説明

ポリ−γ―グルタミン酸高生産性納豆菌株および該株を用いて製造したポリ−γ−グルタミン酸および納豆

【課題】ポリ−γ−グルタミン酸生産能が向上した納豆菌の提供、および、該菌株を使用した効率的なポリ−γ−グルタミン酸の生産およびポリ−γ−グルタミン酸含量の多い納豆の製造。
【解決手段】ポリ−γ−グルタミン酸分解活性を有する細胞壁溶解酵素の活性を低下させることにより、納豆菌のポリ−γ−グルタミン酸生産能を向上させ、効率的なポリ−γ−グルタミン酸の生産およびポリ−γ−グルタミン酸含量の多い納豆の製造を可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、納豆菌によるポリ−γ−グルタミン酸の製造、およびポリ−γ−グルタミン酸を多く含む納豆の製造に関するものである。より詳しくは、ポリ−γ−グルタミン酸高生産性納豆菌変異株の取得に関するものである。さらには、該納豆菌変異株を用いた、ポリ−γ−グルタミン酸の効率的な生産およびポリ−γ−グルタミン酸の多い納豆の提供に関するものである。
【背景技術】
【0002】
日本の伝統食品である納豆は、蒸した大豆に納豆菌(Basillus subtilis(natto))を繁殖させて作られる大豆発酵食品である。納豆は、大豆たんぱく質が分解されてできたアミノ酸由来の旨みと、独特の粘りが最大の特徴である。この粘り物質は、ポリ−γ−グルタミン酸とレバンであることがわかっている。ポリ−γ−グルタミン酸は、普通のタンパク質がアミノ酸のα結合によってできているのとは異なり、グルタミン酸のみがγ結合してできており、納豆の品質を左右するばかりでなく、健康増進効果や、環境改善効果などへの応用も期待されている物質である。
具体的には、ポリ−γ−グルタミン酸によるカルシウム吸収促進効果(谷本浩之ら,"ポリグルタミン酸配合カルシウムサプリメントのヒトカルシウム吸収促進効果",日本農芸化学会誌77 504−507 (2003))や、化粧品への応用(山田記丘美,"γ−ポリグルタミン酸の開発と化粧品への応用",Fragrance Journal 32 45−50 (2004))、砂漠の緑化(原敏夫,"21世紀の食糧問題を考える 砂漠の緑化 高分子を利用した緑化",高分子 49 367‐370 (2000))、汚濁水の清澄化効果(Taniguchi Makoto,"Function and application of poly−γ−glutamic acid: Proposals for polluted water treatment by applying flocculating activity of cross−linked poly−γ−glutamic acid",Mycotoxins 59 83−93(2009))などがある。これらの技術のためには、ポリ−γ−グルタミン酸が安価に大量に供給されることが望まれている。また、化粧品や汚泥水浄化技術にはより高分子量のポリ−γ−グルタミン酸が望まれている。
【0003】
納豆菌にポリ−γ−グルタミン酸を作らせる技術としては、YwtDタンパク質,PghAタンパク質,Ggtタンパク質などのポリ−γ−グルタミン酸分解酵素の活性を低下もしくは消失させることで安定的に生産する方法(特許文献1及び2参照)、グルタミン酸合成酵素の活性を低下もしくは消失させる方法(特許文献3参照)などが知られている。また、YwtDタンパク質と相同性のある、D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素もポリ−γ−グルタミン酸を分解するため、この活性を阻害するYoeBタンパク質を利用した高分子ポリグルタミン酸の製造方法が考案されている(特許文献4参照)。D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素としては、LytEタンパク質、LytFタンパク質、CwlOタンパク質、CwlSタンパク質などがある。
【0004】
より効率的なポリ−γ−グルタミン酸生産を行うためには、YwtDタンパク質、PghAタンパク質およびGgtタンパク質等の分解酵素の活性の低下と、細胞壁分解酵素によるポリ−γ−グルタミン酸分解活性の低下を組み合わせることが考えられる。しかしながら、納豆菌によるポリ−γ−グルタミン酸の生産において、YoeBタンパク質によるポリグルタミン酸分解活性の抑制は、納豆菌の生育に必要な細胞壁溶解活性も広範囲に抑制してしまうことが考えられることから非効率的であるうえ、ポリ−γ−グルタミン酸の分解を抑制することはわかっているが、生産量に与える影響についてはわかっていない。また、納豆菌の中で、どの細胞壁溶解酵素がどの程度ポリ−γ−グルタミン酸分解を行っているのかも不明である。