説明

ブリ類の遺伝的性に連鎖する遺伝子マーカー、ブリ類の性判別法、及び、性判別法に用いるプライマー

【課題】成熟前のブリ類の遺伝的性を、ブリ類を殺すことなく確実に判別すること。
【解決手段】ブリ類の遺伝子的性に連鎖する遺伝子マーカーから作成したプライマーを用いて、ブリ由来の核酸を鋳型とした核酸増幅反応法を行い、得られた増幅産物を解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別する。プライマーは、5’−TTTCATTGTGGCGCTCAG−3’の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分、及び、5’−GGTTGTAATGTGTCCCAG−3’の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分より成る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブリ類の遺伝的性に連鎖する遺伝子マーカー、この遺伝子マーカーを利用したブリ類の性判別法、及び、性判別法に用いるプライマーに関する。
【背景技術】
【0002】
ブリ属は世界に9種であり、日本には4種(ブリ、ヒラマサ、カンパチ、ヒレナガカンパチ)が分布している。それらのほとんどが水産物として重要種であるとともにフィッシング対象種としても重要な位置にある。
食用魚としての価値が高いブリは、出世魚であり、日本では天然魚の漁獲(約7万t/年)とともに、養殖(約15万t/年)が行われている。ブリの養殖は、特に、西日本で行われており、その生産額は約1200億円と、海面魚類養殖の生産額の半分以上を占める。また海外においても、韓国などで養殖されている(約57t・年)。
【0003】
ブリ養殖では、モジャコ(1.5〜15cm)と称する天然稚魚を採捕し、養殖種苗とする畜養が主流である。そのため、天然資源であるモジャコの資源管理のため、各県での採捕量は厳しく制限され、また、放流のための種苗生産が行われている。
しかし、今後の養殖業を発展させていくためには、天然資源に頼らず、かつ天然魚に優る病気に強い、味が良いなどの有用(優良経済)形質を持つブリを生産する必要がある。そこで、有用形質を持つブリの家系を保有し、親のもつ有用性質にかかる遺伝情報を利用する育種という観点が重要になる。
【0004】
魚類の育種においては、効率的に交配を実施していくために、親となる魚の雄と雌の数をバランスよく育てる必要がある。ブリにおいては、成熟期に目的の交配を行うために、ある特定の雌親魚から良質な卵を採取することは、その個体から良質な卵を採取できる期間が短いために、困難とされている。一方、雄親魚からの精子の採取は、どの個体も成熟期は常に排精することが多く、比較的容易である。そのため、ブリにおける育種のために親魚を養成する際には、雌を雄よりも多く養成する必要がある。
また、ブリの雄と雌は、外見上、二次性徴(成熟)を判断できる特徴をもたず、産卵期に生殖口よりチューブを差し込み、体内の卵あるいは精子を確認するしか、雌雄判別の方法はない。産卵期に、卵あるいは精子を作る成熟個体になるまでには、1-2年かかる。そのため、雌雄の数のバランスを調整できないまま、大量の稚魚を育てる必要があり、多くのコストが必要であった。
【0005】
また、ブリは性決定機構が判明されていないため、魚類の多くで確認されている、ストレス、温度等の環境によって性が変わる(性転換)現象が起こる可能性があり、雌雄のバランス調整は難しかった。
そのため、ブリの人工種苗生産および養殖漁業においては、ブリの性について、稚魚の段階で、親となる雄と雌とを生きたまま判別できることが重要課題であり、さらには、性決定機構の解明が必要である。それゆえ、その解決のために性の管理技術の開発が急がれている。
【0006】
従来、発現に性差のある遺伝子のmRNAの発現パターンを調べることにより魚の性を判別する方法が知られている(特許文献1参照)。
しかし、この方法は、カレイ目を対象としており、ブリ類の性を判定する方法ではない。また、性分化時期以降の魚に適用し、遺伝的には同一でも発現が異なる遺伝子を利用しているので、性分化期である約60日を過ぎないと性を判別することができず、発現した性を判別できるのみで、遺伝的な性の判別を行なうことはできない。さらに、一定量以上のRNAを抽出する必要があるため、成魚でない場合は魚を殺してしまう虞がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2000−60569号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、成熟前のブリ類の遺伝的性を、ブリ類を殺すことなく確実に判別するのに利用できるブリ類の遺伝的性に連鎖する遺伝子マーカー、この遺伝子マーカーを用いたブリ類の性判別法、及び、性判別法に用いるプライマーを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本出願人は、五島栽培センターにて飼育されている成熟親魚(天然漁獲魚を飼育しているもの)より、雄と雌とを交配し、F1集団を作出した。
