説明

フェノール化リグニンの製造方法とその製造装置

【課題】未溶解草木質材料の発生を避けながら生産性の向上が可能なフェノール化リグニンの製造方法とその装置を提供する。
【解決手段】草木質材料をフェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液で分解処理する酸反応工程と、該酸反応工程により抽出した固相分を中和処理する中和工程と、該中和工程後の固相分を濾過する濾過工程とを有するフェノール化リグニンの製造方法であって、草木質材料は粉砕状態で処理溶液へ投入され、該草木質材料粉は、加湿溶液によって予備混練され、事前に加湿された状態で処理溶液へ投入されることを特徴とする。加湿溶液は、草木質材料粉が溶解しない濃度の酸と、フェノール誘導体とを含有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、草木質材料からリグニンを単離して活用するためのフェノール化リグニンの製造方法とその製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
草木質材料からリグニンを単離する方法として例えば特許文献1があり、本出願人も特許文献2を先に提案している。特許文献1では、フェノール存在下において草木質材料を濃硫酸処理することで、リグニンの自己縮合(不活性化)を防ぎながらセルロースを硫酸溶液に溶出させている。その後固液分離したうえで水酸化ナトリウムなどで中和した後、濾過してフェノール化リグニンを得ている。特許文献2では、濃硫酸処理する際にアセトンも介在させることでフェノール誘導体としてのクレゾールと硫酸との溶融性を高めてセルロースを酸加水分解した後、炭酸ナトリウムなどの弱塩基物質によって中和した固相分を濾別し、その後アセトンやエーテルで精製処理を行なっている。
【0003】
なお、酸溶液による加水分解によってリグニンを単離するものではない点で本発明と根本的に異なるが、木材中のリグニンを分解する方法及び装置として、特許文献3がある。特許文献3では、材料供給ホッパーと、移送スクリュと、注水手段と、加熱手段と、移送スクリュ前方のダイスとを有する押出装置によって、ホッパーから投入した木材チップを加熱加圧下で煎断した後、ダイスから大気に押し出し膨化させて木材チップ中のリグニンを分解するにあたり、木材チップを煎断する前に水分を添加して加湿している。
【0004】
【特許文献1】特開2004−210899号公報
【特許文献2】特開2006−225325号公報
【特許文献3】特開平4−146281号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1や特許文献2のように、草木質材料からリグニンを単離する場合、酸とフェノール誘導体とを含有する処理溶液を注入した処理槽に草木質材料を少しづつ投入しながら溶解させている。このとき、草木質材料は予め粉砕された粉末状態で処理溶液に投入することが好ましい。処理溶液へ迅速かつ効率的に溶解させるためである。しかし、粉末状の草木質材料は処理槽に投入される際に舞い上がり易く、処理溶液の液面より上方の処理槽内面上部に付着することがある。また、生産性をより向上させるために草木質材料粉を多量に処理溶液へ投入すると、草木質材料粉がダマになり易い。投入量(処理量)が少なければダマになり難いが、処理能力が低く生産性に劣る。処理溶液の酸濃度を上げて溶解性を高めることでダマの発生を抑制することも考えられるが、本来的に処理溶液としては濃酸溶液が使用されるので濃度を高めるには限界があると共に、処理槽の耐酸性もより高める必要があるので有効ではない。処理溶液中に溶解しない草木質材料はリグニン精製にとっては不純物であり、これが混入するとリグニンの品質劣化の要因となる。
【0006】
また、酸反応工程として、濃酸によって一次酸処理する抽出工程と、希酸によって二次酸処理する精製工程とを経る場合もある。この場合、抽出工程で草木質材料が残存していると、その後の精製工程を同じ処理槽にて連続して行なえない。すなわち、未溶解の草木質材料は攪拌中に処理槽内面へ付着するので、不純物としての未溶解材料を除去するために抽出工程後に処理槽内を洗浄する必要がある。しかし、精製工程で未溶解の草木質材料を混入させないためには、抽出工程後の液相分や固相分を別の処理槽へ移したうえで洗浄する必要があり、効率的ではない。
【0007】
