説明

ヘパリンコーティング剤及び医療用具

【課題】生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度よりも高い温度では疎水性となる温度応答性を有したヘパリン徐放材を提供する。
【解決手段】ヘパリンまたはその塩を担持したポリマー材料よりなるヘパリン徐放材。該ポリマーは、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性である。ポリマー材料は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなるホモポリマーに対し、N−イソプロピルアクリルアミドをブロック重合させたものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗血液凝固性(抗血栓性)を長期間に亘って持続することができ、生体組織に適用したり、人工臓器や人工血管などの各種医療用具の構成材料として適用が可能なヘパリンコーティング剤と、このヘパリンコーティング剤がコーティングされた医療用具とに関する。
【背景技術】
【0002】
血液は異物と接触した場合に、血液中の種々の成分の作用により凝固してしまう性質を有している。したがって、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路などの血液と接触する部位に使用される医療用具の構成材料には、高い抗血液凝固性が要求される。しかしながら、従来の医療用具の構成材料の多くは長期間に亘って使用した場合には血液凝固が生じることが避けられず、抗血液凝固性の持続力という点において充分ではない。また、上記の医療用具を患者に施用する場合には、通常、ヘパリンなどの抗血液凝固剤を併用することが行われている。しかしながら、例えばヘパリンを全身投与した場合には、多数の出血巣が発生する危険性が高くなるという問題がある。
【0003】
かかる問題点を解消する方法として、ヘパリンを医療用材料の表面に固定するか又は徐放させる技術が種々提案されている。例えば、カチオン性残基を有したポリマー材料にヘパリンを接触させ、ヘパリンをイオン結合状に該ポリマー材料に担持させたものとして、ポリ塩化ビニルとアクリル酸又はメタクリル酸との共重合体にヘパリン又はその塩をイオン結合してなるコーティング用の抗血栓性医療材料が特許第3341503号に記載されている。
【0004】
特許第2854284号には、人工血管の表面にポリアミン又はその塩を固定し、この表面にポリアミン又はその塩にヘパリンをイオン結合により固定することが記載されている。
【0005】
特許第3372971号には、基材表面に形成したリン脂質―高分子複合体薄膜中のリン脂質にヘパリンをイオン的に結合させた抗血栓性材料が記載されている。
【特許文献1】特許第3341503号
【特許文献2】特許第2854284号
【特許文献3】特許第3372971号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記特許第3341503号では、ヘパリンを担持したポリ塩化ビニル−(メタ)アクリル共重合体を溶媒に溶解させてカテーテル等の対象物に塗布している。この溶媒としては、テトラヒドロフラン等の有機溶媒が用いられている(同号公報0027〜0028段落)。
【0007】
このように有機溶媒を用いる場合、再生医療で利用される細胞と合成あるいは生体材料からなるハイブリッド組織体や宿主から摘出した生体組織などの表面処理には使用できない(有機溶媒によって細胞が死滅したり傷害を受けるため)。また、材料自体に有機溶媒に弱いものもある(ニトルセルロースなど)。あるいは、薬物放出性ステントのように、薬物をコートした医療用具の表面処理の際には、有機溶媒によって薬物を担持させた高分子層を剥がすなど損傷を与える場合がある。
【0008】
本発明は、上記従来の問題点を解消し、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度よりも高い温度では疎水性となる温度応答性を有したヘパリンコーティング剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明のヘパリンコーティング剤は、ヘパリンまたはその塩を担持したポリマー材料よりなるヘパリンコーティング剤において、該ポリマー材料は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とするものである。
【0010】
前記ポリマー材料は、カチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミドとのブロック共重合体であることが好ましい。
【0011】
このカチオン性ホモポリマーの分子量は、2,000〜500,000が好ましい。
【0012】
このブロック共重合体の分子量は、3,000〜600,000であることが好ましい。
【0013】
前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることが好ましい。
【0014】
前記カチオン性ホモポリマーは、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることが好ましい。
【0015】
このN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が結合しているものが好ましい。
【0016】
このビニル系モノマーは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドが好ましい。
【0017】
本発明の医療用具は、かかる本発明のヘパリンコーティング剤がコーティングされたものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明のヘパリンコーティング剤は、上記所定温度よりも低い温度では親水性であり、水溶性であるため、これを水に溶解させて生体あるいは医療用具に塗布し、その後、所定温度よりも高い温度とすることにより、疎水性(水不溶性)となり、生体あるいは医療用具に付着する。
【0019】
このヘパリンコーティング剤は、有機溶媒を用いていないので、ハイブリッド材料やあるいは生体に対しても適用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明のヘパリンコーティング剤は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であるポリマー材料を基材とし、これにヘパリン又はその塩を担持させている。
【0021】
ヘパリンの塩としては、ヘパリンナトリウム、ベンザルコニウムヘパリンが例示される。
【0022】
上記のポリマー材料としては、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体が好適である。
【0023】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0024】
N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジチオカルバミル酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとナトリウムN,N−ジチオカルバメートとをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンである。
