施例4
セミノーマまたは非セミノーマへのCISの進行に対応するマーカーの同定
本願発明者は特異性の高いCISマーカーの同定とは別に、セミノーマ、非セミノーマいずれかへのCISの進行に対応するマーカーを同定した。あるCIS細胞がセミノーマを生じさせ、他のCIS細胞が非セミノーマを生じさせる理由は現在、不明である。しかし、CISには一方または他方になりやすい素因があると推測される。CISマーカーに加えてCIS進行に対応するマーカーが同定されれば、本願発明者には次のことが可能になろう: 1)患者体内のCIS細胞を特定する、2)該患者にはセミノーマか非セミノーマのいずれかになりやすい素因があるか、または複合腫瘍になりそうかを予知する、3)該患者のCISはどの程度までセミノーマまたは非セミノーマへと進行しているかを評価する、4)想定されるその後の治療に際して、CIS細胞または由来腫瘍が首尾よく根絶されたかどうかを監視する。
【0125】
実施例5
キットの開発
一群のマーカー遺伝子をスクリーニングするための診断キットを提供することができる。そうした診断キットは試料中の遺伝子発現をRNA、タンパク質いずれのレベルでスクリーニングするかにより、種々の形態をとりうる。最も明白な形態は逆転写酵素ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)法に基づくキットであろう。一群の最も有望なCISマーカー遺伝子を選び出すことにより、ヒト試料から精製したRNAを試験して転写産物レベルでCISマーカーの存在を調べることができる。本願発明者はまた、何百もの遺伝子の発現を同時に検定するための高スループットのマイクロアレイ技術を利用することもできる。これはここでCISマーカーとして同定した遺伝子に焦点を合わせたマイクロアレイという形をとろう。他に、たとえばセミノーマまたは非セミノーマへの進行に対応するマーカーなどを有するマイクロアレイもまた開発しうる。
【0126】
本願発明者はタンパク質レベルで、2つのアプローチを開発することもできる。すなわち、限られた数の最優良マーカーを選び出し、ロバストで十分に確認された特異抗体を使用するELISA系の検定法を編み出すか、またはスライドガラスにスポットした、既知マーカーを含めた、もっと幅広い一群のマーカーに対するきわめて多数の抗体を使用するタンパク質マイクロアレイを開発するかである。
【0127】
実施例6
新しい核マーカー
タンパク質レベルでのCISマーカー研究に由来するきわめて重要な一確認事項は、CIS細胞核に局在するタンパク質を発見することであった。これが重要なのは、精液に入り込むCIS細胞は射精が起こる前にその細胞膜(従って内部のタンパク質たとえば受容体)を損傷しかねない、異なるpH条件や高濃度のプロテアーゼに接触するためである。核マーカーなら細胞表面マーカーよりも元の状態に保たれやすく、従って精液試料中で検出される可能性も高まろう。
【0128】
実施例7
CIS検出用のヒト試料
CIS細胞を検出するための試料として最も好都合で低侵襲性なのは精液(射精液)であろう。本願発明者はその初期研究で、ある種のCIS細胞は精巣CISまたは顕性胚細胞腫瘍の患者の精液試料中に存在することを明らかにした。しかし、初期浸潤/転移の場合には、血液試料中のCIS/初期腫瘍細胞を検出することも可能であろう。今日では生検試料などの形の精巣組織がCISの検出に使用されており、また新規マーカーを使用すれば、たとえばCISアレイ検診などの結果を、最終治療処置(たとえば精巣摘除)を行う前に、確認することができる。さらに将来的には他のヒト試料たとえば尿が、たとえばごく若い少年では、使用されるかもしれないが、尿中では単細胞しか検出されないと見込まれるので、慎重に検査し確認する必要がある。
【0129】
実施例8
CIS細胞は胚性幹細胞様である
本発明者はCIS中で高発現する遺伝子のうち、主に胚性幹細胞(ESC)および/または始原生殖細胞(PGC)で発現することが判明している一連の遺伝子たとえばPOU5F1、DPPA4、DPPA5、NANOGなどに注目した。そこで本発明者は、CIS中で高発現する遺伝子の、ヒト、マウス両ESCで高発現することが最近文献で報告された遺伝子(Ramalho-Santos, M, et al. Science 2002, 298:597-600; Sato, N, et al. Dev Biol 2003, 260: 404-13;Sperger, JM, et al. Proc Natl Acad Sci USA 2003, 100:13350-5)との系統的比較を行った。図4に示すように、ESC中で見られた遺伝子には本願発明者のCIS試料中でも高発現するものも多かった。最も高発現する100のCISマーカー遺伝子(図1)のうち34遺伝子はESC中でも報告されている。この重複は実際はもっと大きい可能性がある。アレイ上にある遺伝子には、未解析であり、従ってESCでの発現プロファイルの生成に使用されたマイクロアレイ上では異なる注釈を付している可能性があるものも多いためである。機能説明(遺伝子名)を欠く遺伝子を除外すると、ほぼ47%の重複となる。さらに、参照基準と比較したESC中の相対的な発現レベルが報告されている研究では(Ramalho-Santos, M, et al. Science 2002, 298:597-600; Sperger, JM, et al. Proc Natl Acad Sci USA 2003, 100:13350-5)、該発現レベルの順位は若干の例外があるもののCISとESCの間で相関するように見受けられた。また、本願発明者が比較の対象とした研究はどれも、別々の参照試料を使用してESC特異的遺伝子を探り出しており、従ってESC中での発現については必ずしも一致していない(図4)。
【0130】
