説明

ボールねじの騒音抑制方法、ボールねじを有する送り装置

【課題】ボールねじのボール戻し通路周辺での騒音を抑制する。
【解決手段】ボール戻し通路を構成する湾曲路41A,41B内でのボール3の進行方向が斜め上下方向に沿うように、ボールねじのナット1をハウジングに対して固定し、ねじ軸2を回転して使用する。これにより、ねじ軸2の軸方向で往復運動するナット1の往路と復路のいずれにおいても、ボール3の進行方向が鉛直下方にならないため、ボール同士の衝突エネルギーが小さくできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ボールねじの騒音を抑制する方法と、この方法が適用された送り装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ボールねじは、内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動する装置である。
ボール戻し通路は、戻し路とその両端に接続された誘導路を有する。軌道の終点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路に導入し、軌道の始点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路から軌道の始点に導入する。
【0003】
ボールねじにおいて、ボールは、軌道内を転動した後に、軌道の終点からボール戻し経路に入って軌道の始点に戻されることで循環する。ボールは、軌道内では負荷状態で転動し、ボール戻し経路内では無負荷状態で転動する。このようなボールねじは、多くの場合、軸方向を水平方向に向けて使用される。
ボールねじにおけるボールの循環方式には、リターンチューブ方式、エンドデフレクタ方式、エンドキャップ方式などがある。エンドデフレクタ方式の場合は、ナットに、軸方向に延びる貫通穴からなる戻し路を設け、その両端部に凹部を形成し、この凹部にエンドデフレクタを配置する。エンドデフレクタに誘導路が形成されている。
【0004】
エンドデフレクタ方式やエンドキャップ方式のボールねじは、リターンチューブ方式のボールねじと比較して、振動レベルや騒音レベルの増大を抑えることができるが、さらなる低騒音化が要求されている。特に、電子機器や医療機器などは、静かな環境で使用されることが多く、このような機器の送り装置として使用されるボールねじには静寂性が要求される。
ボールねじの騒音を抑制する方法に関しては、例えば、特許文献1に、ナットの軸線方向端部に設けたフランジの端面の少なくとも一部を低騒音プレートで覆うことが記載されている。特許文献2には、ナットの内周面に形成されたエンドデフレクタ組付け面とエンドデフレクタとの間に樹脂製プレートを配置することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開WO2007/091584
【特許文献2】特開2007−177950号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明の課題は、ボールねじのボール戻し通路周辺での騒音を抑制する方法として、特許文献1および2に記載された方法とは異なる発想に基づいた方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明は、内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動し、前記ボール戻し通路は、戻し路とその両端に接続された誘導路を有し、軌道の終点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路に導入し、軌道の始点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路から軌道の始点に導入するボールねじの騒音抑制方法であって、両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、前記ナットをハウジングに固定し、前記ねじ軸を回転して使用することを特徴とするボールねじの騒音抑制方法を提供する。
【0008】
この発明はまた、内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動し、前記ボール戻し通路は、戻し路とその両端に接続された誘導路を有し、軌道の終点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路に導入し、軌道の始点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路から軌道の始点に導入するボールねじを有する送り装置であって、両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、前記ナットがハウジングに固定され、前記ねじ軸を回転して使用される送り装置を提供する。
【0009】
ボール戻し通路を有するボールねじにおいて、ボールはボール戻し通路内で負荷を受けず、軌道の終点から導入されたボールに押されて進む。ボールがボール戻し通路から軌道の始点に戻る際のボールの進行方向が鉛直下方である場合、およびボールが軌道の終点からボール戻し通路に入る際のボールの進行方向が鉛直下方である場合、ボールに作用する重力が最大となる。これらの場合、ボール同士の衝突エネルギーが最大となるため、大きな騒音が生じる。
【0010】
この発明の方法では、ボール戻し通路の両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、ナットをハウジングに固定し、ねじ軸を回転して使用するため、ねじ軸の軸方向で往復運動するナットの往路と復路のいずれにおいても、ボール戻し通路内でボールの進行方向が鉛直下方にならない。これにより、往路と復路の少なくともいずれかでボール戻し通路内でのボールの進行方向が鉛直下方となるようにナットを固定するボールねじと比較して、騒音を小さくすることができる。
【0011】
この発明の送り装置では、ボール戻し通路の両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、ナットがハウジングに固定されているため、ねじ軸の軸方向で往復運動するナットの往路と復路のいずれにおいても、ボール戻し通路内でボールの進行方向が鉛直下方にならない。これにより、ナットがハウジングに対して、往路と復路の少なくともいずれかでボール戻し通路内でのボールの進行方向が鉛直下方となるように固定されている送り装置と比較して、騒音を小さくすることができる。
