説明

ポリフェニレンスルフィド酸化物、固体物品およびそれを製造する方法

【課題】電気絶縁性、強度、加熱時発生ガスなどの特性を向上させたポリフェニレンスルフィド酸化物およびその製造方法を提供する。
【解決手段】重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下などの特徴をもつ、環状PPSを原料としたPPS樹脂を原料とし、液相酸化することで、上記課題を解決したポリフェニレンスルフィド酸化物が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱性、耐薬品性、耐吸湿性および電気絶縁性に優れたポリフェニレンスルフィド酸化物(以下、PPSOと呼ぶこともある。)およびその製造方法に関するものである。本発明のポリフェニレンスルフィド酸化物は、バグフィルターをはじめ、各種フィルターや、さらに高絶縁性が要求される電機資材など、工業用途として多岐にわたる分野で有用な化合物である。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンスルフィド酸化物は、高融点かつ安定性に優れていることから、これまでのエンジニアプラスチックよりも高い安定性、耐薬品性を有することが知られている(特許文献1)。
【0003】
このポリフェニレンスルフィド酸化物は、融点が高く、かつ耐薬品性に優れるため、通常のエンジニアプラスティックで使われる成形技術、即ち溶融成形や溶液成形が実用上困難であり、ポリフェニレンスルフィド酸化物そのものを溶融または溶液成形することは工業的には採用しがたいのが実状である。このような現状から、ポリフェニレンスルフィド酸化物の実用的入手方法としては、溶融成形可能な前駆体で所望の最終形態に成型し、得られた成型体を、目的の形態を保持したまま酸化反応処理し、目的物を得る方法が一般的である。
【0004】
これまでにポリフェニレンスルフィド化合物を酸化する方法は、ポリフェニレンスルフィドスルフォン(以下、PPSSと呼ぶ)を濃硫酸に溶解させた後、過酸化水素水を滴下して酸化する方法(例えば、特許文献2および3)、ポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと呼ぶ。)を濃硝酸中で溶解し、酸化する方法(例えば、特許文献4)、PPSを過酸化水素水または次亜塩素酸塩で酸化する方法(例えば、特許文献5)、PPSを過酢酸、あるいは過酸化水素水と酢酸とで調整される平衡過酢酸などの液状酸化剤で酸化する方法(例えば、特許文献1、または6から10)、PPSをオゾンで酸化した後に特許文献6から8のいずれかの手法によって酸化する方法(例えば、特許文献11)などが提案されている。
【0005】
一方、ポリフェニレンスルフィド酸化物を得るための原料の一つであるPPSの具体的製造方法は、N−メチル−2−ピロリドンなどの有機アミド溶液中で硫化ナトリウムなどのアルカリ金属硫化物とp−ジクロロベンゼンなどのポリハロ芳香族化合物とを反応させる方法が提案されており、この方法はPPSの工業的製造方法として幅広く利用されている。
【0006】
この重合方法は、脱塩重縮合機構であるため、塩化ナトリウム等の副生塩が多量に生成する。従って、重合反応後には副生塩の除去工程が必要であるが通常の処理では副生塩の完全な除去が難しく、市販の汎用的なPPS樹脂の中にはアルカリ金属含有量で1000〜3000ppm程度が含有されている。
【0007】
また、この方法で得られるPPS樹脂は、低分子量成分を多く含み、重量平均分子量と数平均分子量の比で表される分散度が非常に大きく、分子量分布の広いポリマーである。そのため、特に繊維にした場合などは十分な繊維強度が発現しなかったり、一部の揮発成分が繊維中に残存するなどの問題があった。
【0008】
このようなPPS樹脂およびその成型品を原料として、ポリフェニレンスルフィド酸化物を得る場合、PPS由来のアルカリ金属塩および揮発成分が残存することから、特に電気絶縁性能が十分でなかったり、酸化加工後の繊維強度も低下したり、一部の揮発成分がポリフェニレンスルフィド酸化物の着色、劣化を引き起こすなどの問題につながっている。
【0009】
前記PPS樹脂の問題点の一つ、即ち、PPSが低分子量成分を多く含み分子量分布が広い点を改善する方法として、不純物を含有するPPSの混合物をPPSが溶融相をなす最低温度よりも高い状態で、PPSを含むポリマー溶融相と溶媒を主とする溶媒相に層分離せしめることで不純物を熱抽出に付すことにより精製する方法、または冷却後に顆粒状ポリマーを析出させて回収する方法が提案されている。これらの方法では熱抽出効果により不純物が抽出されるため、揮発性ガス成分の低減、および分子量分布が狭くなることが期待されるものの、本手法によるアルカリ金属量の低減効果や揮発性ガス成分の抑制効果は不十分であった(例えば特許文献12及び13)。
【0010】
また、特許文献14にはPPS樹脂の分子量分布(Mw/Mn)が3.5以上、4.0以下であり、かつ1−クロロナフタレンに溶解後の残渣量が3.0質量%のPPSが開示されている。
【0011】
本技術により、加熱時のPPS樹脂からの揮発性成分の発生量が抑えられることで改良効果は認められるものの、その改良効果は未だ不十分である。
【0012】
PPS樹脂が低分子量成分を多く含み分子量分布が広い点を改善する別の方法として、有機極性溶媒中の硫黄源とジハロ芳香族化合物とを温度220〜280℃の条件下に0.1から2時間反応させて得られたPPS樹脂を温度100〜220℃の条件下に有機極性溶媒で洗浄することを特徴として製造される重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnの比Mw/Mnが2〜5の範囲内にあるPPS樹脂が開示されている。該PPS樹脂の製造では、高温で有機溶剤洗浄を行うことで低分子量成分を除去して狭い分子量分布のPPS樹脂を得ているため、PPS樹脂の収率が低く、また、実質的に得られている最も分散度の低いPPS樹脂でもMw/Mn=2.9であり、揮発性成分の抑制効果の改良には不十分であった。さらに該方法では、PPSの重合に際し、高価なリチウム化合物を多量に使用しているため、使用されているリチウムがPPS中に残留してしまい、結果として繊維にした場合などは特に、溶融紡糸性が下がり、十分な繊維強度が得られないなどの課題があった(例えば、特許文献15)。
【0013】
また、狭い分子量分布を有するPPS樹脂の製造方法として、環状PPSオリゴマーをイオン性開環重合触媒下で、加熱開環重合する方法が開示されている。この方法では、前記特許文献12および13とは異なり、煩雑な有機溶剤洗浄操作を行わずに狭い分子量分布を有するPPS樹脂を得ることが期待できる。しかしながらこの方法ではPPSの合成においてチオフェノールのナトリウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩を開環重合触媒として必須成分として用いるため、得られるPPSにアルカリ金属が多量に残留し、結果として溶融紡糸性や糸加工や布帛下、製品化等の繊維高次加工において乾燥熱プレスなどの高温処理の工程で揮発して装置汚れを引き起こすなどの問題があった。またこの方法において、アルカリ金属残留量を低減するために、開環重合触媒量を低減すると、得られるPPSの分子量が不十分となる問題があった(例えば特許文献16及び17)。
【0014】
前記方法で得られるPPSの問題点は、ポリフェニレンスルフィド酸化物へも影響を与える。とくに、PPSの分子量とアルカリ金属と揮発性ガス発生量の3つの点が挙げられる。
【0015】
分子量分布が広いPPS樹脂を用い、ポリフェニレンスルフィド酸化物を得た場合、結晶化度が不十分で、繊維やフィルムにした場合の機械強度不足の問題がある。
【0016】
又、ポリフェニレンスルフィド酸化物の電気絶縁特性は、その物質自体が高絶縁であるため、非常に有用であるが、残留金属塩の量も多く、高絶縁材料として用いるためには、まだまだ改良する必要性があった。
【0017】
さらに、揮発性ガスはポリフェニレンスルフィド酸化物においてもそのまま残留するため、高温下で使用する場合には、着色などの問題が発生する。そのため、改良が必要であった。
【特許文献1】特開2006−16585号公報
【特許文献2】英国特許第1234008号明細書(第5−8頁)
【特許文献3】英国特許第1365486号明細書(第2−3頁)
【特許文献4】特開平10−87998号公報(第5頁)
【特許文献5】特公昭60−35370号公報(第5−8頁、第I−III表)
【特許文献6】特開平10−87832号公報(第3頁)
【特許文献7】特開昭7−3027号公報(第6頁)
【特許文献8】特開平5−230760号公報(第3頁)
【特許文献9】特開2000−328444号公報(第5−6頁、第1表)
【特許文献10】特開昭63−182413号公報(第6−9頁)
【特許文献11】特開平7−3024号公報(第6−7頁)
【特許文献12】特開2006−16585号公報
【特許文献13】特公平1−25493号公報(第7〜10頁)
【特許文献14】特公平4−55445号公報(第3〜4頁)
【特許文献15】特開2006−336140号公報(第5〜6頁)
【特許文献16】特開平2−182727号公報(第9〜13頁)
【特許文献17】特許第3216228号公報(第7〜10頁)
【特許文献18】特許第3141459号公報(第5〜6頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、電気絶縁特性に優れ、かつ加熱時の揮発性成分の発生量が少ない、機械強度に優れたポリフェニレンスルフィド酸化物およびその製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記の課題を解決すべく検討した結果、PPS樹脂の分子量分布を従来のPPS樹脂に比して狭くし、さらにPPS樹脂中のアルカリ金属含有量を低減し、揮発性ガス発生量を抑制することにより、本PPS樹脂原料から得られるポリフェニレンスルフィド酸化物の電気絶縁特性と機械強度を向上させ、さらに加熱時の揮発性成分の発生量が少なくなることを見出した。
【0020】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.アルカリ金属含量が50ppm以下であり、広角X線回折の測定における結晶化度が10%以上であり、かつ示差走査熱量計(DSC)の測定における融解熱量が15J/g以下であるポリフェニレンスルフィド酸化物。
2.広角X線回折の測定における結晶化度が30%以上であり、かつ示差走査熱量計(DSC)の測定における融解熱量が15J/g以下である1記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
3.示差熱走査熱量(DSC)の測定において、融解熱量が実質的に認められない1または2記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
4.熱重量(TGA)の測定において残存炭化物が実質的に認められる1から3のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
5.熱重量(TGA)の測定において残存炭化物量が、1重量%以上である4記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
6.アルカリ金属がナトリウムであることを特徴とする1から5のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
7.ポリフェニレンスルフィド酸化物を加熱した際の発生ガス成分中のラクトン型化合物がポリフェニレンスルフィド酸化物重量基準で500ppm以下であって、かつポリフェニレンスルフィド酸化物を加熱した際の発生ガス成分中のアニリン型化合物がポリフェニレンスルフィド酸化物重量基準で300ppm以下であることを特徴とする1から6のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
8.1から7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなり、粉末、繊維、布帛、フィルムおよび紙から選ばれる形態を有する固体物品。
9.重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であることを特徴とするポリフェニレンスルフィドからなる固体物品を酸化剤を含む液体存在下、形態を保持したまま酸化反応処理することにより、8記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
