説明

ポリアリーレンスルフィドの製造方法

【課題】環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化に際し、高温、長時間を有するという欠点を解決し、ポリアリーレンスルフィドを低温、短時間で得ることのできる製造方法を提供する。
【解決手段】環式ポリアリーレンスルフィドを有機カルボン酸化合物の存在下に加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法。有機カルボン酸化合物としてはアリール酢酸の塩などがあげられ、環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し、0.001〜20モル%存在下で加熱することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリアリーレンスルフィドの製造方法に関するものであり、さらに詳しくは環式ポリアリーレンスルフィドを有機カルボン酸化合物の存在下に加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略する場合もある)に代表されるポリアリーレンスルフィド(以下、PASと略する場合もある)は優れた耐熱性、バリア性、耐薬品性、電気絶縁性、耐湿熱性、難燃性などエンジニアリングプラスチックとして好適な性質を有する樹脂である。また、射出成形、押出成形により各種成形部品、フィルム、シート、繊維などに成形可能であり、各種電気・電子部品、機械部品及び自動車部品など耐熱性、耐薬品性の要求される分野に幅広く用いられている。
【0003】
このポリアリーレンスルフィドの具体的な製造方法として、N−メチル−2−ピロリドンなどの有機アミド溶媒中で硫化ナトリウムなどのアルカリ金属硫化物とp−ジクロロベンゼンなどのポリハロ芳香族化合物とを反応させる方法が提案されており、この方法はポリアリーレンスルフィドの工業的製造方法として幅広く利用されている。しかしながら、この製造方法は高温、高圧、かつ強アルカリ条件下で反応を行うことが必要であり、さらに、N−メチルピロリドンのような高価な高沸点極性溶媒を必要とし、溶媒回収に多大なコストがかかるエネルギー多消費型で、多大なプロセスコストを必要とするといった課題を有している。
【0004】
上記のごときポリアリーレンスルフィドの製造方法の課題を解決するポリアリーレンスルフィドの別の製造方法として、環式ポリアリーレンスルフィドを加熱することによるポリアリーレンスルフィドの製造方法が開示されている(例えば特許文献1)。この方法では、高分子量で、狭い分子量分布を有し、加熱した際の重量減少が少ないポリアリーレンスルフィドを得ることが期待できるが、環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化、すなわち重合反応を十分に進行させ重合度の高いポリアリーレンスルフィドを得るためには高温、長時間の反応を有するなどの問題点があった。
【0005】
また、環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化に際し、転化を促進する添加物としてラジカル発生能を有する化合物やイオン性化合物などを使用する方法が知られている(たとえば特許文献2〜5、非特許文献1)。これら文献には、ラジカル発生能を有する化合物として例えば、加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物が開示されており、具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が開示されている。またイオン性化合物として、例えばチオフェノールのナトリウム塩などの硫黄のアルカリ金属塩を用いる方法が開示されている。しかしながら、これらの方法を用いても、環式ポリアリーレンスルフィドの反応を完結するには高温、長時間を有するという課題があり、さらなる低温、短時間でのポリアリーレンスルフィドの製造方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2007/034800号(第40〜41頁)
【特許文献2】米国特許第5869599号明細書(第29〜32頁)
【特許文献3】特開平5−163349号公報(第2頁)
【特許文献4】特開平5−301962号公報(第2頁)
【特許文献5】特開平5−105757号公報(第2頁)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Macromolecules, 30, 1997年(第4502〜4503ページ)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化に際し高温、長時間を有するという前記欠点を解決し、ポリアリーレンスルフィドを低温、短時間で得ることのできる製造方法を提供することを課題とするものである。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも一種の有機カルボン酸化合物またはその塩の存在下に加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法、
2.有機カルボン酸化合物が有機カルボン酸金属塩であることを特徴とする前記1項に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
3.有機カルボン酸化合物が非置換または核置換されたアリール酢酸化合物であることを特徴とする前記1または2項に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