さらに、YwtDタンパク質、PghAタンパク質およびGgtタンパク質などの活性低下を利用したポリ−γ−グルタミン酸生産は培養期間が比較的長いという問題があるが、生育にも必要とされる細胞壁溶解酵素はより早い段階でポリ−γ−グルタミン酸生産に係わっている可能性がある。また、ポリ−γ−グルタミン酸の分解活性を低下させることができれば、より高分子のポリ−γ−グルタミン酸を製造することができる可能性がある。よって、納豆に応用すれば粘りの強い納豆を生産できる可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許3682435号公報
【特許文献2】特開2003―235566号公報
【特許文献3】特開2000−333690号公報
【特許文献4】特開2008−118985号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明では納豆菌のポリ−γ−グルタミン酸生産能を向上させるため、YwtDタンパク質、Ggtタンパク質およびPghAタンパク質以外のポリ−γ−グルタミン酸分解酵素の活性を低下または欠失させ、ポリ−γ−グルタミン酸の生産性を向上させることを目的とする。具体的には、ポリ−γ−グルタミン酸分解活性を有する、細胞壁溶解酵素の活性を低下または欠失させることでポリ−γ−グルタミン酸の生産量を上げ、かつ、分子量の大きなポリ−γ−グルタミン酸を生産する納豆菌を提供することを目的とし、更に、該納豆菌を用いたポリ−γ−グルタミン酸の製造と、ポリ−γ−グルタミン酸含量の多い納豆の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達するために鋭意研究を重ねた結果、細胞壁溶解酵素であるLytEタンパク質、LytFタンパク質、CwlOタンパク質、CwlSタンパク質の少なくとも1つの活性を低下させることにより、納豆菌において、ポリ−γ−グルタミン酸の生産量および該酸の分子量を増加させうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
納豆のねばねばの成分は、グルタミン酸がγ位で結合してできたポリ−γ−グルタミン酸と、フルクトースが結合してできたレバンである。このうちポリ−γ−グルタミン酸は納豆の品質を左右するばかりでなく、カルシウム吸収促進効果などの健康増進効果や、汚濁水の清澄化効果などの環境改善効果などへの応用も期待されている物質である。
【0009】
納豆菌の作るポリ−γ−グルタミン酸は、D―グルタミン酸とL−グルタミン酸の両方を含んでいる。ポリ−γ−グルタミン酸はYwtDタンパク質、PghAタンパク質およびGgtタンパク質などにより分解されるが、細胞壁溶解酵素もポリ−γ−グルタミン酸の分解活性をもっている。特にD,L−エンドペプチダーゼ活性を有する、LytEタンパク質、LytFタンパク質、CwlOタンパク質およびCwlSタンパク質の細胞壁溶解酵素はポリ−γ−グルタミン酸を分解することが納豆菌の近縁種である枯草菌では既にわかっている(前記特許文献4参照)。しかし、これらタンパク質が納豆菌に与える影響、特にポリ−γ−グルタミン酸の生産量に与える影響についてはわかっていない。そこで、納豆菌におけるこれら酵素の遺伝子、即ち、lytE遺伝子、lytF遺伝子、cwlO遺伝子およびcwlS遺伝子の破壊株を構築し、ポリ−γ−グルタミン酸生産への影響を調べてみたところ、いずれの遺伝子破壊株もポリ−γ−グルタミン酸の生産量が増加した。特にcwlO遺伝子の破壊株ではポリ−γ−グルタミン酸の生産量が増加したこと、また該納豆菌株で製造した納豆中のポリ−γ−グルタミン酸量を親株で製造した納豆と比較してみたところ、親株よりも多いポリ−γ−グルタミン酸が製造されていたことから、ここに本発明を完成するに至った。また、cwlO遺伝子の破壊株によって生産されたポリ−γ−グルタミン酸の分子量は親株の生産するポリ−γ−グルタミン酸の分子量よりも大きく、より大きな分子量のポリ−γ−グルタミン酸を生産できた。更に、該株を納豆に応用してみたところ、粘りの強い納豆を製造することができた。
【0010】
