説明

フッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸およびその製造方法

精密濾過部材としての使用に適した、一本当りの透水率が大きく且つ長さ依存性が少ないとともに、濾過モジュールとした際の容量当りの処理効率の大なるフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸が、下記の要件(イ)〜(ニ)を満たすことにより与えられる。すなわち、重量平均分子量が30万以上のフッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔質中空糸であって、試長L=0.2〜0.8(m)の範囲において差圧100kPa、水温25℃の条件で測定される透水率F(m/m・day)と試長Lの直線関係式:F=C・L+F(式1)において、
(イ)平均傾きC(/day)が−20≦C≦0,
(ロ)切片(基礎透水率)F(m/m・day)がF≧30、
(ハ)F(m/m・day)とハーフドライ法による平均孔径P(μm)の関係がF/P≧300、および
(ニ)外径が3mm以下。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、薬剤または細菌等の精密濾過膜として使用される多孔質中空糸(あるいは「中空糸状多孔膜」ないしは「ミクロポーラスチューブ」とも称される)に関し、水(ないし液)処理性能の改善された多孔質中空糸、ならびにその製造方法に関する。
【背景技術】
フッ化ビニリデン系樹脂は、ポリオレフィン等の汎用樹脂に比べて、耐候性および耐薬品性に優れ、また耐熱性、強度等も良好であるため、水(あるいは液)処理用の精密濾過膜として使用するフッ化ビニリデン系樹脂製の多孔膜、特に中空糸状多孔膜、すなわち多孔質中空糸、ならびにその製法が数多く提案されている(例えば下記特許文献1〜4)。多孔質中空糸が実際に水(あるいは液であるが、以下、代表的に水と称する)の処理用の濾過部材として使用されるときには、一般に0.2〜2m程度の均一な長さに裁断された多孔質中空糸(集水管)を束ねてモジュール化し、多くはそれらの束ねられた多孔質中空糸の外面から被処理水を供給し、壁に設けられた孔を通じて中空部へと濾過された処理水が多孔質中空糸の両端部から流出することにより濾過水を得る方法が採られる。このようにして使用される精密濾過による水処理用の多孔質中空糸には、多くの性能が要求される。例えば(i)被除去粒子を除くに適当な大きさ且つ均一な孔径分布、(ii)大なる機械的耐久性(引張強度および耐圧性)、(iii)大なる一本当りの処理能力(透水量)、(iv)モジュール化した際の容積当りの大なる処理能力、(vi)耐薬品性などである。しかし、従来のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸は、これらの精密濾過要求適性の全てに対して必ずしも満足できるものではなかった。
【特許文献1】特開昭63−296939号公報
【特許文献2】特開昭63−296940号公報
【特許文献3】特開平3−215535号公報
【特許文献4】特開平11−319522号公報
【発明の開示】
本発明は、上述した(i)〜(iv)等の特性に優れ、精密濾過部材として総合的に改善されたフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸ならびその製造方法を提供することを目的とする。
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸は、上述の目的を達成するために開発されたものであり、重量平均分子量が30万以上のフッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔質中空糸であって、試長L=0.2〜0.8(m)の範囲において差圧100kPa、水温25℃の条件で測定される透水率F(m/m・day)と試長Lの直線関係式:F=C・L+F(式1)において、
(イ)平均傾きC(/day)が−20≦C≦0,
(ロ)切片(基礎透水率)F(m/m・day)がF≧30、
(ハ)F(m/m・day)とハーフドライ法による平均孔径P(μm)の関係がF/P≧300、および
(ニ)外径が3mm以下
の要件(イ)〜(ニ)を満すことを特徴とする。
