説明

ヘキサフルロイソプロパノールの製造方法

【課題】ヘキサフルオロアセトンを原料として工業的に十分満足の行く収率でヘキサフルオロイソプロパノールを得る方法であって、比較的低い圧力と比較的低い温度の下で実施でき、かつ、生成物には過剰に水素化された副生成物を実質上含まないことから精製工程を簡略化できる方法を提供する。
【解決手段】フッ化水素溶媒中においてパラジウムやルテニウムなどの金属触媒またはそれを担持した触媒の存在下−20〜60℃でヘキサフルオロアセトンと水素ガスを接触させて水素化することからなるヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘキサフルオロアセトンの水素化によるヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法に関し、より詳しくはフッ化水素溶媒中、ヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体を触媒存在下で水素化分解することによる高純度のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヘキサフルオロイソプロパノールは、ポリマーに対して特異な溶解性を示す溶媒として、また、吸入麻酔剤の中間体として大量に生産されている。ヘキサフルオロイソプロパノールは、通常ヘキサフルオロアセトンの還元により製造されるが、原料であるヘキサフルオロアセトンの形態、反応形態、還元剤、触媒の種類などの組み合わせにより各種の方法が提案されている。
【0003】
気相法では、ヘキサフルオロアセトンの無水物をCu−Cr23−CaF2(特許文献1)、Pd/Al23(特許文献2)、Pd/C(特許文献3)などを触媒として水素により水素化する方法が知られ、ヘキサフルオロアセトンの水和物をニッケル触媒および/またはパラジウム触媒の存在下に水素により水素化する方法(特許文献4)などが知られている。
【0004】
液相での水素ガスによるヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法については、ヘキサフルオロアセトン水和物を用いる方法とヘキサフルオロアセトンの無水物を用いる方法が知られている。無水物を用いるものとしては酸化白金を触媒として圧力20.0〜90.0MPa(200〜900気圧)、110℃〜150℃で6時間にわたり反応させる方法(特許文献5)、ヘキサフルオロイソプロパノール溶媒中で酸化白金を触媒として圧力2.72MPa(27.2気圧)、55℃〜80℃で2時間にわたり反応させる方法(特許文献6)、ロジウム/Cを触媒として圧力3.5〜3.6MPa(35〜36気圧)、65℃で1時間にわたり反応させる方法(特許文献7)などが報告されているが、沸点(−27℃)の低いヘキサフルオロアセトンは蒸気圧が高くこれらの方法では反応器内の圧力が高くなる傾向にある。
【0005】
また、ヘキサフルオロアセトンの水和物を液相で水素化する方法には、パラジウム/Cを触媒として圧力0.35〜0.7MPa(3.5〜7kg/cm2)、70℃〜75℃で3.5時間にわたり反応させる方法(特許文献8)、パラジウム/Al23を触媒として圧力0.5MPa(5kg/cm2)、100℃で6時間にわたり反応させる方法(特許文献9)などがある。このように液相で水和物を水素化するには比較的高い温度と長い反応時間を要する。
また、水素以外の還元剤を用いる方法として、ヘキサフルオロアセトンの無水物をメタノール溶媒中で水素化ホウ素ナトリウムを還元剤とする方法、同様にジエチルエーテル、メタノール、イソプロパノール、テトラヒドロフランなどの酸素含有溶媒中で水素化リチウムアルミニウム、水素化カルシウム、水素化ナトリウムなどを還元剤とする方法が報告されている(特許文献5)。
これらいずれの還元方法においても、還元が過剰に進み過還元体である1,1,1−トリフルオロアセトンや1,1,1−トリフルオロイソプロパノールが副生物として生成し、特に1,1,1−トリフルオロアセトンは生成物であるヘキサフルオロイソプロパノール中に含まれると分離の困難な不純物となるので、その生成を避けることが望ましいが、やむを得ず生成する場合には直ぐに分離の容易な1,1,1−トリフルオロイソプロパノールまで還元する方法が(特許文献10)に高純度のヘキサフルオロイソプロパノールを製造する手段として開示されている。
