説明

ビグアナイド系薬剤を含有するゼリー製剤

【課題】
ゲル化、薬剤放出性、離漿、服用時における不快感などが改善され、時系列的なビグアナイド系薬剤の結晶が析出することのない、ビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤の提供。
【解決手段】
ビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤に弱酸を弱酸またはその塩を配合し、製剤のpHを6.2以上に調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩酸メトホルミンや塩酸プホルミンなどのビグアナイド系薬剤を含有するゼリー製剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖尿病は、病因に基づいて1型糖尿病と2型糖尿病とに分類されるが、近年、成人病として2型糖尿病(インスリン非依存型糖尿病)が問題となっている。その治療では血糖値を低減することが有効であり、1型糖尿病の治療は主としてインスリン投与により行なわれる。一方、2型糖尿病では、インスリンが分泌されているにも拘わらずその作用が発揮されない状態(インスリン抵抗性)が発症に大きく関わることや、インスリンは皮下注射により投与せざるを得ず患者に苦痛を与えることから、主として経口血糖降下剤により治療が行なわれる。
【0003】
斯かる経口血糖降下剤としてはスルホニル尿素系やスルホンアミド系薬剤などが挙げられるが、費用や効果の面から、世界的にはビグアナイド系薬剤が主として用いられている。例えば、その代表例であるメトホルミンは、インスリンに次ぐ市場を獲得している。ところが、このビグアナイド系薬剤には、服用し難いという欠点がある。
【0004】
つまり、ビグアナイド系薬剤は高い水溶性を示し、口中でも唾液により速やかに溶解すると考えられるが、この溶解液の味は強い”えぐみ”や苦味を有し、しかも、一般的に服用量が多い。例えば、塩酸メトホルミンの1回投与量は、日本で250mg,米国で850mgとかなり高用量である。そこで、服用時における患者の不快感が低減されており、コンプライアンスを得られ易いビグアナイド系薬剤含有製剤が種々開発されている。
【0005】
例えば、このビグアナイド系薬剤のえぐみや苦味は、その錠剤や顆粒剤などをコーティングしたりマイクロカプセル化し、味菅との接触を完全に遮断することによって解決することができ得る。
【0006】
しかし、これらの固形製剤は、服用量が多いビグアナイド系薬剤に応用する場合、飲み難さという問題を残す。つまり、固形製剤が口腔内から喉頭や咽頭にかけて接触することによる刺激や痛み、或いは粘膜組織と擦れることによる物理的な障害によって、患者に不快感を与えるおそれがある。また、これらの不快感を低減するため毎日の服用時に大量の水を飲むことになれば、この水自体が不快感や誤喋の原因になりかねない。
【0007】
斯かる事情は、特に高齢者などの嚇下が困難な患者にとっては、一層顕著な問題になる。そこで、これら患者に対しては服用が容易な液状製剤やシロップ剤が好ましいが、やはり誤癖の問題は解決されない。しかも、ビグアナイド系薬剤のえぐみや苦みは、可溶化した場合に表れる。即ち、典型的などグアナイド系薬剤である塩酸メトホルミンの場合、メトホルミンそのものは難溶性であり、水に容易に溶けないためにえぐみも苦みも感じないが、塩類にして易経性にすると、えぐみと苦みが顕著に表れる。
【0008】
このようなビグアナイド系薬剤の内服液剤におけるえぐみや苦みを軽減する方法として、特許文献1には、リンゴ酸などの有機酸を添加することが開示されている。
【0009】
しかしながら、えぐみや苦みが軽減されたとしても、液状製剤では誤嚥等の問題は何ら解決されない。また、有機酸を添加しても、ビグアナイド系薬剤が昧膏に直接接触せざるを得ない場合には、その効果は十分でない。この点で、液状製剤に比べてゼリー製剤が有効であると考えられる。
【0010】
ビグアナイド系薬剤のゼリー製剤については、上述の特許文献1にも開示されている(特許文献1の実施例9)。しかし、ゼリー製剤は一般的に酸性領域での安定性が悪く、離漿(ゲル層からの水分の分離)を起こしやすい。また、本発明者らの実験によれば、特許文献1に記載されているゼリー製剤はゲル化が容易でない。これは、基剤であるゼラチンのゲル化が、有機酸であるリンゴ酸により妨げられていることが原因であると考えられる。そこで、有機酸を添加しつつもゲル化を促進するためにゼラチン濃度を高めると、ゲルの安定性は増すが、それでは薬剤の放出性が低下する。
