説明

ビピリジン系化合物とそれを遷移金属触媒の配位子に用いたカルボニル化合物の合成法

【課題】水を溶媒に用いたアルコールからのカルボニル化合物の製造において、円滑に反応を進行させることができる触媒および配位子を提供する。
【解決手段】下記一般式(1)


で表されるポリエチレングリーコール構造を有するビピリジン系化合物と、第10族遷移金属錯体を含む酸化反応用触媒を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水を溶媒に用いた有機合成反応の配位子として有用な、新規なビピリジン系化合物、およびこれと第10族遷移金属錯体からなる触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カルボニル化合物類は香料、医薬品など種々の工業薬品やその合成中間体などに利用される有用な物質である。従来カルボニル化合物の製造法としては、たとえば、アルコールを二酸化マンガンや六価クロム酸等の酸化剤により酸化する方法が古くから知られている。しかし、これらの酸化反応は量論反応であること、また酸化剤として毒性のある重金属を用いるためその取り扱い性に問題がある。
【0003】
また、銅−亜鉛触媒等を充填した反応器の中を、高温で水蒸気とともに気化させたアルコールを、流通させて酸化脱水素反応する方法が知られている(特許文献1、2)。しかしながら、これらの気相反応は高温の反応条件で行う必要があり、官能基選択性に乏しく、効率的な反応とはいえない。また、液相にてルテニウムを触媒とし、次亜塩素酸を添加してアルコール類を酸化脱水素反応する方法が知られている(特許文献3、4)。しかしながら、こうした液相反応においては有害かつ危険な次亜塩素酸を用いなければならない問題点がある。
【0004】
一方、水を反応媒体とした有機化合物の製造は、揮発性有機溶剤の使用量削減や分子触媒と生成物との分離を容易にする媒体として注目され、リン配位子を中心に種々の水溶性配位子が開発されている。これら水溶性配位子をパラジウムやロジウム等の遷移金属錯体と混合して得た触媒は、プロピレンからのブチルアルデヒドの製造(非特許文献1)やブタジエンからのオクタジエノールの製造(非特許文献2)等で工業化され触媒として用いられている。しかしながら、これら配位子を酸化によるカルボニル化合物の合成に利用しようとしたとき、リン配位子は酸化条件では酸化されてしまい、配位子としての機能を持たなくなってしまう。
【0005】
そこで、幾つかの異なる配位子が考案されている。例えば、Sheldonらはバソフェナントロリンにスルフォン酸塩が付いた水溶性配位子を開発し、アルコールの酸化によるカルボニル化合物の合成を報告している(非特許文献3)。また、Nomiyaらはドーソン型構造の金属オキソ酸に担持した水溶性ルテニウム錯体を用いた酸化を報告している(非特許文献4)。しかしながら、前記非特許文献3、4のいずれの方法でも高級アルコールの酸化においては、カルボニル化合物の収率が低く十分なものとは言えなかった。
【特許文献1】特開昭51−16643号公報
【特許文献2】特開昭51−13748号公報
【特許文献3】特開昭64−5036号公報
【特許文献4】特開昭62−265244号公報
【非特許文献1】Ruhrchemie:CHEMTECH, 33 (1995)
【非特許文献2】クラレ:日化誌、119 (1993)
【非特許文献3】J. Mol. Cat. A, Chem.Vol.251, 246 (2006)
【非特許文献4】Cat. Commun., 413 (2006)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、以上のような事情に鑑みなされたものであって、その目的は、水を溶媒に用いたアルコールからのカルボニル化合物の製造において、円滑に反応を進行させることができる触媒および配位子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、1分子中にポリエチレングリコール構造を有する特定なビピリジン系化合物を配位子とし、これらと第10属遷移金属錯体を併用することでアルコールの酸素酸化によるカルボニル化合物の合成反応が円滑に促進することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、以下のとおりのものである。
(1)下記一般式(1)

(式中、Rは、水素または低級アルキル基を示し、Rは、水素または互いに結合してビニレンを形成している、Aは、酸素、または酸素ではさまれたフェニレン基またはアルキレン基を示し、nは3〜300を示し、j、k、l、mは0から3の整数を示し、l、mのどちらか一つは1以上である。)で表されるポリエチレングリーコール構造を有するビピリジン系化合物。
(2)上記一般式(1)で表されるビピリジン系化合物と第10族遷移金属錯体を含む化合物。
(3)上記一般式(1)で表されるビピリジン系化合物と第10族遷移金属錯体を含む触媒を用い、水溶媒存在下で反応させることを特徴とする有機化合物の製造方法。
(4)前記一般式(1)で表されるビピリジン化合物と第10族遷移金属錯体を含む触媒を用い、
下記一般式(2)