このような反応に関して、反応に供するヘキサフルオロアセトンの品質について、フッ化水素はヘキサフルオロアセトンの還元において酸化白金などの金属触媒を被毒するので、フッ化水素が含まれるヘキサフルオロアセトンを使用する場合には前もって除去しなければならないとの記述が特許文献6に存在する。一方、特許文献11にヘキサフルオロイソプロパノールを安価に製造する手段として、フッ化水素を含むヘキサフルオロアセトンを還元して製造するとの記載があるが、どの様な条件でどのように生成物が得られるかについての具体的な記載はない。
【特許文献1】ベルギー特許第634368号明細書
【特許文献2】米国特許第3468964号明細書
【特許文献3】米国特許第3702872号明細書
【特許文献4】特開昭57−81424号公報
【特許文献5】米国特許第3418337号明細書
【特許文献6】米国特許第3607952号明細書
【特許文献7】特開昭58−88330号公報
【特許文献8】特開昭59−204142号公報
【特許文献9】特開平1−301631号公報
【特許文献10】特開平6−184025号公報
【特許文献11】米国特許第4314087号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体をフッ化水素溶媒中穏やかな反応条件下接触的に水素化分解し高純度のヘキサフルオロイソプロパノールを製造する方法を提供する。
【0007】
ヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法としては前記のように多くの方法が提案されているが、気相反応では、ホットスポットを形成し易く触媒活性の低下が起こりやすい。また、この際過剰な水素化が起こり副生物を生じる恐れがある。一方、液相においては温度のコントロールは比較的容易であるが、無水物のヘキサフルオロアセトンを原料とした場合はその自圧により反応圧力が高くなって耐圧の大きな装置を必要とし、ヘキサフルオロアセトン水和物を原料とした場合は、比較的高い温度と長い反応時間を必要とする。そこで、本発明では、ヘキサフルオロアセトンを原料として、比較的低い圧力と低い温度の下で実施でき、かつ、過還元した副生成物含有量の少ない高純度のヘキサフルオロイソプロパノールを製造する方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ヘキサフルオロアセトンを原料として触媒の存在下水素ガスにより水素化してヘキサフルオロイソプロパノールを製造する方法において、ヘキサフルオロイソプロパノールに含まれる分離の困難な副生成物の生成の少ない方法を開発するべく、ヘキサフルオロアセトンの水素との反応について検討した。
【0009】
従来技術として上述したように、ヘキサフルオロアセトンの水素化は各種の状態で行われるが、反応に関与するヘキサフルオロアセトンの形態はそれぞれ異なるものと考えられ、どの様な反応機構を経るのか明確ではない。すなわち、ヘキサフルオロアセトン(無水物)を反応基質とする場合は、
【0010】
【化1】

【0011】
で表される化学種であるが、水溶液中においてヘキサフルオロアセトンは3水和物
【0012】
【化2】

【0013】
で表される化学種であるとされ、フッ化水素中では
【0014】
【化3】

【0015】
で表される化学種であると推測される。したがって、このように異なる化学種がヘキサフルオロアセトンの水素化反応に関与するため、具体的な反応条件は容易に推測することはできなかった。就中、副生成物の挙動についての情報は極めて少ない。
このような状況の下、本発明者らは、いずれの化学種が関与する場合においてもこの分野での技術常識から予測されるように反応温度を高くすることでヘキサフルオロイソプロパノールが生成する反応速度は増大し反応温度を低くすることで反応速度は低下することが認められたが、一方、副生成物に関しては、ヘキサフルオロイソプロパノールの十分な反応速度を維持する温度範囲においては、反応温度を低下させてもかならずしも過水素化物の生成量の減少とはならず、特定の温度範囲においてフッ化水素を溶媒として前記化学種が反応に関係する場合のみ過水素化物が顕著に減少し、1,1,1−トリフルオロアセトンを実質上含まないヘキサフルオロイソプロパノールが得られることを見出し、本発明を完成した。
【0016】
本発明は、次のとおりである。
[請求項1]フッ化水素溶媒中において金属触媒の存在下−20〜60℃でヘキサフルオロアセトンと水素ガスを接触させて水素化することからなるヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