さらに、CIS中で過剰発現する遺伝子の染色体分布は、ある種の「ホットスポット」領域内での選択的ゲノム増幅と関連するかもしれない。そこで本願発明者はCIS中で高発現する遺伝子の染色体分布マップを作成した。これらの遺伝子の染色体局在を調べ、各染色体の長さで正規化すると、染色体7、12、14、15上の、そして特に染色体17上の、発現増加遺伝子の増幅(over-representation)が判明した(図5)。各染色体バンド内の発現増加遺伝子の密度をプロットすると、17qを最も顕著な領域とする、さらに小さな領域へとホットスポットを絞ることができた。最近、培養ヒトESCで染色体17qおよび12の反復的なコピー数増加(recurrent genomic gain)が見つかった(Draper, JS, et al. Nat Biotechnol 2004, 22:53-4; Pera, MF, Nat Biotechnol 2004, 22:42-3)。培養ESCはこれらの領域で凍結、解凍後に追加の染色体部分を増加させるが、それは培養液中でアポトーシスを抑制し、自己再生を増進する可能性がある(Draper, JS, et al. Nat Biotechnol 2004, 22:53-4)。これもよはり、CIS細胞は胚肝細胞との類似性が強いことを、また同定されたCISマーカーは従って、移植胚性幹細胞であってCISへと変貌を遂げ、胚性幹細胞として無制限に増殖するに至るような胚性幹細胞の同定に使用しうることを、示唆する。
【0131】
実施例9
転写因子AP-2γは発生学的制御を受ける精巣CISおよび胚細胞腫瘍マーカーである
目的
転写因子アクチベータープロテイン-2 (TFAP2C、AP-2γ)は過去に胚体外外胚葉と乳がんで報告されているが、精巣では報告されていない。しかし、前記の遺伝子発現研究で本願発明者は精巣胚細胞腫瘍(TGCT)の前駆病変である上皮内がん(CIS、または精細管内胚細胞腫瘍、IGCN)でAP-2γを検出した。本実施例では、AP-2γの発現パターンを調べ、胚細胞分化におけるこの因子と胚細胞腫瘍の発症機序に光を当ててみる。
【0132】
実験方案
正常ヒト組織と一連の腫瘍および腫瘍由来細胞株でRNA、タンパク質の両レベルからAP-2γの発現パターンを分析した。性腺では正常および異形成試料におけるAP-2γ発現の発生過程との関係を明らかにした。また、ステロイドおよびレチノイン酸によるAP-2γの調節についても調べた。
【0133】
結果
若年成人の精巣CISおよびTGCTで豊富なAP-2γを検出し、また体細胞腫瘍でのAP-2γ発現の違いを確認した。胎児性がん細胞系(NT2)ではAP-2γの発現はレチノイン酸によって調節されていた。胎児性腺でのAP-2γタンパク質発現の発生過程との関係の研究からは、AP-2γ発現は卵原細胞/ゴノサイトに限定されており、また胚細胞分化に伴って発現が減少することが判明した。若干例の思春期前の間性では、AP-2γが正常な発現時期の外で検出されたが、おそらくそれは胚細胞をがん化すると思われる。
【0134】
結論
AP-2γは発生学的制御を受け、また胚細胞の非分化表現型に関連する。この転写因子は未熟胚細胞と組織特異的幹細胞の自己再生と生存に関わるかもしれない。AP-2γは新規の精巣CISおよび胚細胞腫瘍マーカーである。
【0135】
本研究の目的は生殖器腫瘍特に精巣腫瘍の発症機序におけるAP-2γの役割を探り、また胚細胞がん化のタイミングを調べることであった。そうした目的のために、本願発明者はおきな一群の正常組織、腫瘍および腫瘍由来細胞系のAP-2γ発現プロファイルを決定し、正常および異形成ヒト性腺におけるAP-2γの発生過程との関係を明らかにし、また特定細胞系におけるAP-2γの発現調節を調べた。
【0136】
材料と方法
組織サンプル
胚細胞腫瘍中に発現する新規遺伝子の研究への、ヒト精巣組織試料の使用はデンマーク地域医学研究倫理委員会(Regional Committee for Medical Reserch Ethics)の承認を得た。
【0137】
成人精巣腫瘍患者由来の組織試料は精巣摘除と肉眼による病理学的評価の後、すぐ入手した。各精巣試料を数個の組織片に分割し、核酸抽出用に-80℃でスナップフリーズするか、またはStieve液、緩衝ホルマリンまたはパラホルムアルデヒド(PFA)に4℃で終夜浸して固定し、次いでパラフィンに包埋するかした。
【0138】
組織切片を組織学的評価のためにヘマトキシリン+エオシン(HE)で、または胎盤性アルカリホスファターゼ(PLAPまたはALPP)抗体で、染色した(Giwercman, A, et al. APMIS 1991, 99: 586-94)。
【0139】
古典型セミノーマ、種々の非セミノーマ性腫瘍成分、精母細胞性セミノーマ、ライディッヒ細胞腫瘍および精巣B細胞リンパ腫などを含む(TableIII に記載)一連の31顕性精巣腫瘍を免疫組織染色法で分析した。さらに、14の精巣CIS試料を分析したが、その内訳はTGCT近傍組織に由来する12試料と顕性腫瘍には未だ進行していないが微小浸潤の兆しが見られる2試料であった。さらに、前立腺がん患者の正常精巣を含む、またはGCTを取り囲む組織に由来する、8試料も含めた。鏡検試料(セミノーマ、非セミノーマ性腫瘍およびCIS試料)近傍組織の代表群をRT-PCRとISHで分析した。RT-PCR用のRNAは均質腫瘍から、また(近傍組織断片の鏡検による判断で)CIS+精細管%が最も高い試料から単離した。
【0140】
正常および異形成性腺におけるAP-2γ発現の発生過程との関係の免疫組織染色研究の対象となる一連の試料には、コペンハーゲン大学病院Rigshospitaletの組織アーカイブに由来するパラフィン包埋試料も含まれた。主に胎盤または母性問題による人工または自然流産と死産による40胎児組織試料(精巣試料19、卵巣試料21)を入手した。発育齢は最終月経日から計算し、胎児の足の大きさで裏付けた。正常出生後精巣試料(N=16)は、生殖器系とは無関係の原因で突然死した幼児の剖検から、または急性白血病の男児に対して疾患の広がりをモニターするために行った精巣生検から、入手した。病理標本は性分化障害の個人に由来する一連の20個の明白な異形成性腺または他の精巣異形成症候群(TDS)成分(Shakkebaek, NE, et al. Hum Reprod 2001, 16:972-8)、および軽度の異形成的な特徴(未分化の精細管および/または精巣微石など)を備えたCIS+またはCIS-の12精巣生検試料(生検は低生殖能または片側胚細胞腫瘍の若年成人男性を対象とし診断目的で行った)を含んだ。
【0141】
加えて、性腺外組織に由来する130組織を調べた。一群の正常組織および腫瘍性病変+/-の乳腺組織の検査には、市販の組織アレイ(MaxArray Human Breast Carcinoma and Human Normal Tissue Microarray slides, Zymed, S. San Francisco, CA, USA)を使用した。
【0142】
細胞系の研究
