説明

ポリエーテル系フルオラス溶媒を用いたフルオラス多相系反応方法

【課題】有機溶媒等の一般溶媒への溶解度が充分に低く、常温でも液体で、かつ低粘度のフルオラス溶媒を用いたフルオラス多相系反応方法。
【解決手段】フルオラス触媒を用いる多相系触媒反応において、少なくとも下記一般式(1)で示されるパーフルオロポリエーテル系化合物と非フッ素系溶媒とを用いることを特徴とする多相系反応方法。
2p+1O−(CO)−C2q+1 (1)
(一般式(1)においてnは3〜7の整数、pは1〜3の整数、qは1〜3の整数を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フルオラス触媒と非フッ素系溶媒とを用いる多相系触媒反応方法に関する。さらに詳しくは、フルオラス溶媒としてポリエーテル系フルオラス溶媒を用いたフルオラス多相系反応方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フルオラス多相系反応方法とは、有機溶媒等の一般的な溶媒(以下、一般溶媒と表す)と、これと実質的に混じり合わないフルオラス溶媒との、少なくとも二相系で反応を行うもので、一般にはフルオラス触媒により促進される反応である。
そして、フルオラス溶媒とは、一般には高度にフッ素化(例えば、パーフルオロ化)された炭化水素であり、場合によりさらにヘテロ原子を含む炭化水素類である。
フルオラス触媒とはパーフルオロアルキル鎖で修飾された触媒であって、フルオラス溶媒によく溶解するものである。
フルオラス多相系においてフルオラス触媒を用いた触媒反応を行うとき、反応前は反応基質は一般溶媒に溶解しているのに対し、フルオラス溶媒にはフルオラス触媒が溶解している。これを(高温で)激しく攪拌して反応させた後、(低温で)静置させると再び二相に分離する。このとき、一般溶媒相には生成物が溶解しているのに対し、フルオラス溶媒相には反応前と同じくフルオラス触媒が溶解している。したがって、相分離という簡単な操作で生成物と触媒が分離でき、触媒をフルオラス溶媒相ごと回収および再使用が可能となる。
【0003】
従来使用されてきたフルオラス溶媒は、フロリナートTMFC−72やパーフルオロ(メチルシクロヘキサン)、パーフルオロデカリンといったパーフルオロアルカンが主であった。これらの溶媒は室温付近では一般溶媒とはほとんど混じり合わず二相となるが、組み合わせによっては高温にすると単相となるケースがある。またこれらの溶媒は、一般溶媒(特に有機溶媒)にわずかではあるが溶解する。例えば、パーフルオロ(メチルシクロヘキサン)は25℃でトルエンに8wt%溶解する。
リサイクル反応を行うにあたって、上記のように一般溶媒に溶解するフルオラス溶媒を使ったフルオラス触媒相をそのまま次の反応に用いると、フルオラス溶媒の一般溶媒への溶解度分だけフルオラス触媒相が減少する。例えば、等容のトルエン/パーフルオロ(メチルシクロヘキサン)中でリサイクル反応を行うと、10サイクルでフルオラス溶媒の重量は半減する。したがって、より一般溶媒へ溶解し難いフルオラス溶媒が求められている。
【0004】
一方、高沸点(例えば沸点200〜300℃)のフルオラス溶媒であれば一般溶媒(特に有機溶媒)に溶解し難いことは知られている。このような高沸点フルオラス溶媒としては、パーフルオロトリペンチルアミン(沸点212〜218℃)(またはフロリナートTMFC−70、沸点215℃)やパーフルオロトリヘキシルアミン(沸点250〜260℃)などがある(非特許文献1)。これらの溶媒は確かに有機溶媒に溶解し難いが、粘度が高く、反応溶媒としては使い難いものである。特にパーフルオロトリヘキシルアミンは、常温では固体である(融点33℃)。
ところで、下記一般式(2)で表されるパーフルオロポリエーテル系溶媒である、ガルデンTMは、HT−200(沸点200℃)のような高沸点のグレードであっても比較的低粘度であるが、エーテル結合が多いためか、高沸点の割には、有機溶媒への溶解度がそれほど低くなかった。またさらに高沸点のHT−270の場合にはやはり粘度が高いものであった。
【0005】
【化1】

すなわち、常温でも液体で、有機溶媒等の一般溶媒への溶解度が充分に低く、かつ低粘度の、フルオラス多相系反応に好適なフルオラス溶媒はこれまで知られていなかった。