4.有機カルボン酸化合物が電子吸引性置換基により核置換されたアリール酢酸化合物であることを特徴とする前記1から3項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
5.加熱の際に有機カルボン酸化合物からカルボアニオンが生じることを特徴とする前記1から4項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
6.カルボアニオンがベンジルカルボアニオンであることを特徴とする前記5に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
7.加熱を実質的に溶媒を含まない条件下で行うことを特徴とする前記1から6項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
8.環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の有機カルボン酸化合物存在下で加熱することを特徴とする前記1から7項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
9.加熱を340℃以下で行うことを特徴とする前記1から8項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
10.加熱を300℃以下で行うことを特徴とする前記1から9項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
11.環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる下記式中の繰り返し数(m)が4〜50であることを特徴とする前記1〜10項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、
【0010】
【化1】

【0011】
(Arはアリーレン基)
12.環式ポリアリーレンスルフィドが環式ポリフェニレンスルフィドであることを特徴とする前記1から11項のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法、である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、環式ポリアリーレンスルフィドを有機カルボン酸化合物の存在下に加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、環式ポリアリーレンスルフィドを原料に用いたポリアリーレンスルフィドの製造において、従来技術と比較して低温、短時間でポリアリーレンスルフィドを得ることができる製造方法を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明実施の形態を説明する。
【0015】
(1)ポリアリーレンスルフィド
本発明におけるポリアリーレンスルフィドとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有するホモポリマーまたはコポリマーである。Arとしては下記の式(A)〜式(K)などで表される単位などがあるが、なかでも式(A)が特に好ましい。
【0016】
【化2】

【0017】
(R1、R2は水素、炭素原子数1〜12のアルキル基、炭素原子数1〜12のアルコキシ基、炭素数6〜24のアリーレン基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい)
【0018】
この繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記の式(L)〜(N)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。
【0019】
【化3】

【0020】
また、本発明におけるポリアリーレンスルフィドは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0021】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいポリアリーレンスルフィドとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0022】
【化4】

【0023】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドが挙げられる。
【0024】
本発明のポリアリーレンスルフィドの好ましい分子量は、重量平均分子量で10,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは20,000以上である。重量平均分子量が10,000以上のポリアリーレンスルフィドは加工時の成形性が良好で、また成形品の機械強度や耐薬品性などの特性が高くなる。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、さらに好ましくは200,000未満であり、この範囲内では高い成形加工性を得ることができる。
【0025】
本発明におけるポリアリーレンスルフィドの分子量分布の広がり、即ち重量平均分子量と数平均分子量の比(重量平均分子量/数平均分子量)で表される分散度は2.5以下が好ましく、2.3以下がより好ましく、2.1以下がさらに好ましく、2.0以下がよりいっそう好ましい。分散度が2.5以下ではポリアリーレンスルフィドに含まれる低分子成分の量が少なくなる傾向が強く、このことはポリアリーレンスルフィドを成形加工用途に用いた場合の機械特性向上、加熱した際のガス発生量の低減及び溶剤と接した際の溶出成分量の低減などの要因になる傾向にある。なお、前記重量平均分子量及び数平均分子量は例えば示差屈折率検出器を具備したSEC(サイズ排除クロマトグラフィー)を使用して求めることができる。