次の樹立がん細胞系を標準条件(5% CO2、37℃)で培養した: 胎児性がんNT2および2102EP細胞系、および乳腫瘍由来MCF7細胞系。後述の要領で全RNAをRT-PCR用に単離し、またタンパク質の免疫組織染色用には細胞を細胞遠心装置で集めるかまたは顕微鏡スライド上に直接培養した。
【0143】
AP-2γ発現に対するレチノイン酸(RA)の作用を分析するために(Andrews, PW, Dev Biol, 1984, 103:285-93)、NT2細胞をDMEM培地(10% FBS、2mM L-グルタミン、25 IU/mLペニシリン、25 μg/mLストレプトマイシン)で培養し、10μM RA (Sigma-Aldrich, St. Louis, MO)で0〜15日間刺激して分化を誘導した; 2102Ep細胞は100μM β-メルカプトエタノール添加DMEM培地で培養し、10μM RAで0〜10日間刺激した。MCF7細胞でエストロゲンによるAP-2γ調節の可能性を調べたが、該細胞はステロイド枯渇DMEM培地(5%デキストラン-チャーコール処理FBS、1×非必須アミノ酸、1nMインスリン、2mM L-グルタミン、25 IU/mLペニシリン、25 μg/mLストレプトマイシン)で6日間培養し、次いで1nMエストラジオール、ICI-182,780(抗エストロゲン)、またはエタノール(基剤)に24時間または48時間接触させた。
【0144】
RT-PCR
全RNAを、NucleoSpin RNAIIキットを使用して、メーカー(Macherey-Nagel, Dueren, Germany)説明書に従って精製した。RNA試料をDNaseで消化し、dT20プライマーを使用してcDNAを合成した。TFAP2Cに対応する特異的プライマー(TFAP2C-ex6: ATC TTG GAG GAC GAA ATG AGA T、TFAP2C-ex7: CAG ATG GCC TGG CTG CCA A)を、イントロン-エクソン境界にまたがるよう設計した。下記(終濃度)を含む30μL反応系でRT-PCRを2連で行った: 12mM Tris-HCl(pH 8.3); 50mM KCl; 1.9mM MgCl2; 0.1% Triton X-100; 0.005%ゼラチン; 250μM dNTP; および各プライマー30pmol。PCRロードとcDNA合成の対照として、マーカー遺伝子ACTBの発現分析を次のプライマーで行った(ACTB-ex4: ACC CAC ACT GTG CCC ATC TA、ACTB-ex6: ATC AAA GTC CTC GGC CAC ATT)。PCR反応はいずれも次のサイクル条件で行った: 1サイクル(2分@95℃); 40サイクル(30秒@95℃、1分@62℃、1分@72℃); 最後に1サイクル(5分@72℃)。PCR産物を0.15%アガロースゲル上で電気泳動し、臭化エチジウム染色で視覚化した。断片サイズはTFAP2Cが205bp、ACTBが815bpであった。代表的なバンドを切り出し、クローニングし(TOPO(登録商標)クローニングを使用; Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)し、確認のため配列決定をした。
【0145】
in situハイブリダイゼーション(ISH)
ISH用プローブは、追加のT3またはT7プロモーター配列(プロモーター配列は下線強調)をそれぞれ含む特異的プライマー(第1プライマー対: AAG AGT TTG TTA CCT ACC TTA CT、CAT CAA TTT GAC ATT TCA ATG GC; 第2プライマー対: AAT TAA CCC TCA CTA AAG GGT TAA AGA GCC TTC ACT、TAA TAC GAC TCA CTA TAG GGC TAA GTG TGT GG)を使用して調製した。PCR条件は次のとおりであった: 1サイクル(5分@95℃); 5サイクル(30秒@95℃、1分@45℃、1分@72℃); 20サイクル(30秒@95℃、1分@65℃、1分@72℃); 最後に1サイクル(5分@72℃)。得られたPCR産物を2%低融点アガロースゲル上で精製し、追加のT3およびT7タグに対して相補的なCy5標識プライマーを使用して両末端から配列を決定した。約200ngの分量をin vitro転写標識に使用した。これにはMEGAscript-T3(センス)またはMEGAscript-T7(アンチセンス)キットをメーカー(Ambion, Houston, TX, USA)の説明書どおりに使用した。10×ヌクレオチドミックスの組成は7.5mMのATP、GTPおよびCTP、3.75mMのUTP、1.5mMのビオチン標識UTPであった。数量および標識効率を評価するために、一定分量の標識RNA産物をアガロースゲル電気泳動で分析し、ニトロセルロースフィルター上にドットブロットし、発色させた。ISHはすでに開示されている要領で(Hoei-Hansen, CE, et al. Mol Hum Reprod 2004, 10: 423-31)、3〜6種の試料を対象に行った。
【0146】
免疫組織染色法
市販のモノクローナル抗AP-2γ抗体(Santa Cruz Biotechnology Inc., Santa Cruz, CA, USAから試供品の提供を受けた6E4/4:sc-12762)を使用した。該抗体はメーカーがウェスタンブロット法で確認試験をしている。さらに、他のいくつかの抗体も対照として、特にCIS細胞の検出を目的に(モノクローナル抗体である抗PLAP; 抗OCT3/4、C-20、sc8629)(いずれもBioGenex, San Ramon, CA, USA)、また剖検で得られた胎児および小児精巣試料の保全を目的に(R. Cate, Biogenから提供を受けたモノクローナル抗体の抗AMH)、使用した。免疫組織染色法は標準間接ペルオキシダーゼ法で行った。これは他の抗体との関連で以前に開示されている(Giwercman, A, et al. APMIS 1991, 00:586-94; Rajpert-De Myets, E, et al. Hum Reprod 2004)。要するに、ワックス除去/再水和処理した切片を電子レンジで加熱して抗原をアンマスクした。ホルマリンまたはPFAで固定した切片は5%尿素(pH 8.5)中で加熱し、Stieve液で固定した切片はTEG緩衝液pH 9.0 (Tris 6.06g/5L, EGTA 0.95g/5L)中で加熱する。