特許文献3では、加熱加圧下で煎断する前に注水手段によって木材チップが加湿されるが、これは木材チップ間の熱伝導を良くするためであって、草木質材料粉を処理溶液へ溶解させることは想定していない。また、ここでの加湿溶液は水のみであり、フェノール化リグニンの製造に適用するには課題が残る。すなわち、仮にフェノール化リグニンの製造用に加湿溶液として酸溶液を使用したとしても、当該加湿溶液の酸濃度が適切でなければ混練中に加湿溶液によって草木質材料が溶解してしまう。草木質材料が処理溶液に溶解すると粘度が上昇して水飴状になるので、スクリュや装置内壁に固着してしまう。これを洗浄するには装置を分解しなければならず、大きな手間を要する。
【0008】
そこで、本発明は上記課題を解決するものであって、未溶解草木質材料の発生を避けながら生産性の向上が可能なフェノール化リグニンの製造方法とその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そのための手段として、本発明は、草木質材料をフェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液で分解処理する酸反応工程と、該酸反応工程により抽出した固相分を中和処理する中和工程と、該中和工程後の固相分を濾過する濾過工程とを有するフェノール化リグニンの製造方法であって、草木質材料は粉砕状態で処理溶液へ投入され、該草木質材料粉は、事前に加湿された状態で処理溶液へ投入されることを特徴とする。ここで、草木質材料とは、主に糖質としてのセルロースと樹脂成分としてのリグニンとによって構成されているリグノセルロース物質であって、代表的には木本類や草本類の植物が相当する。また、フェノール化リグニンとは、草木質材料を酸処理してリグニンとセルロースとが分離するとき、フェノール誘導体がリグニン中の分子鎖と化学結合して安定化(グラフト化)した状態のリグニンをいう。
【0010】
草木質材料を処理溶液で処理すると、糖質であるセルロースが加水分解されて溶出し、リグニンが固相分として抽出される。このとき、フェノール誘導体を存在させていることで、リグニンの自己重合が防止される。この酸反応工程における具体的処理方法は特に限定されることはなく、公知の方法で行なえばよい。これにより得られたフェノール化リグニンを主体成分とする固相分の純度を高めるため酸を中和し、これを濾過することで余分な水分と不純物を除去している。濾別されたフェノール化リグニン(固相分)はケーキ状を呈しており、そのまま製品として使用してもよいし、乾燥してフレーク状のフェノール化リグニンを得てもよい。
【0011】
加湿溶液としては単なる水のみでも構わないが、草木質材料粉が溶解しない濃度で酸を含有することが好ましい。そのうえで、草木質材料粉は、加湿溶液と予備混練された状態で投入されることが好ましい。このとき、加湿溶液にもフェノール誘導体を含有させておくことが好ましい。
【0012】
また、草木質材料粉を供給する材料ポッパーと、フェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液によって草木質材料粉を分解処理する処理槽と、材料ホッパーから処理槽へ草木質材料粉を移送投入する移送手段と、を有するフェノール化リグニンの製造装置であって、さらに草木質材料粉へ加湿溶液を添加して加湿するための加湿手段を備え、移送手段は移送スクリュを有し、材料ホッパーから供給された草木質材料粉が、加湿手段から供給された加湿溶液と、移送スクリュによって予備混練されながら処理槽へ移送投入されることを特徴とするフェノール化リグニンの製造装置も提供できる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、草木質材料を粉砕状態で処理溶液へ投入するので、処理溶液へ溶解させ易い。そのうえで、草木質材料粉は事前に加湿された状態で処理溶液へ投入されるので、処理溶液に速やかに混ぜ合わせることができる。これにより、ダマが形成され難く多量処理も可能となり、生産性を向上できる。また、適度に加湿されているので、投入の際に舞い上がることも避けられる。未溶解の不純物を低減できれば、歩留まりが向上すると共に、最終製品となるフェノール化リグニンの品質も向上する。
【0014】
酸反応工程として抽出工程(濃酸による一次処理)と精製工程(希酸による二次処理)とを経る場合も、効率良く処理して生産性を高めることができる。すなわち、抽出工程にて未溶解の草木質材料がなければ、そのまま洗浄水を希釈水として使用し、同じ処理槽において連続して精製工程を行うことができる。これにより、廃液量も大幅に低減できる。
