説明

ベンゾフラン環を有する結晶フォトクロミック化合物

【課題】情報記録材料や表示材料などへの応用が可能な、結晶状態で赤色、または、オレンジ色に発色するフォトクロミック反応する化合物を提供する。
【解決手段】分子内にベンゾフラン環を少なくとも1つを有することを特徴とする、結晶状態においてフォトクロミック反応するジアリールエテン系化合物。
ジアリールエテンを構成する2つのアリール位のうちの1つが、置換基を有していても良いベンゾフラン環であり、もう1つのアリール位は、それぞれ置換基を有していても良いベンゾフラン環、ベンゾチオフェン環、またはオキサゾール環である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶状態でフォトクロミック反応性を発現する化合物からなる新規なフォトクロミック化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
光照射により色が異なる2つの構造異性体を可逆的に生成する化合物はフォトクロミック化合物と呼ばれており、光記録材料、表示材料、光センサー、調光材料、光発色材料などとしての用途がある。フォトクロミック化合物として代表的な化合物であるジアリールエテン誘導体はこれら用途に適用できる可能性がある。特許文献1、特許文献2、特許文献3には、ジアリールエテン系化合物が記載されており、いずれの文献においても、該ジアリールエテン系化合物を含む記録層への光学的記録が開示されている。
【0003】
これらの化合物のフォトクロミック反応は、光照射によるヘキサトリエン、シクロヘキサジエン構造の可逆な生成に基づく、開環体(無色)、閉環体(有色)間の相互変換である。光ディスクをはじめとする光メモリ媒体では、それら2つの異性体の色調変化を0、1の情報として記録する。ジアリールエテンを光メモリ媒体に適用するための研究が現在盛んに行われている。
【0004】
現在、実際に合成されているジアリールエテン系のフォトクロミック材料として、チオフェン誘導体、ベンゾチオフェン誘導体、チアゾール誘導体、インドール誘導体、ピロール誘導体がある。特に、非特許文献1に記載されているチオフェン誘導体、ベンゾチオフェン誘導体は、光メモリ材料として適用するために必要な、熱安定性、繰り返し耐久性に優れていることが知られている。しかしながら、フォトクロミック化合物を光メモリ材料に応用するためには、結晶状態でフォトクロミック反応性を有することが望ましい。結晶状態でフォトクロミック反応することによって、特許文献4に記載されている高分子媒体にフォトクロミック分子を添加した場合と比べて高密度、かつ高感度にフォトクロミック反応する。
【0005】
つまり、ポリマー中より高密度な媒体である結晶中では、結晶中で分子が規則正しく並んでおり、究極の高密度情報記録材料が提供できることを意味している。特許文献5に示すように、ベンゾチオフェン、チオフェン環をアリール位として有するジアリールエテン誘導体のうちの一部の誘導体が、結晶中におけるフォトクロミック反応性の報告がある。結晶中におけるこれらの誘導体の着色体は、紫〜青色にフォトクロミック反応する。結晶状態で、赤〜オレンジ色に着色するフォトクロミック反応系は報告されていない。
【0006】
更に、CD−R等に使われているアゾ色素やシアニン色素等に比べて着色体の色素の吸収極大波長における吸光係数の低さが、光メモリ材料等への実用化に対する障壁となっている。従って、結晶を記録媒体として扱ったとき、記録媒体に書き込める情報密度を上げるために、青〜紫に吸収極大波長を持つ誘導体よりも短い波長で異性化する誘導体、すなわち赤からオレンジ色に吸収極大波長を持つ誘導体が望ましい。
【0007】
【特許文献1】特開平7−173151号公報
【特許文献2】特開2003−064354号公報
【特許文献3】特開2000−87024号公報
【特許文献4】特開2003−176285号公報
【特許文献5】特開2000−256663号公報
【特許文献6】特開平6−263753号公報
【非特許文献1】Chem.Rev.、100、2000、1685.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、結晶中でのフォトクロミック反応性を有し情報の記録材料や表示材料などとして好適なフォトクロミック化合物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、検討を重ねた結果、これまで合成されていない、少なくとも1つのベンゾフラン環構造を分子内に有する化合物が優れたフォトクロミック反応を示し上記の諸特性を有することを見いだし、本発明を完成した。
