説明

ペロブスカイト系酸化物、当該酸化物の製造方法及び当該酸化物を用いた熱電素子

【課題】ゾル‐ゲル法により得られるペロブスカイト系のRuddlesden-Popper型化合物であるCaO−n(CaMn1−x)酸化物、この酸化物の製造方法及び、この酸化物を用いた熱電素子を提供する。
【解決手段】化学式:CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)で表されるペロブスカイト系酸化物から成り、200〜700℃において、−150μV/K以下のゼーベック係数と、0.5〜0.9Ω・cmの電気抵抗率を有する。このような酸化物は、Ca(NO・4HOとMn(NO・6HOとVO(OCを出発材料として準備し、当該出発材料を化学量論比にて、クエン酸とエチレングリコールを含む溶液中で加熱攪拌し、生成したゲル状物質を熱処理することによって製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゾル‐ゲル法、特にクエン酸ゲル法により得られるペロブスカイト系のRuddlesden-Popper型化合物である、化学式:CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)で表されるペロブスカイト系酸化物、その製造方法及び、この酸化物から成る高発電効率の熱電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電材料による発電は、駆動部が少なく小型軽量化が可能であり、容易に大きな出力電流密度が得られる。しかしながら、太陽電池や燃料電池に比べ温度差を利用するため発電効率が素子効率で9%以下と低いことが課題とされてきた。最近10年で、地球環境問題や省エネルギー対策などのソリューションとして世界的に研究されるようになった。
発電効率は無次元性能指数ZT=SσT/κ〔ここでSはゼーベック係数、σは電気伝導度、Tは温度、κは熱伝導率〕で評価される。
【0003】
熱電変換による発電は、発電所や自動車などの廃熱からダイレクトに電力を回収できる唯一の方法であり、熱電材料には高温大気中で化学的安定が求められる。また、地球上に豊かに存在し毒性の少ない材料でなければならない。
このような知見から酸化物は極めて魅力的な材料である。しかし、多くの遷移金属酸化物はテルライド系をはじめとする非酸化物と比べると格子熱伝導率が高く、移動度が非常に低く、熱電材料には不適合であるとされてきており、一般的に100μV/K程度のゼーベック係数しか達成できなかった。
【0004】
ところが、このような悲観的予測は層状コバルト酸化物NaCoO単結晶の示す高い熱電特性の発見によって覆され、例えば下記の特許文献1には、高温安定な高熱電変換効率を有する熱電変換層状コバルト酸化物NaCoOのウィスカー結晶及びその作製法が開示されている。
【特許文献1】特開2004−107142号公報
【0005】
この特許文献1に記載された層状コバルト酸化物NaCoO単結晶は、絶対温度400Kにおいて150μV/K以上のゼーベック係数を示すが、モジュール効率で太陽電池を上回るには少なくとも226μV/K以上のゼーベック係数が必要とされ、より一層大きなゼーベック係数を有する熱電素子が必要とされているのが現状であり、このようなp型熱電素子としてのNaCoOと組み合わせて使用可能な、優れた熱電特性を示すn型熱電素子材料も要望されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ペロブスカイトの高い電気伝導特性に加えて、CaO層を挿入することで低い熱伝導率を合わせ持つ熱電材料(ペロブスカイト系酸化物)を提供することを課題とする。又、本発明の課題は、このようなペロブスカイト系酸化物の製造方法を提供すること、及び、優れた熱電変換性能を有する材料から成る熱電素子を提供することでもある。
本発明者等は、種々検討を行った結果、これまでに提案されてこなかったCaMnOペロブスカイトとCaOの層状構造のMnサイトが部分的にVにより置換された化学式:CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)で表されるペロブスカイト系酸化物セラミックスが、ゾル‐ゲル法により得られたゲル状物質を熱処理することによって効率良く製造でき、このようにして製造された材料が、ペロブスカイトの高い電気伝導特性と低い熱伝導率を合わせ持ち、大きなゼーベック係数を有する優れた熱電変換素子材料であることを見出して、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のペロブスカイト系酸化物は、下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物から成ることを特徴とし、化学式:Ca(Mn1−x(0<x≦0.04)としても表すことができる。