【0026】
本発明のポリアリーレンスルフィドの製造方法は、環式ポリアリーレンスルフィドを0価遷移金属化合物存在下に加熱することによってポリアリーレンスルフィドを得ることを特徴とし、この方法によれば容易に前述した特性を有する本発明のポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0027】
(2)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明のポリアリーレンスルフィドの製造方法における環式ポリアリーレンスルフィドとは式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とし、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(O)のごとき環式化合物を、少なくとも50重量%以上含むものであり、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上、さらに好ましくは90重量%以上含むものが好ましい。Arとしては前記式(A)〜式(K)などで表される単位などがあるが、なかでも式(A)が特に好ましい。
【0028】
【化5】

【0029】
なお、環式ポリアリーレンスルフィド中の前記(O)式の環式化合物においては前記式(A)〜式(K)などの繰り返し単位をランダムに含んでもよいし、ブロックで含んでもよく、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい前記(O)式の環式化合物としては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
【0030】
【化6】

【0031】
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式化合物が挙げられる。
【0032】
環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(O)式中の繰り返し数(m)に特に制限は無いが、4〜50が好ましく、4〜30がより好ましい範囲として例示でき、8以上を主成分とする前記(O)式環式化合物がよりいっそう好ましい。後述するように環式ポリアリーレンスルフィドの加熱によるポリアリーレンスルフィドへの転化は環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解する温度以上で行うことが好ましいが、mが大きくなると環式ポリアリーレンスルフィドの溶融解温度が高くなる傾向にあるため、環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化をより低い温度で行うことができるようになるとの観点でmを前記範囲にすることは有利となる。一方でmが7以下の環式化合物は反応性が低い傾向があるため、短時間でポリアリーレンスルフィドが得られるようになるとの観点でmを8以上にすることは有利となる。
【0033】
また、環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる前記(O)式の環式化合物は、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物のいずれでもよいが、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも溶融解温度が低い傾向があり、異なる繰り返し数を有する環式化合物の混合物の使用はポリアリーレンスルフィドへの転化を行う際の温度をより低くできるため好ましい。
【0034】
環式ポリアリーレンスルフィドにおける前記(O)式の環式化合物以外の成分はポリアリーレンスルフィドオリゴマーであることが特に好ましい。ここでポリアリーレンスルフィドオリゴマーとは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモオリゴマーまたはコオリゴマーである。Arとしては前記した式(A)〜式(K)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(A)が特に好ましい。ポリアリーレンスルフィドオリゴマーはこれら繰り返し単位を主要構成単位とする限り、前記した式(L)〜式(N)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。また、ポリアリーレンスルフィドオリゴマーは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
【0035】
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィドオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドスルホンオリゴマー、ポリフェニレンスルフィドケトンオリゴマー、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましいポリアリーレンスルフィドオリゴマーとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィドオリゴマーが挙げられる。
【0036】
