説明

プレスブレーキ用金型およびその製造方法

【課題】クランプ装置に精度良く安定的に保持させることのできるプレスブレーキ用金型およびその製造方法を提供する。
【解決手段】例えば、クランプ装置9における可動クランプ部材15に設けられた突起15aに係合する係合溝23Aを備えるパンチ6であって、前記係合溝23Aを、中心面24に関して互いに面対称をなす第1の傾斜面25Aと第2の基準面26Aとを有するVの字形状に形成する。この係合溝23Aを仕上げる際には、その係合溝23Aに合致する形状に成形された総形研削砥石車32を用いて研削加工を実施する。この研削加工が施された溝の形状測定は、オーバピン37を用いた測定法によるものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プレスブレーキにクランプ装置を介して装着され、板材の曲げ加工を行うプレスブレーキ用金型およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、例えばプレスブレーキ用金型におけるパンチを保持するクランプ装置は、ラム下部にて後面側の固定プレートと前面側の可動プレートとの間にパンチを挟み込み、可動プレートをボルトで締め付けることによってそのパンチをクランプするようにされている。このため、パンチを交換する際に多数のボルトを工具によって締め付けたり緩めたりしなければならず、大変面倒で工数のかかる作業を必要とし、また不注意に締め付けボルトを緩めるとパンチが落下する恐れがある。このようなことから、パンチの着脱を容易に行うことができると共にパンチの落下を防止することのできるクランプ装置が、例えば特許文献1にて提案されている。
【0003】
【特許文献1】米国特許第6,446,485号明細書
【0004】
前記特許文献1に係るクランプ装置100は、図10(a)に示されるように、プレスブレーキにおけるラム101の下部に取着された固定部材102により固定されるクランプ装置本体103と、このクランプ装置本体103の後側(図では左側)においてそのクランプ装置本体103に一体的に設けられる固定クランプ部材104と、この固定クランプ部材104と対を成すようにクランプ装置本体103の前側(図では右側)に配され、枢支軸105を介してそのクランプ装置本体103に取着される可動クランプ部材106とを備え、固定クランプ部材104と可動クランプ部材106との間に持ち込まれるパンチ107の上端部をそれらクランプ部材104,106で挟み込むことができるように構成されている。ここで、前記可動クランプ部材106の先端部には、内側に向けて突出される突起106aが設けられる一方、前記パンチ107の上端部には、その突起106aと係合可能な係合溝108が設けられている。この係合溝108は、図10(d)に示されるように、前記突起106aに当接する傾斜面109を有するベベル溝部分108aと、機械加工時の工具の逃げ部として形成された逃げ溝部分108bとよりなり、パンチ107の上端面に平行でかつ当該係合溝108の中間に位置する平面110に関して、前記ベベル溝部108aと前記逃げ溝部108bとが非対称の形状となっている。
【0005】
前記クランプ装置100においては、1)固定クランプ部材104と可動クランプ部材106とによってパンチ107の上端部を強固に挟み込んでパンチ107を固定するクランプ状態(図10(a)参照)と、2)前記突起106aを前記係合溝108に入り込ませてパンチ107の落下を防止しつつパンチ107の左右方向(図10の紙面に直交する方向)の移動を許容する程度にパンチ107の上端部をそれらクランプ部材104,106によって挟み込む半クランプ状態(図10(b)参照)と、3)それらクランプ部材104,106に対してパンチ107が完全にフリーとなるように可動クランプ部材106を広げるアンクランプ状態(図10(c)参照)の3つの状態がある。そして、図10(a)に示されるクランプ状態と同図(b)に示される半クランプ状態とは、クランプ装置本体103に付設される図示されないレバーの所定の回動操作により切り換えられる。また、図10(c)に示されるアンクランプ状態において、可動クランプ部材106の下部を手指等により押すと、同図(b)に示される半クランプ状態となる。また、図10(b)に示される半クランプ状態において、可動クランプ部材106の上部を手指等により押すと、同図(c)に示されるアンクランプ状態となる。
