説明

ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物

【課題】優れた流動性と高い結晶化特性を有し、かつ樹脂成形品やシート、フィルム、繊維およびパイプなどの溶融加工時の加工性、発生ガスの少ないPPS樹脂組成物を提供する。
【解決手段】(A)ポリフェニレンスルフィド100重量部に対し、(B)特定構造を有する環状ポリフェニレンスルフィド混合物1〜50重量部からなる樹脂組成物であって、(B)環状ポリフェニレンスルフィド混合物中、m=6の環状ポリフェニレンスルフィドの含有量が50重量%未満であることを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物に関し、特定の環構造を有する環状ポリフェニレンスルフィド化合物を配合することにより、優れた流動性と高い結晶化特性を有し、樹脂成形品やシート、フィルム、繊維およびパイプなどの溶融加工時の加工性、発生ガスが少なく、さらに射出成形時にバリの発生を抑制可能なPPS樹脂組成物を提供するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド樹脂(以下PPSと略す。)は、優れた耐熱性、耐薬品性などの特徴を活かして、当初はエンジニアリングプラスチックや耐熱性フィルムなどで実用化がなされてきた。特に、耐熱性、耐薬品性、剛性、難燃性に優れ、更に良好な成形加工性、寸法安定性を有するため、射出成形用エンジニアリングプラスチックとして電気・電子機器部品、自動車部品や精密機器部品として広く使用されている。
【0003】
近年では、繊維においてもその用途が拡がりつつあり、例えば、バグフィルターや絶縁ペーパーなどの用途に有用視され、その需要量も拡大している。
【0004】
PPSは熱可塑性樹脂の中では、成形加工性が良好な部類に入る樹脂であるが、近年特に電気・電子部品の小型化、形状複雑化、多材料とのインサート成形技術の導入などが進むにつれてますます成形加工性の向上が要求されるようになっている。これらの要求に対応し、成形加工性を向上させるためには、PPSの溶融時の流動性や結晶化速度(固化速度)を高める必要がある。
【0005】
一方、PPSは耐熱性、耐熱性、耐薬品性、剛性、難燃性に優れ、更に良好な成形加工性、寸法安定性を有するものの、特に射出成形用途に用いる場合は、他のエンジニアリングプラスチックに比べて、射出成形時のバリの発生量が多いことが問題視されている樹脂でもある。
【0006】
またPPSの用途は、樹脂成形品だけでなく、フィルム、繊維分分野などの用途も、拡がりを見せている。PPSを繊維やフィルムなどに加工する際には、樹脂粘度に由来する成形加工時の樹脂圧力の影響や、結晶化特性(固化速度)などの影響により、口金圧力の変動が生じる。そのため、糸加工の場合は、糸の太さむらや糸切れの問題、フィルム加工の際は、フィルムの厚みむらなどが生じるなどの問題があった。さらに繊維やフィルム加工時の滞留時間は、樹脂射出成形などに比べ長く、滞留時の分解ガス発生もまた、糸加工の際には糸切れの問題、フィルム加工の際には気泡欠点の問題があった。流動性を向上させるためには、加工温度を上げることで樹脂粘度を低下させるという方法が一般的な手法であるが、PPS樹脂は高温化に伴い分解ガスを発生するという問題があり、そのため流動性の向上とガス発生抑制を、加工温度だけで両立させることは困難であった。
【0007】
PPSの流動性向上や樹脂粘度低下による圧力低下などの成形加工性改良については、N,N’−アルキレンビス(環アミド)、脂肪族カルボン酸グリセリド、脂肪族カルボン酸エステルなどを添加する方法(特許文献1参照。)や、メルカプト基を有するけい素化合物を添加する方法(特許文献2)、PPS樹脂とサーモトロピック液晶ポリエステルを添加する方法(特許文献3、4)などが提案されている。
【0008】
しかし特許文献1〜4記載の方法では、良流動化、低樹脂粘度化および結晶化特性向上などによる成形加工性の向上効果は認められるものの、一方で、これらの目的を達成するために配合される添加剤が、成形加工の際に多量の揮発ガスとして発生するという問題があり、良流動化、低樹脂粘度化、結晶化特性向上による溶融加工性向上とガス発生抑制を両立することは困難であった。またこれらの公知技術を用いた繊維、フィルム加工において、揮発性ガスの発生なども影響し、連続紡糸時の糸切れ、糸の太さムラ、フィルム加工では、フィルム気泡やフィルムの厚みむらなどを解決するには至らなかった。
【0009】
また本発明の解決課題とは異なるが、線状PPSおよび充填剤を含有する樹脂組成物に、溶融安定剤として環状PPSを添加することにより、溶融加工時の劣化を抑制し、機械的性質の低下を抑制する手法が特許文献5に開示されている。しかしながら、本技術により得られるPPS樹脂組成物では、流動性改良効果や結晶化特性の向上効果、さらに射出成形時のバリ発生の低減効果は全く認めらなかった。特許文献5で用いられている環状PPSは架橋タイプのPPS樹脂からクロロホルムによりソックスレー抽出し、再結晶させた純度99.9%のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)(式(I)中、m=6)を使用していることが開示されている。筆者らの追試実験により、融点は347℃とPPSの融点(277〜282℃)よりも極めて高く、一般的なPPS樹脂の成形加工温度320℃付近では溶融せず、流動性改良効果や結晶化速度の向上効果が認められないことや、射出成形時のバリ発生の低減効果が認められないことが明らかになった。すなわちPPSの成形加工温度320℃付近ではシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が溶融せず、充填剤として作用することが明らかとなった。
【0010】
また特許文献5ではシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が融解する温度領域、すなわち成形温度330℃〜380℃において成形加工することにより、成形加工時のドローリングという現象が抑制されることや、同条件で成形加工したシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)が配合されていないPPS樹脂組成物に比べ、シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を配合したPPS樹脂組成物の機械物性の低下が少ないことを開示しているにすぎず、一般的なPPSの成形加工温度付近での流動性改良や結晶化特性の改良や射出成形時のバリ発生の低減効果については、全く開示されていない。筆者らの追試実験により、シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を配合したPPS樹脂組成物は、一般的なPPS樹脂の成形温度320℃においても、流動性改良効果や結晶化特性の改良効果は全く認められないことが明らかとなった。
【特許文献1】特開昭64−51463号公報
【特許文献2】特開平2−225565号公報
【特許文献3】特開平1−292058号公報
【特許文献4】特開平5−230371号公報
【特許文献5】特開平10−77408号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記問題点を解決し、溶融加工時の流動性に優れ、溶融粘度が低く、高い結晶化特性を有し、かつ溶融時のガス発生量を抑制したPPS樹脂組成物に関するものであり、さらに樹脂成形品やシート、フィルム、繊維およびパイプなどの溶融加工性に好適であり、特に射出成形加工時のバリ発生の抑制が可能な射出成形品として好適なPPS樹脂組成物に関するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
筆者らは、PPS組成物に関し、特定の環構造を有する環状PPS混合物を配合することにより、優れた流動性と高い結晶化特性を有し、かつ樹脂成形品や繊維、フィルムなどの成形品に加工する際の溶融加工性および溶融加工時の発生ガスが少なく、さらに射出成形時のバリ発生が低減されたPPS樹脂組成物を得ることに成功した。すなわち本発明は、下記を提供するものである。
【0013】
すなわち、本発明は、
〔1〕(A)PPS100重量部に対し、(B)一般式(1)で表される環状PPS混合物であって、m=6の環状PPSの含有量が50重量%未満である環状PPS混合物1〜50重量部を配合してなるPPS樹脂組成物、
【0014】
【化1】