また本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸の製造方法は、重量平均分子量が30万以上であるフッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤とフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒とを合計量で100〜300重量部、好ましくは140〜220重量部且つそのうち良溶媒の割合が8〜22重量%、好ましくは10〜22重量%となるように添加し、得られた組成物を中空糸状に溶融押出し、中空部に不活性ガスを注入しつつ不活性液体中に導いて冷却固化した後、可塑剤を抽出して多孔質中空糸を回収することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
第1図は、本発明の多孔質中空糸の性能評価のために用いた試長Lの変化に対応する透水率Fの測定装置の概略図である。
第2図は、第1図の装置による実施例および比較例で得られた多孔質中空糸についての測定結果を表わすグラフである。
【発明を実施するための最良の形態】
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸は、重量平均分子量(Mw)が30万以上のフッ化ビニリデン系樹脂からなる。Mwが30万以上であることは、主として多孔質中空糸の濾過処理能力に関する下記要件(イ)〜(ニ)を満たしつつ、要求される中空糸膜の機械的強度を担保するために必要とされる。
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸は、更に、試長L=0.2〜0.8(m)の範囲において差圧100kPa、水温25℃の条件で測定される透水率F(m/m・day)と試長Lの直線関係式:F=C・L+F(式1)において、
(イ)平均傾きC(/day)が−20≦C≦0,
(ロ)切片(基礎透水率)F(m/m・day)がF≧30、
(ハ)F(m/m・day)とハーフドライ法による平均孔径P(μm)の関係がF/P≧300、および
(ニ)外径が3mm以下
の要件(イ)〜(ニ)を満すことを特徴とする。
以下、各要件(イ)〜(ニ)の意義について説明するが、その前に上記式(1)における試長L(m)の多孔質中空糸、ないしは中空糸多孔膜の透水率F(m/m・day)を用いるために用いた測定法について説明する。
(透水率測定方法)
試料多孔質中空糸をエタノールに15分間浸漬し、次いで純水に15分間浸漬して親水化した後、図1に示した透水率測定装置に試長(濾過が行われる部分の長さ)が所定の長さLになるように取り付け、両端は引き出し部として圧力容器の外に取り出した。引き出し部(濾過が行われない部分であり、圧力容器との接合部を含む)の長さは両端それぞれ50mmとした。
多孔質中空糸が測定終了時まで純水に十分に浸かるように耐圧容器内に純水(水温25℃)を満たした後、耐圧容器内を圧力100kPaに維持しながら所定の時間に両端から流れ出た水の体積を測定し、透水率F(m/m・day)(すなわち膜面積1mを通して1日間に流出する水の量)を算出した。なお、膜面積は外径に基づいて次式により算出した。

長さ200〜800mmの範囲で試長を変更して透水率を測定し、試長と透水率の関係をグラフにプロットし、試長と透水率の直線関係式:F=C・L+F(式1)を求めた。図2に後述する実施例、比較例で得た多孔質中空糸についての測定結果のプロットを示す。
次いで上記要件(イ)〜(ニ)の各々の意義について説明する。
(要件(イ)および(ロ)の意義)
前述したように中空糸膜の実際の使用形態は長さ0.2m〜2mに裁断してモジュールに組み込んでの使用である。有限の長さをもった中空糸膜の濾過処理量を制約する抵抗成分は中空糸壁面を透過する水の流動抵抗と、集水管(糸の中空部)の水の流動抵抗の和である。膜の透水性能を向上させると集水管に流れ込む水量が増大して、集水管での流速増大により流動抵抗が増大し、中空糸膜の濾過処理量に無視できない影響を与えるようになり、長さ(膜面積と比例する)に比例して処理量が増大しなくなる。すなわち試長を変えて透水率(m/m・day)を評価したときには、式1が強い負の傾きを持つようになり、膜の真の透水率が試長に比例して損われるように観測される。試長0に外挿した時の透水率が膜の真の透水率に相当する。傾きCが大きいほど(0に近いほど)、モジュールに組み込んで使用する際に真の膜性能に近い性能を発揮することができる。
集水管での流動抵抗に関与する要因としては、集水管の直径(中空糸の内径)や壁面の粗さなど複数あるが、集水管内の水の流れが層流であり、Hagen−Poiseiulleの法則に従うと仮定すると、内径の寄与(4乗で寄与)が最も大きいと考えられる。膜の真の透水率に応じて内径を設計する必要がある。ただし、大きすぎる内径は耐圧性の低下、モジュールへの充填密度の低下を招く。