【0010】
かくして、本発明に従えば、下記の一般式(1)または一般式(2)で表されるフォトクロミック化合物が提供される。
【0011】
【化3】

【0012】
【化4】

【0013】
一般式(1)において、Xは酸素原子、または硫黄原子を表わし、RおよびRはメチル基、炭素数1〜10のアルキル基、またはアルコキシ基を表す。RおよびRはそれぞれ、水素原子、フェニル基、ホルミル基、アセチル基、ニトロ基、スルホニル基、または、置換基を有していてもよいスチリル基を表わす。
【0014】
一般式(2)において、YおよびZは酸素原子または窒素原子を表わし、RおよびRはメチル基、炭素数1〜10のアルキル基、またはアルコキシ基を表す。RおよびRはそれぞれ、水素原子、フェニル基、ホルミル基、アセチル基、ニトロ基、スルホニル基、または、置換基を有していてもよいスチリル基を表わす。
【0015】
上記の一般式(1)もしくは一般式(2)から理解されるように、本発明のフォトクロミック化合物は、シクロペンテン環の片側もしくは両側にベンゾフラン環を有する、これまで合成例の全くない新規化合物である。すなわち、本発明のフォトクロミック化合物は、ベンゾフラン環を有する特徴的な構造から成る。上記一般式(1)もしくは一般式(2)で表される本発明のフォトクロミック化合物に属するもので特に好ましい例は、下記の一般式(3)もしくは一般式(4)もしくは一般式(5)で表されるものである。
【0016】
【化5】

【0017】
【化6】

【0018】
【化7】

【発明の効果】
【0019】
本発明は、熱安定性に優れ、有機溶媒中のみならず、結晶状態においてもフォトクロミック反応性を示し、しかも光変換量子収率が高く、フォトクロミック反応において大きな色調(吸光度)の変化を示すフォトクロミック化合物を提供するものである。
【0020】
一般式(3)、一般式(4)、一般式(5)は、いずれも結晶状態で、赤もしくはオレンジ色のフォトクロミック反応性を示す。ビス(2−メチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンは、結晶状態でフォトクロミック反応性を示さないことが知られている。しかし、ビス(2−メチルベンゾフラニ―3−イル)ペルフルオロシクロペンテンは結晶状態でフォトクロミック反応する。つまり、ベンゾチオフェン環を構成している硫黄原子を酸素原子と置き換えることによって、結晶状態においてフォトクロミック反応性を示すようになる。
【0021】
本発明の化合物においては、合成により得られる開環体結晶に紫外光を照射すると、光異性化により、ただちに赤色もしくはオレンジ色を呈して閉環体へと変換する。閉環体に可視光を照射すると、ただちに無色の開環体へと光異性化する。光による異性化は速やかに起こるが、着色した閉環体を室温で暗所下放置しておいても、退色することはなく両異性体は高い熱的安定性を示し、光メモリ材料へ適用できる要件を満たしている。
【0022】
上記のフォトクロミック反応は、ノルマルヘキサンをはじめとする有機溶媒中に結晶を溶解した場合においても認められる。着色体の吸収極大波長における吸光係数は、ベンゾチオフェン類縁体の1.5倍となる。
【0023】
さらに、ヘキサン溶液中の光閉環のフォトクロミック反応性は、ビス(2−メチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンの光閉環の速度を1(量子収率0.35)とすると、2−メチル置換基を持つ一般式(3)は1.09倍(量子収率0.38)、2−ブチル置換基を持つ一般式(4)は1.4倍(量子収率0.49)、さらに、2−オクチル置換基を持つ場合は1.6倍(量子収率0.56)となり、ベンゾフラン誘導体の置換基が長ければ長いほど、光閉環反応の量子収率が大幅に向上する。
【0024】
また、紫外光及び可視光を交互に照射することにより、2つの異性体間の可逆的変化を繰り返し起こさせた場合において、1000回程度繰り返した後でも開環体及び閉環体のスペクトルに変化が見られない。このように、本発明のフォトクロミック化合物は、熱的安定性に加え、高い化学的安定性及び繰り返し耐久性を有しており、光メモリや光センサー等への製品への応用を考えた場合、実用上極めて優れた特性を備える。
【0025】
