説明

ボルナ病ウイルスを利用するベクター及びその利用

【課題】 感染可能な宿主域が広く、外来性遺伝子導入効率が高く、ウイルスゲノムが宿主染色体に挿入されないため安全であり、細胞核で非細胞障害的に外来性遺伝子を発現することができるため細胞内での安定性及び持続性が良好であり、しかも中枢神経系の細胞に選択的に外来性遺伝子を導入することができるウイルスベクター、遺伝子導入用組換えウイルス及び該組換えウイルスを利用する外来性遺伝子の導入方法を提供する。
【解決手段】 (a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNA、(b)リボザイムをコードするcDNA及び(c)プロモーター配列を含み、該(a)の上流及び下流に(b)が配置され、かつ(a)及び(b)が(c)の下流に配置されていることを特徴とするウイルスベクター。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、外来性遺伝子を細胞に導入するためのウイルスベクター、遺伝子導入用組換えウイルス及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
外来性遺伝子を生体又は細胞に運搬する手段として、ウイルスベクターを利用する方法が知られている。これまでに、レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルスを利用するベクターが開発されている。
【0003】
しかしながら、これらの既存のウイルスベクターでは、例えばDNAウイルスの場合には宿主染色体にウイルス遺伝子が組み込まれることにより宿主(例えば、ヒト)への病原性が発現するという問題点があった。また、ウイルスによっては感染可能な宿主域が狭く、特定の生物にしか適用できないという問題点や、外来性遺伝子のウイルスゲノムへの組込み部位により遺伝子導入効率に差があり、遺伝子導入効率が悪いという問題点があった。また、生体内での免疫応答によりウイルスが排除されたり、ウイルス遺伝子の変異やプロモーター効率の変化が生じたりすることから、安定性及び持続性が悪いという問題点もあった。
【0004】
さらに、遺伝子治療等においては、目的とする細胞のみに遺伝子を導入することができる遺伝子導入技術が期待されている。特に、神経系疾患の治療には遺伝子治療が有効であると考えられるため、神経細胞に選択的に遺伝子を導入でき、しかも安全性、安定性、持続性及び遺伝子導入効率が高いウイルスベクターの開発が望まれている。
【0005】
ボルナ病ウイルス(Borna disease virus:以下、BDVともいう)は、非分節のマイナス鎖、1本鎖のRNAをゲノムとして持つモノネガウイルス目に属するウイルスであり、神経細胞に感染指向性があるという特徴を有する。さらに、BDVは細胞核で複製するウイルスであるが、その感染は非細胞障害性であり長期に持続感染するという特徴や、感染可能な宿主域が極めて広いという特徴も有する(非特許文献1及び2等)。
【0006】
BDVを利用する外来性遺伝子の細胞への導入技術として、緑色蛍光蛋白質(GFP)の発現カセットをBDVゲノムの5’末端側の非翻訳領域に挿入し、この組換えウイルスを高活性のポリメラーゼと共にラットに感染させると、ラットの神経細胞においてGFP遺伝子が発現したことが報告されている(非特許文献3)。
【0007】
BDVを利用する上記技術によれば、中枢神経系の細胞に選択的に外来性遺伝子を挿入することができると考えられる。しかしながら、上記BDVを用いる技術においては、遺伝子の導入効率が十分高くないため、遺伝子の導入効率をより高くするための改良の余地があった。従って、感染可能な宿主域が広く、安全性及び外来性遺伝子の導入効率が高く、安定性及び持続性が良好であり、しかも中枢神経系に選択的に外来性遺伝子を導入することができるウイルスベクターは、未だ開発されていなかった。
【非特許文献1】蛋白質 核酸 酵素、Vol.52、No.10、p.1168−1174(2007)
【非特許文献2】朝長啓造、「ボルナ病ウイルス感染と中枢神経系疾患」、最新医学・第60巻・第2号(2005年2月号別刷)、79−85頁
【非特許文献3】U. Schneider et al., Journal of Virology (2007) p.7293-7296
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、感染可能な宿主域が広く、外来性遺伝子導入効率が高く、ウイルスゲノムが宿主染色体に挿入されないため安全であり、細胞核で非細胞障害的に外来性遺伝子を発現することができるため細胞内での安定性及び持続性が良好であり、しかも中枢神経系の細胞に選択的に外来性遺伝子を導入することができるウイルスベクター、遺伝子導入用組換えウイルス及び該組換えウイルスを利用する外来性遺伝子の導入方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため、本発明者らはBDVゲノム(RNAウイルスゲノム)における外来性遺伝子の挿入部位について鋭意研究を行った。その結果、BDVゲノムをコードするcDNAの種々の部位に外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスゲノムのcDNAを含むウイルスベクターを作製し、これらを後述するヘルパープラスミド(BDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド(群)、並びに必要に応じてこれらのプラスミド(群)と共に使用されるウイルスのG遺伝子を発現するプラスミド)と共に細胞に導入して組換えウイルスを産生させ、得られた組換えウイルスを細胞に感染させたところ、ウイルスベクターにおいてG遺伝子のORF中に外来性遺伝子を挿入した場合に、細胞において外来性遺伝子が効率よく発現されること、すなわち細胞に外来性遺伝子を非常に効率よく導入することができることを見出した。
【0010】
なお、BDVゲノムには、少なくとも6つの蛋白質、すなわち核蛋白質(N蛋白質)、X蛋白質、リン酸化蛋白質(P蛋白質)、マトリックス蛋白質(M蛋白質)、表面糖蛋白質(G蛋白質)及びRNA依存性RNAポリメラーゼ(L蛋白質)がコードされている(図1)。図1において、N、X、P、M、G及びLは、それぞれの遺伝子のORFを模式的に示している。本明細書中、G蛋白質、M蛋白質、N蛋白質、P蛋白質及びL蛋白質をコードするウイルスRNAを、それぞれG遺伝子、M遺伝子、N遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子という。また、例えば、「G遺伝子のcDNA」とは、G遺伝子をコードするcDNAを意味する。
【0011】
また、(1)上記ウイルスベクターをウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないものとすると該ウイルスベクターが一過性感染型ベクターとなるため、該ウイルスベクターと共に、ヘルパープラスミドとしてBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド(群)、並びにBDV又はBDV以外のウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドを細胞に導入して組換えBDV(遺伝子導入用組換えウイルス)を産生させると、産生される組換えBDVが一過性感染型のウイルスとなる、つまり該組換えBDVを細胞に感染させた際にウイルスの感染を一過性とすることができる(細胞において一過的に外来性遺伝子が発現される)ことや、(2)ウイルスベクターにおいて、組換えウイルスのcDNAの下流にBDV又はBDV以外のウイルスのG遺伝子のcDNAを挿入すると自己複製型(持続感染型)ベクターとすることができるため、該ウイルスベクターと共に、ヘルパープラスミドとしてBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド(群)を細胞に導入して組換えBDVを産生させると、産生される組換えBDVが自己複製型のウイルスとなり、該組換えBDVを細胞に感染させると、感染が持続的なものとなる(細胞において外来性遺伝子が持続的に発現される)ことを見出した。本発明者らは、これらの知見に基づき更に研究を行い、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の項1〜項10に関する。
項1. (a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNA、(b)リボザイムをコードするcDNA及び(c)プロモーター配列を含み、該(a)の上流及び下流に(b)が配置され、かつ(a)及び(b)が(c)の下流に配置されていることを特徴とするウイルスベクター。
項2. (c)プロモーター配列が、RNAポリメラーゼII系のプロモーター配列であることを特徴とする項1に記載のウイルスベクター。
項3. (a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNAの上流に(b)ハンマーヘッドリボザイムをコードするcDNAが配置され、かつ、該(a)の下流に(b)δ型肝炎ウイルスリボザイムをコードするcDNA配列が配置されていることを特徴とする項1又は2に記載のウイルスベクター。
項4. さらに、(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含むことを特徴とする項1〜3のいずれかに記載のウイルスベクター。
項5. (d)ウイルスのG遺伝子のcDNAが、(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNAの下流に配置される(b)リボザイムをコードするcDNAと(a)との間に配置されていることを特徴とする項4に記載のウイルスベクター。