【0011】
斯かる先行技術の問題点を解決するために、酸性でゲル化するアルギン酸やペクチンを有機酸と共にゲル基剤として使用することが考えられる。ところが、これらの基剤を使用したゼリー製剤はゼリーそのものの安定性は向上するものの、消化管での薬剤放出性が低下するという問題が残る。即ち、ただでさえ酸性域で固まったゼリー製剤が、服用後、胃内で胃酸という強酸の作用を受けると更にその強度が増し、その結果、消化管内での放出性が益々悪くなる可能性がある。
【0012】
一方、ゼリー製剤を中性付近で調製すれば上記の問題は解決できると考えられる。しかし、特許文献1によれば、製剤のpHが6を超えると不快感が増大し、薬物の安定性が損なわれるとされている。
【0013】
そこで、本研究者らは無機酸を添加すればビグアナイド系薬剤のえぐみや苦味を抑制できるのみならず、ゼリー製剤の安定性と薬剤放出性も顕著に改善できることを見出した。
【0014】
しかしながら、更に鋭意研究を続けた結果、ビグアナイド系薬剤を含有するゼリー製剤は時系列的にビグアナイド系薬剤の結晶が析出する問題点があることが明らかとなった。ビグアナイド系薬剤の結晶が析出すると性状の変化、放出性の変化など製剤安定性的が悪いのみならず、見た目には微生物が繁殖しているようにも見え、食感もじゃりじゃりとして悪くなるなど問題が多い。
【特許文献1】特表2002[512953号公報(請求項1,段落[0005])
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
上述した状況の中、ビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤は、容易にゲル化するものではなく、ゲル基剤としてのゼラチン濃度を高めたり、或いは酸性域でゲル化する基剤を使えば、安定性は向上できるものの薬剤放出性が悪くなる。また、ゲル化基剤として有機酸を使用すると、弾力性など食感に富んだテクスチャーが得られるが、放出性は低下する結果となる。更に、酸性域でゼリー製剤とすると、離漿が起こり易く安定性に劣るという問題もある。従って、ビグアナイド系薬剤含有製剤では、服用時における不快感の低減という特許文献1で認識されている問題のみならず、安定性を有しながらも服用後においては良
好な薬剤放出性を示すという互いに相反する特性を享有することが望ましい。また、それらの問題については無機酸を配合することにより解決できるが時系列的なビグアナイド系薬剤の結晶が析出することまでは解決できなかった。
【0016】
そこで、本発明が解決すべき課題は、服用時におけるえぐみや苦みが少なく不快感が低減されている上に、何より安定性に優れ、且つ消化管内での薬剤放出性に優れ、その上、時系列的なビグアナイド系薬剤の結晶の析出を抑えた、ビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、ビグアナイド系薬剤を含む様々なゼリー製剤を調製し、鋭意研究を重ねた。その結果、弱酸またはその塩を含有し、製剤のpHを6.2以上に調整することにより、服用時の不快感を低減できるだけでなく、水溶性高分子の緩やかな架橋によるゲル化によって服用時の誤癖もなくなり、しかも、無機酸を添加すればビグアナイド系薬剤のえぐみや苦味を抑制でき、ゼリー製剤の安定性と薬剤放出性も顕著に改善できるのみならず、時系列的なビグアナイド系薬剤の結晶の析出を抑えることを見出して、本発明を完成した。
【0018】
即ち、本発明のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤は、ビグアナイド系薬剤,無機酸またはその塩またはそれらの混合物,および水を含み、製剤のpHが6.2以上であることを特徴とする。製剤のpHとしては製剤に20倍量の精製水を加え、30分間撹拌した後の液のpHを用いることとする。上記製剤のpHが6.2以上が好ましく、6.5以上であると更に好ましい。製剤のpHが6.0より低いとビグアナイド系薬剤の結晶析出が時系列的に引き起こされ、6.5以上であると特にその抑制効果が高いからである。
【0019】
上記ビグアナイド系薬剤に対する上記弱酸またはその塩またはそれらの混合物のモル比が、ビグアナイド系薬剤を1として0.5以上とすることが好ましく、0.6以上であると更に好ましい。弱酸またはその塩またはそれらの混合物の添加量がこれより少ない場合でも、ビグアナイド系薬剤の苦み等を十分に抑制できるが、時系列的なビグアナイド系薬剤の結晶析出を抑えることができないからである。
【0020】
上記弱酸としては、リン酸が好適である。なぜなら、本実施例にて良好な結果が実証されているからである。