【0025】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン特にクロロホルムが好適である。
【0026】
このイニファターに重合させるモノマーとしては、ビニル系モノマー、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等、とりわけビニル系モノマーが好適であり、具体的には3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CHが好ましい。
【0027】
イニファターと上記モノマーとを反応させるには、イニファター及びモノマーを含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しモノマーが結合した反応生成物を生成させる。
【0028】
このモノマーの該原料溶液中の濃度は70重量%以上、例えば70〜99重量%が好適である。
【0029】
イニファターの濃度は10〜1000mM程度が好適である。
【0030】
照射する光の波長は300〜400nmが好適である。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜60分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1分〜30分程度が特に好適である。
【0031】
なお、この光照射工程(第1の光照射工程)の後にさらに第2の光照射工程を行ってもよい。すなわち、この反応生成物を含む溶液をアルコール、好ましくは上記モノマーのアルコール溶液で希釈する。このアルコールとしてはメタノール又はエタノール、特にメタノールが好適である。アルコール溶液中のモノマー濃度としては、終濃度として、100mM〜5M程度が好適である。
【0032】
上記第1の光照射工程からの反応生成物含有液1体積部に対し、このアルコール溶液5〜500体積部を添加するのが好ましい。
【0033】
このようにアルコール溶液で希釈した希釈液を、第2の光照射工程に供し、上記反応生成物に対しさらに上記モノマーを重合させる。この際の照射光源としては240〜400nmの波長の光を含むものであればよく、例えば低圧水銀灯や高圧水銀灯などを用いることができる。光照射時間は10分〜120分程度が好適である。
【0034】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製して分岐型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを得る。
【0035】
この分岐型重合体の分子量は分岐鎖の鎖数によるが、2,000〜500,000、特に2,000〜150,000、とりわけ2,000〜100,000程度が好ましい。
【0036】
このようにして生成した分岐型重合体よりなるカチオン性ポリマーに対し、N−イソプロピルアクリルアミドをブロック共重合させて目的とするポリマー材料とする。このN−イソプロピルアクリルアミドのポリマー鎖は、低温度では親水性、高温では疎水性となる温度依存性を有し、これにより上記ポリマー材料が上記温度応答性を具備するようになる。
【0037】
N−イソプロピルアクリルアミドをブロック共重合させるには、上記のようにして合成した分岐型重合体をメタノール等の溶媒に溶解させ、これにN−イソプロピルアクリルアミドを混合し、光を照射して重合させればよい。この重合反応を開始する際の溶液中における分岐型ポリマーの濃度は0.01〜10重量%程度が好適であり、N−イソプロピルアクリルアミドの濃度は0.3〜30重量%程度が好適である。光の照射条件は、光波長250〜400nm、照射時間1〜150分、照射強度100〜10,000μW/cm程度が好適である。
【0038】
このブロック共重合体(ポリマー材料)の分子量は3,000〜600,000、特に3,000〜150,000であることが好ましい。
【0039】
このポリマー材料にヘパリン又はその塩を担持させるには、ポリマー材料の低温の水溶液にヘパリン又はその塩を添加し、混合すればよい。この際、ポリマー材料1重量部に対しヘパリン又はその塩を0.01〜30重量部特に0.1〜10重量部添加するのが好ましく、ブロック共重合体の分子量や分岐鎖の鎖数、コーティングしようとする材料の表面状態によって適宜調整することができる。一般には、ヘパリン又はその塩が10重量部よりも多いと、ヒト体温付近でもヘパリンコーティング剤の水溶性が高くなり、材料表面への固定が困難になる。一方、ヘパリン又はその塩の添加量が0.1重量部よりも少ないと、抗血栓効果が乏しくなる。
【0040】
ポリマー材料にヘパリン又はその塩を0.1〜5重量部担持させてなるヘパリンコーティング剤は、約30℃よりも高い温度で水不溶性であり、約30℃よりも低い温度で水溶性である。
【0041】
従って、約30℃よりも低い温度例えば10〜25℃程度のヘパリンコーティング剤の水溶液(濃度は好ましくは、3〜150mg/mL程度)を生体あるいは医療用具に塗布などにより付着させ、30℃よりも高い温度に昇温させ、必要に応じ乾燥させることにより、水不溶性の、ヘパリンまたはその塩を担持したコーティングが形成される。生体の場合、この際の昇温は生体の体温によって行われる。
【0042】
この医療用具としては、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、血管ステント、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路などの血液と接触する部位に使用される医療用具などが例示される。医療用具に適用する場合、医療用具の表面1cm当りにヘパリンコーティング剤を0.1〜30mg程度付着させるのが好ましい。
【実施例】
【0043】
実施例1
i)イニファターの合成
下記反応式に従って、1,2,4,5−テトラキス(N−Nジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0044】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)2.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミル酸ナトリウム12.0gをエタノール10mL中へ加え、遮光下で室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、減圧乾燥後、クロロホルム40mLへ溶解し、50mLの水を加えて抽出分離し、臭化ナトリウムを除去した。この操作を3回繰り返した後、クロロホルム層を約10gの硫酸マグネシウムで24時間乾燥させて、濾過後、n−ヘキサンを加え、再結晶を行って精製し、微かに淡青色を帯びた1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの白色結晶を得た(収率90%)。
【0045】
H NMR(in CDCl)の測定結果はσ7.48(s,2H,Ar−H),σ4.57(s,2H×4,Ar−CHS−),σ4.03(q,2H×4,N−CH−,J=10.7Hz),σ3.72(q,2H×4,N−CH−,J=10.7Hz),σ1.26−1.31(t,3H×8,−CH−CH,J=6.6Hz)となった。
【0046】
【化1】