[請求項2]金属触媒がパラジウム、白金、ルテニウム、ロジウムおよびニッケルから選らばれた1種以上の金属からなる触媒またはその金属を活性炭に担持した触媒である請求項1に記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
[請求項3]金属触媒がルテニウムからなる触媒またはルテニウムを活性炭に担持した触媒である請求項1に記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
[請求項4]ヘキサフルオロアセトンが、ヘキサフルオロアセトンまたはヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体以外の有機物を実質的に含まないヘキサフルオロアセトンである請求項1〜2に記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
[請求項5]フッ化水素溶媒中において金属触媒の存在下−20〜60℃でヘキサフルオロアセトンと水素ガスを接触させて得られたヘキサフルオロイソプロパノールを含む反応器内容物から金属触媒を含まない液体成分を取得する工程と、さらに、その液体成分から蒸留によりフッ化水素を分離回収するとともに、ヘキサフルオロイソプロパノールを分離回収する工程を有する請求項1〜4のいずれかに記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法は、ヘキサフルオロアセトンからヘキサフルオロイソプロパノールを合成するのに反応速度の点からは必ずしも有利とはいえない低い温度範囲で反応させるにも拘わらず、意外にも反応速度の低下を伴わず、かつ、生成物には過剰に水素化された副生成物を実質上含まないことから精製工程を簡略化できることから、工業的に十分満足の行く収率でヘキサフルオロイソプロパノールが得られるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
明細書において、ヘキサフルオロアセトンを「HFA」と表すことがある。
明細書において、ヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体を「HFA・HF」と表すことがある。
明細書において、ヘキサフルオロアセトン水和物は水和数を限定しない水和物またはその水溶液をいい、ヘキサフルオロアセトン3水和物を含む概念である。
明細書において、ヘキサフルオロアセトン3水和物を「HFA・3W」と表すことがある。
明細書において、ヘキサフルオロイソプロパノールを「HFIP」と表すことがある。
【0020】
ヘキサフルオロアセトンは公知の方法で製造できる。例えば、ヘキサクロロアセトンをクロム/炭素触媒の存在下フッ化水素でフッ素化する方法や、ヘキサフルオロプロペンを酸化して得られたヘキサフルオロプロペンエポキシドを異性化する方法により製造することができる。
【0021】
本発明においてヘキサフルオロアセトンはフッ化水素に溶解されるが、どの様な方法で溶解されたものであってもよく、例えば、気体のヘキサフルオロアセトンを液体のフッ化水素に吸収させ、もしくは気体のヘキサフルオロアセトンを気体のフッ化水素と混合した後冷却して溶液とすることができ、または、前記フッ素化により得られる未反応のフッ化水素とヘキサフルオロアセトンの混合ガスから塩化水素を除去したものを液化させて不純物を除去することで調製できる。さらに、ヘキサフルオロアセトン水和物をフッ化水素と混合して蒸留することにより得られるヘキサフルオロアセトンとフッ化水素の混合物であってもよく、このものも本発明において好ましい「ヘキサフルオロアセトンをフッ化水素に溶解して得られた溶液」である。
【0022】
本発明を完成させる過程において発明者等は、本発明にかかる「ヘキサフルオロアセトンをフッ化水素に溶解して得られた溶液」は、フッ化水素溶液中において次の平衡が成立しており、
【0023】
【化4】

【0024】
ヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体がヘプタフルオロイソプロパノールであり、過剰量のHFが共存すると、室温以上でも分解することなく安定にヘプタフルオロイソプロパノールのまま存在することをHF中でのNMR測定により確認した。
【0025】