10.ポリフェニレンスルフィドが、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物を、溶融加熱することにより得られることを特徴とする9記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【0021】
【化1】

【0022】
(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい。)
11.固体物品が、繊維または布帛であって、この物品を構成する繊維の繊度が0.1から10dtexである9または10記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
12.ポリフェニレンスルフィドが、結晶化度30%以上かつ重量平均分子量(Mw)30000以上の物性を有するポリフェニレンスルフィドである9から11のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
13.酸化剤が無機塩過酸化物および過酸化水素水から選ばれる少なくとも1つである9から12のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
14.液体が、有機酸および有機酸無水物から選ばれる少なくとも1つを含む9から13のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
15.液体が、鉱酸を含有する9から14のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
16.液体が水、酢酸および硫酸を含む混合物であり、かつ酸化剤が過酸化水素水である請求項9から15のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
17.ポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品が、フィルター用途、紙用途および耐熱作業着用途の中から選ばれる用途として用いられる8記載の固体物品。
18.1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる布帛を含むバグフィルター。
19.1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる紙を含む電気絶縁紙。
20.1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる布帛を含む消防服。
【発明の効果】
【0023】
本発明のポリフェニレンスルフィド酸化物は、アルカリ金属含量が少なく、発生ガス成分が少なく、高分子量かつ狭分子量分布であるPPS樹脂を用いることから、電気絶縁性に優れ、発生ガス成分が少なく、機械強度に優れた、これまでにないポリフェニレンスルフィド酸化物を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明を説明する。
【0025】
本発明で得られるポリフェニレンスルフィド酸化物は、原料となるPPSを繊維、フィルム、布帛等の成形加工をし、その後に酸化剤の存在下、ポリフェニレンスルフィド酸化物へと化学変換させて得る。場合によっては、得られたポリフェニレンスルフィド酸化物を加工することにより高次加工を行っても良い。
【0026】
以下4つの項目に分けてさらに詳細に説明する。
(I) ポリフェニレンスルフィド(PPS)
(II) PPSの製造方法
(III) ポリフェニレンスルフィド酸化物の製造方法
(IV) ポリフェニレンスルフィド酸化物の用途。
【0027】
(I)ポリフェニレンスルフィド(PPS)
本発明のポリフェニレンスルフィド酸化物に使用されるPPSとは、構造式(2)で示される繰り返し単位を70モル%以上、より好ましくは90モル%以上を含む重合体であり、上記繰り返し単位が70モル%未満では、耐熱性が損なわれるので好ましくない。
【0028】
【化2】

【0029】
またPPSはその繰り返し単位の30モル%未満を、下記の構造式を有する繰り返し単位等で構成することが可能である。
【0030】
【化3】

【0031】
本発明でポリフェニレンスルフィド酸化物の原料となるPPSの分子量は、重量平均分子量で10,000以上が好ましく、より好ましくは15,000以上、さらに好ましくは18,000以上である。重量平均分子量が10,000未満では溶融紡糸性が低下し、また繊維の機械強度(糸物性)、耐薬品性、耐熱性等の特性が低くなる。重量平均分子量の上限に特に制限は無いが、1,000,000未満を好ましい範囲として例示でき、より好ましくは500,000未満、更に好ましくは200,000未満であり、この範囲内では高い溶融紡糸性を得ることができる。
【0032】
本発明におけるPPSの分子量分布の広がり、すなわち重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)の比(Mw/Mn)で表される分散度は2.5以下が好ましく、より好ましくは2.3以下、さらに好ましくは2.1以下であり、特に好ましくは2.0以下である。分散度が2.5を超える場合はPPSに含まれる低分子量成分の量が多くなる傾向が強く、このことは特に繊維などの固体物品にした場合の機械強度を下げる傾向にある。
【0033】
なお前記重量平均分子量および数平均分子量は例えば、分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出することができる。
【0034】
本発明で用いられるPPSの溶融粘度は、溶融混練が可能であれば特に制限はないが、通常5〜5000Pa・s(300℃、剪断速度1000sec−1)のものが使用される。
【0035】
本発明に用いるPPSは従来のものに比べ高純度であることが特徴であり、不純物であるアルカリ金属含量は50ppm以下であり、より好ましくは30ppm以下、更に好ましくは10ppm以下である。アルカリ金属含有量が50ppmを超えると、特にPPS繊維にする場合は、溶融紡糸性が低下したり、高度な電気絶縁特性が要求される用途における信頼性が低下したりするなど、PPS繊維の用途に制限が生じる可能性が増大する。ここで本発明におけるPPSのアルカリ金属含有量とは、例えばPPSを電気炉等を用いて焼成した残渣である灰分中のアルカリ金属量から算出される値であり、前記灰分を例えばイオンクロマト法や原子吸光法により分析することで定量することができる。
【0036】
なお、アルカリ金属とは周期律表第IA属のリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシウムのことを指すが、本発明のPPSは特にアルカリ金属としてナトリウムを含まないことが好ましい。アルカリ金属を含む場合、PPSの電気特性や熱的特性に悪影響を及ぼす傾向にある。またPPSが各種溶剤と接した際の溶出金属量が増大する要因になる可能性があり、またPPSがリチウムを含む場合、リチウムは溶出しやすい金属であるため、この弊害が強くなる。ところで、各種金属種の中でも、アルカリ金属以外の金属種、たとえばアルカリ土類金属や遷移金属と比較して、アルカリ金属はPPSの電気特性、熱的特性及び金属溶出量への影響が強い傾向にある。よって、各種金属種の中でも、特にアルカリ金属含有量を前記範囲に制御することでPPS繊維の品質を向上する事ができると推測している。さらにアルカリ金属の中でもPPSの重合では、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物などが最も一般的に使用され、ナトリウム含有量を前記範囲にすることによりPPSの品質を向上することができると推測している。
【0037】
また、本発明で用いられるPPSは実質的に塩素以外のハロゲン、即ちフッ素、臭素、ヨウ素、アスタチンを含まないことが好ましい。本発明のPPSがハロゲンとして塩素を含有する場合、PPSが通常使用される温度領域においては安定であるために塩素を少量含有してもPPSの機械特性に対する影響が少ないが、塩素以外のハロゲンを含有する場合、それらの特異な性質がPPSの特性、例えば電気特性や滞留安定性を悪化させる傾向にある。本発明のPPSがハロゲンとして塩素を含有する場合、その好ましい量は1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、更に好ましくは0.2重量%以下であり、この範囲ではPPSの揮発性ガス発生量が低減され、溶融紡糸性や製品化等の繊維高次加工工程、あるいは使用時における乾燥、熱プレスなどの加熱環境下での装置汚れや、装置腐食を低減電気特性や滞留安定性がより良好となる傾向にある。
【0038】
また、本発明で用いられるPPSの別の特徴は、加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生量が著しく少ないことである。ここでラクトン型化合物とは、例えばβ−プロピオラクトン、β−ブチロラクトン、β−ペンタノラクトン、β−ヘキサノラクトン、β−ヘプタノラクトン、β−オクタノラクトン、β−ノナラクトン、β−デカラクトン、γ−ブチロラクトン、γ−バレロラクトン、γ−ペンタノラクトン、γ−ヘキサノラクトン、γ−ヘプタノラクトン、γ−オクタラクトン、γ−ノナラクトン、γ−デカラクトン、δ−ペンタノラクトン、δ−ヘキサノラクトン、δ−ヘプタノラクトン、δ−オクタノラクトン、δ−ノナラクトン、δ−デカラクトンなどが例示でき、また、アニリン型化合物とは、アニリン、N−メチルアニリン、N,N−ジメチルアニリン、N−エチルアニリン、N−メチル−N−エチルアニリン、4−クロロ−アニリン、4−クロロ−N−メチルアニリン、4−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、4−クロロ−N−エチルアニリン、4−クロロ−N−メチル−N−エチルアニリン、3−クロロ−アニリン、3−クロロ−N−メチルアニリン、3−クロロ−N,N−ジメチルアニリン、3−クロロ−N−エチルアニリン、3−クロロ−N−メチル−N−エチルアニリンなどが例示できる。加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生は、溶融紡糸時の発泡や口金汚れ等の要因となり溶融紡糸性を悪化させることのみならず、繊維に加工する場合は、その後の繊維の高次加工工程での乾燥、熱プレスなどの装置汚れや腐食などの要因にもなり、又ポリフェニレンスルフィド酸化物にした場合などは着色原因になるため、できるだけ少なくすることが望まれており、加熱を行う前のPPS樹脂およびPPS繊維の重量基準でラクトン型化合物の発生量が好ましくは500ppm以下、より好ましくは300ppm、更に好ましくは100ppm以下、よりいっそう好ましくは50ppm以下が望ましい。同様にアニリン型化合物の発生量は好ましくは300ppm以下、より好ましくは100ppm、更に好ましくは50ppm以下、よりいっそう好ましくは30ppm以下が望ましい。なお、PPSを加熱した際のラクトン型化合物及び/またはアニリン型化合物の発生量を評価する方法としては非酸化性雰囲気下320℃で60分処理した際の発生ガスをガスクロマトグラフィーを用いて成分分割して定量する方法が例示できる。
【0039】
(II)PPSの製造方法
本発明のアルカリ金属含量が50ppm以下であり、好ましくは重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下のPPSの製造方法としては、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド化合物を溶融加熱して、重量平均分子量10,000以上の高重合度体に転化させることによって製造することが例示され、この方法によれば前述した特性を有する本発明のポリフェニレンスルフィド酸化物の原料として好適なPPSを得ることができる。
【0040】
(2)環状PPS化合物
本発明の環状PPS化合物は、下記一般式(1)で表される、m=4〜20の整数で表される環状PPS化合物を使用することができ、mは4〜20の混合物でもよい。
【0041】
【化4】

【0042】
(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい)
【0043】
上記式中の繰り返し単位mは、4〜20の整数であり、4〜15が好ましく、4〜12がさらに好ましい。
【0044】