次いで、切片を0.5% H2O2でインキュベートして内因性ペルオキシダーゼを阻害するようにし、次いで希釈非免疫ヤギ血清(Zymed, S. San Francisco, CA, USA)とインキュベートして非特異的結合部位をブロックした。1:25〜1:100希釈した一次抗AP-2γ抗体とのインキュベーションを4℃で終夜行った。Stieve液で固定した切片の場合は一次抗体をBackground Reducing抗体希釈液(DakoCytomation, Glostrup, Denmark)で希釈した。陰性対照の場合は、各ブロックに由来する連番の切片を希釈緩衝液でインキュベートした。次いで、二次ビオチン化ヤギ抗マウス抗体(Zymed, S. San Francisco, CA, USA)を加え、続いて西洋ワサビペルオキシダーゼ-ストレプトアビジン複合体(Zymed, S. San Francisco, CA, USA)を加えた。ステップ間には必ず切片を十分に洗浄した。アミノエチルカルバゾール基質(Zymed, S. San Francisco, CA, USA)を使用して結合抗体を視覚化した。ほとんどの切片はMayerのヘマトキシリンで軽く対比染色して非染色核をマークするようにした。
【0147】
切片を光学顕微鏡(Zeiss)で調べ、2評価者(CHHとERM)による系統的なスコア評価を受けた。染色の評価には切片中の染色細胞%に関する任意の判定量的なスコアを使用し、染色性を+++:強染色性、++:中間染色性、+:弱染色性、+/-:超弱染色性、-:陽性細胞の検出なしに区分した。
【0148】
結果
新しい精巣CISおよび胚細胞腫瘍マーカー、AP-2γ
CIS+精巣組織中でAP-2γが高発現することを発見した後、本願発明者は一群の精巣腫瘍および腫瘍由来細胞系でRT-PCR法によりmRNAレベルでの発現マッピングを進めた。次いで、AP-2γ転写産物の細胞局在をISHで、またタンパク質レベルでは包括的な一群の正常および腫瘍組織の免疫組織染色法による分析で、決定した。
【0149】
RT-PCRはセミノーマ、奇形腫、胎児性がんおよびCIS試料でAP-2γの高発現を示したが、正常精巣組織の場合には近傍TGCTを有する患者からの1つの生検試料で痕跡程度の反応を示したにすぎず、また若干のCISまたは微小浸潤腫瘍細胞を包含する可能性があった(図8)。CIS細胞中での発現は顕性腫瘍近傍のCISを含む組織でも、微小浸潤段階のCISでもほぼ同等であった。若干のCISおよび腫瘍試料では、この発現は本願発明者の差次的発現PCR (DDRT-PCR)による過去の研究のデータベースで確認された(Hoei-Hansen, CE, et al. Mol Hum Reprod 2004, 10:423-31)(結果は示さず)。ISHはCIS細胞、セミノーマ、胎児性がんで、またそれほどではないが若干の奇形腫成分でも、細胞質染色を示した(図9)。正常精巣組織のISHは完全には確定的ではなかった。正常胚細胞中で検出可能なタンパク質をまったく示さなかったIHCとは対照的に、若干の精母細胞と精子細胞では反応が認められた(結果は示さず)。従って、正常胚細胞中にTFAP2C転写産物が存在する一方でタンパク質産物は存在しないという可能性も排除できない。これは精巣中でAP-2γが翻訳調節を受けるためかもしれない。mRNAレベルとタンパク質レベルでの発現に関する同様の矛盾はすでに結腸がん中のAP-2αに関して報告されている(Ropponen, KM, et al. J Clin Pathol 2001, 54:533-8)。免疫組織染色ではCIS中に豊富に存在するAP-2γタンパク質が示された。TGCT近傍のCIS細胞は腫瘍のタイプとは無関係に一様に強染色性を示し、また精巣中のCISでも、孤立した前がん性病変としても、同様に強く染まった。強度異形成性腺のCIS様前がん病変である性腺芽細胞腫もまた強陽性であった(図10)。しかし、顕性TGCTでは発現差が見られた。すなわちセミノーマは強陽性であったが、非セミノーマでは異種パターンが見られた(図9)。胎児性がんは強染色性を示し、奇形腫は若干の上皮および基質成分で染色を示したが、多くの未分化成分は陰性であった。どのTGCT試料でも染色は核に限られていた。精母細胞性セミノーマでは発現が検出されなかった。非胚細胞由来精巣腫瘍では、B細胞リンパ腫でも2つのライディッヒ細胞腫瘍(精巣1、副腎1)でも発現が検出されなかった。1つのライディッヒ-セルトリ細胞腫瘍は以外にも陽性であったが、染色が細胞質に限られているため、非特異的反応と思われる。種々の抗体ではそうした反応がタンパク質および糖タンパク質の詰まったライデッヒ細胞でよく観察される。ライディッヒ細胞の細胞質内の類似の、ただしずっと弱い、非特異的染色は、若干の精巣実質試料でも観測された。一般に、染色性は使用固定液次第でやや変化し、FPAやホルマリンで固定した組織はStieve液やBouin液で固定した組織よりも強い染色性を示した。さらに、Stieve液または高濃度ホルマリンで固定した試料では赤血球の非特異的染色が起こりやすかった。この免疫組織染色の結果をまとめたのがTable III であり、図9、10および11に代表例を示す。
【0150】
ヒト性腺中で発生学的な調節を受けるAP-2γの発現
CIS細胞中での高AP-2γ発現は、他の多数のCIS細胞マーカーの場合と同様に(Rajpert-De Myets, E, et al. APMIS 2003, 111:267-78; discussion 278-9)、そのゴノサイト様表現型と結び付いているかどうかを調べるため、AP-2γ発現の発生過程との関係を、一群の、発生段階における正常ヒト胎児精巣および卵巣試料を用いて免疫組織染色法で明らかにした。
【0151】
AP-2γタンパク質は在胎週数10(それ以前の試料は得られなかった)から約22までの、ほぼすべての精巣内ゴノサイトで検出された(図10)。ただし、本願発明者が分析した組織試料のうちいくつかは発現を示さなかった。発現は22週以降、次第に減少するが、少数の細胞では生後約4か月まで続いた。その後、正常思春期前、思春期後または成人精巣中の精祖細胞ではAP-2γタンパク質は検出されなかった。
【0152】
胎児卵巣では、AP-2γは早い在胎週数の卵原細胞で高発現し、また妊娠初期3か月にも、ある程度発現した。陽性卵原細胞の数は減数分裂前期に入った卵母細胞(これはAP-2γ陰性である)の数が増えるにつれて減少した。成人卵巣では発現が見られなかったが、ごく少数の試料を調べたにすぎない。
【0153】
間性および異形成性腺中のAP-2γ発現パターンの変化