以上のように本発明は、高分子量のポリ−γ−グルタミン酸を高生産する納豆菌を提供するものである。具体的には、細胞壁溶解酵素の遺伝子が欠損されており、該欠損が、薬剤耐性遺伝子での置換によるものである納豆菌変異株を提供するものである。更に、具体的には、破壊の対象となる細胞壁溶解酵素遺伝子が、lytE遺伝子、lytF遺伝子、cwlO遺伝子およびcwlS遺伝子の少なくとも1つからなる納豆菌変異株を提供するものである。また、本発明はcwlO遺伝子がカナマイシン耐性遺伝子で置換された、ポリ−γ−グルタミン酸高生産性納豆菌変異株 MIA0605(FERM P−21852)を提供するものである。更にまた、本発明は、上記の納豆菌変異株を用いて製造されるポリ−γ−グルタミン酸および納豆を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明による納豆菌変異株によれば、高分子量のポリ−γ−グルタミン酸を効率良く生産することが可能である。また、該納豆菌変異株を用いて納豆を製造すれば、ポリ−γ−グルタミン酸を多く含む粘りの強い納豆を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】NAFM5(親株)とNAFM5(ΔcwlO)とのポリ−γ−グルタミン酸分解活性を比較するために後述の実施例2で行ったザイモグラムの写真である。レーンMは分子量マーカーを示し、レーン1はNAFM5(親株)、レーン2はNAFM5(ΔcwlO)から取得したタンパクを泳動したものである。
【図2】後述の実施例3においてNAFM5(親株)とNAFM5(ΔcwlO)の生産したポリ−γ−グルタミン酸を分析したHPLCのチャート(UV210nm)を示したものである。縦軸は検出強度、横軸は保持時間を表しており、保持時間が短いほど分子量が大きい。右上の数値は、分子量標準物質の溶出位置を表す。
【発明の具体的な説明】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
本発明において親株として利用する納豆菌としては、特に限定されるものではないが、ごく一般的に納豆製造に利用されている市販の納豆菌や、自然界などから分離された納豆菌、および、これらの納豆菌をもとに育種された納豆菌などを用いることが好ましい。
【0015】
具体的には市販納豆菌である、宮城野菌(宮城野納豆製作所)、高橋菌(高橋祐蔵研究所)、成瀬菌(成瀬化学研究所)、宮城野納豆菌からの分離株NAFM5などが挙げられる。
【0016】
ポリ−γ−グルタミン酸の生産量を評価するための、ポリグルタミン酸の生産培地としては、ポリ−γ−グルタミン酸を生産しうるものであれば何であってもよく、特に限定されるものではないが、具体的には1%トリプトン、0.5%酵母エキス、1%塩化ナトリウム、1%グルタミン酸ナトリウム、0.5%スクロースを含んでなる培地(以下、LGS培地という)などが挙げられる。
【0017】
納豆菌のポリ−γ−グルタミン酸生産能は、LGS培地などのポリ−γ−グルタミン酸生産培地で培養した培養上清中のポリ−γ−グルタミン酸量を測定することによって評価することができる。ポリ−γ−グルタミン酸を測定する方法としては、臭化セチルトリメチルアンモニウムを用いたCET法(菅野彰重,“セチルトリメチルアンモニウムブロミドを用いた納豆のγ−ポリグルタミン酸の定量”,日本食品科学工学会誌 42 878−886(1995))などがある。
納豆菌のポリ−γ−グルタミン酸分解活性が低下または欠失しているかどうかの判定方法は特に限定されるものではないが、ポリ−γ−グルタミン酸を基質としたザイモグラムで判別することができる。すなわち、納豆菌を適当な培地で培養した後、菌体または上清からタンパク質を取得し、基質となるポリ−γ−グルタミン酸を含んだポリアクリルアミドゲルで電泳泳動後、適当な温度でポリ−γ−グルタミン酸分解反応を行わせ、メチレンブルーで染色する。分解活性を有するタンパク質が存在するところでは、ポリ−γ−グルタミン酸が分解されてメチレンブルーで染色されないため、バンドとして確認することができる。すなわち、コントロールとする納豆菌よりも、検出されるバンドの数や太さが減少した場合に、ポリ−γ−グルタミン酸分解活性が低下または欠失していると判断することが出来る。
【0018】
ポリ−γ−グルタミン酸分解活性が低下し、ポリ−γ−グルタミン酸の生産量が増加した納豆菌は、上記のようなポリ−γ−グルタミン酸分解活性の評価、およびポリグルタミン酸の生産量の評価によって自然界からスクリーニングすることができる。また、人為的に変異を導入することによっても得ることが出来る。人為的に変異を導入する方法としては、ニトロソグアニジン(NTG)等の化学的な方法や紫外線やX線照射等の物理的な処理、遺伝子工学的手法等を用いることも可能であり、特に限定されるものではない。
【0019】
遺伝工学的手法として、ターゲットとなる遺伝子としては、ポリ−γ−グルタミン酸分解活性を有する細胞壁分解酵素の遺伝子であれば何であってもよく、単独または複数同時に係わらず、特に限定されるものではない。好ましくは、lytE遺伝子、lytF遺伝子、cwlO遺伝子および、cwlS遺伝子などが挙げられる。特にcwlO遺伝子が有用である。