またmが単一の環状PPS単体は、結晶化の容易さに差はあるものの、結晶として得られるため、融解温度が高くなるため、高重合度体に転化させる際の温度が高くなる傾向を示す。一方、異なるmを有する混合物の場合、環状PPS単体に比べて、融解温度が低下し、高分子量体に転化させる際の温度を低下できるという特徴を有する。本特徴により、アルカリ金属を含有する重合開始剤がなくても高重合度化が速やかに進行し、さらに高重合度化の際の副反応も抑制されることから、金属含有量や、揮発性ガス成分量が少ないPPS樹脂を製造することが可能となる。
【0045】
例えば、m=6の環状PPS単体(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド))は、融点が348℃と高いため、高重合度化のための溶融加熱温度を高温にしないと該環状物が高分子量化しないという問題がある。そのため、環状PPS化合物を溶解する溶媒に溶かして高分子量体に転化するという方法、結晶化した環状PPS単体を一旦融点以上で溶融した後、急冷することによって結晶化を抑え、非晶化させた後、高重合度体に転化させる方法、あるいはプリメルターを環状PPS単体の融点以上に設定し、プリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。
このような環状PPS化合物の特徴から、本発明で使用する環状PPS化合物は、その高分子量化の容易性、製造の容易性の面から、mが異なる環状PPS化合物が好ましい。
【0046】
環状PPS化合物に対するm=6の環状PPSの含有量が50重量%未満が好ましく、さらに好ましくは30重量%、特に好ましくは10重量%未満が好ましい(m=6の環状PPS単体(重量)/(環状PPS化合物(重量)×100)。
【0047】
環状PPS化合物中の異なるmのそれぞれの比率に特に制限はないが、本発明の効果を発現させるためには、環状PPS化合物の中、最も融点が高く、結晶化しやすいm=6の環状PPS単体の含有量が50重量%未満が好ましく、さらに好ましくは30重量%であり、特に好ましくは10重量%未満である(m=6の環状PPS(重量)/(環状PPS混合物(重量)×100)。ここで、環状PPS混合物中のm=6の環状PPS単体の含有率は、環状PPS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際の、PPS構造を有する化合物に帰属される全ピーク面積に対する、m=6の環状PPS単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。ここで、PPS構造を有する化合物とは、少なくともPPS構造を有する化合物であり、例えば環状PPS化合物や線状のPPSであり、フェニレンスルフィド以外の構造をその一部に有する(例えば末端構造として)化合物もここでいうPPS構造を有する化合物に属する。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
【0048】
このような環状PPS化合物は、公知のPPSの製造方法によって、PPSと環状PPS化合物を含むPPS混合物を得た後、該PPS混合物から環状PPS化合物を抽出することにより得ることができる。以下にその製造方法について説明する。
【0049】
(3)環状PPS化合物の原料となるPPS混合物の製造方法
PPS混合物の製造方法としては、公知の技術を用いることができ、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱して、ポリフェニレンスルフィド混合物およびアルカリ金属ハライドを含む反応溶液を調製し、該反応液をたとえば水等で処理することでPPS混合物(PPSと環状PPS化合物)を得る方法や、ジフェニルジスルフィド類もしくはチオフェノール類を酸化重合することでPPS混合物を得る方法が例示できる。ただし、これら方法で一般に得られるPPS混合物中に含まれる環状PPS化合物は通常5重量%未満と低いため、環状PPS化合物を5重量%以上含むPPS混合物を得るためには、たとえばPPS混合物の重合の際に、重合溶媒を多量に用いるなどの特殊な方法が必要であり、このような方法で効率よく多量のPPS混合物を得ることは経済的に不利であり、工業的には成立に難がある。
【0050】
前記以外のPPS混合物の製造方法としては、たとえば、少なくともp−ジクロロベンゼンに代表されるポリハロゲン化芳香族化合物、硫化ナトリウムに代表されるアルカリ金属硫化物及びN−メチル−2−ピロリドンに代表される有機極性溶媒を含有する混合物を加熱し重合した後、220℃以下に冷却して得られた、少なくとも顆粒状のPPSと顆粒状PPS以外のPPS混合物、有機極性溶媒、水、およびハロゲン化アルカリ金属塩を含む反応液から顆粒状のPPSを取り除いた際に得られる回収スラリーからPPS混合物を得る方法が好ましく例示できる。なお、ここで顆粒状PPSとは平均目開き0.175mmの標準ふるい(80meshふるい)で回収できるPPS成分を指す。この方法によって得られるPPS混合物は重量平均分子量が5,000以下の低分子量PPSを多く含み、たとえば前記顆粒状PPSと比較して機械物性などの特性が大幅に劣るため、一般的工業材料用途への適用は困難であり工業利用上の価値のないものとして従来は認識されていた。そのため、この方法で得られるPPS混合物は通常、産業廃棄物として処理されていた。
【0051】
本発明者らは前記顆粒状PPS以外のPPS混合物を詳細に分析した結果、このPPSには前記式(1)で表される環状PPS(m=4〜20)が10重量%以上含まれており、特にこれらはm=4〜20の混合物として得られることから、本発明の環状PPS化合物を得るための原料として好ましいことを見いだした。このことは、従来は産業廃棄物とされていたものから、産業上極めて利用価値の高い化合物を本発明の方法によって回収できるといった観点で、意義の大きなことである。
【0052】
前記回収スラリーからPPSを回収する方法としては、たとえば回収スラリーから少なくとも50重量%以上の有機極性溶媒を除去し、残留物を得て、これに水を添加した後、所望に応じて酸を加えて、少なくとも残存有機極性溶媒およびハロゲン化アルカリ金属塩を除去してPPS混合物を分離回収して得る方法や、回収スラリーからPPS混合物を析出させ固体状成分としてPPSを回収する方法、たとえば回収スラリーに水を加えることでPPSを析出させた後に公知の固液分離法であるデカンテーション、遠心分離及び濾過などの手法によって、固体成分としてPPSを得る方法などを例示することができる。
【0053】
(4)環状PPS化合物含有溶液の調製
本発明ではPPS化合物を、前記式(1)記載の環状PPS化合物(m=4〜20)を溶解可能な溶剤と接触させて環状PPS化合物を含む溶液を調製する。
【0054】
ここで用いる溶剤としては環状PPS化合物を溶解可能な溶剤であれば特に制限はないが、溶解を行う環境において環状PPS化合物は溶解するが、PPSは溶解しにくい溶剤が好ましく、PPSは溶解しない溶剤がより好ましい。PPSを前記溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する反応器の部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。用いる溶剤としてはPPSや環状PPS化合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、PPS混合物を溶剤と接触させる操作をたとえば常圧環流条件下で行う場合に好ましい溶剤としては、例えばペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン、ベンゼン、トルエン、キシレン等の炭化水素系溶媒、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン等のハロゲン系溶媒、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、アセトフェノン等のケトン系溶媒、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル等のエーテル系溶媒、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンなどの極性溶媒を例示できるが、中でもベンゼン、トルエン、キシレン、クロロホルム、ブロモホルム、塩化メチレン、1,2−ジクロロエタン、1,1,1−トリクロロエタン、クロロベンゼン、2,6−ジクロロトルエン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルブチルケトン、ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジイソプロピルエーテル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、トリメチルリン酸、N,N−ジメチルイミダゾリジノンが好ましく、トルエン、キシレン、クロロホルム、塩化メチレン、アセトン、ジエチルケトン、メチルエチルケトン、テトラヒドロフランがより好ましく例示できる。
【0055】
PPSを溶剤と接触させる際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の温度や時間などの条件によってPPSや溶剤が酸化劣化するような場合には、非酸化性雰囲気下で行うことが望ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
【0056】
PPS混合物を溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、一般に温度が高いほど環状PPS化合物の溶剤への溶解は促進される傾向にある。前記したように、PPS混合物の溶剤との接触は大気圧下でおこなうことが好適であるので、上限温度は使用する溶剤の大気圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい溶剤を用いる場合はたとえば20〜150℃を具体的な温度範囲として例示できる。
【0057】
PPS混合物を溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPSの溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても溶剤への溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0058】
PPSを溶剤と接触させる方法は、公知の一般的な手法を用いれば良く特に限定はないが、たとえばPPS混合物と溶剤を混合し、必要に応じて攪拌した後溶液部分を回収する方法、各種フィルター上のPPS混合物に溶剤をシャワーすると同時に環状PPSを溶剤に溶解させる方法、ソックスレー抽出法原理による方法などいかなる方法も用いることができる。PPSと溶剤を接触させる際の溶剤の使用量に特に制限はないが、たとえばPPS重量に対する浴比で0.5〜100の範囲が例示できる。浴比が小さすぎるとPPS混合物と溶剤の混合が困難になるだけでなく、環状PPS化合物の溶剤への溶解が不十分になる傾向にある。浴比が大きい方が一般に環状PPS化合物の溶剤への溶解には有利であるが、大きすぎてもそれ以上の効果は望めず、逆に溶剤使用量増大による経済的不利益が生じることがある。なお、PPSと溶剤の接触を繰り返し行う場合は、小さい浴比でも十分な効果を得られる場合が多い。またソックスレー抽出法は、その原理上、PPSと溶剤の接触を繰り返し行う場合と類似の効果が得られるので、この場合も小さな浴比で十分な効果を得られる場合が多い。
【0059】
PPSを溶剤と接触させた後に、環状PPS化合物を溶解した溶液が、残りの固形状のPPSを含む固液スラリー状で得られた場合、公知の固液分離法を用いて溶液部を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。このようにして分離した溶液については、後述する溶剤の除去を行う。一方、残存した固体成分については、環状PPS化合物がまだ残存している場合、具体的には重量基準で0.05重量%以上の環状PPS化合物が残存している場合には、再度溶剤との接触及び溶液の回収を繰り返し行うことでより収率よく環状PPS化合物を得ることができる。また、環状PPS化合物がほとんど残存していない、具体的には環状PPS化合物の残存が重量基準で0.05重量%未満の場合には、残存溶剤を除去することで、残存した固体状のPPSは、高純度なPPSとして好適にリサイクル可能である。
【0060】
(5)環状PPS化合物溶液からの溶剤の除去