項6. 項1〜5のいずれかに記載のウイルスベクターにコードされるRNA、並びにボルナ病ウイルスのN遺伝子、ボルナ病ウイルスのP遺伝子及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルス。
項7. ウイルスベクターが(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないものであり、遺伝子導入用組換えウイルスが、さらにウイルスのG遺伝子を含むことを特徴とする項6に記載の遺伝子導入用組換えウイルス。
【0013】
項8. 項1〜3に記載のウイルスベクターと共に、ヘルパーププラスミドとしてボルナ病ウイルスのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する下記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)並びにウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドを導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法。
(1)ボルナ病ウイルスのN遺伝子を発現するプラスミド、ボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(2)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(3)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド
(4)ボルナ病ウイルスのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド
項9. 項4又は5に記載のウイルスベクターと共に、ヘルパーププラスミドとしてボルナ病ウイルスのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する下記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)を細胞に導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法。
(1)ボルナ病ウイルスのN遺伝子を発現するプラスミド、ボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(2)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(3)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド
(4)ボルナ病ウイルスのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド
【0014】
項10. 項6若しくは7に記載の遺伝子導入用組換えウイルス、又は項8若しくは9に記載の方法により作製された遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させる工程を含むことを特徴とする外来性遺伝子の導入方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、感染可能な宿主域が広く、外来性遺伝子導入効率が高く、ウイルスゲノムが宿主染色体に挿入されないため安全であり、細胞核で非細胞障害的に外来性遺伝子を発現することができるため宿主細胞内での安定性及び持続性が良好であり、しかも中枢神経系の細胞に選択的に外来性遺伝子を導入することができるウイルスベクター及び遺伝子導入用組換えウイルスを作製することができる。また、本発明によれば、外来性遺伝子を中枢神経系の細胞に効率よく導入することができ、該細胞において外来性遺伝子を持続的又は一過的に発現させることができる。さらに、本発明のウイルスベクターから産生される遺伝子導入用組換えウイルスは、脳神経細胞の核内で持続感染を起こすため、宿主免疫の攻撃を受け難く、排除が起こりにくい。また、本発明の遺伝子導入用組換えウイルスが持つP蛋白質には、宿主免疫の応答経路を阻害するという働きがあり、ウイルス感染細胞では自然免疫の活性化も起こらない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に、本発明を説明する。
1.ウイルスベクター
本発明のウイルスベクターは、(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNA、(b)リボザイムをコードするcDNA及び(c)プロモーター配列を含み、該(a)の上流及び下流に(b)が配置され、かつ(a)及び(b)が(c)の下流に配置されているものである。以下、「(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNA」を、単に「(a)組換えBDVゲノムのcDNA」という。
本発明のウイルスベクターは、本発明の効果を奏する限り、上記(a)、(b)及び(c)以外の配列を含んでもよい。
【0017】
(a)組換えBDVゲノムのcDNA
本発明における(a)組換えBDVゲノムのcDNAは、BDVゲノム(RNAウイルスゲノム)をコードするcDNAにおいて、BDVのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子が挿入されたものである。
【0018】
本発明におけるBDVゲノムは、Bornaviridae(ボルナウイルス科)に属するウイルス又はその変異株の遺伝子であればよい。ボルナウイルス科に属するウイルスとしては、例えば、He80、H1766、Strain V、huP2br等の菌株が挙げられる。変異株としては、例えば、No/98、Bo/04w、HOT6等が挙げられる。これらのゲノム配列は、例えば、以下から入手可能である。
He80;GenBank Accession# L27077, Cubitt,B., Oldstone,C. and de la Torre,J.C. Sequence and genome organization of Borna disease virus. J. Virol. 68 (3), 1382-1396 (1994).
H1766;GenBank Accession# AJ311523, Pleschka,S., Staeheli,P., Kolodziejek,J., Richt,J.A., Nowotny,N. and Schwemmle,M. Conservation of coding potential and terminal sequences in four different isolates of Borna disease virus. J. Gen. Virol. 82 (PT 11), 2681-2690 (2001).
Strain V;GenBank Accession# U04608, Briese,T., Schneemann,A., Lewis,A.J.,
Park,Y.S., Kim,S., Ludwig,H. and Lipkin,W.I. Genomic organization of Borna disease virus. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 91 (10), 4362-4366 (1994).
huP2br;GenBank Accession# AB258389, Nakamura, Y., Takahashi, H., Shoya, Y., Nakaya, T., Watanabe, M., Tomonaga, K., Iwahashi, K., Ameno, K., Momiyama, N., Taniyama, H., Sata, T., Kurata, T., de la Torre, J. C., Ikuta, K. Isolation of Borna disease virus from human brain tissue, J. Virol 74 (2000) 4601-4611.
No/98;GenBank Accession# AJ311524, Nowotny,N. and Kolodziejek,J. Isolation and characterization of a new subtype of Borna disease virus. J. Gen. Virol. 74, 5655-5658 (2000).
Bo/04w;GenBank Accession# AB246670, Watanabe,Y., Ibrahim,M.S., Hagiwara,K., Okamoto,M., Kamitani,W., Yanai,H., Ohtaki,N., Hayashi,Y., Taniyama,H., Ikuta,K. and Tomonaga,K. Characterization of a Borna disease virus field isolate which shows efficient viral propagation and transmissibility. Microbes and Infection 9 (2007) 417-427.
【0019】
また、BDVとしての機能が保持されている限り、これらのゲノム配列の一部が他の塩基と置換、削除又は新たに塩基が挿入されていてもよく、さらには塩基配列の一部が転位されていてもよい。これら誘導体のいずれも本発明に用いることができる。上記一部とは、例えばアミノ酸残基換算で、1乃至数個(1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個)であってよい。
【0020】
BDVゲノムをコードするcDNAは、当該ウイルスゲノム情報に基づいて調製することができる。例えば、RNAゲノムから、配列逆転酵素を使用してcDNAを調製することができる。また、RNAゲノムの配列に基づき、DNA合成機を用いて化学合成することができる。
【0021】
