説明

プラント保護方法

【課題】系統水への薬剤注入量を増加させること無く、プラント構造材において腐食電位を低下させて不純物の濃縮や粒界腐食、応力腐食割れの発生を効果的に防止でき、プラント構造材の健全性を維持することが可能なプラント保護方法を提供する。
【解決手段】系統水が流通する蒸気発生器を有するプラントにおいて前記系統水に曝される構造材1の表面に、高温度の系統水中に存在する物質から水素を発生させる機能を有し、かつ生成した水素により構造材1の腐食電位を低下させる機能を有する物質4を付着させる操作と、プラントの系統水の水質を制御する操作とを組み合わせることにより、構造材1の腐食電位を低下させることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はプラント保護方法に係り、特に系統水への薬剤注入量を増加させること無く、少量の薬剤添加による水質管理操作と、腐食電位を降下させる物質を構造材に付着させる操作とを併用することにより、プラント構造材において腐食電位を低下させて不純物の濃縮や粒界腐食、応力腐食割れの発生を効果的に防止でき、プラント構造材の健全性を維持することが可能なプラント保護方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電所や原子力発電所をはじめとして、高温水等の系統水が流通するボイラーや蒸気発生器等を有する種々のプラントでは、構造材である金属からのイオン溶出や腐食による析出物の発生を回避するために、例えば火力発電所や加圧水型原子力発電所(PWR)等においては、薬品を系統内に注入して系統水の水質を制御することにより、上記溶出・腐食現象の発生を抑制している。
【0003】
そもそも、金属イオンの溶出は高温水中で起こる代表的な現象であり、構造材をはじめ、配管やその他の構成部材の腐食によるプラント運転上の障害問題やメンテナンス頻度の増加等の様々な悪影響を及ぼす。また、系統水中に溶出した金属イオンは系統内の配管表面や蒸気発生器等の高温部位に酸化物として付着析出し、機器の振動の原因や熱伝達率の低下を引き起こす問題もある。特に高流速条件下における振動発生は重大な問題であり、構造材の亀裂や損傷に繋がる恐れがある。また、最近では炭素鋼配管における減肉現象により配管厚さが減少し、破裂が起こる事故も予想されている。
【0004】
このように、金属の溶出や腐食現象等の影響は、長期間のプラント運転で段階的に蓄積されて、ある時期に至って突然の災害に発展する可能性を秘めている。さらには、構造部位の形状によっては腐食速度が増加したり、予測困難な現象が発生したりすることがある。例えば、オリフィスや弁等が多用されている配管系では、液体が高速で内部空間を流れることによりエロージョン・コロージョンを起こす。一方、熱交換器等では伝熱管と支持板間のクレビス部のような狭隘部においては、不純物濃度が非常に高い状態になる可能性があり、イオンバランスによっては強酸性や強アルカリ性の濃縮水が生成することもある。このような現象と構成材表面に付着している酸化物による電位上昇から腐食割れの現象も多くの機器で確認されている。このような実情からも、種々のプラント系統内については水質制御をはじめ、様々な防食対策が実施されている。
【0005】
例えば、火力発電所や加圧水型原子力発電所の二次系においては、系統水中にアンモニアやヒドラジンを注入してpHコントロールを実施することにより、系統内からの鉄溶出を低減し、蒸気発生器への鉄流入を防止する対策が講じられている(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
さらには、熱交換器等のクレビス部のアルカリ濃縮を排除するために、Na/Cl比の管理制御や塩素イオンの腐食影響を低減するための塩化物イオン濃度管理、溶存酸素濃度制御(例えば、非特許文献2参照)など、様々な水質制御が実機プラントでは実施されている。最近では、エタノールアミンやモルフォリンなどの改良薬品を用いた水質制御方法も取り入れられている。
【0007】
上記のような配管の腐食防止や酸化物等の付着析出、クレビス部の濃縮低減など、実機プラントで既に実施されている対策以外に、改良案として多くの技術が提案されている。例えば注入薬品の改良法として、脱酸素剤としてのタンニン酸やアスコルビン酸などの有機酸を利用する方法がある(例えば、特許文献1参照)。また、水質制御方法では、系統水中における全カチオン/SOモル比を制御する運転方法(例えば、特許文献2参照)や原子炉用蒸気発生器への給水中に、イオン濃度が0.4〜0.8ppbになるように、カルシウム化合物及びマグネシウム化合物の少なくとも一方を添加導入する提案(例えば、特許文献3参照)等がなされている。
【0008】