【0006】
ここで、図10(b)に示される半クランプ状態から同図(a)に示されるクランプ状態へ移行する際には、可動クランプ部材106の突起106aによって係合溝108の傾斜面109が押されるため、パンチ上端部の後面(図では左面)が固定クランプ部材104に押し付けられながらパンチ全体が押し上げられることになる。そして、クランプ状態への移行が完了した際には、パンチ上端部の後面が固定クランプ部材104に、パンチ上端面がクランプ装置本体103に、それぞれ押し付けられ、これによりパンチ107のクランプ装置100への位置決めが成されるとともに、クランプ装置100に対するパンチ107の姿勢が保持される。したがって、クランプ装置100に対してパンチ107の姿勢が精度良く安定的に保持されるためには、係合溝108の傾斜面109を高精度に仕上げる必要がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、前記従来のパンチ107では、前記係合溝108が形状測定の行い易さを考慮した形状とされていないために、係合溝108の傾斜面109がどの程度の形状精度であるかを判定することが極めて難しい。したがって、係合溝108の傾斜面109を高精度に仕上げることができないため、クランプ装置100に対してパンチ107の姿勢が不安定となり、高精度の曲げ加工を行うことができないという問題点がある。また、複数のパンチを組み合わせて上型を構築した場合には、それらパンチの刃先が揃わないために、曲げ加工製品に傷をつけてしまうという問題点もある。なお、プレスブレーキ用金型におけるダイを前記クランプ装置100に保持させる際にも同様の問題が生じるのは言うまでもない。
【0008】
本発明は、このような問題点を解消するためになされたもので、クランプ装置に精度良く安定的に保持させることのできるプレスブレーキ用金型およびその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するために、第1発明によるプレスブレーキ用金型は、
プレスブレーキのラムに固定されるクランプ装置本体と、このクランプ装置本体に一体的に設けられる固定クランプ部材と、この固定クランプ部材と対を成す可動クランプ部材とを備えて構成されるクランプ装置に装着され、板材の曲げ加工を行うプレスブレーキ用金型であって、
(a)前記固定クランプ部材と前記可動クランプ部材とによってクランプされる際に、前記固定クランプ部材に接触される第1の基準面と、この第1の基準面に直交し前記クランプ装置本体に接触される第2の基準面とを有する基端部、
(b)板材の曲げ加工に実質的に貢献する機能部を有する先端部および
(c)前記固定クランプ部材と前記可動クランプ部材とによってクランプされる際に、前記可動クランプ部材に設けられた突起に係合する係合溝
を備え、
前記係合溝は、前記第2の基準面に平行でかつその第2の基準面から前記先端部に向かう方向に所定距離だけ離れた平面を中心面として、この中心面と前記第2の基準面との間に配されて前記突起に当接する第1の傾斜面を有するとともに、前記中心面に関して前記第1の傾斜面と面対称をなす第2の傾斜面を有し、これら傾斜面の間隔が当該係合溝の開放側に進むにつれて大きくなるような形状であることを特徴とするものである。
【0010】
第1発明において、前記第1の傾斜面に放電加工による硬質皮膜が成膜されているのが好ましい(第2発明)。
【0011】
次に、第3発明によるプレスブレーキ用金型の製造方法は、
第1発明に係るプレスブレーキ用金型の製造方法であって、
(a)前記係合溝の形成予定部位にその係合溝よりも小さな溝を切削加工にて形成する荒加工工程、
(b)前記荒加工工程にて形成された溝に対して、前記係合溝に合致する形状に成形された総形研削砥石を用いて研削加工を施す研削加工工程および
(c)前記研削加工が施された溝に対して測定子としてのオーバピンを押し当て、このオーバピンと前記第1の基準面との距離および前記オーバピンと前記第2の基準面との距離をそれぞれ測定する溝形状測定工程
を含むことを特徴とするものである。
【0012】
第3発明において、前記溝形状測定工程による測定結果から所定の形状精度を満足すると判定された前記係合溝における少なくとも前記第1の傾斜面に対して放電加工により硬質皮膜を形成する表面硬化処理を施す表面硬化処理工程が含まれるのが好ましい(第4発明)。
【発明の効果】
