説明

ボルト及びその熱処理方法

【課題】ボルトのぜい性破壊を防止する。
【解決手段】ボルト1を焼入れする工程と、前記焼入れされたボルト1を焼戻す工程と、前記焼戻されたボルト1を浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;前記浸硫窒化処理されたボルト1を後熱処理温度TP で加熱し、一定時間保持後、急冷却C3する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、分解を必要とする継手などに用いられている、ボルト及びその熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
分解を必要とする継手、例えば、配管と配管の継手、配管とその他機器との継手、容器の蓋、バルブやポンプの蓋その他さまざまな部分に、ボルト締めの構造が採用されている。
これらの機器の内部には、流体を存在させることが多く、強くボルトで締め付けることで、継手や蓋部からの漏洩を防止する方法が取られる。
しかし、ボルトを強く締めると、ねじ山が崩れ、固着し、着脱を不可能にすることが多い。
【0003】
そこで、強い締め付けを必要とするボルトやナットは、機械油、グリス、固体潤滑材、固着防止剤などを塗布して締め付けが行われている。
しかし、これらの処理を行っても、いくらかの割合でボルトとナットが固着する現象を生じている。固着した場合には、ボルトを切断するとか、ナットを切削削除するなどして、固着したボルトを取り外し、新たにボルトを入れる方法を採っている。
【0004】
さらに完全な対策を必要とする場合は、ボルト及びナットのねじ山部に表面処理を施工し、さらに固体潤滑材の塗布を併用するなどの方法が取られている。
この場合の表面処理として、クロムメッキ、ニッケルメッキ、テフロン(登録商標)コーティング、浸硫窒化処理等が適用されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ねじの固着を予防する方法として、前記従来例の中では、浸硫窒化処理が最も優れているが、この処理によりシャルピ衝撃特性を劣化することが明らかとなり、その一般的普及にブレーキを掛けている。
【0006】
常・低温で締付け、又は、常・低温で使用される直径25mm以上のボルトやナットは
ぜい性破壊を防止の観点から、その材料のシャルピ衝撃特性(吸収エネルギや横膨出量)を要求される。例えば、「経済産業省告示501号:発電用原子力設備に関する構造等の技術基準」においては、「最低使用温度以下の温度で、衝撃試験を行った時、3個の試験片の横膨出量及び吸収エネルギが下表の要求を満たす」ように求めている。なお、「最低使用温度」とは、材料強度の観点から機器の運転(応力の負荷)を許される最低温度、をいう。
【0007】
【表1】

【0008】
ところが、浸硫窒化処理を施工すると、これらの要求を満足する温度(最低使用温度)が上昇する。最低使用温度が常温以上になってしまうと、ぜい化したボルトでは、強い力で締め付けた場合には、ぜい性破壊が発生する恐れがある。そこで、ボルトの締付け作業前に、該ボルトをぜい性破壊しない温度まで予熱する作業が必要となるが、実際上、この表面処理が適用できない場合もでてくる。
【0009】
この発明は、上記事情に鑑み、ボルトのぜい性破壊を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明は、ボルトを焼入れする工程と、前記焼入れされたボルトを焼戻す工程と、前記焼戻されたボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理することを特徴とする。
【0011】
この発明は、ボルトを焼入れする工程と、焼入れた前記ボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理することを特徴とする。
【0012】
この発明の後熱処理温度が、焼戻し処理温度と等しいことを特徴とする。この発明の後熱処理温度が、焼戻し処理温度より高いことを特徴とする。この発明の後熱処理温度が、焼戻し処理温度より低いことを特徴とする。
【0013】
この発明は、ボルトを焼入れする工程と、前記焼入れされたボルトを焼戻す工程と、前記焼き戻されたボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理するボルトの熱処理方法、によって熱処理されたことを特徴とするボルト、である。
【0014】
この発明は、ボルトを焼入れする工程と、前記焼入れされたボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えた前記ボルトの熱処理方法であって;前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理することを特徴とするボルトの熱処理方法、によって熱処理されたことを特徴とするボルト、である。
【発明の効果】
【0015】
