説明

プロピレンオキサイドの製造における不安定状態の回避方法

【課題】プロピレンオキサイドの製造における不安定状態を回避する方法を提供すること。
【解決手段】プロピレンの接触気相酸化によるプロピレンオキサイド製造における不安定状態を回避するための方法であって、式:V−V+ΔV=G〔式中、Vは、単位時間当たり排出されるエタン量を表わす。Vは、単位時間当たりプロピレン中の不純物として供給されるエタン量を表わす。ΔVは、単位時間当たり循環ガス混合物中で化学変化するエタン量を表わす。〕を用いて、循環ガス混合物中のエタン量の単位時間当たりの変化(G)を算出し、G≦0に保たれるように、プロピレンおよび酸素の供給、プロピレンおよび酸素の濃度、反応温度または添加剤の濃度を変更して、反応を制御することを特徴とする、方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロピレンオキサイドの製造における不安定状態を回避する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プロピレンオキサイドは、金属触媒存在下でプロピレン及び酸素を反応させることで製造される。本反応は、高温でプロピレンと酸素を反応させるため、好ましくは爆発限界に入らないように不活性ガス(窒素、アルゴン、メタン等)をガス混合物に加える。
プロピレンの選択的酸化には、副反応としてプロピレンが完全酸化して、二酸化炭素と水を生成する反応も生じる。この完全酸化は、プロピレンオキサイド生成に比べて、より高い反応エンタルピーを有するため、発熱量が大きい。その発熱量を抑えて、熱工学的に良好な状態とするためには、プロピレンオキサイドへの酸化の選択性を向上させることが必要であり、金属触媒の改良、有機ハロゲン化合物等の添加剤の添加等が用いられる。
【0003】
プロピレンオキサイドの製造において、不安定な状態が発生する場合がある。この不安定な状態とはいわゆる「ホットスポット」の形成を言う。この不安定な状態によって、多くの場合、周囲への異常反応の伝播により爆燃が引き起こされる。その結果、設備が損傷し、人命が大きな危険にさらされ、また長期にわたって生産が休止し、設備の修理に多大なコストがかかるなど、経済的に悪影響を与えることになる。例えば、崩壊遮断部(DD147238)、防爆装置(Chemisch Technik,ライプチッヒ,33,1981年,10,546)、または破裂板を取り付けることによって、生じる損害を最低限に抑えることも可能である。しかし、これらの公知の従来技術では爆燃を完全に回避することはできない。
【0004】
特許文献1には、銀触媒の存在下、エチレンを分子状酸素含有ガスで選択的に酸化させることによる、エチレンオキサイド製造時における不安定状態を回避するための方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】DD237756
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、前記の不安定な状態を早期に発見する方法を見出し、その方法を用いてプロピレンオキサイドの製造方法における安全性および経済性を向上させることにある。さらには、プロピレンオキサイドの製造における不安定状態を回避する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため検討した結果、驚くべきことに、反応の不安定性が、循環するガス混合物中のエタン含有量の上昇に伴っており、循環ガス混合物中のエタン含有量を介して制御されることを見出して、以下に示す本発明を完成した。
[1] プロピレンの接触気相酸化によるプロピレンオキサイド製造における不安定状態を回避するための方法であって、
当該接触気相酸化に供するガス混合物に含まれるエタンの濃度の変化を経時的に測定する工程と、
エタン濃度が増加している場合、プロピレンおよび酸素の供給、プロピレンおよび酸素の濃度、反応温度または添加剤の濃度を変更して、エタン濃度の上昇を抑える工程を含む、方法。
【0008】
[2] プロピレンの接触気相酸化によるプロピレンオキサイド製造における不安定状態を回避するための方法であって、
式:V−V+ΔV=G