本発明では前述のようにして得られた前記式(1)で表される環状PPS化合物(m=4〜20)を含む溶液から溶剤の除去を行い、環状PPS化合物を得る。ここで溶剤の除去は、たとえば加熱し、常圧以下で処理する方法や、膜を利用した溶剤の除去を例示できるが、より収率よく、また効率よく環状PPS化合物を得るとの観点では常圧以下で加熱して溶剤を除去する方法が好ましい。なお、前述の様にして得られた環状PPS化合物を含む溶液は温度によっては固形物を含む場合もあるが、この場合の固形物も環状PPS化合物に属するものであるので、溶剤の除去時に溶剤に可溶の成分とともに回収する事が望ましく、これにより収率よく環状PPS化合物を得られるようになる。
【0061】
溶剤の除去は、少なくとも50重量%以上、好ましくは70重量%以上、更に好ましくは90重量%以上、よりいっそう好ましくは95重量%以上の溶剤を除去することが望ましい。加熱による溶剤の除去を行う際の温度は用いる溶剤の特性に依存するため一意的には限定できないが、通常、20〜150℃、好ましくは40〜120℃の範囲が選択できる。また、溶剤の除去を行う圧力は常圧以下が好ましく、これにより溶剤の除去をより低温で行うことが可能になる。
【0062】
(6)その他後処理
(3)〜(5)に記載の方法により得られた環状PPS化合物は十分に高純度であり、m=4〜20の環状PPS化合物として好適に用いることができるが、さらに以下に述べる後処理を付加的に施すことによってよりいっそう純度の高い環状PPS化合物やm=6の環状PPS単体を得ることが可能である。
【0063】
前記(3)〜(5)までの操作によって得られた環状PPS化合物は、用いた溶剤の特性によっては、PPS中に含まれる不純物成分を含む場合がある。このような少量の不純物を含む環状PPS化合物を不純物は溶解するが、環状PPS化合物は溶解しない、もしくは環状PPS化合物の溶解しにくい第二の溶剤と接触させることで、不純物成分を選択的に除去することが可能な場合が多い。
【0064】
環状PPS化合物を前記第二の溶剤と接触させる際の反応系圧力は常圧もしくは微加圧が好ましく、特に常圧が好ましく、このような圧力の反応系はそれを構築する部材が安価であるという利点がある。この観点から反応系圧力は、高価な耐圧容器を必要とする加圧条件は避けることが望ましい。第二の溶剤として好ましい溶剤としては、目的とする環状PPS化合物の分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものが好ましく、例えばメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタン等の炭化水素系溶媒が例示でき、なかでもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサン、シクロペンタンが好ましく、メタノール、エタノール、プロパノール、エチレングリコール、ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、シクロヘキサンが特に好ましい。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0065】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる温度に特に制限はないが、上限温度は使用する第二の溶剤の常圧下での環流条件温度にすることが望ましく、前述した好ましい第二の溶剤を用いる場合はたとえば20〜100℃が好ましい温度範囲として例示でき、より好ましくは25〜80℃が例示できる。
【0066】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる時間は、用いる溶剤種や温度等によって異なるため一意的には限定できないが、たとえば1分〜50時間が例示でき、短すぎると環状PPS化合物中の不純物の第二の溶剤への溶解が不十分になる傾向にあり、また長すぎても第二の溶剤への不純物の溶解は飽和状態に達し、それ以上の効果は得られない。
【0067】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させる方法としては固体状の環状PPS化合物と第二の溶剤を必要に応じて攪拌して混合する方法、各種フィルター上の環状PPS化合物固体に第二の溶剤をシャワーすると同時に不純物を第二の溶剤に溶解させる方法、固体状の環状PPS化合物を第二の溶剤を用いたソックスレー抽出を用いる方法や、溶液状の環状PPS化合物もしくは溶剤を含む環状PPS化合物スラリーを第二の溶剤と接触させて、第二の溶剤の存在下で環状PPS化合物を析出させる方法などを用いることができる。なかでも溶剤を含む環状PPS化合物スラリーを第二の溶剤と接触させる方法は、操作後に得られる環状PPS化合物の純度が高く、有効な方法である。
【0068】
環状PPS化合物を第二の溶剤と接触させた後には、環状PPS化合物が第二の溶剤中に析出したスラリーが得られるので、公知の固液分離法を用いて固体状の環状PPS化合物を回収する。固液分離方法としては、たとえば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。固液分離後に得られた環状PPS化合物中に不純物がまだ残存している場合は、再度環状PPS化合物と第二の溶剤とを接触させて、さらに不純物を除去することも可能である。
【0069】
(7)環状PPS化合物の特性
かくして得られた環状PPS化合物は前記式(1)におけるmが4〜20であり、さらに前記式(1)で表されるm=4〜20の異なるmを有する環状PPS化合物が好ましく、さらに環状PPS化合物中の、m=6の環状PPS含量が50重量%未満の混合物であることが好ましい。
【0070】
なお本発明の環状PPS化合物のmは前記のごとく、m=4〜20であり、mは4〜20の混合物でもよいが、著者らの検討により、環状PPS化合物としては、m=4〜12のものが存在することを確認しており、mがこの範囲の場合、後述するように環状PPS化合物の溶融加熱による高重合度化が速やかに進行することを見出している。
【0071】
なおmが12以上の環状PPS化合物については、存在している可能性が高いが、現在の分析技術では定性や定量困難である。なぜならば後述するように、環状PPS化合物中に含まれる直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPSの区別が、現時点の最新分析技術では困難なためである。しかしながら、m=4〜20の環状PPS化合物を溶融加熱すると環状PPS化合物の高重合度化が速やかに進行し、得られるPPS樹脂の揮発性ガス成分量が低減すること、さらにその環状PPS化合物中のm=6の環状PPS単体の含有量が50重量%未満であると、さらにこれらの効果が高められることから、本発明の効果を損なわない範囲でmが13以上の環状PPS化合物が含まれていてもよい。
【0072】
また(3)〜(6)に記載の方法により得られた環状PPS化合物は十分に高純度であるが、条件によっては、不純物として直鎖状PPSオリゴマーが含有することもある。また前述したようにこの直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS化合物の区別は、現時点の最新分析技術では困難である。この直鎖状PPSオリゴマーと推定されるオリゴマー成分の重量平均分子量(Mw)は、前記(3)で記載した環状PPS化合物の原料となるPPSの製造方法により異なるが、通常、5000以下のものであり、場合によっては2000以下のものである。
【0073】
なお環状PPS化合物中に不純物として残存する直鎖状のPPSオリゴマーは、環状PPS化合物に比べ、熱安定性が悪く、揮発性ガス成分量が増加すること、さらに後述するが、環状PPS化合物中にこれらが不純物として多量に含まれていると、環状PPS化合物の溶融加熱によるPPSへの転化が不十分になるという問題が発生する。
【0074】
そのため、(3)〜(6)に記載の方法により得られる環状PPS化合物中の直鎖状PPSオリゴマーの量は、全環状PPS化合物に対して、50重量%未満が好ましく、40重量%未満がより好ましく、さらに好ましくは30重量%未満である。
【0075】
なおこの時の、環状PPS化合物中の直鎖状PPSオリゴマー量は、現時点の分析技術によれば、m=13以上の環状PPS化合物との総量として、MALDI−TOF−MSにより定量することが可能である。
【0076】
また特開平10−77408号公報に記載されているように、架橋タイプのPPSから、環状PPS化合物をソックスレー抽出し、抽出液を冷却し、析出した白色固体を「再結晶法」により、m=6の環状PPS単体が高純度で得られることが開示されている(シクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)。また架橋タイプのPPSに比べ、回収量は少ないものの、直鎖状のPPSからも、同じように抽出操作し、「再結晶」することにより同じようにm=6の環状PPS単体が高純度で得ることが可能である。
【0077】
m=6の環状PPS単体は、極めて安定な針状の結晶構造を有し、かつ結晶化しやすいため、「再結晶」という方法に適した環状物である反面、その安定な針状結晶構造を反映して融点が348℃と高くなるため、高重合度化のための溶融加熱温度を高くする必要がある。
【0078】
m=6の環状PPS単体のみの場合は、環状PPS化合物を溶解する溶媒に溶かして供給するという方法、結晶化した環状PPS単体を一旦融点以上で溶融した後、急冷することによって結晶化を抑え、非晶化させた粉体を供給するという方法、あるいはプリメルターを環状PPS単体の融点以上に設定し、プリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給する方法などを採用することができる。このように環状PPS単体を使用する場合、高重合度化のための溶融加熱温度を高めるという必要性、あるいは前述したように環状PPS単体を一旦溶融させた後、結晶化を抑えて非晶化するという必要性、あるいはプリメルター内で環状PPS単体のみを溶融させ、融液として供給するという必要性が生じるため、環状PPSの高重合度化のための生産性や溶融加工性の面から、環状PPS化合物中の、m=6の環状PPS単体の含量が50重量%未満が好ましく、30重量%未満がより好ましく、さらに好ましくは10重量%未満が好ましい。
【0079】
この理由は現時点下記の通り解釈している。すなわち、m=6の環状PPS単体の含有量が低下することにより、該環状PPS単体が結晶核として作用しないなどの効果もあって、結果として、m=4以上の混合物からなる環状PPS化合物の結晶化が抑えられ、環状PPS化合物の融点が低くなることにより、該環状PPS化合物が容易に融解し、その結果溶融加熱による高重合度化が容易になると考えられる。
【0080】
またm=6以外の環状単量体は、m=6に比べ、結晶化し難いため、「再結晶」という手法により単量体として得ることは困難であったが(再結晶という手法により単離可能なのはm=6の環状PPS単体のみである)、筆者らはこれらの単量体を分取液体クロマトグラムにより分離回収し、m=4の環状PPS単体(シクロテトラ(p−フェニレンスルフィド)、融点296℃))、m=5のシクロペンタ(p−フェニレンスルフィド)(融点257℃)、m=7のシクロヘプタ(p−フェニレンスルフィド)(融点328℃)、m=8のシクロオクタ(p−フェニレンスルフィド)(融点305℃)であることが確認された。
【0081】
すなわち(3)〜(6)に記載の方法によれば、得られる環状PPS化合物は異なるmを有する混合物であり、かつm=6の環状PPS単体の含量が50重量%未満のものが得られる。また条件によっては、m=6の環状PPS単体の含量が30重量%未満のもの、さらには10重量%未満のものも得ることが可能である。得られた環状PPS化合物は、単一のmからなる環状PPS単体に比べ、融解温度が低いという特徴があり、このことはたとえば環状PPS化合物を簡便な方法で、低い溶融加熱温度で高分子量体に転化することが可能となる。
【0082】
(8)環状PPS化合物の高重合度体への転化
前記した本発明のPPSは、前記環状PPS化合物を溶融加熱して高重合度体に転化させる方法によって製造することが好ましい。この溶融加熱の温度は、前記環状PPS化合物が溶融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度が環状PPS化合物の溶融解温度未満ではPPSを高重合度化するのに長時間が必要となる傾向がある。なお、環状PPS化合物が溶融解する温度は、前述したように環状PPS化合物中に存在するmの組成や純度により異なるが、例えば環状PPS化合物を示差走査型熱量計で分析することで溶融解温度を把握することにより、その融解温度以上で溶融加熱させることが可能である。但し、温度が高すぎると加熱により生成したPPSの分子間、及びPPSと環状PPS化合物間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPPSの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。溶融加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。