【0020】
遺伝子工学的手法として、ターゲット遺伝子に変異を導入する方法としては、ポイントミューテーションや欠失、置換、挿入失活など遺伝子産物の活性を低下させうるものであれば何であってもよく、特に限定されるものではない。
【0021】
また、遺伝子工学的手法を納豆菌に利用するためには、納豆菌への遺伝子の導入が必要であるが、そのような方法としては、自然形質転換能を利用したコンピテンス法や、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、ファージを利用した形質導入法などがあるが、遺伝子を導入することが出来れば何であってもよく、特に限定されるものではない。
【0022】
本発明者らは、コンピテンス法を利用して、後述する実施例に準じて、納豆菌NAFM5のcwlO遺伝子がカナマイシン耐性遺伝子で置換されたポリ−γ−グルタミン酸高生産性納豆菌変異株 Bacillus subtilis(natto)MIA0605を創製し、平成21年9月28日 独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した。該菌株はFERM P−21852として寄託されている。
【0023】
なお、この菌株は、cwlO遺伝子がカナマイシン耐性遺伝子で置換されていること、および、ポリ−γ−グルタミン酸生産能が増加していること以外の菌学的性質は、市販の納豆菌のもの〔食総研報(Rep.Natl.Food Res.Inst.)No.50,18〜21(1987)および大豆月報、12月号、21〜29(1985)参照〕と大差はなかった。即ち、この変異株MIA0605は、好気性、グラム染色陽性の桿菌であり、生育適温(35〜45℃)、各種の糖の発酵性、DNAのGC含量等の性質がBergey´s Manual 8版の枯草菌(Bacillus subtilis)の性質と一致しており、かつ粘質物を生成し、ビオチン要求性であることから、いわゆる納豆菌(Bacillus subtilis(natto))に属しているものである。
【0024】
本発明による納豆菌変異株は、ポリ−γ−グルタミン酸の生産能が増加しており、高分子量のポリ−γ−グルタミン酸生産を効率的に行うことができる。更に、該納豆菌変異株を用いて納豆を製造することにより、ポリ−γ−グルタミン酸含量の多い納豆であり、かつ粘りの強い納豆を製造することができる。該納豆は本発明の納豆菌変異株を用いて製造されるものであれば、納豆の大豆原材料、納豆の製造条件および製造工程等に関しては、特に限定されるものではない。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。なお、本発明において、%は重量%を意味する。
【実施例1】
【0026】
育種親株としては、宮城野納豆菌より分離されたNAFM5を用いた。また、納豆菌の形質転換はAnagnostopoulos C.、Spizizen J., “ Requirements for transformation in Bacillus subtilis.” J.Bacteriol. 81:741−746(1961)に記載の方法により行った。
【0027】
また、細胞壁溶解活性を有するポリ−γ−グルタミン酸分解酵素のターゲット遺伝子として、lytE遺伝子、lytF遺伝子、cwlO遺伝子およびcwlS遺伝子を選び各遺伝子の破壊株を構築した。
【0028】
遺伝子破壊用のDNAの構築は、まず、定法に従い調製したNAFM5ゲノムDNAをテンプレートとして、後述の配列表に記載のプライマーを使用してターゲット遺伝子の上流および下流の約1KbをPCRにより増幅し、また、pDG783(Bacillus Genetic Stock Center)由来のカナマイシン耐性遺伝子をpUC119(タカラバイオ社製)のEcoRIサイトに組み込んだ、pUC119−Kmをテンプレートとして、後述の配列表に記載のプライマーを使用してカナマイシン耐性遺伝子を増幅し、次いで、ターゲット遺伝子の代わりとして、カナマイシン耐性遺伝子を挟むように、それぞれ増幅したターゲット遺伝子の上流、カナマイシン耐性遺伝子およびターゲット遺伝子の下流をPCRライゲーションにより連結して行った。なお、PCRはTaqポリメラーゼ(タカラバイオ社製)を使用して添付のマニュアルに従って行った。
【0029】
