説明

プロトン伝導性固体高分子電解質及び燃料電池

【課題】無加湿・高温の条件においても高いプロトン伝導性を示し、かつ機械的強度に優れたプロトン伝導性固体高分子電解質および燃料電池を提供する。
【解決手段】酸と、該酸を含浸するマトリックスポリマーとが少なくとも混合されてなり、前記マトリックスポリマーには、分子中に塩基性分子構造が備えられていることを特徴するプロトン伝導性固体高分子電解質を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロトン伝導性固体高分子電解質及び燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池を普及させるためには製造コストの低減が重要な課題であり、また同時に高性能・高信頼性が求められている。そこで、従来のナフィオン(登録商標)を初めとするパーフルオロ系電解質膜の代替品として、炭化水素系高分子電解質の研究が盛んに行なわれている。
また燃料電池を市場に提供するにあたって、長寿命化の観点からも多くの改良が成されており、触媒の一酸化炭素被毒の問題を解決するにあたり、作動温度を100℃〜150℃といった中温域に設定した中温域型高分子固体燃料電池の研究も盛んに行なわれている。この場合、蒸気圧の問題から、プロトン伝導の媒体として水を用いることが難しく、特許文献1(特表平11−503262号公報)に見られるように、リン酸を媒体およびキャリアとする検討が行なわれている。また、100℃以上で燃料ガスおよび空気の供給下、安定に高分子電解質を維持しなければいけないという観点から、これらの高分子は一般的に耐熱性および化学的安定性が求められる。
【0003】
しかし、パーフルオロ系電解質膜では100℃以上300℃以下の作動温度下、相対湿度50%以下では十分なプロトン伝導性および出力を得る事が出来ない欠点があった。
また、特許文献1には、リン酸などの強酸をドープさせたポリベンズイミダゾールからなる固体電解質膜が開示されているが、燃料電池動作のために十分なプロトン伝導度を得るためには、ポリベンズイミダゾール質量に対して4〜5倍程度のリン酸を含有させなければならない。このようなリン酸含有量の大きな膜は、機械的強度が低く、また燃料電池に組み込んだ場合にガスのクロスオーバーを発生させる可能性がある。その一方で、膜の機械的強度を高めるためにリン酸のドープ率を低くすると、プロトン伝導性が低下するという問題がある。
【特許文献1】特表平11−503262号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、無加湿・高温の条件においても高いプロトン伝導性を示し、かつ機械的強度に優れたプロトン伝導性固体高分子電解質および燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。
本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質は、酸と、該酸を含浸するマトリックスポリマーとが少なくとも混合されてなり、前記マトリックスポリマーは、分子中に塩基性分子構造を具備していることを特徴する。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記塩基性分子構造がピリジレン基であることが好ましい。
更に、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記マトリックスポリマーが、分子中にウレア結合を含む下記一般式(1)に示す分子構造を少なくとも1モル%以上100モル%以下の範囲で具備していることが好ましい。ただし、一般式(1)において、Rは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、Rはピリジレン基である。
【0006】
【化1】

【0007】
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記マトリックスポリマーが、分子中にパラバン酸構造を含む下記一般式(2)に示す分子構造を少なくとも1モル%以上100モル%以下の範囲で具備していることが好ましい。ただし、一般式(2)において、Rは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、Rはピリジレン基である。
【0008】
【化2】

【0009】
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記パラバン酸構造が、前記一般式(1)におけるウレア結合を転化させることにより形成されたものであることが好ましい。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記マトリックスポリマーが架橋されていてもよい。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記マトリックスポリマーに、ポリパラバン酸樹脂が含まれていても良い。ポリパラバン酸樹脂の構造式は、例えば、下記一般式(3)乃至(8)に示す通りである。