【0015】
加湿溶液として水のみを使用する場合、当該加湿用の水によって処理槽内の酸濃度が希釈されてしまう。したがって、酸反応工程において草木質材料粉を溶解させるために必要な酸濃度を維持するには、加湿用の水による希釈を考慮して草木質材料粉投入前の酸濃度をかなり高くしておく必要がある。しかし、酸濃度をかなり高くすると、これに伴い処理槽の耐酸性も高くする必要がある、及び溶解時の発熱量も多くなり耐熱性も高くする必要がある、などの理由からコスト高となってしまう。一方、加湿溶液として酸溶液を使用すれば、加湿溶液による希釈が緩和されるので、耐酸性や耐熱性の高い高価な処理槽を使う必要性が低くなる。
【0016】
加湿溶液の酸濃度を草木質材料粉が溶解しない濃度としていれば、処理槽へ投入する前に草木質材料が溶解して粘度が上昇することがないのでスムーズに移送でき、モータ等の駆動手段の小型化及びエネルギーコスト削減が図れる。移送手段内で固着することもないので、わざわざ装置を分解してこそぎ落とす必要もない。また、草木質材料粉が溶解しない濃度であれば、移送手段の耐酸性を高める必要もなく、コスト削減となる。単に加湿溶液を添加するのではなく予備混練していれば均一に加湿でき、ダマの発生や舞い上がりをより避けることができる。
【0017】
さらに、加湿溶液もフェノール誘導体を含有していれば、予め草木質材料粉にフェノール誘導体が吸着された状態で加水分解されるので、確実にリグニンの自己重合を避けるために、処理溶液中へ多量のフェノール誘導体を添加しておく必要がない。予備混練されていれば均一にフェノール誘導体を事前吸着できるので、処理溶液中のフェノール誘導体含有量を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下に、本発明の実施の形態について詳しく説明する。本発明は、図1や図2に示すフローのように、基本的には従来と同様の工程を経てフェノール化リグニンを得ることができる。具体的には、先ず酸反応工程において草木質材料を酸で処理して糖質(セルロース)を溶出し、フェノール化リグニンを固相分として抽出する。次いで、中和工程において得られた固相分を中和して酸を除去し、最後に濾過工程において固相分を濾過することでさらに余分な不純物を除去している。そのうえで、酸反応工程の前に、原料となる草木質材料を加湿溶液と予備混練している点が注目される。
【0019】
原料となる草木質材料としては、主にセルロースとリグニンによって構成されている木本類や草本類の植物を使用することができる。例えば、木本類としてスギやヒノキなどの針葉樹や、シイ、柿、サクラなどの広葉樹の他、熱帯樹を使用することができる。また、草本類としてケナフ、ラミー(苧麻)、リネン(亜麻)、アバカ(マニラ麻)、ヘネケン(サイザル麻)、ジュート(黄麻)、ヘンプ(大麻)、ヤシ、パーム、コウゾ、ワラ、バガスなどを使用することができる。草木質材料は、粉末状になるまで破砕しておく。粒径が細かいほど処理溶液で溶解(加水分解)され易くなるからである。
【0020】
図3に示すように、フェノール化リグニンの製造装置は、草木質材料粉を供給する材料ポッパー1と、フェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液によって草木質材料粉を分解処理する処理槽2と、材料ホッパー1から処理槽2へ草木質材料粉を移送投入する移送手段3と、草木質材料粉へ加湿溶液を添加して加湿するための加湿手段とを有する。移送手段3としては、2軸のスクリューフィーダを使用しており、当該スクリューフィーダ3内に2本の移送スクリュ4が並設されている。スクリューフィーダ3の基端には、駆動手段としてのモータ5が配されている。材料ホッパー1の下部(供給口付近)には、回動可能なダンパ6が設けられており、常時は閉弁されているダンパ6が回動することで、材料ホッパー1内から適宜のタイミングで適量の草木質材料粉がスクリューフィーダ3へ供給される。処理槽2内中央には、所定形状の攪拌翼7を有する回転軸8が立設されている。回転軸8は、処理槽2の上方に設けられた駆動手段としてのモータ9によって回転駆動され、攪拌翼7は回転軸8と一体的に回転する。
【0021】