その後、胚細胞腫瘍のリスクが著しく高まる精巣異形成や性分化障害の状態では正常な発展的なAP-2γ発現パターンに変化が生じるものかどうか、という疑問がわいてきた。異形成性腺中のAP-2γ発現は免疫組織染色法で分析したにすぎない。標本がアーカイブからのパラフィン包埋ブロックとしてしか手に入らなかったためである。これらの標本中の発現パターンは総じて正常精巣中のそれと類似したが、発現がそうしたパターンからそれる試料もあった。モザイク型同腕染色体Yを示す在胎週数15の男子胎児に由来する試料は、以前に観測されたOCT3/4欠失と類似するが(Rajpert-De Meyts, E, et al. Hum Reprod 2004)、AP-2γの発現が見られなかった。AMH染色は陽性であったが、これは試料中でタンパク質の完全性が保持されていたことを示唆する。14か月のXX両性具有に由来する卵精巣中の精巣索内のゴノサイト類似細胞では長期のAP-2γ発現が見られたが、卵巣部分に存在する卵母細胞では見られなかった。若干の異形成試料では、腫瘍性の前がんCISまたは性腺芽細胞腫が存在していて、これらは高AP-2γ発現を示した。3例では、形態学的にはゴノサイトとCISの間に分類される胚細胞巣に染色が観測された(図10)。うち2例(それぞれ9か月と6歳の女児AIS患者)ではPLAPもまた陽性であった。第3例は2歳の女児AIS患者から摘除した精巣に由来し、そこではごく小さなAP-2γ陽性細胞巣が検出された。この細胞巣は摘除前後の隣接区域へと形態学的に位置づけることができず、従ってPLAPおよびOCT3/4による染色は陰性であった。
【0154】
細胞分化または増殖と関連し、細胞型に依存するAP-2γ発現
発現の度合いおよびホルモン刺激との結び付きの有無を明確にするために、内分泌学的に活性化された若干の組織と一群の正常体細胞組織を用いて、AP-2γ発現を分析した。正常女子乳房組織では、基底部の上皮導管細胞の一部で発現が見られたが、女子乳房のすべてではないが若干の前がん変化または明白な悪性変化においても発現が検出された(図11、Table III )。皮膚由来試料では、角化細胞の基底層が陽性であり、また以前に報告されたパターンとも合致するが、近傍表皮層でも弱染色性が見られた。正常成人の腎では近位尿細管の一部の細胞でAP-2γの発現が見られた。最後に、肺組織、肺胞を覆う肺細胞にもAP-2γの発現があった。分析したその他の組織はすべて陰性であった(Table III )。AP-2γの発現が若干の組織で、精巣の場合と同様に、発生学的な調節を受けるという可能性を排除することはできない。種々の発生段階の広範にわたるヒト胎児組織にアクセスすることはできないが、これまでのところ、妊娠初期または中期3か月の、次の胎児組織ではAP-2γの発現が認められなかった: 精巣上体、肝臓、心臓、胸腺、甲状腺、腎臓および副腎。
【0155】
最後に、3細胞系を使用してAP-2γの発現調節をin vitroで調べた。RT-PCRによれば、AP-2γはNT2細胞ではRAの調節を二相に受けた。RA誘導分化がない細胞では強発現が観測された。RA処理(細胞分化誘導)の3日後に発現はやや強まったが、細胞分化が完了した15日後には発現が低下した(図8)。NT2細胞ではどの対象試料でも、RA処理の長さに関係なく、免疫細胞化学染色法によるAP-2γタンパク質の異種染色が見られた。そのパターンを定量的に解明することはできなかった。染色性が細胞ごとにまちまちだったためである。一方、RA処理でも分化しない2102Ep細胞では、RA処理の発現への作用はRNAレベルでは見られず、また免疫細胞化学染色はどの細胞でも一様に強染色となった。MCF7細胞では、エストラジオール、抗エストロゲンICIまたはエタノールに接触させた細胞ではRNAレベル、タンパク質レベルのいずれでも、似たような発現となり、処理の如何に関係なくどの対象細胞でも一部の細胞で発現が見られた(図11)。たとえばRT-PCRの結果なら、図8を参照。
【0156】
考察
本研究では、転写因子AP-2γの発現パターンを総合的に調べ、またAP-2γを、TGCTの共通の前駆病変である精巣CISを含めた腫瘍性胚細胞の新規マーカーとして確立した。さらに、AP-2γはヒト性腺中で、精巣と卵巣では著しく異なる発生学的な調節を受けることも判明した。
【0157】
性腺外の正常および腫瘍性組織におけるAP-2γの発現パターンに関する本研究は過去の研究とほぼ呼応し、従って該抗体の特異性を確認するものとなった。この転写因子は、組織特異的な幹細胞の特性を維持する増殖途上の未熟細胞中で選択的に発現したが、それはAP-2γの推定的な発がん機能を示唆する。
【0158】
精巣では、AP-2γタンパク質は初期ゴノサイトで発現したが、思春期前または思春期後精巣のいずれの細胞型でも発現しなかった。発現は在胎週数22あたりから急低下し、またゴノサイトが生後約4か月まで小児精祖細胞へと分化する間に徐々に弱まっていった。それは、この分化が、おそらく「ミニ思春期」のホルモン急上昇に刺激されて、最終段階を迎える時期である(Andersson, AM, et al. J Clin Endocrinol Metab 1998, 83:675-81; Hadziselimovic, F, et al. J. Urol 1986, 136:274-6)。興味深いことに少数の思春期前間性の例では、正常な発現時期外にAP-2γが一部のゴノサイトで観測された。こうした発現の長期化は分化の遅れを反映するものであろうが、おそらく、これらの未熟胚細胞の「プレCIS」細胞への腫瘍性転化の開始を指し示すマーカーでもあろう。この「プレCIS」細胞は思春期の開始に伴い典型的なCISパターンへとさらに転化するであろう。卵巣では、AP-2γは卵原細胞に限定され、また減数分裂に入った後の卵母細胞では検出されなかった。この発現パターンは、AP-2γタンパク質がもっぱら未分化の胚細胞で役目を果たすことを示唆する。細胞系の分析では、AP-2γは未分化細胞に最も豊富に存在することが確認された。転写産物の発現は、RA処理したAP-2γ陽性NT-2細胞での一過性の誘導の後は低下していくからである。分化しない細胞(2102Ep)では、発現は一貫して高水準であった。Oulad-Abdelghaniら(Oulad-Abdelghani, M, et al. Exp Cell Res 1996, 225:338-47)は胎児性がん由来P19細胞でRA処理の12時間後にピークを迎えるAP-2γレベルの一過性の上昇を報告しているが、24時間以降のレベルは分析しなかった。