また、本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質においては、前記酸がリン酸あるいはホスホン酸またはこれらの混合物であることが好ましい。
【0010】
【化3】

【化4】

【0011】
次に本発明の燃料電池は、酸素極、燃料極および両電極に挟持されたプロトン伝導性固体高分子電解質膜を備え、酸化剤流路を形成した酸化剤配流板を酸素極側に設け、燃料流路を形成した燃料配流板を燃料極側に設けたものを単位セルとする燃料電池において、前記高分子電解質膜が先のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質であることを特徴とする。
また、本発明の燃料電池においては、前記酸素極または前記燃料極のいずれか一方または両方に、先のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質が含まれていてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のプロトン伝導性固体高分子電解質によれば、マトリックスポリマーの分子中に塩基性分子構造が備えられており、この塩基性分子構造の部分と酸との相互作用によって、酸がマトリックスポリマー中に安定して保持される。これにより、プロトン伝導性固体高分子電解質のプロトン伝導度を高めることができる。
また、本発明によれば、作動温度が100℃以上200℃以下で無加湿、あるいは相対湿度50%以下であっても、少量の酸がドープされてなるプロトン伝導性固体高分子電解質を用いることによって、良好な発電性能を長期間安定的に示す固体高分子型の燃料電池を得ることが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照して説明する。
「プロトン伝導性固体高分子電解質」
本実施形態のプロトン伝導性固体高分子電解質(以下、高分子電解質という)は、酸と、この酸を含浸するマトリックスポリマーとが少なくとも混合されてなり、マトリックスポリマーの分子中に塩基性分子構造が備えられてなるものである。マトリックスポリマーとしては、分子中に塩基性分子構造を有するとともにウレア結合を備えた芳香族ポリウレア樹脂を用いることができる。また、芳香族ポリウレア樹脂中のウレア結合の一部をポリパラバン酸構造に転化させたウレア含有ポリパラバン酸樹脂を用いても良い。以下、本実施形態の高分子電解質を構成する芳香族ポリウレア樹脂、ウレア含有ポリパラバン酸樹脂及び酸について、順次説明する。
【0014】
[芳香族ポリウレア樹脂]
芳香族ポリウレア樹脂は、分子中に塩基性分子構造を備えた芳香族ポリウレア樹脂である。塩基性分子構造としては、ピリジレン基を例示することができ、ピリジレン基の他にもキノリレン、キノキサリレン、アクリジレン等を例示することができる。
この芳香族ポリウレア樹脂の具体的な分子構造は、先の一般式(1)に示した通りである。一般式(1)において、Rを−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)とすることで、高分子電解質の耐熱性の向上を図ることができる。また、Rをピリジレン基とすることで、芳香族ポリウエア樹脂に酸を安定して保持することができる。また、一般式(1)に示す分子構造を少なくとも1モル%以上備えることで、酸を安定して保持することができるまた、一般式(1)に示す分子構造を100モル%以下備えることで、溶媒に対する溶解性が低下することがなく、所謂キャスト法による成形性が向上し、高分子電解質を所望の形状にすることが容易になる。
【0015】
芳香族ポリウレア樹脂は、上記一般式(1)に示す分子構造を備えていれば良く、この分子構造に他の分子構造が結合していても良い。他の分子構造としては、ポリパラバン酸構造にジフェニルメチレン基が結合したもの、またはポリパラバン酸構造にジフェニルエーテル基が結合したもの等を例示できる。このような他の分子構造を備えた芳香族ポリウレア樹脂としては例えば、下記一般式(9)または一般式(10)に示すものを例示できる。一般式(9)に示す芳香族ポリウレア樹脂は、4,4’−メチレンジフェニル−ジイソシアネートと、4,4’−ジアミノジフェニルメタン及び2,5−ジアミノピリジンを原料として製造されたものである。また、一般式(10)に示す芳香族ポリウレア樹脂は、4,4’−メチレンジフェニル−ジイソシアネート及び4,4’−ジフェニルエーテル−ジイソシアネートと、2,5−ジアミノピリジンを原料として製造されたものである。