〔式中、Vは、単位時間当たり排出されるエタン量を表わす。
は、単位時間当たりプロピレン中の不純物として供給されるエタン量を表わす。
ΔVは、単位時間当たり循環ガス混合物中で減少するエタン量を表わす。〕
を用いて、循環ガス混合物中のエタン量の単位時間当たりの変化(G)を算出し、G≦0に保たれるように、プロピレンおよび酸素の供給、プロピレンおよび酸素の濃度、反応温度または添加剤の濃度を変更して、反応を制御することを特徴とする、方法。
[3] G>0の場合、反応系が安定化するまで、前記反応に部分的な負荷を負わせる、[2]記載の方法。
[4] G>0の場合、反応系が安定化するまで、前記反応を一時的に停止する、[2]記載の方法。
[5] プロピレンの接触気相酸化が、金属触媒存在下でプロピレン及び酸素を反応させる、[1]〜[4]のいずれか記載の方法。
[6] 金属触媒が、(a)銅酸化物及び(b)ルテニウム酸化物を含有する触媒である[5]記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によって、プロピレンオキサイドの製造における不安定状態を回避することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明が適用できるプロピレンの接触気相酸化方法としては、例えば、金属酸化物等を含有するような金属触媒存在下でプロピレン及び酸素を反応させる製法等が挙げられる。このような金属触媒存在下でプロピレン及び酸素を反応させる製法については、例えば、WO2011/075458、WO2011/075459、WO2012/005822、WO2012/005823、WO2012/005824、WO2012/005825、WO2012/005831、WO2012/005832、WO2012/005835、WO2012/005837、WO2012/009054、WO2012/009059、WO2012/009058、WO2012/009053、WO2012/009057、WO2012/009055、WO2012/009052、WO2012/009055等に記載されている。その製法において用いる触媒としては、下記(a)、(b)、(c)、(d)、(e)、(f)、(g)、(h)、(i)、(j)、(k)、(l)、(m)、(n)、(o)、(p)及び(q)からなる群から選ばれる少なくとも2種を含む触媒が挙げられる。
(a)銅酸化物
(b)ルテニウム酸化物
(c)マンガン酸化物
(d)ニッケル酸化物
(e)オスミウム酸化物
(f)ゲルマニウム酸化物
(g)クロミウム酸化物
(h)タリウム酸化物
(i)スズ酸化物
(j)ビスマス酸化物
(k)アンチモン酸化物
(l)レニウム酸化物
(m)コバルト酸化物
(n)オスミウム酸化物
(o)ランタノイド酸化物
(p)タングステン酸化物
(q)アルカリ金属成分又はアルカリ土類金属成分
好ましくは(a)銅酸化物及び(b)ルテニウム酸化物を含有する触媒であり、より好ましくは(a)銅酸化物、(b)ルテニウム酸化物及び(q)アルカリ金属成分又はアルカリ土類金属成分を含有する触媒である。
【0011】
発明者らは、反応の不安定性が、循環するガス混合物中のエタン含有量の上昇に伴っていることを見出した。そこで、循環ガス混合物中のエタン含有量を上昇させずに一定濃度を保つことが、不安定性を回避するために必要である。
エタンは、プロピレンに含まれる一種の不純物であり、プロピレンの供給と共に、循環ガス混合物に加わる。他方、エタンは、DD237756記載のエチレンオキサイド製造法におけるメタンのように、循環ガス混合物中の不活性ガスの蓄積を避けるために一部排出されるため、循環ガス混合物から減少する。
従って、循環ガス混合物中のエタン量の単位時間当たりの変化(G)は、以下の式で算出することができる。
−V+ΔV=G
〔式中、V、VおよびΔVは、前記と同義である。〕
前記の通り、G>0の場合、反応系の不安定性が存在し、Gが大きくなるにしたがって、反応系の不安定状態も上昇する。
【0012】
エタン含有量の測定は、例えば、ガスクロマトグラフィーまたは質量分析などの公知の測定方法を用いることができる。経時的にエタン含有量を測定し、同時にGを算出して増減を演算することが、好ましい。