【0013】
本発明のプレスブレーキ用金型においては、固定クランプ部材と可動クランプ部材とによってクランプされる際に、その固定クランプ部材に接触される第1の基準面とその第1の基準面に直交しクランプ装置本体に接触される第2の基準面とが設けられるとともに、その可動クランプ部材に設けられた突起に係合する係合溝が設けられる。この係合溝は、前記第2の基準面に平行でかつその第2の基準面から金型先端部に向かう方向に所定距離だけ離れた平面を中心面として、この中心面と前記第2の基準面との間に配されて前記突起に当接する第1の傾斜面を有するとともに、前記中心面に関して前記第1の傾斜面と面対称をなす第2の傾斜面を有し、これら傾斜面の間隔が当該係合溝の開放側に進むにつれて大きくなるような形状とされる。このような形状の係合溝に測定子としてのオーバピンを押し当てると、つまり第1の傾斜面および第2の傾斜面のそれぞれにオーバピンの周面を接触させると、当該係合溝の中心面上にオーバピンの軸中心線が存在することになる。このオーバピンと前記第1の基準面との距離およびそのオーバピンと前記第2の基準面との距離をそれぞれ測定することにより、係合溝がどの程度の形状精度であるかを容易かつ正確に判定することができ、特にクランプ装置に精度良く安定的に保持させるうえで重要な第1の傾斜面の形状精度がどの程度のものであるかを容易かつ正確に判定することができる。このため、係合溝における第1の傾斜面を高精度に仕上げることが可能になるので、クランプ装置に精度良く安定的に保持されるという効果を奏する。したがって、高精度の曲げ加工を行うことができ、また複数のパンチを組み合わせて上型を構築した場合にでも、それらパンチの刃先が揃うため、曲げ加工製品に傷をつけてしまうようなことはない。
【0014】
ここで、本発明のプレスブレーキ用金型は、前記係合溝の形成予定部位にその係合溝よりも小さな溝を切削加工にて形成する荒加工工程と、この荒加工工程にて形成された溝に対して、前記係合溝に合致する形状に成形された総形研削砥石を用いて研削加工を施す研削加工工程と、この研削加工が施された溝に対して測定子としてのオーバピンを押し当て、このオーバピンと前記第1の基準面との距離およびそのオーバピンと前記第2の基準面との距離をそれぞれ測定する溝形状測定工程とを経ることによって製造される。したがって、高精度に仕上げられた係合溝を具備するプレスブレーキ用金型を提供することができる。
【0015】
なお、前記係合溝における少なくとも前記第1の傾斜面に対して放電加工にて硬質皮膜を形成する表面硬化処理を施すことによってその第1の傾斜面に硬質皮膜を成膜する構成を採用することにより、クランプ装置のクランプ・アンクランプ操作の繰り返しに伴って、係合溝が変形してしまうのを、特に第1の傾斜面が摩耗してしまうのを確実に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に、本発明によるプレスブレーキ用金型およびその製造方法の具体的な実施の形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0017】
図1には、本発明の一実施形態に係るプレスブレーキ用金型がプレスブレーキに装着された状態の要部を表わす正面図が示されている。また、図2には、図1のA矢視図が示されている。なお、本実施形態は、プレスブレーキ用金型におけるパンチに本発明が適用された例である。
【0018】
図1に示されるプレスブレーキ1においては、ラム2とテーブル3との間に互いに対向するように上型4および下型5が配され、これら上型4および下型5の協働によってそれら上型4と下型5との間に配される被加工材料(例えば、鋼板、アルミニウム合金板等)に対しV曲げ加工を施すことができるようになっている。前記上型4は、複数(本実施形態では3つ)のパンチ6,7,8が組み合わされて構築され、これらパンチ6,7,8は、クランプ装置9および固定部材10を介して上方のラム2に装着されている。一方、前記下型5としてのダイ(以下、「ダイ5」という。)は、その先端部(上端部)に、V曲げ加工に実質的に貢献する機能部としてのV字形状の溝5a(以下、単に「V溝5a」という。)が形成されてなるものであって、ダイホルダ11を介して下方のテーブル3に装着されている。
【0019】