一方、蒸気発生器に付着した酸化物(スケール)は、その元素や形態にもよるが、腐食電位を増加させる原因となる。材料の腐食電位が上昇すると、アルカリ水質条件下でも粒界腐食や応力腐食割れが起こり易いことが報告されている(例えば、非特許文献3参照)。給水中の不純物は器内水の連続的なブロー水により濃度は低濃度に維持されているが、蒸気発生器の構造や熱負荷の観点から濃縮倍率が高くなる部分が存在する。特に、伝熱管と支持板との間のクレビス部のような狭隘部では、水化学管理とは異なる水質になってしまうことがある。そのため、不純物の濃縮が起こり、腐食環境になると共に、スケール付着による腐食電位上昇が重なり、より粒界腐食や応力腐食割れが発生し易くなる。そのため、支持板の流水路形状を変更するなど対策がなされている。
【特許文献1】特許第2848672号公報
【特許文献2】特許第342144号公報
【特許文献3】特開2004−12162号公報
【非特許文献1】日本原子力学会編 「原子炉水化学ハンドブック」コロナ社 2000年12月27日 第161頁
【非特許文献2】日本原子力学会編 「原子炉水化学ハンドブック」コロナ社 2000年12月27日 第162頁
【非特許文献3】日本原子力学会編 「原子炉水化学ハンドブック」コロナ社 2000年12月27日 第166頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、運転中に種々の薬品を系統水中に注入して溶出・腐食防止対策を講じている上記従来のプラントにおいては、系統水中に注入する薬品の注入量が膨大であり、水質制御操作に多大の薬品コストおよび労力が必要であり、運転管理コストが上昇する難点がある上に、薬品の添加効果が不十分であるという問題点があった。
【0010】
また、コロイド粒子状あるいはスラリー粒子状の薬剤は、系統水中のある程度の高温度条件下であれば構造材の酸化被膜上に付着させることが可能である。しかしながら、その付着速度は極めて小さいため、金属構造材表面にコロイド粒子やスラリー粒子を付着させるのに長時間を要し、付着施工時間が長期化して作業性が悪い上に、防止効果の確認に長時間を要し効果を迅速に確認し難い問題点もあった。
【0011】
本発明は上記従来の問題点を解決するためになされたものであり、特に系統水への薬剤注入量を増加させること無く、少量の薬剤添加による水質管理操作と、腐食電位を降下させる物質を構造材に付着させる操作とを併用することにより、プラント構造材において腐食電位を迅速に低下させて不純物の濃縮や粒界腐食、応力腐食割れの発生を効果的に防止でき、プラント構造材の健全性を維持することが可能なプラント保護方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、本発明に係るプラント保護方法は、系統水が流通する蒸気発生器を有するプラントにおいて前記系統水に曝される構造材の表面に、高温度の系統水中に存在する物質から水素を発生させる機能を有し、かつ生成した水素により構造材の腐食電位を低下させる機能を有する物質を付着させる操作と、プラントの系統水の水質を制御する操作とを組み合わせることにより、構造材の腐食電位を低下させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るプラント保護方法によれば、構造材の腐食電位を低下させる機能を有する物質を構造材に付着させる操作と、プラントの系統水の水質を制御する操作とを組み合わせているために、腐食環境にある雰囲気を還元状態に変化させて薬剤効果を増幅させることが可能になる。したがって、薬剤効果の増幅により薬品の注入量を増加させることなく、従来と同程度の腐食電位低減効果を得る場合には、薬剤の注入量を低減することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
(実施例1)
次に、本発明に係るプラント保護方法をプラント機器や配管系に適用した実施例1について図1を参照して説明する。図1は高温度の系統水が流通するプラント機器や配管系における接液部の模式図である。プラント機器や配管系を構成する構造材1(ここでは金属)の接液部には、高温度の系統水に曝されたために形成された酸化被膜2を有している。
【0015】
この酸化被膜2の表面上に、水素発生化合物3により発生する水素により腐食電位を低下させる機能を有する腐食電位低減物質としてのn型半導体4が付着している。
【0016】
上記水素発生化合物3としては、例えば、酸化物を還元させて表面の金属原子の酸素結合が切れた状態の化合物でも良い。つまり、n型半導体4が酸化物である場合に、表面を水中あるいは気体中で還元させることにより表面金属原子の酸素との結合をなくし、活性状態に移行させることにより、水素発生化合物3の代替とすることが可能である。
【0017】
ボイラー等の水質制御においては、系統水中に種々薬剤が注入されて、水質制御のために使用されているが、その中で代表的な薬剤としてアンモニアが挙げられる。特に火力発電所や加圧水型原子力発電所(PWR)の2次系において、材料の防錆のためにアンモニアとヒドラジンとを系統水中に添加する全揮発性薬品処理(AVT)などの水質制御で使用されている。
