説明

フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法

【課題】靭性に優れかつ良好な耐食性を有し、生産性および経済性に優れるフェライト系ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.03%以下、N:0.03%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.05%以下(但し〔%X〕は鋼中のX含有量)、Si:0.70%以下、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.02%以下、Cr:16〜25%、Ni:1.0%以下、Nb:0.15〜0.50%、Ti:〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%(但し〔%Nb〕は鋼中のNb含有量)、Al:0.01〜0.15%、およびZr:0.02〜0.40%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板中の窒化物が実質的にZrNであるフェライト系ステンレス鋼板とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼板およびその製造方法に関し、特に、NbおよびTiを含有しているフェライト系ステンレス鋼板に、Zrを含有させることにより鋼板中の窒化物を制御して、鋼板の靭性の向上を図ろうとするものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼の中では、その優れた耐食性と靭性により、オーステナイト系ステンレス鋼のSUS304(18%Cr-8%Ni)(JIS G 4305)が広く使用されている。しかし、この鋼種は、Niを多量に含むために高価である。また、Niを多量に添加しないフェライト系ステンレス鋼としては、SUS304相当の優れた耐食性をもつ鋼種として、Moを含有するSUS436L(18%Cr-1%Mo)(JIS G 4305)がある。しかし、これもまたMoが高価な元素であるため、わずか1%の添加でも大幅なコストアップとなる。さらに、このSUS436Lは、構造材として十分な靭性を有しているとはいえない。
【0003】
また、Moを添加しないフェライト系ステンレス鋼としては、SUS430J1L(19%Cr-0.5%Cu-0.4%Nb)(JIS G 4305)があるが、構造材として十分な靭性を有しているとはいい難い。
【0004】
さらに、近年では、ステンレス鋼の汎用鋼種であるSUS304相当の耐食性を有しつつ、熱延板または熱延焼鈍板で、優れた靭性を有するフェライト系ステンレス鋼が求められている。
【0005】
これに対して、特許文献1では、成分組成として質量%で、Cr:9〜30%、Cu:0.1〜0.6%、Ti:5×C〜15×C%、およびSb:0.02〜0.2%を含有することを特徴としたフェライト系ステンレス鋼が、また特許文献2では、Crが11〜23質量%、かつ、Ti、Nb、Zr、Taのうち少なくとも1種を0.01〜1質量%含み、さらに、式:Ti/48+Nb/93+Zr/91+Ta/181≧C/12+N/14を満足することを特徴としたフェライト系ステンレス鋼が、さらに、特許文献3では、成分組成として質量%で、Cr:5〜60%、Ti:4×(C+N)〜0.5%、およびNb:0.003〜0.020%を含有し、かつ、Ni、Co、Cu、およびWのうちから選んだいずれか1種または2種以上を式:0.3≦Ni+Co+2Cu+W≦6.0を満足するように含有することを特徴としたフェライト系ステンレス鋼が示されている。
【0006】
上掲したいずれの特許文献も比較的Crの添加量が多い。Crの添加量を増加すれば耐食性は向上するが、熱延板の靭性が低下する。また、高Crフェライト系ステンレス鋼の熱延板は、冷間圧延の前に連続焼鈍、酸洗ラインを用い、焼鈍と酸洗を行う必要があるが、熱延板の靭性が低いと、連続焼鈍、酸洗ラインに通板できない場合がある。さらに、効率的な生産という点からは、普通鋼と兼用の冷延板の高速連続焼鈍ラインでの効率的な冷延板の焼鈍が行えることも重要である。
【0007】
フェライト系ステンレス鋼では、上記したように比較的多量のCrを含有するため、いわゆる再結晶温度が高くなり、熱間圧延中に十分に再結晶させ、組織を微細化することが困難であるため、熱延板の靭性が低下することがある。
こうした問題を解決する手段の一つに、鋼中のC、N、S、P、Oといった不純物を極力低減し、高純度化することで、再結晶を促進させる方法が知られている。しかし、凝固組織中の結晶粒の粗大化の影響が著しく、リジング特性が低下するといった問題が生じる。
【0008】