これらの他の分子構造が結合することによって、高分子電解質の耐熱性を更に向上することができる。
【0016】
【化5】

【0017】
[ウレア含有ポリパラバン酸樹脂]
また、上記の芳香族ポリウレア樹脂に含まれるウレア結合を転化することによって分子内にポリパラバン酸構造を導入することができる。このパラバン酸構造が導入されたウレア含有ポリパラバン酸樹脂は、先の一般式(2)に示す分子構造を有する。このウレア含有ポリパラバン酸樹脂には、未転化のウレア結合が残存している。すなわち、転化率は100%未満である。尚、一般式(2)におけるR、Rは一般式(1)の場合と同様である。このウレア含有ポリパラバン酸樹脂には、芳香族ポリウレア樹脂中に含まれる塩基性分子構造がそのまま含有される。
【0018】
また、ウレア含有ポリパラバン酸樹脂は、上記一般式(2)に示す分子構造を備えていれば良く、この分子構造に他の分子構造が結合していても良い。他の分子構造としては、芳香族ポリウレア樹脂と同様に、ポリパラバン酸構造にジフェニルメチレン基が結合したもの、またはポリパラバン酸構造にジフェニルエーテル基が結合したもの等を例示できる。このような他の分子構造を備えたウレア含有ポリパラバン酸樹脂としては下記一般式(11)または一般式(12)に示すものを例示できる。一般式(11)に示すウレア含有ポリパラバン酸樹脂は、上記一般式(9)に示す芳香族ポリウレア樹脂を転化させて得られたものである。また、一般式(12)に示すウレア含有ポリパラバン酸樹脂は、上記一般式(10)に示す芳香族ポリウレア樹脂を転化させて得られたものである。これらの他の分子構造が結合することによって、高分子電解質の耐熱性を更に向上することができる。
【0019】
【化6】

【0020】
[酸]
本実施形態における酸とは、リン酸、ホスホン酸、硫酸、トリフルオロ酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホイミド酸、リンタングステン酸等を示すが、耐熱性、腐食性、揮発性、導電性の観点から、リン酸およびホスホン酸またはこれらの混合物が好ましい。これらの酸はいずれも、マトリックスポリマー中の塩基性分子構造またはポリパラバン酸構造と相互作用してマトリックスポリマーに含浸(ドープ)されてプロトン伝導度を発現させる。マトリックスポリマーに対する酸のドープ率は、酸の種類にもよるが、5モル%以上800モル%以下の範囲が好ましく、150モル%以上5001モル%以下の範囲がより好ましい。ドープ率が低すぎるとプロトン伝導度が低下してしまうので好ましくなく、またドープ率が高すぎると高分子電解質の機械的強度が低下するので好ましくない。
【0021】
[架橋構造]
また、本実施形態の高分子電解質においては、低分子架橋剤による架橋構造がマトリックスポリマーに形成されていても良い。低分子架橋剤としては、二酸無水物、ジエポキシ化合物、ジイソシアネートから選ばれる化合物が好ましい。これら低分子架橋剤によって、マトリックスポリマー中のウレア結合部分同士が架橋された架橋構造が形成され、高分子電解質の機械的強度が更に向上する。架橋反応は主に、マトリックスポリマー中のNH基に対して起こり、隣接する分子鎖のNH基同士が架橋されてマトリックスポリマー全体の分子構造が安定化される。
【0022】
二酸無水物としては、二無水ピロメリット酸、シクロブテンニカルボン酸無水物、あるいはこれらの誘導体などが挙げられる。
また、ジエポキシ化合物としては、エチレングリコールジグリシジルエーテル,2,2’−ビス(4−グリシジルオキシフェニル)−プロパンなどが挙げられる。
更に、ジイソシアネートとしては、ジフェニルメタンジイソシアネート(以下、MDIと略す)、4,4’−ジフェニルエーテルジイソシアネート(ODI)、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ナフタレンジイソシアネート、ヘキサフルオロビフェニルジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、リジンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、シクロヘキサンジイソシアネートなどが挙げられる。更にはこれらの誘導体も使用できる。
【0023】
また、これらの低分子架橋剤とマトリックスポリマー混合比(低分子架橋剤/マトリックスポリマー)は1/5(mol/mol)〜1/3(mol/mol)の割合で混合されるのが好ましい。低分子架橋剤がこれより多くなるとゲル化が進行して高分子電解質を膜状に成形することが困難になる。
【0024】
[ポリマーアロイ]
