説明

ポリオールの製造法

【課題】分子内に2以上のヒドロキシル基を有するポリオールを簡易に、生産効率よく安全に得る方法の提供。
【解決手段】分子内に炭素−炭素二重結合とCOOR基(Rは水素原子又はアルキル基を示す)とを有する化合物(A)を、下記式(1)MBH4(1)[式中、MはNa等を示す]で表される水素化ホウ素錯化合物(B)及び該水素化ホウ素錯化合物からボランを発生可能な反応剤(C)と反応させ、次いで、その反応生成物にアルカリ処理及び酸化処理を施すことにより、分子内に少なくとも2つのヒドロキシル基を有する化合物を得る方法であって、前記酸化処理を、アルカリ処理後の反応液に対して過酸化水素を逐次添加することにより行い、過酸化水素の使用量を前記化合物(A)の炭素−炭素二重結合の量に対して0.8〜1.2当量とするとともに、アルカリ処理及び酸化処理温度を50〜80℃とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はポリオールの製造法、より詳しくは、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する化合物から、分子内に2以上のヒドロキシル基を有する化合物(=ポリオール)を製造する方法に関する。ポリオールは、ポリエステルやポリウレタンのモノマー原料、インキ、塗料、レジスト、コーティング剤、接着剤、製版材などに用いる機能性樹脂のモノマー又はその原料、医薬品や農薬等の精密化学品の中間原料等として有用である。
【背景技術】
【0002】
分子内に2以上のヒドロキシル基を有する化合物を製造する方法として、ジカルボニル化合物を水素化ホウ素ナトリウム等で還元する方法、ジエステル化合物を水素化アルミニウムリチウム等で還元する方法、オレフィンを有機過酸等で酸化する方法、オレフィンを過マンガン酸カリウムや四酸化オスミウム等で酸化する方法、エポキシ化合物のトリフルオロ酢酸、三フッ化ホウ素等による開環反応による方法、アリルアルコールのヒドロホウ素化−酸化による方法、アリルアルコールのヒドロシリル化−酸化による方法などが知られている。
【0003】
しかしながら、分子内に炭素−炭素二重結合とカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基とを有する化合物からポリオール化合物を得る方法はほとんど知られていない。特開2006−69897号公報には、分子内に炭素−炭素二重結合とアルコキシカルボニル基とを有する化合物である7−オキサビシクロ[2.2.1]−2−ヘプテン−6−カルボン酸メチルを水素化アルミニウムリチウムと反応させた後、クエンチ(加水分解又は加アルコール分解)して6−ヒドロキシメチル−7−オキサビシクロ[2.2.1]−2−ヘプテンを合成し、次いで、得られた6−ヒドロキシメチル−7−オキサビシクロ[2.2.1]−2−ヘプテンをヒドロホウ素化し、その後、酸化することにより、分子内に2つのヒドロキシル基を有する化合物である2−ヒドロキシ−6−ヒドロキシメチル−7−オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタン及び3−ヒドロキシ−6−ヒドロキシメチル−7−オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタンを製造する方法が記載されている(実施例1)。しかし、この方法では還元反応工程とヒドロホウ素化−酸化反応工程という独立した2つの工程が必要であり、操作性及び生産効率の点で、必ずしも工業的に満足できる方法ではない。
【0004】
【特許文献1】特開2006−69897号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する化合物から、分子内に2以上のヒドロキシル基を有するポリオールを、簡易に、しかも生産効率よく安全に製造できる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記目的を達成するため鋭意検討した結果、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する化合物に特定の水素化ホウ素錯化合物と該水素化ホウ素錯化合物からボランを発生させることの可能な反応剤とを反応させ、続いて特定の条件下でアルカリ処理及び酸化処理を施すと、分子内に2以上のヒドロキシル基を有するポリオール化合物を安全な操作で効率よく製造できることを見いだし、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのCOOR基(Rは、水素原子又はアルキル基を示す)とを有する化合物(A)を、下記式(1)
MBH4 (1)
(式中、MはNa、K又はLiを示す)
で表される水素化ホウ素錯化合物(B)及び該水素化ホウ素錯化合物からボランを発生可能な反応剤(C)と反応させ、次いで、その反応生成物にアルカリ処理及び酸化処理を施すことにより、分子内に少なくとも2つのヒドロキシル基を有する化合物を得る方法であって、前記酸化処理を、アルカリ処理後の反応液に対して過酸化水素を逐次添加することにより行い、過酸化水素の使用量を前記化合物(A)の炭素−炭素二重結合の量に対して0.8〜1.2当量とするとともに、アルカリ処理及び酸化処理温度を50〜80℃とすることを特徴とするポリオールの製造法を提供する。