熱延板の組織を微細化することで、熱延板の有する靭性を改善しつつ冷延焼鈍板のリジング特性を改善するためには、凝固組織の微細化、および熱延板中の再結晶促進による組織の微細化という方法が挙げられる。これらのうち、熱延板中の再結晶を促進させるためには、熱間圧延時に強圧下を加えることが有効である。しかし、Crを多く含むフェライト系ステンレス鋼では、その耐酸化性により表面の生成スケールが薄く、圧延ロールとの焼きつきによる表面疵が発生するため、いわゆる肌荒れが生じやすくなるという問題がある。さらに、熱延板に肌荒れが生じると、それに伴い、酸洗での溶解量を増やす必要が生じ、その結果、通板の速度を落としたり、熱延板の表面をグラインダー等で削る作業が必要となり、生産性、経済性とも著しく低下する。
【0009】
一方、凝固組織を微細化させる技術としては、種々の介在物を凝固の際の核として利用する方法や、電磁撹拌による方法などが知られているが、多量の金属元素および非金属元素の添加が必要であったり、凝固時の冷却勾配を小さくする必要性から処理時間がかかるといった問題がある。
【0010】
上述した一連の問題に対し、特許文献4には、溶接部の耐食性および靭性の改善に有効なNbを添加せず、Ti、V、Bの添加量を最適化することにより、熱延板の靭性を改善する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特公昭50-6167号公報
【特許文献2】特公昭64−4576号公報
【特許文献3】特許第3420371号公報
【特許文献4】特開平9-176801号公報
【特許文献5】特開2007-77496号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1〜3に示された発明では、優れた耐食性と、熱延板の連続焼鈍および冷延板の高速連続焼鈍による高効率な生産性とを両立させることは難しく、また、熱延板の靭性を改善する方法については、なんらの方策も講じられていない。
【0013】
また、特許文献4に示された発明では、後述する実施例の記載にもあるように、熱延板の靭性を改善する目的で、熱間圧延の直後に水靭を行う必要があるため、専用の設備が必要となり、さらにMoの添加も必須であり、この点で経済的にも不利であった。
【0014】
本発明は、上記した問題点に鑑み、安価かつ高効率な生産が可能で、靭性に優れたフェライト系ステンレス鋼をその有利な製造方法と共に提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
これまでも、発明者らは、前述した課題を解決するために、高価なNiやMoを含まず、かつ耐食性に優れたステンレス鋼を得る方法につき研究し、特許文献5に示したように、その耐食性と製造性の観点から、Crの添加量を20.5〜22.5%の範囲に限定し、不純物元素としての炭素や窒素を低減化し、さらに、適量のTiを添加することによって、SUS304あるいはSUS436L相当の優れた耐食性を持つステンレス鋼板が得られることを見出している。
【0016】
発明者らは、この発明の更なる改良、特に熱延板の靭性の改良について鋭意研究した結果、Ti添加鋼では、溶鋼段階から析出する粗大なTiN析出物の存在により、鋼板の靭性の向上が阻害されていることを突き止めた。
そこで、このTiN析出物の生成を抑制するために、種々の金属添加について検討した。その結果、スタビライズ元素としてNbを適量添加した上で、Ti量は、Nb含有量にあわせ、〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%(但し〔%Nb〕は鋼中のNb含有量)とし、さらに、Zrを適量添加し、鋼板中の窒化物をZrNの形態で存在させて、実質的にTiNを鋼板中に存在させないことで、鋼板の熱延板、熱延焼鈍板の靭性が著しく改善されることを見出した。
【0017】
さらに、Zrを添加している本発明鋼では、Tiが存在しても、〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%と制御することで、ステンレス鋼板の靭性を確保したままで、溶接部の鋭敏化をより効果的に抑えることができることも明らかとなった。
【0018】
また、製鋼段階において、Zrの原料としてフェロジルコニウムを用い、さらに、2次精錬の最終段階において、Zrが酸化されないように溶鋼に直接投入することで、上述したZrNが有利に生成されることも併せて見出した。
本発明はこれらの知見に基づいてなされたものである。
【0019】