ポリアリーレンスルフィドオリゴマーの分子量としては、前述したポリアリーレンスルフィドよりも低分子量のものが例示でき、具体的には重量平均分子量で10,000未満であることが好ましく、5,000以下の低分子量であることが望ましい。このような分子量の低いポリアリーレンスルフィドオリゴマーは、その溶融解温度が低い傾向にあり、このことは環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化をより低い温度で行うことができるようになるとの観点で有利である。
【0037】
環式ポリアリーレンスルフィドが含有するポリアリーレンスルフィドオリゴマー量(重量)は、環式ポリアリーレンスルフィドが含有する前記(O)式の環式化合物よりも少ないことが特に好ましい。即ち環式ポリアリーレンスルフィド中の前記(O)式環式化合物とポリアリーレンスルフィドオリゴマーの重量比(前記(O)式の環式化合物/ポリアリーレンスルフィドオリゴマー)は1を超えることが好ましく、2.3以上がより好ましく、4以上がさらに好ましく、9以上がよりいっそう好ましく、このような環式ポリアリーレンスルフィドを用いることで重量平均分子量が10,000以上のポリアリーレンスルフィドを容易に得ることが可能である。従って、環式ポリアリーレンスルフィド中の前記(O)式の環式化合物とポリアリーレンスルフィドオリゴマーの重量比の値が大きいほど、本発明のポリアリーレンスルフィド製造方法により得られるポリアリーレンスルフィドの重量平均分子量は大きくなる傾向にあり、よってこの重量比に特に上限は無いが、該重量比が100を超える環式ポリアリーレンスルフィドを得るためには、環式ポリアリーレンスルフィド中のポリアリーレンスルフィドオリゴマー含有量を著しく低減する必要があり、これには多大の労力を要する。本発明のポリアリーレンスルフィド製造方法によれば該重量比が100以下の環式ポリアリーレンスルフィドを用いても重量平均分子量が10,000以上のポリアリーレンスルフィドを容易に得ることが可能である。
【0038】
本発明のポリアリーレンスルフィドの製造に用いる環式ポリアリーレンスルフィドの分子量の上限値は、重量平均分子量で10,000以下が好ましく、5,000以下が好ましく、3,000以下がさらに好ましく、一方、下限値は重量平均分子量で300以上が好ましく、400以上が好ましく、500以上がさらに好ましい。
【0039】
(3)有機カルボン酸化合物
本発明は前述した環式ポリアリーレンスルフィドを、少なくとも一種の有機カルボン酸化合物またはその塩の存在下に加熱することを特徴としてポリアリーレンスルフィドを製造する。ここで有機カルボン酸化合物とは一般式R(COOH)nで表される化合物であり、その塩とは一般式R(COOM)nで表される化合物であって、これらの中でも後者の塩の形態がより好ましい。ここで、この式中Rは、炭素数1〜20を有するアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アリールアルキル基またはアルキルアリール基であり、中でもアリールアルキル基が好ましい。また、前記式中Mはアルカリ金属、即ちナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムが好ましく、中でもリチウムおよびナトリウムが好ましく、リチウムが特に好ましい。また同じく前記式中、nは1〜3の整数であり、1が好ましい。
【0040】
なお、有機カルボン酸化合物としてその塩をもちいることは、本発明において目的とする環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化をより低温且つ短時間に行える傾向にある点で好ましい。この理由は定かでは無いが、本発明における環式ポリアリーレンスルフィドの反応は、加熱した際に有機カルボン酸化合物から生じるカルボアニオンが開始剤として作用することで活性化すると推測しており、酸構造であるR(COOH)nと比較してその塩であるR(COOM)nの方が、加熱した際にアニオンを生じやすいためと推測している。これは有機カルボン酸塩は加熱によって脱二酸化炭素が進行しやすく、従って活性の高いカルボアニオンの発生が進行しやすいためと推測している。この観点において、有機カルボン酸塩を形成するMとしては、そのイオン半径が小さいほどカウンターイオンであるアニオンの活性が向上する傾向にあるため、Mとしてはナトリウムおよびリチウムが好適に使用される。
【0041】
さらに、加熱した際の脱二酸化炭素の進行は、その脱離に伴うカルボアニオンの安定性に影響されるため、カルボアニオンが安定化されるようなRの構造がより好ましいといえ、Rがアリールアルキル基の場合に環式ポリアリーレンスルフィドの高重合度体への転化がより促進される傾向となる。特にアリールアルキル基を有する有機カルボン酸化合物の中でもアリール酢酸化合物が好適であるが、これは加熱による脱二酸化炭素によって生じるベンジルアニオンが通常のカルボアニオンと比べて安定であり、加熱時の脱二酸化炭素が進行しやすくアニオンの生成効率が高いためと推測している。
【0042】
また、前述の様に有機カルボン酸化合物から生じた開始剤成分(カルボアニオン)が環式ポリアリーレンスルフィドと反応した際には、有機カルボン酸化合物は生成物であるポリアリーレンスルフィドの一部として取り込まれると推測できる。ここで有機カルボン酸化合物の前記式のnが3の場合は理論上、分岐型のポリアリーレンスルフィドが生成しうる。またnが2の場合には理論上、ポリアリーレンスルフィド鎖の末端ではなく中間位に取り込まれうる。一方でnが1の場合には理論上、ポリアリーレンスルフィドの末端として存在すると推測できる。これらポリアリーレンスルフィド構造の内、もっとも熱的に安定な構造は末端に有機カルボン酸構造を含有するものと推測できるため、nは1が好ましいといえる。
【0043】