また本実施形態の高分子電解質においては、マトリックスポリマーに、ポリパラバン酸樹脂が含有されていてもよい。具体的には、芳香族ポリウレア樹脂またはウレア含有ポリパラバン酸樹脂と、ポリパラバン酸樹脂とによってポリマーアロイが形成され、このポリマーアロイに酸が含浸されて高分子電解質が形成されていればよい。ポリパラバン酸樹脂としては、先の一般式(3)乃至(8)に示す構造のものを例示できる。
ポリマーアロイ中におけるポリパラバン酸樹脂の含有率は、98質量%以下の範囲が好ましく、20質量%以上90質量%以下の範囲がより好ましい。含有率が20質量%未満になると、高分子電解質のプロトン伝導度が低下してしまうので好ましくない。
【0025】
本実施形態の高分子電解質によれば、マトリックスポリマーの分子中に塩基性分子構造が備えられており、この塩基性分子構造の部分と酸との相互作用によって、酸がマトリックスポリマー中に安定して保持される。これにより、プロトン伝導性固体高分子電解質のプロトン伝導度を高めることができる。特に、塩基性分子構造がピリジレン基であるので、酸をマトリックスポリマー中により安定した形で保持できる。
【0026】
また、本実施形態の高分子電解質において、パラバン酸構造が含まれるもの(ウレア含有ポリパラバン酸樹脂)については、ポリパラバン酸構造における窒素原子によってポリパラバン酸構造自体が弱い塩基性を示す。このため、酸との相互作用が従来のポリベンズイミダゾールの場合より弱くなっており、マトリックスポリマー中でリン酸が拘束されず比較的自由に動ける。これにより、本実施形態の高分子電解質は、少量の酸でも高いプロトン伝導度を示すことができる。また酸の含有量を低くできるので、高分子電解質の機械的強度を向上することができる。また、ウレア含有ポリパラバン酸樹脂は芳香族ポリウレア樹脂と同様に分子中に塩基性分子構造が備えられているので、酸がマトリックスポリマー中に安定して保持される。よって、ウレア含有ポリパラバン酸樹脂を備えた高分子電解質は、ポリパラバン酸構造を備えているために優れた耐熱性及び酸の保持能力を有し、かつ、塩基性分子構造を備えているためにより優れた酸の保持能力を有する。これにより、プロトン伝導性固体高分子電解質の耐熱性及びプロトン伝導度を高めることができる。
【0027】
更に、マトリクスポリマーが架橋されているので、高分子電解質の機械的強度を高めることができる。
更にまた、マトリックスポリマーにポリパラバン酸樹脂等が含有されてポリマーアロイを形成することで、マトリックスポリマーの機械的強度をより高めることができる。また、ポリパラバン酸は上述のように、比較的弱い塩基性を有しているので、ポリパラバン酸樹脂等が含有された場合でも酸の含浸率が低下することがなく、高いプロトン伝導度を維持できる。
【0028】
「プロトン伝導性固体高分子電解質の製造方法」
高分子電解質の製造方法は、マトリックスポリマーを合成する工程と、合成されたマトリックスポリマーを例えば膜状に成形するとともにマトリックスポリマーに酸を含浸させる工程とからなる。
マトリックスポリマーの合成方法は、例えば、文献(E.Scortanu,LNicolaescu,G.Caraculacu,LDiaconu,andA.Caraculacu,Eur.Polym,J.34(1998)1265−1272)にあるように、ジアミンとジイソシアネートの反応から芳香族ポリウレア樹脂を得る方法によって合成される。芳香族ポリウレア樹脂の合成スキームを下記の式(13)に示す。なお、式(13)において、Rは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、Rはピリジレン基であり、繰り返し単位数を示すnは10以上100000以下の自然数である。
【0029】
【化7】

【0030】
式(13)に示すように、ジアミンとしてジアミノピリジンを用いることにより、芳香族ポリウレア樹脂中にピリジレン基を導入することが可能になる。また、ジアミノピリジンと同時にジアミノジフェニルメタンを用いても良い。この場合、式(10)におけるRはピリジレン基及びビスフェニルメチル基になる。
また、ジイソシアネートとして、メチレンジフェニルジイソシアネート、ジフェニルエーテルイソシアネートのいずれか一方または両方を用いることにより、芳香族ポリウレア樹脂中に芳香族環を導入することが可能になる。
【0031】
更に、芳香族ポリウレア樹脂を転化してポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂を合成するには、上記文献にあるように、芳香族ポリウレア樹脂とオキサリルジクロライド(ClOCCOCl)とを反応させることによって、芳香族ポリウレア樹脂中のウレア結合部分をポリパラバン酸構造に転化させる。ウレア含有ポリパラバン酸樹脂の合成スキームを下記の式(14)に示す。式(14)において、R及びRは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、R及びRはピリジレン基である。
