説明

ヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法、及び、この判別法に用いられるポリメラーゼ連鎖反応用プライマー

【課題】特定の遺伝子マーカーを用いて白化しやすいヒラメを判別し、効率的な養殖を可能とするヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法を提供すること。
【解決手段】5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチドと、5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチドをプライマーとして、ヒラメのゲノムDNAにPCR法を行い、PCR産物にゲル電気泳動法を施して101bpのバンドがあることを確認する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、DNAマーカーを用いたヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法、及び、この判別法に用いるプライマーに関する。
【背景技術】
【0002】
ヒラメの白化異常は、天然個体、飼育個体を問わずしばしば見られる。その中でも、本来黒褐色である有眼側の体色が一部白色になる白化は、商品価値の低下を招くため、養殖産業上解決すべき大きな問題の一つである。
ヒラメの白化異常には、種苗生産時の餌料や栄養、飼育環境等の様々な原因が考えられ、有効な防除策についての研究が進められてきた。
【0003】
例えば、ヒラメ及びカレイの無眼側の白色体表面に黒色部分が発生する黒化を防ぐために、内部底面に粗面または凹凸を設けた水槽で養殖する方法が提案されている(特許文献1参照)。
ところが、近年、ヒラメの白化には複数の遺伝子の関与が示唆されており、また、白化しやすい系統、白化し難い系統の存在も知られている。即ち、ヒラメの養殖を効率的に行うには、遺伝的に白化しやすい系統を予め排除しておくことが重要である。
しかし、白化に関連する遺伝子については、未だ具体的に解明されていなかった。
【0004】
【特許文献1】特開平5−34号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、特定の遺伝マーカーを用いて養殖種苗生産で問題となっている白化しやすいヒラメを判別し、排除することができて効率的な養殖を可能とするヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法、及び、この判別法に用いられるポリメラーゼ連鎖反応(PCR)用プライマーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
長年に亘って行われているヒラメ養殖において、選抜飼育されてきた白化個体出現率の高い系統と、白化個体出現率の低い系統とを交配し、この交配によって作出された集団に戻し交配を行い、戻し交配集団を作出した。
作出した戻し交配集団、その両親及び祖父母に対してDNAマーカーを用いたQTL解析を行った結果、発明者らが既に見出していたヒラメの遺伝子連鎖地図{M.M.Coimbra、東京水産大学博士学位論文(2001);Aquaculture(2003)}と照らし合わせると、このヒラメ遺伝子連鎖地図における遺伝子連鎖群(LG)5のマーカー座Poli215TUFに白化関連遺伝子があることがわかった。
そして、LG5のマーカー座Poli215TUFに関する特定のプライマーを用いて、ヒラメのゲノムDNAにPCR法を行い、得られたPCR産物にゲル電気泳動法を施すことにより、白化しやすい個体を判別することができる。
【0007】
本発明のヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法は、5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’(配列番号1)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド、及び、5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’(配列番号2)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチドをプライマーとして、ヒラメのゲノムDNAにPCR法を行い、得られたPCR産物にゲル電気泳動法を施して101bpのバンドがあることを確認する。
本発明のヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法に用いられるPCR用プライマーは、次の(1)のオリゴヌクレオチドから成る。
(1)5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’(配列番号1)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド、及び、5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’(配列番号2)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、遺伝的に白化異常が発生しやすいヒラメを判別できるので、ヒラメの養殖において白化個体の出現率を押えることが可能であり、経済的な効果が高い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
遺伝子連鎖群LG5上のマーカー座Poli215TUFの遺伝マーカーを用いて、ヒラメにおける白化形質の遺伝的背景を判別し、白化し易いと判別された個体を除いて飼育することにより、白化個体出現率を抑制する。
以下、本発明の実施例について詳細に説明する。
【0010】
(解析家系)
解析家系として、白化個体出現率の高い系統(KP−C)と、白化個体出現率の低い系統(KP−A)を用いて戻し交配家系を作出した。これらの系統は、表現型に基づいた選別によって、神奈川県水産総合技術センターにおいて継代飼育されてきた。
1998年から2003年まで、毎年KP−C及びKP−Aのヒラメをそれぞれ100〜200匹飼育し、KP−C及びKP−Aにおける白化出現率を調べた。その結果を表1に示す。
KP−Cの平均白化個体出現率は77.8%であり、KP−Aの平均白化個体出現率は19.1%であって、白化異常には遺伝性のあることがはっきりした。
【0011】
【表1】