有機カルボン酸化合物の具体例としては、酢酸およびその塩、プロピオン酸およびその塩、安息香酸およびその塩、フェニル酢酸およびその塩、p−トルイル酸およびその塩、及びそれらの混合物などを挙げることができ、中でもフェニル酢酸およびその塩が好ましい。さらに、これら有機カルボン酸化合物の中でも、置換基として電子吸引性基有する化合物がより好ましく、たとえばニトロ基、アシル基またはハロゲン基を有するものが好ましい。これは電子吸引基により、加熱の際に生じるカルボアニオンが安定化させるためと推測している。なお、これら好ましい化合物の中でもp−クロロフェニル酢酸やそのナトリウム塩、リチウム塩がより好適な化合物として例示できる。なお、有機カルボン酸化合物の塩は、有機カルボン酸化合物と水酸化アルカリ金属、炭酸アルカリ金属塩及び重炭酸アルカリ金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物とを、ほぼ等化学当量ずつ添加して反応させることにより形成させることで容易に得ることができる。
【0044】
また、使用する有機カルボン酸化合物の濃度は、目的とするポリアリーレンスルフィドの分子量ならびに使用する有機カルボン酸化合物の種類により異なるが、通常、環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対して0.001〜20モル%、好ましくは0.005〜15モル%、さらに好ましくは0.01〜10モル%である。0.001モル%以上では環式ポリアリーレンスルフィドはポリアリーレンスルフィドに十分に転化し、20モル%以下では前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0045】
前記有機カルボン酸化合物を環式ポリアリーレンスルフィドに添加する方法に特に制限はないが、環式ポリアリーレンスルフィドに有機カルボン酸化合物を添加した後に均一に分散させる操作を付加的に行うことが好ましい。均一に分散させる方法として、例えば機械的に分散させる方法、溶媒を用いて分散させる方法などが挙げられる。機械的に分散させる方法として、具体的には粉砕機、撹拌機、混合機、振とう機、乳鉢を用いる方法などが例示できる。溶媒を用いて分散させる方法として、具体的には環式ポリアリーレンスルフィドを適宜な溶媒に溶解または分散し、これに有機カルボン酸化合物を所定量加えた後、溶媒を除去する方法などが例示できる。また、有機カルボン酸化合物の分散に際して、有機カルボン酸化合物が固体である場合、より均一な分散が可能となるため有機カルボン酸化合物の平均粒径は1mm以下であることが好ましい。
【0046】
(4)ポリアリーレンスルフィドの製造方法
本発明におけるポリアリーレンスルフィドを製造する際の加熱温度は、環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限はない。ただし、加熱温度が環式ポリアリーレンスルフィドの溶融解温度未満ではポリアリーレンスルフィドを得るのに長時間が必要となる傾向がある。なお、環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解する温度は、環式ポリアリーレンスルフィドの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えば環式ポリアリーレンスルフィドを示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することが可能である。加熱温度の下限としては、180℃以上が例示でき、好ましくは200℃以上、より好ましくは220℃以上、さらに好ましくは240℃以上である。この温度範囲では、環式ポリアリーレンスルフィドが溶融解し、短時間でポリアリーレンスルフィドを得ることができる。一方、温度が高すぎると環式ポリアリーレンスルフィド間、加熱により生成したポリアリーレンスルフィド間、及びポリアリーレンスルフィドと環式ポリアリーレンスルフィド間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるポリアリーレンスルフィドの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。加熱温度の上限としては、400℃以下が例示でき、好ましくは340℃以下、より好ましくは320℃以下、さらに好ましくは300℃以下である。この温度囲下では、好ましくない副反応による得られるポリアリーレンスルフィドの特性への悪影響を抑制できる傾向にあり、前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0047】
反応時間は、使用する環式ポリアリーレンスルフィドにおける前記(O)式の環式化合物の含有率や繰り返し数(m)、及び分子量などの各種特性、使用する有機カルボン酸化合物の種類、また、加熱の温度などの条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.01〜100時間が例示でき、0.05〜20時間が好ましく、0.05〜10時間がより好ましい。本発明の好ましい製造方法によれば、環式ポリアリーレンスルフィドの加熱は2時間以下で行うことも可能である。このような加熱時間を設定することで環式ポリアリーレンスルフィドはポリアリーレンスルフィドへ十分に転化し、好ましくない副反応による得られるポリアリーレンスルフィドの特性への悪影響を抑制できる傾向にある。
【0048】
環式ポリアリーレンスルフィドの加熱は、実質的に溶媒を含まない条件下で行うことも可能である。このような条件下で行う場合、短時間での昇温が可能であり、反応速度が高く、短時間でポリアリーレンスルフィドを得やすくなる傾向がある。ここで実質的に溶媒を含まない条件とは、環式ポリアリーレンスルフィド中の溶媒が10重量%以下であることを指し、3重量%以下がより好ましい。