作出したF1集団及びその両親に対してDNAマーカーを用いた連鎖解析を行った結果、発明者らが既に見出していたブリの遺伝子連鎖地図(Ohara et al., 2005)と照らし合わせると、このブリ遺伝子連鎖地図における遺伝子連鎖群(LG)12の配列表の配列番号1に示す塩基配列から成る遺伝子マーカーが性決定遺伝子座と連鎖していることがわかった。本出願人は、この遺伝子マーカーをSequ21と名づけた。
さらに、ブリの性決定要因が、遺伝的要因により決定され、かつ雌由来の遺伝子により雌雄が決定するZW型であることがわかった。
【0010】
本発明の遺伝子マーカーは、ブリ類の遺伝的性に連鎖する配列表の配列番号1に示す塩基配列から成る。ブリ類は、ブリ、ヒラマサ、カンパチ、ヒレナガカンパチのいずれか一つから成る。
ブリ類の性判別法は、配列表の配列番号1に示す塩基配列より成る遺伝子マーカーから作成したプライマーを用いて、ブリ由来の核酸を鋳型とした核酸増幅反応法を行い、得られた増幅産物を解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別する。核酸増幅反応法としては、PCR法、LAMP法などがある。その中でもPCR法は最も一般的な方法であり、PCR法により得られた産物にゲル電気泳動法を施して解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別する。
【0011】
本発明のブリ類の性判別法に用いるプライマーは、配列表の配列番号1に示す塩基配列より成る遺伝子マーカーから作成した、10〜50塩基のオリゴヌクレオチド部分を含有するプライマーが好ましい。例えば、5’−TTTCATTGTGGCGCTCAG−3’(配列表の配列番号2)の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分、及び、5’−GGTTGTAATGTGTCCCAG−3’(配列表の配列番号3)の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分より成る。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、成熟前に生かした状態でブリ類の遺伝的性を判別できるので、親魚として飼育するための稚魚の雌雄を早い時期に調整することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】実施例1においてプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動像を示す。
【図2】実施例1においてプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動の模式図を示す。
【図3】実施例2においてプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動像を示す。
【図4】実施例2においてプライマーを用いたPCR産物のゲル電気泳動の模式図を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
遺伝子連鎖群LG12上の配列表の配列番号1に示す塩基配列から成る遺伝子マーカーを用いて、ブリ類の遺伝的性を判別する。
以下、本発明の実施例について詳細に説明する。
本実施例で用いたのは、標準和名「ブリ」であり、学名はSeriola quinqueradiataである。
【0015】
(解析家系1)
五島栽培センターで飼育している成熟親魚(稚魚サイズを漁獲したものを、養殖業者が2年間畜養したものを五島栽培漁業センターで1年間飼育したもの)より雄と雌とを交配し、得られたF1集団の受精卵を100L水槽に収容し、100Lの海水で水温20℃に維持してふ化まで飼育した。ふ化1日後(日齢1)に500L水槽2面に移し、22℃で流水飼育した。日齢3より日齢30までは、餌料としてワムシを与え、日齢21から日齢39までは、アルテミアを加え、日齢32以降は市販の配合飼料を与えた。
【0016】
日齢41以降は、陸上60トン水槽及び水槽に設営した小割網を使用し日齢107まで飼育した。日齢108以降は、海上筏において飼育した。
その結果、64匹のF1集団を得た。
飼育開始半年後に、F1集団64個体を開腹し、生殖腺を確認することで雌雄の判別を行った。