【0012】
KP−Cの雌とKP−Aの雄とを交配し、得られたF1(KP−CA)の雌(白化個体)とKP−Aの雄とを戻し交配して、238匹の戻し交配集団(KP−CAA)を得た。
KP−CAAの受精卵を100L水槽に収容し、70Lの海水で平均水温15.5℃において止水飼育した。受精3日後、500L水槽に移し、15.5℃〜22.5℃の範囲で流水飼育した。孵化後25日目までは、餌料としてワムシを与え、15日目から60日目までは、アルテミアを加え、30日以降は市販の配合飼料を与えた。
【0013】
(白化面積占有率の算出)
孵化後3ヶ月目に、以下のようにしてKP−CAA238個体の白化面積占有率を算出した。
始めに、ヒラメの有眼側体表面を実体顕微鏡に取付けたデジタルカメラで撮影し、その画像をコンピュータに取り込んで、画像解析ソフトを用いて各個体毎に次のような画像解析を行った。
背鰭、尻鰭、尾鰭は、肉眼で白化の有無を判別するのが困難なため、全体像から鰭を含まない部分を切り取り、有眼側体表面積と白化部分の面積を測定し、白化面積占有率(白化部分の面積/有眼側体表面積×100)を算出した。
KP−CAA集団について、算出した白化面積占有率の分布を図1に示す。
z=(白化面積占有率−白化面積占有率の平均値)/標準偏差を求め、z<0の個体を非白化個体とし、z>0の個体を白化個体とすると、KP−CAA集団において、非白化固体は157匹、白化個体は81匹であった。
【0014】
(実施例1)
祖父母であるKP−C及びKP−A、F1のKP−CA、KP−CAAの全てのヒラメに対し、次のようにしてPCRプライマーを用いてPCR法を行い、得られたPCR産物にゲル電気泳動法を施し、その遺伝子型を確認した。
【0015】
まず、全てのヒラメからのDNA抽出は、以下の手順で行った。
尾鰭を1cm角の大きさで採取し、100mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8.0)、100mM EDTA、1.0%SDS、100μg/ml Proteinase Kを含む消化溶液を600μL加え、37℃で一晩静置した。
さらに、フェノール/クロロホルム(1:1)抽出を1回行った後、エタノール沈殿にて染色体DNAを析出させた。回収したDNAは70%エタノールで洗浄、乾燥後、TE溶液(0.01M Tris−HCl pH7.4、2.5mM EDTA pH8.0)50μLに溶解した。
【0016】
次に、
F:5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’(配列番号1)
R:5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’(配列番号2)
の一組のプライマーを合成し、2.5pmol Fプライマーと[γ-33P]ATP、T4 polynucleotide kinaseによって標識した0.17pmol Rプライマー、0.175mM each dNTP、20mM Tris−HCl(pH8.4)、50mM KCl、1.5mM MgCl2、1%BSA、0.25 U Taq DNA polymerase(Takara Bio)、50ngのテンプレートDNAを含む11μlの溶液で、Gene Amp PCR system 9600 thermal cycler(Perkin−Elmer)にて、PCR法を行った。
【0017】
なお、このプライマーを用いたPCR反応組成(1サンプル分)を表2に示し、RプライマーのRI標識用液組成(49サンプル分)を表3に示す。
【0018】
【表2】