この式(14)に示すように、塩基性分子構造を有する芳香族ポリウレア樹脂と、ウレア含有ポリパラバン酸樹脂とは、中間体と完成体の関係にある。
【0032】
【化8】

【0033】
次に、合成されたマトリックスポリマーを溶媒に溶解し、ガラス基板等の基板上に溶液を塗布し、その後、加熱して溶媒を除去することにより、マトリックスポリマーからなる高分子膜を形成する。マトリックスポリマーを溶かす溶媒としては、例えばNメチル−2−ピロリドン(NMP)を例示できる。マトリックスポリマーが芳香族ポリウレア樹脂の場合に、加熱して溶媒を除去する際には芳香族ポリウレア樹脂が加熱酸化されて変性されやすいので、加熱温度及び加熱雰囲気を調整することが望ましい。
【0034】
次に、マトリックスポリマーからなる高分子膜を酸の水溶液に浸すことでマトリックスポリマーに酸を含浸させる。このようにして膜状の高分子電解質が得られる。
【0035】
また、マトリックスポリマーを溶媒に溶解してガラス基板上に塗布する際に、マトリックスポリマーとともに溶媒に酸を予め混合し、この混合溶液をガラス基板上に塗布してもよい。塗布後は上記と同様にして、加熱して溶媒を除去する。このようにして高分子電解質が得られる。この手法によれば、マトリックスポリマーからなる高分子膜を成膜すると同時に酸を含浸させることができ、製造工程を簡略化することができる。
【0036】
塩基性分子構造を有しないポリパラバン酸樹脂は酸に対する膨潤性が低く、プロトン伝導が不十分である。これを解決するためには主鎖中に塩基性分子構造を導入する必要があるが、ピリジレン基等の複素環を有するイソシアネートの合成は極めて難しく、文献(T.C.Patton,Polym.Preprints,12(1971)162−168)などに見られるシアン化水素を用いた合成方法が不可能であった。
本発明においては、文献(E.Scortanu,LNicolaescu,G.Caraculacu,LDiaconu,andA.Caraculacu,Eur.Polym,J.34(1998)1265−1272)にみられるジアミンとジイソシアネートの反応から、複素環を分子内に有する芳香族ポリウレアを合成し、これをパラバン酸に転化することによって、前駆体を経由しないで主鎖に塩基性分子構造を有するポリパラバン酸樹脂を提供することができる。また、前駆体である複素環を分子内に有する芳香族ポリウレア樹脂においても、プロトン伝導性を有し、燃料電池へ応用可能である。
また、本発明によれば、反応段階が一段少ないことから、本発明の高分子電解質は安価に市場に提供できる材料である。
【0037】
「燃料電池」
図1には、本実施形態の燃料電池を構成する単セルの模式図を示す。図1に示す単セル1は、酸素極2と、燃料極3と、酸素極2および燃料極3の間に挟持された本実施形態の高分子電解質4(以下、電解質膜4と表記する場合がある)と、酸素極2の外側に配置された酸化剤流路5aを有する酸化剤配流板5と、燃料極3の外側に配置された燃料流路6aを有する燃料配流板6とから構成され、作動温度100℃〜200℃、湿度が無加湿若しくは相対湿度50%以下の条件で作動するものである。
【0038】
燃料極3及び酸素極2はそれぞれ、多孔質性の触媒層2a、3aと、各触媒層2a、3aを保持する多孔質カーボンシート(カーボン多孔質体)2b、3bから概略構成されている。触媒層2a、3aには、電極触媒(触媒)と、この電極触媒を固化成形するための疎水性結着剤と、導電材とが含まれている。
【0039】
触媒は、水素の酸化反応および酸素の還元反応を促進する金属であれば、特に限定されないが、例えば鉛、鉄、マンガン、コバルト、クロム、ガリウム、バナジウム、タングステン、ルテニウム、イリジウム、パラジウム、白金、ロジウムまたはそれらの合金を挙げることができる。こうした金属または合金を活性炭に担持させることによって電極触媒を構成することができる。
【0040】
また、疎水性結着剤には例えば、フッ素樹脂を用いることができる。フッ素樹脂の中でも融点が400℃以下のものが好ましく、そのようなフッ素樹脂としてポリ四フッ化エチレン、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリフッ化ビニリデン、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロエチレン共重合体、パーフルオロエチレン等といった疎水性および耐熱性に優れた樹脂を用いることができる。疎水性結着剤を添加することにより、発電反応に伴って生成した水によって触媒層2a、3aが過剰に濡れるのを防止することができ、燃料極3及び酸素極2内部における燃料ガス及び酸素の拡散阻害を防止することができる。