【0083】
前記溶融加熱を行う時間は使用する環状PPS化合物中のmの組成や、環状PPS化合物の純度などの各種特性、また、加熱溶融温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱溶融時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満では環状PPS化合物のPPSへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPPSの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
【0084】
環状PPS化合物の溶融加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPPSの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
【0085】
前記、環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
【0086】
環状PPS化合物の加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これにより過熱による高重合度体への転化の際の、架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とは環状PPS化合物が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によっては環状PPS化合物に含まれる分子量の低い環状PPS化合物が揮散しやすくなる傾向にある。
【0087】
かくして得られたPPS樹脂は、耐熱性、耐薬品性、難燃性、電気的性質並びに機械的性質に優れ、溶融紡糸に好適に使用される。
【0088】
(9)固体物品の製造
このようにして得られたPPS樹脂は、引き続き、糸、フィルム等の固体物品へ溶融加工される。溶融加工の方法としては、紡糸、射出成型、溶融プレス成形などがあげられる。
【0089】
特に、布帛、電気絶縁紙、バグフィルターへ使う場合には、特に繊維の形状に加工するのが好ましい。
【0090】
PPSを溶融加工にする場合は、本発明の効果を損なわない範囲において、他の樹脂を10重量%以下添加することも可能である。例えば、柔軟性の高い熱可塑性樹脂を少量添加することにより柔軟性及び耐衝撃性を更に改良することが可能である。特に5重量%以下の添加が好ましく使用される。熱可塑性樹脂の具体例としては、エポキシ基含有オレフィン系共重合体、その他のオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、変性ポリフェニレンエーテル樹脂、ポリスルフォン樹脂、ポリケトン樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリアリレート樹脂、液晶ポリマー、ポリエーテルスルフォン樹脂、ポリエーテルケトン樹脂、ポリチオエーテルケトン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、四フッ化ポリエチレン樹脂などが挙げられる。また、改質を目的として、以下のような化合物の添加が可能である。イソシアネート系化合物、有機シラン系化合物、有機チタネート系化合物、有機ボラン系化合物、エポキシ化合物などのカップリング剤、ポリアルキレンオキサイドオリゴマ系化合物、チオエーテル系化合物、エステル系化合物、有機リン系化合物などの可塑剤、タルク、カオリン、有機リン化合物、ポリエーテルエーテルケトンなどの結晶核剤、モンタン酸ワックス類、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸アルミ等の金属石鹸、エチレンジアミン・ステアリン酸・セバシン酸重縮合物、シリコーン系化合物などの離型剤、次亜リン酸塩などの着色防止剤、その他、滑剤、紫外線防止剤、着色剤、発泡剤などの通常の添加剤を配合することができる。上記化合物は何れも組成物全体の10重量%を以下好ましくは5重量%以下、更に好ましくは1重量%以下の添加がよい。
【0091】
上記のごとくPPSの改質を目的に、他の樹脂を配合したり、添加剤を配合することによりPPS樹脂組成物を調製する場合は、環状PPS化合物を溶融加熱し、高重合度化する際に配合することもできるし、あるいは環状PPS化合物を溶融加熱により高重合度化したPPS樹脂を一旦ペレタイズした後、再度これらの配合剤と溶融混練することもできる。
【0092】
溶融混練方法としては、一軸または二軸押出機で均一に溶融混練する方法が好ましく、特に二軸押出機を用いて溶融混練する方法が好ましく用いられる。
【0093】
この時のPPS樹脂組成物の調製方法は特に制限はないが、原料の混合物を単軸あるいは2軸の押出機、バンバリーミキサー、ニーダー、ミキシングロールなど通常公知の溶融混合機に供給して280〜380℃の温度で混練する方法などを例として挙げることができる。また、原料の混合順序にも特に制限はなく、環状PPS化合物とPPS樹脂のいずれかと、必要に応じてその他添加剤を一括してドライブレンドした後、上述の方法などで溶融混練する方法、環状PPS化合物とPPS樹脂のいずれかと、必要に応じてその他添加剤のうちの2者または3者をドライブレンドして溶融混練した後、これと残る1者または2者を溶融混練する方法が代表的である。
【0094】
溶融紡糸方法としては、一般的に知られているプレッシャーメルター型、単軸・2軸エクストルーダー型紡糸機を用いて紡糸することが出来る。なお、紡糸工程では、増粘によるゲル化を防止するため、窒素雰囲気下、可能な限り低温で、しかも溶融するに十分な程度に加熱し、口金より吐出することが望ましい。一般的には加熱温度は290〜350℃の範囲で、口金は通常の溶融紡糸に使用するもの、例えば吐出孔径Dが0.15〜0.5mmφで、吐出孔深さLが0.2〜2.0mm程度のものが好ましく用いられる。
【0095】
口金から吐出した糸条は、通常、紡出後に風速5〜100m/分のチムニー風により冷却され、集束剤として油剤を適量付与させて、巻き取ることにより得られる。引き取り速度に特に制限は無いが、通常500m/分〜7000m/分の範囲である。また、製造プロセスもUY(低速紡糸)もしくはPOY(高速紡糸)の状態で一旦巻き取り公知の延伸機を用いて延伸処理するUY−DT(延伸撚糸)、POY―DT方式、一旦巻き取ることなく紡糸延伸工程を連続して行うDSD(直接紡糸延伸)方式などのプロセスが適用出来る。また、POY―仮撚り工程やDT−仮撚り工程などの工程も適用することも可能である。
【0096】
さらに、短繊維を製造する際には、必要に応じて、紡糸で得られた糸条を温水浴中、もしくは熱板上にて適正倍率にて延伸後、必要に応じてスタッフィングボックス型クリンパーにて捲縮を付与し、所定の温度にて弛緩熱処理を施し、次いで、油剤を付与後、所定の長さに繊維を切断し、短繊維を得ることが出来る。得られる糸の特性に特に制限は無いが、通常、単糸繊度0.5〜10.0dtex、強度は2.0cN/dtex以上、好ましくは3.0cN/dtex以上、より好ましくは3.1cN/dtex以上であり、強度の上限に特に制限はないが通常10.0cN/dtex以下、伸度10〜100%、乾熱収縮率0〜20.0%の繊維が得られる。
【0097】
また本発明のPPS繊維の断面形状は特に限定されるものでは無く、通常の円形断面のみならず、△断面、Y字断面、□断面、十字断面、中空断面、C型断面、田型断面などいかなる異形断面も採用できる。
【0098】
なお本発明の効果を最大限発揮するためには、環状PPS化合物を溶融加熱し、高重合度化させたPPSを、加熱状態のまま融液状態を維持し、そのまま前述のプレッシャーメルター型、単軸・2軸エクストルーダー型紡糸機に連結させて溶融紡糸すると、溶融紡糸時の揮発性ガス量の発生がさらに抑えられ、溶融紡糸時の糸切れや増粘によるゲル化をさらに抑制することが可能となる。
【0099】
(III)ポリフェニレンスルフィド酸化物の製造
上記で得られた、PPSからなる固体物品は、引き続き酸化反応処理を行うことでポリフェニレンスルフィド酸化物へと化学変換される。
【0100】
本発明において、酸化反応処理に使用される液体は、ポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品の形態を保持するものであれば任意に用いることができ、酸化反応処理に用いる酸化剤を均一に溶解するものであることが好ましい。中でも、有機酸または有機酸無水物または鉱酸を含む液体であることが好ましい。また、液体は単独・混合溶媒のいずれでもよく、またそれに水が含まれていても、水単独の液体でも構わない。液体の具体例としては、水、アセトン、メタノール、エタノール、アセトニトリル、テトラヒドロフラン、クロロホルム、N−メチルピロリドン、酢酸エチル、ピリジン、後述する有機酸、有機酸無水物が挙げられる。有機酸の具体例としては、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、プロピオン酸、酪酸、マレイン酸などが挙げられる。有機酸無水物としては、下記一般式(3)
【0101】
【化5】

【0102】
(R1、R2は、それぞれ炭素数1〜5の脂肪族置換基、芳香族置換基、芳香族置換基で置換された脂肪族置換基のいずれかを表し、R1およびR2は互いに連結して環状構造を形成していてもよい。)で示される酸無水物が挙げられ、具体例としては無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、無水プロピオン酸、無水酪酸、無水マレイン酸、無水コハク酸、無水フタル酸、無水安息香酸、無水−クロロ安息香酸などが挙げられる。鉱酸の具体例としては、硝酸、硫酸、塩酸、リン酸などが挙げられる。好ましいのは、水、酢酸、トリフルオロ酢酸、無水酢酸、無水トリフルオロ酢酸、硫酸、塩酸であり、さらに好ましいのは、水、酢酸、トリフルオロ酢酸、硫酸である。中でも特に好ましいのは、水および酢酸および硫酸が混合された液体である。その混合組成比としてより好ましいのは、水:5〜20重量%、酢酸:60〜90重量%、硫酸:5〜20重量%であり、この範囲の濃度において良好な結果を与える。
【0103】
(10)酸化剤
本反応に使用される酸化剤は、上記液体に均一に溶解するものであって、本発明で規定する特性を有するポリフェニレンスルフィド酸化物を与えるものであれば任意に用いることができる。中でもポリフェニレンスルフィドからなる固体物品をその形態を保持したまま酸化処理し得る酸化剤、液体の組み合わせであることが好ましい。酸化剤としては無機塩過酸化物、過酸化水素水から少なくとも1つ選ばれるものであることが好ましく、無機塩過酸化物および過酸化水素水から選択される一種以上と、有機酸および有機酸無水物から選択される一種以上との混合物から形成される過酸化物(過酸を含む)であっても構わない。酸化剤として用いる無機塩過酸化物としては、過硫酸塩類、過ホウ酸塩類、過炭酸塩類が好ましく挙げられる。ここで塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、アンモニウム塩などが挙げられるが、なかでもナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩が好ましい。その具体例としては、過硫酸塩としては過硫酸ナトリウム、過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウム、過ホウ酸塩としては過ホウ酸ナトリウム、過ホウ酸カリウム、過ホウ酸アンモニウム、過炭酸塩としては過炭酸ナトリウム、過炭酸カリウムなどが挙げられる。過酸化水素水と、有機酸または有機酸無水物との混合物から形成される過酸の具体例としては、過ギ酸、過酢酸、トリフルオロ過酢酸、過プロピオン酸、過酪酸、過安息香酸、m−クロロ過安息香酸などが挙げられ、中でも好ましいのは、過硫酸ナトリウム、過ホウ酸ナトリウム、過ギ酸、過酢酸、トリフルオロ過酢酸であり、さらに好ましいのは、過ホウ酸ナトリウム、過酢酸、トリフルオロ過酢酸である。
【0104】
(11)酸化剤濃度
