説明

フッ素溶出抑制方法および無機多孔質体

【課題】鋳物砂を原料とする無機多孔質体からのフッ素溶出を抑制すること。
【解決手段】鋳物廃砂、珪藻土およびベントナイトからなる混合物(100重量部)に対し、6重量部のリン酸三カルシウム(Ca(PO)と少量の水とを添加して原料組成物を調製する。この原料組成物から粒状の成形物を成形し、その成形物を乾燥後、約850℃を上限とする温度で焼成して無機多孔質体を得る。この無機多孔質体によれば、原料中にフッ素が混入している場合でも、無機多孔質体からのフッ素溶出量を0.05ppmを大きく下回る超低レベルに抑制することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋳物砂を原料とする無機多孔質体からフッ素の溶出を抑制するためのフッ素溶出抑制方法と、フッ素溶出が抑制された無機多孔質体とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、廃棄物の再資源化(いわゆるリサイクル)のための研究開発が盛んに行われており、その一つに、鋳物工場で使い古された鋳物砂の廃棄物(鋳物廃砂)を利用してリサイクル製品を開発する取り組みがある。他方、国や地方公共団体等は、再生資源の有効活用を奨励する一方で、リサイクル製品が環境に悪影響を及ぼすことを厳しく規制しており、例えば、リサイクル製品からの有害物質(例えばフッ素やホウ素)の溶出量を規制値以下にすることを義務付ける土壌環境基準を策定している。かかる社会的背景の下、有害物質の溶出抑制や処理に関する技術が種々提案されている。
【0003】
従来、水中のフッ化物イオンを処理する技術として、被処理水にカルシウム塩を添加してフッ化物イオンをフッ化カルシウム化することが知られている。しかしながら、フッ化カルシウムは水100gあたり1.6g程度の溶解度を有する。このため、単なるフッ化カルシウム化では、フッ素溶出量を0.8mg/L(ミリグラム/リットル)以下に抑制すべしとの近年の環境基準を達成することは難しい。これに代替するものとして、フッ化物イオンをフルオロアパタイト化して固定することが提案されており、かかる着想に基づいてフッ素汚染土壌を処理する方法が提案されている(特許文献1及び2参照)。
【0004】
特許文献1のフッ素汚染土壌の処理方法では、フッ素で汚染された土壌中にリン酸イオン及びカルシウムイオンを解離した状態で存在せしめ、その後にこれらを化学的に結合させて水に難溶性のカルシウムフルオロアパタイト[Ca10(PO]を形成することにより、土壌から溶出するフッ素の低減を図っている。
【0005】
特許文献2のフッ素汚染土壌の処理剤及び処理方法では、リン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO・2HO)を粉状のままで、又は水懸濁液の状態でフッ素汚染土壌と混合し、当該土壌中のフッ素をフッ素アパタイトとして不溶化することにより、汚染土壌からのフッ素溶出の低減を図っている。
【0006】
【特許文献1】特開2005−305387号
【特許文献2】特開2007−216156号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1及び2の技術はいずれも、リン酸イオン成分(文献1)やリン酸水素カルシウム(文献2)をフッ素汚染土壌に混入して土壌中のフッ素をアパタイト化し、土壌からのフッ素溶出を抑制するという技術である。つまり、鋳物砂を原料とする無機多孔質体からのフッ素溶出抑制を目的とするものではない。また、本願発明者らの試験・研究によれば、リン酸水素カルシウム(CaHPO)やリン酸二水素カルシウム(Ca(HPO)を無機多孔質体の原料組成物に予め添加し、それを成形及び焼成して無機多孔質体を得ても、フッ素汚染土壌処理のためにリン酸水素カルシウム等を単に土壌中に混入する場合ほどのフッ素溶出抑制効果は得られないことが判明した(試験結果については後ほど詳述する)。本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものである。
【0008】
本発明の目的は、鋳物砂を原料とする無機多孔質体からのフッ素の溶出抑制を効果的に達成することが可能なフッ素溶出抑制方法を提供することにある。また、原料中にフッ素が残存している場合でもフッ素溶出を抑制可能な無機多孔質体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、鋳物砂を原料とする無機多孔質体からフッ素の溶出を抑制する方法であって、少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に、副原料としてのリン酸三カルシウムを添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から所定形状の成形物を成形し、この成形物を焼成して無機多孔質体を得ることを特徴とする、無機多孔質体からのフッ素溶出抑制方法である。
【0010】