つまり、分子内に少なくとも1つのベンゾフラン環を有するジアリールエテンの着色体は、結晶中においても溶液中においても高い吸光係数を持ち、光閉環反応の量子収率の高い誘導体である。このことは、従来のベンゾチオフェン誘導体よりもわずかな光でも着色し、結晶等の媒体に情報が記録可能であることを示す。また、着色体の吸光係数が高いことにより、高いコントラストで記録媒体に書き込まれた情報が検出できることを示している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明のベンゾフラン環を有するフォトクロミック化合物は、各種の反応を工夫して適用することにより合成することができる。一般的には、ベンゾフラン誘導体を臭素処理した後、その臭素部位を介してオクタフルオロシクロペンテンを結合させることにより合成する。例えば、一般式(1)の誘導体の1つである一般式(7)で表される本発明のフォトクロミック化合物は、下記に示すスキームに従い合成される。
【0027】
【化8】

【0028】
すなわち、2位にR基を有するベンゾチオフェン誘導体をTHF等の溶媒中でN−ブロモコハク酸イミド(NBS)と反応することにより、臭化物中間体の一般式(6)が得られる。この臭化物中間体2当量と、オクタフルオロシクロペンテン1当量とのカップリング反応によって、一般式(7)が得られる。
【0029】
また、一般式(2)の誘導体の1つである一般式(10)で表される誘導体は、下記に示す反応スキームを用いて合成される。
【0030】
【化9】

【0031】
【化10】

【0032】
ベンゾフラン環を有する臭化物中間体1当量と、オクタフルオロシクロペンテン1当量とのカップリング反応によって一般式(8)が得られる。ベンゾチオフェン環を有する臭化物中間体1当量と、一般式(9)1当量との反応により一般式(10)が得られる。また、一般式(9)を3−ブロモ−2−メチルベンゾチオフェンに置き換えることによって、1−(2−メチルベンゾフラニ−3−イル)−2−(2−メチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンが合成できる。
【0033】
ベンゾフラン環を有する化合物の単結晶は、ヘキサン、ヘキサン−クロロホルム混合溶媒、ヘキサン−ジエチルエーテル混合溶媒から作製できる。
【0034】
本発明のフォトクロミック化合物は、単結晶状態でフォトクロミック反応性を示す。単結晶状態でのフォトクロミック反応性は、偏光顕微鏡による観察、単結晶X線結晶構造解析法によって確認される。
【0035】
本発明のフォトクロミック化合物から形成された結晶材料は、光照射により開環体(無色)と閉環体(有色)の2つの異性体間で可逆的に異性化するので、結晶状態から成る光メモリや光センサーなどの材料への応用が期待される。
【0036】
以下に、本発明の特徴をさらに具体的に明らかにするために実施例を示すが、本発明はこれらの実施例によって制限されるものではない。本発明により得られるフォトクロミック化合物のうち、特に好ましい特性を有するものの例として図1に示す化合物(A)〜(E)について合成し、結晶中、溶液中における光異性化特性に関する検討を行ったものである。
【実施例】
【0037】
(実施例1)
化合物の合成について以下に述べる。
((1)ビス(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(A))の合成)
((i)3−ブロモ−2−メチル−1−ベンゾフラン(以下、化合物(11)と称する。)の合成)
100ml三口フラスコに、2−メチル−1−ベンゾフラン(1.0G、7.68mmol)とTHF30mlを加え、室温でN−ブロモコハク酸イミド(1.65G、9.30mmol)を加え12時間攪拌した。チオ硫酸ナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相を、無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィ−(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製し、化合物(11)である3−ブロモ−2−メチル−1−ベンゾフランを得た。収量は0.632G(収率39%)であった。
【0038】
この化合物(11)の構造に関する分析データは以下の通りである。無色透明液体。H NMR(200MHz)δ2.50(s,3H)、7.27−7.34(m,2H)、7.40−7.49(m,2H)。Ms(EI)m/z210(M)。
【0039】
((ii)ビス(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(A))の合成)