すなわち、本発明の構成は以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.03%以下、N:0.03%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.05%以下(但し〔%X〕は鋼中のX含有量)、Si:0.70%以下、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.02%以下、Cr:16〜25%、Ni:1.0%以下、Nb:0.15〜0.50%、Ti:〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%(但し〔%Nb〕は鋼中のNb含有量)、Al:0.005〜0.15%、およびZr:0.02〜0.40%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板中の窒化物が実質的にZrNであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【0020】
(2)前記フェライト系ステンレス鋼板において、さらに、質量%で、Cu:0.3〜0.8%、Mo:0.1〜2.5%、V:0.01〜0.50%、およびB:0.0002〜0.002%から選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【0021】
(3)製鋼後の溶鋼をスラブとし、スラブ加熱後、熱間圧延を施し、あるいはさらに熱延板焼鈍を施して前記(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造するに際し、Zr源として、製鋼段階でフェロジルコニウムを添加することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0022】
(4)前記スラブ加熱における加熱温度を1100〜1300℃、前記熱間圧延後の熱延板厚みを4mm以上とすることを特徴とする前記(3)に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0023】
(5)前記熱間圧延のまま、または熱延板焼鈍後の0℃でのシャルピー衝撃試験における単位面積あたりの吸収エネルギーの値(vE0)が、50J/cm2以上であることを特徴とする前記(3)または(4)に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【0024】
(6)前記(3)〜(5)のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法において、前記熱間圧延後または熱延板焼鈍後、脱スケールし、ついで冷間圧延、仕上げ焼鈍および酸洗を施すに際し、冷間圧延後の冷延板の厚みを4mm以下とすることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、高価なMo等の元素を添加することなく、安価に、高い生産性の下で、SUS304、SUS436L、およびSUS430相当の優れた耐食性を有し、かつ靭性にも優れたフェライト系ステンレス鋼板を得ることができる。
また、Tiを〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%と制御することで、ステンレス鋼板の高靭性を保持しつつ、溶接部の鋭敏化をより効果的に抑えることができる。そのため、溶接構造材としての適用板厚範囲が広がる。さらに、本発明に従う方法により製造された熱延板を素材とした冷延焼鈍板についても、製造可能な板厚範囲が広がるため、各種部材への適用範囲を大幅に増やすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】Zr添加量と熱延板の靭性の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に本発明を具体的に説明する。
まず、本発明においてフェライト系ステンレス鋼板の成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。なお、以下の鋼板中の成分組成の%表示は、特に断らない限り、質量%を表すものとする。
C:0.03%以下、N:0.03%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.05%以下(但し〔%X〕は鋼中のX含有量)
CおよびNは、熱延板の靭性を低下させるので少ない方が望ましく、それぞれ0.03%以下、それらの合計量でも0.05%以下に限定した。好ましくは、C:0.015%以下、N:0.015%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.03%以下である。なお、特に高い耐食性が要求される場合には、C:0.010%以下、N:0.010%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.015%以下にすることがさらに好ましい。