【0015】
〔2〕(B)環状PPS混合物中、m=6の環状PPSの含有量が30重量%未満であることを特徴とする〔1〕記載のPPS樹脂組成物、
〔3〕前記一般式(1)で表される環状PPS混合物のmが4〜12であることを特徴とする〔1〕,〔2〕のいずれか1項記載のPPS樹脂組成物、
〔4〕〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のPPS樹脂組成物からなる成形品、
〔5〕(A)PPS100重量部に対し、(B)一般式(1)で表される環状PPS混合物であって、m=6の環状PPSの含有量が50重量%未満である環状PPS混合物1〜50重量部を配合することを特徴とするPPS樹脂組成物の製造方法、
【0016】
【化2】

【0017】
〔6〕〔1〕〜〔3〕のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を、射出成形することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品の製造方法、
〔7〕〔5〕記載の製造方法により得られたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を、射出成形することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品の製造方法、
に関するものである。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、優れた流動性と高い結晶化速度を有し、かつ射出成形品や繊維、フィルム加工時の加工性、発生ガスの少なく、さらに射出成形時のバリ発生が低減されたPPS樹脂組成物を提供することができ、さらに該樹脂組成物を用いることにより、加工性に優れた溶融加工方法を提供することができる。さらに射出成形時のバリ発生が低減されたPPS樹脂組成物を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
(1)ポリフェニレンスルフィド(PPS)
本発明で使用する(A)ポリフェニレンスルフィド(PPS)とは、構造式(2)で示される繰り返し単位を70モル%以上、より好ましくは90モル%以上を含む重合体であり、上記繰り返し単位が70モル%未満では、耐熱性が損なわれるので好ましくない。
【0021】
【化3】

【0022】
またPPSはその繰り返し単位の30モル%未満を、下記の構造式を有する繰り返し単位等で構成することが可能である。
【0023】
【化4】

【0024】
本発明のPPSの分子量は、重量平均分子量で10,000以上、好ましくは15,000以上、より好ましくは18,000以上である。重量平均分子量が10,000未満では加工時の成形性が低く、また成形品の機械強度や耐薬品性等の特性が低くなる。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、更に好ましくは200,000未満であり、この範囲内では高い成形加工性を得ることができる。ここでPPSの分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定し、ポリスチレン換算で算出した値である。
【0025】
本発明で用いられるPPSの溶融粘度は、溶融混練が可能であれば特に制限はないが、通常5〜5000Pa・s(320℃、剪断速度1000sec−1)のものが使用される。
【0026】
かかるPPSは通常公知の方法即ち特公昭45−3368号公報に記載される比較的分子量の小さな重合体を得る方法或は特公昭52−12240号公報や特開昭61−7332号公報に記載される比較的分子量の大きな重合体を得る方法などによって製造できる。本発明において上記の様に得られたPPSを空気中加熱による架橋/高分子量化、有機溶媒、熱水、酸水溶液などによる洗浄、酸無水物、エポキシ、イソシアネートなどの官能基含有化合物による活性化など種々の処理を施した上で使用することももちろん可能である。
【0027】
本発明で使用する環状PPS混合物について説明する。
【0028】
(2)環状PPS混合物
本発明の環状PPS混合物は、下記一般式(1)で表される、m=4〜20の整数で表される環状PPSの混合物であって、さらに環状PPS混合物中、m=6の環状PPSの含有量が50重量%未満である。
【0029】
【化5】