(式中、RおよびRは、アルキル基、アリール基、アラルキル基または水素を示し、二つのアルキル基は結合していてもよい。)
で表されるアルコール化合物を酸素存在下に反応させる、
下記一般式(3)

(式中、RおよびRは、アルキル基、アリール基、アラルキル基または水素を示し、二つのアルキル基は結合していてもよい。)
で表されるカルボニル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の新規なビピリジン系化合物は、前記一般式(1)で示される化学構造式から明らかなように、ビピリジン骨格とポリエチレングリコール部位とを含む化合物であり、その構造上の特徴から明らかなように分子内に水溶性部分と、触媒に配位する窒素原子を有するため、これを第10族遷移金属錯体と混合すると、水溶液中での反応を円滑に進行する触媒を得ることができる。また、本発明に係る上記触媒は、上記特有な成分を含有することから、酸化反応の原料として、水に不溶な高級アルコール例えば2−オクタノール、2−ドデカノール等を用いたとしても対応するカルボニル化合物を高収率・高選択率で得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のビピリジン系化合物は、前記一般式(1)で示される化学構造式から明らかなように、ビピリジン骨格とポリエチレングリコール骨格が一分子内に存在する化合物である。
前記一般式(1)中のRは、水素または低級アルキル基を示す。低級アルキル基としては炭素数1〜4個のアルキル基であり、具体的にはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、t−ブチル基等があげられる。
Rは、水素または、二つのRが互いに結合してビニレン基になっているものがあげられる。
Aは、酸素または酸素ではさまれたフェニレン基またはアルキレン基を示す。アルキレン基としては、炭素数2〜20の2価アルキレン基で、具体的にはエチレン、プロピレン、ブチレン、へキシレン、デシレン、ドデシレン、オクタデシレン等である。
nは、3〜300を示し、望ましくは3〜150である。
【0011】
本発明に係る前記一般式(1)で表されるビピリジン系化合物として、例えば、4,7−ジ{2−(2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ)エトキシ}−1,10−フェナントロリン、8−{2−(2−(2−ヒドロキシエトキシ)エトキシ)エトキシ}−2,9−ジメチル−1,10−フェナントロリン、4,7−ジ{メトキシドデカ(エチレンオキシ)デカノキシ}−1,10−フェナントロリン、3,8−ジ{ブトキシドデカ(エチレンオキシ)ブトキシ}−1,10−フェナントロリン、4,7−ジ{メトキシポリ(エチレンオキシ)デカノキシ}−1,10−フェナントロリン、4,7−ジ{ヒドロキシペンタ(エチレンオキシ)フェニレンオキシ}−1,10−フェナントロリン、4,4’−ジ{2−(2−(2−メトキシエトキシ)エトキシ)エトキシ}−2,2’−ビピリジン、4−{2−(2−(2−ヒドロキシエトキシ)エトキシ)エトキシ}−4’−ブチル−2,2’−ビピリジン、4,4’−ジ{メトキシドデカ(エチレンオキシ)}−2,2’−ビピリジン、5,5’−ジ{ブトキシドデカ(エチレンオキシ)ブトキシ}−2,2’−ビピリジン、4,4’−ジ{メトキシポリ(エチレンオキシ)}−2,2’−ビピリジン、4,4’−ジ{ヒドロキシペンタ(エチレンオキシ)フェニレンオキシ}―6,6’−ジメチル−2,2’−ビピリジン等が挙げられる。
等が挙げられる。
【0012】
本発明で用いる第10族遷移金属錯体には、その金属塩、水和物およびホモまたはヘテロ複核錯体も包含される。第10族遷移金属錯体として好ましくはパラジウム化合物である。
本発明で用いられる遷移金属錯体として具体的には、アリルクロロパラジウムダイマー、酢酸パラジウム、ビス(1,5−シクロオクタジエン)パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)ジパラジウム、ビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム、アリル(シクロペンタジエニル)パラジウム、ビス(アセチルアセトナト)パラジウム、ビス(トリフェニルホスフィン)ジクロロパラジウム、エチレンビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ビス(t−ブチルイソシアニド)ジメチルパラジウム、ビス(1,1,3,3−テトラメチルブチルイソシアニド)ジメチルパラジウム、ジネオペンチル(2,2’−ビピリジル)パラジウム、ジクロロエチレンジアミンパラジウム、塩化パラジウム等のパラジウム錯体である。