また本発明は、少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に、副原料としてのリン酸三カルシウムを添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から所定形状の成形物を成形し、この成形物を焼成して得られる無機多孔質体である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に添加される副原料としてリン酸三カルシウムを選択することにより、原料組成物を成形後焼成して得られる無機多孔質体からのフッ素の溶出抑制を効果的に達成することができる。そして、この無機多孔質体からのフッ素溶出抑制効果は、後述する試験結果から明らかとなるように、リン酸三カルシウム以外のリン酸系化合物を使用することによっては得られない、本発明に特有の効果である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明は、鋳物砂を原料とする無機多孔質体からフッ素の溶出を抑制するためのフッ素溶出抑制方法と、フッ素溶出が抑制された無機多孔質体とに関するものであるが、これら方法発明及び物の発明に共通した要点は、無機多孔質体の原料組成物の調製段階で、リン酸三カルシウムを添加することにある。即ち、本発明は、少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に副原料としてのリン酸三カルシウム(Ca(PO)を添加して原料組成物を調製すること、この原料組成物から所定形状の成形物を成形すること、この成形物を焼成して無機多孔質体を得ること、の3工程からなる。
【0013】
原料組成物における主原料とは、少なくとも鋳物砂を含む原料であり、より好ましくは、鋳物砂、珪藻土およびベントナイトからなる混合物である。
【0014】
ここで、鋳物砂とは、鋳造用砂型の造型に用いられる砂であり、その砂が新品の鋳物砂であるか、少なくとも1回砂型造型及び鋳造に使用されたことがある鋳物廃砂であるかを問わない。また、鋳物廃砂には、使用済み砂型をばらして得られる砂だけでなく、砂型の解体作業を行う鋳物工場に設置された集塵機で集められた集塵ダストも含まれる。砂型をばらして得られた砂も、集塵ダストも、「使用済みの鋳造用砂型から廃棄物として回収された鋳物廃砂」であることに変わりはない。
【0015】
上記主原料に珪藻土を併用する場合、珪藻土は、上記成形物を焼成して得られる無機多孔質体の比重を調節する役割を果たす。一般に鋳物砂は比重が大きいため、鋳物砂だけを主原料とする無機多孔質体は比重が大きくなってしまう。その点、珪藻土は鋳物砂よりも比重が小さく、且つ混合時に鋳物砂中に均一分散可能であるため、珪藻土を併用することで、鋳物砂だけを使用する場合よりも無機多孔質体の比重を小さくすることができる。
【0016】
上記主原料にベントナイトを併用する場合、ベントナイトは、原料組成物を所定形状に成形する際の粘結材の役割を果たすと共に、焼成後の無機多孔質体の強度を向上させるという効果をもたらす。一般に砂型を造型する際に鋳物砂の粘結材としてベントナイトを用いることが知られているが、本発明におけるベントナイトの使用も同じ趣旨である。但し本発明では、単にそれのみにとどまらず、焼成時に、例えば粒子間ネックの成長促進により焼結体の網目構造を強化し、無機多孔質体の機械的強度を向上させる働きがある。
【0017】
原料組成物の調製工程で主原料に添加される副原料は、リン酸三カルシウム(Ca(PO)である。これ以外のリン酸カルシウム化合物は適さない。なお、原料組成物の調製に際し、主原料100重量部に対して、1〜30重量部のリン酸三カルシウムを添加することが好ましい。リン酸三カルシウムの添加量が1重量部に満たないと、十分なフッ素溶出抑制効果を得ることが難しくなる。他方、リン酸三カルシウムの添加量が30重量部を超えると、十分なフッ素溶出抑制効果は得られるものの、コスト的に不利なものとなってしまう。なお、リン酸三カルシウムの添加量は、主原料100重量部に対して、2〜25重量部がより好ましく、3〜10重量部が更に好ましい。
【0018】
なお、原料組成物の調製に際しては、水、その他の分散媒を併用して、原料組成物の均一分散を図ることが好ましい。
【0019】
原料組成物を成形する際の形状は特に限定されず、最終的に得られる無機多孔質体の用途に応じて適宜形状選択すればよい。なお、無機多孔質体を例えば水処理用のろ過材として使用する場合には、粒径が2〜10mm程度の粒形状とすることが好ましい。
【0020】
上記成形物を焼成することで無機多孔質体が得られる。焼成の温度及び時間は、原料組成物の組成に応じて決定されるが、一般的には、800〜900℃程度の温度を上限として焼成を行う。
【0021】
本発明では、上述のような原料組成物の調整、成形および焼成を経て、鋳物砂を原料とする無機多孔質体が製造される。このため、使用した原料中にフッ素成分が混入していたとしても、そのフッ素は、リン酸三カルシウムによって水に不溶又は難溶なカルシウムフルオロアパタイトとして無機多孔質体内に固定される。従って、かかる無機多孔質体が水中や水に接触する環境に置かれたとしても、フッ素の溶出を防止又は抑制することができる。