【0008】
反応剤(C)としては、AlCl3、BF3・OEt2、(CH32SO4、H2SO4及びCH3COOHからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を用いることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する化合物から、分子内に2以上のヒドロキシル基を有するポリオールを簡易に且つ安全に、しかも生産効率よく製造できる。また、本発明の方法を用いれば、例えば、オキサノルボルネン化合物やエポキシ化合物のような酸に不安定な骨格を有する化合物を原料として用いた場合であっても、開環を誘発させずにポリオール化が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明において原料に用いる化合物(A)としては、分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのCOOR基(Rは、水素原子又はアルキル基を示す)とを有する化合物であれば特に限定されない。このような化合物(A)として、例えば、(a)炭素−炭素二重結合を有する非芳香族性の単環又は多環(橋架け環)に前記COOR基が直接又は連結基を介して結合している環式化合物、(b)炭素−炭素二重結合と前記COOR基とを有する鎖状化合物が挙げられる。
【0011】
前記Rにおけるアルキル基としては、例えば、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、s−ブチル、t−ブチル、ペンチル、ヘキシル基等の炭素数1〜12程度の直鎖状又は分岐鎖状のアルキル基が挙げられる。これらの中でも、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル、ブチル、t−ブチル基等の炭素数1〜4のアルキル基が好ましい。
【0012】
前記環式化合物(a)における炭素−炭素二重結合を有する非芳香族性の単環又は多環としては、例えば、シクロプロペン環、シクロブテン環、シクロペンテン環、シクロヘキセン環、シクロヘプテン環、シクロオクテン環、シクロデセン環、シクロドデセン環、ノルボルネン環(ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン環)、7−オキサビシクロ[2.2.1]ヘプタ−2−エン環、トリシクロ[4.3.0.12,5]デカ−3−エン環、トリシクロ[4.4.0.12,5]ウンデカ−3−エン環、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン環、ペンタシクロ[6.5.1.13,6.02,7.09,13]ペンタデカ−4−エン環、ペンタシクロ[6.6.1.13,6.02,7.09,14]ヘキサデカ−4−エン環などが挙げられる。前記連結基としては、例えば、メチレン、エチレン、プロピレン、トリメチレン、2−メチルトリメチレン、2,2−ジメチルトリメチレン基等の直鎖状又は分岐鎖状のアルキレン基(例えば、炭素数1〜10、好ましくは炭素数1〜5のアルキレン基);これらのアルキレン基の2以上が、酸素原子、硫黄原子等のへテロ原子を含む2価の基を介して結合した2価の基等が挙げられる。
【0013】
前記環式化合物(a)の具体的な例として、例えば、シクロヘキサ−2−エンカルボン酸、シクロヘキサ−2−エンカルボン酸メチル、シクロヘキサ−2−エンカルボン酸エチル、シクロヘキサ−3−エンカルボン酸、シクロヘキサ−3−エンカルボン酸メチル、シクロヘキサ−3−エンカルボン酸エチル、シクロヘキサ−3−エン−1−酢酸、シクロヘキサ−3−エン−1−酢酸メチル、シクロヘキサ−3−エン−1−プロピオン酸、シクロヘキサ−3−エン−1−プロピオン酸メチルなどのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する単環式化合物;ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸メチル、ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸エチル、7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸、7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸メチル、7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸エチル、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン−8−カルボン酸、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン−8−カルボン酸メチル、テトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカ−3−エン−8−カルボン酸エチル、9−オキサ−ビシクロ[3.3.1]ノナ−2−エン−6−カルボン酸、9−オキサ−ビシクロ[3.3.1]ノナ−2−エン−6−カルボン酸メチル、9−オキサ−ビシクロ[3.3.1]ノナ−2−エン−6−カルボン酸エチルなどのカルボキシル基又はアルコキシカルボニル基を有する多環式化合物(橋架け環式化合物)などが挙げられる。