【0047】
ii)光重合による4分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーの合成
下記反応式に従い、次のようにして、1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミル(ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)(以下、pDMAPAAmと記載することがある。)よりなるカチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0048】
即ち、上記i)により合成した1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン0.43gを10mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド(3−N,N−DMAPAAm)5.2gを加えて混合し、全量をトルエンで20mLに調整した。石英セル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした後に、200W高圧水銀灯で紫外光を30分間照射した。照射強度は照度計(UVR−1,TOPCON,Tokyo,Japan)を使用して1mW/cm(250nm)に調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させて精製し、少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型ホモポリマー1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミル(ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)(pDMAPAAm)よりなるカチオン性ポリマーを得た(重合率40%)。分子量はGPCにより3700と測定された。
【0049】
H NMR(in CDCl)の測定結果は、σ3.10−3.39(br、−NH−CH−)、σ2.25−2.42(br、−CH−N(CH)、σ2.21(br、−N(CH)、σ1.48−1.76(br,-CH−CH−,−CH−CH−CH−)となった。
【0050】
【化2】

【0051】
iii)カチオン性ホモポリマーへのN−イソプロピルアクリルアミドのブロック共重合によるポリマー材料(4分岐型pDMAPAAm−b−pNIPAM)の合成
下記反応式に従い、次のようにして、テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミル(ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−ブロック−ポリ−(N−イソプロピルアクリルアミド)(以下、pDMAPAAm−b−pNIPAMと記すことがある。)の合成を行った。
【0052】
即ち、上記ii)で合成した4分岐型pDMAPAAmホモポリマー645mgを10mLのメタノールへ溶解し,N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)1.2gを混合して全量をメタノールで20mLに調整した。ii)と同様の条件で光照射重合を行って、メタノール/ジエチルエーテル系で精製を行って4分岐型pDMAPAAmとポリN−イソプロピルアクリルアミド(pNIPAM)とのブロックポリマーよりなるポリマー材料を得た(重合率80%)。分子量はGPCにより9,300と測定された。
【0053】
H NMR(in CDCl)の測定結果は、σ3.10−3.39(br,−NH−CH−),σ2.25−2.42(br,−CH−N(CH),σ2.21(br,−N(CH),σ1.48−1.76(br,−CH−CH−,−CH2−CH−CH−),σ1.08−1.23 (br,−CH−(CH)となった。
【0054】
【化3】