したがって1本の中空糸膜としてみたときに、濾過処理量を大きくするには膜の真の透水率(基礎透水率F)を大きくし、かつ長さ依存性を小さく(=傾きCの符号を含めた値が大)にする必要があるが、本発明の二つの主要な特徴は、(ロ)Fが30(m/m・day)以上と大きく且つ(イ)係数Cが−20≦C≦0と大きい(負の範囲で絶対値の小さい)多孔質中空糸を与えたところにある。
また上記(イ)の要件について更に説明すると、負の係数Cの絶対値が小さい(−20≦Cとなる)ためには、単位流量当りの中空糸中の流動抵抗が小さいこと(逆に言えば、流動抵抗の割に透水能Fが大であること)が必須である。この流動抵抗は、上記したようにHagen−Poiseuilleの法則に従い内径Di(mm)の4乗に反比例する。この点に留意して、本発明者らによれば、C値の絶対値とF/Diの値とには良好な相関関係が見出された。すなわち、上記(イ)−20≦C≦0の条件が満たされるためには経験式として

の条件が満たされることが必要であることが見出されている(後記表1中のデータ参照)。これは、本発明の多孔質中空糸を規定する補足的な好ましい条件である。
(要件(ハ))
膜の透水率(中空糸壁を通過する透水率)は、(貫通)孔の数が同じならば孔径が大きいほど大きくなる。一方、分離対象物に応じて孔径には制約があり、分離対象物の大きさより孔径が小さくないと濾過膜として用をなさない。孔径(P)に比して基礎透水率(F)が大きいことは膜の分離性能と透水性能が高いレベルで両立していることを意味する。さらには、十分な貫通孔数を確保するのに必要な高い空孔率を有しているにもかかわらず、十分に大なる内径を有しながら、且つ十分な耐圧性を確保しているということができる。
かくして本発明の多孔質中空糸の第3の特徴は、F/Pが300以上、より好ましくは500以上と大なることである。
(要件(ニ))
中空糸膜の実際の使用形態であるモジュールとしてみたときに、中空糸の外径が小さいと、モジュールに充填できる中空糸の密度が大きくなり(モジュールの単位断面積あたりの中空糸本数が多くなり)、モジュールとしての濾過処理量が大きくなる。前述の内径を大きくする思想と両立させるためには、膜厚さを薄くする必要があり、成形上の難易さ、膜の力学的強度、ピンホールなど分離性能の信頼性などを解決する必要がある。
本発明の多孔質中空糸は、(ニ)外径を3mm以下と小さく保ちつつ上記要件(イ)〜(ハ)を達成することにより、モジュールの容積当りの濾過能力の向上を可能としたものである。
以下、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔膜を、その好ましい製造方法である本発明の製造方法に従って順次説明する。
(フッ化ビニリデン系樹脂)
本発明においては、主たる膜原料として、重量平均分子量(Mw)が30万以上(これはηinh(樹脂4gを1リットルのN,N−ジメチルホルムアミドに溶解させた溶液の30℃における対数粘度)が1.2(dl/g)以上に相当する)であるフッ化ビニリデン系樹脂を用いる。これは前述したように、主として多孔質中空糸の濾過処理能力に関する上記要件(イ)〜(ニ)を満足させつつ、必要な機械的強度(特に引張強度および破断伸度)を満足させるためであり、Mwが40万以上(ηinh≧1.5に相当)であることがより好ましい。
本発明において、フッ化ビニリデン系樹脂としては、フッ化ビニリデンの単独重合体、すなわちポリフッ化ビニリデン、他の共重合可能なモノマーとの共重合体あるいはこれらの混合物が用いられる。フッ化ビニリデン系樹脂と共重合可能なモノマーとしては、四フッ化エチレン、六フッ化プロピレン、三フッ化エチレン、三フッ化塩化エチレン、フッ化ビニル等の一種又は二種以上を用いることができる。フッ化ビニリデン系樹脂は、構成単位としてフッ化ビニリデンを70モル%以上含有することが好ましい。なかでも機械的強度の高さからフッ化ビニリデン100モル%からなる単独重合体を用いることが好ましい。上記したような比較的高フッ化ビニリデンのフッ化ビニリデン系樹脂は、好ましくは乳化重合あるいは懸濁重合、特に好ましくは懸濁重合により得ることができる。