【0018】
図2に示すようにアンモニアが存在している系統水中に水素発生化合物3(金属)が担持されたn型半導体が存在する場合には、以下の作用が働く。(1)まず、水素発生化合物3(金属)の触媒作用によってアンモニアの分解が起こり、水素が生成する。(2)次に、生成した水素により腐食電位を低下させる機能を有する電位低減物質4としてのn型半導体4が反応し、電流密度のバランスを変化させ腐食電位を低減する。
【0019】
ここで、系統水中にアンモニアが存在することにより、アンモニアは水素発生源となる。上記のように構成した構造材接液部を高温高圧容器中に収容してアンモニア注入による水質制御操作による腐食電位の経時変化を測定して図3に示す結果を得た。
【0020】
すなわち、図3において、実線は、構造材の試験片であるステンレス鋼(SUS)に腐食電位低減物質としてのNi/TiOを付着させ温度288℃に加熱した状態において、系統水にアンモニアを注入開始または注入停止した場合の腐食電位の経時変化を示す結果である。一方、破線は、腐食電位低減物質の付着を実施せずにSUS鋼のみの場合の腐食電位の経時変化である。なお、両試験片共に表面には予め酸化被膜の形成を実施している。
【0021】
図3に示す結果から明らかなように、腐食電位低減物質としてのNi/TiOを付着させた試験片の場合では、アンモニアを注入する前では電位は高い状態で推移していたが、アンモニアを注入すると腐食電位は徐々に低下して、ある一定値に到達すると腐食電位は維持された。したがって、腐食電位低減物質を付着した試験片においては、腐食電位低減物質と系統水中に注入されたアンモニアとが反応し、構造材の腐食電位が効果的に低下されることが確認できた。一方、破線で示すSUS鋼のみではほとんど電位変化が確認できない。この実験結果から、Ni/TiOが優れた腐食電位低減効果を発揮することが判明した。
【0022】
(実施例2)
実施例2について、図4を参照して説明する。図4は実施例1と同様に予め酸化被膜形成処理を施したSUS鋼の表面に腐食電位低減物質としてのPt/TiOを付着させた試験片を用いて、系統水温度を変化させた場合における腐食電位の経時変化を測定した結果を示すグラフである。各測定温度において、アンモニア溶液を系統水中に注入した。
【0023】
図4に示す結果から明らかなように、系統水の温度が150℃、250℃、300℃と上昇するに従って試験片の腐食電位は低下することが判明した。すなわち、系統水温度が高ければ高いほど、付着物の効果が増大することが示され、水素生成量の増加が推察できる。つまり、外部からの付加エネルギーにより腐食電位は大きく変化し、特に水素存在下での影響は非常に大きいことが確認できた。
【0024】
(実施例3)
次に実施例3について、図5を参照して説明する。図5おける実線は、実施例1と同様に予め酸化被膜生成処理を施したSUS鋼の表面に腐食電位低減物質としてのPt/TiOを付着させた試験片を用いて、系統水温度を変化させた時の腐食電位の経時変化を測定した結果を示すグラフである。なお、系統水温度は150℃から300℃まで変化させた。
【0025】
一方、破線は、Ni基合金(商品名:Alloy600)を同様に予め酸化被膜生成処理を実施した試験片の表面に腐食電位低減物質としてのPt/TiOを付着させた試験片での試験結果である。両試験結果を比較すると、構造材としてのSUS鋼に比べてNi基合金ではやや電位が高いものの、温度依存性についてはSUS鋼と同様の依存性があることが示されている。したがって、構造材を構成する鋼材の種類が相違しても、ほぼ同様の腐食電位低減効果が発現することが確認できた。
【0026】
(実施例4)
実施例4について、図6を参照して説明する。図6において実線は、酸化被膜付きのSUS鋼を化学的に除膜処理して金属組織の新生面を露出させた試験片の表面に腐食電位低減物質としてのPt/TiOを付着させた試験片を用い、アンモニア存在条件下で腐食電位の経時変化を測定した結果を示す線図である。
【0027】
一方、図6において破線は、除膜処理して新生面を露出させた試験片をそのまま使用した場合における腐食電位の経時変化の測定結果を示す線図である。なお、系統水温度は共に290℃に設定した。
【0028】
図6に示す結果から明らかなように、新生面を露出させた試験片の表面に腐食電位低減物質としてのPt/TiOを付着させた試験片では、時間が経過しても腐食電位はほぼ一定値で推移し酸化が進行しない。これに対して、腐食電位低減物質の付着がない試験片においては、腐食電位は経時的に上昇する結果が得られた。この事実からPt/TiOを付着させない試験片では新生面が徐々に酸化されて酸化被膜が形成されていることが分かる。この結果から、Pt/TiOは酸化被膜形成の抑制効果があることも同時に効果として確認でき、原子力発電所の蒸気発生器等の化学洗浄後の表面に、上記同様の効果が発現されるものを付着させることにより、現行のプラントで問題になっている酸化被膜生成抑制効果および酸化物付着の抑制効果も発揮できる。