【発明の効果】
【0012】
この発明によれば、ナットのハウジングに対する固定位置を特定することにより、ボールねじのボール戻し通路の周辺での騒音を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】この発明の実施形態に相当する送り装置を構成するボールねじであって、エンドデフレクタ方式のボールねじを示す概略正面図(a)と概略断面図(b)と概略背面図(c)である。
【図2】図1のボールねじであって、ナットの移動方向が図1とは反対の場合を説明する概略正面図(a)と概略断面図(b)と概略背面図(c)である。
【図3】この発明の比較例に相当する送り装置を構成するボールねじであって、エンドデフレクタ方式のボールねじを示す概略正面図(a)と概略断面図(b)と概略背面図(c)である。
【図4】図3のボールねじであって、ナットの移動方向が図3とは反対の場合を説明する概略正面図(a)と概略断面図(b)と概略背面図(c)である。
【図5】図1〜4の各状態でのボールねじについて、騒音レベルを測定した結果を示すグラフである。
【図6】この発明の実施形態に相当する送り装置を構成するボールねじであって、エンドキャップ方式のボールねじを示す概略正面図(a)と概略側面図(b)と概略背面図(c)である。
【図7】図6のボールねじであって、ナットの移動方向が図6とは反対の場合を示す概略正面図(a)と概略側面図(b)と概略背面図(c)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、この発明の実施形態について説明する。
図1および2を用いて、エンドデフレクタ方式のボールねじを有する送り装置の実施形態について説明する。この送り装置は、ナット1を固定したハウジングを回転させず、ねじ軸2を回転して使用される。
図1および図2の(a)は、この実施形態のボールねじを、ナット1のフランジ側から見た概略正面図である。図1および図2の(b)は、ナット1に形成された戻し通路を説明するための概略断面図である。図1および図2の(c)は、この実施形態のボールねじを、ナット1のフランジとは反対側から見た概略背面図である。
【0015】
これらの図に示すように、このボールねじのボール戻し通路は、ナットに形成された軸方向に延びる貫通穴(戻し路)11と、その両端部に形成された凹部に配置されたエンドデフレクタ4A,4Bとからなる。両エンドデフレクタ4A,4Bには湾曲路(誘導路)41A,41Bが形成されている。湾曲路41A,41Bは、ナット1の螺旋溝1aおよびねじ軸2の螺旋溝2aで形成される軌道の始点および終点と、ナット1の貫通穴11の各端部を接続する。
【0016】
ナット1はハウジングに対して、両エンドデフレクタ4A,4Bの湾曲路41A,41B内でのボール3の進行方向が、鉛直方向に対して傾斜する向きとなるように固定されている。
ナット1が図1(b)の左側に移動している状態では、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41Aが、ボール3の進行方向を変えてボール3を戻し路11から軌道の始点に導入する。また、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41Bが、ボール3の進行方向を変えてボール3を軌道の終点から戻し路11に導入する。すなわち、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41Aが軌道の始点側の誘導路に、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41Bが軌道の終点側の誘導路になっている。
【0017】
そして、ナット1が図1(b)の左側に移動している状態では、図1(a)(c)に示すように、両エンドデフレクタ4A,4Bの湾曲路41A,41B内でのボール3の進行方向(矢印)が、斜め下向きになる。
ナット1が図2(b)の右側に移動している状態では、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41Aが、ボール3の進行方向を変えてボール3を軌道の終点から戻し路11に導入する。また、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41Bが、ボール3の進行方向を変えてボール3を戻し路11から軌道の始点に導入する。すなわち、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41Aが軌道の終点側の誘導路に、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41Bが軌道の始点側の誘導路になっている。
【0018】
そして、ナット1が図2(b)の右側に移動している状態では、図2(a)(c)に示すように、両エンドデフレクタ4A,4Bの湾曲路41A,41B内でのボール3の進行方向(矢印)が、斜め上向きになる。
この実施形態の送り装置は、両エンドデフレクタ4A,4Bの湾曲路41A,41B内でのボール3の進行方向が鉛直方向に対して傾斜する向きとなるように、ボールねじのナット1がハウジングに対して固定されているため、ねじ軸2の軸方向で往復運動するナット1の往路と復路のいずれにおいても、ボール3の進行方向が鉛直下方にならない。よって、ボール同士の衝突エネルギーが小さいため、騒音を抑制できる。
【0019】
これに対して、図3および4に示す例の送り装置では、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41A内でのボール3の進行方向が鉛直方向に沿い、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41B内でのボール3の進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、ナット1がハウジングに対して固定されている。
よって、図1に対応する図3の場合に、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41A内でのボール3の進行方向が鉛直下方となるため、ボール3に作用する重力が最大となり、ボール同士の衝突エネルギーが大きくなって大きな騒音が生じる。また、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41B内でのボール3の進行方向は斜め上方となる。