必要な特性の多孔質中空糸を本発明法に従い円滑に製造するために、フッ化ビニリデン系樹脂は、ある程度広い分子量分布を持つことが好ましい。これは重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比がMw/Mnが2.0以上、好ましくは2.2以上、更に好ましくは2.4以上、特に好ましくは2.5以上であることで代表される。但し、重量平均分子量(Mw)が40万以上と大きい場合には、Mw/Mnの比としては緩和される傾向にあり、より好ましくは2.1以上であるが、2.0以上でも良好な結果が得られている。このような広い分子量分布のフッ化ビニリデン系樹脂は、簡便には、異なる平均分子量の少なくとも二種のフッ化ビニリデン系樹脂をそれぞれ重合法により得て、これらを混合することにより得られる。すなわち、本発明の好ましい態様によれば、重量平均分子量(Mw1)が40万〜120万、好ましくは60万〜120万である第1のフッ化ビニリデン系樹脂2〜49重量%と、重量平均分子量(Mw2)が15万〜60万、好ましくは20万〜50万、である第2のフッ化ビニリデン系樹脂51〜98重量%とを含有し、且つ第1のフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量/第2のフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量の比Mw1/Mw2が1.2以上、好ましくは1.5以上、特に好ましくは2.0以上である混合物を主たる膜原料として用いる。
本発明で用いるフッ化ビニリデン系樹脂は、未架橋であることが後述する組成物の溶融押出しの容易化のために好ましく、またその融点は、160〜220℃であることが好ましく、より好ましくは170〜180℃、さらに好ましくは、175〜179℃である。160℃未満では、生成する多孔膜の耐熱変形性が不充分となりがちであり、220℃を超えると、溶融混合性が低下し、均一な膜形成が難しくなる。
融点は示差走査熱量計(DSC)により測定される樹脂の結晶融解に伴なう吸熱のピーク温度を意味する。
本発明に従い、上記のフッ化ビニリデン系樹脂に、フッ化ビニリデン系樹脂の可塑剤および良溶媒を加えて膜形成用の原料組成物を形成する。
(可塑剤)
可塑剤としては、一般に、二塩基酸とグリコールからなる脂肪族系ポリエステル、例えば、アジピン酸−プロピレングリコール系、アジピン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアジピン酸系ポリエステル;セバシン酸−プロピレングリコール系、セバシン酸系ポリエステル;アゼライン酸−プロピレングリコール系、アゼライン酸−1,3−ブチレングリコール系等のアゼライン酸系ポリエステル等が用いられる。
(良溶媒)
また、フッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒としては、20〜250℃の温度範囲でフッ化ビニリデン系樹脂を溶解できる溶媒が用いられ、例えば、N−メチルピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、メチルエチルケトン、アセトン、テトラヒドロフラン、ジオキサン、酢酸エチル、プロピレンカーボネート、シクロヘキサン、メチルイソブチルケトン、ジメチルフタレート、およびこれらの混合溶媒等が挙げられる。なかでも高温での安定性からN−メチルピロリドン(NMP)が好ましい。
(組成物)
膜形成用の原料組成物は、好ましくはフッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤とフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒とを合計量で140〜220重量部且つそのうち良溶媒の割合が10〜22重量%となるように添加することが好ましい。
可塑剤と良溶媒との合計量が少な過ぎると溶融押出時の組成物の粘度が過大となり、多過ぎると粘度が過度に低下する。いずれの場合も、均質で適度に高い空孔率、従って濾過性能(透水量)を有する多孔質中空糸を得ることが困難となる。また両者の合計量中の良溶媒の割合が過少であると、フッ化ビニリデン系樹脂と可塑剤の均一混合が損われ、あるいは混合に時間がかかる。また良溶媒の割合が過大であると、却って可塑剤の抽出による効率的な空孔形成が阻害され、可塑剤量に見合った空孔率が得られない。
(混合・溶融押出し)
溶融押出組成物は、一般に140〜270℃、好ましくは150〜200℃、の温度で、中空ノズルから中空糸膜状に押出される。最終的に、上記温度範囲の均質組成物が得られる限りにおいて、フッ化ビニリデン系樹脂、可塑剤および良溶媒の混合並びに溶融形態は任意である。このような組成物を得るための好ましい態様の一つによれば、二軸混練押出機が用いられ、(好ましくは第1および第2のフッ化ビニリデン系樹脂の混合物からなる)フッ化ビニリデン系樹脂は、該押出機の上流側から供給され、可塑剤と良溶媒の混合物が、下流で供給され、押出機を通過して吐出されるまでに均質混合物とされる。この二軸押出機は、その長手軸方向に沿って、複数のブロックに分けて独立の温度制御が可能であり、それぞれの部位の通過物の内容により適切な温度調節がなされる。
(冷却)