【実施例】
【0022】
本発明に従う実施例1、並びに、この実施例1と対比されるべき参考例1及び比較例1A〜6について以下に説明する。
【0023】
[実施例1及び参考例1]
50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、6重量部のリン酸三カルシウム(Ca(PO)および35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。なお、ここで使用した鋳物廃砂は、砂型の解体作業を行う鋳物工場に設置した集塵機で集められた集塵ダストが大部分を占める。ここで使用した各無機原料の成分分析結果は下記表1の通りである。また、各無機原料の比重(かさ比重)は次の通りである。
鋳物廃砂の比重:0.9〜1.0g/cm
珪藻土の比重:0.5〜0.6g/cm
ベントナイトの比重(かさ比重):0.5〜0.6g/cm
【0024】
【表1】

【0025】
次に、上記含水状態の原料組成物を押出し造粒機にかけ、直径が約4mmの粒状成形体を多数形成した。続いて、この粒状成形体を熱風乾燥機に入れ、105℃で約15時間乾燥した。そして、乾燥後の粒状成形体を電気加熱炉に入れ、炉内温度を常温(室温)から850℃まで2時間をかける略均一な温度勾配で昇温し、850℃に達した時点で加熱炉のスイッチを切り、その後、約6時間ほど炉内に放置することにより、粒状成形体を焼成した。こうして、焼成の結果物である粒状の無機多孔質体を得た。こうして得られた無機多孔質体を「実施例1」とし、焼成することなく熱風乾燥機での乾燥にとどめた未焼成の粒状成形体を「参考例1」とした。参考例1の粒状成形体(未焼成品)及び実施例1の無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0026】
[その他の実施例]
なお、表2には示さなかったが、実施例1の6重量部のリン酸三カルシウムに代えて、1重量部、2重量部、3重量部、10重量部、20重量部、25重量部、30重量部、35重量部のリン酸三カルシウムを用いることにより、無機多孔質体(焼成品)をそれぞれ製造した実施例について、後述するフッ素溶出試験をそれぞれ行ったところ、これら全ての実施例についても、実施例1と同様、フッ素溶出量が検出限界未満であったことが確認されている。
【0027】
[比較例1A,1B]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、単に35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形、乾燥および焼成を行った。こうして得られた無機多孔質体を「比較例1B」とし、焼成することなく熱風乾燥機での乾燥にとどめた未焼成の粒状成形体を「比較例1A」とした。比較例1Aの粒状成形体(未焼成品)及び比較例1Bの無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0028】
[比較例2A,2B]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、6重量部のリン酸水素カルシウム二水和物(CaHPO・2HO)および35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形、乾燥および焼成を行った。こうして得られた無機多孔質体を「比較例2B」とし、焼成することなく熱風乾燥機での乾燥にとどめた未焼成の粒状成形体を「比較例2A」とした。比較例2Aの粒状成形体(未焼成品)及び比較例2Bの無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0029】
[比較例3A,3B]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、6重量部のリン酸二水素カルシウム(Ca(HPO)および35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形、乾燥および焼成を行った。こうして得られた無機多孔質体を「比較例3B」とし、焼成することなく熱風乾燥機での乾燥にとどめた未焼成の粒状成形体を「比較例3A」とした。比較例3Aの粒状成形体(未焼成品)及び比較例3Bの無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0030】
[比較例4A,4B]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、4重量部のリン酸水素マグネシウム(MgHPO)、4重量部の水酸化カルシウム(Ca(OH))および35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形、乾燥および焼成を行った。こうして得られた無機多孔質体を「比較例4B」とし、焼成することなく熱風乾燥機での乾燥にとどめた未焼成の粒状成形体を「比較例4A」とした。比較例4Aの粒状成形体(未焼成品)及び比較例4Bの無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0031】