具体的には、lytE遺伝子破壊用のDNAとしてΔlytE::Kmを以下の通り構築した。まず、lytE遺伝子上流部を後述の配列表の配列番号1および配列番号2に記載のプライマーを用いて、また、lytE遺伝子下流部を配列番号3および配列番号4に記載のプライマーを用いてそれぞれNAFM5のゲノムDNAをテンプレートにしてPCRにより増幅した。また、カナマイシン耐性遺伝子を、配列表の配列番号5および配列番号6に記載のプライマー用いて、pUC119−KmをテンプレートにしてPCRにより増幅した。次いで、これら増幅産物と、配列番号1および配列番号4に記載のプライマーとを用いてPCRを行い、3つの増幅産物が結合されたΔlytE::Kmを構築した。
【0030】
同様の手順で、lytF遺伝子破壊用のDNAとしてΔlytF::Km、cwlO遺伝子破壊用のDNAとしてΔcwlO::KmおよびcwlS遺伝子破壊用のDNAとしてΔcwlS::Spを構築した。なお、ΔlytF::Kmの構築には配列番号1〜4の代わりに配列番号7〜10に記載のプライマーを、ΔcwlO::Kmの構築には配列番号1〜4の代わりに配列番号11〜14に記載のプライマーを使用した。ΔcwlS::Spの構築には配列番号1〜4の代わりに配列番号15〜18に記載のプライマーを使用し、カナマイシン耐性遺伝子の代わりにスペクチノマイシン耐性遺伝子を使用した。スペクチノマイシン遺伝子は、pDG1727(Bacillus Genetic Stock Center)のスペクチノマイシン耐性遺伝子をpUC119のEcoRIサイトに組み込んだ、pUC119−Spをテンプレートにして配列番号5および配列番号6に記載のプライマーを使用して増幅した。
【0031】
次いで、各遺伝子の破壊用DNAを、それぞれNAFM5に形質転換し、lytE遺伝子、lytF遺伝子、cwlO遺伝子およびcwlS遺伝子の破壊株、NAFM5(ΔlytE)、NAFM5(ΔlytF)、NAFM5(ΔcwlO)およびNAFM5(ΔcwlS)を構築した。なお、形質転換体の選抜は、いずれもカナマイシン20μg/mlまたはスペクチノマイシン100μg/mlを添加したLB寒天培地を用いて行った。また、ターゲット遺伝子がマーカー遺伝子で置換されているかはPCR法によって確認した。
【0032】
得られた形質転換体のポリ−γ−グルタミン酸生産能を確認するため、親株、および各破壊株をそれぞれ50mlのLGS培地に接種し、37℃で一晩振盪培養を行い、培養上清中のポリ−γ−グルタミン酸をCET法にて測定した。
【0033】
それぞれのポリ−γ−グルタミン酸量測定結果を表1に示す。
【表1】

【0034】
その結果、培養上清中のポリ−γ−グルタミン酸は、どの株も親株より高く、特にcwlO遺伝子の破壊株NAFM5(ΔcwlO)では2倍近く生産量が上がった。
【実施例2】
【0035】
NAFM5(ΔcwlO)のポリ−γ−グルタミン酸分解活性を親株と比較するため、NAFM5(親株)および、NAFM5(ΔcwlO)をLGS培地で培養し、培養上清中のタンパク質を取得してポリ−γ−グルタミン酸を基質とするザイモグラムを行った。すなわち、15mlの培養上清に、0.6mlの50%トリクロロ酢酸水溶液を加えた後、遠心分離によってタンパク質を沈殿させた。得られた沈殿物を70%エタノールで洗浄後、乾燥させ、60μlのSDS−PAGE サンプルバッファーに溶解した。得られた溶解液をボイルし、平均分子量150万〜250万のポリ−γ−グルタミン酸ナトリウム(和光純薬工業社製)0.02%を含む14%ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動を行った。泳動後のゲルを、活性染色液(25mM Tris−HCl (pH7.2)、1% Triton X−100)で2回洗浄後、同溶液中にて一晩37℃で反応させた。その後活性染色液を捨て、染色液(0.01%メチレンブルー、0.01%水酸化カリウム)で染色した。図1はその結果を示す。NAFM5(ΔcwlO)ではNAFM5(親株)で見られるような、バンドが観察されず、ポリ−γ−グルタミン酸分解活性が低下していた。NAFM5(ΔcwlO)では複数のバンドが消失していた。これらのバンドは全てCwlOタンパク質と関係するものである。枯草菌では、培養上清中の分解したCwlOタンパク質の細胞壁溶解活性が、複数のバンドとして検出されていることから(Yamaguchi H, Furuhata K, Fukushima T, Yamamoto H, Sekiguchi J., “Characterization of a new Bacillus subtilis peptidoglycan hydrolase gene, yvcE (named cwlO), and the enzymatic properties of its encoded protein.” J. Biosci. Bioeng. 98:174−181 (2004))、同様のことがポリ−γ−グルタミン酸の分解活性でも起こっているものと考えられる。培養上清中のポリ−γ−グルタミン酸分解酵素の活性はCwlOタンパク質によるものがほとんどであり、よって、本実施例の条件に基づいてポリ−γ−グルタミン酸の分解活性が低下している株をスクリーニングすれば、該株のCwlOタンパク質の活性が低下していることがわかる。