100ml三口フラスコに、化合物(11)である3−ブロモ−2−メチル−1−ベンゾフラン(0.632G、2.99mmol)、乾燥THF40mlを加え、−78℃に冷却した後、n−ブチルリチウムヘキサン溶液(1.97ml、3.14mmol)を−78℃に保ちながらゆっくり滴下した。滴下終了5分後、−78℃でオクタフルオロシクロペンテン0.199ml(1.50mmol)を加え、30分攪拌後自然昇温した。チオ硫酸ナトリウムナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(日本分析工業)で精製を行い、化合物(A)であるビス(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンを得た。収量は0.299G(収率46%)であった。
【0040】
この化合物(A)の構造に関する分析データは以下の通りである。融点102−103℃。H NMR(200MHz)δ2.07(s,3H)、2.16(s,3H)、7.14−7.30(m,4H)、7.59−7.77(m,2H)。Ms(EI)m/z436(M+)。元素分析(C2314として)計算値:C63.31、H3.23%。実測値:C63.35、H3.19%。
【0041】
((2)ビス(2−ブチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(B))の合成)
((i)3−ブロモ−2−ブチル−1−ベンゾフラン(以下、化合物(12)と称する)の合成)
100ml三口フラスコに、2−ブチル−1−ベンゾフラン(1.0G、5.74mmol)、THF30mlを加え、室温でN−ブロモコハク酸イミド(1.30G、7.30mmol)を加え12時間攪拌した。チオ硫酸ナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製し、化合物(12)である3−ブロモ−2−ブチル−1−ベンゾフランを得た。収量は1.17G(収率81%)であった。
【0042】
この化合物(12)の構造に関する分析データは以下の通りである。H NMR(200MHz)δ0.95(t,J=7Hz,6H)、1.66−1.81(m,4H)、2.83(t,J=7Hz,4H)、7.24−7.30(m,4H)、7.35−7.46(m,4H)。Ms(EI)m/z252(M)。
【0043】
((ii)ビス(2−ブチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(B))の合成)
100ml三口フラスコに、化合物(12)である3−ブロモ−2−ブチル−1−ベンゾフラン(1.17G、4.64mmol)、乾燥THF20mlを加え、−78℃に冷却した後、n−ブチルリチウムヘキサン溶液(3.19ml、5.10mmol)を−78℃に保ちながらゆっくり滴下した。滴下終了5分後、−78℃でオクタフルオロシクロペンテン0.307ml(2.32mmol)を加え、30分攪拌後自然昇温した。チオ硫酸ナトリウムナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相は無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(日本分析工業)で精製を行った。収量は0.351G(収率29%)であった。
【0044】
この化合物(B)の構造に関する分析データは以下の通りである。融点71−72℃。H NMR(200MHz)δ0.62−0.67(m,6H)、 0.83−0.91(m,4H)、1.12−1.18(m,4H)、2.17−2.30(m,4H)、7.15−7.30(m,6H)、7.42−7.51(m,2H)。Ms(EI)m/z520(M)。元素分析(C2926として)計算値:C63.31、H3.23%。実測値:C63.32、H3.21%。
【0045】
((3)1−(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)−2−(2−メチル−5−フェニルオキザゾ−ル−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(C))の合成)
((i)1−(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(以下、化合物(13)と称する。)の合成)