【0055】
iv)ヘパリンとのイオン錯体化
上記iii)で合成したポリマー材料(4分岐型pDMAPAAm−b−pNIPAM)とヘパリンを水溶液中で混合することでイオン錯体化が可能であった。抗血栓処理剤として水不溶性又は難溶性とするために、ヘパリンとの混合比を以下のように決定した。4分岐型pDMAPAAm−b−pNIPAMを20mg、ヘパリンを0mg〜200mgの範囲で水2mLへ溶解した溶液の吸光度と温度の関係をプロットし、曇点を測定した。ヘパリン導入量が多いと低温領域に曇点がシフトすることが認められた。ヒト体温付近で水不溶性であるためにはヘパリン量は約50mg以下である必要があった。
【0056】
v)コーティング処理
20mgの上記ポリマー材料(4分岐型pDMAPAAm−b−pNIPAMブロック共重合体)と15mgのヘパリンを水へ溶解し全量を2mLに調整した。この溶液10μLを2cm×3cm角のPETフィルムへ均質に流延し、ドライヤーで乾燥させることでコーティング処理した。フィルムを37℃に温調したプレート上へ乗せ、接触角を測定した。この状態での接触角は15°であり、ヘパリンに起因すると推定されるフィルム表面の親水化現象が確認された。このフィルムを37℃の温水で洗浄で洗浄を続けると、洗浄時間とともに表面の接触角は徐々に上昇し約44°でプラトーに達した。PETフィルムの接触角74°へ近づいたが、ヘパリンが不溶化されて固定されたことが確認された。
【0057】
vi)抗血栓性の確認
ヒト抹消血を採取し、そのまま速やかにPETフィルム上へ塗布し、時間をおいて生理食塩水で軽くリンスして表面の血栓付着性を観察した。PETフィルムでは、約5分で血栓の発生が確認されたが、コーティング処理したPETフィルムでは20分後でも血栓の発生は確認されなかった。
【0058】
比較例1
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)の代わりにブロモメチルベンゼンを使用したこと以外は実施例1のi)と同様にして(N、N−ジチオカルバミルメチル)ベンゼンを合成した。精製物は無色液体で、収率は約93%であった。
【0059】
H NMR(in CDCl)の測定結果はσ7.41〜7.27ppm(m、5H、Ar−H)、σ4.54ppm(s、2H、Ar−CH−S−)、σ4.08〜4.01ppm(q、2H、N−CH−)、σ3.72ppm(q、2H、N−CH−)、σ1.25−1.31ppm(m、6H、−CH−CH)となった。
【0060】
次いで、上記ii)及びiii)の手法に準じて直線型ブロックポリマーpDMAPAAm−b−pNIPAMを合成し、上記(v)のPETフィルムへのコーティング処理と水洗浄実験を行った。37℃で軽く洗浄するだけで接触角は15°から74°まで上昇し、コーティングしたポリマーが速やかにPETフィルムから剥離していることが確認された。
【0061】
以上より、本発明の分岐型の構造の優位性が確認された。すなわち、本発明の抗血栓処理剤では、材料表面に疎水結合している1分子中の複数のNIPAMポリマー鎖のすべてが同時に剥離しなければ、分子を材料表面から剥離させることができず、1本が剥離しても残りのポリマー鎖が結合していれば、一度剥離したポリマー鎖も再結合することができため、より頑強に固定されているためと考えられる。これに対して、比較例1で合成した直線型のブロックポリマーでは、1分子中に1本のp−NIPAMポリマー鎖しかなく、このP−NIPAMポリマー鎖が剥離すればその分子はそのまま剥離してしまうため、洗浄処理に弱いものと考えられる。
【0062】
実施例2
[1]ヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの合成
ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼン5gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム31.8gをエタノール1L中へ加え、室温で4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、減圧乾燥後、クロロホルム200mLへ溶解し、ここへ150mLの水を加えて液液抽出を行って臭化ナトリウムを除去した。この操作を3回繰り返した後、クロロホルム層を硫酸マグネシウムで24時間乾燥させた。濾過後、n−ヘキサンを加えて再結晶を行って、微かに淡青色を帯びたヘキサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの白色結晶を得た(収率90%)。
【0063】
1H NMR(in CDCl3)の測定結果は、δ 1.26-1.31(t,36H,J=6.9 Hz,-CH2SC(S)N(CH2CH3)2),3.71-4.01(wq,24H,J=6.9Hz,-CH2SC(S)N(CH2CH3)2),4.57(s,12H,-CH2SC(S)NEt2)であった。
【0064】
【化4】