又、本発明のペロブスカイト系酸化物は、上記の化学式を有し、200〜700℃において、−150μV/K以下のゼーベック係数と、0.5〜0.9Ω・cmの電気抵抗率を有することを特徴とするものでもある。
【0008】
更に、本発明は、下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物を製造するための方法であって、当該方法は、
Ca(NO・4HOと、Mn(NO・6HOと、VO(OCを出発材料として準備し、当該出発材料を化学量論比にて、クエン酸とエチレングリコールを含む溶液中で加熱攪拌することによりゲル状物質を生成させ、当該ゲル状物質を900〜1100℃の温度で熱処理することを特徴とする。
【0009】
又、本発明の熱電素子は、下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物から成ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明のペロブスカイト系酸化物は、高い電気伝導特性と低い熱伝導率を同時に有し、大きなゼーベック係数を有しており、熱電変換性能に優れ、熱電素子として用いることのできる性能を有する材料である。本発明のペロブスカイト系酸化物から成る熱電素子はn型熱電素子材料として使用可能であり、公知のp型熱電変換素子(例えばNaCoO)と組み合わせて熱電変換素子を構成することができ、地球上に豊富に存在する毒性の少ない元素により構成された材料である。
又、本発明の製法を用いることにより、ゼーベック係数Sが大きく、電気伝導度σが高く(又は、電気抵抗率ρが低く)、熱伝導率κが小さい、優れた熱電変換性能を有するペロブスカイト系酸化物が製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のペロブスカイト系酸化物Ca(Mn1−x(0<x≦0.04)は、CaMnOペロブスカイト層とCaO層の層状構造の、Mnイオンの一部がVイオンにより置換された構造を有しており、種々のイオン価の、公知のV含有物質との比較による蛍光X線スペクトル分析の結果から、Mnイオンサイトに置換されたVイオンは5価であることが確認された。
本発明のペロブスカイト系酸化物は、CaO層による低熱伝導率と、部分的にV置換されたペロブスカイト層の高い電気伝導率によって高い発電効率を示し、この材料はより詳しくは、3価のMnと4価のMnを含み、化学式:Ca(Mn3+1−x−yMn4+5+7−δと表すことができ、2(7−δ)=3×2+2{3(1−x−y)+4y+5x}で、δ=0とすると、y=1−2x,1−x−y=xで、Ca(Mn3+Mn4+1−2x5+となる。
本発明のペロブスカイト系酸化物のXRDパターンや、粒子形状を示す電子顕微鏡写真、物性データ等については、実施例の項目にて説明する。
【0012】
上記の化学式で表される本発明のペロブスカイト系酸化物は、公知のゾル‐ゲル法(クエン酸ゲル法)を用いて製造することができ、原料物質としては、Ca含有物としての硝酸カルシウム(Ca(NO・4HO)と、Mn含有物としての硝酸マンガン(Mn(NO・6HO)と、V含有物としてのトリエトキシルバナジニウム(VO(OC)が好適である。
本発明のペロブスカイト系酸化物を得るには、例えば、Ca含有物、Mn含有物及びV含有物を、Ca:Mn:V(原子組成比)=3:2〜1.92:0.08以下の割合で混合し、これを原料とすることができる。
【0013】
クエン酸ゲル法を実施する際には、まず、上記の原料物質をそれぞれ化学量論比となるようにして準備し、これらを、クエン酸とエチレングリコールを含む溶液中に加えて加熱攪拌する。この際の加熱温度としては120〜200℃が好ましく、約12〜24時間攪拌しながら加熱するとゲル状の物質が生成する。そして、このゲル状物質を150℃前後の温度(120〜150℃)で約24時間加熱を行って揮発性の液体成分を除去した後、更に550℃前後の温度で約6時間熱処理し、その後、更に酸化性雰囲気下にて900〜1100℃の温度で約12時間熱処理すると仮焼粉末が得られる。このようにして得られた仮焼粉末は、所望の形状を有する成形型を用いて加圧成形し、成形体とする。この際、成形型にゴム型を用い、この型の中に仮焼粉末を充填し、蓋をして、水の入った高圧容器内に入れ、水圧を高めて全方向から均等に圧力を加えて成形を行う「冷間静水圧加圧成形(CIP)法」にて成形を行うことが好ましく、この方法を用いた場合には、均質で高密度の成形体を得ることができる。そして、最後に上記の成形体を酸化性雰囲気下(酸素気流中、又は空気中)1100〜1200℃の温度で12時間熱処理することにより、優れた熱電変換性能を有する緻密な熱電素子が製造できる。