100ml三口フラスコに、化合物(11)である3−ブロモ−2−メチル−1−ベンゾフラン(0.934G、2.60mmol)、乾燥THF20mlを加え、−78℃に冷却した後、n−ブチルリチウムヘキサン溶液(0.856ml、1.37mmol)を−78℃に保ちながらゆっくり滴下した。滴下終了5分後、−78℃でオクタフルオロシクロペンテン0.140mlを加え、30分攪拌後自然昇温した。チオ硫酸ナトリウムナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相は無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(日本分析工業)で精製を行った。収量は0.750G(収率90%)であった。
【0046】
((ii)1−(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)−2−(2−メチル−5−フェニルオキザゾール−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(C))の合成)
100ml三口フラスコに、3−ブロモ−2−メチル−5−フェニルオキサゾール(0.5G,2.1mmol)、乾燥THF10mlを加え、−78℃に冷却した後、n−ブチルリチウムヘキサン溶液(1.44ml、2.3mmol)を−78℃に保ちながらゆっくり滴下した。滴下終了5分後、化合物(13)である1−(2−メチル−1−ベンゾフラン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(0.714G、2.3mmol)を加えた。30分攪拌後自然昇温した。チオ硫酸ナトリウムナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(日本分析工業)で精製を行った。収量は218mG(収率45%)であった。
【0047】
この化合物(C)の構造に関する分析データは以下の通りである。融点116−117℃。H NMR(200MHz)δ2.10(s,3H)、2.32(s,3H)、7.16−7.40(m,7H)、7.51−7.55(m,2H)。Ms(EI)m/z463(M)。元素分析(C2415NOとして)計算値:C62.21、H3.26%。実測値:C62.24、H3.22%。
【0048】
((4)1−(2−メチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)−2−(2−メチル−1−ベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(D))の合成)
100ml三口フラスコに、化合物(11)である3−ブロモ−2−メチル−1−ベンゾチオフェン(0.681G、3.00mmol)、乾燥THF15mlを加え、−78℃に冷却した後、n−ブチルリチウムヘキサン溶液(1.97ml、3.14mmol)を−78℃に保ちながらゆっくり滴下した。滴下終了5分後、−78℃で化合物(13)(0.972G、3.00mmol)を加え、30分攪拌後自然昇温した。チオ硫酸ナトリウムナトリウム水溶液を加え、ジエチルエーテルを用いて生成物を抽出し、ジエチルエーテル相を無水硫酸マグネシウムを用いて乾燥した。溶媒を留去し、カラムクロマトグラフィー(関東化学:シリカゲル60、展開溶媒:ヘキサン)で精製した後、ゲル濾過クロマトグラフィー(日本分析工業)で精製を行った。収量は0.322G(収率24%)であった。
【0049】
この化合物(D)の構造に関する分析データは以下の通りである。融点139−140℃。H NMR(200MHz) δ1.57(s,4H)、2.02(s,2H)、3.33(s,0.67H)、3.51(s,1.33H)、6.99−7.22(m,6H)、7.38−7.47(m,2H)。Ms(EI)m/z450(M)。元素分析(C2416Sとして)計算値:C63.99、H3.58%。実測値:C64.00、H3.52%。
【0050】
((5)ビス(2−オクチル−1−ベンゾフラニ−3−イル)ペルフルオロシクロペンテン(化合物(E))の合成)
化合物(A)の合成の2−メチル−1−ベンゾフランを2−オクチル−1−ベンゾフランに置き換えることによって、化合物(A)の合成方法と同様な方法で合成できる。
【0051】
この化合物(E)の構造に関する分析データは以下の通りである。融点42−43℃。H NMR(200MHz) δ0.81−1.29(m,30H)、2.26(T,J=8 Hz,4H)、7.19−7.33(m,4H)、7.38−7.43(m,2H)、7.55−7.60(m,2H)。Ms(EI)m/z632(M)。元素分析(C3742として)計算値:C70.24、H6.69%。実測値:C70.29、H6.60%。