【0029】
(実施例5)
実施例5について、図7を参照して説明する。図7は、酸化被膜付炭素鋼の表面に腐食電位低減物質としてのFe/TiOを付着させた試験片について、系統水のpH値の大小に対する腐食電位の依存性を測定した結果を示すグラフである。系統水の温度は290℃に設定した。なお、系統水のpHの調整はアンモニアを注入する方法を用いた。
【0030】
図7に示す結果から明らかなように、系統水へのアンモニアの注入量が増加しpH値が上昇するに従って腐食電位は低下した。高温度の水中では、アルカリ濃縮と酸化物等の堆積とによる腐食電位上昇の二重効果により腐食を加速させる条件になる場合がある。しかしながら、プラント系統水の水質制御により、特にプラント機器の狭隘部に微量のアンモニアが存在するように水質制御する操作を実行することにより、狭隘部での水素発生効果の発現により腐食電位を効果的に低下させることができ、構成材の腐食環境を大幅に緩和することができる。
【0031】
(実施例6)
次に、実施例6について図8を参照して説明する。図8は酸化被膜付きステンレス鋼(SUS)から成る構造材表面に種々の電位低減物質を付着物質させたものを試験片とし、この各試験片を、アンモニアを含有する高温度の系統水中に浸漬させたときのアンモニア存在下での水素発生量と腐食電位との関係を示したグラフである。系統水の温度は290℃に設定した。TiOを付着させた試験片については、予め水素存在下で表面処理を実施した試験片を用いた。
【0032】
図8に示す結果から明らかなように、電位低減物質が付着していない試験片では水素発生量はほとんど観測されず、腐食電位が高くなっている。一方、電位低減物質が付着している試験片では、多量の水素発生が確認され、その水素発生量が多いほど腐食電位は低下する傾向が確認できる。この結果からも明らかなように、付着した電位低減物質自体が水素を発生する機能を備えることにより、腐食電位を効果的に低下させる引き金となる。
【0033】
したがって、アンモニアのようなアミン類から水素を発生させる機能を利用する現状の蒸気発生器を有するプラントの水質制御と比較して、電位低減物質自体が備える水素発生機能を利用できるために、系統水への薬剤注入コストを低減できる上に、薬剤の取扱いの安全性を改善することができる。特に、微量のアンモニアから水素を生成させることが可能になるために、材料の防錆のためにアンモニアとヒドラジンとを系統水中に添加する全揮発性薬品処理(AVT)において必要とされるアンモニア量を大幅に低減することが可能となり、処理コストの削減に極めて有効である。
【0034】
(実施例7)
次に、実施例7について図9を参照して説明する。図9は、実施例1で使用した構造材表面に種々の酸化物(Ni+WO,Pt+WO,Fe+ZnO)から成る電位低減物質としてのn型半導体を付着物質させたものを試験片とし、この各試験片を、アンモニアを含有する高温度の系統水中に浸漬させたときのアンモニア存在下での腐食電位の高低状況を示したグラフである。系統水の温度は290℃に設定した。
【0035】
図9に示す結果から明らかなように、電位低減物質自体が水素生成機能を有していれば酸化物の腐食電位低下が発現することが確認できた。したがって、適用するプラント状況に応じて、適宜、電位低減物質を選択することが可能である。
【0036】
(実施例8)
実施例8について図10を参照して説明する。図10は温度290℃の高温系統水に実施例1の試験片を浸漬した場合において、溶存水素濃度の変化に対する腐食電位の変化を測定し示したグラフである。
【0037】
図10に示す結果から明らかなように、溶存水素濃度がある所定量までは、腐食電位は低下する傾向を示し、その後はほぼ一定状態となる。このことから、水素の供給源となる薬剤などの物質の注入量は、腐食電位を抑制するために必要な溶存水素濃度から逆算することができ、実機プラントでの水質制御における薬剤の最低注入量を決定することができる。
【0038】
次にコロイド粒子状態またはスラリー粒子状態にある電位低減物質を構造材表面に付着させるように構成した態様を以下の実施例に基づいて説明する。
【0039】
(実施例9)
本発明の実施例9について図11を参照して説明する。図11は高温度の系統水が流通するプラント機器や配管系における接液部の模式図である。プラント機器や配管系を構成する構造材1(ここでは金属)の接液部には、高温度の系統水に曝されたために形成された酸化被膜2を有している。高温度の系統水中にはコロイド粒子状あるいはスラリー粒子状の電位低減物質が注入されて浮遊している。
【0040】
一般に、高温水中にあるコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子は、ある程度の温度条件下に置くことにより構造材の酸化被膜上に付着させることが可能である。しかしながら、その付着速度は極めて小さいために、金属表面にコロイド状粒子やスラリー状粒子を付着させるためには長時間を要し、付着施工時間が長期化する難点があった。