前記クランプ装置9は、図2に示されるように、ラム2の下部に取着された前記固定部材10により固定されるクランプ装置本体12と、このクランプ装置本体12の後側(図では左側)においてそのクランプ装置本体12に一体的に設けられる固定クランプ部材13と、この固定クランプ部材13と対を成すようにクランプ装置本体12の前側(図では右側)に配され、枢支軸14を介してそのクランプ装置本体12に取着される可動クランプ部材15とを備え、固定クランプ部材13と可動クランプ部材15との間に持ち込まれるパンチ6,7,8の上端部をそれらクランプ部材13,15で挟み込むことができるように構成されている。ここで、前記可動クランプ部材15の先端部には、内側に向けて突出される突起15aが設けられている。
【0020】
このクランプ装置9においては、1)固定クランプ部材13と可動クランプ部材15とによってパンチ6,7,8の上端部を強固に挟み込んでパンチ6,7,8を固定するクランプ状態(図3(a)参照)と、2)前記突起15aを後述する係合溝23Aに入り込ませてパンチ6,7,8の落下を防止しつつパンチ6,7,8の左右方向(図の紙面に直交する方向)の移動を許容する程度にパンチ6,7,8の上端部をそれらクランプ部材13,15によって挟み込む半クランプ状態(図3(b)参照)と、3)それらクランプ部材13,15に対してパンチ6,7,8が完全にフリーとなるように可動クランプ部材15を広げるアンクランプ状態(図3(c)参照)の3つの状態がある。そして、図3(a)に示されるクランプ状態と同図(b)に示される半クランプ状態とは、クランプ装置本体12に付設される図示されないレバーの所定の回動操作により切り換えられる。また、図3(c)に示されるアンクランプ状態において、可動クランプ部材15の下部を手指等により押すと、同図(b)に示される半クランプ状態となる。また、図3(b)に示される半クランプ状態において、可動クランプ部材15の上部を手指等により押すと、同図(c)に示されるアンクランプ状態となる。
【0021】
ここで、図3(b)に示される半クランプ状態から同図(a)に示されるクランプ状態へ移行する際には、可動クランプ部材15の突起15aよって係合溝23Aにおける後述の第1の傾斜面25A(図4参照)が押されるため、パンチ上端部の後面(図では左面:後述する第1の基準面20B)が固定クランプ部材13に押し付けられながらパンチ全体が押し上げられることになる。そして、クランプ状態への移行が完了した際には、パンチ上端部の後面が固定クランプ部材13に、パンチ上端面(後述する第2の基準面21)がクランプ装置本体12に、それぞれ押し付けられ、これによりパンチ6,7,8のクランプ装置9への位置決めが成されるとともに、クランプ装置9に対するパンチ6,7,8の姿勢が保持される。
【0022】
前記上型4を構築する複数のパンチ6,7,8は、左右方向の幅寸法が異なる(図1参照)のみでその基本形状(側面視形状)が同一である。この上型4においては、左側に最も幅の広いパンチ6が配され、右側にその左側のパンチ6よりもやや幅の狭いパンチ8が配され、それらパンチ6,8の間に最も幅の狭いパンチ7が配されている。以下においては、最も幅の広い左側のパンチ6について主に説明することとし、このパンチ6に関する説明をもってその他のパンチ7,8についての説明を行ったものとすることとする。
【0023】
前記パンチ6において、その上端部(基端部)には、図2に示されるように、固定クランプ部材13と可動クランプ部材15とによってクランプされる際に、固定クランプ部材13に接触される第1の基準面20Bと、この第1の基準面20Bに直交しクランプ装置本体12に接触される第2の基準面21とが設けられている。また、その下端部(先端部)には、板材の曲げ加工に実質的に貢献する刃部(機能部)22が設けられている。さらに、このパンチ6においては、固定クランプ部材13と可動クランプ部材15とによってクランプされる際に、可動クランプ部材15の突起15aに係合する係合溝23Aが設けられている。
【0024】
前記係合溝23Aは、図4(a)に示されるように、前記第2の基準面21に平行でかつその第2の基準面21からパンチ下端部に向かう方向に所定距離Tだけ離れた平面24を中心面(以下、「中心面24」という。)として、この中心面24と前記第2の基準面21との間に配されて前記突起15aに当接する第1の傾斜面25Aを有するとともに、前記中心面24に関して前記第1の傾斜面25Aと面対称をなす第2の傾斜面26Aを有し、これら傾斜面25A,26Aの間隔が当該係合溝23Aの開放側に進むにつれて大きくなるようなVの字形状に形成されている。