64個体の性比は、雄が28個体、雌が36個体であった。
【0017】
(解析家系2)
解析家系1で用いた同一の雄と、別の雌とを交配して55匹のF1集団を得た。なお、飼育方法は、解析家系1と同様である。
解析家系1と同様に、飼育開始半年後に、F1集団55個体を開腹し、生殖腺を確認することで雌雄の判別を行った。
55個体の性比は、雄が24個体、雌が31個体であった。
【実施例1】
【0018】
解析家系1のF1集団64尾全てのブリに対し、次のようにしてSequ21に関連するPCRプライマーを用いてPCR法を行い、得られたPCR産物にゲル電気泳動法を施し、そのマーカー型を確認した。
【0019】
まず、全てのブリからのDNA抽出は、以下の手順で行った。
尾鰭を1cm角の大きさで採取し、100mM NaCl、20mM Tris−HCl(pH8.0)、100mM EDTA、1.0%SDS、100μg/ml Proteinase Kを含む消化溶液を600μL加え、37℃で一晩静置した。
さらに、フェノール/クロロホルム(1:1)抽出を1回行った後、エタノール沈殿にて染色体DNAを析出させた。回収したDNAは70%エタノールで洗浄、乾燥後、TE溶液(0.01M Tris−HCl pH7.4、2.5mM EDTA pH8.0)50μLに溶解した。
【0020】
次に、
F;5’−TTTCATTGTGGCGCTCAG−3’(配列表の配列番号2)
R;5’−GGTTGTAATGTGTCCCAG−3’(配列表の配列番号3)
の一組のプライマーを合成し、0.2pmol Fプライマーと[γ-33P]ATP、T4polynucleotide kinaseによって標識した0.32pmol Rプライマー、0.2mM each dNTP、2.0mM MgCl2、1%BSA、0.02 U Ex Taq DNA polymerase(TakaraBio)、50ngのテンプレートDNAを含む13μlの溶液で、Gene Amp PCR system 9700 thermal cycler(Perkin−Elmer)にて、PCR法を行った。
【0021】
なお、このプライマーを用いたPCR反応組成(1サンプル分)を表1に示し、Rプラ
イマーのRI標識用液組成(100サンプル分)を表2に示す。
【0022】
【表1】

【0023】
【表2】

【0024】
PCR条件は、95℃、2分−(95℃、30秒−52℃、1分−72℃、1分)×35サイクル−(72℃、3分)×1サイクルとした。
反応後、等量のLoading dye(95% formamide,10mM EDTA,0.05% bromophenol blue and xylene cyanol)とよく攪拌し、PCR産物を熱変性によって1本鎖にし、6%変性ポリアクリルアミドゲルにて電気泳動を行った。
その後、1時間乾燥させたゲルを、Imaging Plate(IP)に3〜12時間感光させ、放射線の感光像が記憶されたIPをBio-imaging Analyzer(BAS1000,Fuji Photo Films)で読み取り、コンピュータで映像化した。
その結果を図1及び図2に示す。
【0025】
図1及び図2からわかるように、雌親は168bpと152bpのバンドを保持している。子孫の雌は36個体中35個体が雌親由来の168bpのバンドを持ち、雄の28個体中27個体が雌親由来の152bpのバンドを持っていた。
即ち、本家系では、本プライマーにより増幅される雌由来のバンドの種類を調べることで、雌雄を判別することができる。
性決定形質(雌性)とこのバンドとの連鎖関係の確かさはLod scoreで示される。ここで、Lod score3以上というのは、1/103以下の危険率であることを意味している。この危険率が1/103以下である状態のことを、連鎖しているという(Lathropet al., 1984)。
168bp/152bpのバンドと性決定形質(雌性)との矛盾は64個体中2個体であり、Lod score = 2log(2/64)+(64-2)log(1-2/64)-64log0.5となり、この連鎖関係は、1/1015.40の危険率で確実である。よって、配列表の配列番号1のマーカーは、ブリの遺伝的性に連鎖している。
従って、実施例1においては、PCR産物に雌親由来の152bpのバンドを持つブリは雄のブリ、雌親由来の168bpのバンドを持つブリは雌のブリであるといえる。
【実施例2】
【0026】
解析家系2より得たF1集団55尾についても、実施例1と同様にPCR法をおこなった。実施例2におけるPCR産物のゲル電気泳動像を図3及び図4に示す。