【0021】
上記ビグアナイド系薬剤としては、メトホルミンが好適である。なぜなら、本実施例にて良好な結果が実証されているからである。
【発明の効果】
【0022】
本発明のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤は、服用時における不快感が顕著に低減されているのみならず、何より安定性に優れ、且つ薬剤の放出性に優れている。
【0023】
従って、本発明のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤は、患者のコンプライアンスが得られ易い糖尿病治療薬として極めて有用である。
【0024】
その上、製剤的な安定性に優れており、離漿なども少なく、時系列的にビグアナイド系薬剤の結晶の析出もない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下に、本発明の実施形態、及びその効果について説明する。
【0026】
本発明のゼリー製剤に主剤として配合される「ビグアナイド系薬剤」は、糖新生を抑制して解糖作用を刺激するほか、腸管からのグルコース吸収を抑制する作用効果を有し、糖尿病治療剤として使用される一方で、服用時に独特の不快感があることから、その抑制が求められるものである。斯かる「ビグアナイド系薬剤」としては、例えばメトホルミンやブホルミンの薬剤を挙げることができる。
【0027】
「ビグアナイド系薬剤」の1製剤当たりの配合量は、ビグアナイド系薬剤の種類や1回当たりの投与量などによって異なるが、例えば、1製剤当たり200〜2250mgを配合するのが適当であり、適宜調整することができる。
【0028】
本発明で使用される「弱酸」は、ビグアナイド系薬剤のえぐみや苦味をマスキングする作用を発揮できるものであり、薬学上許容されるものをいう。また、「弱酸」をゼリー製剤に加えると、製剤の安定性を維持しつつ適度な崩壊性が得られるため、消化管内での速やかな薬剤放出を期待することができる。この様な「無機酸」としては、例えば無機酸としてリン酸、炭酸などがあげることができ、有機酸としてはクエン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、酢酸などを挙げることができる。また、これらの塩も使用することができ、例えば、リン酸であればリン酸ナトリウム、リン酸2水素ナトリウム、リン酸1水素ナトリウム、リン酸カリウムなどを挙げることができる。また、これらの弱酸およびその塩をを2種以上組み合わせて使用することもできる。好ましい弱酸としてはリン酸およびその塩を挙げられる。
【0029】
「弱酸またはその塩またはそれらの混合物」の配合量は、ビグアナイド系薬剤の結晶析出を抑制可能な範囲で決定することができる。ビグアナイド系薬剤の不快感抑制よりも高濃度の弱酸が必要となるから、析出を抑制可能な範囲であれば、不快感も抑制可能であるからである。例えば、ビグアナイド系薬剤に対するモル比として、ビグアナイド系薬剤を1とした場合、弱酸のモルの総和が0.5以上とすることが好ましく、0.6以上が更に好ましい。
【0030】
弱酸のうち、有機酸はゼリー製剤において、ゲル化を阻害してゼリー製剤の安定性を損ねる可能性があるため、それぞれの特性(例えば、酸化防止剤としてのアスコルビン酸)を発揮し得る以上の量を添加することは好ましくない。
【0031】
本発明に係る製剤をゼリー製剤とするための「水溶性高分子」は、主にゲル化することによりゼリー製剤を形成できるものであって、薬学上許容されるものであれば特に制限なく使用できる。この様な「水溶性高分子」としては、例えばカラギーナン,寒天,寒天とカロブピーンガムとの組合わせ,キサンタンガムとカロブピーンガムとの組合わせ,HMペクチン,LMペクチンなど水溶液を加熱後に冷却することによりゲル化するもの;LMペクチン,アルギン酸ナトリウムなど2価金属イオンの添加によりゲル化するもの;等を挙げることができる。また、これら2種以上の混合物を使用することによって、ゲル化工程における利便性や薬剤放出性を改善することも可能になる。
【0032】
その他、本発明のゼリー製剤には、薬学上許容される添加剤を配合してもよい。その様な添加剤としては、例えばアスパルテームTM,サッカリン,サッカリンナトリウム,ステビア,エリスリトール,ソルビトース,キシリトール,還元麦芽糖水飴などの甘味料(好ましくは、アスパルテームTM,サッカリン,サッカリンナトリウム,および/またはステビア);バニラエッセンス,レモンフレーバーなどの香料;着色料;パラオキシ安息香酸プロピルなどの防腐剤;グリセリンを挙げることができ、その他の添加剤を含め適宜選択して添加すればよい。