【0049】
前記加熱は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行ってもよいし、押出物や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限なく行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0050】
環式ポリアリーレンスルフィドの加熱の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これにより環式ポリアリーレンスルフィド間、加熱により生成したポリアリーレンスルフィド間、及びポリアリーレンスルフィドと環式ポリアリーレンスルフィド間などで架橋反応や分解反応などの好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とは環式ポリアリーレンスルフィドが接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、さらに好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下がさらに好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい下限以上では、環式ポリアリーレンスルフィドの含まれる分子量の低い前記(O)式の環式化合物が揮散しにくく、一方好ましい上限以下では、架橋反応など好ましくない副反応が起こりにくい傾向にあり、前述した特性を有するポリアリーレンスルフィドを得ることができる。
【0051】
前記した環式ポリアリーレンスルフィドの加熱は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下で環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化を行うことで、ポリアリーレンスルフィドと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、ポリアリーレンスルフィド単独の場合に比べて、例えば機械物性に優れる傾向にある。
【0052】
ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりポリアリーレンスルフィドを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好かつ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明の環式ポリアリーレンスルフィドは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、例えばポリアリーレンスルフィドと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。環式ポリアリーレンスルフィドと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のポリアリーレンスルフィドの製造方法によれば環式ポリアリーレンスルフィドがポリアリーレンスルフィドに転化するので、繊維状物質とポリアリーレンスルフィドが良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
【0053】
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことを前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm2 、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
【0054】
また、前記した環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、例えば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、例えば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
【実施例】
【0055】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
【0056】
<分子量の測定>
ポリアリーレンスルフィド及び環式ポリアリーレンスルフィドの分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)を算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:shodex UT−806M
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
【0057】
<転化率の測定>
環式ポリフェニレンスルフィドのポリフェニレンスルフィドへの転化率の算出は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて下記方法で行った。
【0058】
環式ポリアリーレンスルフィドの加熱により得られた生成物約10mgを250℃で1−クロロナフタレン約5gに溶解させた。室温に冷却すると沈殿が生成した。孔径0.45μmのメンブランフィルターを用いて1−クロロナフタレン不溶成分を濾過し、1−クロロナフタレン可溶成分を得た。得られた可溶成分のHPLC測定により、未反応の環式ポリアリーレンスルフィド量を定量し、あらかじめ測定しておいた反応前原料中の環式ポリアリーレンスルフィド量に対する残存率から環式ポリアリーレンスルフィドのポリアリーレンスルフィドへの転化率を算出した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(UV=270nm)。