図3及び図4からわかるように、雌親は174bpと162bpのバンドを保持している。子孫の雌は31個体中30個体が雌親由来の162bpのバンドを持ち、雄の24個体すべての個体が雌親由来の174bpのバンドを持っていた。この場合のLod scoreは、14.39であった。この連鎖関係は、1/1014.39の危険率で確実である。よって、配列表の配列番号1のマーカーは、ブリの遺伝的性に連鎖している。
従って、実施例2においては、PCR産物に雌親由来の174bpのバンドを持つブリは雄のブリ、雌親由来の162bpのバンドを持つブリは雌のブリであるといえる。
【0027】
本発明においては、親から子孫への遺伝情報の伝達についてDNAマーカーを用いて解析している。ブリ類の性判別においては、本発明で提案しているようにSequ21に関するPCRプライマーを用いて遺伝情報の伝達を解析することによって、全てのブリ家系で性判別を可能にする。親から子孫への遺伝情報の伝達を解析でき、それにより性判別が可能であることがポイントと言える。
【0028】
なお、上記実施例1、2では、親から子孫への遺伝情報の伝達を解析した際に、性決定形質(雌性)と連鎖するバンドはそれぞれ異なる数値ではあるが、これは本開発に用いたDNAマーカーの特性である。なぜならば、配列表の配列番号2と配列番号3のプライマーは、CA繰り返し配列(マイクロサテライト)を含む形でPCRプライマーが設計されている。マイクロサテライトを含むPCRプライマーは、遺伝情報の伝達を解析することによって1つの遺伝子座を位置付けることができると共に、同種内のその多型性により各個体間では多くのバンドを検出する(DNAMakers:Protocols,Applications,and Overview,GUSTAVO CAETANO−ANOLLES PETER M.GRESSHOFF)ものであり、解析家系により異なるためである。Sequ21で位置づけられるマーカー座が性決定遺伝子の存在する場所であり、それによって性判別が可能になっている。
よって、この実施例で示されるバンドのサイズは、家系によりこれに限定されるものではない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブリ類の遺伝的性に連鎖する配列表の配列番号1に示す塩基配列から成る遺伝子マーカー。
【請求項2】
ブリ類は、ブリ、ヒラマサ、カンパチ、ヒレナガカンパチのいずれか一つから成る請求項1に記載の遺伝子マーカー。
【請求項3】
請求項1に記載の遺伝子マーカーから作成したプライマーを用いて、ブリ由来の核酸を鋳型とした核酸増幅反応法を行い、得られた増幅産物を解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別することを特徴とするブリ類の性判別法。
【請求項4】
請求項1に記載の遺伝子マーカーから作成したプライマーを用いて、ブリ類のゲノムDNAにポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)を行い、得られた産物にゲル電気泳動法を施して解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別することを特徴とするブリ類の性判別法。
【請求項5】
請求項1に記載の遺伝子マーカーから作成した、5’−TTTCATTGTGGCGCTCAG−3’(配列表の配列番号2)の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分、及び、5’−GGTTGTAATGTGTCCCAG−3’(配列表の配列番号3)の内、少なくとも10個の塩基から成るオリゴヌクレオチド部分より成ることを特徴としたブリ類の性判別法に用いるプライマー。
【請求項6】
請求項5に記載のプライマーを用いて、ブリ類のゲノムDNAにポリメラーゼ連鎖反応法(PCR法)を行い、得られた産物にゲル電気泳動法を施して解析することにより、ブリ類の遺伝的性を判別することを特徴とするブリ類の性判別法。

【図2】
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【図4】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−226974(P2010−226974A)
【公開日】平成22年10月14日(2010.10.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−75492(P2009−75492)
【出願日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【出願人】(504196300)国立大学法人東京海洋大学 (83)
【出願人】(501168814)独立行政法人水産総合研究センター (103)
【Fターム(参考)】