説明

ベンゼンカルビノール誘導体の製造方法

【課題】ベンゼンカルビノール誘導体の実用的な製造方法を提供する。
【解決手段】所定の構造で示されるα,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体を、20重量%以上の高濃度アルカリ金属水酸化物水溶液の存在下に、酸素または空気を用いた酸化反応により、対応する構造で示されるベンゼンカルビノール誘導体を製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香料や樹脂原料に有用なベンゼンカルビノール誘導体を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、ベンゼンカルビノール誘導体は過マンガン酸塩を用いたアルキルベンゼンの酸化や、アルキルベンゼンのハイドロペルオキシドの還元により得られている。過マンガン酸塩を用いたアルキルベンゼンの酸化においては、反応後のマンガン処理が必要であり、その処理のための費用が必要である上に、過マンガン酸塩の取り扱いに注意が必要となること、さらに不必要なケトン誘導体の副産物の生成率が高く、目的のベンゼンカルビノール誘導体の収率が低いという問題がある(特許文献1)。
【0003】
一方、アルキルベンゼンのハイドロペルオキシドの還元においては、不安定な高濃度のハイドロペルオキシドを取り扱う必要があり、安全面からの配慮が必要であること、さらに不必要なケトン誘導体の副産物の生成率が高いこと、および原料のアルキルベンゼンの転化率が低いという問題がある(特許文献2)。
【0004】
また、いわゆるクメン法によりクメンヒドロペルオキシドを経由してフェノールを製造する過程で、ベンゼンカルビノール誘導体の一つであるジメチルフェニルカルビノールが微量にて生成されることも知られている(特許文献3)。
以上のように、従来においては、ベンゼンカルビノール誘導体を工業的に多量に製造する技術は確立されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】米国特許第2548435号明細書
【特許文献2】特開平9−143112号公報
【特許文献3】特表2009−504750号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、ベンゼンカルビノール誘導体の実用的な製造方法を提供することにある。特に、重金属触媒や過マンガン酸塩や高濃度のハイドロペルオキシドを扱わない、安全面での配慮が比較的少なくて済む方法であり、香料や樹脂原料として使用する場合に性能を低下させるケトン誘導体の副産物の生成を抑制した方法であり、目的のベンゼンカルビノール誘導体を高い収率で得る方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を踏まえて鋭意検討した結果、高濃度のアルカリ金属水酸化物水溶液の存在下に、α,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体を酸素または空気で酸化することにより、重金属触媒、過マンガン酸塩、高濃度のハイドロペルオキシドを使用せずに、高い収率で目的のベンゼンカルビノールを得ることができ、また、不要なケトン誘導体の副産物の生成を抑制することができることを見出し、本発明に至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の(1)から(4)に記載の発明を含み、ベンゼンカルビノール誘導体の実用的な製造方法を提供する。
(1)
一般式[1]
【0009】
【化1】

【0010】
[式中、R1、R2は各々独立にアルキル基を示し、R3、R4、R5、R6、R7は各々独立に水素、アルキル基、置換アルキル基を示す]で表されるα,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体を、20重量%以上のアルカリ金属水酸化物水溶液の存在下に、酸素または空気を用いた酸化反応により、一般式[2]
【0011】
【化2】