本発明の方法におけるフッ化水素溶媒中のヘキサフルオロアセトンの比率は、攪拌可能な程度に保たれれば特に限定されないが、ヘキサフルオロアセトン1モルに対して、フッ化水素1〜100モルであり、2〜70モルが好ましく、3〜50モルがさらに好ましい。
【0026】
本発明においては、触媒としてパラジウム(Pd)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)などの貴金属またはニッケルなどの金属を用いることができる。これらのうち、入手の容易さにおいてパラジウム、ルテニウムは特に好ましい。金属としては、還元金属、または酸化物、水酸化物、塩化物などの化合物の形態が挙げられ、またはこれらの金属を含む錯体であってもよく、金属の酸化数は限定されない。これらの金属を用いる際には液相の反応系に懸濁あるいは溶解させて用いてもよいが、触媒を繰り返し使用する場合通常は適宜の担体に担持させて用いるのが反応生成物と触媒との分離が容易で好適である。担体としては、活性炭やフッ化アルミなどの金属フッ化物などが採用でき、通常は、活性炭に担持して用いるのが最も取り扱いやすく、入手も容易であるので好ましい。担持量は、触媒質量に対し金属換算して0.0001〜30質量%であり、0.01〜20質量%が好ましく、0.1〜10質量%がより好ましい。具体的には、市販されている0.1〜5質量%程度のパラジウム担持活性炭触媒または0.1〜5質量%担持ルテニウム担持活性炭触媒が特に好ましいものとして挙げることができる。
従来の技術によるとルテニウムを使用して水素化分解した場合、過還元副生物、特に分離の困難な1,1,1−トリフルオロアセトンの生成は少ないが、反応性が低いという欠点が知られている(特開平6−184025号公報、特開昭58−88330号公報」)。しかしながら、フッ化水素を溶媒とする本発明の方法においては、ルテニウムを触媒とすると1,1,1−トリフルオロアセトンの生成は少ないという特徴を示しながら、パラジウムと同等以上の反応性を発現させることができる。
触媒の粒径は特に限定されないが、触媒を懸濁させるのに適した形状が好ましく、触媒の系内での分布の均一化を容易にし反応物と触媒の接触を多くするように、微粉末状の触媒を使用するのが好ましい。また、反応後触媒を回収して再使用しまたは生成物から分離するのにも微粒子であることが好ましい。これらの触媒の調製方法は公知の方法を採用でき、市販されている触媒をそのまま又は乾燥もしくは活性化処理をして使用してもよい。
【0027】
触媒の使用量は、特に限定されないが、ヘキサフルオロアセトン1質量部(HFA・HFとしては、1.12質量部)に対して0.00001〜0.1質量部であり、0.0005〜0.03質量部が好ましく、0.001〜0.01質量部がより好ましい。
【0028】
本発明の方法においては、フッ化水素を溶媒とするが、さらにフッ化水素に溶解しうる溶媒を併用することもできる。そのようなものとしては本発明の方法の生成物であるヘキサフルオロイソプロパノールおよび水を例示することができる。
【0029】
本発明の方法は、反応温度は−20〜60℃であり、5〜50℃が好ましく、10〜30℃がより好ましい。−20℃未満では特別な冷却設備が必要となると共に反応速度が小さくなり、60℃を超えると反応速度は高まるが反応生成物中に1,1,1−トリフルオロアセトンなどの過還元不純物の副生や触媒寿命が短くなる恐れが生じるので好ましくない。
【0030】
また本発明の方法は、反応圧力は0.05〜5MPaであり、0.1〜1MPaが好ましく、0.1〜0.5MPaがより好ましい。溶媒であるフッ化水素の分圧は反応温度範囲では大きいため、0.1MPa未満では効率的な還元反応を引き起こすに必要な水素ガスの分圧が確保できず、5MPa以上では特別な耐圧仕様の反応設備が必要になるので好ましくない。
【0031】
本発明の好適な反応条件の選択により、比較的低温、低圧においても工業的に十分満足の行く速度で接触還元反応が可能となり、生成物中に過剰に還元された副生成物を実質上含まない製品が収率良く得られ、さらに触媒寿命が長いため経済的に有利な製造方法である。
【0032】
本発明のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法は、バッチ式、半バッチ式、連続式または流通式のいずれかの形式でも実施できる。装置の材質は、ステンレス鋼、ニッケル合金鋼、銀、フッ素樹脂、炭素、ポリエチレンまたはこれらの材質でライニングされもしくはクラッドされた金属材料が使用できる。
【0033】