【0052】
(実施例2)
結晶中における光反応性について以下に述べる。
実施例1の化合物(A)〜(E)は、ヘキサン中、ヘキサン−エーテル、ヘキサン−クロロホルム混合溶媒中で結晶化する。化合物(A)〜(E)は、結晶中で光照射(365nm)することにより着色体生成に基づき吸収スペクトルが変化する。結晶中でフォトクロミック反応を示すことは、偏光顕微鏡下、着色体の結晶を観察すると2色性を示す性質があることによって証明される。無色の結晶の化合物(A)は、365nm光照射により、オレンジ色となる。これは、閉環体の化合物(A)'が生成したことに基づく。着色した結晶の化合物(A)を直線偏光の下観察するとオレンジ色になり、90°回転させるとオレンジ色が薄くなる。最も着色した部位をθ=0°とし、90°回転させたときの角度がθ=90°とする。θ=0°と90°の時の偏光吸収スペクトルを図2左に、吸収極大波長の500nmにおいてθを15°おきに回転し変化を取った結果を図2右に示す。化合物(A)の場合、θ=0°と90°との間で、500nm付近の吸収極大波長の強度が変化し、明らかに結晶中でフォトクロミック反応性を示している。
【0053】
無色の化合物(B)〜(D)の結晶は、365nmの光を照射すると全て着色体が結晶内部で生成する。図3に化合物(B)、図4に化合物(C)、図5に化合物(D)の同様な測定結果を示す。化合物(B)〜(D)着色体結晶は、520nm付近に吸収を有しており赤色に呈色している。結晶を回転することによっての吸収極大波長の強度が変化し、結晶内部においてフォトクロミック反応が進行していることが明らかである。
【0054】
無色の化合物(E)の結晶は、365nmの光を照射する着色体が結晶内部で生成する。化合物(E)の結晶は、放射状に成長する針状結晶であったため、θ=0°と90°の時の偏光吸収スペクトルは測定できなかった。しかし、結晶に紫外光を照射して、ヘキサン中で溶解したサンプルを測定すると、溶液中で光閉環した場合と同様の保持時間の位置に着色体ピークが現れ、結晶内部でフォトクロミック反応が進行していることが確認された。
【0055】
また、無色の化合物(A)、化合物(B)、化合物(C)、化合物(D)結晶が結晶フォトクロミック反応性を示すことは、無色体の単結晶X線構造解析の解析結果によって支持される。
【0056】
実施例1の化合物(A)〜(D)から単結晶を作製し、X線結晶構造解析を試みた。その内、化合物(A)と化合物(B)に関する結果(ORTEP図)を図6(A)と図6(B)にそれぞれ示す。各楕円球は、炭素、または、フッ素、または酸素原子が50%の確率で見出される座標を表わしている。また、小さな球は水素原子をあらわしている。
【0057】
化合物(A)の解析結果:六方晶系、空間群Pna2(1)。単位格子の長さa=12.337(4)Å、b=9.686(3)Å、c=31.460(4)Å。α=90°、β=90°、γ=90°。単位格子の体積3759(2)Å。単位格子中に含まれる分子数z=8。密度(計算値)1.542。F値1.037。R値(I/2σ(I))、R=0.0304、wR=0.0752。
【0058】
化合物(B)の解析結果:単斜晶系、空間群P2(1)/C。単位格子の長さA=14.602(3)Å、B=9.4907(14)Å、C=19.285(3)Å。α=90°、β=105.271°、γ=90°。単位格子の体積2579.4(8)Å。単位格子中に含まれる分子数z=4。密度(計算値)1.340。F値1.007。R値(I/2σ(I)) R=0.0437、wR=0.1063。
【0059】
化合物(C)の解析結果:六方晶系、空間群Pna2(1)。単位格子の長さA=19.948(6)Å、B=14.952(4)Å、C=6.774(2)Å。α=90°、β=90°、γ=90°。単位格子の体積2020.5(11)Å。単位格子中に含まれる分子数z=4。密度(計算値)1.542。F値1.125。R値(I/2σ(I)) R=0.0670、wR=0.1609。
【0060】
化合物(D)の解析結果:単斜晶系、空間群P2(1)/n。単位格子の長さA=11.539(4)Å、B=14.539(5)Å、C=13.147(4)Å。α=90°、β=114.700(4)°、γ=90°。単位格子の体積2003.9(11)Å。単位格子中に含まれる分子数z=4。密度(計算値)1.500。F値1.056。R値(I/2σ(I)) R=0.0477、wR=0.1153。
【0061】