【0012】
[式中、R1、R2は一般式[1]と同じであり、R8、R9、R10、R11、R12は各々独立に水素、アルキル基、置換アルキル基を示す]で表されるベンゼンカルビノール誘導体を製造する方法。
【0013】
(2)(1)において、一般式[1]および一般式[2]で示される化合物のR1、R2が各々独立に炭素数1〜4のアルキル基であり、一般式[1]で示される化合物のR3、R4、R5、R6、R7が各々独立に水素または炭素数1〜8のアルキル基であり、一般式[2]で示される化合物のR8、R9、R10、R11、R12は各々独立に水素、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のヒドロキシ置換アルキル基であることを特徴とする、(1)に記載の方法。
【0014】
(3)(2)において、一般式[1]および一般式[2]で示される化合物のR1およびR2がメチル基であり、一般式[1]で示される化合物のR3、R4、R5、R6、R7は各々独立に水素またはイソプロピル基を表し、一般式[2]で示される化合物のR8、R9、R10、R11、R12は各々独立に、水素またはメチルまたはイソプロピル基または、2−ヒドロキシ−2−プロピル基であることを特徴とする、(2)に記載の方法。
【0015】
(4)(3)において、アルカリ金属水酸化物の水溶液が30重量%以上であることを特徴とする、(3)に記載の方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明の方法によれば、有用なベンゼンカルビノール誘導体を不要なケトン誘導体の副産物の生成を抑制しつつ、高収率で得ることができる。さらに、安全面で配慮が必要な過マンガン酸塩や高濃度ハイドロペルオキシドを取り扱う必要がなく安全な方法である。さらに、本発明の方法では、マンガンの廃棄処理の必要もなく、重金属触媒を必要とせず安価な原料で製造できるため、実用的な製造方法であり、工業的な製造に好適である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のベンゼンカルビノール誘導体の製造方法について詳細に説明する。
本発明では、一般式[1]で示されるα,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体を、高濃度アルカリ金属水酸化物水溶液の存在下に、酸素または空気を用いた酸化反応により、一般式[2]で示されるベンゼンカルビノール誘導体を製造することができる。
【0018】
一般式[1]で示されるα,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体中のベンジル位の炭素原子が酸化されて一般式[2]で示されるベンゼンカルビノール誘導体が製造される。
本発明に用いられる一般式[1]、一般式[2]中のR1、R2で示されるアルキル基は直鎖あるいは分岐状アルキル基である。好ましくは直鎖アルキル基であり、さらに好ましくは炭素数1〜4の直鎖アルキル基であり、メチル基、エチル基、n−プロピル基、n−ブチル基が挙げられる。
【0019】
本発明に用いられる一般式[1]中のR3〜R7は水素、アルキル基、置換アルキル基である。アルキル基や置換アルキル基は特に限定されないが、工業的な入手性から炭素数1〜8のアルキル基が好ましい。炭素数1〜8のアルキル基の例としてはメチル基、エチル基、n−プロピル基、イソプロピル基、n−ブチル基、2−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、イソペンチル基、sec−ペンチル基、neo−ペンチル基、n−ヘキシル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、イソヘキシル基、n−ヘプチル基、2−ヘプチル基、3−ヘプチル基、4−ヘプチル基、イソヘプシル基、sec−ヘプチル基、n−オクチル基、2−オクチル基、3−オクチル基、4−オクチル基、2−エチルヘキシル基等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。カルビノール基を複数有する化合物を得たい場合は、ジアルキル置換メチル基が好ましい。ジアルキル置換メチル基は本発明による反応により容易に対応するカルビノール基に変換させることができる。好ましいジアルキル置換メチル基は、具体的に、イソプロピル基、2−ブチル基、2−ペンチル基、3−ペンチル基、2−ヘキシル基、3−ヘキシル基、2−ヘプチル基、3−ヘプチル基、4−ヘプチル基、2−オクチル基、3−オクチル基、4−オクチル基を例示することができる。
【0020】
また、一般式[2]中のR8〜R12は、それぞれ対応するR3〜R7と同一であり、特に対応するR3〜R7がジアルキル置換メチル基である場合、R8〜R12は炭素数1〜8のヒドロキシ置換アルキル基、例えば2−ヒドロキシ−2−プロピル基となる。
【0021】
本発明に用いられるアルカリ金属水酸化物は水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが好ましく、工業的に安価に入手できる水酸化ナトリウム、水酸化カリウムが特に好ましい。
【0022】
本発明に用いられるアルカリ金属水酸化物の水溶液濃度は、比較的高濃度であり、20重量%以上である。30重量%以上の濃度であればさらに好ましい。アルカリ金属水酸化物の水溶液濃度の上限は公知であり、本発明で用いられる水溶液濃度は反応温度における溶解度まで用いることができる。
【0023】
例えば、水酸化カリウムの水に対する溶解度は20℃において49.2重量%であり、100℃において65.2重量%として知られている。また、水酸化ナトリウムの水に対する溶解度は20℃において、52.2重量%であり、110℃において78.5重量%として知られている。20重量%未満の濃度のアルカリ金属水酸化物の水溶液を用いると、酸化反応中にハイドロペルオキシドが滞留し、安全面での特別な配慮が必要となり得る。また、滞留したハイドロペルオキシドが熱的に変性し不要なケトン誘導体の副産物の生成量が増大する可能性がある。
本発明に用いられるアルカリ金属水酸化物の水溶液は、あらかじめ所定の濃度としたアルカリ金属水酸化物の水溶液を仕込んでもよいし、反応器の中で所定の濃度に調整してもよい。
【0024】
本発明の方法には特にコバルトや銅に代表される重金属触媒を必要としない。また、重金属触媒の存在下で行ったとしても問題なく、目的化合物を得ることができる。
【0025】
本発明の方法は酸化反応によるものであり、酸化剤として酸素または空気を使用する。酸素または空気は反応容器の気相部分に導入してもよいし、ディップ管を挿入して反応液中に導入してもよい。
【0026】
本発明の方法における反応圧力は大気圧、加圧のどちらでも可能である。反応時間を短縮したい場合は酸素または空気を加圧して行う。酸素の溶解性が向上し反応時間を短縮することができる。好ましい反応圧力は大気圧から10MPaであり、工業的な製造を行う上での設備費を考慮すると0.5から2MPaがさらに好ましく、特に0.5から1MPaであることが好ましい。
【0027】
本発明の方法における好ましい反応温度は70℃から120℃である。さらに好ましくは80℃から100℃である。反応温度が低すぎると反応時間が長時間となり、工業的に好適であるとはいえず、高すぎると不要なケトン誘導体の副産物の生成量が増大する。
【0028】
本発明の方法における反応には反応溶媒を使用してもよいし、使用しなくてもよい。使用する場合は酸化反応に影響のない溶媒を選択して用いる。好ましくは溶媒を使用しない場合であり、この場合、アルカリ金属水酸化物の水溶液が分散媒として作用するので内容物の攪拌性を確保できる。
【0029】
本発明の方法における副産物はケトン誘導体であり、ラジカル反応による一般式[1]のアルキル基部分の酸化により生じる。例えばクメンから生じるケトン誘導体はアセトフェノンである。ケトン誘導体は、香料や樹脂原料として用いる場合に性能の低下を招くため、副産物の生成率を低く抑える必要がある。
【0030】
本発明に於いては、固体の生成物は結晶を濾取した後、水洗してアルカリ金属水酸化物を除去し、乾燥して得ることが出来る。また、液体の生成物は有機溶媒を用いて分液抽出後に、水洗してアルカリ金属水酸化物を除去し、有機溶媒を留去して得ることが出来る。なお、取り出し方法においては公知の方法が摘要できる。
【実施例】
【0031】
実施例により本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
HPLCの分析条件は移動相にメタノール水、カラムにYMC株式会社製のODSカラムを用い、検出器で254nmの吸収を測定した。
反応容器には圧力計、圧力調整器を備えたSUS316製1Lのオートクレーブを用いた。使用した原料は全て200gとし、アルカリ金属水酸化物水溶液は200g用いた。使用原料種類、目的化合物、アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度、酸化剤種類、反応圧力、反応温度、時間、収率、ケトン誘導体副産物の生成率を下表にまとめた。
なお、収率およびケトン誘導体副産物の生成率は、表に記載の反応時間で反応させた後、上述の条件でHPLCにて測定して求めた。収率とケトン誘導体副生率はともに、原料の仕込みモルに対してのモル収率とした。
【0032】
(実施例1)m−ジイソプロピルベンゼンジカルビノールの製造
圧力計、圧力調整器を備えたSUS316製1Lのオートクレーブにm−ジイソプロピルベンゼンを200g、30重量%の水酸化ナトリウム水溶液を200g仕込んだ。反応器内の温度90℃において、酸素を用いて0.9MPaに昇圧した。酸素は一定圧となるように圧力調整器を用いて連続的に反応器に導入した。900rpmで12時間攪拌した後に、20℃まで冷却し、反応器内を窒素で置換した。反応器の上蓋を開放すると、白色結晶のスラリーとなっていた。結晶物を減圧濾過で取り出し、水で洗浄した後にデシケーターで乾燥した。230gのm−ジイソプロピルベンゼンジカルビノールを得た。上述の条件でHPLCを用いて分析したところ、純度99%であり、収率95%であることとケトン誘導体の副産物の生成率が1%未満であることが判った。
【0033】
(実施例2〜8、比較例1〜2)
実施例1と同様の方法で行った。相違点や結果を下表に示した。
【0034】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式[1]
【化1】