【0013】
本発明に係る触媒は、反応系中で上記第10族遷移金属錯体と前記一般式(1)で示されるビピリジン化合物を混合し調整したものを精製してもよいし、精製せずそのまま用いてもよい。
この反応触媒系における遷移金属錯体とビピリジン系化合物の混合比は、第10族遷移金属原子とビピリジン系化合物の窒素原子の当量比にして第10族遷移金属原子1に対し窒素原子1〜20望ましくは2〜10がよい。
【0014】
前記一般式(2)のなかのR、Rは、アルキル基、アリール基またはアラルキル基を示し、RおよびRは、結合して環を形成していてもよい。このアルキル基には、鎖状もしくは環状のいずれもが包含される。アルキル基の炭素数は1〜20、好ましくは1〜10である。また、このアルキル基は、各種の置換基を有していてもよい。このような置換基としては、酸素原子、窒素原子、ケイ素原子、ハロゲン原子等のヘテロ原子を含む各種のもの、例えばメトキシ基、アセチル基、アセトキシ基、エトキシカルボニル基、トリフルオロメチル基、塩素、フッ素等が挙げられる。アルキル基の具体例としては、例えば、メチル基、エチル基、ブチル基、ヘキシル基、シクロヘキシル基、アセチルオクチル基、エトキシカルボニルペンチル基、クロロプロピル基、メトキシエチル基、アセトキシシクロペンチル基等が挙げられる。
【0015】
アリール基には、炭素環からなるアリール基および複素環からなるアリール基の両方が包含される。この場合、炭素環としては、ベンゼン環やビフェニル環の他、ナフタレン環、インデン環、アントラセン環、フェナントレン環等の縮合環が挙げられる。一方複素環としては、フラン、チオフェン、オキサゾール、チアゾール等の五員環;ピリジン、ピリダジン、ピリミジン、ピラジン等の六員環等が挙げられる。また、この芳香族環は、各種の置換基を有していてもよい。
【0016】
アラルキル基には、ベンジル基、フェニルエチル基等があげられる。
およびRが結合して環を形成している例としては、テトラメチレン基・ペンタメチレン基、フェニレンプロピレン基等があげられる。
【0017】
前記反応を実施する場合、通常反応溶媒は水のみを用いても良いが、一般的な有機溶媒を一緒に用いてもよい。有機溶媒を用いる場合には、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類、ペンタン、ヘキサン等の脂肪族飽和炭化水素類等が挙げられる。
【0018】
反応後の生成物の分離は、生成物である有機相を、触媒を含む水相から分離後、蒸留・再結晶等の通常の精製単離法によって容易に実施される。
【実施例】
【0019】
次に本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
(実施例1)
水素化ナトリウム318mg、4,7−ジヒドロキシ−1,10−フェナントロリン0.9g、脱水ジメチルホルムアミド40mlを加え、室温で30分間撹拌した。さらに化合物Br(CH10O(CHCHO)Me(n=11.7)10.9gを加え、60℃で一昼夜撹拌した。溶媒を除去したのちクロロホルムで希釈し、セライトろ過で固体を除去した。再度溶媒を留去して得られた残渣をアルミナクロマトグラフィーで分離精製した。その結果、下記の配位子Aを収量1.0gで得た。得られた配位子AのNMRの測定結果を示す。
1H NMR (CDCl3) : δ 9.30 (d, 2H), 8.26 (s, 2H), 7.20 (d, 2H), 4.36 (t, 4H), 3.65 (br, 109 H), 3.60-3.54 (m, 4H), 3.45 (t, 4H), 3.38 (s, 6 H), 2.02 (q, 4H), 1.59 (q, 8H), 1.45-1.27 (br, 24H). 13C NMR (CDCl3) : δ 150.81, 121.06, 119.07, 103.55, 71.86, 71,45, 70.49, 70.43, 69.98, 58.95, 29.56, 29.43, 29.40, 29.27, 28.82, 26.02, 25.98.
【0020】