結晶中でフォトクロミック反応を起こすためには、ジアリールエテンの閉環体が生じることによって結合する炭素原子−炭素原子間の距離(光反応点間距離)が0.42nm以下である必要がある。実際、化合物(A)は0.356nm、化合物(B)は0.372nm、化合物(C)は0.360nm、化合物(D)は0.402nmという結果がX線結晶構造解析によって見積もられている。
【0062】
ベンゾフラン誘導体の化合物(A)の類縁構造を持つ、ビス(2−メチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンは、この光反応点間距離が0.435nmである。ところが、ベンゾチオフェンの硫黄原子を酸素原子に置き換えることによって、光反応点間距離が0.079nmも短縮される。結果として、硫黄原子で結晶フォトクロミック反応をしないものが、酸素原子に置き換えることによって結晶フォトクロミック反応をするようになる。
【0063】
ベンゾフラン誘導体の化合物(B)は、この光反応点間距離が0.372nmである。類縁構造を持つ、ビス(2−メチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンは、この光反応点間距離が0.408nmである。メチル基を変えて、アルキルを少し長鎖にしたブチル基の場合でも、光反応点間距離が短縮され、ベンゾチオフェンの硫黄原子を酸素原子に置き換えることによって、光反応点間距離が約0.036nmも短縮される。
【0064】
ベンゾフラン誘導体の化合物(D)は、光反応点間距離が0.402nmであり、ベンゾフラン誘導体(A)0.356nmとビス(2−ブチルベンゾチオフェン−3−イル)ペルフルオロシクロペンテンの0.435nmの半分程度の距離である。片側だけベンゾフラン置換した誘導体でも、結晶フォトクロミック反応に対して有効である。
【0065】
同様に、ベンゾフラン誘導体の化合物(C)は、片側だけベンゾフラン置換した誘導体であるが、光反応点間距離が短いため、結晶フォトクロミック反応性を示す。
【0066】
(実施例3)
吸収スペクトルについて以下に述べる。
実施例2で精製した結晶をヘキサンに溶解し、吸収スペクトルの測定を行った。化合物(A)の開環体、閉環体のヘキサン中での吸収スペクトル変化を図7(上図)に示す。開環体(A)は可視部に全く吸収が無く無色である。このサンプルに313nmの光を3分間照射すると、閉環体が生成することによってオレンジ色に着色する。また、480nm以上の光を1分間照射すると無色体へと変化する。
【0067】
また、化合物(B)の開環体、閉環体の吸収スペクトル変化を図7(下図)に示す。開環体(B)は可視部に全く吸収が無く無色である。このサンプルに313nmの光を3分間照射すると、閉環体が生成することによって赤色に着色する。また、480nm以上の光を1分間照射すると無色体へと変化する。
【0068】
また、化合物(C)〜(E)の吸収スペクトルは、図7に示す化合物(A)、化合物(B)と同様の変化を示す。
【0069】
表1に、ベンゾフラン環を有する化合物(A)〜(E)の構造と光開環、閉環体の吸収極大波長、吸収極大波長における吸光係数、313nm光照射時の光閉環の量子収率、光開環の量子収率を示す。また、比較のため、ベンゾチオフェン環を有するジアリールエテン開環体の化合物(F)〜(I)とその閉環体の化合物(F)'〜(I)'の光開環、閉環体の吸収極大波長、吸収極大波長における吸光係数、313nm光照射時の光閉環の量子収率、吸収極大波長付近の光を照射したときの光開環の量子収率を示す。
【0070】
【表1】

【0071】
ベンゾフラン誘導体の着色体の吸収極大波長における吸光係数は、ベンゾチオフェン類縁体の1.5倍となる。表1に示す値から閉環体の吸収極大波長における吸光係数の値の比を計算すると、閉環体の化合物(A)'と閉環体の化合物(F)'(1.44×10/ 9.1×10 = 1.58(倍))、閉環体の化合物(B)'と閉環体の化合物(G)'(1.56(倍))、閉環体の化合物(C)'と閉環体の化合物(H)'(1.40(倍))、閉環体の化合物(E)'と閉環体の化合物(I)'(1.68(倍))と計算され、それぞれについて、約1.5倍程度になることによって明らかである。つまり、ベンゾフラン誘導体は、既存のベンゾチオフェン誘導体より約1.5倍着色性が良いことになる。
【0072】
また、ベンゾフラン環を1つ置換した誘導体の化合物(D)でも、既存のベンゾチオフェンを2つ置換した誘導体の化合物(F)'と比べて、吸収極大波長における吸光係数の値の比が1.5倍程度となる。つまり、ベンゾフラン環を少なくとも1個アリール位に導入した化合物は、閉環体の吸光係数が増大し、色素性能が向上することが明らかである。色素性能の良さは、溶液中だけでなく、結晶中におけるフォトクロミック反応の着色性能にも直接現れる。