[比較例5]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、6重量部の水酸化カルシウム(Ca(OH))および35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形、乾燥および焼成を行った。こうして得られた無機多孔質体を「比較例5」とした。比較例5の無機多孔質体(焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0032】
[比較例6]
上記実施例1と同じ無機原料である、50重量部の鋳物廃砂、30重量部の珪藻土および20重量部のベントナイトを混合すると共に、この合計100重量部の混合物に対して、6重量部のセメントおよび35重量部の水を添加し、混練機で混練することで含水状態の原料組成物を調製した。そして、上記実施例1と同じ条件で、原料組成物の造粒成形および乾燥を行った(焼成せず)。こうして得られた未焼成の粒状成形体を「比較例6」とした。比較例6の粒状成形体(未焼成品)について、後述するフッ素溶出試験を行った結果を後掲の表2に示す。
【0033】
[フッ素溶出試験]
環境庁告示第46号の別表及び付表に記載されたフッ素の測定方法に準拠して、検査対象となる無機多孔質体(焼成品)及び粒状成形体(未焼成品)の各々についてフッ素溶出試験を行った。
【0034】
1.検液の作成
純水に塩酸を加え、水素イオン濃度指数(pH)が5.8以上6.3以下となるように調製したものを「溶媒」として準備した。そして、検査対象となる試料(単位g)と前記溶媒(単位ml)とを重量体積比10%の割合で混合し、且つ、その混合液が500ml以上となるようにしたものを「試料液」とした。続いて、その試料液を常温(概ね20℃)定圧(概ね1気圧)で、振とう機(予め振とう回数を毎分約200回に、振とう幅を4cm以上5cm以下に調整したもの)を用いて6時間連続して振とうした。振とう終了後、試料液を10〜30分程度静置し、その後、毎分約3000回転で20分間遠心分離した後の上澄み液を、孔径0.45μmのメンブランフィルターでろ過して「ろ液」を取り、そのろ液を「検液」とした。
【0035】
2.フッ素の定量
ランタン−アリザリンコンプレキソン吸光光度法により、検液中のフッ化物イオン濃度を定量した。即ち、検液にランタン(III)とアリザリンコンプレキソンとの錯体を加え、これがフッ化物イオンと反応して生じる青色の複合錯体の吸光度を測定して、フッ化物イオン濃度を定量した。なお、吸光光度測定装置での検出限界は、0.05ppmである。
【0036】
【表2】

【0037】
[試験結果と考察]
上記実施例1、参考例1および比較例1A〜6についてのフッ素溶出試験の結果を表2及びそれを棒グラフ化した図1に示す。表2及び図1から次のことが言える。
【0038】
リン酸三カルシウムを添加した原料組成物を焼成して得られた無機多孔質体である実施例1では、フッ素溶出量が「検出限界未満」(即ち0.05ppmを大きく下回る超低レベル)という極めて良好な結果を示した。この結果は、参考例1及び全ての比較例と比べても際立って良好なものである。
【0039】
実施例1と参考例1との比較から、リン酸三カルシウムを添加した原料組成物については、未焼成のまま(参考例1)よりも焼成して多孔質体化すること(実施例1)で、フッ素溶出の抑制効果が大幅に高まるという傾向を示した。これに対し、原料組成物に何も添加しない場合(比較例1A,1B)、原料組成物にリン酸水素カルシウム二水和物を添加した場合(比較例2A,2B)、原料組成物にリン酸二水素カルシウムを添加した場合(比較例3A,3B)、並びに、原料組成物にリン酸水素マグネシウム及び水酸化カルシウムを添加した場合(比較例4A,4B)についてはいずれも、未焼成のまま(比較例○A)の方がむしろフッ素溶出の抑制効果があり、焼成して多孔質体化すること(比較例○B)で却ってフッ素溶出の抑制効果が悪化している(少なくとも環境基準の0.8ppmを上回っている)。つまり、同じリン酸系の化合物であっても、リン酸三カルシウムだけが、それを添加することによって焼成後の無機多孔質体のフッ素抑制効果を大幅に向上させることができるのに対し、リン酸三カルシウム以外のリン酸系化合物では、それを添加することによって焼成後の無機多孔質体のフッ素抑制効果を大幅に減退させるという全く相反する傾向性を示した。
【0040】
実施例1のみが顕著に優れたフッ素溶出抑制効果を発揮する理由については、以下のように考える次第である。
【0041】
原料組成物中に混入していたフッ素成分は、リン酸三カルシウムを添加したことによるカルシウムフルオロアパタイト(水に難溶な固体)の生成により不溶化したものと考えて間違いない。かかるフルオロアパタイトについては、その前駆体としてのヒドロキシアパタイトを経由して形成されることが学術的に知られている。