【0014】
前記鎖状化合物(b)の具体的な例として、例えば、アクリル酸、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、メタクリル酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、クロトン酸、クロトン酸メチル、クロトン酸エチルなどのα,β−不飽和脂肪族カルボン酸及びそのアルキルエステル;3−ブテン酸、3−ブテン酸メチル、3−ブテン酸エチル、3−メチル−3−ブテン酸、3−メチル−3−ブテン酸メチル、3−メチル−3−ブテン酸エチル、3−ペンテン酸、3−ペンテン酸メチル、3−ペンテン酸エチルなどのβ,γ−不飽和脂肪族カルボン酸及びそのアルキルエステル;4−ペンテン酸、4−ペンテン酸メチル、4−ペンテン酸エチルなどのγ,δ−不飽和脂肪族カルボン酸及びそのアルキルエステルなどが挙げられる。
【0015】
式(1)で表される水素化ホウ素錯化合物(B)には、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素カリウム、水素化ホウ素リチウムが含まれる。
【0016】
水素化ホウ素錯化合物(B)からボランを発生させることのできる反応剤(C)[ボラン発生剤]としては、特に限定されないが、例えば、AlCl3、BF3・OEt2、TiCl4、SnCl4、SnCl2、ZrCl2、ZnCl2、CaCl2等のルイス酸;(CH32SO4等の硫酸エステル類;H2SO4等の鉱酸;CH3COOH等の有機酸(カルボン酸、スルホン酸等)などが挙げられる。
【0017】
本発明では、前記化合物(A)を水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)と反応させ、次いで酸化処理を施す。化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)との反応は、通常、溶媒中で行われる。該溶媒としては、反応を損なわないような溶媒であれば特に制限されないが、例えば、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールジメチルエーテル(ジグライム)、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒(鎖状又は環状エーテル)が好ましく用いられる。なかでも、化合物(A)中の−COOR基を−CH2OH基に変換する反応を効率よく進行させるためには、ジエチレングリコールジメチルエーテル(ジグライム)等の比較的高沸点(例えば、沸点130℃以上)の溶媒(特にエーテル系溶媒)が好ましい。
【0018】
水素化ホウ素錯化合物(B)の使用量は、通常、原料として用いる化合物(A)の炭素−炭素二重結合部位1モルに対してボランが0.34〜0.5モル発生するような量(すなわち0.34〜0.5モル)と、原料として用いる化合物(A)中のCOOR基1モルに対してボランが0.5モル発生するような量(すなわち0.5モル)の合計量以上の量を用いる。例えば、分子中に炭素−炭素二重結合を1つ、COOR基を1つ有する化合物を原料として用いる場合には、水素化ホウ素錯化合物(B)の使用量は、該原料1モルに対して、0.7〜1.5モル程度(特に、0.8〜1.2モル程度)の範囲が好ましい。水素化ホウ素錯化合物(B)の使用量が少なすぎると、収率が低下したり、反応が途中で止まり、化合物(A)中の−COOR基が−CH2OH基に十分に変換されない。また、水素化ホウ素錯化合物(B)の使用量が多すぎると、反応は進行するが、経済性、操作性が低下しやすい。
【0019】
反応剤(C)の使用量は、水素化ホウ素錯化合物(B)からボランが、原料として用いる化合物(A)に対して上記の量発生するような量が好ましい。反応剤(C)が例えばAlCl3などの場合、その使用量は、原料として用いる化合物(A)の種類に応じて適宜選択でき、水素化ホウ素錯化合物(B)1モルに対して、一般には0.05〜0.5モル、好ましくは0.07〜0.3モル、より好ましくは0.08〜0.2モル程度であるが、これに限定されない。
【0020】
本発明における反応は炭素−炭素二重結合へのハイドロボレーション(ヒドロホウ素化)とCOOR基の還元反応からなる。ハイドロボレーションは比較的低温で進行し、高温では反応選択性が低下しやすい。一方、COOR基の還元反応は比較的高い温度で進行する。したがって、目的化合物の収率及び生産効率の観点から、反応を比較的低温で行う工程(低温工程)と、その温度より高い比較的高温で行う工程(高温工程)とに分けて実施するのが好ましい。
【0021】
低温工程では、主に炭素−炭素二重結合へのハイドロボレーションが進行する。低温工程での反応温度は、例えば100℃未満、好ましくは−50℃〜50℃、さらに好ましくは−10℃〜10℃である。反応温度が高すぎると副反応が生じやすく、低すぎるとハイドロボレーションの反応速度が遅くなり生産効率が低下する。低温工程での反応操作としては、特に制限はないが、例えば、原料として用いる化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)と溶媒との混合液中に、反応剤(C)又は反応剤(C)を含む混合液を添加し、適宜な時間熟成する方法などが採用できる。