(a)組換えBDVゲノムのcDNAにおいては、任意の外来性遺伝子がBDVのG遺伝子の翻訳領域(ORF)に挿入されている。これにより、本発明のウイルスベクターを細胞に導入又は該ウイルスベクターから産生される組換えBDVを細胞に感染させた際に、任意の外来性遺伝子が効率よく細胞に導入される。すなわち、外来性遺伝子が細胞内において効率よく発現されることになる。G遺伝子のORFにおける外来性遺伝子の挿入部位としては、G遺伝子内のスプライスドナーとスプライスアクセプターの間(BDVゲノムの塩基の番号で2410から3703)が好ましく、G遺伝子のORFと置換するように任意の外来性遺伝子が挿入されていることがより好ましい。
【0022】
(a)組換えBDVゲノムのcDNAにおいては、任意の外来遺伝子のcDNAの3’末端とG遺伝子のスプライスドナーサイトとの間に、さらにコンセンサス配列が配置されていることが好ましい。これにより、外来性遺伝子の発現効率がより高くなる。コンセンサス配列は、細胞や導入する外来性遺伝子に応じて適宜決定すればよい。
【0023】
本発明における外来性遺伝子の種類や長さは特に限定されず、目的に応じて所望の遺伝子を用いることができる。例えば、蛋白質又はペプチドをコードする遺伝子のcDNA、siRNA、short hairpin RNA (shRNA)、microRNA (miRNA)をコードするcDNA、RNAアプタマーをコードするcDNA等を用いることができる。
【0024】
(b)リボザイムをコードするcDNA
リボザイムとしては、(a)組換えウイルスのcDNAから転写された任意の外来性遺伝子を切断することができる配列のものであればよい。(b)としては、例えば、ハンマーヘッドリボザイム(HamRz)、δ型肝炎ウイルスリボザイム(HDVRz)、ヘアピンリボザイム、人工リボザイム等のリボザイムをコードする配列が挙げられる。また、リボザイム活性を有する限り、上記リボザイムの改変型リボザイムをコードするcDNAも使用することができる。改変型リボザイムとしては、共通配列を有し、1〜数個(数個とは、例えば、10個、好ましくは5個、より好ましくは3個、さらに好ましくは2個である)の塩基が置換、欠損又は付加された塩基配列からなり、かつリボザイムとして機能するポリヌクレオチド等が挙げられる。中でも、本発明におけるリボザイムとしては、ハンマーヘッドリボザイム(HamRz)、δ型肝炎ウイルスリボザイム(HDVRz)が好ましい。また、(a)組換えBDVのcDNAの上流、すなわち3’末端側に(b)HamRzをコードするcDNAが配置され、かつ、該(a)の下流、すなわち5’末端側に(b)HDVRzをコードするcDNA配列が配置されていることが特に好ましい。これにより、細胞における外来性遺伝子の発現効率が向上する。
【0025】
HamRzの塩基配列は、Yanai et al., Microbes and Infections 8 (2006) 1522-1529、Mercier et al., J. Virol. 76 (2002) 2024-2027及びInoue et al., J. Virol. Methods 107 (2003) 229-236等に記載されている。
HDVRzの塩基配列は、Ferre-D'Amare,A.R., Zhou,K. and Doudna,J.A. Crystal structure of a hepatitis delta virus ribozyme. Nature 395 (6702), 567-574 (1998)
等に記載されている。本発明においては、これらの文献に記載されているHamRzの塩基配列をコードするcDNAを用いることができる。本発明における特に好ましいHamRz及びHDVRzの塩基配列を、以下に示す。
HamRz:
5’-UUGUAGCCGUCUGAUGAGUCCGUGAGGACGAAACUAUAGGAAAGGAAUUCCUAUAGUCAGCGCUACAACAAA-3’(配列番号2)
HDVRz:
5’-GGCCGGCAUGGUCCCAGCCUCCUCGCUGGCGCCGGCUGGGCAACACCAUUGCACUCCGGUGGCGAAUGGGAC-3’
(配列番号3)
【0026】
(c)プロモーター配列
本発明における(c)プロモーター配列としては、RNAポリメラーゼII系のプロモーター配列、RNAポリメラーゼI系プロモーター配列、T7ポリメラーゼ系プロモーター配列が挙げられるが、中でもRNAポリメラーゼII系のプロモーター配列が好ましい。RNAポリメラーゼII系のプロモーターとしては、CMVプロモーター、CAGGSプロモーターが挙げられる。中でも、CAGGSプロモーターが特に好ましい。このようなプロモーター配列は、例えば、J.A. Sawicki, R.J. Morris, B. Monks, K. Sakai, J. Miyazaki, A composite CMV-IE enhancer/b-actin promoter is ubiquitously expressed in mouse cutaneous epithelium, Exp. Cell Res. 244 (1998) 367-369に記載されている。
【0027】
(d)ウイルスのG遺伝子のcDNA
本発明のウイルスベクターは、さらに、(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含むことができる。これにより、ウイルスベクターから産生される遺伝子導入用組換えウイルスを自己複製型(持続感染型)のウイルスとすることができる。自己複製型とは、ウイルスベクターのゲノム内に完全長のウイルスG遺伝子のcDNAを含むことにより、後述するヘルパープラスミドによるG遺伝子の導入がない場合においても、ウイルスベクターから産生された遺伝子導入用組換えウイルスが伝播能力を有する完全なウイルス粒子として発現され、自ら感染を広げることができるタイプとなることを言う。ウイルスベクターから産生される遺伝子導入用組換えウイルスを一過性感染型のウイルスとする場合には、ウイルスベクター中に(d)を配置しないことが好ましい。本発明のウイルスベクターが(d)を含む場合には、図3に示すように(d)は、(a)の下流に配置される(b)と(a)との間に配置されていることが好ましい。
【0028】
本発明におけるウイルスのG遺伝子としては、エンベロープウイルスのG蛋白質として機能する蛋白質をコードする遺伝子であればよく、例えば、BDVのG遺伝子、BDV以外のウイルスのG遺伝子が挙げられる。BDV以外のウイルスのG遺伝子としては、ラブドウイルス科ヴェシキュロウイルス属(Vesicular Stomatitis Virus:VSV)ウイルスのG遺伝子が好適である。
【0029】
BDVのG遺伝子は、例えば、Cubitt,B., Oldstone,C. and de la Torre,J.C. Sequence and genome organization of Borna disease virus. J. Virol. 68 (3), 1382-1396 (1994)に記載されている。このBDVのG遺伝子のcDNAの塩基配列を、配列番号4に示す。ラブドウイルス科ヴェシキュロウイルス属(VSV)ウイルスのG遺伝子は、例えば、Rose,J.K., Welch,W.J., Sefton,B.M., Esch,F.S. and Ling,N.C. Vesicular stomatitis virus glycoprotein is anchored in the viral membrane by a hydrophobic domain near the COOH terminus., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 77 (7), 3884-3888 (1980)に記載されている。このVSVのG遺伝子のcDNAの塩基配列を、配列番号5に示す。本発明におけるG遺伝子のcDNAとしては、上記の配列に従って合成した遺伝子を使用することもできる。さらに、G遺伝子(RNA)から、配列逆転酵素を使用してcDNAを調製することもできる。また、G遺伝子は、ウイルスのG蛋白質間で保存されているアミノ酸配列をもとにハイブリダイゼーション、PCR法により断片を取得することが可能である。さらに他の既知のG遺伝子の配列を基に設計したミックスプライマーを用い、ディジェネレートRT−PCRによって断片を取得することが可能である。取得した断片は通常の手法により塩基配列を決定することができる。
【0030】
また、ウイルスのG遺伝子は、該遺伝子にコードされる蛋白質がG蛋白質の機能を保持している限り、塩基配列の一部が他の塩基と置換、削除又は新たに塩基が挿入されていてもよく、さらには塩基配列の一部が転位されていてもよい。これら誘導体のいずれも本発明に用いることができる。上記一部とは、例えばアミノ酸残基換算で、1乃至数個(1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個)であってよい。このようなG遺伝子として、例えば、BDV又はVSVのG遺伝子と少なくとも約90%、好ましくは約95%以上、より好ましくは約98%以上の配列相同性を有し、かつエンベロープウイルスのG蛋白質の機能を有するポリペプチドをコードするRNAが挙げられる。
【0031】
本発明におけるウイルスベクターの構造の一例を、図2及び3に模式的に示す。図2のウイルスベクターは、(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まない一過性感染型ウイルスベクターである。図2においては、(a)組換えBDVゲノムのcDNAの上流に(b)HamRzをコードするcDNAが配置され、かつ、(a)組換えBDVゲノムのcDNAの下流に(b)HDVRzをコードするcDNA配列が配置されている。また、(a)及び(b)が(c)RNAポリメラーゼII系のプロモーターの下流に配置されている。
【0032】