【0020】
反対に、図4の状態では、左側のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41A内でのボール3の進行方向は鉛直上方となり、ボール3に作用する重力が最小となる。また、右側のエンドデフレクタ4Bの湾曲路41B内でのボール3の進行方向は斜め下方となる。
図1〜4の各状態でのボールねじの騒音レベルを測定した結果を図5に示す。この結果から、一方のエンドデフレクタ4Aの湾曲路41A内でのボール3の進行方向が鉛直下方となる図3の場合に、ボール同士の衝突エネルギーが大きくなって最も大きな騒音が生じていることが分かる。
【0021】
図6および7を用いて、エンドキャップ方式のボールねじを有する送り装置の実施形態について説明する。この送り装置は、ナット1を固定したハウジングを回転させず、ねじ軸2を回転して使用される。
図6および図7の(a)は、この実施形態のボールねじを、ナット1の軸方向の一端面側から見た概略正面図である。図6および図7の(b)は、この実施形態のボールねじの側面図である。図6および図7の(c)は、この実施形態のボールねじを、ナット1の軸方向の他端面側から見た概略背面図である。
【0022】
これらの図に示すように、このボールねじは、ナット1の軸方向両端にエンドキャップ5A,5Bが固定されている。このボールねじのボール戻し通路は、ナットに形成された軸方向に延びる貫通穴(戻し路)11と、両エンドキャップ5A,5Bに形成されている湾曲路(誘導路)51A,51Bからなる。湾曲路51A,51Bは、ナット1の螺旋溝およびねじ軸2の螺旋溝で形成される軌道の始点および終点と、ナット1の貫通穴11の各端部を接続する。
【0023】
ナット1はハウジングに対して、両エンドキャップ5A,5Bの湾曲路51A,51B内でのボールの進行方向が、鉛直方向に対して傾斜する向きとなるように固定されている。
ナット1が図6(b)の左側に移動している状態では、左側のエンドキャップ5Aの湾曲路51Aが、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路11から軌道の始点に導入する。また、右側のエンドキャップ5Bの湾曲路51Bが、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路11に導入する。すなわち、左側のエンドキャップ5Aの湾曲路51Aが軌道の始点側の誘導路に、右側のエンドキャップ5Bの湾曲路51Bが軌道の終点側の誘導路になっている。
【0024】
そして、ナット1が図6(b)の左側に移動している状態では、図6(a)(c)に示すように、両エンドキャップ5A,5Bの湾曲路51A,51B内でのボールの進行方向(矢印)が、斜め下向きになる。
ナット1が図7(b)の右側に移動している状態では、左側のエンドキャップ5Aの湾曲路51Aが、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路11に導入する。また、右側のエンドキャップ5Bの湾曲路51Bが、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路11から軌道の始点に導入する。すなわち、左側のエンドキャップ5Aの湾曲路51Aが軌道の終点側の誘導路に、右側のエンドキャップ5Bの湾曲路51Bが軌道の始点側の誘導路になっている。
【0025】
そして、ナット1が図7(b)の右側に移動している状態では、図7(a)(c)に示すように、両エンドキャップ5A,5Bの湾曲路51A,51B内でのボールの進行方向(矢印)が、斜め上向きになる。
この実施形態の送り装置は、両エンドキャップ5A,5Bの湾曲路51A,51B内でのボールの進行方向が鉛直方向に対して傾斜する向きとなるように、ボールねじのナット1がハウジングに対して固定されているため、ねじ軸2の軸方向で往復運動するナット1の往路と復路のいずれにおいても、ボールの進行方向が鉛直下方にならない。よって、ボール同士の衝突エネルギーが小さいため、騒音を抑制できる。
【符号の説明】
【0026】
1 ナット
1a ナットの螺旋溝
11 貫通穴(戻し路)
2 ねじ軸
2a ねじ軸の螺旋溝
3 ボール
4A,4B エンドデフレクタ
41A,41B エンドデフレクタの湾曲路(誘導路)
5A,5B エンドキャップ
51A,51B エンドキャップの湾曲路(誘導路)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動し、
前記ボール戻し通路は、戻し路とその両端に接続された誘導路を有し、軌道の終点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路に導入し、軌道の始点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路から軌道の始点に導入するボールねじの騒音抑制方法であって、
両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、前記ナットをハウジングに固定し、前記ねじ軸を回転して使用することを特徴とするボールねじの騒音抑制方法。
【請求項2】
内周面に螺旋溝が形成されたナットと、外周面に螺旋溝が形成されたねじ軸と、ナットの螺旋溝とねじ軸の螺旋溝で形成される軌道の間に配置されたボールと、ボールを軌道の終点から始点に戻すボール戻し経路とを備え、前記軌道内をボールが転動することで前記ナットがねじ軸に対して相対移動し、
前記ボール戻し通路は、戻し路とその両端に接続された誘導路を有し、軌道の終点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを軌道の終点から戻し路に導入し、軌道の始点側の誘導路は、ボールの進行方向を変えてボールを戻し路から軌道の始点に導入するボールねじを有する送り装置であって、
両誘導路内でのボールの進行方向が鉛直方向と異なる方向に沿うように、前記ナットがハウジングに固定され、前記ねじ軸を回転して使用されることを特徴とする送り装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−24320(P2013−24320A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−159238(P2011−159238)
【出願日】平成23年7月20日(2011.7.20)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】