【0021】
(実施例2)
4,4´−ジヒドロキシ−2,2´−ビピリジン1.0g(5.3mmol)、炭酸ナトリウム2.5g(23.6mmol)、ヨウ化ナトリウム0.91g(1.1eq、6.1mmol)、脱水ジメチルホルムアミド40mlを加え、70℃で30分撹拌した。さらに化合物Cl(CHCHO)Me(n=11.7)3.51gを加え、24時間加熱攪拌した。ヨウ化ナトリウムおよび炭酸ナトリウムを追加してさらに24時間加熱攪拌をした後、溶媒を留去した。残渣をクロロホルムで希釈しセライトろ過で固体を除去した後、再度溶媒を留去し、得られた残渣をシリカゲルクロマトグラフィーで分離精製した。その結果、配位子Bを収量965mgで得た。得られた配位子BのNMRの測定結果を示す。
1H NMR (CDCl3) : δ 8.47 (br, 2H), 7.92 (br, 2H), 6.91 (br, 2H), 3.75-3.39 (t, 100H), 3.32 (s, 6H). 13C NMR (CDCl3) : δ 72.51, 71.78, 70.74, 70.41, 70.10, 69.13, 63.58, 61.49, 58.87.
【0022】

【0023】
(実施例3)
窒素気流下、酢酸パラジウム51.4mg、配位子A480mg、純水22mlを加え、室温で一昼夜撹拌を行い、触媒溶液A(Pd換算で0.01mol/l)を調整した。
窒素気流下、酢酸ナトリウム33mg、2−オクタノール179mg、内部標準としてt−ブチルトルエン38mg、脱水トルエン0.2ml、触媒溶液A2.0mlを加え、空気3MPa加圧下、100℃に加熱し6時間反応を行った。2−オクタノンが収率91%で得られた。
【0024】
(実施例4)
窒素気流下、酢酸パラジウム51.4mg、配位子B292mg、純水22mlを加え、室温で一昼夜撹拌を行い、触媒溶液B(Pd換算で0.01mol/l)を調整した。
窒素気流下、酢酸ナトリウム33mg、2−オクタノール179mg、内部標準としてt−ブチルトルエン38mg、脱水トルエン0.2ml、触媒溶液B2.0mlを加え、空気3MPa加圧下、100℃に加熱し6時間反応を行った。2−オクタノンが収率8%で得られた。
【0025】
(比較例1)
窒素気流下、酢酸パラジウム51.4mg、バソフェナントロリンジスルホンサンジナトリウム塩118mg、純水22mlを加え、室温で一昼夜撹拌を行い、触媒溶液(Pd換算で0.01mol/l)を調整した。
窒素気流下、酢酸ナトリウム33mg、2−オクタノール179mg、内部標準としてt−ブチルトルエン38mg、脱水トルエン0.2ml、上記触媒溶液2.0mlを加え、空気3MPa加圧下、100℃に加熱し6時間反応を行った。2−オクタノンが収率0.4 %で得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)

(式中、Rは、水素または低級アルキル基を示し、Rは、水素または互いに結合してビニレンを形成している、Aは、酸素、または酸素ではさまれたフェニレン基またはアルキレン基を示し、nは3〜300を示し、j、k、l、mは0から3の整数を示し、l、mのどちらか一つは1以上である。)で表されるポリエチレングリーコール構造を有するビピリジン系化合物。
【請求項2】
上記一般式(1)で表されるビピリジン系化合物と第10族遷移金属錯体を含む化合物。
【請求項3】
上記一般式(1)で表されるビピリジン系化合物と第10族遷移金属錯体を含む触媒を用い、水溶媒存在下で反応させることを特徴とする有機化合物の製造方法。
【請求項4】
前記一般式(1)で表されるビピリジン化合物と第10族遷移金属錯体を含む触媒を用い、
下記一般式(2)

(式中、RおよびRは、アルキル基、アリール基、アラルキル基または水素を示し、二つのアルキル基は結合していてもよい。)
で表されるアルコール化合物を酸素存在下に反応させる、
下記一般式(3)

(式中、RおよびRは、アルキル基、アリール基、アラルキル基または水素を示し、二つのアルキル基は結合していてもよい。)
で表されるカルボニル化合物の製造方法。

【公開番号】特開2008−222560(P2008−222560A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−58925(P2007−58925)
【出願日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】