【0030】
(mは4〜20の整数)
【0031】
上記式中の繰り返し単位mは、4〜20の整数であり、4〜15が好ましく、4〜12がさらに好ましい。
【0032】
またmが単一の環状PPSは、結晶化の容易さに差はあるものの、結晶として得られるため、融解温度は高くなる傾向を示すが、本発明の環状PPS混合物は、異なるmを有する混合物であるため、単一の環状PPSに比べて、融解温度が特異的に低下し、PPSの加工可能温度に近づくという特徴、および該環状PPS混合物をPPSに配合することにより、本発明の目的である溶融加工時の流動性向上効果、結晶化特性の向上効果に優れるという特徴を有し、このことは本発明の樹脂組成物を溶融加工する際に、加熱温度が低くても、溶融加工性に優れるという特徴を発現することになる。
【0033】
さらに流動性向上効果と結晶化特性の向上効果により、射出成形時のバリ発生が顕著に抑制されるという特徴を発現することになる。
【0034】
例えば、m=6の環状PPS(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド))は、融点が348℃と、PPSの融点(277〜282℃)に比べ60℃以上も高く、それゆえ溶融加工温度を高温にしないと該環状物が融解しないという問題があることを筆者らは見出した。このような環状PPSの特徴から、本発明で使用する環状PPS化合物は、溶融加工時の流動性向上効果、結晶化特性の向上効果、射出成形時のバリ発生抑制の面から、mが異なる環状PPSの混合物である。
【0035】
環状PPS混合物中の異なるmのそれぞれの比率に特に制限はないが、本発明の効果を発現させるためには、環状PPS混合物の中、最も融点が高く、結晶化しやすいm=6の環状PPSの含有量が50重量%未満であり、さらに好ましくは30重量%であり、特に好ましくは10重量%未満である(m=6の環状PPS(重量)/(環状PPS混合物(重量)×100)。ここで、環状PPS混合物中のm=6の環状PPS含有率は、環状PPS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際の、PPS構造を有する化合物に帰属される全ピーク面積に対する、m=6の環状PPSに帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。ここで、PPS構造を有する化合物とは、少なくともPPS構造を有する化合物であり、例えば環状PPSや線状のPPSであり、フェニレンスルフィド以外の構造をその一部に有する(例えば末端構造として)化合物もここでいうPPS構造を有する化合物に属する。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0036】
このような環状PPS混合物は、公知のPPSの製造方法によって、PPSと環状PPSを含むPPS混合物を得た後、該PPS混合物から環状PPS混合物を抽出することにより得ることができる。以下にその製造方法について説明する。
【0037】
(3)環状PPSの原料となるPPS混合物の製造方法
PPS混合物の製造方法としては、公知の技術を用いることができ、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱して、PPS混合物およびアルカリ金属ハライドを含む反応溶液を調製し、該反応液をたとえば水等で処理することでPPS混合物(PPSと環状PPSの混合物)を得る方法や、ジフェニルジスルフィド類もしくはチオフェノール類を酸化重合することでPPS混合物を得る方法が例示できる。ただし、これら方法で一般に得られるPPS混合物中に含まれる環状PPS混合物は通常5重量%未満と低いため、環状PPS混合物を5重量%以上含むPPS混合物を得るためには、たとえばPPS混合物の重合の際に、重合溶媒を多量に用いるなどの特殊な方法が必要であり、このような方法で効率よく多量のPPS混合物を得ることは経済的に不利であり、工業的には成立に難がある。
【0038】
前記以外のPPS混合物の製造方法としては、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱し重合した後、220℃以下に冷却して得られた、少なくとも顆粒状のPPSと顆粒状PPS以外のPPS混合物、有機極性溶媒、水、およびハロゲン化アルカリ金属塩を含む反応液から顆粒状のPPSを取り除いた際に得られる回収スラリーからPPS混合物を得る方法が好ましく例示できる。なお、ここで顆粒状PPSとは平均目開き0.175mmの標準ふるい(80meshふるい)で回収できるPPS成分を指す。この方法によって得られるPPS混合物は重量平均分子量が5,000以下の低分子量PPSを多く含み、たとえば前記顆粒状PPSと比較して機械物性などの特性が大幅に劣るため、一般的工業材料用途への適用は困難であり工業利用上の価値のないものとして従来は認識されていた。そのため、この方法で得られるPPS混合物は通常、産業廃棄物として処理されていた。
【0039】
本発明者らは前記顆粒状PPS以外のPPS混合物を詳細に分析した結果、このPPS混合物には前記式(1)で表される環状PPS混合物(m=4〜20の混合物)が10重量%以上含まれており、本発明の環状PPS混合物を得るための原料として好ましいことを見いだした。このことは、従来は産業廃棄物とされていたものから、産業上極めて利用価値の高い化合物を本発明の方法によって回収できるといった観点で、意義の大きなことである。
【0040】
前記回収スラリーからPPS混合物を回収する方法としては、たとえば回収スラリーから少なくとも50重量%以上の有機極性溶媒を除去し、残留物を得て、これに水を添加した後、所望に応じて酸を加えて、少なくとも残存有機極性溶媒およびハロゲン化アルカリ金属塩を除去してPPS混合物を分離回収して得る方法や、回収スラリーからPPS混合物を析出させ固体状成分としてPPS混合物を回収する方法、たとえば回収スラリーに水を加えることでPPS混合物を析出させた後に公知の固液分離法であるデカンテーション、遠心分離及び濾過などの手法によって、固体成分としてPPS混合物を得る方法などを例示することができる。
【0041】
(4)環状PPS混合物含有溶液の調製
本発明ではPPS混合物を、前記式(1)記載の環状PPS混合物(m=4〜20)を溶解可能な溶剤と接触させて環状PPS混合物を含む溶液を調製する。
【0042】
ここで用いる溶剤としては環状PPS混合物を溶解可能な溶剤であれば特に制限はないが、溶解を行う環境において環状PPS混合物は溶解するが、PPS混合物は溶解しにくい溶剤が好ましく、PPSは溶解しない溶剤がより好ましい。PPS混合物を前記溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する反応器の部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。用いる溶剤としてはPPSや環状PPS混合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、PPS混合物を溶剤と接触させる操作をたとえば常圧環流条件下で行う場合に好ましい溶剤としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンなどの極性溶媒を例示できるが、中でもベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンが好ましく、トルエン、キシレン、クロロホルム、塩化メチレン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフランがより好ましく例示できる。
【0043】
PPS混合物を溶剤と接触させる際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の温度や時間などの条件によってPPS混合物や溶剤が酸化劣化するような場合には、非酸化性雰囲気下で行うことが望ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0044】
PPS混合物を溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、一般に温度が高いほど環状PPS混合物の溶剤への溶解は促進される傾向にある。前記したように、PPS混合物の溶剤との接触は大気圧下でおこなうことが好適であるので、上限温度は使用する溶剤の大気圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい溶剤を用いる場合はたとえば20〜150℃を具体的な温度範囲として例示できる。
【0045】
PPS混合物を溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPS混合物の溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても溶剤への溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0046】
PPS混合物を溶剤と接触させる方法は、公知の一般的な手法を用いれば良く特に限定はないが、たとえばPPS混合物と溶剤を混合し、必要に応じて攪拌した後溶液部分を回収する方法、各種フィルター上のPPS混合物に溶剤をシャワーすると同時に環状PPS混合物を溶剤に溶解させる方法、ソックスレー抽出法原理による方法などいかなる方法も用いることができる。PPS混合物と溶剤を接触させる際の溶剤の使用量に特に制限はないが、たとえばPPS混合物重量に対する浴比で0.5〜100の範囲が例示できる。浴比が小さすぎるとPPS混合物と溶剤の混合が困難になるだけでなく、環状PPS混合物の溶剤への溶解が不十分になる傾向にある。浴比が大きい方が一般に環状PPS混合物の溶剤への溶解には有利であるが、大きすぎてもそれ以上の効果は望めず、逆に溶剤使用量増大による経済的不利益が生じることがある。なお、PPS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合は、小さい浴比でも十分な効果を得られる場合が多い。またソックスレー抽出法は、その原理上、PPS混合物と溶剤の接触を繰り返し行う場合と類似の効果が得られるので、この場合も小さな浴比で十分な効果を得られる場合が多い。
【0047】
PPS混合物を溶剤と接触させた後に、環状PPS混合物を溶解した溶液が、残りの固形状のPPSを含む固液スラリー状で得られた場合、公知の固液分離法を用いて溶液部を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。このようにして分離した溶液については、後述する溶剤の除去を行う。一方、残存した固体成分については、環状PPS混合物がまだ残存している場合、具体的には重量基準で0.05重量%以上の環状PPS混合物が残存している場合には、再度溶剤との接触及び溶液の回収を繰り返し行うことでより収率よく環状PPS混合物を得ることができる。また、環状PPS混合物がほとんど残存していない、具体的には環状PPS混合物の残存が重量基準で0.05重量%未満の場合には、残存溶剤を除去することで、残存した固体状のPPSは、高純度なPPSとして好適にリサイクル可能である。
【0048】
(5)環状PPS溶液からの溶剤の除去
本発明では前述のようにして得られた前記式[I]で表される環状PPS混合物(m=4〜20)を含む溶液から溶剤の除去を行い、環状PPS混合物を得る。ここで溶剤の除去は、たとえば加熱し、常圧以下で処理する方法や、膜を利用した溶剤の除去を例示できるが、より収率よく、また効率よく環状PPS混合物を得るとの観点では常圧以下で加熱して溶剤を除去する方法が好ましい。なお、前述の様にして得られた環状PPSを含む溶液は温度によっては固形物を含む場合もあるが、この場合の固形物も環状PPS混合物に属するものであるので、溶剤の除去時に溶剤に可溶の成分とともに回収する事が望ましく、これにより収率よく環状PPS混合物を得られるようになる。
【0049】
溶剤の除去は、少なくとも50重量%以上、好ましくは70重量%以上、更に好ましくは90重量%以上、よりいっそう好ましくは95重量%以上の溶剤を除去することが望ましい。加熱による溶剤の除去を行う際の温度は用いる溶剤の特性に依存するため一意的には限定できないが、通常、20〜150℃、好ましくは40〜120℃の範囲が選択できる。また、溶剤の除去を行う圧力は常圧以下が好ましく、これにより溶剤の除去をより低温で行うことが可能になる。
【0050】
(6)その他後処理
(3)〜(5)に記載の方法により得られた環状PPS混合物は十分に高純度であり、本発明の樹脂組成物の必要成分である環状PPS混合物として好適に用いることができるが、さらに以下に述べる後処理を付加的に施すことによってよりいっそう純度の高い環状PPS混合物を得ることが可能である。
【0051】
前記(3)〜(5)までの操作によって得られた環状PPS混合物は、用いた溶剤の特性によっては、PPS混合物中に含まれる不純物成分を含む場合がある。このような少量の不純物を含む環状PPS混合物を不純物は溶解するが、環状PPS混合物は溶解しない、もしくは環状PPS混合物の溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、不純物成分を選択的に除去することが可能な場合が多い。
【0052】
環状PPS混合物を前記第二の溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。第二の溶剤として好ましい溶剤としては、目的とする環状PPS混合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン等の炭化水素系溶媒が例示でき、なかでもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタンが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサンが特に好ましい。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0053】
環状PPS混合物を第二の溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、上限温度は使用する第二の溶剤の常圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい第二の溶剤を用いる場合はたとえば20〜100℃が好ましい温度範囲として例示でき、より好ましくは25〜80℃が例示できる。
【0054】
環状PPS混合物を第二の溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPS混合物中の不純物の第二の溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても第二の溶剤への不純物の溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0055】
環状PPS混合物を第二の溶剤と接触させる方法としては固体状の環状PPS混合物と第二の溶剤を必要に応じて攪拌して混合する方法、各種フィルター上の環状PPS混合物固体に第二の溶剤をシャワーすると同時に不純物を第二の溶剤に溶解させる方法、固体状の環状PPS混合物を第二の溶剤を用いたソックスレー抽出を用いる方法や、溶液状の環状PPS混合物もしくは溶剤を含む環状PPS混合物スラリーを第二の溶剤と接触させて、第二の溶剤の存在下で環状PPS混合物を析出させる方法などを用いることができる。なかでも溶剤を含む環状PPS混合物スラリーを第二の溶剤と接触させる方法は、操作後に得られる環状PPS混合物の純度が高く、有効な方法である。
【0056】
環状PPS混合物を第二の溶剤と接触させた後には、環状PPS混合物が第二の溶剤中に析出したスラリーが得られるので、公知の固液分離法を用いて固体状の環状PPS混合物を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。固液分離後に得られた環状PPS混合物中に不純物がまだ残存している場合は、再度環状PPS混合物と第二の溶剤とを接触させて、さらに不純物を除去することも可能である。
【0057】
(7)本発明の環状PPS混合物の特性
かくして得られた環状PPS混合物は前記式(1)におけるmが単一ではなく、前記式(1)で表されるm=4〜20の異なるmを有する環状PPS混合物あり、さらに環状PPS混合物中の、m=6の環状PPS含量が50重量%未満という特徴を有する。
【0058】
なお本発明の環状PPS混合物のmは前記のごとく、m=4〜20であるが、著者らの検討により、環状PPSとしては、m=4〜12のものが存在することを確認しており、mがこの範囲の場合、後述するようにPPSに環状PPS混合物からなる樹脂組成物の、流動性向上効果や結晶化速度の向上効果、また該樹脂組成物を溶融加工する際の、加工性やガス発生が少なくなることや、さらには射出成形時のバリ発生が抑制されることを確認した。
【0059】
なおmが12以上の環状PPSについては、存在している可能性が高いが、現在の分析技術では定性や定量困難である。なぜならば後述するように、環状PPS混合物中に含まれる直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPSの区別が、現時点の最新分析技術では困難なためである。しかしながら、本発明ではPPSに環状PPS混合物を配合すること、かつその環状PPS混合物中のm=6の環状PPSの含有量が特定量であることが、本発明の効果発現に重要であり、本発明の効果を損なわない範囲でmが13以上の環状PPSが含まれていてもよい。
【0060】
また(3)〜(6)に記載の方法により得られた環状PPS混合物は十分に高純度であるが、条件によっては、不純物として直鎖状PPSオリゴマーが含有することもある。また前述したようにこの直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPSの区別は、現時点の最新分析技術では困難である。この直鎖状PPSオリゴマーと推定されるオリゴマー成分の重量平均分子量(Mw)は、前記(3)で記載した環状PPSの原料となるPPS混合物の製造方法により異なるが、通常、5000以下のものであり、場合によっては2000以下のものである。
【0061】
また直鎖状のPPSオリゴマーは、通常のPPSにも含まれているものでもあるが、本発明の環状PPS混合物の配合量は、環状PPS混合物、および現時点の分析技術では分離・解析が困難な、直鎖状PPSオリゴマーとmが13以上の環状PPSを含めた値を「環状PPS混合物」として定義する。
【0062】