【0022】
高温工程では、主にCOOR基の還元反応が進行する。0℃程度で反応する基質もあるが、通常、高温工程での反応温度は、例えば50℃以上、好ましくは100℃以上である。反応温度の上限は、例えば180℃、好ましくは150℃程度である。反応温度が高すぎると副反応が生じやすく、低すぎると還元反応速度が遅くなり生産効率が低下する。高温工程では、前記低温工程で得られた反応混合液をクエンチすることなくそのまま昇温することにより行うことができる。
【0023】
上記反応により、化合物(A)の炭素−炭素二重結合にボラン(BH3)が付加し、且つCOOR基がボリルオキシメチル基に変換された化合物が生成する。
【0024】
本発明の重要な特徴は、前記化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)との反応生成物に対して、アルカリ処理及び酸化処理を施すことにより、分子内に少なくとも2つのヒドロキシル基を有する化合物を得る方法であって、前記酸化処理を、アルカリ処理後の反応液に対して過酸化水素を逐次添加することにより行い、過酸化水素の使用量を前記化合物(A)の炭素−炭素二重結合の量に対して0.8〜1.2当量とするとともに、アルカリ処理及び酸化処理温度を50〜80℃とする点にある。
【0025】
アルカリ処理により、化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)との反応生成物におけるボリルオキシメチル基はヒドロキシメチル基に変換される(加水分解される)。また、酸化処理により、炭素−炭素二重結合にボランが付加した部位のボリル基は、ボリルオキシ基に変換され、さらに系内の水によりクエンチされて(加水分解されて)ヒドロキシル基に変換される。
【0026】
アルカリ処理に用いるアルカリとしては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩;炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩などを使用できる。アルカリの使用量は特に制限はないが、原料として用いる化合物(A)1モルに対して、例えば0.2〜5.0モル程度、好ましくは0.3〜1.5モル程度である。アルカリは、通常アルカリ水溶液として用いられる。アルカリ水溶液の濃度は、例えば1〜10規定(N)、好ましくは4〜6規定(N)である。
【0027】
アルカリ処理は、前記化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)との反応生成物を含む液(反応液)とアルカリ溶液(通常、アルカリ水溶液)とを混合することにより行われる。アルカリ処理は、前記化合物(A)と水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)との反応生成物を含む液(反応液)に、アルカリ溶液(通常、アルカリ水溶液)を逐次添加(間欠的に又は連続的に添加)し、必要に応じてさらに熟成することにより行う場合が多い。アルカリ処理の温度は50〜80℃であり、好ましくは55〜60℃である。アルカリ処理の時間は、通常0.5〜3時間、好ましくは0.6〜2時間である。
【0028】
酸化処理は、前記アルカリ処理後の反応液に、過酸化水素(通常、過酸化水素水を用いる)を逐次添加(間欠的に又は連続的に添加)することにより行われる。酸化処理の温度は50〜80℃であり、好ましくは55〜60℃である。過酸化水素の添加時間は、通常0.5〜4時間、好ましくは1〜3時間程度である。過酸化水素の添加後、さらに熟成してもよい。熟成時の温度は、通常50〜80℃であり、好ましくは55〜60℃である。熟成時間は、通常0.3〜3時間、好ましくは0.5〜1.5時間である。
【0029】
アルカリ処理、酸化処理を50℃未満で行うと、酸化処理工程において過酸化水素の添加終了後に、過酸化水素が急激に分解して酸素が一時に多量に発生することがあり、また未反応の水素化ホウ素錯化合物(B)が残存していると水素も発生し、水素と酸素とが爆発混合気を形成する恐れがある。これを避けるためには反応系内の酸素濃度を2%以下、好ましくは1%以下に維持する必要があり、そのためには多量の窒素ガス等の不活性ガスを反応系内に導入する必要が生じ、工業的に不利である。また、処理温度が80℃を超える場合には、反応生成物が分解する恐れがあるとともに、気相における許容酸素濃度の上限値が低くなるので、危険性が高くなる。これに対して、本発明の方法では、アルカリ処理及び酸化処理を50〜80℃の温度で行うため、前記加水分解反応と酸化反応とがともに円滑に進行し、急激な過酸化水素の分解及び急激な酸素の発生を防止できる。また、反応生成物の分解を抑制できる。そのため、安全に、且つ工業的に効率よく目的のポリオールを製造することができる。
【0030】