エタン含有量の一定化を介して、容易に、反応の進行を制御することができる。反応の進行制御には、例えば、反応成分であるプロピレンおよび酸素の供給、反応器の入口および出口におけるこれらの反応成分の濃度、温度状況および添加剤(例えば、1,2−ジクロロエタン)の濃度などを調整することで実施できる。
本発明によって、反応の進行を制御でき、反応の不安定状態を早期に発見し、これを適時取り除くことができる。また、該制御方法の信頼性により、技術的労力および人的労力を減らして、設備および設備人員の安全性を確保し、全体としてプロピレンオキサイドの製造の経済性を改善することができる。
【実施例】
【0013】
本発明をさらに詳しく述べるために、以下に実施例を説明する。しかし、この実施例は何ら本発明を限定するものでない。
実施例1
約32日間、完全な稼働率でプロピレンオキサイドの製造を稼働させる。32日目の循環ガス混合物中のエタン量の単位時間当たりの変化(G)は、−0.14Nm/時間である。34日目にG=+0.42Nm/時間となり、プロピレン供給量を50%に減らし、酸素供給量を47%に減らし、熱担体オイルの温度を4度低下させると、G=+0.39Nm/時間となる。その18時間後、反応を再度、設備を完全な稼働させると、G=−0.01〜−0.12の間になり、さらに反応系が安定し続けることを示す。
【0014】
実施例2
G=+0.375Nm/時間に上昇すると、反応を停止させる。熱担体オイルを433Kに冷却して、約12時間後に、オイルの加熱を再開し、約48時間後に反応を再び開始する。64時間、完全な稼働率で反応を行い、21日後、G=−0.10Nm/時間である。
【0015】
比較例
G>0の際、運転方法を変更することはせず、反応進行を維持し続ける。G=+0.03Nm/時間になり、48時間後には、G=+0.46Nm/時間になる。32時間後には、破裂板の破壊を伴う暴走反応が起こる。
【産業上の利用可能性】
【0016】
本発明の方法によって、プロピレンオキサイドの製造における不安定状態を回避する方法が提供される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロピレンの接触気相酸化によるプロピレンオキサイド製造における不安定状態を回避するための方法であって、
当該接触気相酸化に供するガス混合物に含まれるエタンの濃度の変化を経時的に測定する工程と、
エタン濃度が増加している場合、プロピレンおよび酸素の供給、プロピレンおよび酸素の濃度、反応温度または添加剤の濃度を変更して、エタン濃度の上昇を抑える工程を含む、方法。
【請求項2】
プロピレンの接触気相酸化によるプロピレンオキサイド製造における不安定状態を回避するための方法であって、
式:V−V+ΔV=G
〔式中、Vは、単位時間当たり排出されるエタン量を表わす。
は、単位時間当たりプロピレン中の不純物として供給されるエタン量を表わす。
ΔVは、単位時間当たり循環ガス混合物中で減少するエタン量を表わす。〕
を用いて、循環ガス混合物中のエタン量の単位時間当たりの変化(G)を算出し、G≦0に保たれるように、プロピレンおよび酸素の供給、プロピレンおよび酸素の濃度、反応温度または添加剤の濃度を変更して、反応を制御することを特徴とする、方法。
【請求項3】
G>0の場合、反応系が安定化するまで、前記反応に部分的な負荷を負わせる、請求項2記載の方法。
【請求項4】
G>0の場合、反応系が安定化するまで、前記反応を一時的に停止する、請求項2記載の方法。
【請求項5】
プロピレンの接触気相酸化が、金属触媒存在下でプロピレン及び酸素を反応させる、請求項1〜4のいずれか記載の方法。
【請求項6】
金属触媒が、(a)銅酸化物及び(b)ルテニウム酸化物を含有する触媒である請求項5記載の方法。

【公開番号】特開2013−82685(P2013−82685A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【公開請求】
【出願番号】特願2012−179318(P2012−179318)
【出願日】平成24年8月13日(2012.8.13)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】