なお環状PPS混合物中に不純物として残存する直鎖状のPPSオリゴマーは、環状PPS混合物に比べ、熱安定性が悪いため、これらが不純物として多量に含まれていると、本発明の効果が損なわれ、特に成形加工時の発生ガス量が増加、射出成形時のバリ発生が生じやすくなるという問題が発生する。
【0063】
そのため、(3)〜(6)に記載の方法により得られる環状PPS混合物中の直鎖状PPSオリゴマーの量は、全環状PPS混合物量に対して、50重量%未満であり、30重量%未満が好ましく、さらに好ましくは10重量%未満である。
【0064】
なおこの時の、環状PPS混合物中の直鎖状PPSオリゴマー量は、現時点の分析技術によれば、m=13以上の環状PPSとの総量として、MALDI−TOF−MSにより定量することが可能である。
【0065】
また前記特許文献5に記載されているように、架橋タイプのPPSから、環状PPSをソックスレー抽出し、抽出液を冷却し、析出した白色固体を「再結晶法」により回収する方法を採用した場合、得られる環状PPSは、m=6の環状PPS単体が高純度で得られることが開示されている(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)。また架橋タイプのPPSに比べ、回収量は少ないものの、直鎖状のPPSからも、同じように抽出操作し、「再結晶」することにより同じようにm=6の環状PPS単体が高純度で得られる。
m=6の環状PPSは、極めて安定な針状の結晶構造を有し、かつ結晶化しやすいため、「再結晶」という方法に適した環状物である反面、その安定な針状結晶構造を反映して融点が348℃と高くなる。PPSとm=6の環状PPSからなる樹脂組成物では、流動性向上効果や結晶化特性の向上効果は認められず、また該樹脂組成物を溶融加工する際の、成形加工性はPPS単体に比べ、むしろ劣る結果となることを筆者らは見出した。
【0066】
m=6の環状PPS単体のみの場合は、かくのごとく本発明の効果は認められないものの、環状PPS混合物中の、m=6の環状PPS含量が50重量%未満、30重量%未満が好ましく、さらに好ましくは10重量%未満において本発明の効果が確認されることを見出した。
【0067】
この理由は現時点下記の通り解釈している。すなわち、m=6の環状PPS含有量が低下することにより、該環状PPSが結晶核として作用しないなどの効果もあって、結果として、m=4以上の混合物からなる環状PPS混合物の結晶化が抑えられ、環状PPS混合物の融点が低くなること、それによりPPSと該環状PPS混合物からなる樹脂組成物のいずれもが溶融し、かつ相溶することにより、該環状PPS混合物が、PPSのプロセス可塑剤として作用していると考えられる。
【0068】
またm=6以外の環状単量体は、m=6に比べ、結晶化し難いため、「再結晶」という手法により単量体として得ることは困難であったが(再結晶という手法により単離可能なのはm=6の環状PPSのみである)、筆者らはこれらの単量体を分集液体クロマトグラムにより分離回収し、m=4の環状PPS(シクロテトラ(p−フェニレンスルフィド)、融点296℃))、m=5のシクロペンタ(p−フェニレンスルフィド)(融点257℃)、m=7のシクロヘプタ(p−フェニレンスルフィド)(融点328℃)、m=8のシクロオクタ(p−フェニレンスルフィド)(融点305℃)であることが確認された。
【0069】
すなわち(3)〜(6)に記載の方法によれば、得られる環状PPS混合物は異なるmを有する混合物であり、かつm=6の環状PPS含量が50重量%未満のものが得られる。また条件によっては、m=6の環状PPS含量が30重量%未満のものや、前記記載の後処理によっては、10重量%未満のものも得ることが可能である。得られた環状PPS混合物は、単一のmからなる環状PPS単体に比べ、融解温度が低いという特徴があり、このことはたとえば環状PPS混合物を溶融して用いる際の加工温度を低くし、かつ比較的低温でも流動性が向上、結晶化速度などの結晶化特性が向上し、さらに該環状PPSを含有するPPS組成物の溶融加工の際に、良成形加工性、低ガス発生が達成できるという優れた特徴を発現し、さらに溶融加工の中でも、特に射出成形時のバリ発生を抑制するという優れた特徴を発現することになる。
【0070】
(8)PPS樹脂組成物
本発明の樹脂組成物は(A)PPS100重量部に対し、(B)一般式(1)で表される環状PPS混合物であって、m=6の環状PPSの含有量が50重量%未満である環状PPS混合物1〜50重量部を配合してなるPPS樹脂組成物である。
【0071】
環状PPS混合物の配合量が0.1部未満では十分な流動性向上効果、結晶化速度向上効果や、該樹脂組成物を溶融加工する際の成形加工性の向上効果が小さい。一方、環状PPS混合物の配合量が50重量%以上では、PPS樹脂そのものの特性が低下したり、粘度低下が激しくなり逆に成形加工性が低下することがある。
【0072】
そのため環状PPS混合物の添加量は、1〜50重量部であり、好ましくは2〜20重量部、さらに好ましくは2〜10重量部である。
【0073】
なお(A)PPSは、その重合時に副生成物として、環状PPS混合物が生成することが知られている。したがって(A)PPSそのものに、すでに環状PPS混合物が含有されているが、この量は0.1〜1重量%と極わずかであることが知られている。しかしながら重合時に副生するPPS混合物量0.1〜1重量%だけでは、本発明の効果は得られず、環状PPS混合物を、PPS単体が含有するPPS混合物量以上配合することが、本発明の効果を得るために重要である。そのため、環状PPS混合物の添加量は、1〜50重量部、好ましくは2〜20重量部、さらに好ましくは2〜10重量部である。
本発明のPPS樹脂組成物は、先に述べた方法などによって得られる(B)環状PPS混合物を、(A)PPS樹脂に配合することによって得られる。
【0074】
本発明の樹脂組成物には、必要に応じてさらに繊維状および/または非繊維状充填材を配合することができる。その配合量は、(A)PPS100重量部に対し400重量部までの範囲で配合することが可能であり、より高い機械的性質、寸法安定性等を得る意味においては、(A)PPS100重量部に対し維状および/または非繊維状充填材を40〜350重量部配合することが好ましい。
【0075】
本発明において必要に応じて配合される繊維状および/または非繊維状充填材としては、ガラス繊維、炭素繊維、チタン酸カリウィスカ、酸化亜鉛ウィスカ、アルミナ繊維、炭化珪素繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、石コウ繊維、金属繊維などの繊維状充填剤、ワラステナイト、セリサイト、カオリン、マイカ、クレー、ベントナイト、アスベスト、タルク、アルミナシリケートなどの珪酸塩、アルミナ、酸化珪素、酸化マグネシウム、酸化ジルコニウム、酸化チタン、酸化鉄などの金属化合物、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、ドロマイトなどの炭酸塩、硫酸カルシウム、硫酸バリウムなどの硫酸塩、ガラス・ビーズ、セラミックビ−ズ、窒化ホウ素、炭化珪素、燐酸カルシウムおよびシリカなどの非繊維状充填剤が挙げられ、これらは中空であってもよく、さらにはこれら充填剤を2種類以上併用することも可能である。また、これら繊維状および/または非繊維状充填材をシラン系あるいはチタネート系などのカップリング剤で予備処理して使用することは、機械的強度などの面からより好ましい。
【0076】
本発明のPPS樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲において、酸化防止剤、熱安定剤、滑剤、可塑剤、結晶核剤、紫外線防止剤、着色剤、難燃剤などの通常の添加剤を添加することができる。また、本発明のPPS樹脂組成物は本発明の効果を損なわない範囲で、ポリアミド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、四フッ化ポリエチレン、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、ポリイミド、ポリカーボネート、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエチレン、ポリスチレン、ポリプロピレン、ABS樹脂、ポリエステル、ポリアミドエラストマ、ポリエステルエラストマ等の樹脂を含んでも良い。
【0077】
さらに本発明のPPS樹脂組成物には本発明の効果を損なわない範囲で、機械的強度およびバリ等の成形性などの改良を目的として、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン、γ−ウレイドプロピルトリメトキシシシランおよびγ−(2−ウレイドエチル)アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルメチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジメトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルエチルジエトキシシラン、γ−イソシアナトプロピルトリクロロシランなどの有機シラン化合物を添加することができる。
【0078】
本発明のPPS樹脂組成物の調製方法は特に制限はないが、原料の混合物を単軸あるいは2軸の押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなど通常公知の溶融混合機に供給して280〜380℃の温度で混練する方法などを例として挙げることができる。また、原料の混合順序にも特に制限はなく、PPS、本発明の環状PPS混合物および必要に応じてその他添加剤を一括してドライブレンドした後、上述の方法などで溶融混練する方法、あるいはPPS、本発明の環状PPS混合物および必要に応じてその他添加剤のうちの2者または3者をドライブレンドして溶融混練した後、これと残る1者または2者を溶融混練する方法が代表的である。
【0079】
本発明のPPS樹脂組成物は、通常のPPSに比べ、流動性、結晶化特性に優れ、さらに溶融加工時の流動性やガス発生が少ないことから、射出成形、射出圧縮成形、ブロー成形などの樹脂成形用途のみならず、押出成形により、シート、フィルム、繊維及びパイプなどの押出成形品に成形に好適である。さらに本発明のPPS樹脂組成物は、溶融加工の中でも、特に射出成形に特に好適であり、射出成形時のバリ発生が抑制されるという特徴を有している。
【0080】
本発明のPPS樹脂組成物を用いたPPSフィルムの製造方法としては、公知の溶融製膜方法を採用することができ、例えば、単軸または2軸の押出機中でPPS樹脂組成物を溶融後、フィルムダイより押出し、冷却ドラム上で冷却してフィルムを作成する方法、あるいは、このようにして作成したフィルムをローラー式の縦延伸装置とテンターと呼ばれる横延伸装置にて縦横に延伸する二軸延伸法などが例示できるが、特にこれに限定されるものではない。
【0081】
本PPS樹脂組成物の良流動性、結晶化特性の向上という特徴は、溶融製膜時におけるフィルムダイの圧力変動の抑制により、フィルムの厚みむらが少ないという効果だけでなく、低圧力で溶融製膜化が可能なため、生産吐出量を大幅に増加できるという効果もある。通常溶融粘度を低下させるためには、製膜温度を高めるという手法が一般的であるが、分解ガスの発生により製膜時の気泡欠点を生じるという問題があるが、本PPS樹脂組成物を使用することにより、比較的低い温度での溶融製膜が可能となり、分解ガスの発生も生じないという効果もある。
【0082】
同じく、本発明のPPS樹脂組成物を用いたPPS繊維の製造方法としては、公知の溶融紡糸方法を適用することができ、例えば、原料であるPPS樹脂組成物からなるチップを単軸または2軸の押出機に供給しながら混練し、ついで押出機の先端部に設置したポリマー流線入替器、濾過層などを経て紡糸口金より押出し、冷却、延伸、熱セットを行う方法などを採用することができるが、特にこれに限定されるものではない。
【0083】
さらに本PPS樹脂組成物の良流動性、結晶化特性の向上という特徴は、溶融紡糸時における濾過層や口金の圧力変動が抑制でき、糸の太さむらが少ないという効果だけでなく、低圧力で溶製糸が可能なため、生産吐出量を大幅に増加できるという効果のほか、比較的低い温度での溶融製糸が可能となり、分解ガスの発生も生じず糸切れなどの問題がないという効果もある。
【0084】
(9)本発明のPPS樹脂組成物の用途
本発明のPPS樹脂組成物は、成形加工性や機械特性及び電気的特性に優れるため、その用途としては、例えばセンサー、LEDランプ、コネクター、ソケット、抵抗器、リレーケース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサー、バリコンケース、光ピックアップ、発振子、各種端子板、変成器、プラグ、プリント基板、チューナー、スピーカー、マイクロフォン、ヘッドフォン、小型モーター、磁気ヘッドベース、パワーモジュール、半導体、液晶、FDDキャリッジ、FDDシャーシ、モーターブラッシュホルダー、パラボラアンテナ、コンピューター関連部品等に代表される電気・電子部品;VTR部品、テレビ部品、アイロン、ヘアードライヤー、炊飯器部品、電子レンジ部品、音響部品、オーディオ・レーザーディスク(登録商標)、コンパクトディスク、デジタルビデオディスク等の音声・映像機器部品、照明部品、冷蔵庫部品、エアコン部品、タイプライター部品、ワードプロセッサー部品等に代表される家庭、事務電気製品部品;オフィスコンピューター関連部品、電話器関連部品、ファクシミリ関連部品、複写機関連部品、洗浄用治具、モーター部品、ライター、タイプライターなどに代表される機械関連部品:顕微鏡、双眼鏡、カメラ、時計等に代表される光学機器、精密機械関連部品;水道蛇口コマ、混合水栓、ポンプ部品、パイプジョイント、水量調節弁、逃がし弁、湯温センサー、水量センサー、水道メーターハウジングなどの水廻り部品;バルブオルタネーターターミナル、オルタネーターコネクター,ICレギュレーター、ライトディヤー用ポテンシオメーターベース、排気ガスバルブ等の各種バルブ、燃料関係・排気系・吸気系各種パイプ、エアーインテークノズルスノーケル、インテークマニホールド、燃料ポンプ、エンジン冷却水ジョイント、キャブレターメインボディー、キャブレタースペーサー、排気ガスセンサー、冷却水センサー、油温センサー、スロットルポジションセンサー、クランクシャフトポジションセンサー、エアーフローメーター、ブレーキパッド摩耗センサー、エアコン用サーモスタットベース、暖房温風フローコントロールバルブ、ラジエーターモーター用ブラッシュホルダー、ウォーターポンプインペラー、タービンベイン、ワイパーモーター関係部品、デュストリビューター、スタータースイッチ、スターターリレー、トランスミッション用ワイヤーハーネス、ウィンドウォッシャーノズル、エアコンパネルスイッチ基板、燃料関係電磁気弁用コイル、ヒューズ用コネクター、ホーンターミナル、電装部品絶縁板、ステップモーターローター、ランプソケット、ランプリフレクター、ランプハウジング、ブレーキピストン、ソレノイドボビン、エンジンオイルフィルター、燃料タンク、点火装置ケース、車速センサー、ケーブルライナー等の自動車・車両関連部品、その他各種用途が例示できる。
【0085】
PPSフィルムの場合、優れた機械特性、電気特性、耐熱性を有しており、フィルムコンデンサーやチップコンデンサーの誘電体フィルム用途、回路基板、絶縁基板用途、モーター絶縁フィルム用途、トランス絶縁フィルム用途、離型用フィルム用途など各種用途に好適に使用することができる。
【0086】
PPSのモノフィランメントあるいは短繊維の場合、抄紙ドライヤーキャンバス、ネットコンベヤー、バグフィルター、絶縁ペーパーなどの各種用途に好適に使用することができる。
【実施例】
【0087】
以下、実施例を持って本発明を具体的に説明する。なお、この発明は以下の実施例により限定されるものではない。なお、以下の実施例は次に記載する試薬を用いて検討を行った。
【0088】
<使用試薬>
ジフェニルジスルフィド(東京化成)
酢酸パラジウム(和光純薬 特級)
バナジルアセチルアセトナート(東京化成)
トリフルオロメタンスルホン酸(東京化成)
トリフルオロ酢酸(アルドリッチ)
トリフルオロ酢酸無水物(関東化学 鹿特級)
1、2−ジクロロエタン(アルドリッチ)
塩化第二銅(東京化成)
酸素(東亜テクノガス)
【0089】
<分子量測定>
分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:センシュー科学 GPC3506
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)
【0090】
<ガス発生量>
ガス発生量は熱重量分析機を用い、加熱時重量減少率により評価した。なお、試料は2mm以下の細粒物を用いた。
装置:パーキンエルマー社製 TGA7
測定雰囲気:窒素気流下
試料仕込み重量:約10mg
測定条件:
(a)プログラム温度50℃で1分保持
(b)プログラム温度50℃から320℃まで昇温速度20℃/分で熱重量分析を行った際に、100℃到達時点の試料重量(W1)を基準とした320℃到達後、30分間ホールドした時の試料重量(W2)より、
ΔW320℃=(W1−W2)/W1×100(%)
を測定し、該ΔWを発生ガス量と定め、算出した。同様に360℃到達時の試料減量(W2)より、ΔW360℃を算出した。
【0091】
<流動性>
流動性を評価するため、キャピラリー型溶融粘度測定装置(東洋精機社製CAPIROGRAPH−1C)を用いて、オリフィスL/D=20(内径1mm)、測定温度320℃、および360℃、剪断速度1000sec−1の条件により測定した溶融粘度(Pa・s)を流動性評価項目とした。
【0092】
<結晶化特性>
パーキンエルマー製DSC7を用いて得られたポリマーの熱的特性を測定した。下記測定条件を用い、結晶化温度Tcは1st Runの値を、融点Tmは2nd Runの値を用いた。
First Run
・50℃×1分 ホールド
・50℃から340℃へ昇温,昇温速度20℃/分
・340℃×1分 ホールド
・340℃から100℃へ降温,降温速度20℃/分(この時の結晶化ピーク温度をTmcとする)
Second Run
・100℃×1分 ホールド
・100℃から340℃へ昇温,昇温速度20℃/分(この時の融解ピーク温度をTmとする)
【0093】
[参考例1](環状PPSの原料となるPPS混合物の製造例)
<射出成形時のバリ長さの測定>
円周上に(a)幅4mm×長さ20mm×400μm、(b)幅4mm×長さ20mm×厚み20μmの2つの突起部を有する80mm直径×2mm圧の円盤形状金型を用いて、シリンダー温度320℃、金型温度130℃で射出成形を行い、厚みの厚い(a)の突起部が先端まで重点される時の厚みの薄い(b)の突起部の充填長さを測定し、これをバリ長さとした。なおゲート位置は円板中心部分とした。射出成形には日精樹脂工業(株)社製PS20E2ASEを用いた。
【0094】