酸化剤の濃度は工業的製法における安全性管理の上で重要で、処理効率の点からは高い濃度の方が好ましいが、ポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品の形態や見かけ体積などから、固体物品が酸化剤を含む液体に十分浸漬しうる濃度までであって、かつ、本発明で規定する範囲のポリフェニレンスルフィド酸化物が得られる濃度であれば、液体で希釈、あるいは安全面から濃度を下げることは任意に可能である。本発明における過酸の濃度は20重量%以下が好ましく、より好ましくは0.1重量%〜10重量%であり、さらに好ましくは3〜8重量%である。この範囲の濃度において良好な反応結果を与え、かつ安全性の高いプロセスが構築できる。これより高いとその安定性や安全性が温度に対して非常に影響を受けやすくなり、特に20重量%を超える高濃度の過酸はその安定性やプロセスの安全性の管理が難しいため好ましくない。
【0105】
また、酸化剤として無機塩過酸化物を用いる場合、ポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品の形態や見かけ体積などから十分浸漬しうる濃度まで溶媒で希釈、あるいは安全面から濃度を下げることは任意に可能である。好ましくは0.1重量%〜10重量%、さらに好ましくは3重量%〜8重量%である。
【0106】
過酸化水素水と有機酸との混合物から形成される過酸または過酸化物を用いる場合、過酸または過酸化物の濃度は、10重量%以下であることが好ましい。
【0107】
過酸化水素水と有機酸無水物との混合物から形成される過酸あるいは過酸化物を用いる場合、過酸または過酸化物の濃度は、好ましくは0.1重量%〜20重量%、さらに好ましくは3重量%〜15重量%、特に好ましくは3重量%〜8重量%である。
【0108】
上記範囲の濃度において良好な反応結果を与え、かつ安全性の高いプロセスが構築できる。これより高いとその安定性や安全性が温度に対して非常に影響を受けやすくなり、特に20重量%を超える高濃度の過酸はその安定性やプロセスの安全性の管理が難しいため好ましくない。
【0109】
例えば、示差走査熱量計(DSC−60:島津製作所)を用い、空気雰囲気下、サンプル量を5mg〜8mgの範囲内で秤量し、ステンレス製4.9MPa(50気圧)耐圧密閉容器にて、温度プログラムを30℃〜200℃(30℃から10℃/分昇温で200℃まで昇温)と設定して測定した時の過酢酸溶液の熱的挙動は、40%過酢酸溶液の場合が分解温度110℃、発熱量770J/gであり、酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した平衡過酢酸の場合が分解温度133℃、発熱量704J/gであるのに対し、無水酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した混合液体のそれは分解温度132℃、445J/gと約6割の発熱量であり、また9%のそれは分解温度110℃、230J/gと約3分の1の発熱量であり、非常に小さい。それ故に、酸化剤濃度を下げることで酸化反応処理プロセスの安全性を確保することは非常に重要である。
【0110】
(12)反応温度および時間
本酸化反応処理は、本発明で規定する特性を有するポリフェニレンスルフィド酸化物が得られる限り特に制限はないが、使用される液体の沸点以下の温度で行われることが好ましい。沸点以上の温度では系が加圧になり、酸化剤の分解が促進されたり煩雑な設備となる場合が多く、また安全面においても厳しいプロセス管理が必要とされる傾向にある。具体的な酸化反応処理温度は、用いる液体の沸点により異なるが、液体の沸点が許容する範囲内において、0℃〜100℃の間、中でも30℃前後〜80℃の間が好ましく、特に40℃〜70℃が好ましい。例えば、液体が酢酸の場合には50℃〜70℃の酸化反応処理温度が好ましく、この範囲の温度において良好な反応結果を与える。
【0111】
酸化反応処理時間は、本発明で規定した特性を有するポリフェニレンスルフィド酸化物が得られる限り特に制限はなく、具体的な時間としても反応温度と酸化剤の濃度により左右されるため一概にはいえないが、例えば、液体が酢酸の場合には、60℃条件下、10重量%の酸化剤濃度において、約2時間である。
【0112】
また、通常60℃条件下、5重量%の酸化剤濃度において、約1〜8時間である。さらに酸化剤として前記一般式(3)で示される酸無水物と過酸化水素との混合物から形成される過酸を用いる場合、安全性を確保した上で効率よく短時間で酸化反応処理を行うことが好ましい。例えば、酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した平衡過酢酸を用いた場合の、繊維束、布帛、フェルトのいずれかを酸化処理するための時間が60℃温度条件下で約8時間であるのに対し、無水酢酸および34.5%過酸化水素水を等重量用いて理論過酢酸濃度を40%に調製した混合液体のそれは約2時間であり、非常に効率がよい。
【0113】
(13)反応処理方式
本酸化反応処理を行うための処理方式に特に制限はないが、バッチ式または連続式、あるいはそれらを組み合わせたものでも採用でき、また1段式プロセスまたは多段式プロセスのいずれでも採用できる。
【0114】
ここで、バッチ式とは、任意の反応容器内にポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品および酸化剤の含まれる液体を投入し、任意の濃度、温度、時間で酸化反応処理した後、ポリフェニレンスルフィド酸化物または液体を取り出す処理方式を意味し、連続式とは、ポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品または酸化剤の含まれる液体を任意の流速を持たせて反応容器内を流通させて酸化反応処理する方式を意味する。連続式においては、任意の形態で固定化したポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品に対して、酸化剤の含まれる液体を流通または循環させて酸化反応処理する方法、あるいは、酸化剤の含まれる液体を任意の反応容器内に投入し、そこへポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品を連続的に流通または循環させて酸化反応処理する方法のいずれも採用できる。
【0115】
また、多段式プロセスとは、バッチ式または連続式を採用した酸化反応処理の単位工程が、複数または段階的に構築されたプロセスを意味する。具体的には、酸化反応処理を複数回に分け、各処理を行う際に、酸化反応処理を行うための酸化剤を含む液体をあらたに調製し、続く酸化反応処理を行う方法が例示される。かかる方法は酸化反応を促進できる点で好ましく、具体的には酸化反応処理時間の短縮や、より低い温度での反応が可能となる点で好ましく用いられる。特に、ポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品の形態や見かけ体積などの影響で、それが十分浸漬するよう液体で希釈したり、あるいは安全性確保のために濃度を下げたりすることにより生じ得る酸化反応処理時間の延長を抑制したり、過度の温度上昇を不要にし得る点でこの多段式プロセスが好ましく、これを採用することにより、酸化反応時間の延長や温度上昇を被ることなくかつ安全性を確保した上でプロセス構築ができる。
【0116】
さらに、酸化反応処理におけるポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品と酸化剤の含まれる液体との接触方法は、酸化剤の含まれる液体中にポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品を浸漬する方法、任意の形態で固定化したポリフェニレンスルフィド化合物からなる固体物品に酸化剤の含まれる液体を散布または噴霧する方法のいずれも採用できる。
【0117】
次に、本反応により得られるポリフェニレンスルフィド酸化物について説明する。
【0118】
(14)ポリフェニレンフェニレンスルフィド酸化物
上述の酸化反応処理により、ポリフェニレンスルフィド化合物中のチオエーテル部分が酸化されてポリフェニレンスルフィド酸化物が得られる。さらに好ましい態様による酸化反応処理により、ポリフェニレンスルフィド化合物中のチオール部分が酸化されるのみでなく、ポリマーの分子鎖間で架橋も生ずる。
【0119】
すなわち本発明により得られるポリフェニレンスルフィド酸化物は、
一般式(4)
【0120】
【化6】

【0121】
(Xは0、1、2のいずれかを表す。)で示される繰り返し単位からなるポリマー、または、主要構造単位としての上記繰り返し単位と、上記繰り返し単位1モル当たり1.0モル以下、好ましくは0.3モル以下の一般式(5)〜(10)
【0122】
【化7】

【0123】
(Xは0、1、2のいずれかを表す。)で示される繰り返し単位とからなる共重合体から成る固体物品である。また、一般式(9)で示される繰り返し単位のうち、Xが0、1、2である構造単位中に占める、Xが1または2である構造単位の比率は、0.5以上が好ましく、さらに好ましくは0.7以上である。
【0124】
(15)ポリフェニレンスルフィド酸化物の残存炭化物量
本発明における酸化反応処理過程で生じる架橋とは、ポリフェニレンスルフィド化合物を酸化反応処理する過程でポリマー分子間で橋架け構造を形成することを意味し、繰り返し単位の構造中に含まれる炭素原子、硫黄原子、酸素原子のいずれかから選ばれる原子どうしが結合して橋架け構造を形成することを意味する。また、この架橋化度は、該ポリフェニレンスルフィド酸化物の固体NMR分析および示差熱重量(TGA)測定によりその一部を把握することができ、中でもTGA測定においては、窒素雰囲気下で熱重量変化評価後に残存する炭化物量を測定することにより、架橋構造のうち、炭素原子どうしの架橋構造の割合を把握できる。例えば、示差熱重量(DTG−50:島津製作所)を用い、窒素雰囲気下、サンプル量約10mgを精秤し、白金製セル容器上にて、温度プログラムを30℃〜900℃(30℃から10℃/分昇温で900℃まで昇温)と設定して測定した時の残存する炭化物量は、PPSがほぼ定量的に熱消失して残存物が検出されないのに対し、本発明において酸化処理後に得られるポリフェニレンスルフィド酸化物の一例では炭化物が13.2重量%残存し、酸化処理により炭素原子同士の架橋構造を形成していることが確認できる。該ポリフェニレンスルフィド酸化物は、本TGA測定において残存炭化物が実質的に認められることが好ましく、さらに、実質的に1重量%以上の残存炭化物量を有することが好ましく、特に、実質的に5重量%以上の残存炭化物量を有することが好ましい。この範囲において耐熱性、耐薬品性に関して特に優れた特性を有する。ここで言う実質的にとは、上記の示差熱重量(TGA)測定において、測定前のポリフェニレンスルフィド酸化物の重量に対する測定後の残存炭化物量の重量%を意味する。
【0125】
(16)ポリフェニレンスルフィド酸化物の結晶化度
また、本発明により得られるポリフェニレンスルフィド酸化物は結晶性を有する。すなわち、広角X線回折の測定における結晶化度が10%以上であり、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上である。ここで結晶化度は、広角X線回折の測定において観測される、全回折ピーク面積に占める結晶性構造に由来するピーク面積比より算出した値である。例えば、広角X線回折装置(RINT2100:リガク)を用い、Cu線源(λ=1.5406オングストローム)にて、試料厚さ約70μmのフィルムを測定した時の結晶性構造に由来するピーク面積比より算出することができる。本発明において、ポリフェニレンスルフィド酸化物の結晶性は、酸化反応に供するポリフェニレンスルフィドとして結晶性、分子量の比較的高いものを用い、このポリフェニレンスルフィドの結晶性を過大に損なわない酸化条件を選択することにより高めることが可能である。
【0126】
(17)ポリフェニレンスルフィド酸化物の不融化度
さらに、該ポリフェニレンスルフィド酸化物は、示差走査熱量計(DSC)での測定において、融解熱量が15J/g以下、好ましくは10J/g以下、より好ましくは5J/g以下を表し、特に好ましくは1J/g以下の融解熱量を有するポリフェニレンスルフィド酸化物を意味し、より好ましくは実質的に融解ピークが観察されない化合物である。この範囲において耐熱性、耐薬品性に関して特に優れた特性を有する。ここでDSC測定条件は、窒素雰囲気下、窒素流量20mL/分において、示差走査熱量計(RDC220:セイコー・インスツルメンツ)を用い、サンプル量5mg〜10mgの範囲内で、温度プログラムを30℃〜500℃(30℃から10℃/分昇温で340℃まで昇温後、2分ホールド、続いて10℃/分降温により30℃まで降温後、2分間ホールドした後、10℃/分で500℃まで再昇温)と設定し、測定した時の融解熱量である。このような融解熱量が15J/g以下のポリフェニレンスルフィド酸化物は酸化処理条件を前記した好ましい条件とすることにより製造することができる。