本発明法に従い、溶融押出された中空糸膜状物は、その中空部に不活性ガスを注入しつつ、不活性液体中に導いて外側から冷却・固化される。
不活性ガスの中空糸膜中空部への導入は、主として中空糸内径を調製するために行われ、不活性液体中への導入は溶融状態の中空糸膜状物を外側から優先的に除熱するために行われる。外側からの優先的除熱により厚み方向に緩やかに形成された結晶粒度分布を得ることができ、その後の延伸を円滑化することができる。不活性ガスは、溶融押出された中空糸膜と反応しないものであればよく、空気あるいは窒素等が好適に用いられる。これら不活性ガスは、一般に押出のための中空ノズル中心部に設けた通気口から供給され、所望の中空糸内径が得られるように、一定流量あるいは一定圧力にて供給される。不活性液体としては、溶融押出された中空糸膜に対し不活性な、実質的な溶解性を示さない任意の液体が用いられるが、好ましくは水が用いられる。不活性液体の温度は5〜120℃と、かなり広い温度範囲から選択可能であるが、好ましくは10〜100℃、特に好ましくは30〜80℃の範囲である。
(抽出)
冷却・固化された中空糸膜は、次いで抽出液浴中に導入され、可塑剤および良溶媒の抽出除去を受ける。抽出液としては、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を溶解せず、可塑剤や良溶媒を溶解できるものであれば特に限定されない。例えばアルコール類ではメタノール、イソプロピルアルコールなど、塩素化炭化水素類ではジクロロメタン、1,1,1−トリクロロエタンなど、の沸点が30〜100℃程度の極性溶媒が適当である。
<好ましい付加的処理工程>
上記工程を通して本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸が得られるが、好ましくは次のような処理工程が任意に採用される。
(延伸)
上記可塑剤の抽出の前およびまたは後に、中空糸膜の延伸を行って製品多孔質中空糸の多孔度を増大して透水率を増大することも好ましい。例えば、周速度の異なるローラ対等による中空糸膜の長手方向への一軸延伸を行うことが好ましい。これは、本発明の多孔質中空糸の多孔率と強伸度を調和させるためには、延伸方向に沿って延伸フィブリル(繊維)部と未延伸ノード(節)部が交互に現われる微細構造が好ましいことが知見されているからである。延伸倍率は、1.2〜4.0倍、特に1.4〜3.0倍程度が適当である。
(熱処理)
延伸を可塑剤の抽出後に行う場合は、引き続く延伸操作性の向上のために、80〜160℃、好ましくは100〜140℃の範囲で、1秒〜3600秒、好ましくは3秒〜900秒、熱処理して、結晶化度を増大させることが好ましい。
(溶離液処理)
延伸後の中空糸膜を、更に溶離液による浸漬処理に付すことが著しく好ましい。この溶離液処理により、本発明の中空糸膜の特質が本質的に損なわれることなく、その透水量が増大するからである。溶離液としては、アルカリ液、酸液または可塑剤の抽出液が用いられる。
上記溶離液処理により、多孔膜の透水量が著しく増大する理由は、必ずしも明かではないが、延伸により拡開された微細孔壁に残存する可塑剤が露出し、溶離液処理により効率的に除かれるためではないかと推察される。溶離液としてのアルカリおよび酸は、フッ化ビニリデン系樹脂の可塑剤として用いられるポリエステルを分解して可溶化することによりその溶離・除去を促進する作用を有するものと解される。
したがって、アルカリ液としはて、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム等の強塩基の水または水/アルコール溶液でpHが12以上、より好ましくは13以上のものが好ましく用いられる。他方、酸液としては、塩酸、硫酸、燐酸等の強酸の水または水/アルコール溶液でpHが4以下、より好ましくは3以下、特に好ましくは2以下のものが好ましく用いられる。
また、可塑剤の抽出液としては、延伸前に用いたものと同様に、ポリフッ化ビニリデン系樹脂を溶解せず、可塑剤を溶解できるものであれば特に限定されない。例えばアルコール類では、メタノール、イソプロピルアルコールなど、塩素化炭化水素類ではジクロロメタン、1,1,1−トリクロロメタンなど、の沸点が30〜100℃程度の極性溶媒が適当である。
溶離液処理は、中空糸膜を必要に応じて親液性を向上するための前浸漬を行った後、5〜100℃程度の温度で10秒〜6時間溶離液中に浸漬することにより行われる。溶離液処理を、加温下に行うときは、中空糸膜の収縮が起らないように固定した状態で行われることが好ましい。