図3のウイルスベクターは、(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含む自己複製型ウイルスベクターである。図3のウイルスベクターにおいては、(a)組換えBDVゲノムのcDNAの5’末端と(b)HDVRzをコードするcDNA配列との間に(d)が配置されている。
【0033】
(e)その他の塩基配列
本発明のウイルスベクターは、SV40ウイルス複製開始点/プロモーター領域配列の1部又は全部の配列を含むことができる。また、ウイルスベクターがSV40ウイルス複製開始点/プロモーター領域配列の1部又は全部の配列を含む場合には、該配列は(a)、(b)及び(d)の下流に配置されていることが好ましい。SV40ウイルスDNAの複製開始点/プロモーター領域配列の一部としては、SV40複製開始点/プロモーター領域内の5’側の113塩基からなる断片が好適である。
SV40ウイルス複製開始点/プロモーター領域配列(配列番号6)は、例えば、D.A. Dean, B.S. Dean, S. Muller, L.C. Smith, Sequence requirements for plasmid nuclear import, Exp. Cell. Res. 253 (1999) 713-722等に記載されている。
【0034】
本発明のウイルスベクターは、本発明の効果を奏する限り、さらに、蛋白質の発現に有利である1又は複数の因子、例えば、エンハンサー、アクティベーター(例えばトランス作用因子)、シャペロン、プロセッシングプロテアーゼをコードする1又は複数の核酸配列も含み得る。また、本発明のウイルスベクターは、選択された細胞内で機能的であるいずれかの因子を有していてもよい。
【0035】
本発明のウイルスベクターは、線状DNAであっても環状DNAであってもよいが、細胞に導入する際には環状であることが好ましい。環状のウイルスベクターとしては、例えば、本発明のウイルスベクターの必須の配列である上記(a)、(b)及び(c)のcDNA、並びに必要に応じて含まれる上記(d)のcDNA及び/又は(e)のDNAが、上述した所定の順番で、好ましくは図2又は3に示す形態で、市販のプラスミドベクター中に配置されているもの等が挙げられる。市販のプラスミドベクターとしては、ウイルスベクターを導入する細胞内で自己複製可能なものであればよく、例えば、pBluescript SKII(-)、pCAGGS、pCXN2、pCDNA3.1等が挙げられる。
【0036】
2.ウイルスベクターの作製方法
本発明のウイルスベクターの作製方法としては特に限定されず、自体公知の遺伝子工学的手法を用いればよい。例えば、Yanai et al., Microbes and Infection 8 (2006), 1522-1529の“Materials and methods”の2.2 Plasmid constructionに記載されている方法において、CAT遺伝子をBDVのゲノム配列に置き換え、さらにG遺伝子領域を目的とする外来性遺伝子に置き換えることによって、環状のウイルスベクター(一過性感染型)を作製することができる。また、この一過性感染型のウイルスベクターにおいて、L遺伝子をコードしている領域の下流にBDV又はVSVのG遺伝子をコードするcDNAを制限酵素を用いて挿入することにより、自己複製型(持続感染型)のウイルスベクターを作製することができる。
ウイルスベクターが線状の場合には、上記環状のウイルスベクターを、(a)組換えBDVゲノムのcDNA領域、(c)プロモーター配列の領域、及びその他蛋白質発現に必要なシグナル配列領域以外の領域で1箇所切断する制限酵素を該ベクターの種類にあわせて適宜選択し、該制限酵素により環状のウイルスベクターを切断することにより線状のウイルスベクターを作製することができる。
【0037】
本発明のウイルスベクターに含まれる外来性遺伝子を目的細胞に導入する方法としては、該ウイルスベクターを後述するヘルパープラスミドと共に目的細胞に導入する方法、該ウイルスベクターから産生される組換えウイルスを目的細胞に感染させる方法があるが、ウイルスベクターから産生される組換えウイルスを用いる方法が好ましい。本発明のウイルスベクターから産生される組換えウイルスは、野生型BDVゲノムの代わりに上記ウイルスベクターにコードされるRNAを有する組換え型BDVである。
【0038】
3.遺伝子導入用組換えウイルス
上記ウイルスベクターにコードされるRNA、並びにBDVのN遺伝子、BDVのP遺伝子及びBDVのL遺伝子を含む遺伝子導入用組換えウイルスも、本発明の1つである。本発明の遺伝子導入用組換えウイルスは、ウイルスベクターが(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないものである場合には、さらにウイルスのG遺伝子を含むことが好ましい。
【0039】
上記(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含むウイルスベクターにコードされるRNA、並びにBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を含む遺伝子導入用組換えウイルスは、自己複製型(持続感染型)の遺伝子導入用組換えウイルスである。
(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないウイルスベクターにコードされるRNA、ウイルスのG遺伝子、並びにBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を含む遺伝子導入用組換えウイルスは、一過性感染型の遺伝子導入用組換えウイルスである。
【0040】
本発明の遺伝子導入用組換えウイルスは、例えば、上記ウイルスベクターと共に、ヘルパーププラスミドとしてBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する下記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)並びにウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドを導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含む方法により作製することができる。
(1)BDVのN遺伝子を発現するプラスミド、BDVのP遺伝子を発現するプラスミド及びBDVのL遺伝子を発現するプラスミド
(2)BDVのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド、並びにBDVのL遺伝子を発現するプラスミド
(3)BDVのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド、並びにBDVのP遺伝子を発現するプラスミド
(4)BDVのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド
【0041】
このような遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法も、本発明の1つである。上記方法において、ウイルスベクターとして(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないものを用いると、得られる遺伝子導入用組換えウイルスを一過性感染型のものとすることができる。
【0042】
持続感染型の遺伝子導入用組換えウイルスは、例えば、上記のウイルスベクターと共に、ヘルパープラスミドとしてボルナ病ウイルスのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する上記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)を細胞に導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含む方法により作製することができる。このような遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法も、本発明の1つである。
【0043】
ヘルパープラスミドは、BDVゲノム複製に必要なウイルス蛋白質を提供するものであり、ウイルスベクターと共にヘルパープラスミドを細胞に導入することにより、感染性のある遺伝子導入用組換えウイルスを産生することができる。ヘルパープラスミドにおけるBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する上記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)としては、(1)〜(3)のいずれかのプラスミド群が好ましい。また、本発明の遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法に用いられるウイルスベクター及びウイルスのG遺伝子、並びにこれらの好ましい態様としては、上述したのと同様である。
【0044】
本発明におけるヘルパープラスミドは、上記ウイルスベクターと共に細胞に導入された際に、該細胞内でBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子(並びにウイルスのG遺伝子)を発現することができるものであればよい。例えば、BDVのN遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのN遺伝子のcDNAが配置されたプラスミドが好ましい。BDVのP遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのP遺伝子のcDNAが配置されたプラスミドが好ましい。BDVのL遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのL遺伝子のcDNAが配置されたプラスミドを用いることが好ましい。
【0045】
BDVのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのN遺伝子のcDNA及びP遺伝子のcDNAがこの順番で配置されたプラスミドが好ましい。BDVのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのN遺伝子のcDNA及びP遺伝子のcDNAがこの順番で配置されたプラスミドが好ましい。BDVのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にBDVのN遺伝子のcDNA、L遺伝子のcDNA及びP遺伝子のcDNAがこの順番で配置されたプラスミドが好ましい。
ウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドとしては、プロモーター配列の下流にウイルスのG遺伝子をコードするcDNAが配置されているプラスミドが好ましい。
【0046】
BDVのN遺伝子のcDNA、P遺伝子のcDNA及びL遺伝子のcDNAは、BDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子の配列報に基づいて調製することができる。例えば、RNAから、配列逆転酵素を使用してcDNAを調製することができる。また、RNAの配列に基づき、DNA合成機を用いて化学合成することができる。
【0047】
BDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子としては、例えば、上述したCubitt,B., Oldstone,C. and de la Torre,J.C. Sequence and genome organization of Borna disease virus. J. Virol. 68 (3), 1382-1396 (1994)に記載されている配列の遺伝子を用いることができる。また、これらの遺伝子として、上記の配列に従って合成したRNAを使用することもできる。さらに、BDVのN、P又はL蛋白質間で保存されているアミノ酸配列をもとにハイブリダイゼーション、PCR法により断片を取得することが可能である。さらに他の既知のBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子の配列を基に設計したミックスプライマーを用い、ディジェネレートRT−PCRによって断片を取得することが可能である。取得した断片は通常の手法により塩基配列を決定することができる。さらに、本発明におけるBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子は、該遺伝子にコードされる蛋白質がそれぞれBDVのN蛋白質、P蛋白質及びL蛋白質の機能を保持している限り、塩基配列の一部が他の塩基と置換、削除又は新たに塩基が挿入されていてもよく、さらには塩基配列の一部が転位されていてもよい。これら誘導体のいずれも本発明に用いることができる。上記一部とは、例えばアミノ酸残基換算で、1乃至数個(1〜5個、好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1〜2個)であってよい。
【0048】
このようなN遺伝子として、例えば、BDVのN遺伝子と少なくとも約90%、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の配列相同性を有し、かつN蛋白質の機能を有するポリペプチドをコードするRNAも、本発明におけるBDVのN遺伝子として使用できる。また、BDVのP遺伝子と少なくとも約90%、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の配列相同性を有し、かつP蛋白質の機能を有するポリペプチドをコードするRNAも、本発明におけるBDVのP遺伝子として使用できる。BDVのL遺伝子と少なくとも約90%、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の配列相同性を有し、かつL蛋白質の機能を有するポリペプチドをコードするRNAも、本発明におけるBDVのL遺伝子として使用できる。
【0049】
ヘルパープラスミドは、細胞に導入する際には線状であっても問題はないが、環状であることが好ましい。環状のヘルパープラスミドは、例えば、本発明におけるヘルパープラスミドの必須の配列であるプロモーター配列及び蛋白質のcDNAが配置された形態で、蛋白質の発現に有利である1又は複数の因子、例えば、エンハンサー、アクティベーター(例えばトランス作用因子)、シャペロン、プロセッシングプロテアーゼをコードする1又は複数の核酸配列も含み得る。また、選択された細胞内で機能的であるいずれかの因子を有していてもよい。ヘルパープラスミドは、該ヘルパープラスミドを導入する細胞内で自己複製可能な市販のプラスミドベクターを使用して構築するのが好ましく、市販のプラスミドベクターとしては、例えば、pCAGGS、pCXN2、pCDNA3.1等が挙げられる。ヘルパープラスミドにおけるプロモーター配列は、RNAポリメラーゼII系のプロモーターが好ましい。
【0050】
これらのヘルパープラスミドは、自体公知の遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、BDVのN遺伝子を発現するプラスミド、BDVのP遺伝子を発現するプラスミド及びBDVのL遺伝子を発現するプラスミドは、Yanai et al., Microbes and Infection 8 (2006), 1522-1529の“Materials and methods”の2.2 Plasmid constructionに記載されている方法により作製することができる。ウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドは、例えば、Gonzalez-Dunia et al., Journal of Virology 71 (1997), 3208-3218の“Materials and methods”のConstruction of expression vectors and recombinant vaccinia viruses.に記載されている方法により作製することができる。ただし作製したG遺伝子を発現するプラスミドに挿入されているG遺伝子のcDNA配列には、G遺伝子の発現効率を上昇させるために、G遺伝子内のスプライシングサイト(塩基番号2410と3703)に任意の点変異を導入することが可能である。
【0051】
BDVのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミドは、例えば、BDVのN遺伝子を発現するプラスミドのN遺伝子のcDNAの下流のユニークな制限酵素配列領域から、N遺伝子のcDNAやプロモーターなどのシグナル配列を切断しない制限酵素を適宜選択し、その制限酵素サイトにBDVのP遺伝子のcDNAを挿入することで作製することができる。BDVのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミドは、例えば、BDVのN遺伝子を発現するプラスミドのN遺伝子のcDNAの下流のユニークな制限酵素配列領域から、N遺伝子のcDNAやプロモーターなどのシグナル配列を切断しない制限酵素を適宜選択し、その制限酵素サイトにBDVのL遺伝子のcDNAを挿入することで作製することができる。ただし、N遺伝子のcDNA領域とL遺伝子又はP遺伝子のcDNAが挿入された領域との間の領域にL遺伝子又はP遺伝子の発現を促進するようなプロモーター配列や配列内部リボソーム進入部位などの配列を挿入することも可能である。
【0052】
上記のウイルスベクターを細胞に導入する際は、例えば、該ウイルスベクターを含むベクター組成物を用いることができる。ベクター組成物は、ウイルスベクター以外にヘルパープラスミドを含んでいてもよい。ベクター組成物は、ウイルスベクター及びヘルパープラスミド以外にも、導入方法及び導入対象等に応じて、その他の成分、例えば、適当な緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、細胞培養標準液等を含んでいてもよい。
【0053】
ベクター組成物中の上記ウイルスベクターの含有量としては、感染方法及び感染対象等に応じて適宜選択すればよいが、例えば、DNA濃度として約0.25〜2.0μg/μLのウイルスベクターを含むことが好ましい。
【0054】
ベクター組成物中の上記(1)〜(4)のいずれかに含まれる各ヘルパープラスミドの含有量としては、上記ウイルスベクター1μgに対して約0.0125〜0.125μgとすることが好ましい。
【0055】
一過性感染型の組換えウイルスを作製する際には、ベクター組成物中のウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドの含有量を、上記ウイルスベクター1μgに対して約0.01〜0.5μgとすることが好ましく、約0.025〜0.5μgとすることが最も好ましい。
【0056】
上記ウイルスベクター及びヘルパープラスミドを細胞に導入する方法としては特に限定されず、例えば、市販のトランスフェクション試薬を用いる自体公知の方法を採用することができる。市販のトランスフェクション試薬としては、例えば、FuGENE 6 transfection reagent (Roche Molecular Diagnostics(登録商標)、Pleasanton、CA)等が挙げられるが特に限定されない。具体的には、例えば、上記量のウイルスベクター及びヘルパープラスミド、並びに緩衝液等を含むベクター組成物に、市販のトランスフェクション試薬を適量加え、これをウイルスベクター1μgに対して通常約10〜10個、好ましくは約10〜10個の細胞に加えることによりウイルスベクター及びヘルパープラスミドを該細胞に導入することができる。なお、ウイルスベクター及びヘルパープラスミドは、同時に細胞に導入してもよく、別々に導入してもよい。別々に導入する際の導入順序は、特に限定されない。
【0057】