【0028】
Si:0.70%以下
Siは、脱酸剤として有用な元素である。しかし、多量に添加すると熱延板の靭性を低下させる。よって、Siは0.70%以下とする。好ましくは、0.30%以下である。
【0029】
Mn:1.0%以下
Mnは、脱酸作用がある。しかし、鋼中で硫化物を形成すると著しく耐食性が低下するため添加量は低い方が望ましく、製造時の経済性を考慮して、1.0%以下とする。好ましくは、0.60%以下である。
【0030】
P:0.04%以下
Pは、熱間加工性を低下させるので、少ない方が好ましいが、0.04%までは許容できる。
【0031】
S:0.02%以下
Sは、熱間加工性を低下させ、上記したMnとの硫化物を形成する問題があるため、少ない方が好ましいが、0.02%までは許容できる。好ましくは0.005%以下である。
【0032】
Cr:16〜25%
Crは、本発明において、十分な耐食性を実現するための最も重要な元素であり、SUS430相当の耐食性を得るためには、16%以上の添加が必要である。一方、25%を超えて添加すると、たとえ、熱延板コイルの水靭を行っても熱延板の靭性を高めることができず、また、熱延板の連続焼鈍が困難となる。よって、Crは16〜25%の範囲に限定する。なお、SUS304あるいはSUS436L相当の耐食性を得るためには、20.5%以上の添加が好ましい、また、特に高い熱延板靭性が必要な場合や、経済的な面を考慮すると、22%以下が好ましい。
【0033】
Ni:1.0%以下
Niは、Cu添加による熱間加工性の低下を防ぐ効果がある。また、隙間腐食を低減させる効果を有する。しかし、高価な元素であることに加え、1.0%を超えて添加してもその効果は飽和し、かえって熱間加工性を低下させる。このため、Niは1.0%以下とする。好適には0.1〜0.4%の範囲である。
【0034】
Nb:0.15〜0.50%
Nbは、0.15%以上添加することにより、微細な炭窒化物(Nb(C,N))として析出することを通じて、熱延板の結晶粒を微細化させ、熱延板の靭性を向上させる効果を持ち、溶接部の鋭敏化を防止する観点からも0.15%以上の添加が必要である。一方、0.50%を超えて添加すると、鋼板の硬化が著しくなるため、添加量の上限は0.50%に限定する。
【0035】
Ti:〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%
Tiは、溶接部の加工性や耐食性に有害なCやNをTiCやTiNとして無害化して、耐食性を向上させる効果を有する。
本発明では、Zrの添加により、効果的に粗大なTiNの生成を抑えることができるため、熱延板の靭性を損ねることなく、溶接部の耐食性を向上させるために添加することができ、その効果の発現にはNbの含有量(〔%Nb〕)と関係して、〔%Nb〕/4%以上の添加が必要である。一方、TiNが粗大化すると、鋼板の靭性を低下させるため、Tiの含有量はNbの含有量以下に制限する。よって、Tiは〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%とする。
また、好ましい下限は、〔%Nb〕/4%および4×(〔%C〕+〔%N〕)の値を同時に満たすことであり、好ましい上限は、0.35%である。
【0036】
Al:0.005〜0.15%
Alは、脱酸のために添加するが、その効果を得るには0.005%以上の添加が必要である。一方、過剰に添加すると大型のAl系介在物が生成して表面欠陥の原因となるため、その上限は0.15%とする。
【0037】
Zr:0.02〜0.40%
Zrは、本発明のフェライト系ステンレス鋼板の靭性を改善するための最も重要な元素である。すなわち、ZrNを形成して、熱延板や熱延焼鈍板の靭性を低下させる粗大なTiN等の生成を抑える効果を有する。また、Zrは、CやNを無害化して、溶接部で粒界腐食が生じることを防ぐ効果がある。これらの効果を得るためには、0.02%以上の添加が必要である。一方、0.40%を超えて添加すると、熱延板の靭性をかえって低下させるため、製造を困難にする。さらに、C、NまたはOと結合した介在物が多くなり、表面欠陥を増加させる場合がある。よって、Zrは0.02〜0.40%の範囲とする必要がある。
なお、添加量の下限値は、0.05%とすることが、靭性改善効果の点で好適である。
【0038】
上述したZrを添加する際には、原料としてフェロジルコニウムを使用する。Zrは、酸素との親和力が強く、溶鋼の脱酸が不十分な状態で原料を投入したり、スラグ上からフェロジルコニウムを投入するなどすると、その多くが酸化物となってしまい、TiNの析出を抑制するZrNとしての役割を果たさなくなってしまう。このためフェロジルコニウムの添加にあたっては、例えば、耐火物や鉄で作った筒状のワイヤや鉄製の箱の中にフェロジルコニウムを充填して、製鋼時の溶鋼へ直接投入するなどして、スラグ中の酸素とZrの反応を抑えるように工夫することが大切である。