【0025】
本実施形態において、このパンチ6には、前記係合溝23Aと同形状の溝23B(以下、「係合溝23B」という。)が、当該パンチ6の刃先を通る中心線27を基準として前記係合溝23Aと対称位置の関係を成すように設けられている。こうして、パンチ6の刃先を通る中心線27に関して互いに対称関係を成すようにパンチ6の表側面(図4(a)では右側面)および裏側面(図4(a)では左側面)にそれぞれ係合溝23Aおよび係合溝23Bが設けられることにより、パンチ6をクランプ装置9に装着するにあたり、パンチ6の表裏いずれの面がプレスブレーキ1の前側に配されても、パンチ6の刃先がダイ5におけるV溝5aの中心位置に対応してV曲げ加工を好適に行うことができるようになっている。なお、パンチ6の裏側面がプレスブレーキ1の前側に配された際には、前記第1の基準面20Bの反対側の面20Aが、固定クランプ部材13に接触される基準面となる。
【0026】
前記係合溝23Aにおいては、図4(b)に示されるように、第1の傾斜面25Aおよび第2の傾斜面26Aの全面に亘って、放電加工による表面硬化処理によって硬質皮膜28が成膜されている。また、前記係合溝23Bにおいても同様に、第1の傾斜面25Bおよび第2の傾斜面26Bの全面に亘って、放電加工による表面硬化処理によって硬質皮膜28が成膜されている(図示省略)。かかる放電加工による表面硬化処理によれば、常温での処理が可能であるので、当該表面硬化処理による歪みが発生しない。したがって、熱処理法(高周波焼入れ、フレーム焼入れ等)や、窒化処理法、化学的蒸着法(CVD法)、物理的蒸着法(PVD法)などの表面硬化処理ではその表面硬化処理後に歪み修正工程や寸法精度等を要求品質に仕上げる仕上げ工程などが必要であるが、このような歪み修正工程や仕上げ工程などが不要であり、製作期間の短縮と製作コストの低減を共に図ることができる。なお、前記硬質皮膜28は厚さ0.01mm程度の表面硬化層と厚さ0.005mm程度の浸透層とよりなる極めて薄い膜であるため、パンチ6がクランプ装置9に保持される際の姿勢に影響を及ぼすことは殆どない。また、この硬質皮膜28は、その硬さがビッカース硬さH2500〜3000程度であり、耐摩耗性に極めて優れるものである。こうして、クランプ装置9のクランプ・アンクランプ操作の繰り返しが進むにつれて、係合溝23A,23Bが変形するのを、特に第1の傾斜面25A,25Bが摩耗するのを、確実に抑制することができる。なお、可動クランプ部材15の突起15aと当接されるのは第1の傾斜面25A,25Bだけであるため、第1の傾斜面25A,25Bにのみ放電加工による硬質皮膜を成膜するようにしてもよい。
【0027】
次に、前記パンチ6の製造方法について、図5〜図9を用いて以下に説明する。なお、以下に述べる製造方法において、前記係合溝23Aに関わる製造工程と、前記係合溝23Bに関わる製造工程とは同じであるため、前記係合溝23Bに関わる製造工程について述べることとし、この係合溝23Bに関わる製造工程についての説明をもって、前記係合溝23Aに関わる製造工程の説明を行ったものとすることとする。
【0028】
まず、金型素材(S43C、SCM440H等の引抜き材)に対して調質工程や切削加工工程、熱処理工程、歪み修正工程などを施して得られたその外形形状が略完成品に近いパンチ6′を用意する。なお、このパンチ6′において、刃部22の刃面、第1の基準面20A,20Bおよび第2の基準面21はいずれも、刃先を通る中心線27を基準として所定の形状精度に仕上げられている。
【0029】
(荒加工工程:図5参照)
次いで、前記パンチ6′を治具29を介して切削加工機の加工ステージ30にセッティングする。そして、切削加工機における切削刃具31を回転させ、その切削刃具31により、前記係合溝23Bの形成予定部位に中心面24を基準として切削加工を行い、前記係合溝23Bよりも若干小さな図中点線で示される溝23B′をパンチ6′に形成する。ここで、前記治具29は、パンチ6′における刃部22の刃面、第1の基準面20Aおよび第2の基準面21の各面を受け持ちつつパンチ6′を挟み込むことによってそのパンチ6′を位置決めが成された状態で保持することができるように構成されたものである。
【0030】
(研削加工工程:図6参照)