ウイルスベクターを導入する細胞としては、ウイルスベクターの導入により本発明における遺伝子導入用組換えウイルスを産生することができる哺乳類の細胞であればよいが、例えば、ヒト腎臓由来の293細胞、BHK細胞が挙げられる。
【0058】
次いで、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して遺伝子導入用組換えウイルスを産生させる。遺伝子導入用組換えウイルスを産生させるための培地、培養温度及び培養時間等の培養条件は、細胞の種類により適宜設定すればよい。培養温度は、293細胞又はBHK細胞を用いる場合は、通常約36〜37℃とする。培地は、ダルベッコ変法イーグル培地を用いることが好ましい。培養時間は、通常約24〜96時間、好ましくは約36〜48時間とする。
【0059】
上記培養により、ウイルスベクターを導入した細胞においてウイルスベクターにコードされるRNA、並びにBDVのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を含む、又は、これらと共にウイルスのG遺伝子を含む遺伝子導入用組換えウイルスが産生される。ウイルスベクターを導入した細胞において遺伝子導入用組換えウイルスが産生されたことは、例えば、細胞を培養した培地の上澄みを遠心分離などにより回収し、該上澄みを用いてBDVが感染性を有する細胞、例えば、サル腎由来Vero細胞、ラットグリア由来C6細胞、ヒトグリア由来OL細胞などに感染をさせることで確認される。遺伝子導入用組換えウイルスが産生されたことの確認は、後述する遺伝子導入用組換えウイルスを産生した細胞を増殖速度が速い細胞と混合培養する工程を行なった後行ってもよい。
例えば、一過性感染型の組換えウイルスであることは、感染した細胞内での外来性遺伝子(例えばGFPなど)の発現を定量解析することで確認できる。産生されたウイルスが持続性感染型であることは、感染した細胞内での外来性遺伝子(例えばGFPなど)の発現を定量解析すると共に、その培養上清中に次の世代の組換えウイルスの粒子が産生されることを調べることにより確認される。培養上清中に次の世代の組換えウイルスの粒子が産生されることは、例えば、その上清を遠心分離などにより回収し、これをさらに他の細胞へ感染させ、該細胞において組換えウイルスに由来する外来性遺伝子が発現することを調べることで確認できる。
【0060】
本発明の作製方法においては、上記のように細胞にウイルスベクター等を導入して遺伝子導入用組換えウイルスを産生させた後、効率よく遺伝子導入用組換えウイルスを増殖させるために、該遺伝子導入用組換えウイルスを産生した細胞(例えば、293細胞、BHK細胞)を増殖速度が速い細胞と混合培養する工程を行なうことが好ましい。遺伝子導入用組換えウイルスを産生した細胞を増殖速度が速い細胞と混合培養することにより、感染性を持つ遺伝子導入用組換えウイルスは増殖速度が速い細胞に感染する。該増殖速度が速い細胞を培養すると、細胞の増殖と共に感染したウイルスも増殖するため、遺伝子導入用組換えウイルスを効率よく増殖させることができる。増殖速度が速い細胞としては、例えば、Vero細胞等が好適である。遺伝子導入用組換えウイルスを産生した細胞と、増殖速度の速い細胞との混合比率としては、例えば、遺伝子導入用組換えウイルスを産生した細胞1個に対して増殖速度の速い細胞を0.5〜10個程度、好ましくは1〜5個程度とする。混合培養後、増殖速度が速い細胞を培養させる条件としては特に限定されず、例えば、Vero細胞を用いる場合には、培養温度を約36〜37℃とし、ダルベッコ変法イーグル培地で3日〜5週間程度、好ましくは3日〜3週間程度培養を行なう。
【0061】
本発明の作製方法においては、細胞に遺伝子導入用組換えウイルスを産生(及び増殖)させた後、該遺伝子導入用組換えウイルスを精製する工程を行う。精製方法としては特に限定されず、自体公知の方法によって行うことができ、遺伝子導入用組換えウイルスの感染対象に応じて精製方法を適宜選択すればよい。
【0062】
例えば、遺伝子導入用組換えウイルスを培養細胞に感染させる場合には、上記のように遺伝子導入用組換えウイルスを産生(及び増殖)させた後、該遺伝子導入用組換えウイルスを産生させた培養細胞上清を回収し、細胞を破砕する。細胞の破砕は、例えば、凍結及び融解、又は超音波破砕機を用いて行うことができる。次いで、細胞破砕液から細胞の破砕成分を取り除く。細胞破砕液から細胞の破砕成分を取り除く方法としては、遠心分離(例えば、4℃、800gで10分間程度)等が挙げられる。細胞の破砕成分を取り除いた後に、0.22又は0.45μmのポアサイズを有する濾過膜を通すことにより遺伝子導入用組換えウイルスを含む上澄みを得ることができる。培養細胞に遺伝子導入用組換えウイルスを感染させる際は、この上澄みを用いることができる。
生体細胞に遺伝子導入用組換えウイルスを感染させる場合には、この遺伝子導入用組換えウイルスを含む上清を、超遠心機を用いて濃度勾配による超遠心を行なうことによりウイルス粒子へと高度の精製を行うことが好ましい。精製を行ったウイルス粒子を、例えばリン酸緩衝生理食塩水に浮遊させ、希釈を行った後に適量を動物へ感染させる。
【0063】
4.外来性遺伝子の導入方法
上記遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させることにより、該ウイルスに組み込まれた外来性遺伝子を細胞や生体に導入することができる。このような、遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させる工程を含む外来性遺伝子の導入方法も本発明の1つである。
【0064】
ウイルスベクターを感染させる細胞としては特に限定されず、例えば、哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類等の細胞が挙げられる。中でも、ヒト、サル、ウマ、イヌ、ネコ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラット、ネズミ等の哺乳類の細胞が好ましく、ラット、マウス又はヒトがより好ましく、マウス又はヒトがさらに好ましい。また、BDVは神経細胞に感染指向性があることから、哺乳類の神経細胞が特に好ましい。中でも、ラット、マウス又はヒトの神経細胞が好ましい。細胞は、培養細胞であってもよく、生体細胞であってもよい。
【0065】
遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させる方法としては、例えば、培養細胞に感染させる場合には、上記精製方法により得られた遺伝子導入用組換えウイルスを含む上清をダルベッコ変法イーグル等の培養培地又はリン酸緩衝生理食塩水等により段階希釈して希釈液を作製する。希釈液中の遺伝子導入用組換えウイルスの濃度としては、ウイルスを感染させる細胞の種類等により適宜選択すればよいが、例えば、哺乳類の神経細胞であればMOI(multiplicity of infection、感染価)約0.01〜10(細胞1個に対してウイルス粒子0.01から10個が感染する量)、好ましくはMOI約1〜10となるようにする。この希釈液を用いて、遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させる。
【0066】
遺伝子導入用組換えウイルスを生体細胞に感染させる際には、上記のように高度に精製されたウイルス粒子を、例えばリン酸緩衝生理食塩水に浮遊させ、該リン酸緩衝生理食塩水により希釈を行った後に適量を動物へ感染させる。希釈液中の遺伝子導入用組換えウイルスの濃度は、感染対象により適宜選択すればよい。例えば、感染対象が哺乳類の神経細胞であれば、遺伝子導入用組換えウイルスを含む希釈液のウイルス力価(focus-forming unit (FFU))を約10-1〜10FFUとして個体に接種することが好ましい。また、遺伝子導入用組換えウイルスを含む希釈液は、マウス又はラットに摂取する際には、ウイルス力価通を常約10-1〜10FFUとすることが好ましく、ヒトに摂取する際には、ウイルス力価を通常約10〜10FFUとすることが好ましい。
【0067】
遺伝子導入用組換えウイルスを感染させる方法としては、例えば、哺乳類の神経細胞に感染させる場合には、上記遺伝子導入用組換えウイルスを含む希釈液を哺乳類の鼻腔に接種する方法が好適である。また、マウスやラット等の動物実験の神経細胞に感染させる場合には、動物の脳内に遺伝子導入用組換えウイルスを含む希釈液を直接接種することもできる。
遺伝子導入用組換えウイルスの接種量としては、上記濃度の遺伝子導入用組換えウイルスを含む希釈液を、鼻腔内接種では1回につき約10〜100μL、脳内接種では1回につき約5〜50μL接種する。
【0068】
5.ウイルスベクターの利用
本発明のウイルスベクター、遺伝子導入用組換えウイルス及び外来性遺伝子の導入方法は、宿主染色体に影響を及ぼさない遺伝子導入技術として種々の分野に応用することができるものである。
例えば、本発明の遺伝子導入用組換えウイルスは、中枢神経系疾患治療のための遺伝子デリバリーベクターとして使用することができる。中枢神経系疾患としては、例えば、アルツハイマー病、パーキンソン病、多発性硬化症、統合失調症、自閉症、その他の機能性精神疾患等が挙げられる。また、脳神経化学領域における神経系細胞の可視化技術に使用することができる。さらに、siRNA、miRNA、RNAアダプマー等の機能性RNAの安定発現ベクター技術に応用することもできる。
【実施例】
【0069】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、これらの実施例は本発明の一例であり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0070】
実施例1
1.プラスミドpCAG−Fctの作製
Yanai et al., Microbes and Infection 8 (2006), 1522-1529に記載されているプラスミドpCAG−HR−SV3を基に、その中に挿入されているクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)遺伝子の領域をボルナ病ウイルスのHe/80株のゲノムの配列(配列番号1)に置き換えたプラスミドを以下のようにして作製した。