この発明は、浸硫窒化処理された前記ボルトを後熱処理するので、最低使用温度が上昇することはない。従って、ボルトを強い力で締めつけても、ぜい性破壊が発生する恐れはない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
この発明の実施の形態を図1により説明する。
通常、高強度、例えば、引っ張り強さ600MPa〜1200MPa、を必要とするボルトなどの熱処理に於いては、初めに焼入れ処理が行なわれる。この焼入れ処理では、図1(A)に示すように、ボルトを焼入れ処理温度(オーステナイト化温度)TQまで加熱し、一定時間保持後、急冷Cする。この状態では、ボルトはマルテンサイト組織となっており、硬く且つもろい状態である。
【0017】
これに続き、前記ボルトを焼戻し処理する。この焼戻し処理では、図1(B)に示すように、前記ボルトを焼戻し処理温度TTまで加熱し、一定時間保持後、冷却C1する(合金鋼の場合急冷されることが多い)。この処理を行うことで、マルテンサイトは焼き戻され、フェライト中に小さな炭化物を分散した組織となり、焼入れ状態に比べ、引張強さや耐力は若干低下するが、高い靭性を有するようになる。普通のボルトはこの状態で使用される。
【0018】
一方、浸硫窒化処理は、図1(C)に示す様に、焼入れ焼戻し処理の後に、前記ボルトを真空炉の中に入れ、浸硫窒化処理温度TSに加熱し、窒素や硫黄のプラズマ状態雰囲気を作り、一定時間保持後、炉中で除冷C2する。この結果、窒素や硫黄が鋼の極表面に拡散し、表面を硬化させると共に、潤滑性能を改善する。
【0019】
この処理温度TSは、既に完了している焼入れ焼戻し処理で決定される機械的強度(引張強さ、降伏強さ)を低下させないように、焼戻し処理温度TTより通常、50℃程度低い温度で実施される。従って、極表面を除き、焼戻し時の強度(引張強さ、降伏強さ)を保持することができる。
【0020】
しかし、我々の実験によると、この浸硫窒化処理により、衝撃特性(シャルピ吸収エネルギや横膨出量)の劣化が生じた。この現象を解消するために、種々の実験を行った結果、浸硫窒化処理後に、後熱処理、即ち、図1(D)に示すように、焼戻し温度TT近くまで加熱し、引き続き急冷却C3の処理、をすることが有効であることが分かった。
【0021】
このぜい化と回復のメカニズムは次のように考えられる。
α鉄中の不純物の溶解度は、浸硫窒化処理温度TSでは、焼戻し処理温度TTより低くなり、過飽和になった不純物(又はその化合物)が、粒内や粒界に析出し、これに伴い、結晶粒は辷り難くなると共に、粒界がぜい化されると考えられる。そのため、衝撃特性が劣化(低温、常温での横膨出量や、吸収エネルギが低下)すると考えられる。
【0022】
一方、後熱処理に於いては、後熱処理温度TPが焼戻し処理温度TTとほぼ等しいので、α鉄中の不純物の溶解度は、焼戻し時と同じように大きくなり、析出した不純物が再度マトリックス中に溶け込み、結晶粒の辷り特性、及び粒界の強度が回復するため、衝撃特性も回復するものと考えられる。
【0023】
次に、後熱処理温度の高低関係を決める理由について説明する。
焼入れした鋼の性質は、その後の加熱(焼戻し)温度と関連して次のように変化する。
(1)焼戻し温度が低い場合:焼入れ状態から引張強さ及び耐力は少し低下し、伸び、絞り、衝撃特性、は少し増加する。
(2)焼戻し温度が高い場合:焼入れ状態から引張強さ及び耐力はやや大きく減少し、伸び、絞り、衝撃特性は大きく向上する。
【0024】
従って、後熱処理温度Tpが、焼戻し処理温度TTより著しく高くなると、ボルトとして必要な引張強さを損なう恐れがある。一方、後熱処理の温度が低いと、靭性が十分回復されない。それゆえ、基本的には
後熱処理温度TP=焼戻し処理温度TT
と設定する。
【0025】
しかし、熱処理時の温度は炉の中で必ずしも一様ではなく、20℃位のばらつきが考えられる。従って、ボルトの引張強度や耐力を非常に重要視する場合は、後熱処理の温度のばらつきを考えても、焼戻し処理温度を上回らないように設定した方がよい。この場合には
後熱処理温度TP<焼戻し処理温度TT
と設定する。
なお、この時の後熱処理温度TPとして、例えば、700℃に等しいか、又は、それより低い温度が選択される。
【0026】
一方、引っ張り強度的には余裕があるが、低温で使用されるので、高い靭性を確保したい場合は、後熱処理温度TPは温度のばらつきや誤差を考えても、焼戻し処理温度TTより下げない方が良いと考えられる。この場合には
後熱処理温度TP>焼戻し処理温度TT
と設定する。
なお、この時の後熱処理温度TPとして、例えば、550℃に等しいか、又は、それより高い温度が選択される。
【0027】
次に、後熱処理温度の高低関係を決めた場合の効果について説明する。
次ぎの3つの効果がある。
(イ)後熱処理温度TP = 焼戻し処理温度TTのとき:焼入れ状態とほぼ同等の引張強さ及び衝撃特性が得られる。
(ロ)後熱処理温度TP < 焼戻し処理温度TTのとき:焼入れ焼戻し状態の引張強さを確実に確保できる。