本文(3)記載の環状PPSの原料となるPPS混合物の製造例について下記に説明する。
【0095】
<PPS混合物の調製>
撹拌機付きの1000Lのオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム82.7kg(700モル)、96%水酸化ナトリウム29.6kg(710モル)、N−メチル−2−ピロリドン(以下NMPと略する場合もある)を114.4kg(116モル)、酢酸ナトリウム17.2kg(210モル)、及びイオン交換水100kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水143kgおよびNMP2.8kgを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0096】
次に、p−ジクロロベンゼン103kg(703モル)、NMP90kg(910モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水12.6kg(700モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(A)を得た。このスラリー(A)を200kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。
【0097】
80℃に加熱したスラリー(B)100kgを25kg/1バッチスケールで、ふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂を、濾液成分としてスラリー(C)を約75kg得た。
【0098】
得られたスラリー(C)のうち、75kgを25kg/1バッチで脱揮装置に仕込み、窒素で置換してから、減圧下100〜150℃で1.5時間処理した後に、真空乾燥機で150℃、1時間処理して固形物を得た。この固形物にイオン交換水100kg(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。このスラリーを目開き10〜16μmのフィルターで減圧吸引濾過した。得られた白色ケークにイオン交換水100kgを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥してPPS混合物を0.9kg得た。
【0099】
つぎに、本文(4)〜(6)記載の方法による環状PPS混合物の製造例について下記に説明する。
【0100】
[参考例2](環状PPS混合物(cPPS−1)の製造)
参考例1の方法で得られたPPS混合物を500g分取し、溶剤としてクロロホルム12kgを用いて、浴温約80℃でソックスレー抽出法により3時間PPS混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いてクロロホルムを留去した後、真空乾燥機70℃で3時間処理して固形物210g(PPS混合物に対し、収率42%)を得た。
【0101】
このようにして得られた固形物は、赤外分光分析(装置;島津社製FTIR−8100A)における吸収スペクトルよりフェニレンスルフィド骨格を有する化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSおよびGPCによる分子量情報より、この固形物は繰り返し単位数4〜12の環状PPSを主要成分とする混合物であり、環状PPSの重量分率は約87%、13%は直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)であることがわかった。
【0102】
一連の結果を表1に示す。
【0103】
本発明によれば、環状PPSを約87重量%含む、純度の高い環状PPS混合物を高い収率で得られることがわかった。
【0104】
[参考例3](環状PPS混合物(cPPS−2)の製造)
参考例2と同様にして固形物を得た後、得られた固体にクロロホルム2kgを加え、室温で超音波をかけてスラリー状の混合液を得た。これを第二の溶剤としてメタノールと接触させるために、スラリー状混合液をメタノール25kgに撹拌しながら約10分かけてゆっくりと滴下した。滴下終了後、約15分間攪拌を継続した。沈殿物を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過して回収し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末を180g得た。白色粉末の収率は用いたPPS混合物に対して35%であった。
【0105】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はPPS単位からなる化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィーより成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報およびGPCによる分子量情報より、の白色粉末は繰り返し単位数4〜12の環状PPSを主要成分とする混合物であり、環状PPSの重量分率は約94%、6%は直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)であることがわかった。
【0106】
[参考例4](環状PPS混合物(cPPS−3)の製造)
参考例3と同様にして固形物を得た後、さらに下記操作を加えた。すなわち、得られた固体に再度クロロホルム3kgを加え、室温で超音波をかけてスラリー状の混合液を得た。これを第二の溶剤としてメタノールと接触させるために、スラリー状混合液をメタノール25kgに撹拌しながら約10分かけてゆっくりと滴下した。滴下終了後、約15分間攪拌を継続した。沈殿物を目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過し、得られた白色ケークを70℃で3時間真空乾燥して白色粉末140gを得た。白色粉末の収率は、用いたPPS混合物に対して28%であった。
【0107】
この白色粉末の赤外分光分析における吸収スペクトルより、白色粉末はフェニレンスルフィド単位からなる高分子化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィーより成分分割した成分のマススペクトル分析、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この白色粉末は繰り返し単位数4〜12の環状PPSを主要成分とする混合物であり、環状PPSの重量分率は約97%、3%は直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)であることがわかった。
【0108】
〔参考例5〕(ジフェニルジスルフィドを用いたPPS混合物の製造、および環状PPS混合物(cPPS−4)の製造)
酢酸パラジウム22.4g(0.1mol)を20Lの1,2−ジクロロエタンに溶解させ、30.02g(0.2mol)のトリフルオロメタンスルホン酸、840.12g(4mol)のトリフルオロ酢酸無水物を加えた。そこに、ジフェニルジスルフィド436.69g(2mol)を添加し、反応系中を酸素で置換し、40℃に加温し、40℃で5時間反応させた。なお、反応溶液のガスクロマトグラフィー分析により、反応開始2時間後に、ジフェニルジスルフィドの消失を確認した。反応終了後、反応溶液を10重量%の塩酸酸性メタノール溶液20kgに注入すると沈殿物が得られた。沈殿物を濾過、水10kg、メタノール10kgで洗浄後、減圧下80℃で乾燥し、収率64%でPPS混合物(280g)を得た。以下の操作は参考例2と同様に行った。すなわち、得られたPPS混合物を280g分取し、溶剤としてクロロホルム12kgを用いて、浴温約80℃でソックスレー抽出法により3時間PPS混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いてクロロホルムを留去した後、真空乾燥機70℃で3時間処理して固形物50gを得た。白色粉体の収率は、用いたPPS混合物に対して、18%であった。
【0109】
このようにして得られた固形物は、赤外分光分析(装置;島津社製FTIR−8100A)における吸収スペクトルよりフェニレンスルフィド骨格を有する化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、この固形物は繰り返し単位数5〜12の環状PPSを主要成分とする混合物であり、環状PPSの重量分率は約80%、20%は直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=3000)であることがわかった。
【0110】
〔参考例6〕(比較参考例)m=6の環状PPSの製造(cPPS−5)
特許文献5と同様の方法により、市販の架橋タイプのPPS樹脂(“トレリナ”M2100)10kgから、1000Lのクロロホルム抽出を行った。その後、抽出液を室温まで冷却し、析出した白色固形分と溶媒を濾過により分離した。得られた白色固形分を一昼夜自然乾燥した後、160℃で2時間乾燥した。得られた白色固体(50g)の高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、純度99.9%のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)と0.1%の直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)であることがわかった。
【0111】
〔参考例7〕(比較参考例)m=6の環状PPSの製造(cPPS−6)
参考例1の方法で得られたPPS混合物を500g分取し、溶剤としてクロロホルム12kgを用いて、浴温約80℃でソックスレー抽出法により3時間PPS混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いてクロロホルムを留去した後、真空乾燥機70℃で3時間処理して固形物210g(PPS混合物に対し、収率42%)を得た。
【0112】
このようにして得られた固形物210gを再度クロロホルム12kgを用いて、ソックスレー抽出を8時間おこなった。抽出液を熱時濾過後、濾液を室温まで徐々に冷却し、24時間放置した。析出した白色固形分と溶媒を濾過により分離し、真空乾燥機70℃で3時間処理して固形物100gを回収した。得られた白色固体(100g)の高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSによる分子量情報より、純度99.9%のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)と0.1%の直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)であることがわかった。
【0113】
【表1】