また溶離処理後の中空糸膜については、溶離液を除去し、更に得られる製品中空糸の寸法安定性を向上するために、熱固定処理を行うことが好ましい。熱固定処理は、例えば、回分処理の場合、80〜160℃で、1分〜60時間、好ましくは3分〜15時間程度行われるが、溶離液処理からの連続処理の場合、同様な温度で、1秒以上、好ましくは3秒以上の処理でも効果がある。
(フッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸)
上記のようにして得られる本発明のフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸によれば、一般に空孔率が55〜90%、好ましくは60〜85%、特に好ましくは65〜80%、引張り強度が5MPa以上、破断伸度が5%以上の特性が得られる。また中空糸は、好ましくは外径が0.3〜3mm、特に1〜3mm程度が適当であり、内径は0.8〜2.98mm、特に0.9〜2.98mmであることが好ましく、膜厚は0.01〜0.4mmの範囲が好ましい。またハーフドライ法による平均孔径Pは、0.01〜0.25μm、より好ましくは0.03〜0.20μm、特に0.05〜0.15μmであることが好ましい。本発明の多孔質中空糸膜は、特に膜厚が小さく、平均孔径Pが小さくとも透水率Fが大であり、且つその長さ依存性が小さいことが特徴である。このような透水率の長さ依存性が小さいという特徴を生かして、モジュールを形成させる本発明の中空糸膜の1本の長さは、従来の0.2〜2mに比べて若干長めの0.5〜3m、特に0.8〜2.5mの範囲にすることが好ましい。
【実施例】
以下、実施例、比較例により、本発明を更に具体的に説明する。以下の記載を含め、上記した透水率FおよびF以外の本明細書に記載の特性は、以下の方法による測定値に基くものである。
(重量平均分子量(Mw)および数平均分子量(Mn))
日本分光社製のGPC装置「GPC−900」を用い、カラムに昭和電工社製の「Shodex KD−806M」、プレカラムに「Shodex KD−G」、溶媒にNMPを使用し、温度40℃、流量10ml/分にて、ゲルバーミエーションクロマトブラフィー(GPC)法によりポリスチレン換算分子量として測定した。
(空孔率)
多孔質中空糸膜の長さ、並びに外径および内径を測定して中空糸膜の見掛け体積V(cm)を算出し、更に中空糸膜の重量W(g)を測定して次式より空孔率を求めた。

(平均孔径)
ASTM F316−86およびASTM E1294−89に準拠し、Porous Materials,Inc.社製「パームポロメータCFP−200AEX」を用いてハーフドライ法により平均孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
(最大孔径)
ASTM F316−86およびASTM E1294−89に準拠し、Porous Materials,Inc.社製「パームポロメータCFP−200AEX」を用いてバブルポイント法により最大孔径を測定した。試液はパーフルオロポリエステル(商品名「Galwick」)を用いた。
(引張り強度および破断伸度)
引張り試験機(東洋ボールドウィン社製「RTM−100」)を使用して、温度23℃、相対湿度50%の雰囲気中で初期試料長100mm、クロスヘッド速度200mm/分の条件下で測定した。
[実施例1]
重量平均分子量(Mw)が6.91×10の第1のポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)とMwが2.59×10の第2のポリフッ化ビニリデン(PVDF)(粉体)を、それぞれ25重量%および75重量%となる割合でヘンシェルミキサーを用いて混合して、Mwが3.67×10、Mw/Mn(数平均分子量)の比が2.95である混合物Aを得た。
脂肪族系ポリエステルとしてアジピン酸系ポリエステル可塑剤(旭電化工業株式会社社製「PN−150」)と、溶媒としてN−メチルピロリドン(NMP)を、それぞれ87.5重量%および12.5重量%となる割合で常温にて撹拌混合して、混合物Bを得た。
同方向回転噛み合い型二軸押出機(プラスチック工学研究所社製「BT−30」、スクリュー直径30mm、L/D=48)を使用し、シリンダ最上流部から80mmの位置に設けられた粉体供給部から混合物Aを供給し、シリンダ最上流部から480mmの位置に設けられた液体供給部から温度100℃に加熱された混合物Bを、混合物A/混合物B=40/60(重量%)の割合で供給して、バレル温度220℃で混練し、混練物を外径7mm、内径5mmの円形スリットを有するノズルから吐出量9.8g/minで中空糸状に押し出した。この際、ノズル中心部に設けた通気口から空気を流量6.2ml/minで糸の中空部に注入した。