(ハ)後熱処理温度TP > 焼戻し処理温度TTのとき:焼入れ焼戻し状態と同等以上の衝撃特性を確保できる。
【0028】
本発明の実施例を図1〜図3により説明する。
ボルト1の焼入れ処理後、焼戻し処理を行う。
このボルト1は、図2に示すように、材質JIS SCM 435、ねじの呼び径:M48、ボルト長さL=300mm、直径d=48mm、ねじ部の長さm=100mm、である。
【0029】
焼入れ処理工程:
この工程では、図1(A)に示すように、ボルト1を焼入れ処理温度TQまで加熱し、一定時間保持後、急冷却Cを行う。この焼入れ処理温度TQは、860℃であり、又、その保持時間は2時間である。
【0030】
焼戻し処理工程:
この工程では、図1(B)に示すように、前記ボルト1を焼戻し処理温度TTまで加熱し、一定時間保持後、急冷却C1を行う。この焼戻し処理温度TTは、580℃であり、又、その保持時間は1.8時間である。
【0031】
焼戻し処理後、前記ボルト1のシャルピ衝撃試験を行い、横膨出量を求めると、第3図のグラフに□印で示すように、0.65mmの規格値を満たす温度がほぼ0℃で満足した(前記経済産業省告示501号参照)。
【0032】
浸硫窒化処理工程:
この工程では、図1(C)に示すように、前記ボルト1を浸硫窒化処理温度TS まで加熱し、一定時間保持後、炉冷C2する。前記温度TS は、520℃であり、又、その保持時間は10時間である。
【0033】
浸硫窒化処理後、前記ボルト1のシャルピ衝撃試験を行い、横膨出量を求めると、図3のグラフに丸印で示すように、0.65mmの規格値を満たす温度が大凡35℃となった。この値はクロムモリブデン鋼としては良くない数値であった。このことから、衝撃特性は浸硫窒化処理によって低下したものと判断できる。
【0034】
後熱処理工程:
そこで、衝撃特性を回復させるために、種々の熱処理を試みたところ、後熱処理、即ち、浸硫窒化処理後に後熱処理温度TPで加熱し、一定時間保持後、急冷C3することが効果的であることがわかった。この後熱処理温度TP は、580℃であり、その保持時間は1.8時間である。
【0035】
後熱処理後、前記ボルト1のシャルピ衝撃試験を行い、横膨出量を求めると、図3のグラフに△印で示すように、0.65mmの規格値を満たす温度がほぼ0°Cとなった。このように、後熱処理を施すことで、焼入れ焼戻し後の衝撃特性にほぼ等しくなるまで回復した。
【0036】
この発明の実施例は、上記に限定されるものではなく、例えば、焼入れ処理工程、焼戻し処理工程、浸硫窒化処理工程、後熱処理工程を行う代わりに、焼入れ処理工程、浸硫窒化処理工程、後熱処理工程にしても良い。この方法では、いわば焼き戻し工程が省略されるが、この様にしても、両者の効果はほぼ同じである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】本発明の実施の形態(実施例)を示す概念図で、図1(A)は、焼入れ処理状態、図1(B)は焼戻し処理状態、図1(C)は浸硫窒化処理状態、図1(D)は後熱処理状態、をそれぞれ示す。
【図2】本発明の実施例を示す正面図である。
【図3】本実施例におけるシャルピ衝撃試験結果についての試験温度と横膨出量との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0038】
1 ボルト
Q 焼入れ処理温度
T 焼戻し処理温度
S 浸硫窒化処理温度
P 後熱処理温度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ボルトを焼入れする工程と、前記焼入れされたボルトを焼戻す工程と、前記焼き戻されたボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;
前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理することを特徴とするボルトの熱処理方法。
【請求項2】
ボルトを焼入れする工程と、前記焼入れたボルトを浸硫窒化処理する工程と、を備えたボルトの熱処理方法であって;
前記浸硫窒化処理されたボルトを後熱処理することを特徴とするボルトの熱処理方法。
【請求項3】
後熱処理温度が、焼戻し処理温度と等しいことを特徴とする請求項1、又は、2記載のボルトの熱処理方法。
【請求項4】
後熱処理温度が、焼戻し処理温度より高いことを特徴とする請求項1、又は、2記載のボルトの熱処理方法。
【請求項5】
後熱処理温度が、焼戻し処理温度より低いことを特徴とする請求項1、又は、2記載のボルトの熱処理方法。
【請求項6】
請求項1記載のボルトの熱処理方法によって熱処理されたことを特徴とするボルト。
【請求項7】
請求項2記載のボルトの熱処理方法によって熱処理されたことを特徴とするボルト。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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