【0114】
〔参考例8〕環状PPS単体の単離
参考例4で製造した純度97%の環状PPS混合物(cPPS−3)を分集高速液体クロマトグラフィーを用いて、各成分に分離し、m=4〜12の成分を分離・回収し、融点測定を行った。その融点を参考までに表2に示す。
【0115】
【表2】

【0116】
表2より、環状PPSの単体の融点は、非常に高くmの増加に伴い、融点の低下が認められることがわかる。また表1と表2の比較から、m=4〜12の環状PPS混合物の融点は、特異的に225℃付近まで低下し、PPS単体の融点(277〜282℃)よりも低下していることがわかる。
【0117】
〔参考例9〕m=6の環状PPSと環状PPS混合物配合品の調整(cPPS−7、8)とその熱特性
参考例4で製造したcPPS−3(純度97%)(環状PPS混合物)と特許文献5を参考にし、参考例6で製造したcPPS−5(m=6の環状PPSが主成分)を下記配合比でヘンシェルミキサーを用いてドライブレンドした。
cPPS−7:cPPS−3/cPPS−5=80/20(重量%)
cPPS−8:cPPS−3/cPPS−5=70/30(重量%)
cPPS−9:cPPS−3/cPPS−5=50/50(重量%)
得られた配合品の融点を表1に示した。
【0118】
m=6の環状PPSを32重量%含有する環状PPS混合物(cPPS−7)の融点は、250℃を示し、m=6の環状PPSを99.9%含有するcPPS−5(参考例6)、cPPS−6(参考例7)に比べ、融点が低いことがわかる。m=6の環状PPS量の増加に伴い、融点が上昇する傾向が認められ、cPPS−8(m=6の環状PPSを33.5重量%含有)の融点は270℃、さらにcPPS−9(m=6の環状PPSを41重量%含有)では、PPSの融点277〜282℃とほぼ同程度の融点を示すことがわかる。
【0119】
参考例1〜9の結果をまとめると下記の通りである。
【0120】
本文(3)〜(6)記載の方法により、環状PPS混合物が得られ、その中のm=6の環状PPSの含有量は50重量%未満である。また不純物として含まれる直鎖状PPSオリゴマー量は20重量%以下である。
【0121】
m=4〜12の環状PPS混合物の融点は、特異的に融点が226℃付近であるのに対し、m=6の環状PPS単体の融点は、348℃と極めて高いことがわかる。またm=6だけでなく、分集高速液体クロマトグラフィーにより単離したm=4、5、7〜10は、環状PPS混合物に比べ融点が高いことがわかる。
また環状PPS混合物中、m=6の環状PPS単体の含有量が50重量未満において、融点は280℃付近となり、PPSの融点P(277〜282℃)とほぼ同等の融点となることがわかる。
【0122】
[参考例10] PPS樹脂の重合
攪拌機付オートクレーブに硫化ナトリウム9水塩6.004kg(25モル)、およびN−メチルピロリドン4.5kgを仕込み、窒素を通じながら徐々に205℃まで昇温し、水2.6リットルを留出した。次に反応容器を180℃に冷却後、1,4−ジクロロベンゼン3.719kg(25.3モル)ならびにNMP3kgを加えて、窒素下に密閉し、270℃まで昇温後、274℃で1.5時間反応させた。冷却後、反応生成物を温水で2回洗浄し、次にこのスラリーを攪拌機付オートクレーブに通し、さらに熱湯で数回洗浄した。これを濾過後、80℃で24時間減圧乾燥してPPS樹脂、2.45kgを得た(Mw=2万)。次いで大気下220℃で5時間処理した。得られたPPS樹脂は、溶融粘度205Pa・s(320℃、剪断速度1000sec−1)、ガラス転移温度88℃、Tm=277℃、Tmc=215℃であった。結晶化速度を表すTm−Tmc=62℃であった。
【0123】
〔実施例1〜10、比較例1〜3〕
表3記載の組成からなる原料を、ドライブレンドし、押出温度320℃に設定し、ニーディングゾーンを2箇所保有し、スクリュー回転数を200rpmの高速で回転させた2軸スクリュー押出機(池貝工業社製PCM−30)に供給し溶融混練し、ペレタイズ後、温度130℃で3時間乾燥後、320℃での溶融粘度測定、DSC測定およびTGAにより、320℃での熱重量減量測定(発生ガス量測定)を行った。なお比較例1のPPSのみの場合は、他の樹脂組成物との熱履歴の違いを取り除くため、PPS単体を同じように溶融混練した。
【0124】
【表3】