【0041】
本実施例では、上記付着施工時間を短縮するために、物質間のゼータ電位差によって発生する静電引力を利用して電位低減物質の付着速度を加速させている。このとき、系統水のpH値が3〜10の範囲であって、浮遊しているコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子のゼータ電位がマイナス値になっていることを条件とする。
【0042】
すなわち、高温度の系統水に暴露された金属材料(構造材)の表面には酸化被膜2が形成されており、ボイラーや蒸気発生器等の表面にはFeやFeといった鉄系の酸化物が形成されたり、あるいは金属材料から溶出した鉄イオン等により金属酸化物が付着形成されたりしている。
【0043】
上記のような金属酸化物においても表面のゼータ電位は存在し、このゼータ電位のpH依存性は酸化物の結晶形態に依存する。例えば、Feは、系統水が酸性から中性付近の範囲で等価点となり、アルカリ性になるとゼータ電位はマイナスの値となる。このような、ゼータ電位のpH依存性は金属酸化物において類似した傾向を示し、弱酸性から中性付近で等価点をとり、アルカリ性になるとほとんどの酸化物がマイナス値となる。この性質を利用し、上記コロイド状粒子あるいはスラリー状粒子を、pHに依存させずに酸性からアルカリ性までの広い範囲でマイナスのゼータ電位値を保持する性質を持っていれば以下の作用効果が得られる。
【0044】
図12は、系統水が中性(pH7)である条件下で酸化被膜2のゼータ電位がプラス値を持つ場合について、電位低減物質粒子4の付着速度が加速されるメカニズムを示す断面図である。つまり、系統水が中性である条件においては、コロイド状あるいはスラリー状の電位低減物質粒子4のゼータ電位はマイナス荷電になっている一方、酸化被膜2はプラス荷電になっている。したがって、系統水の水質条件を中性に制御した場合には、異なる符号のゼータ電位値により粒子と酸化被膜2との間に静電引力が働き、コロイド状あるいはスラリー状の電位低減物質粒子4は、通常の付着速度よりも5〜6倍もの高速度で酸化被膜2表面に付着させることが可能となる。
【0045】
上述のようにコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子の付着メカニズムを明確化し、ある一定時間内において粒子が金属材料へ付着する量について比較試験を実施した結果を図13に示す。すなわち、上記比較試験では試験片としてSUS鋼を用いており、酸化被膜はFeであることをX線回折分析により確認している。比較試験は、系統水の温度を80℃に設定し、系統水のpH値をpH=10(条件A)及びpH=7(条件B)として4日間静水状態で実施し、粒子が金属材料へ付着する量を測定することにより実施した。
【0046】
図13に示す結果から明らかなように、系統水をアルカリ性とした条件Aの場合よりも、系統水を中性とした条件Bの方が、付着量が多くなることが判明した。これは、FeはpH=10において、マイナスのゼータ電位になっているためであり、コロイド粒子あるいはスラリー粒子のマイナスのゼータ電位と反発するため、付着量が少なくなると考えられる。一方、系統水が中性条件では、図12に示すように、粒子はマイナスのゼータ電位になっている一方で、構造材の酸化被膜表面のゼータ電位はプラスとなっているので両者間に静電引力が発生するために、粒子の付着量がより増加した。このように、付着させたいコロイド粒子および金属材料のゼータ電位を水質制御により調整することにより、電位低減物質粒子4の付着速度を増加させることが可能になる。
【0047】
(実施例10)
実施例10について図14を参照して説明する。図14は、ステンレス鋼(SUS)製の試験片を構造材として用い、同じコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子の懸濁液を系統水中に注入し、系統水温度を変化させて、各温度における粒子の付着量を測定する付着試験を4日間実施した結果を示すグラフである。
【0048】
図14から明らかなように、構造材が接する系統水の温度が上昇すると、コロイド状粒子あるいはスラリー状粒子の付着量が増加することが再確認できる。この結果を考慮すると、配管や構造材への電位低減物質の付着方法のパラメータとして系統水の温度は重要であり、温度制御を的確に実施することにより配管や構造材への電位低減物質粒子4の付着速度をコントロールすることが可能となる。
【0049】
(実施例11)
実施例11について、図15を参照して説明する。図15は、電位低減物質を付着させる構造材をSUS,Ni基合金、炭素鋼の3通りに変化させて試験片とすると共に、試験片に接触する系統水を中性(pH7)およびアルカリ性(pH10)の2通りに設定し、実施例9で使用したものと同じコロイド状あるいはスラリー状電位低減物質粒子を温度が80℃の系統水中に添加した状態で、粒子の付着試験を実施した結果を示すグラフである。