過酸化水素の使用量は、前記化合物(A)の炭素−炭素二重結合の量に対して0.8〜1.2当量であり、好ましくは1.0〜1.15当量である。過酸化水素の使用量が0.8当量未満の場合には目的のポリオールの収率が低下し、1.2当量を超える場合には過酸化水素の分解により、酸素が急激に発生する恐れがある。本発明の方法では、過酸化水素の使用量を上記範囲に規定するので、目的のポリオールを、生産性を落とすことなく、安全に製造することができる。なお、反応終了後、未反応の過酸化水素が残存している場合には、亜硫酸ナトリウム等の還元剤を添加して過酸化水素を不活性化してもよい。
【0031】
具体的に、7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸メチルから5−(又は6−)ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オールを得る際の反応の経路を以下に示す。
【0032】
【化1】

【0033】
式(2)で表される7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸メチルと水素化ホウ素錯化合物(B)及び反応剤(C)とを比較的低温で反応させると、ハイドロボレーションが進行して式(3)で表される化合物が生成する。続いて反応温度を上げると、エステル部位(メトキシカルボニル基)が還元されて、式(4)で表されるホウ素原子を2個有する化合物が生成する。次に、これをアルカリ処理(加水分解)すると、前記エステル部位がヒドロキシメチル基に変換された式(5)で表される化合物が生成する。続いて、この化合物に酸化処理を施し、系内の水でクエンチ(加水分解)すると、目的とする式(6)で表される5−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オール及び/又は6−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オールが生成する。
【0034】
同様にして、例えば、シクロヘキサ−3−エンカルボン酸又はそのエステルからは4−ヒドロキシメチル−シクロヘキサノール及び/又は3−ヒドロキシメチル−シクロヘキサノールが、アクリル酸又はそのエステルからは1,3−プロパンジオール及び/又は1,2−プロパンジオールが、3−プロペン酸又はそのエステルからは1,4−ブタンジオール及び/又は1,3−ブタンジオールが、3−メチル−3−プロペン酸又はそのエステルからは2−メチル−1,4−ブタンジオールなどが、3−ペンテン酸又はそのエステルからは1,4−ペンタンジオール及び/又は1,3−ペンタンジオールが生成する。
【0035】
反応終了後、反応生成物は、例えば、濾過、濃縮、蒸留、抽出、晶析、再結晶、吸着、カラムクロマトグラフィーなどの分離手段やこれらを組み合わせることにより分離精製できる。
【0036】
本発明の方法によれば、分子内の炭素−炭素二重結合のハイドロボレーションとCOOR基の還元の両方の反応を、水素化ホウ素錯化合物(B)と反応剤(C)との組み合わせからなる試薬を用いて行うので、ワンポットで効率よく目的のポリオール化合物を得ることができる。また、アルカリ処理及び酸化処理を特定の条件下で行うため、反応が制御され、過酸化水素の急激な分解及び酸素の急激な発生を防止できる。よって、目的のポリオール化合物を安全且つ効率よく製造できる。さらに、本発明の方法では、目的のポリオール化合物の収率も高く、適用範囲も広い。こうして得られるポリオールは、ポリエステルやポリウレタン等のモノマー原料、インキ、塗料、レジスト、コーティング剤、接着剤、製版材などに用いる機能性樹脂のモノマー又はその原料、医薬品や農薬等の精密化学品の中間原料等として使用できる。
【実施例】
【0037】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0038】
実施例1
窒素雰囲気下、塩化アルミニウム(AlCl3)8.65g(0.0649mol、0.1eq)を200mLの4つ口フラスコに投入し、これにジグライム(=ジエチレングリコールジメチルエーテル)100gを加え、40℃で30分撹拌し、塩化アルミニウムのジグライム溶液を調製した。
一方、窒素雰囲気下、1Lの4つ口のセパラブルフラスコに、7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタ−5−エン−2−カルボン酸メチルエステル100g(0.649mol、1.0eq)、ジグライム300g、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)24.54g(0.649mol、1.0eq)を投入し、5℃まで冷却した。これに、前記塩化アルミニウムのジグライム溶液を、フラスコ内の液温を10℃以下に保持しつつ、滴下した。滴下終了後、5℃で1時間、20℃で1時間、50℃で2時間、80℃で2時間、100℃で2時間、130℃で2時間撹拌した。反応終了後、30℃まで冷却し、反応液Aとした。