AP-2γの未熟状態の胚細胞との関連は顕性TGCTでも観測されており、そこでは古典型セミノーマと胎児性がんは強陽性であったが高度に分化した奇形腫体細胞成分は陰性であった。精母細胞性セミノーマはCISにではなく成熟精祖細胞に由来するが、やはりAP-2γ陰性であった。総じて、TGCT中のAP-2γ発現パターンはKITおよびOCT-4のそれと類似するが、それらもまたある種の幹細胞様の特徴を維持する細胞で一般に見られる未分化状態や多能性に関連する。CIS中での高AP-2γ発現は、この前がん病変が初期胎児胚細胞に由来するとの仮説を支持する。成人精巣では、AP-2γはCISか顕性TGCTで、または異形成を含むまれな試料でしか、また後者の場合も性腺芽細胞腫およびCIS細胞でしか、見られなかった。従ってAP-2γは、ゴノサイト中にも存在するが正常成人精巣では検出できないPLAP、KITまたはOCT-4などのような胚細胞腫瘍マーカーのリストに加えることができる(Rajpert-De Myets, E, et al. APMIS 2003, 111:267-78; discussion 278-9)。
【0159】
他の研究者も別の細胞システムで指摘している細胞増殖との逆相関に加えて(Jager, R, et al. Mol Cancer Res 2003, 1:921-9)、AP-2γの、特に胚細胞内での、生物学的機能や作用機序についてもほとんどわかっていない。最も興味深いのは、胚細胞内でのAP-2γの遺伝子標的が何であり、またこの転写因子は他のどのようなタンパク質と相互作用するかという問題である。他の細胞型では、AP-2γはやはりCIS細胞で高発現する多数の遺伝子たとえばIGF結合タンパク質5(Jager, R, et al. Mol Cancer Res 2003, 1:921-9)またはKIT(Rajpert-De Meyts, E, et al. Int J Androl 1994, 17:85-92)と相互作用することがすでに示されている。KITは、AP-2γを発現する組織に由来する数種の腫瘍たとえば乳がん、大腸がんまたはメラノーマで発現が減少すると報告されているので、特に興味深そうに見える(Ropponen, KM, et al. J Clin Pathol 2001, 54:533-8)。
【0160】
エストロゲンシグナル伝達もまた、乳管上皮での発現やある種の乳がんとの関連が示唆するように、AP-2γによる調節を受ける可能性のある有力な経路である。古典的なエストロゲン受容体(ERα)は精巣では(胎児期にも成人期にもまったく)発現しないが、ERβは妊娠中期のヒト胎児精巣で発現し、またゴノサイトがエストロゲン作用の潜在的な標的となっている。これは興味深い。というのは、胎児期におけるエストロゲンとの不適切な接触はCISやTGCTの発症に影響を及ぼしかねないと主張されてきたからである(Shakkebaek, NE, et al. Hum Reprod 2001, 16:972-8)。さらに、CISから顕性TGCTへの進行は精巣内ステロイドホルモンレベルが著しく上昇する思春期の内分泌亢進後に起こる。本研究では、エストロゲンに依存する乳がん由来細胞系MGF7でのAP-2γの発現を分析した。エストラジオール、高エストロゲンのいずれで処理した後も、発現に変化は認められなかった。これは、いくつかの乳がん細胞系でエストロゲンによるAP-2γの誘導を示した最近の研究(Orso, F, et al. Biochem J 2004, 377:429-38)と矛盾する。AP-2γが実際にエストロゲンシグナル伝達に関与しているかどうかという問題は未解決のままである。というのは、既存の研究報告は部分的に矛盾しており、精査が必要だからである。やはり留意する必要があるが、AP-2γの機能は細胞型特異的であるかもしれない。これは最近、ERBB2遺伝子の転写活性化に関して示されたことであり(Vernimmen,D, et al. Br J Cancer 2003, 89:899-906)、従って胚細胞では体細胞型とは異なるという可能性も出てくる。
【0161】
要約すれば、AP-2γは胎児ゴノサイトを含む細胞分化調節経路に関与するらしいが、それは以前にはわかっていなかった。種々の悪性腫瘍でAP-2γがしばしば発現していることは、この経路が発がんに関連することを示唆する。最後に、AP-2γの精巣中で発現は発生過程と関連するため、この転写因子は胚細胞腫瘍の早期診断のためのきわめて有力なマーカーとなる。
【0162】
実施例10
精液試料中のAP-2γ陽性細胞の免疫細胞学的検出による前がん性の精巣胚細胞腫瘍の早期診断
前述の、CIS細胞に関するゲノム規模での遺伝子発現プロファイリング研究では、胚性幹細胞や胎児ゴノサイトでも発現するが成人胚細胞では発現しない多数の遺伝子を同定し、以って数多くの新しい有力CISマーカーを提供した。
【0163】
そうした遺伝子の1つは転写因子アクチベータータンパク質-2 (AP-2γ)をコードする(染色体20q13.2にマップされる) TFAP2Cである。このAP-2γは細胞分化調節経路や発がんへの関与が考えられるが、胎児ゴノサイトおよび精巣CISを含む腫瘍性胚細胞に対応する新規マーカーとして確立された。AP-2γタンパク質が正常成人生殖器系では発現せずに、精液中での破壊から守られるという点では細胞質よりも丈夫で好都合なCISおよび腫瘍細胞の核に豊富に存在するという事実は、一連の患者および対照の射精液中のCISおよび/または腫瘍細胞を検出するうえでのAP-2γの価値の分析を本願発明者に促した。この研究は地域の倫理委員会から承認を受け、参加者には書面によるインフームドコンセントが実施された。
【0164】
本実施例では、前がん性の精巣上皮内がん(CIS)を精液試料から発見する新しい非侵襲的な方法を提示する。この検査方法は精液試料の免疫細胞学的染色による転写因子AP-2γの検出を原理とする。AP-2γは以前に腫瘍性胚細胞のマーカーとして同定されていた。
男性病患者104人の検査では、AP-2γ陽性細胞は事前に精巣腫瘍と診断されていた患者と胚性腫瘍の症状はない23歳の乏精子症の対照患者からの精液試料でだけ検出された(図7)。この患者についてはフォローアップで実施した精巣生検により、一方の精巣に広範囲のCISの存在が明らかになり、この検査法の診断的価値を裏付けた。目下、検査法の最適化が進められているが、予備的な評価ではこの方法はリスクのある患者の胚細胞腫瘍の検診に有用かもしれないとされる。