【0041】
更に、導電材としては、電気伝導性物質であればどのようなものでもよく、各種金属や炭素材料などが挙げられる。たとえばアセチレンブラック等のカーボンブラック、活性炭および黒鉛等が挙げられ、これらは単独あるいは混合して使用される。
【0042】
また触媒層2a、3aには、疎水性結着剤に代えて、または疎水性結着剤とともに、本発明に係る高分子電解質を含有させても良い。本発明に係る高分子電解質を添加することによって、燃料極3及び酸素極2におけるプロトン伝導度を向上することができ、燃料極3及び酸素極2の内部抵抗を低減することができる。
【0043】
酸化剤配流板5および燃料配流板6は導電性を有する金属等から構成されており、酸素極2および燃料極3にそれぞれ接合することで、集電体として機能するとともに、酸素極2および燃料極3に対して、酸素および燃料ガスを供給する。すなわち、燃料極3には、燃料配流板6の燃料流路6aを介して水素を主成分とする燃料ガスが供給され、また酸素極2には、酸化剤配流板5の酸化剤流路5aを介して酸化剤としての酸素が供給される。
なお、燃料として供給される水素は、炭化水素若しくはアルコールの改質により発生された水素が供給されるものでも良く、また、酸化剤として供給される酸素は、空気に含まれる状態で供給されても良い。
【0044】
この単セル1においては、燃料極3側で水素が酸化されてプロトンが生じ、このプロトンが電解質膜4を伝導して酸素極2に到達し、酸素極2においてプロトンと酸素が電気化学的に反応して水を生成するとともに、電気エネルギーを発生させる。
【0045】
上記の燃料電池によれば、作動温度が100℃以上200℃以下で、無加湿あるいは相対湿度50%以下であっても良好な発電性能を長期間安定的に示す燃料電池を得ることができ、自動車用、家庭発電用または携帯機器用として好適に用いることができる。
【実施例】
【0046】
(実施例1)
常温にて20mmol(ミリモル)の4,4’−メチレンジフェニル−ジイソシアネートを70mLのNメチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解した(溶液A)。そしてこの溶液Aを、10mmolの4,4’−ジアミノジフェニルメタンと10mmolの2,5−ジアミノピリジンとが70mLのNメチル−2−ピロリドン(NMP)に溶解されてなる溶液Bに滴下し、常温で4時間攪拌後、さらに80℃にて18時間反応させた。
【0047】
反応後、反応液をメタノール2000mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(マトリックスポリマー(芳香族ポリウレア樹脂))をメタノールで3回洗浄し、60℃にて真空乾燥した。収率66%で得られたマトリックスポリマーはあずき色を呈していたが、これを10質量%になるようにNMPに再溶解させると、深赤色の粘糊状の液体を与えた。尚、別途ゲルパーミネーションクロマトグラフィーで分子量を測定したところ、分子量はスチレン換算で29万であった。
マトリックスポリマーの溶液をガラス上にキャスト成膜し、厚さ60μmの深赤色の高分子膜を得た。この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.95倍まで膨潤した。このようにして、実施例1の高分子電解質を製造した。
【0048】
(実施例2)
実施例1で得られたマトリックスポリマーをジクロロエタンに分散させ、3当量のオキザリルジクロライドを導入し、60℃にて11時間還流した(ポリウレアからポリパラバン酸への転化反応)。マトリックスポリマーは分散状態にあることから、ほぼ収率100%で分子内に複素環を有するポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂を得た。得られたポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂を10質量%になるようにNMPに溶解し、ガラス上にキャスト成膜した。得られた膜の厚さは55μmでほぼ黒色に近い深赤色の高分子膜を得た。この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.85倍まで膨潤した。このようにして、実施例2の高分子電解質を製造した。
尚、上記のポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂について、プロトン核磁気共鳴スペクトル(400MHz,DMSO−d6)を確認したところ、8〜9ppmにピーク強度比としては小さいものの、ウレア結合と思われるピークが確認できた。よって、上記のポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂には、若干量のポリウレア樹脂が残存しているものと考えられる。