また、製造装置は、洗浄水供給手段10を有する。当該洗浄水供給手段10は、材料ホッパー1の下部(詳しくは、ダンパ6とスクリューフィーダ3との間)及び処理槽2の上部に設けられた洗浄ノズル11に連結されて、スクリューフィーダ3及び処理槽2内を洗浄可能となっている。洗浄水供給手段10としては、貯留タンクを使用したり、水道管へ直接連結してもよい。また、洗浄水供給手段10がダンパ6より下方に連結されていることで、スクリューフィーダ3内を洗浄中にダンパ6を閉じることで、材料ホッパー1内の草木質材料粉が不用意に加湿されることを避けられる。
【0022】
そのうえで、本発明のフェノール化リグニンの製造装置は、材料ホッパー1から供給される草木質材料粉へ加湿溶液を添加する加湿手段を有する。加湿手段は、加湿溶液を貯留する加湿溶液貯留タンク15と、加湿溶液を圧送するポンプ16を備える。加湿溶液貯留タンク15は、洗浄水供給手段10と同様に材料ホッパー1の下部(詳しくは、ダンパ6とスクリューフィーダ3との間)へ連結されている。なお、加湿溶液貯留タンク15と材料ホッパー1との間には加湿溶液バルブ20が、洗浄水供給手段10と材料ホッパー1との間にはスクリュ洗浄バルブ21が、洗浄水供給手段10と洗浄ノズル11との間には処理槽洗浄バルブ22が、処理槽2の下方には処理槽開閉バルブが、それぞれ設けられている。
【0023】
加湿するためには加湿溶液が水のみでも可能であるが、本実施の形態では加湿溶液に酸及びフェノール誘導体を含有させている。但し、当該加湿溶液の酸濃度は草木質材料粉が溶解しない濃度に調整されており、フェノール誘導体の含有量は処理槽2に注入される処理溶液よりも少ない。加湿溶液の酸濃度は、0%を超え草木質材料粉が溶解しない濃度であれば特に限定されないが、当該範囲においてできるだけ高い方が好ましい。草木質材料粉が溶解する酸濃度は50%程度である。加湿溶液の酸濃度は、好ましくは30〜50%、より好ましくは40〜50%である。また、混練する酸の総重量は、草木質材料粉の投入量(処理量)に対して1/2ないし同等(1/1)程度が好ましい。加湿溶液の酸濃度が草木質材料粉が溶解する濃度に近いほど、草木質材料粉を溶解させない範囲で比較的多量に酸を予備混練できるので、最大限予備混練の効果を得られる。一方、加湿溶液の酸濃度が30%未満又は酸の総量が草木質材料粉の投入量に対して1/2未満でも技術的には問題ないが、酸を予備混練する効果が低くなる。
【0024】
ここで使用する酸としては、硫酸、塩酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸、及びヨウ化水素酸などの強酸が挙げられる。フェノール誘導体としては、1価のフェノール誘導体、2価のフェノール誘導体、3価のフェノール誘導体などを用いることができるが、使用する酸溶液に溶解しやすいものが望ましい。例えば、硫酸溶液を用いる場合においては、フェノール、クレゾール、キシレノール、カテコール、レゾルシノール等のフェノール誘導体を用いることができる。さらに、濃硫酸溶液中で高温で加熱すると酸溶液中に溶出した糖分が析出して炭化が進行するため、及びエネルギーコストなどの点から、フェノール、キシレノール、クレゾールなどの比較的低融点のフェノール誘導体を用いることが望ましい。特に、安価に入手できるフェノールが望ましい。
【0025】
次に、製造工程について詳しく説明する。常時は閉塞されているダンパ6が回動して開かれると、材料ホッパー1から破砕された粉末状の草木質材料粉がスクリューフィーダ3へ供給される。これと同時に、加湿溶液バルブ20が開弁されポンプ16を介して加湿溶液貯留タンク15から加湿溶液がスクリューフィーダ3へ供給され、草木質材料粉へ加湿溶液が添加される。なお、このときスクリュ洗浄バルブ21、処理槽洗浄バルブ22、処理槽開閉バルブ23は閉弁されている。草木質材料粉と加湿溶液は、移送スクリュ4の軸回動に伴い予備混練されながらスクリューフィーダ3内を移送していき、適度に加湿及びフェノール誘導体が吸着された状態で処理槽2内へ投入される。このとき、草木質材料粉は適度に加湿されているので、舞い上がることがない。処理槽2内にも、フェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液が注入されており、適度に加湿された草木質材料粉は速やかに処理溶液と混合溶解され、ダマが発生することがない。このとき、モータ9によって回転軸8及び攪拌翼7が回転され、処理溶液は攪拌されている。これにより、効率的に酸反応工程が行われる。
【0026】
[酸反応工程]