[式中、R1、R2は各々独立にアルキル基を表し、R3、R4、R5、R6、R7は各々独立に水素、アルキル基、置換アルキル基を表す]で示されるα,α−アルキル置換メチルベンゼン誘導体を、20重量%以上のアルカリ金属水酸化物水溶液の存在下に、酸素または空気を用いた酸化反応により、一般式[2]
【化2】

[式中、R1、R2は一般式[1]と同じであり、R8、R9、R10、R11、R12は各々独立に水素、アルキル基、置換アルキル基を表す]で示されるベンゼンカルビノール誘導体を製造する方法。
【請求項2】
一般式[1]および一般式[2]で示される化合物のR1、R2が各々独立に炭素数1〜4のアルキル基であり、一般式[1]で示される化合物のR3、R4、R5、R6、R7が各々独立に水素または炭素数1〜8のアルキル基であり、一般式[2]で示される化合物のR8、R9、R10、R11、R12は各々独立に水素、炭素数1〜8のアルキル基、炭素数1〜8のヒドロキシ置換アルキル基であることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
一般式[1]および一般式[2]で示される化合物のR1およびR2がメチル基であり、一般式[1]で示される化合物のR3、R4、R5、R6、R7は各々独立に水素またはメチル基またはイソプロピル基を表し、一般式[2]で示される化合物のR8、R9、R10、R11、R12は各々独立に、水素またはメチル基またはイソプロピル基または、2−ヒドロキシ−2−プロピル基であることを特徴とする、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
請求項3において、アルカリ金属水酸化物の水溶液が30重量%以上であることを特徴とする、請求項3に記載の方法。

【公開番号】特開2012−82142(P2012−82142A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227273(P2010−227273)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(504300103)三井化学ファイン株式会社 (7)
【Fターム(参考)】