【0039】
図1に、16〜23%Crフェライト系ステンレス鋼に対し、Nb:0.15〜0.50%、Ti:〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%の範囲とし、Zrを添加した場合における5mm厚の熱延板の0℃でのシャルピー衝撃試験結果を示す。同図の縦軸の値(vE0)は、試験により得られた吸収エネルギーの値を、衝撃試験片のノッチ部の断面積にて除することにより、単位面積当たりの吸収エネルギー(vE0)に換算した値である。Zrを0.02〜0.40%の範囲で含有させることにより、熱延板の靭性が著しく向上することが分かる。
なお、本発明に従う熱延板をフェライト系ステンレス冷延鋼板に仕上げた場合も、上記した靭性値と同じかそれ以上となることが確かめられている。
【0040】
本発明は、Tiを〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%に規定し、Nbを0.15〜0.50%の範囲で含有する鋼に対し、Zrを0.02〜0.40%の範囲で添加することにより、窒化物としてZrNを析出させ、熱延板の靭性を低下させる粗大なTiN析出物の生成を抑制し得るという新知見を基に成分設計したものである。
【0041】
なお、本発明中で、「鋼板中の窒化物が実質的にZrNである」とは、鋼板の窒化物中のZrNの割合が80質量%以上であることを意味する。また、その他の窒化物としてはTiN、AlN、CrN等が考えられるが、これらが合計で20質量%未満であれば問題ない。
【0042】
さらに、本発明では、その他必要に応じて、以下の元素を添加することができる。
Cu:0.3〜0.8%
Cuは、耐食性を向上させるために有用な元素であり、特に隙間腐食を低減させる上で有効な元素である。この効果を得るためには、0.3%以上の添加が必要である。一方、0.8%を超えて添加すると、熱間加工性が低下する。よって、Cuは0.3〜0.8%の範囲に限定する。好ましい範囲は、0.3〜0.5%である。ただし、特に高い耐食性を必要としない場合には、Cuは添加しなくても良い。
【0043】
Mo:0.1〜2.5%
Moは、耐食性を向上させる元素であり、高い耐食性を必要とする場合には、添加することが有効である。一方で、高価な元素であることに加えて、過剰に添加すると熱延板の靭性を低下により、製造性が悪くなるおそれがある。さらに、冷延焼鈍板を硬くして加工性を低下させるので、添加する場合は、0.1〜2.5%の範囲とするのが望ましい。
【0044】
V:0.01〜0.50%
Vは、Nb添加鋼の熱延板の靭性を改善する働きをもつが、0.01%未満では効果がない、一方、0.50%を越えて添加すると、かえって靭性が低下してしまう。このため、Vは0.01〜0.50%の範囲が好ましい。より好ましくは0.05〜0.20%である。
【0045】
B:0.0002〜0.002%
Bは、深絞り成形時の耐二次加工脆性を改善するために有効な元素である。その効果は、0.0002%未満では得られない。一方、過剰な添加は、熱間加工性と深絞り性を低下させる。よって、添加量は、0.0002〜0.002%の範囲が好ましい。
【0046】
次に、本発明のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法について説明する。本発明の高効率な製造方法としては、スラブに連続鋳造し、1100〜1300℃の範囲に加熱して、熱間圧延を行い熱延コイルとする。これを、必要に応じ熱延板の連続焼鈍、酸洗ラインにより、800〜1150℃の範囲で焼鈍、酸洗を行う。この熱延板あるいは熱延焼鈍板は、そのまま製品とすることができる。また、冷間圧延用の素材として用い、冷間圧延−仕上げ焼鈍を施した冷延焼鈍板を製品とすることも可能である。
【0047】
冷延板の仕上げ焼鈍においては、普通鋼と兼用の冷延板の高速連続焼鈍ラインを用い、効率的に焼鈍と酸洗を行うことが望ましいが、概ね0.3%以上のNbを添加した場合には、再結晶温度が高くなるため、ステンレス専用のラインを使用する必要がある。
以下に本発明に従うフェライト系ステンレス鋼板の製造方法を具体的に説明する。
【0048】
まず、フェライト系ステンレス鋼の製鋼工程であるが、1次および2次精錬工程からなっており、この工程中でフェロジルコニウムを投入することが本発明の特徴である。
最初に、転炉または電気炉等で1次精錬することにより、所定の合金成分を添加した溶鋼を作製する。