以下、本発明の実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0014】
I.本発明のペロブスカイト系酸化物CaO−n(CaMn1−x)(n=2,x=0.02)の製造例
1.3951gのCa(NO・4HOと、1.6788gのMn(NO・6HOと、V標準溶液として予め調製しておいたVO(OCを0.0630mol/l含む2‐プロパノール溶液1.8568ml(化学量論比としてCa:Mn:V=3:1.96:0.04)を、無水クエン酸5.6466g及びエチレングリコール7.2972gに添加混合し、約24時間攪拌をを行い、約150℃で加熱し揮発性液体を除去すると、ゲル状物質が生成した。そして、このゲル状物質を150℃で24時間乾燥させ、その後、550℃で24時間熱処理し、更に酸素中1100℃で12時間仮焼し、仮焼粉末を得た。得られた仮焼粉末を20mmφのペレットに成形し、2.5tでCIP処理し、酸素中1200℃で12時間熱処理することにより本発明のペロブスカイト系酸化物セラミックス(x=0.02)を得た。
又、対照として、Vの量を変化させてx=0、0.01、0.03、0.04、0.05、0.07及び0.08である焼結体も同様の熱処理条件で作製した。
【0015】
II.本発明のペロブスカイト系酸化物の分析及び評価
上記Iで得られた焼結体(Ca(Mn1−x)について、X線回折装置を用い、XRDパターンを測定した。その結果を図1に示す。又、x=0.02であるペロブスカイト系酸化物セラミックスCa(Mn0.980.02について、303K(30℃)〜523K(250℃)の温度範囲でのXRDパターンを測定した。その結果を図2に示す。
図1及び図2のXRDパターンから、上記Iで得られたCa(Mn1−x焼結体は、MnサイトへのVの部分置換が0<x≦0.04の範囲で生じること、及び、30〜250℃の温度領域で結晶構造は安定であることがわかった。尚、V置換に伴う結晶粒径の変化はほとんど認められなかった。
本発明において、好ましいxの範囲は0.001≦x≦0.04であり、さらに好ましいxの範囲は0.001≦x≦0.02で、特に好ましい範囲は0.01≦x≦0.02である。
【0016】
III.SEM観察によるV置換に伴う結晶粒子の形状比較
x=0.00である化学式:CaMnの組成と、x=0.02である化学式:Ca(Mn0.980.02の組成について、150℃での乾燥後の粒子形状と、焼結完了後の粒子形状をSEM観察(倍率:10000倍)により比較した。図3は、各測定試料についての電子顕微鏡写真である。
図3の電子顕微鏡写真からわかるように、Vを全く含まないx=0.00の焼結体に比べて、x=0.02である化学式:Ca(Mn0.980.02の本発明の焼結体は、結晶粒子の大きさが小さく、0<x≦0.04の範囲で粒子サイズGS=1.5μm程度の微粒子化が容易となった。尚、結晶粒子の大きさは、原料物質の混合比(組成比)、熱処理温度や時間等によって変化する。
【0017】
IV.V置換に伴う電気抵抗率、磁化率、ゼーベック係数及びパワーファクターの変化測定
上記Iで得られた焼結体についての熱電測定は、アルバック理工株式会社製のZEM−2を用いて行い、直流四端子法を用い室温から600℃まで電気抵抗測定、ゼーベック係数測定を実施し、パワーファクター(power factor)で評価した。尚、磁化率については、米国カンタムデザイン製MPMS−XLにてスクイッド磁力計を使用し磁化率測定を行った。
その結果、磁化率の温度依存性は、MnサイトへVを少量置換することで磁化率が大きく増加したが、すべての試料においてネール温度Tは約−150℃と不変であった。又、MnイオンサイトへVイオンを置換することにより、Mn4+とMn3+の混合原子価状態となることが示唆された。
【0018】