【0125】
実施例1〜7より、環状PPS混合物を含有するPPS樹脂組成物は、比較例1のPPSのみを溶融混練したものに比べ、一般的なPPSの加工温度320℃における溶融粘度が顕著に低下していることがわかる。またPPS単体の結晶化速度を表すTm−Tmc=62℃に対し、環状PPS混合物の配合により、Tm−Tmc=39〜50℃まで小さくなっており、これは結晶化速度が上昇していることを示している。なおTm−Tcは環状PPS混合物の添加量50重量部付近で飽和現象となっているようである(実施例6、7)。
【0126】
ガス発生量は、環状PPS混合物を配合しても増加しておらず、PPS本来の熱安定性が維持されている。
【0127】
射出成形時に発生するバリ長さに関しては、実施例1〜7より、環状PPS混合物を含有するPPS樹脂組成物は、比較例1に比べ、短くなっていることから、環状PPS混合物の配合により、射出成形時のバリ発生が抑制されることがわかる。
【0128】
これらの結果から、PPSに環状PPS混合物を配合することにより、流動性、結晶化速度が増加し、さらに射出成形時のバリ発生が抑制される。また、これらの環状PPS混合物の配合により320℃での発生ガス量は、配合していないものとほぼ同程度の発生ガス量であることがわかる。
【0129】
一方、環状PPSとしてm=6の環状物を配合した比較例2,3では、320℃での流動性向上効果は認められず、むしろ比較例1のPPS単独品よりも、流動性は低下していることがわかる。さらにTm−Tc値に変化は認められず、m=6の環状PPS単体では、結晶化速度の向上効果は認められないことがわかる。さらにm=6の環状PPS単体のみを配合したものでは、射出成形時のバリ発生抑制効果が認められないことがわかる。
【0130】
また実施例8〜10と比較例2、3の結果から、環状PPS混合物中、m=6の環状PPSの含有量が50重量%未満において、本発明の効果が得られることがわかる。
【0131】
〔実施例11、比較例4〜6〕
表4記載の組成からなる原料を、ドライブレンドし、押出温度を実施例1〜10、比較例1〜3に比して、比較的高温の360℃に設定した以外は、実施例1〜10、比較例1〜3と同様の操作を行い、360℃での溶融粘度測定、TGAにより、360℃での熱重量減量測定を行った。また射出成形時のバリ長さの測定については、シリンダー温度のみを320℃から360℃に設定した以外は、実施例1〜10、比較例1〜3と同様の操作を行った。
【0132】
【表4】