【0033】
本発明のゼリー製剤を製造するには、ゼリー製剤の一般的な製造方法を採用することができる。例えば、ビグアナイド系薬剤や水静性高分子などの構成成分を、精製水や蒸留水などの水系溶媒(薬学上許容されるものに限る)を入れた揖拝槽に投入し、所定の温度で実質的な均一溶液或いは実質的な均一分散液とする。当該溶接または分散液を高温槽に移し、例えば85℃で30分以上加熱滅菌する。その後、添加した水静性高分子に応じたゲル化を行ない、充填・包装機により充填・包装する。
【実施例】
【0034】
以下に、実施例及び実験例を挙げて、更に具体的に説明するが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。なお、本実施例および比較例における配合量の値は、全て質量%である。
【0035】
(試験例1)
表1の配合比に従い、メトホルミンを含有するゼリー剤を作成した。すなわち、表1に示す原料を精製水に分散または溶解させた後、加熱溶解した。室温に冷却し局所麻酔薬物含有ゼリー剤を作成した。リン酸およびリン酸水素ナトリウムの配合比を種々変えていろいろなpHといろいろなリン酸イオンのモル濃度(リン酸およびリン酸水素ナトリウムのモル総和)のゼリー製剤を作成し、25℃で1年、40℃で6ヶ月、50℃で3ヶ月、80℃で1週間保存し、結晶の析出の有無を調査した。
【0036】
【表1】

【0037】
その結果を図1に示した。
図1によると、いろいろな保存条件で結晶析出がなかったものはpH6.2以上のエリアに密集しており、結晶析出を抑制するには少なくともこれより高いpHであることが明らかとなった。また、本実施例のメトホルミンのモル濃度は0.254mmol/Lであり、リン酸イオン濃度もその半分よりも少なくとも高いエリアで結晶析出がみられていない。
【0038】
図1に製剤中のリン酸イオン濃度及びpHと結晶析出の相関を示す。
すなわち、y軸はリン酸とリン酸水素ナトリウムのそれぞれのモル濃度を加算したリン酸イオン濃度を示し、x軸はその製剤のpHを示している。○はすべての保存条件にてメトホルミンの結晶析出がなかったもので、●はいずれかの保存条件にてメトホルミンの結晶が析出したものを表している。
【産業上の利用可能性】
【0039】
糖尿病治療薬であるビグアナイド系薬剤は長期にわたり服用することが多くコンプライアンスの高い投与形態が望まれており、本発明のビグアナイド系薬剤含有のゼリー製剤は水なしで飲め、飲み易く、服用時における不快感が顕著に低減されており、患者のコンプライアンスが得られ易い糖尿病治療薬として極めて有用である。
【0040】
その上、製剤的な安定性に優れており、離漿なども少なく、時系列的にビグアナイド系薬剤の結晶の析出もないので、製品としても非常に優れている。

【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】ゼリー製剤の安定性を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ビグアナイド系薬剤,弱酸またはその塩またはそれらの混合物,および水を含み、製剤のpHが6.2以上であることを特徴とするビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤。
【請求項2】
上記ビグアナイド系薬剤に対する上記弱酸のモル比が、ビグアナイド系薬剤を1として0.5以上である請求項1に記載のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤。
【請求項3】
上記弱酸が、リン酸である請求項1〜3のいずれかに記載のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤。
【請求項4】
上記ビグアナイド系薬剤が、メトホルミンである請求項1〜3のいずれかに記載のビグアナイド系薬剤含有ゼリー製剤。

【図1】
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【公開番号】特開2006−290834(P2006−290834A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−116361(P2005−116361)
【出願日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【出願人】(302005628)株式会社 メドレックス (35)
【Fターム(参考)】