酸反応工程は、フェノール誘導体によってリグニンの自己重合を阻止しながら、酸によってセルロースを加水分解する工程であり、その具体的方法は特に限定されることはなく、図1のフローに示すように、基本的には例えば上記特許文献1や特許文献2などに開示された公知の方法に準じて行なえばよい。処理溶液中の酸としては、加湿溶液と同様に、硫酸、塩酸、リン酸、硝酸、臭化水素酸、及びヨウ化水素酸などの強酸水溶液を用いることができる。加湿溶液中の酸と同じものを使用することが好ましい。セルロースを加水分解するには、少なくとも60%以上の酸濃度が必要である。酸濃度が60%より低いと、草木質材料の分子構造を確実に破壊できず、セルロースを加水分解して溶出させることが不十分となるおそれがあるからである。しかし、本実施の形態では予め草木質材料粉を加湿混練して投入しているので、予備混練された加湿溶液によって処理溶液が希釈される。したがって、草木質材料粉投入前(酸反応工程前)の処理溶液の酸濃度は、加湿溶液の酸濃度に対応させて最終的に必要な酸濃度よりも高くしておく。すなわち、加湿溶液と処理溶液とを合わせた最終的な(酸反応工程時の)酸濃度が、少なくとも60%以上となるように調製しておく。加湿溶液と処理溶液とを合わせた最終的な酸濃度の上限は特に限定されないが、80%以下程度が好ましい。最終的な酸濃度が80%より高いと、確実に分子構造を破壊できる利点があるが、加水分解されて処理溶液中に溶出したセルロースが糖分として析出するとともに、その糖分の炭化が進行して、無駄に不純物を増加させてしまうおそれがあるからである。
【0027】
処理溶液中にも、所定料のフェノール誘導体が含有されている。当該処理溶液中のフェノール誘導体も、加湿溶液中のフェノール誘導体と同じものを使用することが好ましい。
酸反応工程においてリグニンの自己重合を阻止するには、草木質材料粉の投入重量に対して5〜25重量%程度のフェノール誘導体を含有していることが好ましい。しかし、本実施の形態では、草木質材料粉をフェノール誘導体を含有する加湿溶液と予備混練して投入しているので、酸反応工程前に既に一定量のフェノール誘導体が吸着されている。したがって、草木質材料粉投入前(酸反応工程前)の処理溶液中のフェノール誘導体含有量は、加湿溶液中のフェノール誘導体含有量に対応させて、最終的に必要な含有量よりも低くてよい。すなわち、加湿溶液と処理溶液とを合わせたフェノール誘導体の含有量が、5〜25重量%程度となるように調製しておけばよい。
【0028】
草木質材料粉が溶解された処理溶液は、常温もしくはフェノール誘導体の融点前後の温度に加熱して攪拌する。これにより、草木質材料粉中に存在するセルロースが加水分解されて処理溶液中に溶出する。その際、草木質材料粉中に存在するリグニンは部分的に解縮合し得るが、処理溶液中のフェノール誘導体が常にリグニンの付近に存在するため、分離したリグニンの側鎖に即座にフェノール誘導体が化学結合(グラフト化)し、リグニンの自己縮合を抑制して安定化を図ることができる。これにより、最終的に得られるフェノール化リグニンの熱流動性を低くすることができるため、例えば接着剤として活用する場合などに有効となる。なお、処理溶液を所定温度に加熱してフェノール誘導体を濃酸溶液中に均一に溶解させていれば、草木質材料粉の内部にまでフェノール誘導体がよく浸透し、草木質材料粉内外部でのリグニンの自己縮合の抑止度のばらつきを小さくすることができる。このように、酸反応工程では、草木質材料粉中のセルロースが加水分解されて処理溶液中に溶出すると共に、その他の金属元素なども処理溶液中に溶出し、フェノール誘導体によりフェノール化したリグニンは固相分として抽出される。
【0029】
酸反応工程が終了すると、処理槽開閉バルブ23を開弁して得られた液相分及び固相分を次工程へ移送する。同時に、スクリュ洗浄バルブ21及び処理槽洗浄バルブ22も開弁して、洗浄水供給手段10から洗浄水を供給して適宜スクリューフィーダ3及び処理槽2内を洗浄する。
【0030】
このとき、図2のフローに示すように、酸反応工程として、上記濃酸での処理を一次酸処理とし、その後希酸で二次酸処理することもできる。二次酸処理は、一次酸処理である程度のセルロースを溶出させた後、残存する未分解のセルロースをより溶出し易い単糖の形態にまで加水分解して確実に分離溶出させるための工程であると共に、金属元素などのその他の不純物もより確実に溶出除去するための工程でもある。したがって、一次酸処理は抽出工程と言うことができ、二次酸処理は精製工程と言うことができる。精製工程では、既に抽出工程によってある程度加水分解されているのでセルロースと分離してクラフト化する必要のあるリグニンが少量であることにより、フェノール誘導体の含有量も先の抽出工程よりも少量でよい。