【0059】
参考例1(環式ポリアリーレンスルフィドの調製)
攪拌機を具備したステンレス製オートクレーブに、水硫化ナトリウムの48重量%水溶液を14.03g(0.120モル)、96%水酸化ナトリウムを用いて調製した48重量%水溶液12.50g(0.144モル)、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)615.0g(6.20モル)、及びp−ジクロロベンゼン(p−DCB)を仕込んだ。反応容器内を十分に窒素置換した後、窒素ガス下に密封した。400rpmで撹拌しながら、室温から200℃まで約1時間かけて昇温した。この段階で、反応容器内の圧力はゲージ圧で0.35MPaであった。次いで200℃から270℃まで約30分かけて昇温した。この段階の反応容器内の圧力はゲージ圧で1.05MPaであった。270℃で1時間保持した後、室温近傍まで急冷してから内容物を回収した。得られた内容物をガスクロマトグラフィー及び高速液体クロマトグラフィーにより分析した結果、モノマーのp−DCBの消費率は93%、反応混合物中のイオウ成分がすべて環式PPSに転化すると仮定した場合の環式PPS生成率は18.5%であることがわかった。
【0060】
得られた内容物500gを約1500gのイオン交換水で希釈したのちに平均目開き10〜16μmのガラスフィルターで濾過した。フィルターオン成分を約300gのイオン交換水に分散させ、70℃で30分攪拌し、再度前記同様の濾過を行う操作を計3回行い、白色固体を得た。これを80℃で一晩真空乾燥し、乾燥固体を得た。得られた固形物を円筒濾紙に仕込み、溶剤としてクロロホルムを用いて約5時間ソックスレー抽出を行うことで固形分に含まれる低分子量成分を分離した。クロロホルム抽出操作にて得られた抽出液から溶媒を除去した後、約5gのクロロホルムを加えてスラリーを調製し、これを約300gのメタノールに攪拌しながら滴下した。これにより得られた沈殿物を濾過回収し、70℃で5時間真空乾燥を行い、1.19gの白色粉末を得た。
【0061】
この白色粉末は赤外分光分析における吸収スペクトルよりフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィーにより成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、さらにMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末はp−フェニレンスルフィド単位を主要構成単位とし繰り返し単位数4〜13の環式化合物を約99重量%含み、本発明のポリアリーレンスルフィドの製造に好適に用いられる環式ポリフェニレンスルフィドであることが確認できた。なお、GPC測定を行った結果、環式ポリフェニレンスルフィドは室温で1−クロロナフタレンに全溶であり、重量平均分子量は900であった。
【0062】
参考例2(4−クロロフェニル酢酸ナトリウム塩の調製)
ガラス製ナスフラスコに水酸化ナトリウム(0.284g,7.1mmol;アルドリッチ社製品)およびメタノール10mlを加えて水酸化ナトリウムのメタノール溶液を調製した。4―クロロフェニル酢酸(1.21g,7.1mmol;東京化成社製品)をメタノール4mlに溶解させ、水酸化ナトリウムのメタノール溶液に滴下した。得られた溶液をエバポレーションすることでメタノールを除去した後、さらに70℃にて真空乾燥を1晩行って乾燥させた。反応前の4−クロロフェニル酢酸の赤外分光分析における吸収スペクトルで観察されたカルボニルのピーク(1698cm−1)が、乾燥後に得られた白色固体では1570cm−1にシフトしたことから、4―クロロフェニル酢酸ナトリウム塩の生成を確認した。
【0063】
実施例1
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィドに、環式ポリフェニレンスルフィド中の硫黄原子に対して参考例1で得られた4−クロロフェニル酢酸ナトリウム塩を1モル%混合した粉末100mgを、ガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調したヒーター内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、樹脂状ペレットを得た。
【0064】
得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は50%であり、50%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかった。
【0065】
実施例2
4−クロロフェニル酢酸ナトリウムの変わりに4−クロロフェニル酢酸を用いたこと以外は実施例1と同様の操作を実施した。
【0066】
実施例1の分析結果と同様に得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は52%であり、48%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかった。
【0067】
比較例1
ここでは特許文献1に開示されているポリアリーレンスルフィドの製造方法、即ち有機カルボン酸化合物を用いずに環式ポリアリーレンスルフィドの加熱を行った例を示す。
参考例1で得られた環式ポリフェニレンスルフィド100mgをガラス製アンプルに仕込み、アンプル内を窒素で置換した。300℃に温調したヒーター内にアンプルを設置し60分間加熱した後、アンプルを取り出し室温まで冷却し、茶色の樹脂状ペレットを得た。