【0165】
免疫活性AP-2γ検査を実施した患者数は、外来患者を初診時に検査しているため、増え続けている。これまでに(前述の104人を含めて)347人の男性病患者を検査し、前述の最初の症例(精巣生検で広範囲のCISが確認された精子欠乏症の23歳の対照患者)を含めて3人の患者の精液試料でAP-2γ陽性CIS様細胞を発見した。他の2患者は目下臨床フォローアップを受けており、精巣生検が検討されている。
【0166】
材料と方法
各患者からの精液試料は必要に応じて希釈し、100μLずつに分注し、400μL PBSを使用して顕微鏡スライド上に遠心装置でセットし、乾燥させ、ホルマリンで10分間固定し、洗浄し、再び乾燥させた。免疫細胞染色は市販のモノクローナル抗AP-2γ抗体(6E4/4:sc-12762; Santa Cruz Biotechnology Inc., Santa Cruz, CA, USA)を使用し、すでに開示されている要領で(Almstrup, K, et al. Cancer Res 2004, 64:4736-43)、ただし若干の修正を施し、標準間接ペルオキシダーゼ法で行った。使用した対照精液試料にはAP-2γ陽性セミノーマ細胞を加えた(図7A)。陰性対照には、別のサイトスピンを希釈緩衝液でインキュベートし、また陽性対照にはAP-2γ陽性セミノーマ細胞を使用した。染色は染色性と非染色要素のCISまたは腫瘍細胞との形態学的な類似性を基にした任意の0〜5スコアを使用して評価した: スコア0 - 無染色; 1 - 陰性、若干の不特定粒子の染色; 2 - 核に似た構造の小断片にわずかな反応; 3 - 核の一部が鮮明に染色、正しい形態で; 4 - 核全体が鮮明に染色、正しい形態で; 5 - スコア4の細胞が複数個。スコア0〜2は陰性に、3〜5は陽性に、それぞれ区分される。
【0167】
結果
最初の一群の精液試料の評価で、対照参加者の1人に由来する試料で6個のAP-2γ陽性細胞を検出した(図7B)。患者は23歳で、男性不妊症の悩みを抱え定期的な精液検査を受けていた。一方の精巣が小さく、精液の質が非常に悪く、おまけにAP-2γ陽性細胞が検出されたことで、両側直視下生検を、本人同意のうえで実施した。右側生検では精巣組織に異常はなかったが、左側生検で多数のCIS+精細管の存在が判明し、PLAPおよびAP-2γ染色でも確認された(図7D、7E)。患者は片側精巣摘除を受けるよう勧められた。施術に先立って精液の凍結保存が行われた。
【0168】
患者104人の精液試料の分析後、AP-2γ免疫検定法の暫定的な評価が行われた: 精巣摘除前のCISまたは精巣腫瘍患者12人(1人は後に胚細胞腫瘍と確認された)、手術後の精巣腫瘍患者7人(片側CISは0人)、他疾患の患者12人(たとえば非精巣がんおよび疾患の治療を受ける前に精液の凍結保存を勧められた)、および健常または低生殖能対照患者73人。
【0169】
結果をまとめたものがTableIIであり、図7は染色例である。精巣腫瘍の事前診断があった12人の患者のうち5人でAP-2γ陽性細胞が検出された(感度42%)。しかし、新規に診断が下されたCIS患者を加えると感度は46%となる(95% CI、23〜71%)。健常対照および他疾患患者から偽陽性者を出さなかったことは注目に値し、この検査法の特異度が高いことを示唆する。
【0170】
精巣腫瘍患者で陰性結果の比率が高いのは検査に使用した精液が少量だったことに起因する可能性がある(全正常容量3〜5mLのうち、試料の濃度や数に応じて50〜300μL)。従って、検査を繰り返すか、検査試料の量を多くすることが強調される。陰性結果はまた、腫瘍に圧迫されて精細管が狭まり、CIS細胞が精液中に放出されにくかったためとも考えられる。しかし、腫瘍近傍組織中に存在するCIS細胞の数は変わりやすいことを考えると、胚細胞腫瘍患者の半数近くがこの予備研究で発見されたのだから、この検査法の感度はまずまずと言える。
【0171】
それでも相対的に低い感度には改善の余地があり、方法のさらなる最適化が目下、進められている。さらに大勢の患者を対象に計画された研究の結果が得られれば、TGCTリスクのある患者にこの検査法が非侵襲的なCIS検診法として使えるかどうか、確かめられよう。そうした検診法はたとえば、精巣萎縮症の、停留精巣の既往歴をもつ、あるいは生殖補助医療を必要とする若年男性の男性病・不妊外来に役立とう。精巣腫瘍の診断が前がん性のCIS段階で行われるならば、患者は最も穏やかな、最適の治療が受けられよう。
【0172】
【化1】

【0173】
【化2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の胚細胞腫瘍の前駆の存在を決定する方であって以下のステップ:
a)上記試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーの転写産物のレベル定するステップ;
b)上記転写産物のレベル正常な精巣組織中の上記マーカーの転写産物の参照レベルと比較するステップ;及び
c)上記転写産物のレベルが上記転写産物の参照レベルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記転写産物のレベル上記転写産物の参照レベルと異なる場合該試料が胚細胞腫瘍の前駆を含むかどうかが指標される、前記方法
【請求項2】
試料中の胚細胞腫瘍の前駆の存在を決定する方法であって以下のステップ:
a)上記試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーによってコードされるタンパク質の強度シグナルを定するステップ;
b)上記強度シグナル正常な精巣組織中の上記マーカーの対応の参照強度シグナルと比較するステップ;及び
c)上記強度シグナルが上記対応の参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記強度シグナルが上記対応の参照強度シグナルと異なる場合該試料が胚細胞腫瘍前駆を含むかどうかが指標される、前記方法
【請求項3】
個体において胚細胞腫瘍の前駆から顕性がん細胞への進行を監視する方法であって、以下のステップ:
a)上記個体から単離された試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーの転写産物のレベル定するステップ;
b)上記転写産物のレベル正常な精巣組織中の上記マーカーの転写産物の参照レベルと比較するステップ;及び