次いで、研削盤の砥石車軸(図示省略)に総形研削砥石車32を取り付けるとともに、前記荒加工工程を経たパンチ6′を治具33を介して研削盤の加工ステージ34にセッティングする。ここで、前記総形研削砥石車32は、砥粒を結合材で結合して成形されたものであって、砥石車主体部32aと、この砥石車主体部32aの軸線方向中間位置に形成され、前記係合溝23Bに合致する断面形状のリング状突起部32bとよりなるものである。また、前記治具33は、前述の治具29と基本的に同構造のものであって、パンチ6′における刃部22の刃面、第1の基準面20Aおよび第2の基準面21の各面を受け持ちつつパンチ6′を挟み込むことによってそのパンチ6′を位置決めが成された状態で保持することができるように構成されたものである。なお、符号35にて示されるのは、パンチ6′を仮受けする高さ調整可能な支持台である。
【0031】
そして、前記荒加工工程にて形成された溝23B′に対して、中心面24を基準として、総形研削砥石車32のリング状突起部32bを押し付けて研削加工を行う。なお、中心面24に関して対称形状を呈する前記係合溝23Bに合致する総形研削砥石車32を用いた研削加工では、総形研削砥石車32に研削加工中の溝23B′から図6において左右方向の振れを相殺するような反力が作用するので、かかる研削加工を安定的に行うことができる。
【0032】
ここで、前記研削加工工程において、総形研削砥石車32の使用が進むにつれて、当該総形研削砥石車32が摩耗したり、目つまりや目つぶれができて砥粒の切れ味が鈍ったりしたときには、図7に示されるようなドレッサ36を用いて総形研削砥石車32の表面を削って新しい砥粒を出現させるドレッシングを行う。
【0033】
(溝形状測定工程:図8参照)
次いで、前記研削加工が施された溝23B′に対して、測定子としてのオーバピン37を押し当て、このオーバピン37と前記第1の基準面20Aとの距離(図8中記号Hで示される寸法)および前記オーバピン37と前記第2の基準面21との距離(図8中記号Lで示される寸法)をそれぞれ測定する。この溝形状測定工程において、前記研削加工が施された溝23B′にオーバピン37を押し当てた際には、つまり第1の傾斜面25B′および第2の傾斜面26B′のそれぞれにオーバピン37の周面を接触させた際には、その溝23B′の中心面24上にオーバピン37の軸中心線が存在することになるため、このオーバピン37と前記第1の基準面20Aとの距離Hおよびそのオーバピン37と前記第2の基準面21との距離Lをそれぞれ測定することにより、その溝23B′が所定の形状精度を満足するか否かを容易かつ正確に判定することができる。ここで、前記所定の形状精度としては、例えば、前記H寸法およびL寸法がそれぞれ基準寸法±0.02mmであり、より好ましくは基準寸法±0.01mmである。こうして、特にクランプ装置9に精度良く安定的に保持させるうえで重要な第1の傾斜面25B′が高精度に仕上げられる。
【0034】
前記溝形状測定工程による測定結果から所定の形状精度を満足すると判定された場合には次の表面硬化処理工程に進み、前記溝形状測定工程による測定結果から未だ所定の形状精度を満足していないと判定された場合には、現在の形状寸法と目標とする形状寸法との差分に応じて前記研削加工の追込み量を求め、その追込み量分だけ更に前記研削加工工程を実施する。
【0035】
(表面硬化処理工程:図9参照)
前記溝形状測定工程による測定結果から所定の形状精度を満足すると判定されたパンチ6′を、放電表面硬化処理装置における加工液槽38中に定置し、チタンからなる電極39を、炭素を構成元素とした加工液40中で放電させ、放電により電極39から放出されたチタンイオンと、放電熱により分解された加工液40中の炭素とを化学反応させてチタンカーバイト(TiC)とし、パンチ6′における溝23B′の表面にそのTiCの硬質皮膜(硬質セラミックス皮膜)を形成する。
【0036】
以上に述べたような工程を経ることにより、高精度かつ耐摩耗性に優れる係合溝23A,23Bを具備するパンチ6を得ることができ、また同様にして、高精度かつ耐摩耗性に優れる係合溝23A,23Bを具備するパンチ7,8を得ることができる。
【0037】
本実施形態のパンチ6,7,8によれば、係合溝23A,23Bにおける第1の傾斜面25A,25Bが高精度に仕上げられるので、クランプ装置9に精度良く安定的に保持されるという効果を奏する。したがって、高精度の曲げ加工を行うことができ、またパンチ6,7,8の刃先が揃うため、曲げ加工製品に傷をつけてしまうようなことはない。