図4及び図5は、各焼結体についての温度と電気抵抗率の関係を示すグラフであり、図6は、温度とパワーファクターの関係を示すグラフであり、図7は、温度とゼーベック係数の関係を示すグラフである。図4及び図5の実験結果から、Mnの一部をVで置換すると電気伝導率が増大することがわかる。CaMnのlogσは600℃で約1.5Ω−1・m−1であり、V含有量x=0.01,0.02でlogσは最大となり、約3.0Ω−1・m−1と一桁半ほど増大した。又、1/T vs.logσプロットによると250℃で傾きが変化し、V置換サンプルにおいて活性化エネルギーが約20%低下した。電気伝導率の最も高かったx=0.02の試料について200〜700℃の温度範囲でゼーベック係数測定を行ったところ、500℃で−230μV/Kを観測し、パワーファクターt=S・σは〜3.32×10−7Wcm−1−2となった。
通常のCaMnO系ペロブスカイト化合物の電気抵抗率が約30Ωcm以上であるのに対して、本発明のペロブスカイト系酸化物より成る熱電素子の電気抵抗率は0.54〜0.91Ωcmであり(図4参照)、ゼーベック係数は、400〜600℃の温度領域で−230μV/K以下(ゼーベック係数の絶対値では、230μV/K以上)という優れた値を示した(図7参照)。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明のペロブスカイト系酸化物は、高い電気伝導特性と低い熱伝導率並びに大きなゼーベック係数を有することで高発電効率を示し、地球上に豊富に存在する毒性の少ない元素により構成された熱電変換性能に優れた素子材料であり、ゾル‐ゲル法を利用することによって、優れた熱電変換性能を有するペロブスカイト系酸化物セラミックス熱電素子材料から成る熱電変換素子が効率良く製造可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】V置換率を変化させた際の、焼結体(Ca(Mn1−x)(x=0.00〜0.08)のXRDパターンを示す図である。
【図2】x=0.02である本発明のペロブスカイト系酸化物セラミックス(Ca(Mn0.980.02)についての、303K(30℃)〜523K(250℃)の温度範囲でのXRDパターンを示す図である。
【図3】焼結実施前と焼結完了後におけるCaMnとCa(Mn0.980.02の電子顕微鏡写真である。
【図4】V置換率を変えた際のCa(Mn1−x焼結体の温度と電気抵抗率の関係を示すグラフである。
【図5】V置換率を変えた際のCa(Mn1−x焼結体の温度と電気抵抗率の関係を示すグラフである。
【図6】Ca(Mn0.990.01と、Ca(Mn0.980.02についての温度と電力因子の関係を示すグラフである。
【図7】Ca(Mn0.990.01と、Ca(Mn0.9850.015と、Ca(Mn0.980.02についての、温度とゼーベック係数の関係を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物。
【請求項2】
200〜700℃において、−150μV/K以下のゼーベック係数と、0.5〜0.9Ω・cmの電気抵抗率を有することを特徴とする請求項1に記載のペロブスカイト系酸化物。
【請求項3】
下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物を製造するための方法であって、当該方法が、
Ca(NO・4HOと、Mn(NO・6HOと、VO(OCを出発材料として準備し、当該出発材料を化学量論比にて、クエン酸とエチレングリコールを含む溶液中で加熱攪拌することによりゲル状物質を生成させ、当該ゲル状物質を900〜1100℃の温度で熱処理する工程を含むことを特徴とするペロブスカイト系酸化物の製造方法。
【請求項4】
下記の化学式:
CaO−n(CaMn1−x)(n=2:0<x≦0.04)
で表されるペロブスカイト系酸化物から成ることを特徴とする熱電素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2009−196821(P2009−196821A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−36758(P2008−36758)
【出願日】平成20年2月19日(2008.2.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成19年11月19日〜21日 社団法人粉体粉末冶金協会主催の「平成19年度秋季大会(第100回講演大会)」において文書をもって発表
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【Fターム(参考)】