【0068】
得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は63%であり、37%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかった。
【0069】
実施例1および2と比較例1との対比から、環式ポリアリーレンスルフィドの加熱を有機カルボン酸化合物存在下で行うことで、ポリアリーレンスルフィドへの転化が顕著に促進されることがわかった。
【0070】
比較例2
ここでは特許文献3〜5に開示されているポリアリーレンスルフィドの製造方法、即ち環状アリーレンスルフィドオリゴマーをチオフェノールのナトリウム塩を触媒として用いて加熱開環重合する方法に従ってポリアリーレンスルフィドの製造を行った例を示す。
4−クロロフェニル酢酸ナトリウムの変わりにチオフェノールのナトリウム塩(アルドリッチ社製品)を用いたこと以外は実施例1と同様の操作を実施した。
【0071】
実施例1の分析結果と同様に得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は65%であり、35%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかったが、チオフェノールのナトリウム塩を用いたことによる環式ポリフェニレンスルフィドの転化の促進効果は確認できなかった。
【0072】
実施例3
加熱温度を280℃に変えた以外は実施例1と同様に実施し樹脂状ペレットを得た。得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は79%であり、21%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかった。
【0073】
比較例3
加熱温度を280℃に変えた以外は比較例1と同様に実施し樹脂状ペレットを得た。得られたペレットは1−クロロナフタレンに250℃で全溶であったこと、赤外スペクトルがポリフェニレンスルフィドに一致したことから、生成物は線状ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。また、HPLC測定の結果、環式ポリフェニレンスルフィドの残存率は85%であり、15%がポリフェニレンスルフィドに転化したことがわかった。
実施例3と比較例3と対比から、加熱温度を低下させた場合にも有機カルボン酸化合物を用いることによる反応の促進効果が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環式ポリアリーレンスルフィドを少なくとも一種の有機カルボン酸化合物またはその塩の存在下に加熱することを特徴とするポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項2】
有機カルボン酸化合物が有機カルボン酸金属塩であることを特徴とする請求項1に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項3】
有機カルボン酸化合物が非置換または核置換されたアリール酢酸化合物であることを特徴とする請求項1または2に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項4】
有機カルボン酸化合物が電子吸引性置換基により核置換されたアリール酢酸化合物であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項5】
加熱の際に有機カルボン酸化合物からカルボアニオンが生じることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項6】
カルボアニオンがベンジルカルボアニオンであることを特徴とする請求項5に記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項7】
加熱を実質的に溶媒を含まない条件下で行うことを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項8】
環式ポリアリーレンスルフィド中の硫黄原子に対し0.001〜20モル%の有機カルボン酸化合物存在下で加熱することを特徴とする請求項1から7のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項9】
加熱を340℃以下で行うことを特徴とする請求項1から8のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項10】
加熱を300℃以下で行うことを特徴とする請求項1から9のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【請求項11】
環式ポリアリーレンスルフィドに含まれる下記式中の繰り返し数(m)が4〜50であることを特徴とする請求項1から10のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。
【化1】

(Arはアリーレン基)
【請求項12】
環式ポリアリーレンスルフィドが環式ポリフェニレンスルフィドであることを特徴とする請求項1から11のいずれかに記載のポリアリーレンスルフィドの製造方法。

【公開番号】特開2011−173953(P2011−173953A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37249(P2010−37249)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】