【0042】
本願発明者らが、リン酸三カルシウムその他の物質をX線回折にて構造解析したところによれば、フルオロアパタイト前駆体であるヒドロキシアパタイトと、リン酸三カルシウムとは、それぞれのX線回折チャートに現れるピークの位置が非常に似かよっており、両者の結晶構造が非常に近似していることが窺われた。それ故、リン酸三カルシウムの存在下ではヒドロキシアパタイトの生成が比較的容易であろうこと、更にはヒドロキシアパタイトへのフッ素イオンの取り込み及び水酸化物イオンとの置換も起き易いであろうことが推察される。また、リン酸三カルシウムを使用した実施例1において、未焼成時よりも焼成後の方がフッ素溶出抑制効果が高まる理由も、結晶構造の近似性ゆえに、リン酸三カルシウムからヒドロキシアパタイトを経由してフルオロアパタイトへ至る化学変化が熱力学的にも反応速度論的にも非常に有利なものであるためと考えられる。
【0043】
これに対し、同じくX線回折によれば、フルオロアパタイト前駆体であるヒドロキシアパタイトと、リン酸三カルシウム以外の他のリン酸系化合物とでは、それぞれのX線回折チャートに現れるピークの位置があまり一致せず、両者の結晶構造が異なっていることが窺われた。それ故、リン酸三カルシウム以外の他のリン酸系化合物からのヒドロキシアパタイトの生成が、リン酸三カルシウムの場合ほど容易ではないと推察される。また、リン酸三カルシウム以外の他のリン酸系化合物を使用した複数の比較例において、未焼成時よりも焼成後の方がフッ素溶出抑制効果が減退する理由についても、結晶構造の相違のために、リン酸三カルシウムからヒドロキシアパタイトを経由してフルオロアパタイトへ至る化学変化が熱力学的又は反応速度論的にあまり有利なものではないためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0044】
本発明の無機多孔質体は、例えば工業排水、生活排水、汚染水その他の水を浄化処理するためのろ過材として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】フッ素溶出試験の結果を示す棒グラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋳物砂を原料とする無機多孔質体からフッ素の溶出を抑制する方法であって、
少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に、副原料としてのリン酸三カルシウム(Ca(PO)を添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から所定形状の成形物を成形し、この成形物を焼成して無機多孔質体を得ることを特徴とする、無機多孔質体からのフッ素溶出抑制方法。
【請求項2】
鋳物砂を原料とする無機多孔質体からフッ素の溶出を抑制する方法であって、
鋳物砂、珪藻土およびベントナイトからなる混合物にリン酸三カルシウム(Ca(PO)を更に添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から粒状の成形物を成形し、この粒状成形物を焼成して無機多孔質体を得ることを特徴とする、無機多孔質体からのフッ素溶出抑制方法。
【請求項3】
前記鋳物砂は、使用済みの鋳造用砂型から廃棄物として回収された鋳物廃砂であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の無機多孔質体からのフッ素溶出抑制方法。
【請求項4】
少なくとも鋳物砂を含んでなる主原料に、副原料としてのリン酸三カルシウム(Ca(PO)を添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から所定形状の成形物を成形し、この成形物を焼成して得られる無機多孔質体。
【請求項5】
鋳物砂、珪藻土およびベントナイトからなる混合物にリン酸三カルシウム(Ca(PO)を更に添加して原料組成物を調製し、この原料組成物から粒状の成形物を成形し、この粒状成形物を焼成して得られる無機多孔質体。
【請求項6】
前記鋳物砂は、使用済みの鋳造用砂型から廃棄物として回収された鋳物廃砂であることを特徴とする、請求項4又は5に記載の無機多孔質体。

【図1】
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【公開番号】特開2010−115593(P2010−115593A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290647(P2008−290647)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000100805)アイシン高丘株式会社 (202)
【出願人】(591172526)昭和KDE株式会社 (17)
【Fターム(参考)】