【0073】
また、ヘキサン溶液中の光閉環のフォトクロミック反応性は、化合物(F)であるビス(2−メチルベンゾチエン−3−イル)オクタフルオロシクロペンテンの光閉環の速度を1(量子収率0.35)として考えると、2−メチル置換基を持つ化合物(A)は1.09倍(量子収率0.38)、2−ブチル置換基を持つ化合物(B)は1.4倍(量子収率0.49)、さらに、2−オクチル置換基を持つ化合物(E)の場合は1.6倍(量子収率0.56)となり、フラン誘導体の置換基が長ければ長いほど、光閉環反応の量子収率が大幅に向上する。
【0074】
紫外光及び可視光を交互に照射することにより、2つの異性体間の可逆的変化を繰り返し起こさせた場合において、1000回程度繰り返した後でも開環体及び閉環体のスペクトルに変化が見られない。また、本発明のフォトクロミック化合物(A)は、トルエン中70度で1週間、着色体化合物(A)'、消色体化合物(A)が熱的に全く変化しない熱的安定性を有している。高い化学的安定性及び繰り返し耐久性を有しており、光メモリや光センサー等への製品への応用を考えた場合、実用上極めて優れた特性を備える。
【0075】
つまり、ベンゾフラン誘導体の着色体は、結晶中においても溶液中においても高い吸光係数を持ち、光閉環反応の速度が高い誘導体である。このことは、従来のベンゾチオフェン誘導体よりもわずかな光でも着色し、結晶等の媒体に情報が記録可能であることを示す。また、着色体の吸光係数が高いことにより、高いコントラストで記録媒体に書き込まれた情報が検出できることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0076】
以上の記述から明らかなように、本発明のフォトクロミック化合物は、記録材料や表示材料、光センサーなどとして用いられるのに必要な諸特性を有するので、結晶媒体で使用する光記録材料、表示材料、光センサーなどの光機能デバイスとして使用されるのに好適な材料が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本発明のフォトクロミック化合物の好ましい例である開環体の化合物(A)〜(E)とその閉環体の化合物(A)'〜(E)'(実施例1)の化学構造を示す。
【図2】本発明の化合物(A)の単結晶中における偏光吸収スペクトル変化(実施例2)を示す。
【図3】本発明の化合物(B)の単結晶中における偏光吸収スペクトル変化(実施例2)を示す。
【図4】本発明の化合物(C)の単結晶中における偏光吸収スペクトル変化(実施例2)を示す。
【図5】本発明の化合物(D)の単結晶中における偏光吸収スペクトル変化(実施例2)を示す。
【図6】本発明の開環体の化合物(A)、開環体の化合物(B)の単結晶X線構造解析の図(実施例2)を示す。
【図7】本発明の化合物(A)、(B)の有機溶媒(ヘキサン中)における吸収スペクトル変化(実施例3)を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(1)または一般式(2)で表わされ、分子内に少なくとも1個のベンゾフラン環を有し、フォトクロミック反応によって、結晶状態で赤、または、オレンジ色に発色するジアリ−ルエテン誘導体。
【化1】

【化2】

(一般式(1)において、Xは酸素原子、または硫黄原子を表わし、RおよびRはメチル基、炭素数1〜10のアルキル基、またはアルコキシ基を表す。RおよびRはそれぞれ、水素原子、フェニル基、ホルミル基、アセチル基、ニトロ基、スルホニル基、または置換基を有していてもよいスチリル基を表わす。一般式(2)において、YおよびZは酸素原子または窒素原子を表わし、RおよびRはメチル基、炭素数1〜10のアルキル基、またはアルコキシ基を表す。RおよびRはそれぞれ、水素原子、フェニル基、ホルミル基、アセチル基、ニトロ基、スルホニル基、または置換基を有していてもよいスチリル基を表わす。)


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−55967(P2007−55967A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−245802(P2005−245802)
【出願日】平成17年8月26日(2005.8.26)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】