【0071】
サイトメガウイルス(CMV)由来のBDVミニゲノムベクター(pCMV−HR)を得るために、ハンマーヘッドリボザイム(HamRz)をコードする化学合成オリゴヌクレオチド(Briese et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 89 (1992) 11486-11489、及びLe Mercier et al., J. Virol., 76 (2002) 2024-2027)及びBDVの5’非翻訳領域(UTR)配列をコードする化学合成オリゴヌクレオチド(Cubitt,B., Oldstone,C. and de la Torre,J.C., Sequence and genome organization of Borna disease virus. J. Virol. 68 (3), 1382-1396 (1994))をアニールし、ベクターpcDNA3(Invitrogen社、San Diego, CA)のKpnI及びXhoIサイトに連結した。得られたプラスミドをEco47III及びXbaIサイトで切断した。このプラスミドに、δ型肝炎ウイルスリボザイム(HdRz)と融合させたBDVの3’UTRと、BDV He/80株のゲノムをコードするcDNAクローンを挿入してプラスミドpc−HRを得た。なお、HdRzと融合させたBDVの3’UTRは、プラスミドphuPol I−MG(Perez et al., J. Gen. Virol. 84 (2003) 3099-3104)から増幅した。最後に、pc−HRのBglII及びXbaI断片をpBluescript SKII(-)(Stratagene, La Jolla, CA)のBamHI及びXbaIサイトに挿入することによって、pCMV−HRを作製した。
【0072】
CAG(Chicken β-actin promoterとCMV enhancerとの複合体)由来のBDVミニゲノムベクターpCAG−HRは、CAGプロモーターをpBluescript SKII(-)(Stratagene, La Jolla, CA)にサブクローニングすることによって得た(pBS−CAG)。CAGプロモーターは、サイトメガロウイルスIEエンハンサーにニワトリβ−アクチンプロモーターが融合してなるハイブリッドプロモーターであり、Sawichi et al., Exp. Cell Res. 244 (1998) 367-369に記載されている。pCMV−HRのHamRzとHdRzの配列にまたがる領域をPCRによって増幅し、pBS−CAGのSalI及びEcoRIサイトの平滑末端に挿入した。
【0073】
次に、SV40開始点/プロモーター内の5’側の113塩基からなる断片(SV3領域)を、PCR(Clontech Laboratory, Inc., Palo Alto, CA)によってpEGFP−N1(Clontech社製)から増幅し、pCAG−HRのNotIサイトに挿入した。これにより、プラスミドpCAG−Fctを得た。
【0074】
2.G遺伝子欠損−GFP挿入BDVゲノムプラスミド(pCAG−Fct−ΔG−GFP)の作製
pCAG−Fct−ΔG−GFPの作製手順を、図4に模式的に示した。
A)pCAG−Fct(ボルナウイルスのHe80株(配列番号1)がクローニングされているプラスミド)を鋳型に、Bst1107IからBsiW Iサイトまでの領域をPCRで増幅した(図4の(1))。その際にG遺伝子内のメチオニンをコードする塩基に変異を導入(2237番目及び2249番目の塩基において、ATG→ACG)することにより、2つのメチオニンに変異を挿入(図4、黒星印)してトレオニンに変換した。
B)A)の(1)をpT7Blue T(Novagen社製)にクローニングした(図4(2))
C)peGFP N1(Clontech社製、図4の(3))を鋳型にGFPコード領域を増幅した。その際にGFP配列の5末端側にBgl II制限酵素配列+tcacc配列を、3末端側にAfl II制限酵素配列を付加した(図4の(4))。
D)B)の(2)にBgl IIとAfl IIとを用いてGFPを挿入した(図4の(5))。
E)Bst1107IとBsiW Iとを用いて、D)の(5)をpF7853(He80のフラグメントがサブクローニングされたプラスミド;図4の(6))に挿入した(図4、p7853-GFP(7)が完成)。
F)Bst1107IとNhe Iとを用いて上記(7)をpCAG−Fctへと組込みpCAG−Fct−ΔG−GFPを完成させた。
なお、GFPを他の遺伝子に代えることにより、GFP以外の発現ベクターの作製も可能である。
【0075】
3.ヘルパープラスミドの作製
ヘルパープラスミド、すなわちBDVのN遺伝子発現プラスミド(pcN)、BDVのP遺伝子発現プラスミド(pCXN2−P)及びBDVのL遺伝子発現プラスミド(pcL)を以下の手順で作製した。
pcNは、pHA−p40Nプラスミド(Kobayashi T, Watanabe M, Kamitani W, Zhang G, Tomonaga K and Ikuta K. Borna disease virus nucleoprotein requires both nuclear localization and export activities for viral nucleocytoplasmic shuttling. J. Virol. 75:3404-3412. (2001)からN遺伝子領域をPCRで増幅し、pBS−CAG(上述)へと挿入することで作製した。
プラスミドpCXN2−Pは、pcD−P(Zhang G, Kobayashi T, Kamitani W, Komoto S, Yamashita M, Baba S, Yanai H, Ikuta K and Tomonaga K. Borna disease virus phosphoprotein represses p53-mediated transcriptional activity by interference with HMGB1. J. Virol. 77:12243-12251. (2003))からゲル抽出した断片をpCXN2(Niwa H, Yamamura K, Miyazaki J 1991 Efficient selection for high-expression transfectants with a novel eukaryotic vector. Gene 108:193-199)のEcoRI及びXhoIサイトに挿入することによって作製した。
pcLについては、Perez et al., J. Gen. Virol. 84 (2003) 3099-3104に記載されている方法で作製した。組換えプラスミドのヌクレオチド配列は、DNAシークエンスによって確認した。
【0076】
4.G遺伝子欠損プラスミドを用いたシュードタイプウイルスの作製
pCAG−Fct−ΔG−GFP及びヘルパープラスミド(N遺伝子発現プラスミド、P遺伝子発現プラスミド及びL遺伝子発現プラスミド;それぞれpcN、pCXN2−P及びpcL)に加えて、Vesicular Stomatitis Virus(VSV)又はボルナウイルスのG蛋白質を発現するプラスミドを、FuGENE 6 transfection reagent (Roche Molecular Diagnostics(登録商標)、Pleasanton、CA)又Lipofectamine(登録商標)2000、Invitrogen)を用いて293T細胞に導入した。導入に使用したウイルスベクター等の量としては、10〜10の細胞(293T細胞)に対して、pCAG−Fct−ΔG−GFPを1〜4μg使用し、pcN(0.125〜0.5μg)、pCXN2−P(0.0125〜0.05μg)、pcL(0.125〜0.5μg)及びG遺伝子発現プラスミド(0.025〜0.1μg)の割合でヘルパープラスミドを加えた。
【0077】
なお、VSVのG蛋白質を発現するプラスミドとして、VSVのIndiana株のG蛋白質を発現するプラスミドを、BDVのG蛋白質を発現するプラスミドとして、BDVのHe80のG蛋白質を発現するプラスミドをそれぞれ用いた。
VSVのIndiana株のG蛋白質を発現するプラスミドの作製方法は、Perez et al., Journal of Virology 75 (2001), 7078-7085.に記載されている。BDVのG蛋白質を発現するプラスミドの作製方法は、Gonzalez-Dunia et al., Journal of Virology 71 (1997), 3208-3218に記載されている。
【0078】
ウイルスベクター及びヘルパープラスミドを導入後、293T細胞を37℃で48時間ダルベッコ変法イーグル培地で培養後に上清を回収して、800gで10分遠心後、0.22から0.45μmのフィルタで濾過してGFPを発現する組換えウイルスを精製した。
【0079】
培養細胞への感染後、48時間以降における細胞間での感染の広がり、並びに感染細胞上清中へのウイルスベクターの放出を、間接免疫蛍光抗体法又はウェスタンブロット法により調べたところ、感染後24時間後には、感染細胞において組換えウイルスの産生が確認されたが、感染後1週間後には組換えウイルスの産生が確認されなくなった。この結果、作製した組換えウイルスは、一過性感染型のウイルスであることが確認された。
【0080】
実施例2
1.自己複製型組換えBDVの作製