【0019】
【表3】

【0020】
PCR条件は、95℃、2分−(95℃、30秒−55℃、1分−72℃、1分)×35サイクル−(95℃、30秒−55℃、1分−72℃、3分)×1サイクルとした。
反応後、等量のLoading dye(95% formamide,10mM EDTA,0.05% bromophenol blue and xylene cyanol)とよく攪拌し、PCR産物を熱変性によって1本鎖にし、6%アクリルアミドゲルにて電気泳動を行った。
その後、1時間乾燥させたゲルを、Imaging Plate(IP)に3〜12時間感光させ、放射線の感光像が記憶されたIPをBio-imaging Analyzer(BAS1000,Fuji Photo Films)で読み取り、コンピュータで映像化した。
その結果を図2及び図3に示す。
【0021】
図2及び図3からわかるように、白化個体であるKP−C及びKP−CAでは101bpにバンドがあり、非白化個体であるKP−Aでは101bpにバンドが観察されなかった。また、KP−CAAは101bpにバンドがあるものと無いものとに分かれ、バンドのあるものは129匹、無いものは109匹であった。
さらに、KP−CAAにおいて、白化の発生と、101bpのバンドの有無との関係を調べ、その結果を表4に示す。
【0022】
【表4】

【0023】
表4から明らかなように、101bpにバンドの無い群では、白化個体が17匹、非白化個体が92匹であるのに対し、101bpにバンドのある群では、白化個体が64匹、非白化個体が65匹であった。
即ち、101bpにバンドが確認された群では、101bpにバンドが確認されなかった群に比べて、明らかに白化個体出現率が高かった。
【0024】
白化とこのバンドとの連鎖関係の確かさはLod Score(Map Manager QT2968k:Manly and Olson,1999)で示される。
101bpにバンドがある非白化個体と、101bpにバンドの無い白化個体の合計は82匹であり、Lod Score=82log(82/238)+(238−82)log(1−82/238)+238log0.5=5.08となる。
即ち、このバンドと白化との間に連鎖関係があることは、1/105.08の危険率で確実であり、本実施例のプライマーを用いたPCR産物に101bpのバンドがあるヒラメは、白化異常が発生しやすいヒラメであるといえる。
【0025】
また、配列番号1と配列番号2で表されるプライマーにより増幅される101bpのバンドを持たない個体の84.4%は、白化占有率が低い(通常)個体であり、白化を引き起こす遺伝子を排除した個体を選ぶことが可能となる。
また、配列番号2と配列番号3で表されるプライマーにより増幅される101bpのバンドを持つ個体の50.4%は、白化占有率が低い(通常)個体であるが、次世代に白化個体を出現させる可能性がある個体と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】KP−CAA集団における白化面積占有率の分布を示す図。
【図2】実施例1のプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動像であり、(a)はKP−CAAの通常個体、(b)はKP−CAAの白化個体、(c)はKP−C、KP−A、KP−CAを示す。
【図3】実施例1のプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動の模式図であり、(a)はKP−CAAの通常個体、(b)はKP−CAAの白化個体、(c)はKP−C、KP−A、KP−CAを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’(配列番号1)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド、及び、5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’(配列番号2)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチドをプライマーとして、ヒラメのゲノムDNAにポリメラーゼ連鎖反応法を行い、得られた産物にゲル電気泳動法を施して101bpのバンドがあることを確認する、ヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法。
【請求項2】
下記(1)のオリゴヌクレオチドから成る、ヒラメにおける白化形質の遺伝的背景の判別法に用いるポリメラーゼ連鎖反応用プライマー。
(1)5’−GAATGAGTGACTGTCAATGTGTTTTTG−3’(配列番号1)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド、及び、5’−AATGACAAAATGAAGTCCTGCATGC−3’(配列番号2)の内、連続する少なくとも15個の塩基から成るオリゴヌクレオチド。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2007−312645(P2007−312645A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144362(P2006−144362)
【出願日】平成18年5月24日(2006.5.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り (1)1.研究集会名 資源育成学専攻 平成18年3月修了博士学位論文発表会 2.主催者名 東京海洋大学 3.開催日 平成18年2月8日(2)1.研究集会名 2006年(平成18年)度 日本水産学会大会 2.主催者名 日本水産学会 3.開催日 平成18年3月29日〜4月2日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、独立行政法人水産総合研究センター「養殖用水産生物におけるゲノム情報を用いた育種基盤技術の開発」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【出願人】(000192903)神奈川県 (65)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】