c)上記転写産物のレベルが上記転写産物の参照レベルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記転写産物のレベル上記転写産物の参照レベルと異なる場合、上記胚細胞腫瘍の前駆体から顕性がん細胞への発展段階が指標される、前記方法
【請求項4】
個体における胚細胞腫瘍の前駆から顕性がんへの進行を監視する方法であって、以下のステップ:
a)上記個体から単離された試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーによってコードされるタンパク質の強度シグナルを定するステップ;
b)上記強度シグナル正常な精巣組織中の上記マーカーの対応の参照強度シグナルと比較するステップ;及び
c)上記強度シグナルが上記対応の参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記強度シグナルが上記対応の参照強度シグナルと異なる場合、上記胚細胞腫瘍の前駆体から顕性がん細胞への発展段階が指標される、前記方法
【請求項5】
前記方法はセミノーマを非セミノーマから区別する請求項3又は4に記載の方法。
【請求項6】
前記方法はセミノーマをCISから区別する請求項3又は4に記載の方法。
【請求項7】
前記方法は非セミノーマをCISから区別する請求項3又は4に記載の方法。
【請求項8】
哺乳動物から単離された試料中の胚細胞腫瘍の前駆同定する方法であって、
定量的検出法で、かつ、配列番号20で示されるAP-2γマーカーの転写産物のレベル及び/又は強度シグナルを定することにより上記試料を検定するステップ;
上記転写産物のレベル及び/は強度シグナルを正常精組織中の上記マーカーの参照値と比較するステップ;及び
上記試料由来のマーカーの転写産物のレベル及び/は強度シグナルが上記参照値と有意に異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記転写産物のレベル及び/は強度シグナルが上記参照値と異なる場合上記試料が胚細胞腫瘍の前駆を含むかどうかが指標される、前記方法
【請求項9】
個体における胚細胞腫瘍前駆の存在を決定する方法であって、現産物の存否を検出するステップを含み、ここで該発現産物は該個体から分離された試料中に配列番号20で示されるAP-2γ由来のヌクレオチド配列を含む、前記方法。
【請求項10】
患者の胚細胞腫瘍前駆を抑するための治療法の有効性を評価する方法であって、以下のステップ:
上記患者に上記治療法を少なくとも部分的に施す前に該患者から単離された試料中のマーカーの転写産物のレベルと、該治療法を少なくとも部分的に施した後で該患者から単離された試料中の該マーカーの転写産物のレベルとを比較するステップ、ここで、上記試料比較して、上記試料中のマーカーの転写産物のレベルが有意に変更されていることは、該治療法が患者の胚細胞腫瘍前駆の抑に有効であることを指標する、
を含み、ここで、上記マーカーは配列番号20で示されるAP-2γである前記方法。
【請求項11】
患者の胚細胞腫瘍前駆を抑するための治療法の有効性を評価する方法であって、以下のステップ:
上記患者に上記治療法を少なくとも部分的に施す前に該患者から単離された試料中のマーカーによコードされるタンパク質の強度シグナルと該治療法を少なくとも部分的に施した後で該患者から単離された試料中のマーカーによってコードされるタンパク質の強度シグナルとを比較するステップ、ここで、上記試料比較して、上記試料中のマーカーによコードされるタンパク質の強度シグナルが有意に変更されていることは、該治療法が患者の胚細胞腫瘍前駆の抑に有効であることを指標する
を含み、ここで、上記マーカーは配列番号20で示されるAP-2γである前記方法。
【請求項12】
個体における胚細胞腫瘍び/はがんの前駆へと進行する見込みのい未分化幹細胞の存在を分析する方法であって、以下のステップ:
a)上記個体から単離された試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーの転写産物のレベルを測定するステップ;
b)上記転写産物のレベル正常精組織中の上記マーカーの転写産物の参照レベルと比較するステップ;及び
c)上記転写産物のレベル上記転写産物の参照レベルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記転写産物のレベルが上記転写産物の参照レベルと異なる場合、上記試料が胚細胞腫瘍及び/又はがんの前駆体に進行する見込みの高い未分化幹細胞を含むかどうかが指標される、前記方法
【請求項13】
個体における胚細胞腫瘍び/はがんの前駆へと進行する見込みのい未分化幹細胞の存在を分析する方法であって、以下のステップ:
a)上記個体から単離された試料中の配列番号20で示されるAP-2γマーカーによりコードされるタンパク質の強度シグナルを測定するステップ;
b)上記強度シグナルを正常精組織中の上記マーカーの対応の参照強度シグナルと比較するステップ;及び
c)上記強度シグナル上記対応の参照強度シグナルと異なるかどうかを確認するステップ
を含み、ここで、上記強度シグナルが上記対応の参照強度シグナルと異なる場合、上記試料が胚細胞腫瘍及び/又はがんの前駆体に進行する見込みの高い未分化幹細胞を含むかどうかが指標される、前記方法
【請求項14】
前記強度シグナルは免疫細胞学的検出によって定される請求項13に記載の方法。
【請求項15】
集団内の個体の胚細胞腫瘍前駆体の存在をスクリーニングするために、請求項1又は2に記載の方法使用する方法

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−147456(P2011−147456A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−95389(P2011−95389)
【出願日】平成23年4月21日(2011.4.21)
【分割の表示】特願2007−508731(P2007−508731)の分割
【原出願日】平成17年4月21日(2005.4.21)
【出願人】(506353703)リスホスピタレト,コペンハーゲン ユニバーシティ ホスピタル (4)
【出願人】(506354755)ユニバーシティ オブ コペンハーゲン (5)
【出願人】(506354788)ヨーロピアン モレキュラー バイオロジー ラボラトリーズ ハイデルベルク (2)
【Fターム(参考)】