窒素雰囲気下、反応液Aを55℃まで昇温し、5N−NaOH水溶液60g(NaOH;0.3mol)を、フラスコ内の液温を55〜60℃に維持しながら、30分かけて滴下し、さらに同じ温度で30分反応させた。その後、冷却下で、27重量%過酸化水素水122.52g(H22;0.714mol、1.1eq)を、フラスコ内の液温を55〜60℃に維持しながら、2時間かけて滴下した。滴下終了後、さらに60℃で2時間反応させた(熟成)。その後、反応液を1Lの分液ロートに移し、有機層と水層に分液した。有機層をガスクロマトグラフィーにて分析した結果、5−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オール及び6−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オールが、合計で56.89g含まれており、収率は63.5%であった。
過酸化水素水の滴下開始から、フラスコ気相部の酸素発生量を連続的に測定したところ、滴下終了後から酸素の発生がやや顕著になり、酸素発生量は最大で0.08mL/分となった。
【0039】
比較例1
実施例1と同様にして、反応液Aを調製した。
窒素雰囲気下、反応液Aに、5N−NaOH水溶液60g(NaOH;0.3mol)を、30〜35℃で30分かけて滴下し、さらに同じ温度で30分反応させた。その後、冷却下で、27重量%過酸化水素水167.97g(H22;0.973mol、1.5eq)を、フラスコ内の液温を30〜35℃に維持しながら、2時間かけて滴下した。滴下終了後、60℃まで昇温し、2時間反応させた(熟成)。その後、反応液を1Lの分液ロートに移し、有機層と水層に分液した。有機層をガスクロマトグラフィーにて分析した結果、5−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オール及び6−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オールが、合計で56.61g含まれており、収率は63.1%であった。
過酸化水素水の滴下開始から、フラスコ気相部の酸素発生量を連続的に測定したところ、滴下終了後から酸素の発生が顕著になり、酸素発生量は最大で1.25mL/分となった。
【0040】
比較例2
実施例1と同様にして、反応液Aを調製した。
窒素雰囲気下、反応液Aを55℃まで昇温し、5N−NaOH水溶液60g(NaOH;0.3mol)を、フラスコ内の液温を55〜60℃に維持しながら、30分かけて滴下し、さらに同じ温度で30分反応させた。その後、冷却下で、27重量%過酸化水素水167.97g(H22;0.973mol、1.5eq)を、フラスコ内の液温を55〜60℃に維持しながら、2時間かけて滴下した。滴下終了後、さらに60℃で2時間反応させた(熟成)。その後、反応液を1Lの分液ロートに移し、有機層と水層に分液した。有機層をガスクロマトグラフィーにて分析した結果、5−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オール及び6−ヒドロキシメチル−7−オキサ−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン−2−オールが、合計で54.47g含まれており、収率は60.8%であった。
過酸化水素水の滴下開始から、フラスコ気相部の酸素発生量を連続的に測定したところ、滴下終了後から酸素の発生が顕著になり、酸素発生量は最大で0.66mL/分となった。
【0041】
以上の結果を表1に示す。なお、ポリオールの製造を安全に行うには、反応系内の酸素濃度を2%以下(特に1%以下)にするのが望ましい。反応系内の酸素濃度を2%以下(特に1%以下)にするためには、反応系における最大酸素発生量を一般に0.32mL/分(特に0.16mL/分)以下に抑える必要がある。表1より、実施例1では目的化合物が安全に製造されることが分かる。
【0042】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子内に少なくとも1つの炭素−炭素二重結合と少なくとも1つのCOOR基(Rは、水素原子又はアルキル基を示す)とを有する化合物(A)を、下記式(1)
MBH4 (1)
(式中、MはNa、K又はLiを示す)
で表される水素化ホウ素錯化合物(B)及び該水素化ホウ素錯化合物からボランを発生可能な反応剤(C)と反応させ、次いで、その反応生成物にアルカリ処理及び酸化処理を施すことにより、分子内に少なくとも2つのヒドロキシル基を有する化合物を得る方法であって、前記酸化処理を、アルカリ処理後の反応液に対して過酸化水素を逐次添加することにより行い、過酸化水素の使用量を前記化合物(A)の炭素−炭素二重結合の量に対して0.8〜1.2当量とするとともに、アルカリ処理及び酸化処理温度を50〜80℃とすることを特徴とするポリオールの製造法。
【請求項2】
反応剤(C)として、AlCl3、BF3・OEt2、(CH32SO4、H2SO4及びCH3COOHからなる群より選択された少なくとも1種の化合物を用いる請求項1記載のポリオールの製造法。

【公開番号】特開2009−155237(P2009−155237A)
【公開日】平成21年7月16日(2009.7.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−333468(P2007−333468)
【出願日】平成19年12月26日(2007.12.26)
【出願人】(000002901)ダイセル化学工業株式会社 (1,236)
【Fターム(参考)】