【0031】
精製工程で使用する処理溶液は、抽出工程とは別個に調製して新たに注入しもよいが、抽出工程後の洗浄水をそのまま希釈水として使用することもできる。後者の方が全体の工程を効率化できる点で好ましい。すなわち、抽出工程後に液相分及び固相分を処理槽2から排出せずに、そのまま同じ処理槽2内で連続して精製工程を行える。したがって、精製工程では抽出工程と異なる酸を使用してもよいが、同じ酸をそのまま使用することが好ましい。このとき、抽出工程後の液相分にはリグニンから分離されたセルロースや金属元素などが混在しているが、後述のようにさらに高温で熱処理することで、これらの不純物の溶融状態が保たれているので、そのまま処理溶液として使用しても問題はない。これにより、フェノール誘導体の濃度も抽出工程で消費された分必然的に下がっているので、基本的にフェノール誘導体の添加量を調整する必要はないが、フェノール誘導体の濃度が極めて低い場合は、必要量追加すればよい。
【0032】
このように精製工程用の処理溶液を調整できたところで所定温度に加熱し、所定時間攪拌することで、残存する未分解のセルロースを後加水分解して単糖の形態で溶出させ、同時に残存する金属元素も溶出除去される。なお、精製工程では酸濃度を低く設定していることにより、その分処理溶液中に溶融している糖分が析出・炭化する温度が高くなり、無駄な不純物を生成させることなく高温処理が可能となる。また、抽出工程での処理溶液を、常温又はフェノール誘導体の融点よりも若干低い温度で調製しても、精製工程での処理温度が十分に高いので、固相分として残っていたフェノール誘導体も全て処理溶液中に溶解することになる。精製工程後は、処理槽2の洗浄のみでよい。
【0033】
[固液分離]
酸反応工程を経た後は、余剰の酸、及び溶出した糖質や金属元素を除去するため固液分離することが好ましい。このタイミングでの固液分離は必ずしも必要ではないが、固液分離によってある程度の酸や溶液を排除していれば、後の中和工程での中和剤の添加量を低減できる点で有用である。その固液分離方法としては、デカンテーションや遠心分離により行うことができる他、フィルタープレスも好適であるし、通常の濾過でもよい。
【0034】
[洗浄]
固液分離により酸等の不純物をある程度排除した後、若しくは固液分離に先立って、必要に応じて固相分を水洗浄することも好ましい。例えば固液分離により液相分と固相分とを分離しても、得られた固相分には未だ多くの処理溶液が含まれている。この処理溶液には溶出した糖質や金属元素のほか、未反応フェノールや酸が溶解している。そこで、水洗浄することで、さらにこれらの不純物を除去してリグニンの純度を高めておくことができる。水洗浄は、得られた固相分をこれよりも十分に多くの量の水に混合分散させた後に、濾過等を行って脱水したり、通水洗浄したりできる。
【0035】
[中和工程]
次いで、酸を確実に除去するために固相分を中和する。代表的には、中和剤を溶解した中和液中に固相分を混合分散して行なう。中和工程前の固相分は、水洗浄していなければpH2以下の強酸性領域にあり、水洗浄していれば、その回数や処理時間等にもよるが、弱酸性領域に近いpHとなっている。そして、中和工程においては、固相分のpHを4〜8、好ましくは5〜6の範囲に調整することが好ましい。pHが4未満では酸が残留しているおそれがある。一方、pHが8を越えると、フェノール化リグニンが溶解して濾過性が悪化したり、収率が低下するおそれがある。リグニンは、pH8を越えた程度で桃色から茶色に変化する性質があるので、少なくとも茶色に変色しないことを目安とすることができる。
【0036】
[濾過工程]
中和工程後は固相分を濾過して、硫酸塩などの不純物と余分な水分を除去する。濾過方法としては、デカンテーション、遠心分離、フィルタープレス、及び通常の濾過でもよい。これにより得られたフェノール化リグニンはケーキ状を呈しており、そのまま各種用途に使用してもよいし、乾燥してフレーク状のフェノール化リグニンとしてもよい。
【0037】
(リグニン特性試験)
酸を加湿用と処理用に二種類の濃度に分けて混合した場合のリグニン特性に対する影響を検討した。
木粉10gと、酸濃度30%(溶液1)、40%(溶液2)、50%(溶液3)、60%(溶液4)の硫酸溶液をそれぞれ透明容器内で室温にて混合し、溶液及び木粉の状態変化を目視にて観察した。その結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1の結果から、加湿溶液の酸濃度は50%以下とすることが好ましいことが分かった。