【0050】
前記実施例1においても例示したように、SUS鋼試験片を使用した場合においては、系統水が中性条件である場合の方が、アルカリ性条件であるよりも粒子の付着量は多くなる。一方、図15に示す結果から明らかなように、試験片がNi基合金および炭素鋼から成る場合では、中性条件よりもアルカリ性条件である方が、粒子の付着量は多くなることが確認された。
【0051】
上記付着試験において得られた重要な知見は、今回実施例において使用された粒子のゼータ電位は中性、アルカリ性において常に、−60〜−40mVの範囲の値を維持していることである。つまり、鋼材表面のゼータ電位とは符合が異なることにより、粒子の付着性は大きく変化することになる。例えば、SUS鋼の表面をX線回折装置で分析してみるとFeが形成されていることが確認された一方、Ni基合金ではNiFeおよびNiOの生成が確認された。このように、表面酸化被膜等のゼータ電位を把握しておくことにより、付着させるべきコロイド状粒子やスラリー状粒子の選択も容易になる。
【0052】
(実施例12)
実施例12について、図16を参照して説明する。図16では、高温水に曝されて酸化被膜が形成されているSUS鋼を除染して金属組織の新生面を露出させた後に、酸素が多く存在する高温度の系統水または水素が多く存在する高温度の系統水に曝した試験片を用いて電位低減物質粒子の付着試験を実施した結果を示すグラフである。具体的には、酸素が多い条件、つまり酸化条件下(ここでは酸素濃度250ppb、溶存水素濃度10ppb、過酸化水素濃度200ppb)での酸化被膜形成試験を行う一方で、水素が多い条件、つまり還元条件下(ここでは、溶存水素濃度100ppb、溶存酸素濃度10ppb、過酸化水素なし)での表面処理試験を行った。
【0053】
図16に示す結果から明らかなように、酸化条件下ではFeの酸化被膜が形成されている一方、還元条件下ではFeの酸化被膜が形成されていた。各試験はアルカリ性領域(pH10)の系統水中で実施した。試験後にこれらの各試験片における粒子の付着量を比較してみるとFeが生成していた試験片のほうがコロイド粒子あるいはスラリー粒子の付着量が多くなった。すなわち、系統水の酸化・還元状態を適正に制御することにより、電位低減物質粒子の付着量を適正に調整できる。
【0054】
(実施例13)
実施例13について、図17を参照して説明する。この図17は、種々のpH値を有する系統水と接触した電位低減物質としての各種金属酸化物のゼータ電位についてのpH依存性を比較して示すグラフである。金属酸化物のゼータ電位は、系統水がアルカリ性に向かうほどゼータ電位は低くなる傾向を示すものが多い。このように付着対象物の表面ゼータ電位は酸化物形態から推測することが可能であり、鋼材や水質条件から付着の制御が可能となる。
【0055】
つまり、系統水のpH値をアンモニア等の薬剤を注入することによって制御が可能なプラントであれば、コロイド状粒子やスラリー状粒子の付着量制御はもとより、コロイド状粒子が付着した構造材のゼータ電位をも制御できる。したがって、蒸気発生器や配管等への水中付着物、鉄酸化物等の付着を抑制することが可能となる。
【0056】
図17で示されるゼータ電位挙動を示すコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子を用いた場合には、系統水が中性である水質条件下で付着させる方法を採用することにより、粒子の付着速度を効果的に加速できる。一方、緩速度でゆっくりと粒子を付着させて配管や構造材表面に均一に粒子を付着させる場合は、系統水がアルカリ性である条件下で付着操作を実施する方法を好適に選択できる。このように、粒子と構造材表面とのゼータ電位の差により付着操作仕様の選択が広がるとともに、施工への重要なパラメータとなることが判明した。
【0057】
(実施例14)
実施例14について図18を参照して説明する。図18は系統水のpHに対する電位低減物質としての各種酸化物(Fe,Fe)およびコロイド粒子のゼータ電位の変化を示すグラフである。既に実施例13で記述しているように、粒子と構造材表面との間のゼータ電位差が大きければ粒子の付着速度は速くなる。
【0058】
図18に示すように、系統水が中性であってもアルカリ性であっても、粒子と構造材表面との間のゼータ電位差が大きくなる場合には、どちらの条件下においても、粒子の付着操作を容易に実施することが可能である。
【0059】
このように付着されたコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子は、構造材表面に付着した状態で、その防食効果を発揮することが可能である。例えば、酸化チタンを付着させた場合には、熱や光による励起電流効果により、構造材表面の腐食電位を低下させることができる。このような電位低減効果が粒子の付着により発現できれば、蒸気発生器で問題になっている腐食損傷やオリフィスでのエロージョン・コロージョンを効果的に抑制することが可能となる。本実施例のように、ゼータ電位を適正に利用して粒子を構造材表面に付着させることにより、プラント構成材の防食効果が高まることが期待できる。