ついで、真空脱ガス(RH)法、VOD(Vacuum Oxygen Decarburization)法、AOD(Argon Oxygen Decarburization)法等で、2次精錬を施し、成分の最終調整を行う。本発明において、Zrの添加は、上述した製鋼段階、すなわち1次精錬工程および2次精錬工程のいずれでもよいが、Zrの酸化を抑制する観点から、2次精錬時に投入することが最も好ましい。
【0049】
次に、連続鋳造法あるいは造塊−分塊法によって鋼スラブ(鋼素材)とする。鋳造法は、生産性および品質の観点から連続鋳造とするのが望ましい。また、スラブの厚みは、後述する熱間粗圧延での圧下率を確保するために、100mm以上とするのが好ましい。より好ましくは200mm以上である。
【0050】
上記の鋼スラブを1100〜1300℃の範囲に加熱した後、熱間圧延して熱延鋼板とする。このスラブ加熱温度は、熱延板の肌荒れ防止や冷延焼鈍後のリジング特性向上のためには、高いほうが好ましいが、1300℃を超えるとスラブ垂れが著しくなり、かつ結晶粒が粗大化して熱延板の靭性が低下する。一方、1100℃未満の加熱温度では、熱間圧延での負荷が大きくなり、熱延での肌荒れが著しくなるうえ、熱延中の再結晶が不十分となり、冷延焼鈍後のリジング特性が低下する。
【0051】
本発明において、熱間粗圧延の工程は、1000℃超の温度域で、圧下率が30%以上である圧延を、少なくとも1回行うことが好ましい。この強圧下圧延により、鋼板の結晶組織が微細化され、リジング特性が向上する。
【0052】
一般に、20%を超えるCrを含有する鋼の製造では、いわゆるシグマ脆性や475℃脆性が懸念される。
シグマ脆性は、600〜800℃に加熱された際に、σ相が析出することが原因といわれており、Crの含有率が高いほど起こりやすい。また、475℃脆性は、475℃付近に加熱された際に、低Crフェライト相とCr側固溶体(α´相)の2相に分離することが原因といわれている。
このため、20%を超えるCrを含有させつつ、熱延板の靭性を改善するためには、これらの温度域での保持時間を短くすることが有効であるため、熱延での巻取り温度を450℃以下にするなどの方法が取られている。
【0053】
しかしながら、本発明によるフェライト系ステンレス鋼では、Zrを添加することにより、熱延板の靭性が改善されているため、上述したいわゆるシグマ脆性や475℃脆性の懸念はほとんどないので、特に巻取り温度は制限されない。ただし、より高い熱延板の靭性が要求される場合には、巻取り温度を550℃以下、好ましくは450℃以下とすることが望ましい。
【0054】
熱延板厚は、4mm以上とする。一般に、熱延板の靭性は、板厚が厚くなるほど組織が粗大化し低下する。しかし、本発明に従うフェライト系ステンレス鋼の熱延板は、4mm以上の熱延板や熱延焼鈍板においても、0℃で50J/cm2以上の良好な靭性(シャルピー衝撃特性)を有するため、構造材として利用ができる。これは、付加的な長所ではあるが、厚い板厚の熱延板が製造可能となるため、熱延時に発生する肌荒れの発生も抑えられる効果があり、良好な表面の鋼板となる。
【0055】
本発明に従う板厚:4mm以上の熱延板は、そのままで、あるいは焼鈍することなしに酸洗してから、構造材として利用することができる。さらに熱延板に対し、900〜1150℃の範囲で熱延板を連続焼鈍してから酸洗を施すこともできる。この時、熱延板の焼鈍温度は、900℃未満では、十分な加工性が望めず、一方、1150℃を超えると結晶粒の粗大化が著しくなり靭性が低下する。このため、熱延板焼鈍の温度は、900〜1150℃とするのが好ましい。
【0056】
上述した熱延板あるいは熱延焼鈍板を、冷間圧延、仕上げ焼鈍、酸洗の各工程を順次経て、板厚:4mm以下の冷延板とすることもできる。ここで、冷延板の板厚を4mm以下としたのは、冷間圧延での圧下率があまり小さくなると、冷延焼鈍後の伸びやr値が低下し、構造材として十分な特性が得られないという理由による。また、冷延板の板厚の下限は、冷延機の負荷増大による経済性の低下を考慮するという観点から、0.03mm程度とするのが好ましい。冷間圧延時の圧下率については、特に制限はないが、靭性、加工性等の機械的特性を確保するためには、25%以上とすることが好ましい。より好ましくは50%以上である。さらに、冷間圧延は、1回または中間焼鈍を含む2回以上の冷間圧延としても良い。冷間圧延、仕上げ焼鈍、酸洗の各工程は、繰返し行っても良い。
【0057】
なお、一般的なステンレス鋼の冷延板焼鈍、酸洗ラインで冷延板焼鈍、酸洗を行っても良いのは言うまでもない。
また、必要に応じて、光輝焼鈍ラインで光輝焼鈍を行っても良い。さらに、各種研磨等により、所定の表面状態に仕上げることも可能である。さらに、Zrを添加した本発明鋼では、溶接部近傍での結晶粒粗大化がZrNの働きにより有効に抑えられる。そのため、溶接が必要となる構造材等の用途に対しても有利に適用できる。
【実施例1】
【0058】