【0040】
次に、低濃度の加湿溶液を混練後、高濃度の処理用液と混合した場合のリグニン品質への影響について検討した。
加湿溶液として上記溶液2,3を使用した。木粉20gに溶液2,3を混練した後、濃硫酸溶液へ投入して、一次酸処理及び二次酸処理を経たときのTHF(テトラヒドロフラン)溶解特性を調べた。なお、THF溶解率とは、THF溶液に対するフェノール化リグニンの溶解率である。フェノール化リグニンはTHF溶液に溶解するが、共存し得る糖などはTHF溶液に溶解しないので、フェノール化リグニンの純度指標となる。THF溶解率は、次のようにして求めた。試料を遠沈管に0.5g正確に秤量し、そこにTHF溶液を10ml入れ、水温を一定にした超音波洗浄器中でフェノール化リグニンを溶解した。次いで、遠心分離機でTHF可溶部と不溶部とを分離し、分離して得られた可溶部を乾燥し、その乾燥残渣を秤量して求めた。また、比較例として、未加湿の木粉をそのまま濃硫酸溶液へ混合した。なお、溶液2,3及び比較例では、最終的に酸濃度約70%、フェノール含有量約12%となるように調整した。
【0041】
【表2】

【0042】
表2の結果から、加湿溶液の酸濃度が低い方が、THF溶解率が高くなる傾向にあることが分かった。また、濃度50%以下で且つ木粉と同重量の酸溶液を加湿溶液とし、これを酸濃度70%を超える処理溶液へ混合しても、THF溶解率は比較例と同等若しくはこれ以上であり、問題なく処理できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】フェノール化リグニンの製造フローである。
【図2】フェノール化リグニンの別製造フローである。
【図3】フェノール化リグニン製造装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0044】
1 材料ホッパー
2 処理槽
3 スクリューフィーダ
4 移送スクリュ
6 ダンパ
7 攪拌翼
10 洗浄水供給手段
15 加湿溶液貯留タンク
16 ポンプ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
草木質材料をフェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液で分解処理する酸反応工程と、該酸反応工程により抽出した固相分を中和処理する中和工程と、該中和工程後の固相分を濾過する濾過工程とを有するフェノール化リグニンの製造方法であって、
前記草木質材料は、粉砕状態で前記処理溶液へ投入され、
該粉砕状態の草木質材料粉は、事前に加湿された状態で前記処理溶液へ投入されることを特徴とするフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項2】
前記草木質材料粉を加湿するための加湿溶液は、前記草木質材料粉が溶解しない濃度で酸を含有し、
前記草木質材料粉は、前記加湿溶液と予備混練された状態で投入される、請求項1に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項3】
前記加湿溶液もフェノール誘導体を含有している、請求項2に記載のフェノール化リグニンの製造方法。
【請求項4】
草木質材料粉を供給する材料ポッパーと、フェノール誘導体及び酸を含有する処理溶液によって前記草木質材料粉を分解処理する処理槽と、前記材料ホッパーから前記処理槽へ草木質材料粉を移送投入する移送手段と、を有するフェノール化リグニンの製造装置であって、
さらに、前記草木質材料粉へ加湿溶液を添加して加湿するための加湿手段を備え、
前記移送手段は移送スクリュを有し、
前記材料ホッパーから供給された草木質材料粉が、前記加湿手段から供給された加湿溶液と、前記移送スクリュによって予備混練されながら前記処理槽へ移送投入されることを特徴とする、フェノール化リグニンの製造装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−90051(P2010−90051A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−260293(P2008−260293)
【出願日】平成20年10月7日(2008.10.7)
【出願人】(000110321)トヨタ車体株式会社 (1,272)
【Fターム(参考)】