【0038】
なお、本実施形態においては、プレスブレーキ用金型におけるパンチに本発明が適用された例を示したが、本発明の主旨に沿えば、プレスブレーキ用金型におけるダイに本発明を適用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】本発明の一実施形態に係るプレスブレーキ用金型がプレスブレーキに装着された状態の要部を表わす正面図
【図2】図1のA矢視図
【図3】クランプ装置の状態説明図で、クランプ状態を表わす図(a)、半クランプ状態を表わす図(b)およびアンクランプ状態を表わす図(c)
【図4】パンチの構造説明図(a)および(a)のB部拡大図(b)
【図5】荒加工工程の説明図
【図6】研削加工工程の説明図
【図7】ドレッシングの説明図
【図8】溝形状測定工程の説明図
【図9】表面硬化処理工程の説明図
【図10】従来技術の説明図
【符号の説明】
【0040】
1 プレスブレーキ
2 ラム
6,7,8 パンチ
9 クランプ装置
12 クランプ装置本体
13 固定クランプ部材
15 可動クランプ部材
15a 突起
20A,20B 第1の基準面
21 第2の基準面
22 刃部
23A,23B 係合溝
24 中心面
25A,25B 第1の傾斜面
26A,26B 第2の傾斜面
28 硬質皮膜
32 総形研削砥石車
37 オーバピン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プレスブレーキのラムに固定されるクランプ装置本体と、このクランプ装置本体に一体的に設けられる固定クランプ部材と、この固定クランプ部材と対を成す可動クランプ部材とを備えて構成されるクランプ装置に装着され、板材の曲げ加工を行うプレスブレーキ用金型であって、
(a)前記固定クランプ部材と前記可動クランプ部材とによってクランプされる際に、前記固定クランプ部材に接触される第1の基準面と、この第1の基準面に直交し前記クランプ装置本体に接触される第2の基準面とを有する基端部、
(b)板材の曲げ加工に実質的に貢献する機能部を有する先端部および
(c)前記固定クランプ部材と前記可動クランプ部材とによってクランプされる際に、前記可動クランプ部材に設けられた突起に係合する係合溝
を備え、
前記係合溝は、前記第2の基準面に平行でかつその第2の基準面から前記先端部に向かう方向に所定距離だけ離れた平面を中心面として、この中心面と前記第2の基準面との間に配されて前記突起に当接する第1の傾斜面を有するとともに、前記中心面に関して前記第1の傾斜面と面対称をなす第2の傾斜面を有し、これら傾斜面の間隔が当該係合溝の開放側に進むにつれて大きくなるような形状であることを特徴とするプレスブレーキ用金型。
【請求項2】
前記第1の傾斜面に放電加工による硬質皮膜が成膜されている請求項1に記載のプレスブレーキ用金型。
【請求項3】
請求項1に記載のプレスブレーキ用金型の製造方法であって、
(a)前記係合溝の形成予定部位にその係合溝よりも小さな溝を切削加工にて形成する荒加工工程、
(b)前記荒加工工程にて形成された溝に対して、前記係合溝に合致する形状に成形された総形研削砥石を用いて研削加工を施す研削加工工程および
(c)前記研削加工が施された溝に対して測定子としてのオーバピンを押し当て、このオーバピンと前記第1の基準面との距離および前記オーバピンと前記第2の基準面との距離をそれぞれ測定する溝形状測定工程
を含むことを特徴とするプレスブレーキ用金型の製造方法。
【請求項4】
前記溝形状測定工程による測定結果から所定の形状精度を満足すると判定された前記係合溝における少なくとも前記第1の傾斜面に対して放電加工により硬質皮膜を形成する表面硬化処理を施す表面硬化処理工程が含まれる請求項3に記載のプレスブレーキ用金型の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−136463(P2007−136463A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−329638(P2005−329638)
【出願日】平成17年11月15日(2005.11.15)
【出願人】(394019082)コマツ産機株式会社 (103)
【出願人】(596170228)株式会社 タガミ・イーエクス (3)
【Fターム(参考)】