【0049】
(実施例3)
実施例2のポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂について、プロトン核磁気共鳴スペクトル(NMR)によってウレア結合と思われるピークが確認できたため、実施例2のポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂が5重量%となるようにNMPに溶解し、これに、NMRの積分比から見積もったウレアの存在比率に対して当量(ポリパラバン酸1ユニットに対して0.05当量程度)の4,4’−メチレンジフェニルジイソシアネートを加え、アルゴンガス雰囲気下で攪拌を行い、均一に溶解させた後シャーレに流し込み、80℃のホッテプレートの上で溶媒を除去しながら、架橋反応を行なった。得られた膜の厚みは90μmであり、膜の色は実施例2の色と殆ど同色であった。この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.65倍まで膨潤した。このようにして、実施例3の高分子電解質を製造した。
【0050】
(実施例4)
実施例2において調製されたマトリックスポリマー0.8gと、別途合成した4,4’−メチレンジフェニルジイソシアネートを原料とする分子量約50万のポリパラバン酸樹脂0.2gをNMPに溶解させたのち、ガラス板上にキャスト製膜した(ポリマーアロイの調製)。得られた膜の厚みは70μmであり、膜の色は実施例2の色と殆ど同色であった。この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.70倍まで膨潤した。このようにして、実施例4の高分子電解質を製造した。
【0051】
(比較例1)
文献(T.C.Patton,Polym.Preprints,12(1971)162−168)を参考にして、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネートをシアン化水素によって環化させた後、濃塩酸によって加水分解して得られる塩基性分子構造を有しないポリパラバン酸樹脂を合成した。得られた樹脂をNMPに溶解して10質量%の溶液に調製した。この溶液を用いてキャスト成膜することにより、薄い赤色がかった透明な膜を得た。膜の厚みは60μmであり、この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.24倍まで膨潤した。このようにして、比較例1の高分子電解質を製造した。
【0052】
(比較例2)
常温にて20mmolの4,4’−メチレンジフェニル−ジイソシアネートを70mLのNMPに溶解して溶液Cとし、この溶液Cを、20mmolの4,4−ジアミノジフェニルメタンが70mLのNMPに溶解されてなる溶液Dに滴下させ、常温で4時間攪拌後、さらに80℃にて18時間反応させた。
【0053】
反応後、反応液をメタノール2000mLに混合し、生成した沈殿をろ過した。得られた沈殿(マトリックスポリマー(芳香族ポリウレア樹脂))をメタノールで3回洗浄し、60℃にて真空乾燥した。得られた芳香族ポリウレア樹脂(白色粉末)をNMPに溶解して10質量%の溶液に調製した。この溶液を用いてキャスト成膜を行い、ほぼ透明な膜を得た。膜の厚みは60μmであり、この膜を濃度85%のリン酸に漬けたところ、膜自重の1.02倍まで膨潤した。このようにして、比較例2の高分子電解質を製造した。
【0054】
(評価方法)
実施例1において調製したマトリックスポリマー(芳香族ポリウレア樹脂)と、実施例2において調製したマトリックスポリマー(ポリウレア含有ポリパラバン酸樹脂)とについて、赤外吸収スペクトルを測定した。結果を図2に示す。
【0055】
また、実施例1〜4及び比較例1〜2のイオン伝導度を調べるため、各高分子電解質の膜表面のリン酸を拭き取り、直径13mmの円形に切り取り、これを直径13mmの白金板ではさんで伝導度測定用のセルを作製した。150℃における交流抵抗をインピーダンスアナライザーで測定しオームの法則よりイオン伝導度を計算した。また、実施例1〜4及び比較例1〜2の高分子電解質が発電特性を有するか調べるために、市販の白金触媒付き電極(E--TEK社製)を用いて単セルを作製し、正極に空気を、負極側に燃料ガスである水素を100mL/minの流量で導入し、セルを150℃に加熱しながら、開回路電圧および電流密度0.2Acm−2における定電流負荷時の閉回路電圧を調べた。以上の電気化学的特性を表1にまとめた。
【0056】
【表1】

【0057】