【非特許文献1】J. A. Gladyszら編、Handbook of Fluorous Chemistry、Wiley-VCH社、2004年、P12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、常温でも液体で、有機溶媒等の一般溶媒への溶解度が充分に低く、かつ低粘度の、フルオラス多相系反応に好適なフルオラス溶媒を用いることにより、多サイクルに及ぶリサイクル反応を可能とするフルオラス多相系反応方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、特定の構造を有するパーフルオロポリエーテル系化合物が、トルエンや1,2−ジクロロエタンといった有機溶媒等の一般溶媒への溶解度が充分に低く、常温でも液体で、かつ低粘度であることから、一般溶媒との多相系反応を、多サイクルのリサイクル反応として行ってさえも、フルオラス相の減少を最低限に留めることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下の通りである。
フルオラス触媒を用いる多相系触媒反応において、少なくとも下記一般式(1)で示されるパーフルオロポリエーテル系化合物と非フッ素系溶媒とを用いることを特徴とする多相系反応方法。
2p+1O−(CO)−C2q+1 (1)
(一般式(1)においてnは3〜7の整数、pは1〜3の整数、qは1〜3の整数を表す。)
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法は、フルオラス多相系反応への適性に優れ、かつ、多サイクルのリサイクル反応として行ってさえも、フルオラス相の減少を最低限に留めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明における多相系触媒反応では、フルオラス触媒を用いることにより、反応基質および生成物が非フッ素系溶媒相に可溶でフルオラス溶媒相に難溶、フルオラス触媒がフルオラス溶媒相に可溶で非フッ素溶媒相に難溶であることを利用して、反応終了後にフルオラス触媒をフルオラス溶媒の溶液ごと再利用することを可能とする。
このフルオラス溶媒として、下記一般式(1)
2p+1O−(CO)−C2q+1 (1)
(一般式(1)においてnは3〜7の整数、pは1〜3の整数、qは1〜3の整数を表す。)
で示されるパーフルオロポリエーテル系化合物を用いると、有機溶媒等の非フッ素系溶媒への溶解度が特に小さく、常温で液体であり、低粘度であるために多相系触媒反応に公的に用いることができ、さらに反応を繰り返したときに、非フッ素系溶媒相への溶解ロスを、従来溶媒を用いた場合よりも大幅に少なくすることができる。
【0010】
一般式(1)において、−C−基はどのような構造でもよいが、安定性及び製造のしやすさから好ましくは−CF(CF)CF−または−CFCFCF−であり、最も好ましくは−CF(CF)CF−である。
nは3〜7の整数であるが、nが小さすぎると非フッ素系溶媒への溶解度が高くなり、nが大きすぎると粘度が高くなるので好ましくは4〜6であり、より好ましくは4〜5である。nは数種類の混合物であってもかまわないが、その場合は全体の50wt%以上がn=3〜7の範囲に入っていることが好ましく、80wt%以上であることがより好ましく、90wt%以上であることがさらに好ましい。また、90wt%以上が3以上であることがより好ましく、95wt%以上であることがさらに好ましい。
【0011】
一般式(1)において、p、qはそれぞれ独立に1〜3の整数であるが、非フッ素系溶媒への溶解度が小さくなるので2〜3が好ましく、少なくとも一方が3であることが好ましい。−C−基が−CF(CF)CF−である場合には、p=3、q=2が製造のしやすさから好ましい。