【0127】
(18)ポリフェニレンスルフィド酸化物の特性
本発明で得られるポリフェニレンスルフィド酸化物は、原料であるPPSの分子量分布が狭いことから、従来得られるPPSに比して、機械強度が向上する。また、原料のPPSに含まれる金属含有量が少ないことより、電機絶縁性が向上する。また、原料であるPPS中に含まれる不純物である、ラクトン型化合物やアニリン型化合物は、酸化処理した後も、引き続き残存するため、従来品のPPSを出発原料としたポリフェニレンスルフィド酸化物の場合、加熱時に発生ガスが検出されたが、本発明で得られるポリフェニレンスルフィド酸化物の場合は、これらを由来とする発生ガスは実質認められず、そのため加熱時に着色などが非常に少なくなっている。
【0128】
(IV)ポリフェニレンスルフィド酸化物用途
このようにして得られたポリフェニレンスルフィド酸化物は、極めて高い耐熱性を有し、かつアルカリ・濃硫酸・濃硝酸に対して優れた耐薬品性を有しており、工業用途として多岐にわたる分野で有用な化合物であり、耐熱性、耐薬品性が要求される用途に幅広く利用することができる。耐吸湿性にも優れるため、吸湿時の寸法変化が小さく、また吸湿による電気特性の低下が少く、金属残量が少ないことから、電気絶縁性に優れるため、、電機資材用途に幅広く利用することができる。また、酸化反応処理前の形態を保持しているため、酸化反応処理前に所望の形状に賦形することにより、所望の形状の固体物品を得ることができる。また、加熱時発生ガス量が少なくなっている点から、着色原因も抑制される、また機械強度が向上することから、高温環境下で使用される耐熱繊維として使用できる。具体的には、バグフィルター、薬液フィルター、食品用フィルター、ケミカルフィルター、オイルフィルター、エンジンオイルフィルター、空気清浄フィルター等のフィルター用途、電気絶縁紙等の紙用途、消防服等の耐熱作業着用途、ドライヤーカンバス、抄紙用フェルト、縫糸、耐熱性フェルト、離形材、電池用セパレーター、心臓パッチ、人工血管、人工皮膚、プリント基板基材、コピーローリングクリーナー、安全衣服、実験作業着、保温衣料、難燃衣料、イオン交換基材、オイル保持材、断熱材、電極用セパレーター、保護フィルム、建築用断熱材、クッション材、吸液芯、ブラシなどに利用することができる。中でも、フィルター用途、紙用途、耐熱作業着用途が好ましく、さらに、フィルター用途として耐熱バグフィルター、紙用途として電気絶縁紙、耐熱作業着用途として消防服等に好ましく用いられるが、これらの用途に限定されるものではない。
【実施例】
【0129】
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。以下の実施例において、材料特性については下記の方法により行った。
【0130】
<分子量測定>
PPSの分子量はサイズ排除クロマトグラフィー(SEC)の一種であるゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:センシュー科学 GPC3506
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (固形物量:約0.2重量%)。
【0131】
<環状PPS化合物の融点>
パーキンエルマー製DSC7を用いて得られたポリマーの熱的特性を測定した。下記測定条件を用い、結晶化温度Tcは1st Runの値を、融点Tmは2nd Runの値を用いた。
First Run
・50℃×1分 ホールド
・50℃から320℃へ昇温,昇温速度20℃/分
・320℃×1分 ホールド
・ 320℃から100℃へ降温,降温速度20℃/分
Second Run
・100℃×1分 ホールド
・ 100℃から320℃へ昇温,昇温速度20℃/分(この時の融解ピーク温度をTmとする)。
【0132】
<アルカリ金属含有量の定量>
PPS及びポリフェニレンスルフィド酸化物中のアルカリ金属含有量の定量は下記により行った。
(a) 試料を石英るつぼに秤とり、電気炉を用いて灰化した。
(b) 灰化物を濃硝酸で溶解した後、希硝酸で定容とした。
(c) 得られた定容液をICP重量分析法(装置;Agilent製4500)及びICP発光分光分析法(装置;PerkinElmer製Optima4300DV)に処した。
【0133】
<ハロゲン含有量の定量>
PPSおよびポリフェニレンスルフィド酸化物中のハロゲン量の定量は下記方法で行った。
(a) 酸素を充填したフラスコ内で試料を燃焼した。
(b) 燃焼ガスを溶液に吸収し、吸収液を調製した。
(c) 吸収液の一部をイオンクロマト法(装置;ダイオネクス社製DX320)によって分析し、ハロゲン濃度を定量した。
【0134】
<加熱時発生ガス成分の分析>
PPSおよびポリフェニレンスルフィド酸化物を加熱した際に発生する成分の定量は以下の方法により行った。なお、試料は溶融紡糸後の繊維を用いた。
【0135】
(a) 加熱時発生ガスの捕集
約10mgのサンプルを窒素気流下(50ml/分)の320℃で60分間加熱し、発生したガス成分を大気捕集用加熱脱離用チューブcarbotrap400に捕集した。
【0136】
(b) ガス成分の分析
上記チューブに捕集したガス成分を熱脱着装置TDU(Supelco社製)を用いて室温から280℃まで5分間で昇温することで熱脱離させた。熱脱離した成分をガスクロマトグラフィーを用いて成分分割して、ガス中のγ−ブチロラクトン及び4−クロロ−N−メチルアニリンの定量を行った。
【0137】
<糸強度および伸度>
JIS L−1073(1965)に従い、行った。
【0138】
<PPS及びポリフェニレンスルフィド酸化物の示差走査熱量(DSC)測定>
示差走査熱量測定装置(RDC220(セイコー・インスツルメンツ))を用い、窒素雰囲気下、窒素流量20mL/分とし、サンプル量5mgを秤量し、温度プログラム:30℃から340℃まで10℃/分で昇温後、2分間ホールドし、340℃から30℃まで10℃/分で降温後、2分間ホールドした後、30℃から500℃まで10℃/分で昇温した時のDSCカーブより、融解熱量を測定した。
【0139】
<PPS及びポリフェニレンスルフィド酸化物の示差熱重量(TGA)測定>
示差熱・熱重量同時測定装置(DTG−50(島津製作所))を用い、窒素雰囲気下、サンプル量約10mgを精秤し、白金製セル容器上にて、温度プログラム:30℃から900℃まで10℃/分で昇温した時のTGAカーブより、熱重量変化を測定、残存炭化物量を算出した。
【0140】
<PPS及びポリフェニレンスルフィド酸化物の広角X線回折測定>
X線回折装置(RINT2100(リガク))を用い、Cu線源(λ=1.5406オングストローム)にてX線回折を測定し、観測される全回折ピーク面積に占める結晶性構造に由来するピーク面積比(%)により、結晶化度を算出した。
【0141】
<電気絶縁特性>
得られた糸を1cmに切り取り、両端に電極をつけ 電気化学アナライザー66B(ビー・エー・エス社製)を用いて抵抗測定を行った。得られた抵抗値と糸の断面積から体積固有抵抗値を求め、電気絶縁特性を評価した。
【0142】
[参考例1](環状PPSの原料となるPPS混合物の製造例)
本文(3)記載の環状PPSの原料となるPPS混合物の製造例について下記に説明する。
【0143】
<PPS混合物の調製>
撹拌機付きの1000Lのオートクレーブに、47.5%水硫化ナトリウム82.7kg(700モル)、96%水酸化ナトリウム29.6kg(710モル)、N−メチル−2−ピロリドン(以下NMPと略する場合もある)を114.4kg(1156モル)、酢酸ナトリウム17.2kg(210モル)、及びイオン交換水100kgを仕込み、常圧で窒素を通じながら約240℃まで約3時間かけて徐々に加熱し、精留塔を介して水143kgおよびNMP2.8kgを留出した後、反応容器を160℃に冷却した。なお、この脱液操作の間に仕込んだイオウ成分1モル当たり0.02モルの硫化水素が系外に飛散した。
【0144】
次に、p−ジクロロベンゼン103kg(703モル)、NMP90kg(910モル)を加え、反応容器を窒素ガス下に密封した。240rpmで撹拌しながら、0.6℃/分の速度で270℃まで昇温し、この温度で140分保持した。水12.6kg(700モル)を15分かけて圧入しながら250℃まで1.3℃/分の速度で冷却した。その後220℃まで0.4℃/分の速度で冷却してから、室温近傍まで急冷し、スラリー(A)を得た。このスラリー(A)を200kgのNMPで希釈しスラリー(B)を得た。
【0145】
80℃に加熱したスラリー(B)200kgを50kg/1バッチスケールで、ふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別し、濾液成分としてスラリー(C)を約150kg、メッシュオン成分としてスラリーを含んだ顆粒状PPS樹脂(粗PPS樹脂(D))50kg得た。
【0146】
得られたスラリー(C)150kgを50kg/1バッチで脱揮装置に仕込み、窒素で置換してから、減圧下100〜150℃で1.5時間処理した後に、真空乾燥機で150℃、1時間処理して固形物を得た。この固形物にイオン交換水200kg(スラリー(C)の1.2倍量)を加えた後、70℃で30分撹拌して再スラリー化した。このスラリーを目開き10〜16μmのフィルターで減圧吸引濾過した。得られた白色ケークにイオン交換水200kgを加えて70℃で30分撹拌して再スラリー化し、同様に吸引濾過後、70℃で5時間真空乾燥してPPS混合物を2kg得た。
ここで得られたPPS混合物を用いた環状PPS混合物の製造例について下記に説明する。
【0147】
[参考例2](環状PPS化合物の製造)
参考例1の方法で得られたPPS混合物を2kgに、溶剤としてクロロホルム50kgを用いて、浴温約80℃で抽出法により3時間PPS混合物と溶剤を接触させ、抽出液を得た。得られた抽出液は室温で一部固形状成分を含むスラリー状であった。この抽出液スラリーからエバポレーターを用いてクロロホルムを留去した後、真空乾燥機70℃で3時間処理して固形物840g(PPS混合物に対し、収率42%)を得た。
【0148】
このようにして得られた固形物は、赤外分光分析(装置;島津社製FTIR−8100A)における吸収スペクトルよりフェニレンスルフィド骨格を有する化合物であることを確認した。また、高速液体クロマトグラフィー(装置;島津社製LC−10,カラム;C18,検出器;フォトダイオードアレイ)より成分分割した成分のマススペクトル分析(装置;日立製M−1200H)、更にMALDI−TOF−MSおよびGPCによる分子量情報より、この固形物は表1に示す繰り返し単位数4〜12の環状PPSを主要成分とする混合物であり、環状PPSの重量分率は約87%、13%は直鎖状PPSオリゴマーとm=13以上の環状PPS(Mw=2000)、Tm=226℃であった。
【0149】
【表1】

【0150】
本発明によれば、環状PPSを約87重量%含む、純度の高い環状PPS混合物を高い収率で得られることがわかった。
【0151】
[参考例3]
参考例2で得られた環状PPS化合物を攪拌機を取り付けた1Lのオートクレーブ中に仕込み、窒素で置換した。オートクレーブを1時間で300℃に昇温した。昇温途中で環状PPS化合物が溶融したら、攪拌機の回転を開始し、回転数10rpmで攪拌下、60分間溶融加熱した。その後、窒素圧によりポリマーを吐出口よりガット状で取り出し、ガットをペレタイズした。得られた若干黒みを帯びた生成物の赤外スペクトルはPPS構造を有することがわかった。なお、生成物は1−クロロナフタレンに210℃で全溶であった。以下一連の評価結果を表2にまとめて示した。
【0152】
【表2】

【0153】
GPCにより測定したPPSの重量平均分子量は61700、分子量分布は1.9、Na含有量は10ppmでこれ以外のアルカリ金属は検出されなかった。さらに320℃/60分加熱した際の発生ガス成分であるラクトン型化合物としてγブチロラクトン(γ−BL)が4ppm、アニリン型化合物として4−クロロ−N−メチルアニリン(MeAn)が3ppm検出された。なおNa以外のアルカリ金属や塩素以外のハロゲンは検出されなかった。
【0154】
得られたPPS樹脂を、図1に示した小型溶融紡糸装置を用い、紡糸温度320℃、吐出量5.0g/分、引き取り速度100m/分にて巻き取り、500dtex、72フィラメントの未延伸糸を紡糸した。この時の糸切れ頻度は1時間/回、初期樹脂圧に対する1時間後の樹脂内圧上昇率は4%、糸強度4.5cN/dtex、糸伸度40%であった。紡糸後の繊維のGPCにより測定したPPSの重量平均分子量は64000、分子量分布は2.0、Na含有量は8ppmでこれ以外のアルカリ金属は検出されなかった。ラクトン型化合物、アニリン型化合物は検出できなかった。