【0060】
以上説明の通り、本実施例に係るプラント保護方法によれば、構造材の腐食電位を低下させる機能を有する物質を構造材に付着させる操作と、プラントの系統水の水質を制御する操作とを組み合わせているために、腐食環境にある雰囲気を還元状態に変化させて薬剤効果を増幅させることが可能になる。したがって、薬剤効果の増幅により薬品の注入量を増加させることなく、従来と同程度の腐食電位低減効果を得る場合には、薬剤の注入量を低減することが可能になる。
【0061】
また、電位低減物質粒子となるコロイド状粒子および構造材表面のゼータ電位を水質制御により適正に調整することにより、電位低減物質粒子の付着速度を増加させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】本発明に係るプラント保護方法をプラント機器や配管系に適用した実施例1の構成を模式的に示す断面図。
【図2】図1に示すプラント保護方法で利用する触媒作用を説明する断面図。
【図3】系統水中でのアンモニアの存在の有無による腐食電位の低減効果を示すグラフ。
【図4】腐食電位と系統水温度との関係(腐食電位の温度依存性)を示すグラフ。
【図5】構造材を構成する鋼材種類の相違による腐食電位の経時変化を示すグラフ。
【図6】除膜処理を実施して金属組織の新生面を露出させた構造材の表面に腐食電位低減物質を付着させた試験片および新生面を露出させた構造材をそのまま試験片として使用した場合において、アンモニア存在条件下での腐食電位の経時変化を測定した結果を示すグラフ。
【図7】腐食電位と系統水のpH値との関係(腐食電位のpH依存性)を示すグラフ。
【図8】各種の腐食電位低減物質を用いた場合の水素発生量と腐食電位との関係を示すグラフ。
【図9】種々のn型半導体を電位低減物質として用いた場合の腐食電位を示すグラフ。
【図10】系統水中の溶存水素濃度と構造材の腐食電位との関係を示すグラフ。
【図11】高温度の系統水が流通するプラント機器や配管系における接液部の模式的断面図。
【図12】系統水が中性である条件下で酸化被膜のゼータ電位がプラス値を持つ場合について、電位低減物質粒子の付着速度が加速されるメカニズムを示す断面図。
【図13】系統水がアルカリ性または中性である場合における粒子の付着量の相違を示すグラフ。
【図14】系統水温度と、各温度におけるコロイド状粒子あるいはスラリー状粒子の付着量との関係を示すグラフ。
【図15】構造材の種類と、構造材に接触する系統水の性状と、コロイド状あるいはスラリー状電位低減物質粒子の付着量との関係を示すグラフ。
【図16】酸化条件下または還元条件下にある系統水に構造材を浸漬して粒子の付着試験を実施した結果を示すグラフ。
【図17】所定のpH値を有する系統水と接触した電位低減物質としての各種金属酸化物のゼータ電位についてのpH依存性を比較して示すグラフ。
【図18】系統水のpHに対する各種酸化物およびコロイド粒子のゼータ電位の変化を示すグラフ。
【符号の説明】
【0063】
1 構造材(金属基材)
2 酸化被膜
3 水素発生化合物(水素発生金属)
4 腐食電位低減物質(n型半導体、コロイド状粒子あるいはスラリー状粒子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
系統水が流通する蒸気発生器を有するプラントにおいて前記系統水に曝される構造材の表面に、系統水中に存在する物質から水素を発生させる機能を有し、かつ生成した水素により構造材の腐食電位を低下させる機能を有する電位低減物質を付着させる操作と、プラントの系統水の水質を制御する操作とを組み合わせることにより、構造材の腐食電位を低下させることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項2】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記プラントが、火力発電所、原子力発電所、化学プラントのいずれかであることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項3】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記系統水の温度が、50℃以上800℃以下であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項4】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記構造材が、鉄鋼、非鉄鋼材、非鉄金属、溶接金属のいずれかから成ることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項5】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記構造材の表面が、高温度の系統水に曝されることにより酸化被膜が生成している状態、化学洗浄後または新規採用により金属母材が露出している状態、金属母材が一部露出していると共に除染後に高温度の系統水に曝されて薄い酸化被膜が形成されている状態のいずれかであることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項6】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記系統水中に存在する物質として水素原子を分子組成に含む化合物を使用することを特徴とするプラント保護方法。
【請求項7】
請求項6記載のプラント保護方法において、前記化合物として系統水のpHを変化させることが可能な物質を使用すること特徴とするプラント保護方法。
【請求項8】
請求項7記載のプラント保護方法において、前記pHを変化させることが可能な物質が、アミン類または酸類であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項9】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記系統水中に存在する物質から水素を発生させる機能が、触媒作用によるものであることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項10】
請求項9記載のプラント保護方法において、前記触媒作用をもたらす触媒が、貴金属、遷移金属および2B〜5B族金属から選択される少なくとも1種の金属あるいは2種類以上の金属を組み合わせた化合物から成ることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項11】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記腐食電位を低下させる機能を有する電位低減物質が、半導体性質を兼ね備えた化合物であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項12】
請求項11記載のプラント保護方法において、前記半導体性質を兼ね備えた化合物がn型半導体から成ること特徴とするプラント保護方法。
【請求項13】
請求項12記載のプラント保護方法において、前記n型半導体が、TiO、BaTiO、Bi、ZnO、WO、SrTiO、Fe、FeTiO、KTaO、MnTiO、SnO、ZrO、CeO、In、Al、MgO、MgFe、NiFe、MnO、MoO、Nb、SnO、SiO、PbO、V、ZnFe、ZnAl、ZnCo、Taのいずれかから成ることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項14】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記プラントの系統水の水質を制御する操作が、系統水のpH、酸化還元状態、酸塩基性のいずれかを変化させる操作であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項15】
請求項1記載のプラント保護方法において、前記構造材表面のゼータ電位と異なるゼータ電位を有する電位低減物質を構造材の表面に付着させることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項16】
請求項15記載のプラント保護方法において、前記構造材表面のゼータ電位と電位低減物質のゼータ電位との電位差が±5mV以上であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項17】
請求項15記載のプラント保護方法において、前記電位低減物質がコロイド状態またはスラリー粒子状態であることを特徴とするプラント保護方法。
【請求項18】
請求項15記載のプラント保護方法において、前記コロイド粒子状態またはスラリー粒子状態である電位低減物質の粒子径が、5nm以上10μm以下であることを特徴とするプラント保護方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2009−216289(P2009−216289A)
【公開日】平成21年9月24日(2009.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−59819(P2008−59819)
【出願日】平成20年3月10日(2008.3.10)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】