一般式(1)で示されるパーフルオロポリエーテル系化合物としては、具体的にはDuPont社のKrytoxTMシリーズ(一般式(1)において−C−基が−CF(CF)CF−、p=3、q=2)を用いることができる。中でもK5(一般式(1)においてn=3、沸点186℃)、K6(一般式(1)においてn=4、沸点222℃)、K7(一般式(1)においてn=5、沸点250℃)、K8(一般式(1)においてn=6、沸点278℃)、K9(一般式(1)においてn=7、沸点296℃)、GPL100、GPL101を用いることができる。また、ダイキン工業社のデムナムTMシリーズ(一般式(1)において−C−基が−CFCFCF−、p=3、q=2)を用いることができる。尚、これらの化合物はこれまで反応溶媒としての用途は考えられていなかったものである。また、前記ガルデンTMに対する優位性についても具体的には知られていなかった。
【0012】
このような化合物をフルオラス溶媒として用いると、非フッ素系溶媒として従来の非フッ素系溶媒として比較的フルオラス溶媒の溶解度が高いトルエンや1,2−ジクロロエタンを用いた場合でも、該溶媒への溶解度が0.1wt%程度以下となるので、リサイクル使用した際に非フッ素系溶媒へのリーチングによるロスを最低限に抑制できる。
本発明の一般式(1)で表されるパーフルオロポリエーテル系化合物が公知のガルデンTMに比して非フッ素溶媒への溶解度が低い理由は定かではないが、極性基であるエーテル基の含量が少ないことが考えられる。また、KrytoxTMやデムナムTMの場合では、さらに末端基の炭素数が多いことも理由として考えられる。
【0013】
本発明における多相系触媒反応では、フルオラス溶媒相以外の非フッ素系溶媒相は、通常は有機溶媒相一相であるが、水一相であってもよく、有機溶媒/水の二相であってもよい。場合によっては、非極性有機溶媒/極性有機溶媒の二相でもよい。また、反応によって水が生成する場合のように、反応初期は有機溶媒一相でも、反応中に有機溶媒/水の二相になる場合でもよい。これらは反応基質や生成物の性質に合わせて決定すればよい。多相の中には、超臨界二酸化炭素が含まれていてもよい。また、有機基質を溶媒替わりに用いることも可能である。
フルオラス溶媒相は、多相系を形成する量であれば、量の制限はないが、通常は5〜95vol%の範囲が好ましく、10〜90vol%の範囲がより好ましい。
【0014】
非フッ素系溶媒が有機溶媒の場合、好ましくは脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素、酸素、窒素あるいは塩素で置換された脂肪族炭化水素、芳香族炭化水素が用いられ、さらに好ましくは、芳香族炭化水素および、酸素、窒素、塩素で置換された芳香族炭化水素が用いられる。
具体的には、トルエン、キシレン、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ベンゼン、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサン、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、テトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、1,4−ジオキサン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、メタノール、エタノール、1−及び2−プロパノール、t−ブチルアルコールが例示され、中でも1,2−ジクロロエタン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン、ヘキサン、ヘプタン、シクロヘキサンが好ましい。尚、フルオラス触媒の種類によっては非極性有機溶媒の使用が好ましい場合もある。
【0015】
本発明の方法で用いられるフルオラス触媒は、通常は多フッ素化有機基を有する配位子を有する金属錯体や多フッ素化有機基を有する有機化合物であり、いかなる種類のものでもよい。多フッ素化有機基は、パーフルオロアルキル基をはじめ、パーフルオロアリール基、パーフルオロアラルキル基、それらの一部が水素や他のハロゲン基で置換されたもの、炭素骨格の一部が酸素や窒素等で置換されたものも含まれる。
フルオラス触媒としてフルオラスルイス酸触媒を例示すると、例えば、M[X(SOで表される化合物が適用できる(ただし、M=希土類金属、Hf、Sn、Ge、Bi、Pd等であり、Rは炭素数4以上の多フッ素化有機基を表す。X=O,N,C、n=1(X=Oの場合)、2(X=Oの場合)、3(X=Cの場合)、mは金属の価数を示す)。
【0016】