以下にバッチ式による実施形態で本発明を説明する。他の実施形式について実施する条件等については、以下の説明とこの分野の技術常識に基づいて容易に変更し、決定できる。
【0034】
反応器は、攪拌機を備えたものが好ましいが反応速度が大きいため必ずしも必須ではない。通常は温度調節可能なように加熱装置および/または冷却装置を備えることが好ましく、特に冷却装置を備えるのが好ましい。
【0035】
反応器への原料の投入の順序は限定されないが、前述の「ヘキサフルオロアセトンをフッ化水素に溶解して得られた溶液」と触媒を投入した後、攪拌しながら水素ガスを導入して所定の圧力に保って反応を開始する。反応は0℃またはそれ以下の温度で開始する。また、反応を調節するためには、反応温度または水素圧力を調整することとおよび攪拌の強度で行うこともできる。反応の終了時期は水素の所定量の消費または吸収停止で確認すればよい。
【0036】
反応完了後、反応器内容物はフッ化水素と有機物を含む溶液についての公知の分離精製方法を適用することができる。反応器内容物を水または氷水に投入して得られた水溶液を直接または中和した後蒸留に付して低沸点成分として回収することができる。本発明の方法ではフッ化水素を多量に含むため、直ちに水へ投入することなく、反応器内容物からあらかじめ蒸留により可能な限りフッ化水素を除去した後、水に投入し得られた水溶液を直接または中和した後蒸留に付して低沸点成分として回収することが好ましい。いずれの場合も、反応器内容物には触媒が含まれているので濾過等により分離回収しておくのが好ましい。また、通常は触媒は再使用するため、反応器から内容物を移液する際に反応器内に残存させるのが効率的で好ましい。
【0037】
水溶液から蒸留により回収されたヘキサフルオロイソプロパノールはさらに、公知の蒸留方法によりさらに精製することができる。また、回収されたフッ化水素は再度反応に使用することができる。
【実施例】
【0038】
以下に、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。有機物の分析は、別途記述のある場合を除き、ガスクロマトグラフィー(FID検出器)で行った。また、実施例においては、別途記述のある場合を除き、ゲージ圧(大気圧を0MPaとした相対圧力をいう。)とし、MPa−Gで表示する。
【0039】
[実施例1]
電磁攪拌機を備えたステンレス鋼製の1Lオートクレーブ(内径7.4cm内径、24cm高さ)を氷で外部冷却し、そこへ触媒として5質量%Pd/活性炭(N.E.ケムキャット製、50質量%含水品)を6.6g(1質量%)、冷蔵保存したヘキサフルオロアセトンのフッ化水素溶液(ヘキサフルオロアセトンと8モル倍のフッ化水素の混合物)を332g、各々秤量して投入した。氷冷下N2で1回,H2で2回加圧パージし、500rpmで撹拌しながら、H2加圧を開始した。内温が9℃を示した時点でH2吸収が認められ、内温が徐々に上昇した。撹拌を停止すると、内温の上昇が止まることが確認され還元反応がこの温度域から開始したことが認められた。その後、オートクレーブを外部から室温風冷しH2で内圧1.0MPa−Gとして、水素化反応を開始した。
【0040】
内温は開始時12℃であったが、反応熱により徐々に上昇し、1時間後に最高温度54℃に到達し、以後徐々に内温は低下した。この時までに、当量の98%に当たるH2を消費した。反応開始から1時間半後、内温43℃となりH2吸収が認められなくなった時点で反応を終了した。サンプリング管から少量のフッ化水素溶液をポリエチレン製容器に抜き出し、NMRにより測定したところ、ヘキサフルオロアセトンのヘキサフルオロイソプロパノールへの変換率は100%、選択率100%であった。
【0041】
触媒を含んだままで反応器内容物のうち288gをフッ素樹脂製蒸留装置の蒸留ポットに投入し、塔頂からフッ化水素を留出させた。釜残有機物は136gで、そのうちヘキサフルオロイソプロパノールは87質量%で残りはフッ化水素であった。
【0042】
釜残有機物のうち126gに水酸化ナトリウム18gと水を加え中和した液289gをガラス製の単蒸留装置で蒸留し、塔頂から93g(蒸留収率72%)の粗ヘキサフルオロイソプロパノールを回収した。
【0043】
回収された粗ヘキサフルオロイソプロパノールは、水分(0.9質量%)を除き99.95%のヘキサフルオロイソプロパノール純度であった。1,1,1−トリフルオロアセトン(TFA)の含量は0.002%であり、蒸留による精製工程において純度99.99%以上のヘキサフルオロイソプロパノールが蒸留収率95%で得られた。
【0044】