図2に示すように、実施例1のマトリックスポリマーにおいては、3300cm−1付近にウレア結合におけるNH結合によるものと見られるブロードな吸収ピークが確認される。一方、実施例2のマトリックスポリマーにおいては、実施例1において確認されたNH結合による吸収ピークがほぼ消失し、代わりに1740cm−1付近にカルボニル結合によるものと見られるシャープな吸収ピークが確認される。更に、前述したNMRの結果と合わせると、実施例2のマトリックスポリマーは、ウレア結合が一部残存したポリパラバン酸樹脂であるものと考えられる。
【0058】
また、表1に示すように、実施例1〜4の高分子電解質膜については、イオン伝導度及び発電試験結果のいずれもが良好な値を示していることがわかる。一方、比較例1及び2については、マトリックスポリマー中に塩基性分子構造が導入されていないため、リン酸のドープ量が実施例1〜4と比べて大幅に低下し、これにより、イオン伝導度及び発電試験結果のいずれもが低下したものと考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】図1は、本発明の実施形態の燃料電池の単セルの構造を示す断面模式図である。
【図2】図2は、実施例1及び実施例2におけるマトリックスポリマーの赤外スペクトルである。
【符号の説明】
【0060】
1…単セル(燃料電池)、2…酸素極(電極)、3…燃料極(電極)、4…電解質膜(プロトン伝導性固体高分子電解質)


【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸と、該酸を含浸するマトリックスポリマーとが少なくとも混合されてなり、前記マトリックスポリマーは、分子中に塩基性分子構造を具備していることを特徴するプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項2】
前記塩基性分子構造がピリジレン基であることを特徴とする請求項1に記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項3】
前記マトリックスポリマーが、分子中にウレア結合を含む下記一般式(1)に示す分子構造を少なくとも1モル%以上100モル%以下の範囲で具備していることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
ただし、一般式(1)において、Rは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、Rはピリジレン基である。
【化1】

【請求項4】
前記マトリックスポリマーが、分子中にパラバン酸構造を含む下記一般式(2)に示す分子構造を少なくとも1モル%以上100モル%以下の範囲で具備していることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
ただし、一般式(2)において、Rは−C−CH−C−基または−C−O−C−基であり(−C−はフェニレン基)、Rはピリジレン基である。
【化2】

【請求項5】
前記パラバン酸構造が、前記一般式(1)におけるウレア結合を転化させることにより形成されたものであることを特徴とする請求項4に記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項6】
前記マトリックスポリマーが架橋されていることを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項7】
前記マトリックスポリマーに、ポリパラバン酸樹脂が含まれていることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質。
【請求項8】
酸素極、燃料極および両電極に挟持された高分子電解質膜を備え、酸化剤流路を形成した酸化剤配流板を酸素極側に設け、燃料流路を形成した燃料配流板を燃料極側に設けたものを単位セルとする燃料電池において、前記高分子電解質膜が請求項1乃至請求項7のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質であることを特徴とする燃料電池。
【請求項9】
前記酸素極または前記燃料極のいずれか一方または両方に、請求項1乃至請求項7のいずれかに記載のプロトン伝導性固体高分子電解質が含まれていることを特徴とする請求項8に記載の燃料電池。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−165047(P2007−165047A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−357552(P2005−357552)
【出願日】平成17年12月12日(2005.12.12)
【出願人】(590002817)三星エスディアイ株式会社 (2,784)
【Fターム(参考)】