フルオラス多相系反応としては、あらゆるフルオラス触媒を用いた触媒反応に適用することができる。フルオラスルイス酸触媒による適用反応例としては、アルコールのアシル化、Baeyer-Villiger反応によるエステル・ラクトン合成、エステルとアルコールによるエステル交換反応、カルボン酸とアルコールとの直接エステル化反応、Friedel-Craftsアシル化反応、アルドール反応、Diels-Alder反応、エン反応、Prins反応等、その他一般のカルボニル基、イミノ基への求核付加反応または置換反応が挙げられ、アルコール、エーテル、アルデヒド、ケトン、アミン、エステルなどの含酸素あるいは含窒素有機化合物の合成に有用である。
【実施例】
【0017】
以下に実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
[実施例1]
本発明の方法に用いられる溶媒および公知の各種フルオラス溶媒について、トルエンとの液液溶解平衡を求めた。方法としては、トルエン1.5mlと各種溶媒1.5mlを25℃で30分間よく攪拌し、その後30分間静置した後、トルエン相をガスクロマトグラフィーにて分析した。結果は沸点、動粘度の値とともに表1に示した。
【0018】
【表1】

[実施例2]
トルエン(1.5ml)とKrytoxTMK5(1.5ml)の混合溶媒中へ、シクロヘキサノール(50mg)と無水酢酸(61mg)及びガスクロマトグラフィー分析用内部標準試料ノナン(64mg)を加え、最後にイッテルビウム(III)ビス(パーフルオロオクタンスルホニル)アミド(16mg)を加え、室温で1時間攪拌した。反応終了後静置し、上相をガスクロマトグラフィーで分析を行った結果、ほぼ定量的に酢酸シクロヘキシルが生成したことを確認した。
デカンテーションにより上相を取り除き、残った下相へトルエン(1.5ml)、シクロヘキサノール(50mg)、無水酢酸(61mg)、ノナン(64mg)を加え、室温で1時間攪拌した。反応終了後静置し、上相をガスクロマトグラフィーで分析を行った結果、ほぼ定量的に酢酸シクロヘキシルが生成したことを確認した。
同様の操作をさらに繰り返したが、やはりほぼ定量的に酢酸シクロヘキシルが生成したことを確認した。
【0019】
[実施例3]
KrytoxTMK5の代わりにKrytoxTMK7を用いた以外、実施例2と同様に反応を3回繰り返した。その結果、3回ともほぼ定量的に酢酸シクロヘキシルが生成したことを確認した。
[実施例4]
KrytoxTMK5の代わりにKrytoxTMGPL−100を用いた以外、実施例2と同様に反応を3回繰り返した。その結果、3回ともほぼ定量的に酢酸シクロヘキシルが生成したことを確認した。
[比較例1]
イッテルビウム(III)ビス(パーフルオロオクタンスルホニル)アミドを加えなかった以外、実施例2と同様に反応を行った。その結果、酢酸シクロヘキシルはごく少量しか生成しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明の方法で用いられるポリエーテル系フルオラス溶媒は、低粘度ながら有機溶媒等の一般溶媒への溶解度が極めて小さいため、フルオラス多相系反応に用いた場合、フルオラス相をリサイクル使用する際に、従来系に比べて経済的にリサイクル使用することができ、産業上有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フルオラス触媒を用いる多相系触媒反応方法において、少なくとも下記一般式(1)で示されるパーフルオロポリエーテル系化合物からなるフルオラス溶媒と非フッ素系溶媒とを用いることを特徴とする多相系触媒反応方法。
2p+1O−(CO)−C2q+1 (1)
(一般式(1)においてnは3〜7の整数、pは1〜3の整数、qは1〜3の整数を表す。)

【公開番号】特開2008−143847(P2008−143847A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−333731(P2006−333731)
【出願日】平成18年12月11日(2006.12.11)
【出願人】(000173924)財団法人野口研究所 (108)
【出願人】(000000033)旭化成株式会社 (901)
【Fターム(参考)】