転炉−VOD精錬により、表1に示す成分組成になるフェライト系ステンレス鋼を溶製した後、連続鋳造法により200mm厚のスラブとした。なお、本実施例でZrの投入は、フェロジルコニウムをVOD実施中に鉄容器に密封した状態で投入した。
ついで、スラブの表面を専用のグラインダーを用いて削った後、1200℃の温度に加熱し、ついで、熱間圧延により板厚:5.0mmの熱延板コイルとした。熱延後の巻取り温度は、550℃とした。なお、No.4鋼以外については、さらに1050℃、1分の熱延焼鈍を施した。
【0059】
これらの鋼板を対象に、0℃でのシャルピー衝撃試験を実施した。結果を表1に併記する。なお、本試験の値(vE0)は、試験により得られた吸収エネルギーの値を、衝撃試験片のノッチ部の断面積にて除することにより、単位面積当たりの吸収エネルギー(vE0)に換算した値である。
【0060】
【表1】

【0061】
本発明の成分範囲であるNo.1〜4は、熱延板の靭性が格段に向上することが分かる。
一方、本発明を外れる、No.5および6は、靭性の向上が見られないことが分かる。
なお、上記のNo.1〜6の電解抽出残渣のX線回折により、析出物を同定したところ、No.1〜4では、窒化物中のZrNの割合が80%以上となっていることが確認できた。
【実施例2】
【0062】
表1のNo.4に示した熱間圧延後の熱延板およびNo.1に示した熱延板焼鈍を施した熱延板それぞれに、さらに脱スケールの後、板厚:3.5mmまで冷延し、さらに1000℃、1分の条件で、仕上げ焼鈍を施し、その冷延焼鈍板を製造し、実施例1と同様のシャルピー衝撃試験を実施し評価した。
【0063】
試験の結果、No.4は、120J/cm2であり、No.1は、140J/cm2であった。この結果より、格段に向上した熱延板の靭性が保持され、靭性の高い冷延板となっていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば、トラックの荷台やバンパといった部品、グレーチングや各種床材、金具といった土木、建築用途等の様々な用途に好適なフェライト系ステンレス鋼板を提供できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.03%以下、N:0.03%以下、(〔%C〕+〔%N〕):0.05%以下(但し〔%X〕は鋼中のX含有量)、Si:0.70%以下、Mn:1.0%以下、P:0.04%以下、S:0.02%以下、Cr:16〜25%、Ni:1.0%以下、Nb:0.15〜0.50%、Ti:〔%Nb〕/4〜〔%Nb〕%(但し〔%Nb〕は鋼中のNb含有量)、Al:0.005〜0.15%、およびZr:0.02〜0.40%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板中の窒化物が実質的にZrNであることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼板において、さらに、質量%で、Cu:0.3〜0.8%、Mo:0.1〜2.5%、V:0.01〜0.50%、およびB:0.0002〜0.002%から選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
製鋼後の溶鋼をスラブとし、スラブ加熱後、熱間圧延を施し、あるいはさらに熱延板焼鈍を施して請求項1または2に記載のフェライト系ステンレス鋼板を製造するに際し、Zr源として、製鋼段階でフェロジルコニウムを添加することを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記スラブ加熱における加熱温度を1100〜1300℃、前記熱間圧延後の熱延板厚みを4mm以上とすることを特徴とする請求項3に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記熱間圧延のまま、または熱延板焼鈍後の0℃でのシャルピー衝撃試験における単位面積あたりの吸収エネルギーの値(vE0)が、50J/cm2以上であることを特徴とする請求項3または4に記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項6】
請求項3〜5のいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼板の製造方法において、前記熱間圧延後または熱延板焼鈍後、脱スケールし、ついで冷間圧延、仕上げ焼鈍および酸洗を施すに際し、冷間圧延後の冷延板の厚みを4mm以下とすることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼板の製造方法。

【図1】
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