【0133】
環状PPS混合物を含有するPPS樹脂組成物は、PPSのみを溶融混練したものm=6の環状PPS単体を配合したものに比べ、加工温度360℃における溶融粘度が顕著に低下していることがわかる。
【0134】
また射出成形時のバリ長さについては、加工温度の上昇に伴い、樹脂そのものの流動性が上がるため、結果として実施例1〜10、比較例1〜3に比べ、相対的にバリ長さは長くなる傾向を示すが、環状PPS混合物を含有するPPS樹脂組成物は、PPSのみを溶融混練したものm=6の環状PPS単体を配合したものに比べ、バリ抑制効果が高いことがわかる。
【0135】
またガス発生量は、環状PPS混合物を配合しても増加しておらず、むしろよくなる傾向が認められる。
【0136】
これらの結果から、PPSに環状PPS混合物を配合することにより、流動性、結晶化速度が増加する一方で、これらの環状PPS混合物の配合により360℃での発生ガス量は、配合していないものとほぼ同程度の発生ガス量であることがわかる。
【0137】
一方、環状PPSとしてm=6の環状物を配合した比較例2,3では、360℃でも流動性向上効果は認められず、比較例4のPPS単独品よりも、流動性は低下していることがわかる。
【0138】
ここで、実施例3と比較例4〜6を比較する。環状PPS混合物を配合した実施例3では、320℃の溶融粘度が123Pa・sと低いのに対し、環状PPSを配合していない比較例4では360℃付近で、溶融粘度120Pa・sを示しいる。すなわち実施例3に示したように、環状PPS混合物を配合することにより、加工温度を+40℃程度上げた時のPPSの流動性まで向上していることがわかる。
【0139】
一方、実施例3の320℃、123Pa・sの流動性が得られる条件では、ガス発生量は200ppm程度であるのに対し、比較例4の360℃、120Pa・sが得られる条件では、ガス発生量が800ppmまで増加してしまうことがわかる。すなわち環状PPS混合物を配合することにより、比較的低い加工温度で、高い流動性が得られ、さらに発生ガス量を抑えることができることを示している。
【0140】
同様に比較例5,6のm=6の環状PPSを含有するPPS樹脂組成物は、環状PPSを配合していないPPS単体よりも、むしろ溶融粘度は高い傾向が観察され、360℃でも流動性向上効果は認められないことが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0141】
以上説明した通り、PPS樹脂組成物に関し、特定の環構造を有する環状PPS化合物を配合することにより、優れた流動性と高い結晶化特性、射出成形時の低バリ特性を有し、かつ樹脂成形品やシート、フィルム、繊維およびパイプなどの溶融加工時の加工性、発生ガスの少ないPPS樹脂組成物を提供することが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)ポリフェニレンスルフィド100重量部に対し、(B)一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物であって、m=6の環状ポリフェニレンスルフィドの含有量が50重量%未満である環状ポリフェニレンスルフィド混合物1〜50重量部を配合してなるポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【化1】

(mは4〜20の整数)
【請求項2】
(B)環状ポリフェニレンスルフィド混合物中、m=6の環状ポリフェニレンスルフィドの含有量が30重量%未満であることを特徴とする請求項1記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項3】
前記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物のmが4〜12であることを特徴とする請求項1,2のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品。
【請求項5】
(A)ポリフェニレンスルフィド100重量部に対し、(B)一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物であって、m=6の環状ポリフェニレンスルフィドの含有量が50重量%未満である環状ポリフェニレンスルフィド混合物1〜50重量部を配合することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物の製造方法。
【化2】

(mは4〜20の整数)
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項記載のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を、射出成形することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品の製造方法。
【請求項7】
請求項5記載の製造方法により得られたポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を、射出成形することを特徴とするポリフェニレンスルフィド樹脂組成物からなる成形品の製造方法。

【公開番号】特開2008−179775(P2008−179775A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−305375(P2007−305375)
【出願日】平成19年11月27日(2007.11.27)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】