【0155】
[参考例4]
<従来技術によるPPSの調製>
参考例1で得られた粗PPS樹脂(D)20kgにNMP約50リットルを加えて85℃で30分間で洗浄し、ふるい(80mesh、目開き0.175mm)で濾別した。得られた固形物を50リットルのイオン交換水で希釈して、70℃で30分撹拌後、80メッシュふるいで濾過して固形物を回収する操作を合計5回繰り返した。このようにして得られた固形物を、130℃で熱風乾燥し、乾燥ポリマーを得た。得られたポリマーの赤外分光分析による吸収スペクトルは参考例1で得られたPPS混合物の吸収と一致した。
【0156】
[参考例5]
一連の評価結果を表2にまとめて示した。参考例3で得られたPPS樹脂のGPC測定の結果、得られたPPSの重量平均分子量は59600、分散度は3.8であることがわかった。また元素分析を行った結果、Na含有量は1040ppmであった。さらに、参考例3で得られたPPSについて加熱時の発生ガス成分の分析を行った結果、加熱前のPPSの重量に対してγ−ブチロラクトンが618ppm、4−クロロ−N−メチルアニリンが416ppm検出された。なおここで、Na以外のアルカリ金属や塩素以外のハロゲンは検出されなかった。
【0157】
得られたPPS樹脂を図1に示した小型溶融紡糸装置を用い、実施例1と同様の溶融紡糸条件、すなわち紡糸温度320℃、吐出量5.0g/分、引き取り速度100m/分にて巻き取り、500dtex、72フィラメントの未延伸糸を紡糸した結果、糸切れ頻度は30分/回、初期樹脂圧に対する1時間後の樹脂内圧上昇率は30%、糸強度2.5cN/dtex、糸伸度30%であった。紡糸後の繊維のGPC測定より、重量平均分子量は65000、分散度は4.1であることがわかった。溶融紡糸による分散度の増加や樹脂内圧の上昇から、溶融紡糸によりPPSの分解やゲル化が進行していると推測される。溶融紡糸後のNa含有量は1030ppm、また溶融紡糸後の加熱前のPPS繊維重量に対してγ−ブチロラクトンが607ppm、4−クロロ−N−メチルアニリンが403ppm検出された。
【0158】
実施例1
酢酸15.0g(0.15mol;和光純薬社製)および34.5%過酸化水素水5.0g(0.05mol;関東化学社製)を反応容器に投入後、室温(約20℃)にて均一溶液になるまで攪拌した。次に、参考例3で作成したポリ−p−フェニレンスルフィド(PPS)繊維69.3mg;繊維長:約2m;単糸繊度:4.5dtex)をその反応溶液に浸漬させて60℃で酸化処理したところ、6時間で反応は完結し、重量が27.2%増加した88.1mgのポリ−p−フェニレンスルホキシド(PPSO)繊維を得た。本繊維は、示差走査熱量計(DSC)測定において、PPS繊維の融点(285℃)付近の融解ピークが消失し、観測したいずれの温度においても溶融ピークが観測されず、不融化した繊維であった。残存炭化物量および、アルカリ金属含量、加熱時発生ガス量、電気絶縁特性および広角X線回折等についても評価した。その結果を表3に示す。
【0159】
実施例2
酸化剤および液体の投入量をそれぞれ、酢酸10.0g(0.10mol;和光純薬社製)、34.5%過酸化水素水10.0g(0.10mol;関東化学社製)に変え、参考例3で作成したポリ−p−フェニレンスルフィド(PPS)繊維71.2mg(繊維長:約2m;単糸繊度:4.5dtex)を用いて実施例7と同様に60℃で酸化処理したところ、7時間で反応は完結し、重量が25.2%増加した89.2mgのポリ−p−フェニレンスルホキシド(PPSO)繊維を得た。本繊維は、示差走査熱量計(DSC)測定において、PPS繊維の融点(285℃)付近の融解ピークが消失し、観測したいずれの温度においても融解ピークが観察されず、不融化した繊維であった。残存炭化物量、アルカリ金属含量、加熱時発生ガス量、電気絶縁特性および広角X線回折等についても実施例1と同様に評価した。その結果を表3に示す。
【0160】
比較例1
酸化剤および液体の投入量をそれぞれ、酢酸10.0g(0.10mol;和光純薬社製)、34.5%過酸化水素水10.0g(0.10mol;関東化学社製)に変え、参考例5で作成したポリ−p−フェニレンスルフィド(PPS)繊維71.2mg(繊維長:約2m;単糸繊度:4.5dtex)を用いて実施例1と同様に60℃で酸化処理したところ、7時間で反応は完結し、重量が25.2%増加した89.2mgのポリ−p−フェニレンスルホキシド(PPSO)繊維を得た。本繊維は、示差走査熱量計(DSC)測定において、PPS繊維の融点(285℃)付近の融解ピークが消失し、観測したいずれの温度においても融解ピークが観察されず、不融化した繊維であった。残存炭化物量、アルカリ金属含量、加熱時発生ガス量、電気絶縁特性および広角X線回折等についても実施例1と同様に評価した。その結果を表3に示す。
【0161】
以下、実施例1、2および比較例1にて作成したポリフェニレンスルフィド酸化物の各特性を表3に示す。
【0162】
【表3】

【0163】
以上の結果から、本発明で得られたポリフェニレンスルフィド酸化物が優れていることが明確にわかる。
【産業上の利用可能性】
【0164】
このようにして得られたポリフェニレンスルフィド酸化物は、極めて高い耐熱性を有し、かつアルカリ・濃硫酸・濃硝酸に対して優れた耐薬品性を有しており、工業用途として多岐にわたる分野で有用な化合物であり、耐熱性、耐薬品性、耐吸湿性などが要求される用途に幅広く利用することができる。具体例としは、バグフィルター、薬液フィルター、ドライヤーカンバス、抄紙用フェルト、縫糸、耐熱性フェルト、食品用フィルター、離形材、電池用セパレーター、心臓パッチ、人工血管、人工皮膚、プリント基板基材、電気絶縁紙、ケミカルフィルター、オイルフィルター、エンジンオイルフィルター、コピーローリングクリーナー、空気清浄フィルター、安全衣服、耐熱衣類、実験作業着、保温衣料、難燃衣料、イオン交換基材、オイル保持材、断熱材、電極用セパレーター、保護フィルム、建築用断熱材、クッション材、吸液芯、ブラシなどに利用することができる。
【0165】
以上説明した通り、PPS樹脂の分子量分布を従来のPPS樹脂に比して狭くし、さらにPPS樹脂中のアルカリ金属含有量を低減することにより、本PPS樹脂原料から得られるポリフェニレンスルフィド酸化物の高強度化が可能となり、さらに加熱時の揮発性成分の発生量が少なく、電気絶縁性に優れるものおよびその製造方法を提供することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0166】
【図1】小型溶融紡糸装置の概略図である。
【符号の説明】
【0167】
1 2軸押出機
2 原料供給口
3 真空ベント
4 ギアポンプ
5 口金
6 冷却風
7 オイリングローラー
8 ゴデットローラー
9 巻き取り機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルカリ金属含量が50ppm以下であり、広角X線回折の測定における結晶化度が10%以上であり、かつ示差走査熱量計(DSC)の測定における融解熱量が15J/g以下であるポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項2】
広角X線回折の測定における結晶化度が30%以上であり、かつ示差走査熱量計(DSC)の測定における融解熱量が15J/g以下である請求項1記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項3】
示差熱走査熱量(DSC)の測定において、融解熱量が実質的に認められない請求項1または2記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項4】
熱重量(TGA)の測定において残存炭化物が実質的に認められる請求項1から3のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項5】
熱重量(TGA)の測定において残存炭化物量が、1重量%以上である請求項4記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項6】
アルカリ金属がナトリウムであることを特徴とする請求項1から5のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項7】
ポリフェニレンスルフィド酸化物を加熱した際の発生ガス成分中のラクトン型化合物がポリフェニレンスルフィド酸化物重量基準で500ppm以下であって、かつポリフェニレンスルフィド酸化物を加熱した際の発生ガス成分中のアニリン型化合物がポリフェニレンスルフィド酸化物重量基準で300ppm以下であることを特徴とする請求項1から6のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなり、粉末、繊維、布帛、フィルムおよび紙から選ばれる形態を有する固体物品。
【請求項9】
重量平均分子量(Mw)が1万以上、重量平均分子量/数平均分子量(Mn)で表される分散度が2.5以下であり、かつアルカリ金属含量が50ppm以下であることを特徴とするポリフェニレンスルフィドからなる固体物品を酸化剤を含む液体存在下、形態を保持したまま酸化反応処理することにより、請求項8記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項10】
ポリフェニレンスルフィドが、下記一般式(1)で表される環状ポリフェニレンスルフィド混合物を、溶融加熱することにより得られることを特徴とする請求項9記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【化1】

(mは4〜20の整数、mは4〜20の混合物でもよい。)
【請求項11】
固体物品が、繊維または布帛であって、この物品を構成する繊維の繊度が0.1から10dtexである請求項9または10記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項12】
ポリフェニレンスルフィドが、結晶化度30%以上かつ重量平均分子量(Mw)30000以上の物性を有するポリフェニレンスルフィドである請求項9から11のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項13】
酸化剤が無機塩過酸化物および過酸化水素水から選ばれる少なくとも1つである請求項9から12のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項14】
液体が、有機酸および有機酸無水物から選ばれる少なくとも1つを含む請求項9から13のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項15】
液体が、鉱酸を含有する請求項9から14のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項16】
液体が水、酢酸および硫酸を含む混合物であり、かつ酸化剤が過酸化水素水である請求項9から15のいずれか記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品を製造する方法。
【請求項17】
ポリフェニレンスルフィド酸化物からなる固体物品が、フィルター用途、紙用途および耐熱作業着用途の中から選ばれる用途として用いられる請求項8記載の固体物品。
【請求項18】
請求項1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる布帛を含むバグフィルター。
【請求項19】
請求項1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる紙を含む電気絶縁紙。
【請求項20】
請求項1〜7のいずれかに記載のポリフェニレンスルフィド酸化物からなる布帛を含む消防服。

【図1】
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【公開番号】特開2008−231251(P2008−231251A)
【公開日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−72709(P2007−72709)
【出願日】平成19年3月20日(2007.3.20)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】