【実施例3】
【0036】
NAFM5(親株)とNAFM5(ΔcwlO)の生産するポリ−γ−グルタミン酸の分子量を比較するため、実施例1と同様の培養法で調製したサンプルを、HPLCにて分析した。分析条件は、カラム:Asahipak GF−7M HQ (7.5x300mm) + GF−1G 7B
(昭和電工社製)、移動相:50mM リン酸Na, 0.1M NaSO (pH6.8)、流速:0.6ml/min.、温度:50℃、検出器:UV210nm+RI、分子量標準物質: Shodex STANDARD P−82(昭和電工社製、物質名 :プルラン、分子量範囲:10,000−800,000)。
【0037】
NAFM5(ΔcwlO)が生産したポリ−γ−グルタミン酸は、NAFM5(親株)の生産したポリ−γ−グルタミン酸よりも高分子領域のポリ−γ−グルタミン酸の割合が多かった。図2はその結果を示す。
【実施例4】
【0038】
NAFM5(親株)とNAFM5(ΔcwlO)を用いて常法に従い納豆を試作し、ポリ−γ−グルタミン酸含量を測定した。すなわち、一晩水につけた丸大豆をざるに入れ、121℃で50分間オートクレーブして煮豆とした。この煮豆に、スラントで調製した胞子を懸濁した種菌液を、50gあたり1mlの割合で接種し、40℃で17時間発酵させた。試作した納豆中のポリ−γ−グルタミン酸量をCET法にて測定した。その結果、NAFM5(親株)で試作した納豆中のポリ−γ−グルタミン酸量は125mg/100gであったのに対し、NAFM5(ΔcwlO)で試作した納豆中のポリ−γ−グルタミン酸量は、164mg/100gと増加していた。また、納豆50gに150mlの水を加えて撹拌し、得られた抽出液の粘度をB型粘度で測定したところ、野生株で試作した納豆の粘度が22cPであったのに対し、NAFM5(ΔcwlO)で試作した納豆の粘度は29cPと増加していた。よって、NAFM5(ΔcwlO)をMIA0605株と命名し、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センターに寄託した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素のポリ−γ−グルタミン酸分解活性が低下した、ポリ−γ−グルタミン酸高生産性納豆菌変異株。
【請求項2】
D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素の遺伝子が欠損されている、請求項1に記載の納豆菌変異株。
【請求項3】
D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素の遺伝子の欠損が、該遺伝子の薬剤耐性遺伝子での置換によるものである、請求項2に記載の納豆菌変異株。
【請求項4】
D,L−エンドペプチダーゼ活性を有する細胞壁溶解酵素が、LytEタンパク質,LytFタンパク質,CwlOタンパク質およびCwlSタンパク質の少なくとも1つからなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の納豆菌変異株。
【請求項5】
cwlO遺伝子がカナマイシン耐性遺伝子で置換されている、ポリ−γ−グルタミン酸高生産性納豆菌変異株 MIA0605(FERM P−21852)。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の納豆菌変異株を用いて製造されたことを特徴とするポリ−γ−グルタミン酸。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の納豆菌変異株を用いて製造されたことを特徴とする納豆。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2011−234632(P2011−234632A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−106389(P2010−106389)
【出願日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【出願人】(000116943)旭松食品株式会社 (22)
【出願人】(504180239)国立大学法人信州大学 (759)
【Fターム(参考)】