押し出された混合物を溶融状態のまま60℃の温度に維持され、且つノズルから30mm離れた位置に水面を有する(すなわちエアギャップが30mmの)水浴中に導き冷却・固化させ(水浴中の滞留時間:約10秒)、5m/分の引取速度で引き取った後、これを巻き取って第1中間成形体を得た。この第1中間成形体の内径は1.462mm、外径は2.051mmであった。
次に、この第1中間成形体を長手方向に収縮しないように固定したままジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、ついでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、脂肪族系ポリエステルと溶媒を抽出し、次いで固定したまま温度120℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去するとともに熱処理を行い第2中間成形体を得た。
次に、この第2中間成形体を雰囲気温度の25℃で長手方向に1.8倍の倍率に延伸し、ついで長手方向に収縮しないように固定したままジクロロメタン中に振動を与えながら室温で30分間浸漬し、ついでジクロロメタンを新しいものに取り替えて再び同条件にて浸漬して、ついで固定したまま温度150℃のオーブン内で1時間加熱してジクロロメタンを除去するとともに熱固定を行い、ポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸を得た。
得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸は、平均孔径が0.129μm、最大孔径が0.275μmの微細孔を有し膜の分離性能が優れ、F値が40.4(m/m・day)であり膜の透水性能が大きく、C値の絶対値が小さいため実際のモジュールに組み込んだときにも膜の透水性能が十分に発揮される。
得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸の製造条件および物性を下記実施例および比較例の結果とともにまとめて、後記表1に示す。
また試長Lを変化させて測定した透水率Fのデータを下記実施例、比較例のそれとともに図2に示す。
[実施例2]
第2のポリフッ化ビニリデン(PVDF)をMwが3.39×10のPVDF(粉体)と変更した混合物Aを用い、混合物Aと混合物Bの供給比率を35.3/64.7(重量%)、エアギャップを70mm、延伸倍率を1.6倍に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
[実施例3]
第2のポリフッ化ビニリデン(PVDF)をMwが4.12×10のPVDF(粉体)と変更した混合物Aを用い、可塑剤と良溶媒の混合比率を82.5/17.5(重量%)と変更した混合物Bを用い、混合物Aと混合物Bの供給比率を34.3/65.7(重量%)、エアギャップを350mm、延伸倍率を1.4倍に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
[実施例4]
第1のポリフッ化ビニリデン(PVDF)をMwが9.36×10のPVDF(粉体)、および第2のポリフッ化ビニリデン(PVDF)がMwが3.39×10のPVDF(粉体)と変更し、第1のPVDFと第2のPVDFの混合比率を15/85(重量%)と変更した混合物Aを用い、可塑剤と良溶媒の混合比率を85/15(重量%)と変更した混合物Bを用い、混合物Aと混合物Bの供給比率を35.3/64.7(重量%)、エアギャップを150mm、延伸倍率を1.8倍に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
[実施例5]
第2のポリフッ化ビニリデン(PVDF)をMwが4.12×10のPVDF(粉体)と変更し、第1のPVDFと第2のPVDFの混合比率を5/95(重量%)と変更した混合物Aを用い、可塑剤と良溶媒の混合比率を82.5/17.5(重量%)と変更した混合物Bを用い、混合物Aと混合物Bの供給比率を35.7/64.3(重量%)、エアギャップを150mm、延伸倍率を1.5倍に変更する以外は実施例4と同様にして多孔質中空糸を得た。
[実施例6]
延伸倍率を1.7倍に変更する以外は実施例5と同様にして多孔質中空糸を得た。
[実施例7]
ノズル外径を5mm、ノズル内径を3.5mm、エアギャップを170mmに変更する以外は実施例6と同様にして多孔質中空糸を得た。
比較例1
第1のPVDFと第2のPVDFの混合比率を12.5/87.5(重量%)と変更した混合物Aを用い、混合物Aと混合物Bの供給比率を37.5/62.5(重量%)にて、エアギャップを10mm、ノズル中心部の通気口から積極的に空気を注入することなく、溶融物の自然なドローダウンにより糸の中空部をサイジングして押し出し、延伸倍率を1.6倍に変更する以外は実施例1と同様にして多孔質中空糸を得た。