【0065】
[2]6分岐型pDMAPAAmホモポリマーの合成
モノマーの3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドは、減圧蒸留で精製した。ヘキサキス(N,N−ジエチルチオカルバミルメチル)ベンゼン8.7mgを20mLのクロロホルムへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド3.9gを加えて混合し、全量をクロロホルムで希釈して50mLに調整した。石英セル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした。200W高圧水銀灯で10分間の光照射を行った。照度は照度計(UVR−1,TOPCON,Tokyo,Japan)を使用して1mW/cm(250nm)に調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで再沈殿させて精製した。これを少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させてヘキサキス{N,N−ジエチルジチオカルバミル−ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル}ベンゼン(6分岐型pDMAPAAmホモポリマー)を得た(重合率40%)。
【0066】
分子量はGPCにより3,000と測定され、1H NMR(in D2O)の測定結果は、δ 1.00-1.70(br,416H,-CH2CH-and-CH2CH2CH2-),1.90(br,104H,-CH2CH-),2.09(s,624H,-N(CH3)2),2.25(br,208H,-CH2N(CH3)2),2.98(br,208H,-CONHCH2-)であり、目的物であることが確認された。
【0067】
【化5】

【0068】
[3]6分岐型(pDMAPAAm-co-pNIPAM)ブロックポリマーの合成
N−イソプロピルアクリルアミドはヘキサンで再結晶して精製し、室温で減圧乾燥した。
【0069】
[2]で合成した6分岐型pDMAPAAmホモポリマー1.6gを20mLのメタノールへ溶解し、N−イソプロピルアクリルアミド3.1gを加えて混合し、全量をメタノールで50mLに調整した。石英セル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガスで5分間パージした。[2]と同じ条件で光照射重合を行って得られた重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで再沈殿させて精製した。これを少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて目的物を得た。分子量はGPCにより9,000と測定された。
【0070】
【化6】

【0071】
[4]6分岐型(pDMAPAAm-co-pNIPAM)ブロックポリマーのヘパリン化
ヘパリン20mgを水1mLに溶解し、20℃とした。[3]で合成した6分岐型(pDMAPAAm-co-pNIPAM)ブロックポリマー20mgを20℃で1mLの水に溶解し、ヘパリン溶液と混合し、20℃で30分間攪拌した。
【0072】
[5]抗血栓コーティンング
この溶液を厚み2mmのポリプロピレン樹脂プレート上へ塗布し、100μmクリアランスのドクターナイフで液切りをし、37℃まで加温して溶液をゲル化させ、37℃の水で洗浄した。乾燥後のESCA測定により、表面にヘパリン由来のS原子を確認した。接触角は、未処理のプレートが90°に対し、コーティング後は70°となった。ACD化ヒト全血を接触させると未処理のプレートでは血小板が粘着、変形したのに対して、抗血栓処理品では血小板の粘着は確認されなかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヘパリン又はその塩を担持したポリマー材料よりなるヘパリンコーティング剤において、
該ポリマー材料は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項2】
請求項1において、前記ポリマー材料は、カチオン性モノマーとN−イソプロピルアクリルアミドとのブロック共重合体であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項3】
請求項2において、カチオン性ポリマーブロックの分子量が2,000〜500,000であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項4】
請求項3において、該ブロック共重合体の分子量が3,000〜600,000であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、前記カチオン性ホモポリマーは、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにビニル系モノマーを光照射リビング重合させた分岐型重合体であることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項7】
請求項6において、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル分子団が結合していることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項8】
請求項6又は7において、ビニル系モノマーが3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドであることを特徴とするヘパリンコーティング剤。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項のヘパリンコーティング剤がコーティングされた医療用具。

【公開番号】特開2007−319534(P2007−319534A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−154949(P2006−154949)
【出願日】平成18年6月2日(2006.6.2)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】