[実施例2]
外部から冷却しながら反応温度を最高30℃に保ったほかは、実施例1と同様の操作により実施した。触媒として5質量%Pd/活性炭を6.4g(1質量%)、ヘキサフルオロアセトンのフッ化水素溶液(ヘキサフルオロアセトンと8モル倍のフッ化水素の混合物)を320g用いて水素化分解反応を実施した。
【0045】
内温は開始時12℃であったが、反応熱により徐々に上昇し、0.5時間後に最高温度30℃に到達し、以後内温を一定に保つよう外部冷却した。この時までに、当量の50%に当たるH2を消費した。反応開始から2時間後、H2吸収が認められなくなった時点で反応を終了した。サンプリング管から少量の反応器内容物をポリエチレン製容器に抜き出し、NMRにより測定したところ、ヘキサフルオロアセトンのヘキサフルオロイソプロパノールへの変換率は100%、選択率100%であった。
【0046】
反応器内容物の全量について実施例1と同様の処理をして、粗ヘキサフルオロイソプロパノールを132g(収率80%)回収した。
【0047】
回収された粗ヘキサフルオロイソプロパノールは、水分(1.2質量%)を除き99.97%のヘキサフルオロイソプロパノール純度であった。1,1,1−トリフルオロアセトンの含量は0.002%以下であり、蒸留による精製工程において純度99.99%以上のヘキサフルオロイソプロパノールが蒸留収率95%で得られた。
【0048】
[実施例3]
外部から冷却しながら反応温度を最高30℃に保ったほかは、実施例1と同様の操作により実施した。触媒として5質量%Ru/活性炭(N.E.ケムキャット製、Bタイプ、48質量%含水品)を6.0g(1質量%)、ヘキサフルオロアセトンのフッ化水素溶液(ヘキサフルオロアセトンと8モル倍のフッ化水素の混合物)310gを用いて水素化分解反応を実施した。
【0049】
内温が0℃を示した時点でH2吸収が認められ、内温が徐々に上昇した。15分後に最高温度30℃に到達し、以後内温を一定に保つよう外部冷却した。この時までに当量の30%にあたるH2を消費した。反応開始から1.5時間後、H2吸収が認められなくなった時点で反応を終了した。この時までに、当量の100%にあたるH2を消費した。サンプリング管から少量の反応器内容物をポリエチレン製容器に抜き出し、NMRにより測定したところ、ヘキサフルオロアセトンのヘキサフルオロイソプロパノールへの変換率は100%、選択率100%であった。
【0050】
反応器内容物の全量について実施例1と同様の処理をして、粗ヘキサフルオロイソプロパノールを149g(収率91%)得た。
【0051】
回収された粗ヘキサフルオロイソプロパノールは、水分(1.5質量%)を除き99.97%のヘキサフルオロイソプロパノール純度であった。1,1,1−トリフルオロアセトンの含量は0.002%以下であり、蒸留による精製工程において純度99.99%以上のヘキサフルオロイソプロパノールが蒸留収率95%で得られた。
【0052】
[実施例4]
水素圧(反応器内圧)を0.2MPa−Gとする以外は実施例3と同様の操作により実施した。触媒として5質量%Ru/活性炭(N.E.ケムキャット製、Bタイプ、48質量%含水品)を6.0g(1質量%)、ヘキサフルオロアセトンのフッ化水素溶液(ヘキサフルオロアセトンと8モル倍のフッ化水素の混合物)を320gを用いて水素化分解反応を実施した。
【0053】
内温が0℃を示した時点でH2吸収が認められ、内温が徐々に上昇した。20分後に最高温度30℃に到達し、以後内温を一定に保つよう外部冷却した。この時までに、当量の30%にあたるH2を消費した。反応開始から2時間後、H2吸収が認められなくなった時点で反応を終了した。この時までに、当量の100%にあたるH2を消費した。サンプリング管から少量の反応器内容物をポリエチレン製容器に抜き出し、NMRにより測定したところ、ヘキサフルオロアセトンのヘキサフルオロイソプロパノールへの変換率は100%、選択率100%であった。
【0054】
攪拌を停止して触媒をオートクレーブ底部に沈降させた後、サンプリング管から275gの反応器内容物をフッ素樹脂製蒸留装置の蒸留ポットに投入した。オートクレーブ底部には約45gの反応混合物が触媒の大部分を含んで残存した。蒸留装置の塔頂からフッ化水素を蒸留により抜き出し、釜残有機物145gが得られ、釜残有機物中のヘキサフルオロイソプロパノールは95重量%で、残りはフッ化水素であった。
【0055】
釜残有機物のうち133gに水酸化ナトリウム18gと水を加え中和した液300gをガラス製の単蒸留装置で蒸留し、塔頂から120g(蒸留収率87%)の粗ヘキサフルオロイソプロパノールを回収した。