得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸は、平均孔径が0.089μm、最大孔径が0.181μmの微細孔を有し膜の分離性能が優れ、F値が66.3(m/m・day)であり、膜の透水性能も大きいが、C値が小さいため実際のモジュールに組み込んだときに膜の透水性能が低下する傾向を示すものであった。
得られたポリフッ化ビニリデン系多孔質中空糸の製造条件および物性を表1に示す。
比較例2
ノズル中心部に設けた通気口から空気を流量6.2ml/minで糸の中空部に注入した以外は比較例1と同様にして押し出したところ、水浴中で糸の中空部がつぶれて中空糸を得ることができなかった。
比較例3
混合物Aと混合物Bの供給比率を35.3/64.7(重量%)に変更する以外は実施例1と同様にして押し出したところ、水浴中の糸の中空部がつぶれて中空糸を得ることができなかった。

【産業上の利用可能性】
上記したように、本発明によれば、一本当りの透水率が大きく且つ長さ依存性が少ないとともに、濾過モジュール容量当りの処理効率の大なる精密濾過部材としての使用に適したフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸が得られる。
【図1】

【図2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量平均分子量が30万以上のフッ化ビニリデン系樹脂からなる多孔質中空糸であって、試長L=0.2〜0.8(m)の範囲において差圧100kPa、水温25℃の条件で測定される透水率F(m/m・day)と試長Lの直線関係式:F=C・L+F(式1)において、
(イ)平均傾きC(/day)が−20≦C≦0,
(ロ)切片(基礎透水率)F(m/m・day)がF≧30、
(ハ)F(m/m・day)とハーフドライ法による平均孔径P(μm)の関係がF/P≧300、および
(ニ)外径が3mm以下
の要件(イ)〜(ニ)を満すことを特徴とするフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸。
【請求項2】
基礎透水率F(m/m・day)と中空糸内径Di(mm)との間にF/Di≦75の関係が満たされる請求項1に記載の多孔質中空糸。
【請求項3】
重量平均分子量が40万以上のフッ化ビニリデン系樹脂からなる請求項1または2に記載の多孔質中空糸。
【請求項4】
重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比Mw/Mnが2.0以上であるフッ化ビニリデン系樹脂からなる請求項1〜3のいずれかに記載の多孔質中空糸。
【請求項5】
フッ化ビニリデン系樹脂が、重量平均分子量(Mw1)が40万〜120万である第1のフッ化ビニリデン系樹脂2〜49重量%と、重量平均分子量(Mw2)が15万〜60万である第2のフッ化ビニリデン系樹脂51〜98重量%を含有し、かつ第1のフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量(Mw1)と第2のフッ化ビニリデン系樹脂の重量平均分子量(Mw2)の比Mw1/Mw2が1.2以上である請求項4に記載の多孔質中空糸。
【請求項6】
多孔質中空糸の内径が0.8〜2.98mmであり、かつ膜厚が0.01〜0.4mmである請求項1〜5のいずかに記載の多孔質中空糸。
【請求項7】
重量平均分子量が30万以上であるフッ化ビニリデン系樹脂100重量部に対し、可塑剤とフッ化ビニリデン系樹脂の良溶媒とを合計量で100〜300重量部且つそのうち良溶媒の割合が8〜22重量%となるように添加し、得られた組成物を中空糸状に溶融押出し、中空部に不活性ガスを注入しつつ不活性液体中に導いて冷却固化した後、可塑剤を抽出して多孔質中空糸を回収することを特徴とするフッ化ビニリデン系樹脂多孔質中空糸の製造方法。
【請求項8】
可塑剤の抽出の前または後に延伸を行う請求項7に記載の製造方法。

【国際公開番号】WO2005/032700
【国際公開日】平成17年4月14日(2005.4.14)
【発行日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514451(P2005−514451)
【国際出願番号】PCT/JP2004/014416
【国際出願日】平成16年9月24日(2004.9.24)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】