pCAG−Fct−ΔG−GFPのL遺伝子をコードしている領域の下流にBDVあるいはVSVのG遺伝子をコードしている配列をBstNI及びPacIを用いて挿入したプラスミド(自己複製型ウイルスベクター)並びにヘルパープラスミド(BDVのN遺伝子発現プラスミド、BDVのP遺伝子発現プラスミド及びBDVのL遺伝子発現プラスミド;それぞれpcN、pCXN2−P及びpcL)に加えて、FuGENE 6 transfection reagent (Roche Molecular Diagnostics(登録商標)、Pleasanton、CA)又Lipofectamine(登録商標)2000、Invitrogen)を用いて、これらのプラスミドを293T細胞に導入した。なお、10〜10の細胞(293T細胞)に対して、自己複製型ウイルスベクターを1〜4μg、pcNを0.125〜0.5μg、pCXN2−Pを0.0125〜0.05μg、及びpcLを0.125〜0.5μgそれぞれ用いた。
【0081】
ウイルスベクター及びヘルパープラスミドを導入後、ダルベッコ変法イーグル培地で37℃で48時間293T細胞を培養後に、導入293T細胞をVero細胞(293T細胞1個に対して約1個)とダルベッコ変法イーグル培地中で37℃で混合培養することで、感染性を持つ自己複製型ウイルスベクターから産生された組換えウイルスをVero細胞へと感染させ、ウイルスベクター粒子を増殖させた。混合培養後、適当な期間(3日から3週間)の後に細胞の回収を行い、細胞を凍結・融解又は超音波破砕機を用いて破砕を行った後に、800gで10分遠心後、0.22〜0.45μmのフィルタで濾過してGFPを発現する自己複製型組換えウイルスを精製した。もしくは、破砕液中に含まれているベクター粒子を超遠心により精製を行い自己複製型組換えウイルスを精製した。
【0082】
自己複製型ウイルスベクターの確認には、培養Vero細胞への感染後、GFPの蛍光を発する細胞数の増加と、細胞中又は培養細胞上清中へのG蛋白質を持ったウイルス粒子の産生とを間接免疫蛍光抗体法又はウェスタンブロット法により確認を行った。その結果、培養Veroにおいて、感染後1週間後においても持続的にウイルス粒子が産生されていることが確認された。
【0083】
実施例3
実施例1で作製した組換えウイルスをラットの脳へ感染させた。
精製された組換えウイルスを、PBS又は培養メディウムで1.0FFUに希釈後、生後24時間以内の新生仔ラットの頭蓋内に、左側頭部より4〜10μL接種した(図5)。接種後、3、6及び10日後に採材を行って、図6(a)に示すように脳を各領域に分割し、個別に組換えウイルスの感染をPCRにてチェックした。PCRは、挿入した遺伝子(GFP)に特異的なプライマーとBDVのM遺伝子に特異的なプライマーとを用いた(図6(b))。これらのプライマーの配列を以下に示す。
BDVのM遺伝子に特異的なFowardプライマーの配列;
5-CGCAATTAAcGCAGCTTTCAAcGTCTTCTCTT-3 (配列番号7)
GFPに特異的なReverseプライマー配列;
5-ggggcttaagTTACTTGTACAGCTCGTCCATGCCG-3 (配列番号8)
【0084】
PCR産物を1%のアガロース電気泳動法で確認した。この結果、左脳中部にウイルスを接種後10日後のラットにおいて、接種部位に加えて、右側小脳部位でも組換えウイルスが検出された(図7の右脳3のレーン)。図7において「Specific band」で示すバンドが、導入したGFPの発現を示すバンドである。なお、図7中のMrとは、マーカーであり、PCは、陽性コントロールであり、NCは、BDVのcDNAである。DWは、蒸留水である。この結果より、摂取した組換えウイルスが脳の他の箇所に感染伝播したと考えた。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明のウイルスベクター及び遺伝子導入用組換えウイルスは、細胞核で非細胞障害的に外来性遺伝子を発現できるものであり、また、ウイルスゲノムがRNAであることから宿主染色体に挿入されることがなく安全なベクターである。さらに、ボルナ病ウイルスは神経細胞に感染指向性があることから外来性遺伝子を中枢神経系に選択的に導入することができる特異性に優れたベクターである。このため、本発明は、宿主染色体に影響を及ぼさない遺伝子導入技術として種々の分野、例えば、中枢神経系疾患治療、脳神経化学領域における神経系細胞の可視化技術等に使用することができる。さらに、siRNA、miRNA、RNAアダプマー等の機能性RNAの安定発現ベクター技術に応用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】ボルナ病ウイルスのゲノムの構造を示す図である。
【図2】一過性感染型ウイルスベクターの構造の一例を示す図である。
【図3】自己複製型ウイルスベクターの構造の一例を示す図である。
【図4】プラスミドpCAG−Fct−ΔG−GFPの作製手順を示す図である。
【図5】ラット脳へのウイルスの感染を調べる実験方法を説明するための図である。
【図6】(a)は、ラット脳へのウイルスの接種部位を示す図である。(b)は、PCRにより増幅させた箇所を説明するための図である。
【図7】組換えウイルスを接種したラット脳における組換えウイルスの伝播と外来性遺伝子の発現を調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNA、(b)リボザイムをコードするcDNA及び(c)プロモーター配列を含み、該(a)の上流及び下流に(b)が配置され、かつ(a)及び(b)が(c)の下流に配置されていることを特徴とするウイルスベクター。
【請求項2】
(c)プロモーター配列が、RNAポリメラーゼII系のプロモーター配列であることを特徴とする請求項1に記載のウイルスベクター。
【請求項3】
(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNAの上流に(b)ハンマーヘッドリボザイムをコードするcDNAが配置され、かつ、該(a)の下流に(b)δ型肝炎ウイルスリボザイムをコードするcDNA配列が配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載のウイルスベクター。
【請求項4】
さらに、(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のウイルスベクター。
【請求項5】
(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAが、(a)ボルナ病ウイルスゲノムをコードするcDNAのG遺伝子の翻訳領域に任意の外来性遺伝子を挿入した組換えウイルスのcDNAの下流に配置される(b)リボザイムをコードするcDNAと(a)との間に配置されていることを特徴とする請求項4に記載のウイルスベクター。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載のウイルスベクターにコードされるRNA、並びにボルナ病ウイルスのN遺伝子、ボルナ病ウイルスのP遺伝子及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルス。
【請求項7】
ウイルスベクターが(d)ウイルスのG遺伝子のcDNAを含まないものであり、遺伝子導入用組換えウイルスが、さらにウイルスのG遺伝子を含むことを特徴とする請求項6に記載の遺伝子導入用組換えウイルス。
【請求項8】
請求項1〜3に記載のウイルスベクターと共に、ヘルパーププラスミドとしてボルナ病ウイルスのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する下記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)並びにウイルスのG遺伝子を発現するプラスミドを導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法。
(1)ボルナ病ウイルスのN遺伝子を発現するプラスミド、ボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(2)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(3)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド
(4)ボルナ病ウイルスのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド
【請求項9】
請求項4又は5に記載のウイルスベクターと共に、ヘルパーププラスミドとしてボルナ病ウイルスのN遺伝子、P遺伝子及びL遺伝子を発現する下記(1)〜(4)のいずれかのプラスミド(群)を細胞に導入する工程、ウイルスベクターを導入した細胞を培養して組換えウイルスを産生させる工程、及び該組換えウイルスを精製する工程を含むことを特徴とする遺伝子導入用組換えウイルスの作製方法。
(1)ボルナ病ウイルスのN遺伝子を発現するプラスミド、ボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド及びボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(2)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのL遺伝子を発現するプラスミド
(3)ボルナ病ウイルスのN遺伝子及びL遺伝子を発現するプラスミド、並びにボルナ病ウイルスのP遺伝子を発現するプラスミド
(4)ボルナ病ウイルスのN遺伝子、L遺伝子及びP遺伝子を発現するプラスミド
【請求項10】
請求項6若しくは7に記載の遺伝子導入用組換えウイルス、又は請求項8若しくは9に記載の方法により作製された遺伝子導入用組換えウイルスを細胞に感染させる工程を含むことを特徴とする外来性遺伝子の導入方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−22338(P2010−22338A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−191285(P2008−191285)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】