【0056】
回収された粗ヘキサフルオロイソプロパノールは、水分(1.4質量%)を除き99.99%のヘキサフルオロイソプロパノール純度であった。1,1,1−トリフルオロアセトンの含量は0.002%以下であり、蒸留による精製工程において純度99.99%以上のヘキサフルオロイソプロパノールが蒸留収率95%で得られた。
【0057】
[実施例5]
実施例4でオートクレーブ底部に残存した触媒を含む反応混合物に、ヘキサフルオロアセトンのフッ化水素溶液(ヘキサフルオロアセトンと8モル倍のフッ化水素の混合物)を300−330g加え、4回繰り返して実施例4と同様の水素化分解反応を実施した。実施例4を含め全5例の反応条件と結果を下表に示す。繰り返し回数が重なっても、所要の反応時間、収率に殆ど変化は見られず、触媒活性が変化していないことがわかった。
【0058】
【表1】

【0059】
[参考例]
攪拌装置を備えた500mlのSUS−316製オ−トクレ−ブにヘキサフルオロアセトン水和物(3水和物)200g(1.0mol)を入れ5%−Pd/アルミナ坦持触媒1.0重量%および水酸化アルミニウム0.3重量%、炭酸水素ナトリウム0.05重量%を添加した。容器内を水素で置換し油浴にて100℃に昇温すると共に水素圧力を0.5MPa−G(5Kg/cm2−G)に保ち攪拌を開始すると水素の吸収が始った。6時間後に加熱、攪拌を止め冷却後、分析したところヘキサフルオロアセトン水和物の反応率は99.9%であった。また、ヘキサフルオロイソプロパノールの純度は99.0%であり、1,1,1−トリフルオロアセトンは0.2%、1,1,1−トリフルオロイソプロパノール(TFIP)は0.6%であった。
この粗ヘキサフルオロイソプロパノールを蒸留したが、1,1,1−トリフルオロアセトンがヘキサフルオロイソプロパノールと共沸様挙動を示すためヘキサフルオロイソプロパノールの純度は99.9を越すことはできなかった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の方法によると、比較的低い温度で反応させることで、生成物中に収率の低下を招く分離の困難な不純物を実質上含まないヘキサフルオロイソプロパノールが得られるため、工業的に有利な高純度のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化水素溶媒中において金属触媒の存在下−20〜60℃でヘキサフルオロアセトンと水素ガスを接触させて水素化することからなるヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
【請求項2】
金属触媒がパラジウム、白金、ルテニウム、ロジウムおよびニッケルから選らばれた1種以上の金属からなる触媒またはその金属を活性炭に担持した触媒である請求項1に記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
【請求項3】
金属触媒がルテニウムからなる触媒またはルテニウムを活性炭に担持した触媒である請求項1に記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
【請求項4】
ヘキサフルオロアセトンが、ヘキサフルオロアセトンまたはヘキサフルオロアセトン・フッ化水素付加体以外の有機物を実質的に含まないヘキサフルオロアセトンである請求項1〜2のいずれかに記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。
【請求項5】
フッ化水素溶媒中において金属触媒の存在下−20〜60℃でヘキサフルオロアセトンと水素ガスを接触させて得られたヘキサフルオロイソプロパノールを含む反応器内容物から金属触媒を含まない液体成分を取得する工程と、さらに、その液体成分から蒸留によりフッ化水素を分離回収するとともに、ヘキサフルオロイソプロパノールを分離回収する工程を有する請求項1〜4のいずれかに記載のヘキサフルオロイソプロパノールの製造方法。

【公開番号】特開2009−51798(P2009−51798A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−222845(P2007−222845)
【出願日】平成19年8月29日(2007.8.29)
【出願人】(000002200)セントラル硝子株式会社 (1,198)
【Fターム(参考)】